大阪高等裁判所 昭和47年(ツ)49号 判決 1974年10月23日
上告人 村上繁
右訴訟代理人弁護士 榎本駿一郎
妙立馮
被上告人 岩崎貞子
右訴訟代理人弁護士 嘉根博正
牛田利治
主文
原判決を破棄する。
本件を和歌山地方裁判所に差戻す。
理由
上告理由第一、二点について。
原判決が適法に確定した事実関係によれば、「被上告人の亡夫岩崎義雄は昭和二一年ごろ訴外岩橋次兵衛からその所有にかかる和歌山市新雑賀町一〇番の一宅地一六四坪一一のうち西側約三四坪を賃借していたところ、昭和二四年二月二〇日和歌山特別都市計画事業復興土地区画整理事業に基き右賃借地の換地予定地として、原判決添付図面(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)、(イ)の各点を直線で結ぶ範囲の土地の指定を受け、そのころその引渡しを受けたが(なお、右区画整理事業の根拠法である特別都市計画法は昭和三〇年四月一日廃止され、前記換地予定地は土地区画整理法施行法に基きすべて土地区画整理法上の仮換地の指定とみなされるにいたった。)、義雄は昭和二七年一〇月一四日死亡し、被上告人が相続によりその地位を承継した。しかるに、上告人は右義雄が賃借地の換地予定地として指定を受けた土地の一部である原判決添付目録(一)記載の土地すなわち原判決添付図面(ヘ)、(ニ)、(ホ)、(ヌ)、(E)、(F)、(G)、(H)、(ヘ)の各点を直線で結ぶ範囲の土地(本件土地)上に同目録(二)記載の建物部分を建築所有して被上告人の本件土地使用を妨害している。」というのである。
被上告人は、右事実関係に基き、本訴において第一次的に前記本件土地使用収益権に基く妨害排除請求権により上告人に対し前記建物部分収去本件土地明渡しを請求するところ、上告人はこれに対し、抗弁として、自己の本件土地占有権原を主張し(ただし、上告人は、本件土地のうち、原判決添付図面(ホ)、(ヌ)、(E)、(F)、(G)、(H)、(ワ)、(B)、(ホ)の各点を直線で結ぶ範囲の土地はこれを使用妨害していない旨主張しているが―原判決七枚目裏(1)の事実摘示参照―、この点は暫らくおく。)、上告人はかつて昭和二一年ごろ岩橋次兵衛からその所有にかかる前記一〇番の一宅地のうち約二四坪(被上告人先代亡夫義雄賃借地の東隣地)を賃借していたが、前記土地区画整理事業にさいしては、借地面積過少につきその換地予定地の指定を受けることができなかったため、岩橋が前記宅地の換地予定地の指定を受けたのち、あらためて、本件土地を含む同人の換地予定地の一部二七坪を賃借した(ただし、うち三坪は昭和二八年一月ごろ借り増しした。)旨主張している。しかして、原判決は上告人の右抗弁につき、しかし、およそ、前記のような賃借地につき、換地予定地の指定がなされた場合においては、同地を使用収益する権原を有する者は、指定の通知を受けた日の翌日から換地処分が効力を生ずるまでの期間同地を使用収益することができないこととなるものであるから、本件土地につき使用収益すべき権原(所有権)を有する岩橋においても本件土地につき使用収益権を行使できない状態にあるのであり、したがって、かりに上告人主張のとおり新たに同人と上告人との間に賃貸借契約が締結されたとしても、これによって、上告人がすでに換地予定地の一部となった本件土地について新たに使用収益しうる権原を取得することはできない。上告人の抗弁は主張自体失当である。旨判示し、これを排斥し、結局、被上告人の上告人に対する本件土地使用収益妨害排除請求を認容したことはその判文に照らし明らかである。
しかしながら、土地区画整理事業地域内の土地を所有していた者が、その所有地につき仮換地(またはこれと効力を同じくする換地予定地)の指定を受けたのち、当該仮換地先の特定の一部を、一定の対価を得て継続的に他人の使用収益に委ねる趣旨の契約を締結することは、当事者間の自由な意思による債権的合意として有効であると解すべきである(同旨最高裁昭和四八年一二月七日判決判例時報七二八号四五頁および名古屋高裁昭和四五年四月二七日判決高裁民集二三巻三号二八九頁)。けだし、もともと自己が仮換地先について有する使用収益権能を他人に委ねる債権契約自体を禁止した法令上の根拠はなく、また、これを非難すべき道理もなく(右権能は仮換地指定という公法上の設権的処分によって生じたものではあるが、発生した権能自体は私権として享有しうべきものであることには相違ない。)、かえって、仮換地指定はその性質上暫定的一時的な処分ではあるが、現実には、本換地処分があるまで相当長期間を要するのが通例であり(本件の場合も、換地予定地後優に二〇年を越えているのに未だ本換地処分がなされていない。)