大阪高等裁判所 昭和46年(ネ)521号 判決 1972年3月24日
控訴人(附帯被控訴人) 岡坂圧五郎
被控訴人(附帯控訴人) 東田熊蔵
右訴訟代理人弁護士 山口幾次郎
主文
原判決中控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人という。)敗訴部分を次のとおり変更する。
被控訴人(附帯控訴人、以下単に被控訴人という。)は控訴人に対し、金一〇万円及びこれに対する昭和三九年七月三一日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。
控訴人のその余の請求を棄却する。
本件附帯控訴を棄却する。
控訴費用中附帯控訴費用を除くその余の部分は、第一、二審を通じてこれを四分し、その一を被控訴人の負担とし、その三を控訴人の負担とし、附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。
この判決中控訴人勝訴部分及び原判決主文第一項は、控訴人において金一〇万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。
事実
控訴人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和三九年七月三一日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び担保を条件とする仮執行の宣言を求め、附帯控訴につき、「本件附帯控訴を棄却する。附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
被控訴人訴訟代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、附帯控訴の趣旨として、「原判決中被控訴人敗訴部分を取り消す。控訴人の請求を棄却する。附帯控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上、法律上の主張及び証拠の提出、援用、認否は、控訴人において、甲第二八号証を提出し、被控訴人訴訟代理人において、「控訴人が、昭和三三年以来兵庫県知事の免許を受けて宅地建物取引業を営む者であることは認める。」と述べ、甲第二八号証の成立を認めたほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
理由
一 控訴人が昭和三三年以来兵庫県知事の免許を受けて宅地建物取引業を営む者であること、訴外浜卯之助と被控訴人との間で、昭和三八年七月二二日ころ浜所有の本件宅地約六〇坪について、訴外林新二の仲介により売買契約が締結され、買主である被控訴人は、そのころ浜に手付金八〇万円を手交したこと、翌昭和三九年春、浜は本件宅地を他に売却し、控訴人は、浜から大阪地方裁判所へ提訴された本件宅地の所有権移転請求権保全仮登記抹消請求事件において抗争中の同年五月下旬、浜と和解して、右仮登記抹消と交換に、浜から手付金の三倍に相当する金二四〇万円を受領したこと、以上の事実は、当事者間に争いがない。
二 ≪証拠省略≫を総合すると、次の事実を認めることができる。
(1) 浜と被控訴人の間で締結された売買契約の内容は、控訴人主張(請求原因2〔二〕②)のとおりである。
(2) 浜は、その後、本件地上から立ち退くため豊中市に住宅を買い求め、その代金を調達するため、被控訴人に対し、当初の約定を変更して、残代金の支払いは本件宅地引渡後相当期間猶予することを交換条件に、売買代金のうち金三〇〇万円を立退きに先立って遅くとも同年一〇月末日までに支払ってくれるよう申入れ、被控訴人はこれを承諾した。
