大阪高等裁判所 昭和47年(う)562号 判決 1977年5月30日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
<前略>
控訴趣意第一について。
論旨は、要するに、原判決は、破産管財人たる被告人が自己の利益を図る目的をもつて破産財団に属する財産を債権者の不利益に処分した旨の本件各公訴事実に対し、破産法三七八条(三七四条)所定の詐欺破産罪を構成する行為は破産宣告確定前になされたものでなければならないと解すべきところ、公訴事実第二および第三の各行為は破産宣告確定後になされたものであることが明らかであるから同法条に該当せず、また、破産管財人は同法三七八条所定の罪の行為主体にはなりえないものと解すべきところ、被告人は公訴事実第一ないし第三の各行為当時破産管財人であつたのであるから、右各行為につき同条所定の罪は成立しないとして、被告人に対し無罪の言い渡しをしたが、同法三七四条一号は破産宣告確定後の行為をも処罰する法意であり、また、同法三七八条所定の罪の行為主体には破産管財人も含まれるものと解すべきであるから、これらの点において原判決には判決に影響を及ぼすべき法令の解釈適用の誤りがある、というのである。
そこで考えてみると、検察官は本件各公訴事実が破産法三七八条、三七四条一号に該当するとして公訴を提起しているのであるが、同条同号は、破産犯罪のうち講学上破産原因罪と称される犯罪類型の一つを規定するものと解すべきところ、破産原因罪は、元来、破産原因を作為し破産を惹起する行為を処罰し もつて、債権者の財産上の利益を保護しようとするものであるが、現行破産法の規定は、普通一般に破産原因を作為し破産を惹起する性質を備えた一定の行為(債務者の財産を減少させ、またはその債務を増加させる行為)をなすこと(詐欺破産罪においては、さらに一定の目的をもつてなすこと)を構成要件とし、右の行為と現実の破産原因との間に具体的な因果関係が存することは必要としていないが、その行為と事実上の牽連関係のある破産宣告の確定を処罰条件としているものと考えられる。このような点にかんがみると、破産法三七四条一号は、原則として破産宣告前の行為を処罰の対象としているが、例外として破産宣告後の行為でも同宣告確定前のものは現に発生している破産原因をより強化するものとしてこれを処罰の対象としているものと解するのが相当である。すなわち、同号は、破産宣告確定前になされた破産原因を作為し破産を惹起する性質の行為で、破産宣告の確定と事実上の牽連関係のあるものを処罰する趣旨の規定であり、したがつて、同号に規定する行為は、破産宣告確定前になされたものに限られるというべきであり、この点に関する右と同旨の原判決の見解は、これを正当として是認することができる。
所論は、まず、破産法は、破産財団に属する財産を確保し、多数債権者に対して公平かつ迅速に、可及的に十分な満足を与えるという破産手続の目的を実現するため、詐欺破産罪等の罰則を設けているのであり、詐欺破産罪が破産原因罪と称されるのは、詐欺破産罪を構成する行為の多くが破産原因を作為するものであるからに過ぎず、同罪が破産原因を作為し破産そのものをひき起こす行為のみの処罰を目的とするものであるとは考えられず、さらに、前記のような同罪を設けた目的に照らすと、破産宣告ないしその確定後の行為は、破産宣告前の行為と同様あるいはそれ以上に処罰の必要性が高いものといわなければならず、右のような点からみても詐欺破産罪の行為時期を破産宣告確定前に限るのは不当であると主張する。
