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大阪高等裁判所 昭和46年(ネ)84号 判決 1972年2月23日

控訴人 増田浅之亟

右訴訟代理人弁護士 藤原龍男

被控訴人 稲垣よし子

右訴訟代理人弁護士 土井平一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人は、控訴人に対して原判決別紙目録(四)記載の建物を収去して同目録(三)記載の土地の明渡をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文と同趣旨の判決を求めた。

当事者双方の事実に関する主張および立証の関係は、つぎに付加するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(当審の主張)

一、控訴人。

(1)  控訴人の本訴請求が権利の濫用であるとして、その結果被控訴人の本件土地に対する占有が許されるとすれば、施行者による仮換地についての使用収益部分の指定に先だち、暫定的にもせよ司法処分として使用収益権能を付与する結果となり、土地区画整理法第九八条第一項の趣旨を没却することとなる。最高裁昭和四三年三月一日判決(民集二二巻三号四七三頁)が、一筆の土地全部に賃借権を有し、しかも賃借権の届出があった場合においても、指定がない限り、賃借人は仮換地について使用収益権能を有しない旨判示しているのは、右の点を考慮したものと考えられる。

(2)、被控訴人の占有の継続が許されるとすることは、更に従前地に対する賃借権が当然仮換地上に移行することを認める結果となり、土地区画整理法九九条一項後段の規定を無視することにもなる。

(3)、原判決は、被控訴人に対する指定処分があったときは、被控訴人において直ちに本件建物の敷地であった土地上に、再び建物を建築し得る筋合になるとして、右指定が従前地に対する賃借権の目的部分と場所的に符合することを前提としているが、他に移動することもあり得るのであり、一方本件従前地内には、被控訴人のほか多数の賃借人が接続して占有しているのであるが、本件仮換地指定に伴い、従前地に対する賃借部分の一部が既に道路敷に編入された者、区画整理の趣旨を理解して自発的に、あるいは控訴人との協議によって、既に減歩した者があり、被控訴人において従前地に対する占有をそのまま継続しうるとすれば、右の者との間に甚だしく権衡を失することとなり、社会的に極めて不合理な結果を招来することとなる。そして、目下協議中の賃借人は、原判決を幸い協議を拒否し、そのまま居据ることが正当視されることにもなるわけである。また控訴人と被控訴人との間の法律関係としても、従前のままの占有を認めその範囲に対応する賃料相当の使用収益の対価を収受すると、指定処分がなされたときにも被控訴人はこれを無視し、控訴人が現況どおりの使用収益を許容したと主張することとなるであろう。

理由

一、原判決別紙目録(一)記載の土地が控訴人の所有に係るものであり、右土地のうちの西側部分九九五・六三平方米につき、その仮換地として同別紙目録(二)記載の土地が指定されたこと、被控訴人が本件土地の上に本件建物を所有していることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、右仮換地指定は、神戸国際港都建設事業葺合地区復興土地区画整理事業の施行により昭和四四年四月二日に指定され、この効力は同年同月三日に発生したことが認められる。

二、被控訴人が昭和三九年三月二日、控訴人から、建物所有の目的で本件建物の敷地を賃借し、爾来現在に至っていること、本件仮換地指定がいわゆる現地換地であることは、当事者間に争いがない。

三、≪証拠省略≫を総合すると、つぎの事実が認められる。

(1)  本件建物の敷地は一八坪(五九・五〇平方米)であり、その賃料は本件仮換地指定の前である昭和四一年四月分から値上げされて一ヶ月金二、三〇〇円となり、被控訴人は本件仮換地指定後も昭和四四年一〇月分まで右賃料を誠実に支払い、その後は供託している。

(2)  被控訴人は、本件土地区画整理事業の施行者である神戸市長に対して、土地区画整理法八五条一項により、本件土地を含む賃借地五九・五〇平方米につき、借地権の申告の手続をしたが、神戸市長は、昭和四五年九月二八日付書面で、被控訴人に対し、同法九八条一項所定の「仮換地について仮に賃借権の目的となるべき部分の指定」をしなければならないことを認めながら、この指定は換地処分をする日までに行なうが、その時期については未定である旨回答し、現在までその指定をしていない。

(3)  控訴人は、本件仮換地指定がなされる前の昭和四三年二月頃、被控訴人の賃借地の一部(本件土地の西側において南に接続する部分)四・九三平方米について、この土地が賃借地に含まれておらず、控訴人の所有占有する土地であるとして、自己の建物の建築工事にとりかかったので、被控訴人は仮処分の申立をし、同年二月二一日神戸簡易裁判所は、右係争部分四・九三平方米について、控訴人の占有を解いて執行官に保管させる旨の仮処分決定をし、控訴人が右決定に対して異議申立をしたが、昭和四四年一月一七日、右決定を認可する旨の決定がされた。

そして、右認定を覆えすに足る証拠はない。

四、≪証拠省略≫を総合すると控訴人所有地についてなされた原判決別紙目録(二)記載の仮換地処分は、従前地内だけの仮換地であり、従前地の西側部分九九五・六三平方米から八九一・四六平方米に減歩されたことが認められ、ほかにこの認定を覆えすに足る証拠はない。

五、以上によれば、被控訴人は、現在本件建物を所有している本件土地を占有使用する権限を有しないが、間もなく行われる神戸市長の指定処分により、本件仮換地内に合理的な範囲について、使用収益をすることができるのであり、一方控訴人は元来本件土地については自ら使用収益することを期待していないのであるから、本件仮換地処分に際して、被控訴人に対して使用収益し得る部分の指定がないことを奇貨として、被控訴人に対して本件土地の明渡を求めることは権利の濫用以外の何ものでもないといわざるを得ない。控訴人引用の判例は、本件にあてはめれば、単に被控訴人に仮換地使用権がない旨を明らかにしたにとどまり、控訴人が被控訴人に対して本件土地の明渡を求め得る根拠となるものではない。

六、つぎに控訴人の当審の主張について判断するに、当審の主張(1)、(2)は既に述べたように、当裁判所は控訴人の請求が権利の濫用にあたると判断するのであって、被控訴人が本件土地について使用収益権があると認めるわけではないから採用できない。当審(3)の主張は、原判決別紙目録(一)、(二)の土地の従来および現在の使用占有状況については何らの立証もないので、従前地の借地人との関係で本件土地の明渡を求める必要性を認めることができないし、被控訴人の借地権について指定処分のない現段階において、控訴人が被控訴人の現在の使用収益に応じて従前地のままの賃料を収受しても(一部既に収受したことは既に記載したとおりである)、仮換地について新たな賃貸借契約がなされない以上、控訴人主張の事態は発生しないのであり、控訴人の右主張は採用できない。

七、以上によれば、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用については、民訴法九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 増田幸次郎 裁判官 寺沢栄 道下徹)

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