(3) 当初の売買契約書は、仲介した林が作成したものであるが、同人は、同年一〇月ころ浜から、印刷された定型的契約用紙に書換えることを依頼され、控訴人主張(前同〔二〕⑤⑥)のような方法で契約書の書換えをはかった。当初の契約書では、履行期について、「取引の期日は売主が約三ヶ月以内に転居した時と定め双方協議のうえ定める。」と記載されていたが、書換えようとした契約書のこの点に関する記載は、「本契約期限を昭和三八年一〇月二二日迄と定め、右期限内に双方協議の上所有権移転登記の申請を行い、完全なる所有権を移転する。」となっていた。
(4) これを不審に思った被控訴人の妻ツユ子が、かねて懇意な間柄であった控訴人方へ、林から書換えを求められた契約書と当初の契約書とを持参して、控訴人に相談したことから、控訴人主張(前同〔一〕)のとおり、被控訴人は、同年一〇月一七日控訴人に対し、本件売買契約の「取引の完結」を依頼し、控訴人はこれを引き受けた。その際控訴人はツユ子に対し、同女が持参した書換え用契約書の表紙裏面に印刷されていた控訴人主張どおりの文言の報酬規定を示しながらこれを引受ける以上は、単なる儀礼的謝礼をもらうだけでは困る、正規の報酬を支払ってもらいたい旨申入れたところ、同女は、十分の報酬を支払うことを約した。
(5) 被控訴人の本件土地の買受けは、もともと妻ツユ子がホテル経営を夢みて、林に適当な土地を採してくれるよう頼んだことに端を発したもので、ツユ子は、売買契約の締結からその解約に至るまで、終始契約本人と変らぬ立場で行動し、少なくとも被控訴人の包括的代理人の地位を有していたものである。
(6) 控訴人は、依頼を受けて直ちに被控訴人夫婦から事情を聴取し、前記二つの契約書等を検討して、浜や林が手付金流れを図っているものと判断し、二重譲渡を防止するためと、被控訴人の資金調達の便に供するため、本件宅地に仮登記をつけてもらうよう被控訴人に指示し、その結果被控訴人は、浜と折衝して、一〇月二五日に本件宅地につき所有権移転請求権保全仮登記の手続をした。
(7) 同月末日被控訴人において約定の内入代金三〇〇万円の調達ができなかったため、控訴人は、同日被控訴人の代理人として、浜が金融機関から借り入れている金員の利息相当の損害金として金一〇、五〇〇円を浜方へ持参し、右内入金の支払を暫時猶予してくれるよう懇請して右損害金を提供したが、浜からその受領を拒絶され、かつ右三〇〇万円を早く支払うよう要求されて、控訴人もこれを約束した。
(8) 浜は、同月末日以降被控訴人に対し右三〇〇万円の支払いをしばしば催告し、浜の代理人である弁護士西村浩ほか一名は、同年一一月一九日付内容証明郵便をもって、「手付金八〇万円を控除した残代金の支払期日は昭和三八年一〇月二二日のところ、被控訴人はこれを同年一一月二八日までに支払え。右期日までに支払わないときは本件売買契約を解除し、手付金八〇万円は没収する。」との意思表示を被控訴人に対してした。
(9) 右内容証明郵便に対し、控訴人は、売主に土地明渡の先履行義務があることを理由としてこれを拒絶する回答案文を作成して、被控訴人から回答させたが、被控訴人は代金の調達ができず、同月二五日ころになって控訴人に対し、浜と交渉して期限の猶予を得ること、それができないときは手付金の一部でも返してもらって契約を解消することを依頼したので、控訴人は、同月二七日ころ浜方へ行って同人に期限の猶予を求めたが拒絶され、次善策として、手付金全額返還と仮登記抹消とを交換条件とする売買契約の合意解除を交渉したが、これも浜の同意を得ることができなかった。そして、被控訴人は右催告期限を徒過した。
(10) 浜は、代理人西村弁護士を通じて、昭和三九年三月四日付内容証明郵便で被控訴人に対し、本件土地についてなされた仮登記は、被控訴人が昭和三八年一〇月末日までに代金三〇〇万円を内入れすることを条件に浜が承諾したもので、右内入れしないときは直ちに抹消する約定であったとして、右仮登記の抹消登記手続をすることを求め、次いで昭和三九年三月九日付訴状をもって、被控訴人を被告として、大阪地方裁判所に右仮登記の抹消登記手続請求の訴を提起した。
(11) これに対して、控訴人は、被控訴人のために回答書及び答弁書を作成してやり、真実は被控訴人に売買代金の支払能力がないにもかかわらずこれを秘し、売主側に本件土地上から立退くべき先履行義務がある旨主張して抗争した。
