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大阪高等裁判所 昭和47年(う)919号 判決 1972年11月06日

控訴人 被告人

被告人 横部敞一

検察官 西本義孝

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金八千円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、被告人作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一について

論旨は、要するに、原判決は、被告人が酒気を帯び呼気一リツトルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で普通乗用自動車を運転したとの事実を認定し、道路交通法一一九条一項七号の二、六五条一項、同法施行令四四条の三を適用して、被告人を有罪としたが、右呼気の保有については、呼気の採取及び検査について規定した道路交通法六七条二項、同法施行令二六条の二の各規定により、呼気を運転者の身体から採取し、これを検査した結果によつて立証しなければならないところ、右の各規定は、運転者に呼気採取についての拒否権を認めず、右各規定により採取された呼気検査の結果、アルコールの保有度が呼気一リツトルにつき〇・二五ミリグラム以上あると認められたときは、それまでの運転行為につき酒気帯び運転あるいは酒酔い運転として検挙され、結果的には、強制的な呼気の採取、検査によつて運転者自身が処罰される唯一の証拠を自ら申告提供するにひとしい不合理な結果を招くから、右各規定は、国民の自由権を保障した憲法に違反し無効であり、したがつてまた、右無効な規定により呼気を採取し検査した結果も無効である、というのであつて、右にいう憲法違反が憲法のいかなる条項に違反するかは主張されていないけれども(被告人は当審の審理には出廷していない)、その主張の趣旨から忖度すれば、自己負罪拒否権すなわち黙秘権について規定した憲法三八条一項に違反するというもののようである。

案ずるに、道路交通法六七条二項が、車両等に乗車し、又は乗車しようとしている者が酒気を帯びて車両等を運転するおそれがあると認められるときは、警察官がその者の身体に保有しているアルコールの程度について調査するため、その者の呼気の検査をすることができる旨規定し、同法施行令二六条の二が、その呼気の検査は呼気を風船に吹き込ませることにより採取して行なう旨規定し、さらに同法一二〇条一項一一号が右の検査を拒み、又は妨げた者に対し三万円以下の罰金に処する旨規定しているが、右の如く、検査を受ける者に対し罰則による間接強制をもつて検査を受けるべきことを義務づけているのは、警察官をしてその者について呼気中のアルコールの保有度を検査させ、その保有の程度により、その者が正常な運転ができる状態になるまで車両等の運転をしてはならない旨を指示する等の道路における交通の危険を防止するため必要な応急の措置をとるべきかどうか、あるいはいかなる措置をとるべきかを判断させたうえ、危険防止のため適切な行政措置をとらせ、もつて交通の安全を図るという行政上の目的から出たものであつて、酒気帯び運転あるいは酒酔い運転等犯罪捜査そのものを目的としたものでないことは、右規定に徴しても明らかである。

しかしながら、行政上の目的のためになされた右呼気の採取、検査の結果、法定の限度以上のアルコール保有度が検知されたときは、たまたまそれまでなされてきた運転行為が、酒気帯び運転であることをおのずから判明させ、あるいは酒酔い運転であることをおのずから判明させるおそれのあることが多分にあり、しかも、呼気検査にあたる交通警察官が同時に司法警察職員でもあることを合わせ考えると、右行政上の目的に出た呼気の採取、検査の結果の如何によつては、間接に刑事上、警察官に犯罪を発覚させ、あるいは犯罪発覚の端緒を与えること、換言すれば、義務的に呼気の採取、検査に応じた者が自ら自己の犯罪を申告し、あるいはその犯罪発覚の端緒を与えるにひとしいことになるおそれのあることは否定し得ないところである。

ところで、自己負罪拒否権について規定した憲法三八条一項は、何人も自己が刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障したものと解すべきところ(最高裁判所大法廷昭和三二年二月二〇日判決刑集一一巻二号八〇二頁、同大法廷昭和三七年五月二六日判決刑集一六巻五号四九六頁参照)、前記呼気の採取、検査に関する各規定は、自動車の運転者にそのような供述そのものを求めるものでないばかりでなく、事後の交通の危険防止を目的とする行政措置を講ずるために設けられたものとして直接には自己の犯罪事実を申告し、あるいはその犯罪発覚の端緒を求めているものではないけれども、前記の如く間接には自己の犯罪事実を申告し、あるいは犯罪発覚の端緒を与えるにひとしいことになるおそれがある以上、右各規定が、右憲法の条項の趣旨に違反しないと断定するには慎重な考慮を要するところである。

