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大阪高等裁判所 昭和46年(行コ)12号 判決 1973年7月16日

控訴人(被告) 田上稔

被控訴人(原告) 須佐美八郎

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は尼崎市に対し金二五万八、七三四円を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを四分し、その一を控訴人の負担とし、その余は被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一、控訴人の主張

(一)1  原判決添付別紙第一表のうち、三番目の昭和三八年五月三一日支出分は、控訴人に何ら関係のないものである。すなわち、控訴人が尼崎市水道局長・水道企業管理者の地位にあつた期間は、昭和三二年四月一日から昭和三八年二月二四日までであつて、控訴人は同月二五日から尼崎市助役に就任した。もつとも控訴人は同年三月三一日まで水道局長事務取扱者であつた。そして、同年四月一日からは、青山正守が尼崎市水道局長・水道企業管理者に就任したものであつて、右支出は同人にのみ関係するものである。

2  原判決添付別紙第一表の一、二番目の支出(昭和三七年一二月二七日支出分、昭和三八年三月三〇日支出分)は、控訴人が尼崎市水道局長・水道企業管理者の地位にあつた期間内におけるものであるが、右各支出はいずれも当時の尼崎市水道局次長流郷奈佑が決裁したものであつて、控訴人は右各支出に関して何らの相談も受けておらず、全然関与していない。すなわち、右各支出は、控訴人が出張中等のため、流郷次長が水道企業管理者たる控訴人に代わつて決裁(代決)したものである。

3  右1、2の点に関し、原判決は、原判決添付別紙第一表の各支出を控訴人においてなした旨の被控訴人の主張事実を控訴人が自白したものとして事実摘示しているけれども、原判決の右事実摘示は誤りである。控訴人は原審において右各支出を自ら決裁したことを終始否認しているものであつて、自白したことはない。仮に右1、2の点に関し、控訴人の原審における主張、態度が自白と認められるとしても、右1、2に主張するところが真実であつて、右自白は真実に反し、かつ錯誤に基いてなされたものであるから、控訴人は、昭和四八年四月一八日の当審口頭弁論期日において撤回して否認する。

(二)  原判決添付別紙第一表の各支出について、控訴人が実際に決裁しなくとも、抽象的に尼崎市水道局長・水道企業管理者の地位にあつたことをもつて、支出に関する一応の責任が認められるとしても、前記(一)の1、2において主張するとおりの実情であつたのであるから、控訴人には過失は全くない。

(三)  仮に原判決添付別紙第一表の各支出について、その支払額の金利相当額の損害を尼崎市が蒙つたとしても、それは支出金の保管方法である普通預金の金利、すなわち、日歩六厘(年利二分一厘九毛)を超えることはない。

二、被控訴人の主張

(一)  控訴人主張(一)の1、2、3について

1  控訴人の自白の撤回には異議がある。

2  尼崎水道局次長流郷奈佑の代決について、水道企業管理者たる控訴人が全然関与していないかのような控訴人の主張は、管理者の無責任の理由とはならない。

3  控訴人は流郷次長の代決に異議を述べないばかりか、代決の内容について自己も同じ考えであることを認めているのであり、しかも控訴人は、流郷次長とともに訴外村上建設株式会社の担当者から昭和三七年七月ごろより工事出来高金の支払い等について、好意的な取扱いを受けたことおよび将来も同様な取扱いを受けたい趣旨で賄賂を収受したことにより、刑事訴追を受けて有罪の確定判決があつたものであるから、原判決添付別紙第一表の各支出が、仮に流郷次長において代決したものであつたとしても、流郷次長単独の判断で行なつたものとは解されず、上司である控訴人の方針と了解の下に行なわれたものと解すべきであつて、控訴人は違法な右各支出について故意または重大な過失がある。

(二)  控訴人主張(二)について

原判決添付別紙第一表の各支出に対する損害額を算出するについて、普通預金の金利によるべきであるとする控訴人の主張は失当である。けだし、普通預金は日常的に取り扱われる預金であり、金利を特に考慮する預金ではないからでもある。経営において考慮するのは、借入金の金利であり、本件における資金源である市債はその利廻りは年七分にも及ぶものであつて、被控訴人主張の年五分の割合による損害金の算出は、むしろ低きに失するものである。

三、証拠関係<省略>

理由

一、原判決添付別紙第一表(ただし、二番目に昭和三八年三月二〇日とあるのは後記認定のとおり同月三〇日の誤りである。以下同じ)の各支出を、尼崎市水道局長・水道企業管理者たる控訴人がなしたとする被控訴人の主張事実について、控訴人が自白したかどうか、自白したとすればその撤回が許されるかどうかを検討する。原審記録によつて明らかな原審における各口頭弁論期日の経過に徴すると、控訴人および被控訴人は、尼崎市水道局長・水道企業管理者たる控訴人が原判決添付別紙第一表の各支出をなしたことを前提として、右各支出の違法性、控訴人の故意、過失、尼崎市の損害の発生、内容等について、これを主たる争点として、攻撃、防禦の方法の提出に弁論を終始したことが認められるから、弁論の全趣旨により、あるいは右各支出を控訴人においてなしたとする被控訴人の右主張事実を控訴人が自白したのではないかと解する余地がないわけでないけれども、原審における昭和四〇年一〇月三〇日の第一回口頭弁論期日において陳述された被控訴人提出の訴状請求原因第二項と控訴人提出の答弁書の答弁の理由第二項を対比すると、控訴人は被控訴人の右主張事実を「認めない」と明らかに争つているのであつて、しかも、その後の原審における各口頭弁論期日において、控訴人が特に被控訴人の右主張事実を自白したと認められるような形跡がない以上、控訴人が被控訴人の右主張事実を自白したものと認めるのは相当でない。したがつて、たとい控訴人および被控訴人が控訴人において右各支出をなしたことを前提として攻撃、防禦の方法の提出に弁論を終始した前記のような経過があるからといつて、原判決が被控訴人の右主張事実を控訴人において自白したものと事実摘示したのは誤りである。しかし、控訴人および被控訴人は、当審における昭和四六年六月一八日の第一回口頭弁論期日において、原審口頭弁論の結果が原判決事実摘示のとおりであると陳述しているのであるから、あるいはこの時機において、控訴人が被控訴人の右主張事実を自白したものと解する余地があるけれども、後記認定のとおり、被控訴人の右主張事実に対する控訴人の自白は真実に反することが明らかであるから、特段の反証のないかぎり、本件においては右自白は控訴人の錯誤に基づいたものと認めるのが相当であつて、控訴人の右自白の撤回は許されるべきである。

二、被控訴人が尼崎市民であり、控訴人がもと尼崎市水道局長・水道企業管理者であつたこと、控訴人が右水道局長在任中、昭和三六年三月三〇日の尼崎市議会の議決を経て、訴外村上建設株式会社と工業用水道北配水場構造物築造工事(以下本件工事という)の工事請負契約を締結したこと、被控訴人が昭和四〇年三月二九日尼崎市監査委員会に対し、尼崎市契約条例施行規則五二条には、部分払いは出来高に対し一〇分の九を超えることができないとの支払制限規定があるにもかかわらず、控訴人が本件工事の部分払いに関し原判決添付別紙第一表のとおり出来高の九〇パーセントを超える金額を訴外会社に対し各支出したとし、尼崎市が違法な右各支出によつて受けた損害(金利相当額)の補填のための措置を講ずるよう、地方自治法(昭和三八年法九九号改正)二四二条一項に基づいて、請求したところ、同年五月一九日、同監査委員会が被控訴人に対し、同月一七日付書面で損害補填の必要を認めない旨の通知をなしたことはいずれも当事者間に争いがない。

