大阪高等裁判所 昭和47年(く)30号 決定 1972年5月23日
少年 M・Y(昭三〇・四・一六生)
主文
原決定を取り消す。
本件を京都家庭裁判所に差し戻す。
理由
本件抗告の趣意は、少年作成の抗告申立書記載のとおりであるから、これを引用するが、要するに、原決定の処分が不当であるというのである。
そこで、一件記録を精査し、当裁判所における事実調べの結果をも参酌して検討するに、少年には原決定が認定したとおり虞犯事由があり、かつ、その性格および環境に照らし将来罪を犯す虞れ(虞犯性)があることを認めることができる。そして、少年の性格の歪みが大きいことにかんがみると、原決定が少年を少年院に送致する処分をしたことも一応は了解しうるところである。しかしながら、少年院送致の処分は保護処分の中でも最も強制力をともなうものであり、少年の自由を拘束し、親権者の監護権を制限するものであること、および虞犯少年は罪を犯した者ではなく罪を犯す虞れがあるにすぎない者であることから考えると、虞犯少年を少年院送致することが相当であるのは、その虞犯性が著しい場合に限られ、性格矯正の必要性が強くても虞犯性の程度が低い場合には他の保護処分あるいは保護的措置にとどめるべきである。したがつて、少年の性格偏倚が強くその矯正が必要であることは原決定の説示するとおりではあるけれども、なお少年につき虞犯事由にあたる行為の内容、環境などにも照らし、その虞犯性がどの程度であるかを検討したうえ、少年院送致が相当かどうかを考えなければならない。
原決定が認定している少年の虞犯事由にあたる行為は、職を転々として無断外泊、家出を繰り返し、不良との交友関係を持つていたというのであるが、具体的にどういうことをしていたかについては、一件記録によるも深夜喫茶や深夜映画に行つたり寺に泊つたりしたことが認められるにすぎず(シンナーやポンド遊びもしたことがあるが、すぐやめている。)、またAら不良少年と交際していたことは認められても、これらの者がどのような犯罪性があるのか明らかでない。当裁判所における少年の父M・Kの陳述によれば、少年が夜遊びし、家出をするのは不良少年ら特にAに執拗に誘われたためであり、少年自身よりもAを問題としていることが認められる。なるほど、少年は寿司屋退職後も二、三就職し、勤労意欲がないわけでもないのに、いずれもAが勤務先を再三訪ねて来るため退職しているのである。そうしてみると、少年は知能が低く性格的に軽佻で自省心に欠け、依存性、被影響性が強いため不良少年に乗ぜられやすく、そのため犯罪を犯す虞れがあることは認められるにしても、少年の性格が犯罪的傾向を強く帯びているとまではみられない。(もつとも、少年は原決定説示の窃盗の事実を自供しており、このことは少年の虞犯性を補強するものではあるが、その犯行の動機、方法、領得金の処分などにつき十分調べがなされておらず、少年の供述および前記父親の陳述によると、これもAのためにやむなく及んだ犯行であるように思われるので、これをもつて少年を少年院に送致するかどうかの判断資料として重視することには疑問がある。)
次に、保護者の保護能力についてみるに、父母は飲食店を経営し、その生活状態は中程度であるが、少年の教育には関心が薄く、放任して育ててきたもので、その点において少年の性格偏倚を招いた責任があるといわなければならない。また、父親は少年が家出をすると警察に保護願いを出すだけで、帰宅しても十分な保護をせず、同様のことを繰り返していたものであり、本件で少年が東京の警察署に補導されても身柄を引受けに上京せず、かえつて少年の施設収容を望んでいたほどで、もはや少年に対し親としての監護を放棄したようにもみえる態度をとつていた。そのため、原審家庭裁判所調査官は少年の両親を低知能者ではないかと思われると極め付けているし、また原決定は保護者が少年に手をやき、施設収容を望んでいたことを処分の理由としているのである。しかし、父親が当裁判所で陳述するところによれば、同人は少年が家出する都度方々を探し連れ戻すことに努力したが、不良少年らが少年を隠すようにするので警察に保護願いを出すとともに不良少年との交友関係を絶つことに協力を求めていたし、また本件で施設収容を望む態度をとつたことも少年に自覚させるとともに、不良交友を完全に絶たせたいとの気持からのもので、鑑別所への収容は考えていたが、少年院送致までは考えていなかつたというのであつて、少年に対し冷淡でその保護努力に欠けるようにもみられるが、この父親の態度をあながち非難することもできない。そして、父親は原審判廷で少年を引取り手もとで監督したいと述べ、当審においても少年に対し少年院での教育に期待したい気持がある反面、自分のもとで少年の更正改善を図りたいし、その可能であることを述べている。当裁判所が父親に接し、その陳述を聴取した限りでは、同人に保護能力が欠けているとはみられず、なお同人の監督指導しうるところがあると思われたのである。