そこで、さらにこの点について審究するに、思うに、直接には行政上の目的に出た呼気の採取、検査の結果が、間接には酒気帯び運転の事実を申告し、あるいは酒酔い運転の発覚の端緒を与えるおそれのある場合において、自己負罪拒否権の保障をこのような呼気の採取、検査にまで及ぼすべきか、どうかは、結局、呼気の採取、検査をすることによつて保護する公共の利益と自己負罪拒否権との均衡を考慮のうえ判断されるべきものと解するのが相当である。元来、道路における車両の運転は、公共の施設である道路を高速で走行するのを常とするものであるため、時には同じ道路を通行する人車に対し重大な危害を及ぼし道路交通における公共の危険を発生させる等の高度の危険を伴う行為であるから、道路交通法が車両の運転者に一定の運転資格を要求するとともに、無資格、酒気帯び、酒酔い運転など危険を発生させるおそれのある運転行為をしてはならない義務を負担させていることは当然のことである。したがつて、警察官が、車両に乗車し、又は乗車しようとしている者のそれまでの運転状況あるいは身体状況などの客観的状況から、その者が酒気を帯びて運転するおそれがあると合理的な疑を持つたときは、警察官をしてその酒気帯びの程度を確認し、その程度に応じて前記のような適宜の応急的な行政措置をとらしめることは、万一酒気帯び運転を放任することによつて生ずるであろう人の生命、身体、財産に対する重大な危害及び道路交通における公共の危険の発生を未然に防止するために是非とも必要なことであり、人の生命、身体、財産を保護し、公共の安全と秩序の維持に当る警察の責務からいつても、又公共の福祉からいつても、当然許されなければならないところである。しかも、当該運転行為を中止させるか否かは緊急を要し、猶予を許さないものであり、かつ、酒気帯びの程度の確認方法としては呼気検査のほかに適当な方法がないのに対し、運転者側の負担は単に風船を吹いてふくらますという簡単な動作を求められるにすぎないのである。以上のような呼気検査の重要性、緊急性等を考えると、いやしくも車両を運転する者としては、警察官が酒気帯び運転のおそれについて合理的な疑を持つた場合には、道路交通における危険防止の必要上、応急的な行政上の措置を講ずるに関して実施する呼気の採取、検査を受忍し、これに応ずべき義務を負担して然るべきであり、これを拒否した場合罰則による制裁を受けてもまたやむを得ないものというべきであり、これによつて前記の如く間接には自己負罪拒否権の範囲が幾分か制限されることになつても、その程度の制限は公共の福祉によるやむを得ない制限であつて、車両を運転する者の右の特権に内在する制約として是認されなければならないところといわなければならない。

そうすると、道路交通法六七条二項、同法施行令二六条の二に所論のような違憲のかどはなく、右各規定に基づく呼気検査の結果は有効であつて、たまたまこの結果を本件酒気帯び運転の刑事事件における犯罪事実立証の証拠資料としても、何らさしつかえないものといわなければならない。原判決が被告人の違憲の主張を排斥する理由として説示するところは、措辞甚だ簡略に過ぎ、当裁判所の前記説示と若干異なるところはあるが、右違憲の主張を排斥した結論は相当である。結局、論旨は理由がない。

控訴趣意第二について

論旨は、要するに、飲酒検知管は、被告人が警察官に対し呼気の採取を拒否したのに、説得されたため、やむなくこれに応じ、風船に呼気を吹き込んだ結果、測定されたものであつて、被告人のかしなき承諾のもとに呼気を採取し検査されたものでないから、証拠能力はないというのであつて、その主張するところは、結局右証拠能力のない検知管を事実認定の証拠とした原判決は訴訟手続に法令違反があるというもののようである。

しかしながら、原審証人外木場将暉、同橋本勇の証言によれば、警察官である同人らは、被告人運転の車両と浅川英昭運転の車両との接触事故につき、両名から事情を聴取しているうちに、被告人が酒気を帯びており、かつ、さらに車両を運転しようとしているものであることが認められたので、被告人の呼気を検査しようとしたところ、当初被告人がこれに応じなかつたので、説明したところ、承諾して検査に応じ、被告人にその呼気を風船に吹き込ませることにより採取してアルコールの保有度を検査したことが認められるから、たとえ被告人の承認が検査を拒否すれば処罰されることをおそれた結果なされたものであるとしても、検知管の証拠能力には間然するところがない。原判決には所論のような違法はないから、論旨は理由がない。