そこで控訴人が尼崎市水道局長・水道企業管理者として原判決添付別紙第一表の各支出をしたかどうかを検討する。各成立に争いのない甲第一号証、乙第一号証の一、二、同第二号証、同第一〇、一一号証、各原本の存在ならびに成立に争いのない乙第五、六号証、原審ならびに当審証人福井勝己、原審証人流郷奈佑、原審ならびに当審における控訴人本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。すなわち、控訴人は、昭和三二年四月一日から昭和三八年二月二四日まで尼崎市水道局長・水道企業管理者の地位にあつて、同月二五日からは同市助役に就任したが、同年三月三一日までは水道局長事務取扱の地位にあつたところ、昭和三六年三月三〇日、前記訴外会社との間において、本件工事の請負契約を代金二億九、七〇〇万円で締結した。本件工事請負契約は、尼崎市契約条例(乙第一号証の一)および同施行規則(乙第一号証の二)に準拠して成立したものであるが、契約書は同施行規則の第四号様式として定める工事請負契約用紙を用いたものであつて、同契約用紙にも尼崎市契約条例および同施行規則による旨記載されているところ、同施行規則五二条には「市長は工事の既成部分に対して完成前に代価の内払いをすることができるが、その内払いは既成部分に対する代価の一〇分の九を超えることができない」旨定められている。そこで控訴人は、尼崎市水道局長・水道企業管理者として、本件工事の出来高について、訴外会社に対し昭和三七年八月四日までに九回にわたり出来高部分払いの支出をしたのであるが、右各支出はいずれも同施行規則五二条に則り、出来高の九〇パーセント、すなわち、同年八月三日現在の工事出来高が金二億二、四七九万三、〇〇〇円であるのに対し、同月四日までに支出した部分払いは、右出来高の九〇パーセントに相当する金二億〇、二三一万三、〇〇〇円であつた。ところが同年一二月ごろ訴外会社から資金繰りの困難を理由に本件工事について出来高一〇〇パーセントの部分払いの要請があつたので、右要請に応えて尼崎市水道局建設課事務係長が、まず、その必要性、法規上の問題点などを検討し、ついで同局建設課長、同局経理課長、同局次長流郷奈佑等を経て控訴人も検討した結果、法規上の問題点については、尼崎市水道局長・水道企業管理者は、従来工事請負人と請負契約を締結し、工事出来高の部分払いをするについては、前記尼崎市契約条例および同施行規則を事実上の指針としてこれに準拠してきたが、もともと尼崎市水道局長・水道企業管理者は、尼崎市契約条例一二条および同施行規則の適用を受けないものであつて、工事出来高の部分払いの額の決定は、その自由裁量に属するものであるとの見解を採りうるものとし、しかも当時本件工事はほとんど完成近くまで進行していて、既に一部通水を開始していたが、訴外会社から契約保証金としては工事出来高に比し高額な金一、〇〇〇万円が納付されていること等の実質上の理由と昭和三六年ごろ尼崎市水道局が訴外株式会社銭高組に請負わせた配水施設工事についても出来高一〇〇パーセントの部分払いをする第二、三の先例があつたこと、兵庫県規則二三号(乙第二号証)一〇一条によると、兵庫県は契約保証金を納付したものに対しては工事出来高一〇〇パーセントの部分払いを認めていたこと等の諸点も参考にして、本件工事について、訴外会社に対し出来高一〇〇パーセントの部分払いをしても、必ずしも違法、不当な措置とはいえないであろうとの一般的な結論に達した。そこで訴外会社は尼崎市水道局に対し、同年一二月二五日、本件工事の第一〇回の出来高部分払いとして、出来高金二億四、一〇三万七、〇〇〇円に対する既払額金二億〇、二三一万三、〇〇〇円を控除した金三、八七二万四、〇〇〇円を請求してきたのであるが、訴外会社が請求する右金三、八七二万四、〇〇〇円はうち金二、四一〇万三、七〇〇円(原判決添付別紙第一表の一番目の金額)が工事出来高金二億四、一〇二万七、〇〇〇円に対する九〇パーセントを超える金額であるけれども、同局次長流郷奈佑は、前記のように工事出来高一〇〇パーセントの部分払いが必ずしも違法、不当ではないであろうというのが当時の尼崎市水道局の一般的な結論であつたので、同月二七日、尼崎市水道局長・水道企業管理者たる控訴人の職務を代理して、右金三、八七二万四、〇〇〇円の支出命令を決裁(代決)したところ、同日、尼崎市水道局は右支出命令に基づいて右訴外会社に対し右金額を支払つた。ついで訴外会社は尼崎市水道局に対し、昭和三八年三月二九日、本件工事の第一一回の出来高部分払いとして、出来高金二億七、四三八万四、〇〇〇円に対する既払額金二億四、一〇三万七、〇〇〇円を控除した金三、三三四万七、〇〇〇円を請求してきたので、同局次長流郷奈佑は、右金三、三三四万七、〇〇〇円を金三、〇〇一万二、〇〇〇円と金三三三万五、〇〇〇円の二個に分割したうえ、金三、〇〇一万二、〇〇〇円については、うち金二、四一〇万三、四〇〇円(原判決添付別紙第一表の二番目の金額)が工事出来高金二億七、四三八万四、〇〇〇円に対する九〇パーセントを超える金額であり、金三三三万五、〇〇〇円と右金三、〇〇一万二、〇〇〇円とを合算した金三、三三四万七、〇〇〇円についてみると、そのうち金二、七四三万八、四〇〇円(原判決添付別紙第一表の三番目の金額)が右工事出来高金二億七、四三八万四、〇〇〇円に対する九〇パーセントを超える金額となるのであるけれども、同月三〇日、前回と同様尼崎市水道局長・水道企業管理者たる控訴人の職務を代理して、金三、〇〇一万二、〇〇〇円と金三三三万五、〇〇〇円の二通の支出命令を決裁(代決)したところ、尼崎市水道局は右各支出命令に基づき訴外会社に対し、同日金三、〇〇一万二、〇〇〇円を、同年五月三一日金三三三万五、〇〇〇円をそれぞれ支払つた。以上のとおり認められる。原審証人福井勝己、同流郷奈佑の各証言および原審における控訴人本人尋問の結果中には、原判決添付別紙第一表の各支出を控訴人においてなしたとする被控訴人の主張事実に副うような供述部分があるけれども、右各供述部分は、尼崎市水道局が締結した工事請負契約に基づく代金の支出命令については管理者たる控訴人が決裁する通常の場合を予想して、一般論として供述した部分もあり、必ずしも具体的に控訴人が決裁したとまでは供述していないのであつて、前記認定の妨げとはならず、しかも冒頭掲記の各証拠に照らすならば採用し得ないところである。その他被控訴人の全立証および本件全証拠によつても、前記認定を覆えして被控訴人の右主張事実を是認するにたる証拠はない。なお、控訴人は、原判決添付別紙第一表の三番目の金額の支出は、控訴人が尼崎市水道局長・水道企業管理者たる地位を去つた後のものであると主張するのであるが、前記認定のとおり、控訴人在任中において金三、〇〇一万二、〇〇〇円と金三三三万五、〇〇〇円の二通の支出命令が代決されたものであつて、前者については在任中、後者については退任後支払われたものである。

