大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

大阪高等裁判所 昭和46年(ネ)302号 判決 1972年9月29日

控訴人 阪神相互銀行

理由

第一、控訴人の本訴請求について

当裁判所もまた原審と同様、控訴人の本訴請求は第一次、第二次各請求とも理由がなく、棄却すべきものと判断するものであつて、その理由は、次のとおり付加するほか、原判決の理由説示(《省略》)であるからこれをここに引用する。

一、控訴人は、本件手形の振出については、事前に被控訴人の承諾をえていると主張し、《証拠》中には一部右主張にそうごとき部分があるが、右証言は《証拠》と対比すると、にわかに措信しがたく、他にこれを認めるに足る証拠がない。

二、控訴人は、智勢子の本件手形振出行為については、被控訴人においてこれを追認していると主張するけれども、これを認めるに足る《証拠》はない。かえつて、証拠によれば、智勢子が本件手形振出の事実を被控訴人に告知したのは、山本組が倒産した昭和四三年一〇月一六日かその翌一七日であることが認められるから、被控訴人夫婦と山本組との控訴人主張のような関係から、被控訴人において本件手形振出行為を追認していたものと推認することはできない。

三、第二次的請求(使用者責任)についてみるに、智勢子は被控訴人の妻であるが、いわゆる家つき娘であつて、被控訴人が自己の名義で有する北淡町農業協同組合室津支所その他若干の金融機関との間で有する銀行取引につき、従来から被控訴人を代理して預金の預入れならびに小切手の振出を含む預金の引出しを行つていたこと、智勢子はその住居の一部を営業所として、播淡汽船、阪急内海汽船等の切符販売業を営んでいたことは、当事者間に争いがないが、智勢子は前記北淡農業協同組合と当座取引契約を結んでいたものの、手形用紙の交付も受けておらず、いまだかつて、本件以外には支払場所のいかんを問わず、手形を振出したことがなかつたこと、被控訴人は当時切符販売業を智勢子にまかせ、自分は山本組の一従業員として自動車を運転していたものにすぎず、切符販売業に関し智勢子に相当程度の権限はあつたとしても、本件手形の振出行為が右切符販売業の範囲に属するものといえないことは、さきに引用した原判決の理由説示(《省略》)に明らかなところである。右に説示したような事実関係のもとにおいては、被控訴人の事業(汽船の切符販売業)および智勢子の職務内容からみて、智勢子の本件手形振出行為は被控訴人の事業の執行についてなされたものとはいえないから、控訴人の第二次的請求はこの点からみても、理由がないといわなければならない。

第二、被控訴人の反訴請求について

一、控訴人が昭和四四年三月五日被控訴人を相手取り神戸地方裁判所洲本支部に本件約束手形金請求訴訟を提起し(同庁昭和四四年(ワ)第八号)、かつ、これよりさき同年一月二八日被控訴人を債務者とする仮差押決定(同庁昭和四四年(ヨ)第八号)をえて、被控訴人所有の兵庫県津名郡北淡町室津字浜二四二九の二、二四二九の二二合併、家屋番号二五五番の二、木造瓦葺二階建店舗兼居宅、床面積一階六一・八〇平方米、二階六一・八〇平方米につき仮差押の執行をなしたことは、当事者間に争いがなく、本件手形は智勢子が被控訴人の名義を冒用して作成偽造したもので、被控訴人は手形所持人たる控訴人に対し手形振出人としての義務なきは勿論、民法七一五条による使用者責任を負担するものでもないことは、さきに控訴人の本訴請求について説示したとおりである。

してみれば、控訴人のなした前記仮差押の執行は、被保全権利を欠如するものというべく、一般に権利なくしてこれありと誤信し、債務者に対して財産の仮差押をなし、これに損害を生ぜしめたときは、一応は債権者に過失ありとみるべきであるが、債権者が仮差押をなすに至つたことにつき相当の理由がある場合は、過失ありとなすことはできないものというべきである。いま本件についてこれをみるに、《証拠》を総合すれば、控訴人が本件手形を取得した事情は、昭和四三年九月一七日当時、控訴銀行洲本支店が山本組の支払手形不渡防止のため代払いした金額がすでに五〇〇万円余にもなつていたので、右債務および将来山本組が控訴銀行に対して負担すべき債務の根担保として、右手形の交付を受けたもので、控訴人は該手形を山本組から入手するまでに数回にわたつて、かねて山本組が金繰りのため同支店へ提出していた工事出来高概況表(入金予定表)により、山本組が被控訴人に対して家屋新築工事請負代金三五〇万円の債権を有し、その入金予定の説明を受けていたので、本件手形は右請負代金の未収金として計上されていた二一五万円の内入弁済のため振出されたものと信じ、その交付を受けたものであることが認められる。

被控訴人はこの点につき、控訴銀行洲本支店は山本組から本件手形を割引いて欲しいとの依頼を受け、その割引適格性について審査するとの口実のもとに該手形を預り保管中、たまたま山本組が倒産したのであるから、本件手形は山本組に返還されるべきものであると抗争するけれども、《証拠》を総合すると、山本組としては本件手形の交付(譲渡)に異論があつたわけではなく、ただこれにより近い将来における手形不渡りの回避と企業立直しの時間的余裕をえようと期待したにすぎず、当時控訴銀行としては、山本組に対し、工事出来高概況表により入金が予定せられる分につき手形を受取り次第、引渡(譲渡)するよう督促しながら、廻り手形の代払を続けていたのであるが、その後同年九月下旬山本組の業況がさらに悪化したので、同支店において代払いを断念して不渡返却した結果、同年一〇月一五日ごろ山本組は倒産するに至つたことが認められるから、被控訴人の右主張は理由がない。

控訴人が本件手形を取得するに当り、振出人たる被控訴人や支払場所である金融機関に問合せなかつたのは、その自認するところであるが、控訴人が該手形を従来取引関係のない、いわゆる一元の者から入手したのであれば格別、控訴人は従来の取引先である山本組から、しかも、それ以前に入金予定表により数回にわたつて入金予定の説明を受け、納得して入手したものであることは、前段認定のとおりであるから、この点につき控訴銀行に格別落度があつたとは認められない。

してみれば、控訴人が本件手形の所持人として、振出人たる被控訴人に対し、これに基づく請求権ありと誤信したのは、右認定のごとき手形入手の経緯に照らせば、誠に相当の理由があるものというべく、したがつて、控訴人が該債権保全のため被控訴人に対し仮差押をなしたことについては、故意はもとより、過失の責むべきものありとは断じがたい。

さらに、本件約束手形金請求訴訟事件は、控訴人の妻智勢子が控訴人に無断で本件手形を振出したことに端を発し、同人が菅村夫妻の懇請に屈し、該手形を振出してさえいなければ、控訴人としても、もとより本訴を提起する必要がなかつたわけで、該手形を善意で取得した控訴人が訴訟を提起する等本件手形の取立てに必要な訴訟行為をなすのは、金融機関たる銀行としてむしろ当然の責務ともみられるのであつて、これを目して不当訴訟(不法行為)として非難すべき筋合ではない。

してみれば、被控訴人の反訴請求は、その他の点について判断するまでもなく、理由がなく、失当として棄却すべきものである。

第三、結論

右の次第で、原判決中被控訴人の反訴請求を認容した部分は不当であつて、取り消しを免れず、これが取消しを求める本件控訴はその範囲において理由があるけれども、控訴人の本訴請求を棄却した部分は相当であつて、該部分の取消しを求める本件控訴は理由がない。

(裁判長裁判官 浮田茂男 裁判官 宮崎福二 高橋太郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例