控訴趣意第三の一について

論旨は、原裁判所は、検察官申請の飲酒検知管を被告人の不同意の意見にかかわらず、証拠物として採用し取調をしたが、右検知管は検査物体であつて証拠物そのものではなく、被告人の同意か、又は検知に当つた警察官の証言があつたのち、初めて証拠能力が付与されるものであるのに、被告人の同意がないのに直ちにこれを証拠として採用し証拠調をしたのは、訴訟手続に法令違反があるというのである。

しかしながら、前記説示のところから明らかな如く、本件飲酒検知管は、道路における交通の危険防止という行政上の目的からなされた呼気検査のために使用されたものであり、また検知管はその存在及びアルコールの着色度が証拠資料とされるものであるから、本件の証拠としては、証拠物として取扱われるのが相当であり、かつ、被告人は、原審第二回公判における検察官の証拠請求に対し、右検知管については「科学的根拠に乏しいものである」旨の意見を述べ、裁判官の質問に対し「検知管の封印の部分の指印は、そんなところに指印を押した記憶があるので、私のものだと思う。」旨供述していて、右検知管は被告人の呼気を検査したものであることが明らかであるから、原裁判所が被告人の同意なくしてこれを証拠として採用し証拠調をしたのは正当であつて、所論のような訴訟手続に法令違反はない。論旨は理由がない。

控訴趣意第三の二について

論旨は、原裁判所は、検察官請求の飲酒検知の比色表を被告人の意見も聴かず、同意不要の証拠物として採用し証拠調をしたが、右比色表は、本件において警察官が被告人の呼気を検査するに際し使用したものでなく、出所不明の類似品に過ぎず、これを証拠とするには被告人の同意を要するものであるにかかわらず、これを証拠として採用し証拠調をしたのは、訴訟手続に法令違反がある、ということである。

よつて記録を調査するに、原審第三回公判調書(昭和四七年六月六日)によれば、同公判において検察官請求にかかる飲酒検知管比色表(紙箱一個、未使用飲酒検知管一本添付)の証拠調がなされており、その証拠調の決定をなすについて被告人の意見の記載がないことが認められ、原審第四回公判調書(同年六月二二日)によれば、被告人の補佐人は、右比色表は被告人の意見を聴かないで採用されたことを前置きし、右比色表は本件呼気検査に使用されたものではなく、証拠物でもないから証拠能力がないことを理由として、その証拠調に対し異議の申立をしたが、理由なきものとして棄却されたことが認められる。そして領置にかかる比色表(昭和四七年押第六八号の二)は本件呼気検査に際し使用されたものとは認められないが、右領置物件及び検察官の捜査関係事項照会に対する光明理化学工業株式会社の回答書によれば、両者は同会社が同一規格のもとに作成した同一色合の全く相似のものであることがうかがわれ、また比色表は飲酒検知管の着色度をはかるいわば物指しとして使用されるものであるから、本件比色表自体は、本来、本件の証拠物ではなく単なる参考資料に過ぎぬものと解すべきであり、したがつて特段の異議が述べられぬ限り法廷に顕出して取調べ得るものであり、そのような取調をした場合にはむしろ証拠物に準ずるものとして取扱われるのが相当と考えられる。ところで、本件においては、前記原審第三回公判調書によれば、被告人側の意見を聴かなかつたのか、あるいは意見を聴かれて述べなかつたのか、そのいずれとも調書上判然としないけれども、被告人の補佐人が第四回公判において、被告人が第三回公判における証拠調の決定に際し述べるべきであつたと思われる意見を異議申立の理由として述べ、原裁判所は右異議申立を理由なきものとして棄却しているから、かりに右証拠調の決定に際し被告人側の意見を聴かなかつた違法があつたとしても、右違法はこの時点において治癒されたものと解するのを相当とするのみならず、また証拠物については、その成立、出所等に疑がなければ、被告人又は弁護人の同意がなくとも証拠調を施行し、これを証拠として採用するに妨げがなく、しかも、原判決は比色表を証拠として挙示していない(比色表はアルコール保有度をはかるいわば物指しとして使用されるものであるから、強いて証拠調をする必要はなく、これを証拠として挙示しなかつたとしても所論のような証拠不十分を招くものではない。)のであるから、以上いずれの点からみても、比色表の取調が判決に影響を及ぼすものということはできない。結局、原審の訴訟手続には所論のような判決に影響を及ぼすべき法令違反はないから、論旨は理由がない。