そうすると、控訴人が尼崎市水道局長・水道企業管理者として、原判決添付別紙第一表の各支出について、支出命令を自ら決裁した旨の被控訴人の主張は採用できない。

三、次に、尼崎市水道局次長流郷奈佑が同水道局長・水道企業管理者の職務を代理して、昭和三七年一二月二七日、金三、八七二万四、〇〇〇円(このうち金二、四一〇万三、七〇〇円が工事出来高の九〇パーセントを超える)の支出命令を決裁(代決)し、ついで昭和三八年三月三〇日、金三、〇〇一万二、〇〇〇円(このうち金二、四一〇万三、四〇〇円が工事出来高の九〇パーセントを超える)および金三三三万五、〇〇〇円(これと右金三、〇〇一万二、〇〇〇円とを合算した金三、三三四万七、〇〇〇円のうち金二、七四三万八、四〇〇円が工事出来高の九〇パーセントを超える)の各支出命令を決裁(代決)したことは前記認定のとおりであるが、被控訴人は、流郷次長がなした工事出来高九〇パーセントを超える右各支出命令の代決は、控訴人の尼崎市水道局長・水道企業管理者としての責任を免れないし、また、控訴人の方針と了解のもとになされたものであるから、控訴人は違法な右各支出命令について故意または重大な過失があると主張するので検討する。

(一)  当裁判所も、流郷次長がなした右各支出命令の代決は、その内容において尼崎市契約条例施行規則に違反するものであり、また、実質的にも違法であつて、右各支出命令の代決に対し、控訴人において故意または重大な過失ある行為があつたときは、民法上の不法行為に基づく損害賠償責任を負担することがあるが、当時地方自治法二四四条の二による損害賠償責任を負担することがないと判断するものであつて、その理由は原判決理由説示のうち、原判決一二枚目表七行目から一四枚目裏五行目まで、原判決一四枚目裏八行目から一七枚目表三行目まで、原判決一八枚目表一行目から二一枚目表四行目までと同一であるから、これを引用する。

(二)  成立に争いのない乙第七号証によると、流郷次長が前記各支出命令の代決をなした当時、尼崎市には尼崎市水道局次長事務担当規程および次長事務担当規程があつて、右各規程によれば、尼崎市水道局長・水道企業管理者に事故があるときは、水道局次長がその職務を代理する旨定められていることが認められるから、流郷次長は前記各支出命令を代決するに際し、当時尼崎市水道局長・水道企業管理者たる控訴人に「事故があるとき」に該るものと判断して、右各支出命令を代決したものと解せられる。ところで流郷次長がなした前記各支出命令の代決は、尼崎市水道局長・水道企業管理者たる控訴人がなした決裁と同一の効果を生ずるものであるが、あくまでも行為自体は代理者たる流郷次長の行為であるから、控訴人が当然には流郷次長のなした前記各支出命令について民法上の不法行為責任を負担するものではない。控訴人が流郷次長のなした前記各支出命令の代決について、民法上の不法行為責任を負担することがあるとするためには、単に控訴人が尼崎市水道局長・水道企業管理者たる地位にあつたとか、あるいは単に抽象的に補助職員である流郷次長に対する指揮監督権の行使に適切を欠く点があつたとするのみではたりないのであつて、控訴人が指揮監督権を不当に行使し、または不当に行使しないで、流郷次長と共同し、または流郷次長を教唆、幇助して、代決すべからざる事項について違法に代決をなし、またはなさしめ、もしくは内容において違法な代決をなし、またはなさしめ、その結果尼崎市に損害を生ぜしめた場合でなければならないと考える(民法七一九条)。

(三)  そこで控訴人が流郷次長のなした前記各支出命令について右(二)において述べたような民法上の不法行為責任を負担するかどうかを検討する。流郷次長が尼崎市水道局長・水道企業管理者の職務を代理して前記各支出命令を代決したのは、前記尼崎市水道局次長事務担当規程および次長事務担当規程(乙第七号証)に則り、管理者たる控訴人に「事故があるとき」に該るものと判断したものと解せられるのであるが、いわゆる「事故があるとき」とは、長期または遠隔の旅行、病気その他なんらかの事由によりその職務を自ら行いえない場合をいうものと解すべきところ、当審における控訴人本人尋問の結果によると、流郷次長が前記昭和三七年一二月二七日付の支出命令を代決した当時、控訴人は同月二二日ごろから同月三一日まで東京に出張して起債や補助金獲得のため自治省、通産省、大蔵省と交渉していて不在であつたというのであるから、前記各規程にいわゆる「事故があるとき」に該ると解することには問題があること、また、管理者不在の場合でも次長代決が許されると解しても、成立に争いのない乙第八号証によると、昭和三八年一一月二五日制定の尼崎市水道局営業所処務規程には、管理者不在のときの代決はあらかじめ指示を受けた事項、特に至急に処理しなければならない事項にかぎる旨、同日制定の尼崎市水道局事務処理規程には、管理者不在のときの代決から予算の支出命令というような重要な事項は除外する旨各定められているところよりすれば、前記各支出命令の代決がなされた当時においては右各規程は存しなかつたが、当時においても右各規程の趣旨に則り事務処理が行われるべきが筋合と解せられること、しかも前記各支出命令における金額は当時においては相当高額なものであつたこと等の諸点に徴すれば、控訴人は流郷次長が後日前記各支出命令を代決することを管理者として了承していたものと推断するに難くないが、さらに次のような背景的事情、すなわち、前記二において認定したところによれば、昭和三七年一二月ごろ、訴外会社から資金繰りの困難を理由に本件工事について出来高一〇〇パーセントの部分払いの要請があつたので、右要請に応えて、尼崎市水道局建設課事務係長が、まず、その必要性、法規上の問題点等を検討し、ついで同局建設課長、同局経理課長、同局次長流郷奈佑等を経て控訴人も検討した結果、本件工事について、訴外会社に対し出来高一〇〇パーセントの部分払いをしても必ずしも違法、不当ではないであろうとの一般的な結論に達したことが認められ、しかも右結論には尼崎市水道局長・水道企業管理者たる控訴人の意見が決定的な影響を与えたであろうことも容易に推測し得られること、成立に争いのない甲第三号証の一、二によれば、尼崎市水道局長・水道企業管理者たる控訴人のほか同局次長流郷奈佑、同局建設課長上床勇、同局建設課事務係長西川新平らは、当時訴外会社の関係者からそれぞれ本件工事の請負契約の締結、工事出来高金の支出命令その他について、好意的な取扱いを受けたことの謝礼および将来も同様の取扱いを受けたい趣旨で供与されることを知りながら、多額の金品を賄賂として収受した事実が認められること等の背景的事情も考察するならば、流郷次長が前記各支出命令を代決することを、あらかじめ控訴人が管理者として了承していたものと認めるに十分である。右認定に反する当審における控訴人本人尋問の結果は採用できず、他に右認定を覆えすにたりる証拠はない。