しかしながら、ドイツおよびフランス法上の破産犯罪をわが国の破産法制に継受した沿革ならびに現行破産法の罰則全体の構造からみると、現行破産法の規定する破産犯罪の中に破産そのものを罪悪視した往時の懲戒主義的思想を渕源とするものが存することは否定し難い。破産を惹起し債権者に財産的損害を与えた債務者(破産者)の過去の一定の行為(破産原因を作為し破産を惹起する行為)に対し刑事制裁を科する趣旨のもの、つまり、講学上破産原因罪と称される犯罪類型に属するものがこれであり、破産法三七四条一号所定の罪はその一つであると考えられる。すなわち、元来、一つの犯罪類型としての破産原因罪は、破産原因を作為し破産を惹起して多数の債権者に損害を及ぼす行為を反道義的行為として処罰することによつて債権者の財産上の利益を保護する趣旨の犯罪であるが、それを処罰することが債務者の全財産を確保して総債権者に対する公平かつ迅速な満足を図ろうとする破産制度の目的の実現に寄与するところから、一般的強制執行に関する法律である現行破産法に取り入れられたものと考えられ、このような経緯にかんがみると、現行破産法中に規定されている同条同号の罪も、破産手続を遂行する必要上設けられた犯罪ではなく、破産原因を作為し破産を惹起する行為を処罰することを目的とする破産原因罪の一つであると解するのが相当であり(破産手続を遂行する必要上設けられた犯罪は、破産原因罪に対して、講学上破産手続罪といわれており、破産原因罪と同一の条文に規定されていてもたとえば同法三七四条四号、三七五条三号五号の罪は、破産手続罪であると解される。)そして、このように解することは、前述したように、同法三七四条一号がその構成要件上の行為として、普通一般に破産原因を作為し破産をひき起こす性質を備えた行為を規定し、その行為と破産宣告確定との間に具体的な因果関係こそ必要でないが(同条同号所定の行為と破産宣告確定との間の具体的な因果関係の存否は、明白でない場合が多いと考えられる。)、その間に事実上の牽連関係が必要であると解することとも調和するものということができ、同条同号の罪は、検察官が主張するごとくそれを構成する行為の多くが破産原因を作為するものであるから破産原因罪と称されているに過ぎないものとは解し得ない。してみれば、破産宣告確定後の行為は、同条同号の罪を構成する行為に含まれないと解するのほかなく、破産財団に属する財産を確保する面からいえば、破産宣告確定後の財産減少行為をも処罰する必要があることは所論のとおりであるけれども、同条同号の罪の趣旨を前記のように解する以上、右のような行為の処罰は刑法の規定によつて賄うほかはなく、そして、そう考えても格別の支障は生じない。
次に、所論は、原判決は、破産法三七四条所定の詐欺破産罪を構成する行為と破産宣告ないしその確定との間には少なくとも事実上の牽連関係が存することが必要であり、このことからも右の行為はおそくとも破産宣告確定前になされたものであることを要するというのであるが、判例(最高裁判所決定昭和四四年一〇月三一日刑集二三巻一〇号一四六五頁)および学説が右の行為と破産宣告との間に存することを要するとする「事実上の牽連関係」とは、手段、結果という意味ではなく、単に事実上の関連という意味に過ぎないのであるから、右の「事実上の牽連関係」が存することが必要であるということから右行為が破産宣告確定前になされたものであることを要するとの結論を導き出すことは不合理であると主張する。
しかしながら、右判例は、破産法三七四条一号の罪につき、「同号の行為は、普通、一般に破産原因をひき起こす性質のものであるから、その行為と破産宣告との間に事実上の牽連関係があれば足り、その間に具体的な因果関係まで必要としないものと解するのを相当とする。」と判示しているところ(右に「破産宣告」とあるのは破産宣告の確定の意味であると解すべきである。)、右の「事実上の牽連関係があれば足り」るというのが、当該行為と破産宣告の確定との間の因果関係を軽減する意味だと解する場合はもちろんのこと、これを当該行為と処罰条件とが関係する客体の同一性を必要とする意味だと解しても、前記のごとき同条同号の罪の趣旨のほか、「牽連」の語義および右判示部分全体の文意に徴すると、右文言は少なくとも当該行為が破産宣告の確定前になされたものであることを前提としているものと解される。(なお、右判例は、「破産宣告確定前になされた行為については」という限定を付してない点からみて、一般に同条同号の罪の成立要件について説示したものと解される。)そうだとすると、原判決が、当該行為と破産宣告の確定との間に事実上の牽連関係が存することが必要であることを同条同号の罪の行為時期を限定する論拠の一つとして挙げている点は、所論の指摘するように合理性を欠くものではないというべきである。