控訴趣意第三の三について

論旨は、本件訴因は、アルコールの保有程度について「呼気一リツトルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する……」と記載され、犯罪場所について、被告人が信号待ちしていた「西宮市本町六番二二号先国道四三号線本町交差点付近道路上」と記載し、いずれも訴因として不特定で、本来公訴棄却されるべきであるのに、原審がこれを黙認して審理し、しかも右訴因として記載された事実を犯罪事実として判示したのは、訴訟手続に法令違反があるというのである。

しかし、所論の訴因には不特定というべきものがなく、原審が右訴因記載の事実を認定したことについては、なんら所論のような訴訟手続に法令違反のかどはないから、論旨は理由がない。

控訴趣意第四について

論旨は、要するに、被告人の飲酒量及び時間の経過等からしてアルコールの保有度は呼気一リツトルにつき〇・二五ミリグラム未満であると考えられるのに、原審が検知管の濃度を鑑定せず、また被告人に飲酒させてそのアルコール保有度の鑑定を求めた被告人の鑑定請求を却下して有罪事実を認定した原判決は審理不尽の違法があるというのである。

しかし、原審証人外木場将暉、同橋本勇の各証言、司法巡査作成の鑑識カード、検察官の捜査関係事項照会に対する光明理化学工業株式会社作成の回答書によれば、警察官がした被告人の呼気の採取、酒気帯び程度の検査方法には別段の落度はなく、化学判定の方法として使用した北川式飲酒検知管及び比色表は正確性を有するものであることが認められるから、警察官がそのアルコールの保有度を呼気一リツトルにつき〇・二五ミリグラム以上と判定したのは十分信用することができる。飲酒検知管の着色度は日時の経過に伴つて変色することの多いことは裁判所に顕著な事実であり、したがつて原審が右検知の実施されたときから相当日時の経過した段階でその着色度について鑑定をしなかつたとしても、これをもつて審理不尽とはいうことができず、また被告人に飲酒させることによる鑑定申請を却下したことをもつて審理不尽ということはできない。原判決には所論のような審理不尽の違法のかどはないから、論旨は理由がない。

控訴趣意第五について

論旨は、原判決の量刑不当を主張し、最低額の罰金刑に減軽のうえ執行猶予に付されたいというので、記録を精査するに、本件は、被告人が酒気帯び運転をしたという事案であつて、その社会的非難性の大きい点からして執行猶予に付すべき案件とは考えられないが、本件検挙の経過を記録についてみるに、被告人は国道四三号線(いわゆる第二阪神国道)を東進して本件本町交差点西詰(同交差点付近において片側四車線、中央に分離帯がある)において対面の信号機の赤の表示に従い、第三車線から第二車線にまたがつて停車していたところ、左方から青信号に従つて右折しようとする浅川英昭運転の車両が右側に寄つて交差点内に進入して来、北行車両を避けようとしたためかさらに右側に寄り過ぎて進行して来たため、交差点西詰の東行車線に停車中の被告人の車両の前部バンバーに接触したので、被告人は直ちに下車して浅川に抗議したところ、同人が弁解するので、同人を連れて付近め警察官派出所に赴き、警察官に事情を話していたところ、同人が被告人が酒気を帯びている旨警察官に告げ、警察官もこれを認めて、被告人の呼気を検査し、検挙するに至つたが、浅川については安全運転義務違反の疑いがあると思われるのに、何ら立件もされず処罰もされていないこと、右交差点までの被告人の運転は正常であつたことが認められるのであつて、右検挙に至る経緯、浅川との処遇の権衡等を参酌すると、原審の量刑は重きに過ぎると考えられる。論旨は結局理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い、さらに判決することとし、原判決の認定した事実にその掲記の各法条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中勇雄 裁判官 尾鼻輝次 裁判官 小河巌)

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