そうすると、控訴人は、尼崎市水道局長・水道企業管理者として、ほんらい本件工事の部分払いに関し支出命令を裁決すべき権限があつたのであり、しかも職制上自己を補佐すべき同局次長流郷奈佑に対しては、事務処理が適正かつ妥当に行なわれるよう指揮監督権を行使すべき地位にあつたのであるから、右認定のように控訴人が流郷次長において後日前記各支出命令を代決することをあらかじめ了承していた事実が認められる以上、当然控訴人は管理者として補助機関たる流郷次長に対し、前記各支出命令について代決すべきことを指示していたものと認めるのが相当である。そして、控訴人および流郷次長が本件工事について出来高一〇〇パーセントの部分払いをしても違法、不当ではないと過つて判断したことは既に認定したところにより明らかであるが、控訴人はその過つた判断に基づき流郷次長に対し、前記のように不当な指示を与え、その結果流郷次長もまた過つて違法な前記各支出命令を決裁(代決)したものと認められるから、控訴人は民法七一九条の共同不法行為者としての評価を避けられないものというべきである。当裁判所は、控訴人が流郷次長に与えた指示は、重大な過失にもとづくものと判断するものであつて、その理由は原判決理由説示のうち、原判決二一枚目表五行目から二二枚目裏三行目までと同一であるから、これを引用する(ただし、原判決二一枚目表五行目から六行目にかけて「被告らが前記の違法な支出をするについて」とあるを「被告田上について」と訂正し、原判決二一枚目裏五行目から八行目までの括弧部分を削除し、原判決二二枚目表四行目から五行目にかけて「被告両名はいずれも」とあるを「被告田上は」と訂正する。)。

(四)  次に尼崎市の蒙つた損害について検討する。本件工事の出来高の九〇パーセントを超える支出額が原判決添付別紙第一表のとおりであることは既に説示したとおりであるが、前記甲第一号証によれば本件工事に対する出来高の最終検査が昭和三八年六月二一日に行われていること、前記乙第一号証の二によれば工事全部の竣工検査に合格すれば請負金の請求ができることになつていること(尼崎市契約条例規則五〇条、五一条)がそれぞれ認められ、原判決添付別紙第一表の各時点でそれぞれ支出額の合計が出来高の九〇パーセントを超えているのであるから、支出超過による金利相当の損害金を算出する期間は、原判決添付別紙第一表の一番目の金二、四一〇万三、七〇〇円については昭和三七年一二月二七日から昭和三八年三月二九日、同表の二番目の金二、四一〇万三、四〇〇円については同年三月三〇日から同年五月三〇日、同表の三番目の金二、七四三万八、四〇〇円については同年五月三一日から同年六月二〇日までである。そして各成立に争いのない乙第一二号証、乙第一三号証の各一、二(乙第一二号証、乙第一三号証の各一は原本の存在も争いがない)によれば、前記各支出命令による支出金は尼崎市の取扱金融機関である株式会社三和銀行の普通預金から支出されたもので、その金利は日歩六厘であることが認められるから、日歩六厘の金利相当の損害額(得べかりし金利の額)は原判決添付別紙第一表の一番目の支出金については金一三万四、四九八円、同表の二番目の支出金については金八万九、六六四円、同表の三番目の支出金については金三万四、五七二円、合計金二五万八、七三四円と算出される。本件各支出によつて本件工事が促進され、その結果尼崎市が利得を得て損益相殺すべき場合と認めるにたる証拠はない。なお、被控訴人は、本件工事は市債等によつてまかなわれ、その利率は年七分にも及ぶものであるから、普通預金の金利による計算は不当であると主張するが、右認定のとおり前記各支出命令による支出金は株式会社三和銀行の普通預金から支出されたものであり、右支出金の工事出来高九〇パーセントを超える部分が工事全部の工事竣工検査の時より早期に支出されたことによる尼崎市の蒙つた損害(得べかりし金利の額)を算出しようとするものであるから、その相当因果関係の範囲内にある損害額については、特別の事情のないかぎり、右普通預金の金利をもつて算出するのが相当である。

(五)  そうすると、控訴人は、流郷次長が代決した前記各支出命令について、民法上の不法行為責任を免れないし、その結果尼崎市が蒙つた損害金二五万八、七三四円について、賠償をなすべき義務あることは明らかである。

四  よつて、被控訴人が尼崎市を代位して控訴人に対し損害賠償を求める本訴請求は、金二五万八、七三四円の限度において正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきであるから、これと趣旨を一部異にする原判決を変更することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、九二条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山内敏彦 阪井いく朗 宮地英雄)

原審判決の主文、事実および理由

主文

一 被告田上は尼崎市に対し金五九万〇七一九円を支払え。

二 被告青山は尼崎市に対し金一四万四九六五円を支払え。

三 原告のその余の請求を棄却する。

四 訴訟費用は三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告両名の負担とする。

五 この判決の第一項は原告が金二〇万円の担保をたてたとき、同第二項は原告が金五万円の担保をたてたとき、それぞれ仮りに執行することができる。

事実

第一当事者双方の申立

一 原告は、「被告田上は尼崎市に対し金一一一万八五〇〇円を支払え。被告青山は尼崎市に対し金二七万九〇〇〇円を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

二 被告両名は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二当事者双方の主張

一 原告の主張

1 原告は尼崎市民であり、被告両名はいずれも、もと尼崎市水道企業管理者水道局長であつた。

2 被告田上は尼崎市水道局長在任中、昭和三六年三月三〇日の尼崎市議会の議決を経て、訴外村上建設株式会社と工業用水道北配水場構造物築造工事(以下本工事という)の工事請負契約を締結し、被告青山は尼崎市水道局長在任中、同三八年八月一日右訴外会社と右築造工事の追加工事の請負契約を締結した。

3 尼崎市契約条例施行規則五二条には中間出来高に対し一〇分の九を超える支払いができないとの支払制限の規定があるにもかかわらず、被告両名は局長の地位を濫用し、ほしいままに右規定に違反し、被告田上は別紙第一表のとおり、被告青山は別紙第二表のとおり、それぞれ出来高の九〇パーセントを超える金額の支出をした。

4 そこで原告は昭和四〇年三月二九日尼崎市監査委員会に対し、被告両名の右支出は違法であることを理由に、右支出により尼崎市の受けた損害(金利相当額)の補填のためその措置を講ずるようにとの請求をしたが、同監査委員会は同年五月一九日、同月一七日付書面で損害補填の必要を認めない旨通知した。

5 しかし被告両名のなした前記支払制限規定に違反する支出は違法である。すなわち、

地方公営企業法の昭和二七年一〇月施行に応じ、同年一二月改正された尼崎市契約条例の一一条には、『同条例六条、七条六号、九条一項および一〇条一項の規定中公営企業の業務に係るものについては、「市長」とあるのは「管理者」と読み替える。』旨定められ、同条例が公営企業にも適用されることを明示しており、このことから同条例施行規則が地方公営企業法による企業経営にも適用されることは明白である。更に本件工事請負契約書は同施行規則三四条に規定する第四号様式によつているが、右契約書には、『上記の工事については管理者(以下甲という)が請負人(以下乙という)に注文し、尼崎市契約条例及び尼崎市契約条例施行規則によるほか、次の条項によつて請負契約を締結するものとする。』との記載があるから、本件工事にも尼崎市契約条例及び同施行規則の適用がある。そして同施行規則五二条には、「市長は、工事の既成部分に対して、完済前に代価の内払をすることができる。2前項の請負金の内払は、その既成部分に対する代価の一〇分の九を超えることができない。」と規定されている(右規定の「市長」は「管理者」と読み替えるべきである)。

従つて、被告両名のなした支払いは、右規定に違反し違法である。

6 被告両名のなした早期過払いがなければ、尼崎市は、別紙第一表、第二表記載のとおり支払日から精算日までに至る年五分の割合いの金利を得た筈であるから、被告両名の右違法行為により、尼崎市は右金利と同額の損害を蒙つた。