、その間、仮換地先を目的とする前記のような契約を一切認めないと考えることは、当事者の意思および取引の実情に反するものと考えられるからである(なお、仮換地指定前の従前地に賃借権が既存する場合については、施行者から当該賃借権に基き使用収益できる部分の仮換地指定処分を受けないかぎり、仮換地につき現実に使用収益することができないことは、右指定処分の創設的性質に照らし当然であるが(最高裁大法廷昭和四〇年三月一〇日判決民集一九巻二号三九七頁等)、このような帰結と、本件のような仮換地指定後に仮換地先を目的として貸借類似の契約をすることを許容することとは特段矛盾するものではなく、かえって、仮換地先の特定の一部を目的とする売買契約の内容を、従前地についての処分契約と、仮換地の特定部分に対する使用収益を認める合意との復合契約であると解すること(最高裁昭和四三年九月二四日判決民集二二巻九号一九五九頁)と斉合するものということができる。)。しかして、叙上のような合意は、実質は賃貸借にほかならず、少くとも賃貸人との関係においては、従前地の賃借権に基き仮換地指定を受け、仮換地先の使用収益権能を有する賃借権(本件被上告人の場合)と同一のものと解して妨げない。
また、右のような仮換地先の賃貸借(本件における岩橋と上告人の賃貸借)は、たとえ、該仮換地が既に従前地の賃借権に基き賃借権の仮換地指定を受けた者(本件被上告人)が現存し、そのかぎりにおいて従前地の所有者(右賃貸借における賃貸人岩橋)といえども該仮換地先を使用収益できない関係にある場合においても、有効に成立するものと解すべきである(従前地所有者は該仮換地につき潜在的に使用収益権能を有していると理解することができる。)。
そうすると、上告人がもし仮換地先たる本件土地につき所論のような賃借権を有するのであれば、本件土地は、ひっきょう、その従前地所有者たる岩橋によって、上告人および被上告人の夫義雄の双方に対し二重に賃貸されたと同視すべき競合使用の債権契約がなされたものというべきである。
しかして、このような場合、右各賃借人はそれぞれ賃貸人岩橋に対し本件土地の使用収益請求権を有するものであり、かつ、双方の関係はそれが債権関係である性質上平等に両立しうるものであって、法律上互いに他を排斥すべきものではないから、いわゆる対抗問題を生ずることはないと解すべきである。ただ、現占有賃借人が事実上非占有賃借人に優先する結果となるだけであり、かかる場合、後者は自己の賃借権または賃貸人の所有権(本件の場合は所有権に基く仮換地先使用収益権能)を代位して前者に対し目的物件の引渡または妨害排除を請求することはできない。
かりにしからずして、前記のような場合でも、賃借人双互の関係を一種の対抗問題と解し、民法上賃借権に認められた登記(ただし、上告人の場合は自己の使用収益権能を従前地賃借権に引直して考える余地はないのであるから、右のような公示方法に拠ることは不可能である。)または、これに代る地上建物の所有権登記(建物保護ニ関スル法律一条。なお、双方の主張する賃借権が建物所有を目的とするものであることは記録上明白である。)の先後によりその優劣を決するものとしても、本件の場合は、原判決の確定した事実関係によれば、被上告人の夫義雄が自己の賃借地の仮換地先地上の自己所有建物につき保存登記をしたのは昭和二七年六月六日であり、被上告人がその相続登記をしたのは、翌二八年二月二日であるのに対し、上告人が自己の賃借した仮換地先地上の自己所有建物につき保存登記をしたのはこれより先昭和二四年一一月七日であるというのであるから、結局、上告人が優先するといわねばならない(なお、本件事実関係によれば、右各建物保存登記はいずれもその敷地の一部と目される本件土地の賃借権公示の方法として十分であることが窺われる。)。
してみると、上告人の叙上賃借権の抗弁は、それがもし事実であるとすれば、叙上説示の理由により、被上告人の本訴請求を妨げる抗弁として成立するものということができる。
そうすると、本件は、すすんで上告人が果して岩橋から本件土地を仮換地先の賃貸借として賃借したものであるか否か等上告人の叙上の抗弁について、まず、その事実関係の存否を確定したうえその当否を決すべきものである。しかるに、これと異り、被上告人の賃借権に基く仮換地先(本件土地)使用収益権能に一種の排他性を認め、上告人の前記主張の事実関係の存否についての判断を省略し、主張自体を失当として排斥した原判決は特別都市計画法または土地区画整理法の解釈を誤り、ひいては理由不備の違法を犯したものといわねばならない。
論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。
よって、他の論旨に対する判断を省略し、民訴法四〇七条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長判事 井上三郎 判事 石井玄 畑郁夫)
<以下省略>