さらに、所論は、破産法三七四条四号は、破産宣告後の行為のみを対象とし、破産宣告確定後の行為をも対象とするものであることが明らかであるところ、同号の行為たる帳簿の変更、隠匿、毀棄は、財産自体の隠匿、毀棄と実質的に異ならないため、詐欺破産罪の一つとして規定されているのであるから、同号の罪につき破産宣告確定後の行為をも処罰の対象とする以上、同条一号の罪についても同様に解すべきであると主張する。
しかしながら、破産法三七四条四号が破産宣告後の行為のみを対象とし、破産宣告確定後の行為をも対象とするものであることは所論のとおりであるけれども、同号の罪は規定の上では詐欺破産罪の一つとされているが、実質的には前述のように破産原因罪ではなく、破産手続罪の一種とみるべきものであるから、同号の罪が破産宣告確定後の行為をも対象とするからといつて、同条一号の罪についても同様に解するいわれはまつたくない。
右の次第で、破産法三七四条一号の罪の行為時期に関しては、原判決に法令の解釈適用の誤りは存しない。
次に、破産法三七八条所定の罪の行為主体に破産管財人が含まれるかどうかについて考えてみると、破産宣告後その確定までの間は破産管財人も同法三七四条所定の行為に及ぶ可能性があり、同法三七八条の規定自体に行為主体として破産管財人を除外する文言がないばかりでなく、実質的にもこれを除外する理由がないから、同条の罪の行為主体には破産管財人も含まれると解するのが相当である。原判決がこの点を消極に解する理由として挙げるところはいずれも左袒できない。したがつて、原判決はこの点において破産法三七八条の解釈を誤つたものといわなければならないが、後記のとおり、公訴事実第一については、被告人の行為が破産宣告確定前になされたこと、ならびに被告人が破産財団に属する財産を債権者に不利益に処分したことについて証明が十分でなく、また、公訴事実第二および第三については、被告人の行為が破産宣告確定後になされたことが明らかであるから、結局、いずれも無罪であることに変りがなく、したがつて、右の誤りは判決に影響を及ぼさないものというべきである。論旨は理由がない。
控訴趣意第二の一について。
論旨は、要するに、原判決は、公訴事実第一につき、被告人が破産財団に属する機械類を浅井安に売却した際その代金を自己の用途に充当する目的を有していたとは認められないから、右売却行為をもつて破産法三七四条一号にいう債権者の不利益に処分することに当たるとはいえないとしたが、被告人が右売却行為に際しその代金を自己の用途に充当する目的をもつていたことは証拠上明らかであり、この点原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。
ところで、論旨に対する判断に先立ち、職権をもつて、右売却行為が破産宣告確定前になされたものかどうかについて調査するに、まず、記録によると、被告人は昭和四一年五月二三日破産者くろがね工業株式会社の破産管財人に選任され、直ちに執行吏をして右会社堺工場内にあつた破産財団に属する公訴事実第一記載の機械類(以下本件機械類ともいう)に封印をさせこれを管理していたが、同年六月中に浅井安との間で右機械類を代金二五万円で売り渡す旨約し、同人から現金二五万円を受領したうえ右機械類を引き渡したこと、ならびに、右くろがね工業株式会社に対する破産宣告は同年六月二一日の経過とともに確定したことが認められるところ、右機械類の売却の経緯に関し、被告人の検察官に対する昭和四一年一二月一五日付供述調書には、六月中旬浅井が来て機械を買いたいといい、いくらぐらいで譲つてもらえるかと聞くので、二五万円という話をしておいたところ、同月二〇日頃、同人が被告人のいない時被告人の事務所に来て、事務員に対し「これで機械を売つてくれ」といつて現金二〇万円を渡して帰り、その翌日頃、被告人に対し電話で「二〇万円受け取つてくれたか」と聞いて来たので、被告人は「受け取つたが、残りの五万円を持つて来い」と申し向け、まもなく浅井が被告人の事務所に現金五万円を持参して被告人に渡し、「もう機械を引