7 被告両名は尼崎市に対し地方自治法により右損害を賠償すべき義務がある。仮りに同法により損害賠償義務を負担していないとしても、民法により賠償義務がある。

8 よつて原告は尼崎市に代位して、右損害の賠償として、被告田上に対し金一一一万八五〇〇円、被告青山に対し金二七万九〇〇〇円の各支払いを求める。

9 被告の主張は次のとおり誤つている。

(一) 管理者の契約締結権や企業管理規程制定権は無制限に認められているものではない。すなわち、

地方公営企業は地方公共団体の経営する企業であり(地方公営企業法一条)、その企業の基本計画は議会の議決を経て定められ(同法四条)、毎事業年度の予算は年度開始前に議会の議決を経なければならず(同法二四条、二五条)、議会の議決の下に活動を許されているものであり、昭和三八年法九九号による改正前の地方自治法(以下旧地方自治法という)九六条一項九号に定められた議会の権限(条例で定められた重要な契約を結ぶ際議会の議決を要すること)は地方公営企業法により制限されるものではなく(本件契約は議会の議決を経てなされたものである)、地方公営企業法九条九号に規定する管理者の契約締結権は、「契約を結ぶこと」の議決を経たものをその趣旨と範囲内において締結できる権限にすぎず、管理者は「事務」として担任しているにすぎない(同法九条一項)。また管理規程制定権も、同法一〇条により明らかなように、「法令又は当該地方公共団体の条例若しくは規則又はその機関の定める規則に違反しない限りにおいて」制定できるにすぎない。

尼崎市契約条例施行規則の条項についても、尼崎市契約条例一一条で同条例中「市長」とあるのを「管理者」と読み替えた条項に対応するものについては、同じように公営企業の業務に係るものについては、「市長」とあるのを「管理者」と読み替えることにより合理的に解釈することができる。同条例六条の保証金免除の特例規定については、市長も管理者も特に「必要があると認めるとき」以外は同施行規則に従つて行うべきもので、同施行規則一一条は無意味ではなく、同施行規則三五条ないし五六条の規定についても、「公営企業の業務に係るものについては」工程表の提出や工事着手の届出を管理者に行えばよい。

(二) 出来高が安全確実であつても、「代価の一〇分の九を超えることはできない」(同施行規則五二条)のであり、しかも本件は出来高評価の安全確実な保障はなく、市会の調査においても正確な資料はなかつたし、むしろ相手方請負人が被告(管理者)と贈収賄関係にあり、出来高評価の安全確実が望み得なかつた。また相手方請負人は資金事情の悪化している会社であり、信頼できる会社ではない。

尼崎市は水道工事のため多額の起債をし、これは年七分に及ぶ金利を負担するものであり、本件支出により尼崎市が「大きな利益」を得たとは言えない。

(三) 被告両名は、地方自治法に規定はなくとも、民法の規定により尼崎市に対し損害賠償義務を負うものである。そして民法上の損害賠償義務を負うのは、法律上の明文がない限り(例えば失火の責任に関する法律等)、重大な過失のあるときにのみ限るものではない。

昭和三八年法九九号による改正後の地方自治法(以下新地方自治法という)二四三条の二は、一般職の職員について「故意又は重大な過失」ある場合にのみ損害賠償責任を負う旨定めているが、本件のように特別職である管理者には同条項の適用はないし、公の勤務関係は公法関係に属するという特殊性から民法を修正する必要があるとすれば、全体の奉仕者である地方公共団体の管理者は、法令を遵守しいやしくも私意私情をはさむべきでなく厳格な服務上の義務と責任があるのであるから、民間の営利会社の役員が過失があれば会社に対し損害賠償義務を負うこと(商法二六六条五号)よりもむしろ責任を加重すべきで、これを軽減すべきではない。また国家賠償法一条二項は、公務員が職務の執行について躊躇するようになり正当な職務の執行さえ十分に行ない得なくなることを防ぐための政策的な理由から、公務員には故意又は重大な過失のあつたときにのみ求償権を認めているのであつて、本件のように地方公共団体の財政を軽んじ違法に支出し第三者に利益を与え地方公共団体に損失を与えた場合に類推適用することは、同法の精神に合致しない。

しかも被告らの責任は重大な過失というよりも故意というべきである。地方公営企業法七条、八条、九条、一〇条の規定によつても明らかなように、重大な身分と広範な権限を委任されている管理者が法令を知らなかつたということは弁解にならず、法令を無視する慣行があり違法でないと信じてやつたというのは詭弁である。

二 被告両名の主張

1 請求原因第1項ないし第4項の事実については、同第3項中の被告両名が局長の地位を濫用しほしいままに原告主張の規定に違反したとの点を争い、また、別紙第一表中の出来高の九〇パーセントを超える支出額が金二四一〇万三四〇〇円になつたのは昭和三八年三月二〇日でなく同月三〇日であると訂正するほか、すべて認める。

2 しかし被告両名のなした支出は違法ではない。すなわち、

(一) 本件には尼崎市契約条例施行規則の適用はない。

地方公営企業法は、その九条で管理者に契約締結権を認め、同法一〇条で管理者に企業管理規程制定権を認めているなど、地方公営企業の企業性あるいは経済性と公共性を配慮し、地方自治法の特例を定めたものであるから、地方公営企業法五条に基づき、同法三条の基本原則に合致すべき条例、規則、規程を制定すべきであるのに、尼崎市では本件各支出当時、一般行政面に適用された尼崎市契約条例および同施行規則があるのみで、企業性を考慮した地方公営企業に関する条例等は制定されていなかつたため、管理者において、一応事実上の基準として前記施行規則を使用依拠してきたが、管理者はもともと裁量権を有するものである。従つて原告主張の同施行規則五二条は管理者を法的に拘束するものではない。

そして尼崎市契約条例一一条に原告主張の読み替えの定めがあり、同条例が公営企業にも適用されることは原告主張のとおりであるが、同施行規則には右のような読み替え規定がなく、同施行規則は公営企業の業務に関するものについては適用外とする趣旨であると解される。けだし、そうでないと、同条例が公営企業の業務に関するものについての契約締結権を「管理者」に認め、同六条で保証金に関する規程制定権もしくはその裁量権を「管理者」に与えているのに、同施行規則では、その一一条で保証金につき細目を定めていて、右規定(施行規則)が公営企業にも適用されるものとすれば同条例六条の規定が無意味になるし、また、同施行規則三五条ないし五六条に定めた工事の請負に関する細目的な事柄につき、例えば工程表を「市長」に提出したり(施行規則三五条)、工事の着手を「市長」に届け出たり(同三六条)するような奇妙な現象を生じるなど施行規則が公営企業に適用されると矛盾が生じるからである。

(二) 仮りに公営企業にも尼崎市契約条例施行規則の適用があり、本件支出が右規則に違反するとしても、実質的に違法ではない。すなわち、

既成部分に対して支払を一〇分の九以内に押える趣旨は、部分払のできる段階では工事が未完成で、そのままでは所期の目的を達することができず、しかも代価の計算自体が実際上困難でもあり、かつ一般に工事に粗雑な点があり勝ちであるから、実際の価値以上のものを支払つてはならないという代金支払いについての安全性の保持にある。従つて出来高評価が安全確実な範囲に評価され、請負人が本件のように相当信頼できる会社である場合には、一〇分の九以上に支払つても規定の本来の趣旨には反しない。

また兵庫県財務規則には、部分払の制限についての規定中に「契約保証金を納付したものに対してはその代金の全額まで支払うことができる。」旨定められているが、本件では、北配水場構造物築造工事(本工事)にあつては一五〇〇万円、追加工事では六〇〇万円の契約保証金が納付されており、本工事は形式的には昭和三八年六月二八日竣工となつているが、同三七年八月には沈澱池二つの中一つを除き配水場の本体である諸構造物はすべて完成し、同月一三日から日量一〇万トンないし一三万トン程度の送水を開始し、水道料金も徴収開始するに至り、同年一〇月には尼崎市でも通水式を施行して正式に諸施設の使用を開始し、同年一二月末には残りのもう一つの沈澱池も完成し、あとは型枠板を除去すればよい状態になつており、近日中に使用を開始する予定であるなど、ほぼ竣工と同様の状況となつており、同年一二月末現在の残工事については、従来からの施工実績に照らし、留保中の契約保証金を保管しておくことで全く不安はなかつた。