(12) 訴外大松産業株式会社は、本件宅地を含む一帯の土地を買い取ってボーリング場を建設する計画をたて、昭和三八年暮ごろから付近の土地を買収し、本件土地についても、不動産業者内田小一郎をして昭和三九年はじめ頃から浜に対し、これを買い取る交渉をさせた。浜も、被控訴人が代金支払について誠意なく、前記催告期限も徒過したので、大松産業の申入れに応じて、同年三月末ころ本件土地を大松産業に売り渡した。しかし、本件土地には、被控訴人の前記仮登記があって、これを抹消する必要があったので、浜は、前記のように被控訴人に対し訴を提起するとともに、大松産業に対する関係上、被控訴人との間の紛争の解決を急ぎ、裁判外で控訴人や被控訴人と手付金一部返還を条件に折衝した。これに対し控訴人は、浜の大松産業への売却を二重売りであり被控訴人に対する背信行為であると主張して、浜の責任を追及する構えを見せながら、これを取引材料としてできるだけ被控訴人に有利な条件で妥結しようと努力した。その結果、同年四月二七日浜の代理人内田と被控訴人の代理人控訴人との間で、浜が被控訴人に対し先に受領した手付金の二倍である金一六〇万円を支払うのと引かえに、被控訴人は本件売買契約の解除に同意し、仮登記の抹消登記手続をする旨の合意に達した。
しかるに、被控訴人が、手付の倍返しの程度では契約解除に応じられないと反対したため、右の合意もまた実を結ぶに至らなかった。
(13) 同月二九日ころ、控訴人は、被控訴人の妻ツユ子から、控訴人が本件に関し被控訴人に内密で私利を図っているという理由で本件への介入を強く拒絶され、同女と言い争ってけんか別れとなり、以後本件から手を引いた。
(14) その後浜及び大松産業は、被控訴人と直接交渉し、大松産業がその計画したボーリング場建設を急ぐあまり、更に被控訴人に譲歩して、昭和三九年五月二六日浜から被控訴人に対して提起した前記訴訟の中において、浜が被控訴人に金二四〇万円を支払い、被控訴人は本件土地が浜の所有であることを認めて、前記仮登記の抹消登記手続をする旨の裁判上の和解が成立した。そして、この和解条項は履行された。
以上の事実を認めることができる。≪証拠判断省略≫
三 そこで、被控訴人が控訴人に依頼した「取引の完結」なる事務の内容及びその依頼に基づいて控訴人が被控訴人のためにした行為の性質について検討を加える。
(1) 前記認定事実によれば、被控訴人の妻ツユ子が控訴人に対し本件土地売買に関する事務の処理を依頼した時点では、すでに浜と被控訴人の間の本件土地売買契約は締結を終っていたと解すべきものである。履行期も三ヶ月以内と定められ、ただ、その履行に関する細目の約定が将来の協議事項として留保されていたに過ぎない。その段階で、林が書替えてくれと言って持参した契約書と当初の契約書とが、契約の履行に関する条項において少し相違していたので、ツユ子が不審を抱いて控訴人に相談したのであり、その相違は、将来契約当事者間で履行条件に関する契約内容について争いを生じさせる余地のあるものと認められるので、これを明確にさせることは、十分に意味のある事柄である。
したがって、控訴人が事務処理の委任を受けた「取引の完結」とは、本件売買契約の履行に関する約定について当事者双方の意思を明らかにし、被控訴人が当初の契約で意図した被控訴人に有利な履行条件を明確にしたうえでの相手方浜の合意を取りつけ、更にその履行が約定どおりなされるまで見届ける等、すでに締結された売買契約の買主側の立場に立って、売主側の履行を確保するために有効適切な法律上、事実上の一切の事務をすることを意味するものと解すべきである。そして、前項に認定の(6)、(7)の事務は、右委任の趣旨にしたがって控訴人が被控訴人の利益のためにした事務であるということができる。