以上を総合して考えれば、少年の虞犯性は主として不良交友関係から来るものと認められるのであるが、本件で認められる程度の虞犯性に対し少年院送致をもつて保護しなければならないかどうかはなはだ疑問であるといわなければならない。当裁判所は少年保護事件につき段階的処遇を必ずしも相当とするものではないが、虞犯少年の場合にはそのこともある程度考慮されなければならないと考えるのである。少年は警察で三回程家出の件で諭旨されたことがあるほか、本件までに公的機関による保護を受けたことがないので、少年院に収容して矯正教育をするところまでゆかなくとも、保護観察による監督指導でも虞犯性の除去に相当の効果を挙げうると思料される。
よつて、原決定は処分が著しく不当としてこれを取消すべく、少年法三三条二項少年審判規則五〇条により、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 中武靖夫 裁判官 家村繁治 野間洋之助)
参考 原審決定(京都家裁 昭四七(少)八八四・一〇二〇号 昭四七・四・一〇決定)
主文
少年を中等少年院に送致する。
理由
一 非行事実
少年は、昨年三月中学校卒業後近所の寿司屋に住込勤務したがA(当一七年)らとの交友関係の悪化から同年七月以来勤務成績悪く、同年一〇月退職し、その後、保護者の正当な監督に服さず、職を転々とし無断外泊・家出を繰返してきたものであるが、本年三月になつてまたも家出し、前記Aらと京都・大阪・東京等を転々としたが同月一六日午後九時頃東京都新宿区○○×-××○○館で宿泊中のところを保護されたもので、少年は正当の理由がなく家庭に寄りつかず、不良との交友関係を持つ等このまま放置すれば将来何らかの罪を犯す虞がある。
二 法令の適用
少年法三条一項三号イ・ロ・ハ
三 中等少年院に送致する理由
(1) 少年は小学校時代から放任されて育ち、中学三年進級後怠学が目立ち、中学卒業後は前記非行事実のとおりであるが、その間、家出を四回も繰返し保護者も手をやき、少年の施設収容をすら望んでいたこともあつたものである。
(2) なお、少年は当審判廷で認めた余罪として、かつアルバイトで働いたことのある京都○○○○○会館で昨年四万円、本年二月九万円、同三月二一万円の三回にわたり現金合計三四万円の窃盗がある。(目下、警察で裏付捜査中であるが、内二一万円については裏付けを得た模様である。)
(3) 家出の理由は全く理解できず、友人から煽動されれば簡単に家出し、しかも家出資金が欲しいと友人がつぶやいただけで二一万円という大金を簡単に窃取して同人に全額渡してしまうなどは、後記限界級の知能程度に加えて、自己顕示性強く、幼少時の基礎教育・基礎訓練の欠如からくる性格偏倚の強さを窺わせるものである。
(4) 京都少年鑑別所の鑑別結果によれば、少年は知能(新制田中B第1形式I.Q.=70)の低さに加えて情緒的にも著しく未成・未分化で基本的な生活習慣や規律性をもたず、常識や社会性に欠け社会適応は極めて困難で、行動は全く軽佻で落ち着きなく、衝動的で不決なことはいち早く忘れ、行きあたりばつたりであり、不快な状況からは逃げ出し、都合の悪いことは他人のせいにするが、事をうまく運ぶためには都合により出まかせの嘘もいう、他方、依存的で信念も主体性もなく煽動されやすく、性格の歪みが大であるだけに早期治療を逸すれば、結局発揚性の精神病質として固定してしまうおそれがあり、再非行は勿論煽動如何によつては思いがけない事件を惹起するおそれがある。
(5) このような少年に対する在宅保護はいたずらに時を空費し少年の前記悪性をさらに増強させるものというべく、その限界を超えているもので、この際、少年院に収容保護のうえ社会生活上の基礎訓練を施し性格の矯正を図ることこそ肝要であると思料する。
(6) 以上の如き、本件非行の態様、少年の前歴、余罪、これまでの行状、性格ならびに環境の情況に照し、少年を中等少年院に送致することとし、少年法二四条一項三号、少年審判規則三七条一項、少年院法二条三項を適用して、主文のとおり決定する。