のみならず、本件工事の主目的たる緊急性を要する地盤沈下の防止と通水利益の早期確保という公共性、経済性の配慮の必要から、気象条件、労務単価の高騰等による相手方請負人の資金繰り悪化による工事の遅延を防止するために支出したもので、特に本件工事等第二期拡張事業は、日量三一万余トン、トン当り金四円二〇銭で一日約一三〇万円程度の利益を揚げられるから、もし本件支出行為がなく工事が遅延しておればそれだけ損害を蒙つた筈で、本件支出により尼崎市はかえつて莫大な利益を得ている。

なお本件工事は国の緊急事業の指定をうけ、国庫補助金も三〇パーセントあつたので、本件各支出につき会計検査院の検査をうけたが、何ら不当性を指摘されず検査に合格した。

3 請求原因第6項につき、原告主張の損害額の算定は争う。金利相当額は、被告田上の関係では別紙第三表のとおりであり、被告青山の関係では別紙第四表のとおりである。なお本件支出により尼崎市は金利相当の損害よりもむしろ多大の利益を得ていることにつき、前項(二)で述べたとおりである。

4 仮りに本件支出が違法でありその結果尼崎市が損害を蒙つたとしても、被告両名は尼崎市に対し損害賠償義務を負うものではないから、本訴請求は失当である。すなわち、

旧地方自治法二四四条の二には、出納職員等の損害賠償責任を定めているのみで、その他の職員の損害補填義務についての一般的な規定は存在せず、地方公共団体とその職員との関係は公法上の関係で一般的に民法を適用すべきではないから、特別規定のない以上、職員は地方公共団体に対し賠償責任を負わない。

仮りに民法上の損害賠償義務があるとしても、地方公共団体とその職員との関係は公法上のものであるから、民法の原則を修正して適用すべきであり、国家賠償法一条二項の求償の場合の精神や危険責任の原則に照らし、職員に故意又は重大な過失がある場合にのみ賠償義務を負うものと解すべきである。しかるに本件については被告らに故意も重過失もなく、むしろ地盤沈下防止の緊急要請に基づき、工事を促進させる意図のもとになしたものである。

第三証拠<省略>

理由

一 原告が尼崎市民であり、被告両名がいずれももと尼崎市水道企業管理者水道局長であつたこと、被告田上が右水道局長在任中、昭和三六年三月三〇日の尼崎市議会の議決を経て、訴外村上建設株式会社と本工事の請負契約を締結し、被告青山が同じく右水道局長在任中、同三八年八月一日右訴外会社と追加工事の請負契約を締結したこと、尼崎市契約条例施行規則五二条には、中間出来高に対し一〇分の九を超える支払いができないとの支払制限規定があるが、被告田上が別紙第一表のとおり(但し、出来高の九〇パーセントを超える支出額が金二四一〇万三四〇〇円になつたのが昭和三八年三月二〇日である点は除く)、被告青山が別紙第二表のとおり、それぞれ出来高の九〇パーセントを超える金額を支出したこと、そこで原告が昭和四〇年三月二九日尼崎市監査委員会に対し、被告両名の右支出が違法であることを理由に、右支出により尼崎市のうけた損害(金利相当額)の補填のためその措置を講ずるようにとの請求をしたが、同監査委員会が同年五月一九日、同月一七日付書面で損害補填の必要を認めない旨の通知をしたことはいずれも当事者間に争いがない。そして成立に争のない甲第一号証、証人菅本高志の証言および被告田上の本人尋問の結果によれば、被告田上の関係で、出来高の九〇パーセントを超える支出額が金二四一〇万三四〇〇円になつたのは、昭和三八年三月三〇日であることが認められた。

二 そこで、被告両名の右支出が尼崎市契約条例施行規則に違反するか否かを判断する。

成立に争いのない乙第一号証の一、二、証人福井勝已、同流郷奈佑、同菅本高志の各証言および被告田上の本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。すなわち、

尼崎市契約条例施行規則五二条一項に「市長は、工事の既成部分に対して、完済前に代価の内払をすることができる。」、同二項に「前項の請負金の内払は、その既成部分に対する代価の一〇分の九を超えることができない。」と定められ、尼崎市契約条例一一条には、『同条例六条、七条六号、九条一項および一〇条一項の規定中公営企業の業務に係るものについては「市長」とあるのは「管理者」と読み替える。』旨の定めがあるが、同施行規則には右のような読み替え規定がないこと(以上の事実は当事者間に争いがない)、本件契約締結当時、尼崎市においては契約条例および同施行規則以外に水道事業(地方公営企業)についての特別の規定はなかつたこと、契約に関する書類としては右施行規則三四条に工事請負契約書の様式(第四号様式)が定められ、右様式に基づく工事請負契約書の用紙には「尼崎市契約条例及び尼崎市契約条例施行規則によるほか、次の条項によつて請負契約を締結するものとする」との記載があり、「乙(請負人のこと)は、工事完成前に、出来高部分………に対する請負金額の一〇分の九以内の部分払を請求することができる。」との条項(第二四条)があること、尼崎市水道局においても、契約締結に際し右用紙を使用しており、尼崎市議会の議決を経て締結された本件工事請負契約も右様式による用紙を用いて契約書が作成され、右不動文字以外に条項を挿入ないし削除することが行われていないこと、尼崎市水道局において、当初以来同市契約条例、同施行規則に定められた方法で契約関係を処理することによつて、運営上支障をきたすという事情もなかつたことがそれぞれ認められ、他に反証はない。

ところで、地方公営企業法は、同六条で、同法が地方自治法の特例であることをうたい、同五条で地方公営企業に関する条例、規則および規定の制定を予期し、同一〇条では管理者に企業管理規程制定権を認め、同九条八号で契約締結権を認めているが、右にいう企業管理規程制定権も法令又は当該地方公共団体の条例若しくは規則に違反しない限りで許されているものであり(同法一〇条)、また旧地方自治法九六条一項九号に定められた地方公共団体の議会の権限(条例で定める重要な契約を結ぶこと)は、地方公営企業法により制限されるものではないと解されるから(このことは、昭和四一年法一二〇号により地方公営企業法が改正され、管理者が契約締結に際し議会の決議を要しないと改められたこと(同法四〇条一項)からみても、法改正前の本件当時には、その反対解釈が成り立つ)、管理者の契約締結権もその限りで議会の決議による制約をうけているものである(ちなみに、尼崎市契約条例七条で見積価格が三〇〇〇万円を超える工事の請負には市議会の議決を経なければならないと定められ(前掲乙第一号証の一)、本件工事請負契約も市議会の議決を経ている)。従つて、尼崎市水道局の管理者たる被告らにおいても、尼崎市契約条例および同施行規則に違反しない限りで裁量権を有するものと言わなければならない。

そして尼崎市契約条例には、公営企業の業務に係るものについて「市長」とあるのを「管理者」と読み替える規定(同一一条)が存在することからみても、同条例が地方公営企業の扱う契約についても適用のあることは明らかで、同条例が公営企業関係に適用される以上、同条例一二条により市長が定めた同条例施行のための同施行規則も公営企業関係に適用されると解するのが相当である。