き取つてもよいか」と聞くので、被告人は右機械の換価については裁判所の許可を得ておらないし、その頃開かれた債権者集会でも話さなかつたので、引き渡すのは時期的にもまずいと思つた、五万円受け取つた翌日か翌々日頃堺工場から機械が引き取られ、その二、三日後の六月二五日頃、坂本らが同工場へ行つて機械がなくなつているのを発見し、その旨被告人に連絡して来たとの供述記載があり、一二月一七日付供述調書には、六月中旬頃、浅井が機械を売つてくれといつて来て、結局、二五万円で売ることを承諾し、同人から同月二〇日頃現金二〇万円を、その翌日頃現金五万円を受領したが、右五万円受領の際、同人が「約束どおり二五万円渡したから機械を早く引き取らせてくれ、さつそく引き取るから」というので、「引き取つてもよい」と答えた旨の供述記載があり、一二月二一日付供述調書には、六月二三日頃、浅井の転売先と思われる者が堺工場から機械を引き取つて行き、その二、三日後坂本らが同工場へ行つて機械がなくなつているのを発見した旨の供述記載がある。また、原審証人浅井安は、六月初旬か中旬頃、被告人のもとに機械の売却方を依頼に行き、その後被告人から二五万円で譲つてやるといわれ、同月二〇日頃被告人の事務所に現金二〇万円を持参して事務員に手渡し、たぶん翌日だつたと思うが、被告人に電話したところ「あと五万円持つて来い」といわれたので、即日現金五万円を持参して被告人に手渡し、一日か二日後被告人の承諾を得て転売先へ機械を引き取つてもよいと連絡した旨供述し、堺工場から機械類を搬出した運送会社の従業員松田利雄の検察官に対する供述調書には、六月二三日頃堺工場から機械類を搬出した旨の供述記載があり、さらに、破産事件記録によると、第一回債権者集会は昭和四一年六月二一日に開かれたことが認められ、同記録中の被告人および坂本明連名作成の同年七月二二日付報告書には、堺工場の機械類がなくなつているのが判明したのは六月二五日であると記載されている。そして、これらの証拠ないし事実に照らすと、被告人が本件機械類を浅井に売却したのが、破産宣告確定前であることは必ずしも明らかでなく、破産宣告確定後の六月二二日である疑いも存し、他にこの点を確認するに足る証拠はない。結局、右売却行為が破産宣告確定前になされたことについては、十分な証拠がなく、したがつて、公訴事実第一は、まずこの点で犯罪の証明が十分でないというべきである。
さらに、かりに右の点の証明が十分であるとして論旨に対する判断をすると、原判決が、被告人が本件機械類を浅井に売却した際その代金を自己の用途に充当する目的を有していたと認定するにはなお合理的な疑いが残るとして右事実を肯認しなかつたことは、関係証拠に徴し格別不合理とはいえず、この点原判決に事実誤認のかどはない。すなわち、関係証拠によると、被告人は本件機械類の換価について裁判所の許可を得ず、債権者集会の決議も経なかつたこと、六月二一日第一回債権者集会において貨幣、有価証券、その他の高価品は破産管財人の名義で株式会社住友銀行梅田新道支店に寄託保管する旨決議されたのに、被告人は右機械類の売却代金二五万円を同支店に寄託せず、自己の事務所の金庫内に保管していたこと、被告人は、同月二五日頃破産管財人代理坂本明が右機械類が破産会社堺工場からなくなつていることを知り所轄警察署に被害届を提出した後も、これを知りながら同人に右機械類の売却および搬出の事実を打ち明けず、前記浅井に命じて右機械類の保管証明書を作成させたこと、右機械類の売却代金は、結局、被告人の垣内輝臣に対する個人的債務の弁済に当てられたことの各事実が認められ、これらの事実に照らすと、被告人は右機械類をその代金を自己の用途に当てる目的で売却したのではないかと推認することもできなくはないように思われるのであるが、反面、右機械類が設置されていた破産会社堺工場は用心がわるく、前記のように右機械類に封印を施した際すでに工場の内部が荒され、同機械類の附属品も持ち去られていたので、破産管財人たる被告人としては、右機械類を早目に換価する必要があると考えていたところ、前記浅井の買い受けの申し出もあつたので、右機械類の換価について担当裁判官に相談し