大阪高等裁判所 昭和47年(く)77号 決定 1973年2月27日
少年 I・T(昭二八・一・二〇生)
主文
原決定を取消す。
本件を大阪家庭裁判所堺支部に差し戻す。
理由
本件抗告の趣意は、記録に編綴の少年名義の抗告申立書に記載のとおりであるが、その要旨は、本件の交通事故現場は、交通整理の行なわれていない交差点であるところ、少年が通行していた道路は、その幅員がこれと交差する相手方(○野○継)通行の道路の幅員より明らかに広く、いわゆる広路優先の原則の適用される道路であり、しかも、少年は当時制限速度を遵守し、できるかぎりの安全な速度と方法で交差点に入る等したものであるから、本件の事故については、相手方に責められるべき点はあつても、少年には何らの過失もない。従つて原決定が少年に過失ありと認定したのは、これらの点につき重大な事実誤認をしたものであるというのである。
よつて、所論にかんがみ少年に対する保護事件記録を精査し、当審における事実取調の結果をも加え、まず所論の南北道路が優先道路であるか否かの点につき考えてみるに、その関係証拠、ことに司法警察員作成の実況見分調書ならびに当審における受命裁判官の検証調書、同じく証人○田○義同○野○継に対する各尋問調書および少年に対する審問調書を検討すると、本件交差点は、その南北に通ずる道路には道路交通法三六条一項の優先道路の指定のないことは原決定に説示のとおりであるが、右南北道路は府道(旧国道一七〇号線)であつて、南方から本交差点に入る手前付近の道路の状況は、右側端に二、二メートル幅の歩道がガードレールで区切られ、それより左方八、八メートルの部分が車道となつていて、交差点より北方は歩車道の区別がなく右車道幅より広くなつていること、他方これに交差する東西道路は、交差点の西方東方とも幅員が五、五メートルであることが認められ、右南北道路の幅員は東西道路の幅員より明らかに広く、南北道路は道路交通法三六条二項にいわゆる広路優先道路といわねばならない。この点原決定は、交差点西方の東西道路には、本来の道路部分(幅員五、五メートル)のほか、北方に当時歩行者や車両が通行の用に供していた道路部分があつたとして、これを加え全幅員が九、五メートルであると認定し、南北道路が優先道路でないと判断しているが、原決定が説示する道路部分とは、すなわち前示実況見分調書・検証調書等によると、西方より交差点に入る東西道路がその直前で左方の角地が三角形に開け、右角地より約一五メートルあまり手前までの間の北方に、約四メートル幅の道路と高低のない側溝で区切られた土地(検証調書添付図面の空地部分)のことを指しているのであるが、その部分は右側溝に鉄板がかぶせられていることもあつて、時と場合によつては一般の歩行者や車両が通ろうと思えば通行できない状況ではないが、元来右土地は付近会社の私有地であり、常にその関係者が使用していて(検証調書添付写真III参照)付近の道路状況からみても、該部分が道路交通法上の道路とはいえないこと明らかであるからこの点の原決定の認定や判断には誤があるといわねばならない。次いで、本件事故に対する少年の過失の有無について検討するに、前掲証拠によると、本件交差点は原決定も説示するように、南北道路と東西道路とは東西道路が南西に約三〇度強ふれている変則的交差点であり、しかも、交差点南側部分には歩道橋が架設され、その橋脚や階段が交差点の東南角と西南角に各存在するため、南北道路を南から北に進行し、また東西道路を西から東へ進行して交差点に入ろうとする場合には、互いに相手側道路への見通しの極めて悪い状況にあるところ、当時少年は右南北道路を南方より北方に向い時速約四〇キロメートルで進行し、また相手方○野は東西道路を西方から東方に向つて時速約二〇キロメートルで進行して互いに交差点に入ろうとしたのであるが、右双方の進路、速度、衝突に至るまでの経過および衝突地点等を総合考察すると、少年と相手方○野とはほぼ同時に交差点に入ろうとしたものと考えられる。そうすると、前示説示のように少年が進行した道路は優先道路であるから、交差点に進入するに際しては少年自身には特別な注意義務が課せられるわけではないのに反し、相手方○野には少なくとも交差点手前で何時でも停止できる程度に徐行し、南北道路から交差点に入ろうとする車の有無をたしかめ、その進路も妨げないようして進行する義務があるものといわねばならないところ、右○野は右義務を怠り、南北道路ことに右方に対する安全を確認しないで交差点に入り、衝突寸前に至るまで少年の車の進行に気付かないで進行したことは、同人の大きな過失であつたといわねばならない。他方少年は前示のように南北道路を制限速度内で進行し、しかも衝突地点より約一二メートルの地点で交差点に入ろうとする相手方○野の車を発見し、速かに急制動の措置をとつたが、結局相手方○野の無謀な交差点内への進入により衝突するに至つたことが認められるから、少年自身には責められるべき過失は見当らない。本件事故は結局相手方○野の前示注意義務に違反した過失に起因して発生したものである。(なお、相手方○野は、本件事故により罰金六万円に処せられ、自己の一方的過失であることを認め、少年に対し与えた一切の損害を賠償している。)
そうすると、右説示と異にする原決定は、所論の優先道路等の認定を誤り少年に過失ありとした点に重大な事実誤認をしたものといわねばならず、本件抗告の申立は理由がある。
よつて、少年法三三条二項、少年審判規則五〇条により主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 杉田亮造 裁判官 矢島好信 西村清治)
参考二 抗告申立書(昭四七・九・二五付少年申立て)
抗告の趣旨
原決定を取消す
旨の裁判を求める。
抗告の理由
一、抗告人は大阪家庭裁判所堺支部昭和四七年(保)第二〇二八二号少年保護事件において、昭和四七年九月十一日、同庁より抗告人を保護観察所の保護観察に対する旨の保護処分を受けた。
二、然しながら、右保護事件においては左の理由により抗告人には、刑事責任がないものと考えられるのに刑事責任(過失)ありとして右保護処分を受けたものであり、右処分の前提たる事実認定に重大な事実誤認が存在すると思料する。
三、抗告人は本件事故発生現場交差点(交通整理の行なわれていない)に制限速度時速約四十粁の速度で差しかかつたが、その折相手方車両は抗告人車両の進行する道路に交叉する道路を抗告人車両の左方より進行して抗告人車両の進行する道路に進入せんとしたが、抗告人の進行する道路の幅員は相手方の進入する道路のそれより明らかに広いことが一見して分るのであり、従つて本件の場合広路優先の原則の妥当する場合である。もちろん抗告人は右交叉点に入ろうとしていたとき、制限速度を遵守してできる限り安全の速度と方法で進行していたものである。それにも拘らず本件衝突事故が発生したものであり、抗告人車両の前記の如き進行状況からしても相手方に責められるべき点はあつても抗告人には何らの過失もない。
四、右の次第で抗告人は本件業務上過失致傷保護事件においては無過失であるので抗告に及んだ次第である。