また尼崎市契約条例施行規則に読み替え規定が欠如している場合には、契約条例中の読み替えを必要とする条項に対応する施行規則の各条項はいずれも読み替えをなして合理的に解釈するのが相当であるから、読み替え規定が欠如しているから施行規則の適用がないと断ずることはできない。

以上のとおり、尼崎市水道企業にも尼崎市契約条例施行規則五二条の適用があり、被告らの本件支出行為は右規定に違反する。

三 次いで、実質的違法性について判断する。

尼崎市契約条例施行規則五二条の中間出来高払いの際に支払制限をする規定の趣旨は、工事が未完成の段階では所期の目的を達成できないことから、代金の支払いにより不慮の損害を蒙ることのないようにし、もつて地方公共団体の財政の安全性を保持するためのものと考えられるが、元来請負代金の支払は同規則五一条により工事全部の受渡を終えた後、その請求によつて支払うことになつており、右五二条によつて初めて内払いが許容され、しかもそれが一〇分の九を限度とするというのであるから、右規定は厳格に解釈するのが相当である。

そこで、本件事案を見るに、(一)成立に争いのない甲第一号証、被告田上の本人尋問の結果によれば、請負人の村上建設株式会社は当時資金繰りに困つて尼崎市に対し既成部分の内払いを求めてきた事情にあつたことが認められ、同社が尼崎市の従来から工事請負関係が続いているとか、その他の会社と比べて特に信用しうる事情があつたものと認めるに足る証拠もなく(証人福井勝已の証言によれば、村上建設株式会社は東京に本社を置く会社で名神高速道路の工事を一部請負つたことがあるという事実が窺えるが、その程度にすぎない)、(二)証人流郷奈佑の証言、被告田上、同青山の各本人尋問の結果によれば、本件支出当時納付されていた契約保証金は本工事関係では金一〇〇〇万円、追加工事の関係では金六〇〇万円であつたことが認められるが、本件各支出は、いずれも右保証金の額をはるかに上廻つているのであるから、前記施行規則五二条に違反する支出に伴う危険を十分に担保するものとは言えず、(三)前掲甲第一号証、証人流郷奈佑、同中田昌一の各証言、被告田上および同青山の各本人尋問の結果によれば、本工事に関して、昭和三七年八月には沈澱池二つの中一つが完成して、計画水量の日量三一万四、〇〇〇トンの中約一八万トンが通水可能となり、同年一〇月には通水式が行なわれ、沈澱池の残る一つも同三八年一月には完成しており、追加工事に関しても、同年一二月には出来高にして工事全体の約九〇パーセントが完成している状態にあつたことが認められるが、本件各請負工事が右の程度に竣工に近い状態にあつたとしても(工事完成後請負人の責に帰すべからざる事情で検査が行なわれず、従つて引渡しが終つていないというような場合はともかく)、いまだ違法性を阻却するものとは認められない。(四)また地盤沈下の防止と通水利益の早期確保という目的があり、工事促進をはかるために本件各支出がなされたとの点については、もともと完成が遅れてもよいような工事がある筈はなく、特に急いで完成すべきものであるならば、契約当初において(競争入札を求める段階で)予想しうることであるから、右事態に対処できるような請負人を捜し求めるべきであり、結局、右要請のみでは契約の履行中に施行規則に違反して予算支出することを許容する事情であるとは認め難く、また本件支出がなければ確実に本件工事が遅延したという的確な証拠もないから本件支出により尼崎市が利益を得たとの立証もなかつたことに帰する。(五)公文書でその成立が認められる乙第二号証によれば、昭和三五年三月公布された兵庫県財務規則一〇一条はその一項で工事についての部分払は出来高の一〇分の九をこえることができないこと、二項で同規則八九条一項に規定する契約保証金を納付したものに対しては、その代金の全額まで支払うことができること、を定めるほか、第三項によると公共工事につき前金払をすることが窺われるが、県に右のような規則があるからといつて、本件支出が実質的に妥当となるものではない。(六)なお会計検査院の検査に合格したことも、同検査が施行規則に違反した支出がなされたことについて正当であるとの判断を下したものとは言えず(証人松下勉の証言によれば、その点につき調査はなされていないという)、本件支出の違法性の判断を左右するものではない。

以上のとおり本件支出は実質的にも違法であつたものと認められる。

四 尼崎市の蒙つた損害について

出来高の九〇パーセントを超える支出額が、被告田上の関係では別紙第一表のとおり(但し昭和三八年三月二〇日は同月三〇日に改める)、被告青山の関係では別紙第二表のとおりであることは既に判示したところであるが、前掲甲第一号証によれば、本工事については出来高の最終検査が昭和三八年六月二一日に、追加工事については出来高の最終検査が同三九年三月三一日にそれぞれ行われていることが認められると共に、前掲乙第一号証の二によれば、工事全部の竣工検査に合格すれば請負金の請求ができること(尼崎市契約条例施行規則五〇条、五一条)になつていることが認められ、また別紙第一表に関しては、各時点でそれぞれ支出額の合計が出来高の九〇パーセントを超えているのであるから、支出超過による金利相当の損害金を算定する期間は別紙第三表、第四表のとおりである。そして被告田上本人尋問の結果によると、本件水道工事については国から約四分の一の補助金が出て、その余は公債借入等によつて賄われ、その利率は最低が年六分五厘であつたことが認められるから、右範囲内で原告が主張する年五分の割合の金利相当の損害金は別紙第五表、同第六表に記載のように算定される。

なお、本件支出により工事が促進され、その結果尼崎市が利益を得て、損益相殺をなすべき場合と認めるに足りる証拠がないことについては、前述したとおりである。

五 被告両名の損害賠償義務について

1 新地方自治法(本件監査請求および訴訟には、新地方自治法二四二条および二四二条の二が適用されることについては、昭和三八年法九九号附則一一条参照)二四二条の二の一項四号に定めるいわゆる代位請求は、その規定の趣旨から明らかなように、普通地方公共団体が、職員の違法な行為又は怠る事実によつて損害を蒙つたときに、その職員に対して有する損害賠償請求権などの実体法上の損害補填請求権を、その住民が当該地方公共団体に代位して行使することを認めたものである。従つて、その要件としては、単に職員の違法な行為等によつて地方公共団体に損害が生じたこと(いわゆる客観的要件)のみでは足りず、その職員が当該地方公共団体に対して損害賠償義務などの実体法上の損害補填の義務がある場合であること(いわゆる主観的要件)を要するものと解される。