(2) 宅地建物取引業法(以下単に業法という。)の規制する宅地建物取引業者(以下単に業者という。)の営む業務は、みずから行なう宅地若しくは建物の売買若しくは交換、または他人から依頼を受けて行なう宅地若しくは建物の売買、交換若しくは賃借の代理若しくは媒介をする行為である(同法二条二号)。ここにいう媒介は、民事仲立であり、また代理は仲立とは少し異なるけれども、ここにいう代理は、当事者の一方を代理して「不動産取引契約を成立させること」を意味するものであることにおいて、以下に述べる点で仲立と同様であるから、これらを包括して仲立と表現することとする。
業法は、業者が他から依頼を受けて右の仲立を行なう場合に依頼者から受けることのできる報酬の額を建設大臣の定めるところによるものとし、その額をこえて報酬を受けてはならないこととしているのであるが(業法一七条)、仲立行為の本質に照らし商法五五〇条、五四六条を類推して、業者が依頼者に対し右所定の報酬を請求できるのは、取引の当事者間にその目的たる不動産取引契約が有効に成立した後に限られるのであって、仲立事務を途中まで遂行したが目的たる契約を締結するまでには至らなかった場合には、業者は原則として依頼者に対し何らの報酬をも請求できないものと解すべきである。
このような業法の趣旨、解釈に徴すると、業法によって業者の行なう業務とされているもののうち、他人の依頼を受けて行なう業務は、不動産取引契約の締結を目的とした仲立業務に限られ、本件において控訴人が被控訴人の依頼を受けてしたような、いわゆる「取引の完結」、すなわち契約締結後の付随的事務のみの依頼を受けてこれを取り行なうことは、業法の規定する業者の業務そのものには属しないものと解するのが相当である。
しかしながら、そうだからといって、被控訴人の主張するように、右のいわゆる契約締結後の付随的事務を弁護士法違反の行為であって業者が取り扱うことは許されないものであると解すべきではない(なお、被控訴人は、控訴人の行為が弁護士法違反の行為であることの根拠の一つとして、控訴人は浜から被控訴人に対する訴が提起されて後に本件売買契約に関与したものであると主張するが、そうでないことはさきに認定したとおりである。)。
なぜならば、業者の行なう仲立業務の具体的内容について、論者によっては、契約成立のみでは足りず、代金の支払い、登記、占有の移転などの完全な履行があった後でないと報酬を請求できないとの解釈もあるわけで(注釈民法(16)一九五頁参照)、不動産取引の仲介を依頼された業者が、契約を成立させた後、依頼者の側に立って、契約の不備な点の是正その他相手方の債務の履行を確保するための適切な措置を講ずることは、依頼された本来の業務たる仲立業務に付随する業務の執行として許されるものと解すべきだからである。そうだとするならば、業者が右の付随的業務に属する部分のみを独立して依頼された場合に、これを弁護士にのみ委せるべき法律事務であるとして禁止すべき合理的な根拠は存しない。
したがって、商人である業者が、顧客の依頼を受けて右のような契約締結後の付随的業務のみを行なうことは、その営業のためにするいわゆる附属的商行為であって、これに対しては、商法五一二条により相当の報酬を請求することができると解すべきである。そして、この場合の相当の報酬とは、業法が報酬の額を規制している趣旨にかんがみ、本来の業務たる仲立業務について請求できる報酬の額より低い額の範囲内での相当の報酬と解すべきである。
(3) 次に、業者の仲介によって契約が成立した後、契約当事者間において、契約の解釈や債務不履行をめぐって紛争が生じ、それが争訟性を帯びてきた場合には、これを解決するために相手方と折衝したり内容証明郵便で契約解除その他の意思表示をしたりすることは、もはや業者の通常行なうことが許される付随的業務の範囲を超え、弁護士法七二条にいう「法律事務」に属するものというべきである。
先に認定したとおり、被控訴人は、昭和三八年一〇月末日までに支払うべき内金三〇〇万円の調達ができないため、控訴人に対し、浜に対する履行期の猶予の交渉または契約解除を前提とした手付金返還の交渉を依頼したのであるが、この依頼に基づいて控訴人のした前記認定の(9)、(11)、(12)の事務は、業者の通常行なうべき付随的事務の範囲を超えた法律事務であると解するのが相当である。