、さらに、正規の裁判所の許可を得ようとしたが、浅井に急がされて裁判所の許可を得ないまま同人に売却してしまい、売却後も右許可を得ようと考えていたが、同年七月初頃、右機械類が破産債権者たる住友商事株式会社のため譲渡担保に供されていることを知るに至つて右許可を得ることを止めたこと、被告人が右機械類を浅井に売却したのは、被告人の方から話を持ち出したのではなく、かねて面識のあつた右浅井から売却方を依頼され、しかも、早急に売却してほしいと積極的に働きかけられて、これに応じたものであること、被告人が浅井から売買代金として受領した現金二五万円は、封筒に入れられたまま、被告人の事務所の金庫内に保管され、同年八月末頃被告人の前記垣内に対する債務の弁済に当てられるまでの約二ケ月余の間、そのままの状態で保管されていたこと、右二五万円を垣内に対する債務の弁済に当てたのも、被告人の事務所の事務員というかたちでいわゆる執行立ち会いを業としていた右垣内から、同人と共同使用していた事務所の賃料の立替分等約三〇万円の同人に対する債務につき、右二五万円で右債務を返済してもらいたいといわれて、安易にこれに応じたものであることが認められ、さらに、被告人は平素から大雑把でやや放漫なところがあり、浅井に急がされたとはいえ裁判所の許可を得ないまま本件機械類を売却したり、その代金を債権者集会で決議されたとおり保管せず、自己の事務所の金庫内に入れて置いたりしたのも、右のような被告人の性格の現われであつて、要するに、単に正規の手続ないし方式を履践しなかつたに過ぎないものとも見られなくはなく、また、破産管財人代理坂本明が本件機械類が破産会社堺工場からなくなつていることを知つて警察に被害届を出した後も、同人に右機械類の売却および搬出の事実を打ち明けず、浅井に命じて右機械類の保管証明書を作成させた点についても、被告人と右坂本とは、破産前のくろがね工業株式会社の私的整理に対する扱い等管財事務の進め方について対立する意見や方針を持ち、相互の連絡、提携も円滑を欠く状態にあつたことが認められるうえ、原判決もいうように、右保管証明書の作成は、正規の手続を履まずに機械類を売却し、そのため警察問題にまでなつたので、立場上その場を糊塗して体面を保つためにしたものと見る余地もあり、さらに、そもそも、破産財団中に本件機械類が存することは破産会社の関係者が知悉し、かつ、破産手続上記録されているものと認められるから、これを売却した事実を隠し通すことは至つて困難とみられるのであつて、以上のような諸点を併せ考えると、原判決が、被告人が右機械類を売却した際その代金を自己の用途に当てる目的をもつていたと認定するにはなお合理的な疑いが残るとしたことは首肯できなくはなく、原判決の右判断が不合理であるとはいい難い。被告人の検察官に対する供述調書中には、右のような目的の存在を自認する部分があるけれども、前記の諸点に照らし、かつ、被告人の原審公判廷(第二四回)における供述に徴すると、被告人は、高血圧症であつたところへ弁護士たる身で突然身柄を拘束されたことにより精神的衝撃を受け、また、多忙な歳末を控えて一日も早く釈放されたいと念ずるとともに、起訴猶予処分にしてもらえるものと思い込んでいたため、不用意にして迎合的な供述をしたのではないかと見る余地もあるのであつて、右供述部分をもつてしてもいまだ前記の結論は左右されないというべきである。論旨は理由がない。
控訴趣意第二の二について。
論旨は、要するに、原判決が、公訴事実第二および第三につき、被告人が破産財団に属する財産を債権者の不利益に処分したこと、ならびに、その犯意について証明が十分でないと判断したのに対し、事実誤認を主張するものであるが、右各公訴事実については、同事実中の被告人の各行為(破産財団に属する約束手形および現金を自己の用途に充当処分した行為)が破産宣告確定後になされたものであることは原判決の説示するとおり明白であり、すでにこの点において被告事件が罪とならないときに当たることが明らかであるから、右の論旨に対する判断はしないこととする。
よつて、刑訴法三九六条により主文のとおり判断する。
(石松竹雄 角敬 青木暢茂)