2 そこで、被告らの尼崎市に対する損害補填義務の有無について検討する。

(一) 一般に地方公務員がその職務を行うにつき職務上の義務に違反してその勤務する地方公共団体に損害を与えた場合、地方公共団体が右公務員に損害の補填を求める方法としては、私法上の雇傭関係にある被用者が雇傭契約上の義務に違反して使用者に損害を与えたとき使用者は右雇傭契約上の債務不履行による損害賠償を求めるか、不法行為による損害賠償を求めることができると同様、右公務員の職務上の義務違反を促えて損害賠償を求める方法と不法行為を捉えて損害賠償を求める方法と二通り考えられる。ところで地方公務員の勤務関係は地方公共団体の任命に基づき住民全体のために奉仕すべき特別の勤務関係であり、右公務員の職務上の義務は公法上の義務で、右義務違反による責任も公法上の責任であり、私法上の責任ではない。そして右公法上の責任は明文があるときに限つて存在するものと解するを相当とする。けだし、右責任は、刑事責任と異なるが、責任である以上明確に定められることを要し、また右公法上の責任につき一部明文化(新地方自治法二四三条の二、公務員につき予算執行職員等の責任に関する法律二条、会計法四一条、四五条)されていることは明文がないものは責任を問わないことを意味するものと考えられるからである。そしてことを実質的に考えても、後記のように不法行為上の責任を追及できるかぎり、公法上の責任が追及できなくても損害の補填ができることにかわりはない。次に不法行為による損害賠償は私法上の責任を追及するもので、一般私法である民法によるべきであり、地方公務員が民法上の不法行為責任を負うことは、新地方自治法二四三条の二の九項が同条一項による財産の運営に関し職員が公法上の責任を負うときは民法による賠償責任を適用しないと規定して一般的に地方公務員が不法行為による民法上の損害賠償義務を負うことを前提としていることによつても明らかである。ただ地方公務員が右不法行為上の責任を問われるのは実定法上故意又は重大な過失があつたときに限られるものと解するを相当とする。けだし昭和二一年に制定された国家賠償法一条一項において国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員がその職務を行うにつき故意又は過失によつて違法に他人に損害を与えたとき、すなわち、公務員による不法行為について国又は公共団体が私法上の損害賠償責任を負担し、同条二項において国又は公共団体がその公務員に故意又は重過失があつたとき求償債権を行使することができると規定していることに照すと、被害者が国又は公共団体か第三者の差、直接か求償によるかの差、公権力の行使に限定されているか否かの差はあれ、同じ私法上の責任であるから、前記地方公務員の地方公共団体に対する不法行為責任の要件も同様に解するを相当とするからである。右のように地方公務員の不法行為責任が私法上の雇傭関係における被用者の軽過失を含む責任より軽いという批判もあろうが、もともと右地方公務員や被用者の職務につきなされた不法行為については軽過失の場合はその損害を地方公共団体や使用者が負担して地方公務員や被用者にその職務を充分に果させるほうが合理的であるとも考えられ、前記批判は必ずしも当を得たものでない。

(二) そこで先ず公法上の責任についてみるに、新地方自治法二四三条の二、同法二三二条の四には、予算支出命令をなす権限を有する職員(普通地方公共団体の長)が故意又は重大な過失により法令の規定に違反して当該行為をしたことにより普通地方公共団体に損害を与えたときは、これによつて生じた損害を賠償しなければならないと定められ、右規定は昭和四一年法一二〇号による改正後の地方公営企業法(以下、新地方公営企業法という)三四条により地方公営企業の業務に従事する職員に準用されているが、新地方自治法二四三条の二は、昭和三八年法九九号附則一二条、一条により昭和三九年四月一日前の事実である本件には適用がない。

なお旧地方自治法当時には、職員が違法行為等をして地方公共団体に損害を蒙らせたときの、その職員の当該地方公共団体に対する損害補填義務については、同法二四四条の二において、出納職員等が法令の規定に基づいて保管する現金又は物品を亡失又はき損した場合に、善良な管理者の注意を怠つたときの損害賠償責任を定めているのみで、その他の場合の損害補填義務については一般的な規定はなかつた。

(三) 次に私法上の責任について見るに、被告らが前記の違法な支出をするについて、故意又は重大な過失があつたか否かにつき判断するに、既に判示した事実に弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第三号証の一、二、証人流郷奈佑、同福井勝已の各証言、被告田上、同青山の各本人尋問の結果を総合すると、尼崎市契約条例施行規則には、部分払の場合は出来高の一〇分の九を超えて支払つてはならない旨の定めがあること、尼崎市水道局が関係する契約について、部分払の場合出来高の一〇分の九を超えないとする条項が印刷された契約書の用紙を用いて契約書が作成され、代金の支払いも一部の例外を除き通常は中間出来高の一〇分の九の範囲内で行われていたこと、被告両名は右規則の存在および慣行を知つてはいたが、公営企業管理者には裁量権があり右規定には拘束されないと考えていたこと(特に被告青山の場合は、被告田上が水道局長であつた時代に右規定に違反する支出をなしている前例があり、部下からも条例に必ずしも拘束されないと聞かされていたこと)、工事がほぼ完成に近い状態にあり残工事の危険の保証は納入されている保証金でまかなえると考えていたこと、本件工事が早く完成すれば通水による利益をそれだけ早く得ることができるし、地盤沈下防止という緊急要請に合致すると考えていたこと、請負人村上建設株式会社から資金繰りの困難を理由に早期支払いを要請されていたこと、村上建設株式会社を含む業者から収賄したということで有罪判決をうけていることの各事実が認められるが、中間出来高の一〇分の九を超える支出が尼崎市契約条例施行規則に違反していることは明らかであり、しかも、被告両名は、いずれも公務員として法令の遵守義務を負つているばかりでなく(地方公務員法三二条)、地方公営企業の管理者として、地方公営企業に関し、当該地方公共団体を代表し契約の締結権や予算の執行を与えられ、企業管理規程制定権を与えられるという広範囲な権限を与えられている地位にあり、かつ本件請負契約の内容となり、従前これに従つて部分払がなされてきた(右支払の事実は甲第一号証によつて認められる)部分払の制限を変更して本件支払をなすのであるから、本件支出が法令に違反しないかどうかを十分に検討しなければならないにも拘らず、これを怠り、安易に右事情の下では尼崎市契約条例施行規則に拘束されないと判断したことは、著しく注意義務を欠き重大な過失があるといわなければならない(前例を参考にしたという被告青山の場合も、管理者の地位にある者として、重大な過失がなかつたとは言えない。)。

六 結論

以上の理由により、被告田上は尼崎市に対して金五九万〇七一九円の損害賠償義務を負い、被告青山は金一四万四九六五円の損害賠償義務を負うものである。

よつて、原告が尼崎市を代位して被告両名に対し損害賠償を求める本請求は、右の限度において正当としてこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文および同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(別紙)

第一表

支出年月日

出来高の90%を超える支出額

支払日より精算日(昭和38・6・28)までの年五分の割合の損害金

昭和37・12・27

二四一〇万三七〇〇円

六〇万二五〇〇円

38・3・20

二四一〇万三四〇〇円

四〇万二〇〇〇円

38・5・31

二七四三万八四〇〇円

一一万四〇〇〇円

合計  一一一万八五〇〇円

第二表

支出年月日

出来高の90%を超える支出額

支払日より精算日(昭和39・7・2)までの年五分の割合の損害金

昭和38・12・27

一一一七万円

二七万九〇〇〇円

第三表

出来高の90%を超える支出部分

期間

年五分の割合の金利相当金額

二四一〇万三七〇〇円

昭和37・12・27~38・3・29

三一万一一九九円

二四一〇万三四〇〇円

38・3・30~38・5・30

二〇万四一六二円

二七四三万八四〇〇円

38・5・31~38・6・20

七万八九三二円

合計  五九万四二九三円

第四表

出来高の90%を超える支出部分

期間

年五分の割合の金利相当金額

一一一七万円

昭和38・12・27~39・3・30

一四万三八三三円

第五表

金額

期間

年五分の割合の金利相当額

二四一〇万三七〇〇円

昭和37・12・27~38・3・29

三〇万七〇七四円

二四一〇万三四〇〇円

38・3・30~38・5・30

二〇万四七一三円

二七四三万八四〇〇円

38・5・31~38・6・20

七万八九三二円

合計  五九万〇七一九円

第六表

金額

期間

年五分の割合の金利相当額

一一一七万円

昭和38・12・27~39・3・30

一四万四九六五円

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