しかしながら、弁護士法七二条が同条にいう法律事務を弁護士でない者が取り扱うことを禁じているのは、それを「報酬を得る目的で」、「業として」する場合に限るのであって(最高裁昭和四六年七月一四日大法廷判決参照)、その要件のいずれかを欠く場合は、同条の禁止には触れないと解すべきである。本件の場合弁論の全趣旨によれば、控訴人が「報酬を得る目的で」右の法律事務を取り扱ったものであることは認められるが、これを「業として」したものであることを認めるに足りる拠証はなく、たまたま知人である被控訴人から契約締結後の付随的業務の処理を依頼され、これを取り扱ううち事態が紛争に発展し、行きがかり上その処理をも依頼されて、引き続きこれを取り扱ったものと認められるのである。したがって、控訴人のした右法律事務処理行為が弁護士法七二条違反の行為であるという被控訴人の主張は当らず、商人たる控訴人のした右行為は営業のためにするものと推定されるから(商法五〇三条)、反証のない本件においては、控訴人は、右行為についても、商法五一二条により被控訴人に対し相当の報酬を請求することができるというべきである。
四 よって、控訴人の請求できる報酬の額について判断する。
(1) 控訴人は、被控訴人との間で、請求原因2〔一〕の末尾に記載のとおりの報酬契約を締結したと主張し、かつ被控訴人は、最終的に浜から金二四〇万円の違約金を受け取ったのであるから、右報酬契約の(ニ)、(ロ)の条項に基づき、その半額である金一二〇万円の報酬請求権を有すると主張するのであるが、前記認定(二、(4))の報酬に関する合意の解釈はさておき、控訴人の主張を前提にしても、金一二〇万円の請求は失当である。すなわち、被控訴人が裁判上の和解により浜から受取った二四〇万円が違約金の性質を有するものでないことは、前記認定の事実経過に徴して明らかであるし、右印刷された報酬規定の(ニ)、(ロ)の趣旨を本件に徴していえば、被控訴人は、手付として八〇万円を浜に交付したのであるから、買主たる被控訴人の都合により解約した時は売主が受取った手付金の半額、すなわち四〇万円が報酬であり、売主たる浜の都合で解約したときは、浜が被控訴人に対し手付倍返しの約により支払うべき一六〇万円のうち、八〇万円はさきに買主が交付した手付金(代金の内金たる性質を併有する)の返還金であって、あとの八〇万円のみが「買主が売主より受取るべき違約金」に該当するものであり、したがって、その場合の報酬もまた四〇万円を限度とするものと解すべきである。
(2) ところで、控訴人が報酬契約内容であると主張する甲第一一号証の表紙裏面に印刷された右報酬規定は、≪証拠省略≫と対比すると、業者がその本来の業務である仲立をした場合に、その請求しうる報酬の基準となる最高限度額(そのうち(イ)、(ロ)を除く前半部分は業法一七条所定のもの)を記載したものと認められる。そして、業者である控訴人は、このことを承知の上であったものと推定される。
被控訴人が控訴人に依頼した事務の内容は、仲立自体ではなくて、契約締結後の付随的事務であることは前認定のとおりであるから、原則として仲立業務自体を完遂した場合と同額の報酬を請求できないことは、社会通念上当然である。
そこで、前認定(二、(4))の報酬に関する合意を考えてみるに、その趣旨は、控訴人において、従来被控訴人の依頼を受けて若干の相談ごとに乗った場合に被控訴人から受けた儀礼的謝礼(このことは、≪証拠省略≫によって認められる。)をもらうだけでは今度は受任できない、業者としての適正相当の報酬をもらいたい旨をツユ子に申し向け、同女もその趣旨を了解して、業者に対して支払うべき応分の報酬を支払うことを約したものであって、双方とも具体的な金額を念頭に置いて合意したものではないと認めるのが相当である。
(3) それでは、本件において控訴人がした全事務に対し、どれだけの金額をもって商法五一二条にいう相当の報酬と認むべきであろうか。
被控訴人の当初の依頼の趣旨によるならば、控訴人としては、まず本件契約の履行に関する約定を明確にする方向に事務を処理すべきであったと思われるが、控訴人は、売主が手付金流れを企図していると速断したため、その方向への事務処理はしていない。しかしながら、動機はともあれ、被控訴人に指示して早速に仮登記手続をすることに成功したことは、売主の履行を確保し、被控訴人の利益を守る手段としては、有効であったと評価できる(ただし、≪証拠省略≫によると、この仮登記は、控訴人が被控訴人に指示して、浜に対し詐術を弄させて得たものであることが認められ、信義誠実に業務を行なったものとは言い難い。控訴人はこのことを公言できないはずである。)。この仮登記があるために、後に被控訴人は本件売買契約をめぐる浜との紛争につき極めて有利な結末を得たのである。
次に、被控訴人において、約定の期限に売買代金の内金三〇〇万円が調達できなかったために、本来ならば浜の方から債務不履行を理由に契約を解除され、手付金八〇万円につき違約金として返還請求権を失なうべきところを、最後には逆に二四〇万円の金員を浜から受取って契約を解消することができたのは、控訴人が、仮登記のあるのを後ろ楯とし、また浜が後に本件土地を大松産業に売却したことに難くせをつけて粘りぬき(その主張の法律的当否や手段の是非は別として)、遂に本件契約を解消するにつき浜から被控訴人へ一六〇万円を支払わせることの合意にこぎつけたことが、その土台になっていることは、否めない。被控訴人が、この契約をも拒否したために、結果的には、控訴人の関与を排除した後に更に有利な和解に至ったわけであるが、右の時点では、被控訴人がその合意で紛争を収束することを拒否したことは、無謀ともいうべきものである。
本件約定の売買代金は、≪証拠省略≫により一一、四二七、七五〇円であることが認められるから、控訴人がこの契約につき当初からその仲立行為の依頼を受けてこれを完結させたものとすれば、前記の報酬規定により、その受け得る報酬の最高限度額は八二五、六六五円となる。また、その契約が当事者のいずれか一方の都合で解約されたときは、その受け得る報酬の最高限度額は前記のとおり四〇万円である。このことを、一応の目安とし、すでに述べた本件において控訴人が依頼を受けた事務の性質、そのなした事務の被控訴人の利益の観点からみた効果、被控訴人と浜との間の紛争の最終的な結末等諸般の事情を総合すると、控訴人が被控訴人の依頼にもとづき、昭和三八年一〇月一七日から昭和三九年四月二七日までの間に被控訴人のためにした全事務に対する報酬は、金三〇万円をもって相当と判断する。
五 被控訴人は、昭和三九年三月ころ控訴人に対する委任を解除したと主張するが、そのような事実を認めるに足りる証拠はなく、かえって、前認定のとおり、被控訴人が控訴人に対し、本件紛争への介入を拒否したのは昭和三九年四月二九日ころであることが認められるから、被控訴人のこの抗弁は理由がない。
六 そうすると、控訴人の本訴請求は、三〇万円とこれに対する支払命令送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和三九年七月三一日から完済まで商事法定利率である年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容すべく、その余の請求は失当であるから、これを棄却すべきである。
よって、控訴人の請求を金二〇万円とこれに対する右遅延損害金の支払いを求める部分につき認容し、その余の請求を棄却した原判決は、右棄却部分につき金一〇万円とこれに対する右遅延損害金の支払いを求める部分を棄却した限度で失当であるから、原判決中控訴人敗訴部分を主文第二、三項のとおり変更することとし、附帯控訴は全部理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用につき民訴法九六条、九二条、八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡野幸之助 裁判官 入江教夫 高橋欣一)