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大阪高等裁判所 昭和47年(ネ)1342号 判決 1974年4月17日

控訴人・原告 佐藤巌

訴訟代理人 滝井朋子

被控訴人・被告 紅山義信

訴訟代理人 藤田一良

主文

一、原判決中控訴人の主位的請求を棄却した部分に関する控訴を棄却する。

二、1、原判決中控訴人の予備的請求を棄却した部分を取消す。

2、被控訴人は控訴人に対し金一〇四万円及びこれに対する昭和四四年六月九日以降右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三、訴訟費用は第一、二審を通じ、被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金一〇四万円及びこれに対する昭和四四年六月九日以降右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審を通じ、被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実に関する主張及び立証関係は次に付加訂正するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一、原判決四枚目表九行目末尾に「したがつて、原告の本訴提起のときは右請求権は時効により消滅しているので、本訴において右時効を援用する。」を加入する。

二、同四枚目裏一行目「原告は、」以下同三行目「受けている。」までを「原告は右集会に出席して決議に賛同し、更に同決議に従い、倒産会社の整理委員会に金二一万一、八〇〇円の債権を届け出て、すでに同委員会を通じ吉原米穀株式会社から昭和三九年三月七日内金四、二三六円の支払を受けている。仮りに原告が右決議に参加しなかつたとしても、原告は右集会を主宰した右整理委員会委員長古林増太郎に対し、倒産会社に対する債権の処理につき一切の処理を委任し、代理権を授与している。」と訂正する。

三、同四枚目裏九行目冒頭「「」の次に「時効の抗弁は争う。」を、同一〇行目「いない」の次に「し、古林に対し被告主張のような委任もしていないし、代理権を授与したこともない」を、各そう入し、同一二行目「右集会の期日後」を「昭和三九年三月七日」と訂正する。

四、証拠<省略>

理由

成立につき争いのない甲第一号証の一ないし五、ならびに原審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は商品取引所仲買人の訴外三洋物産株式会社に対し、昭和三七年五月ごろから商品売買取引の委託をし、その委託証拠金として同年一〇月四日から昭和三八年五月二八日までの間に五回にわたり、合計金一〇四万円を預託したが、同年中に委託契約の解除を告知し、証拠金の返還を求めたことが認められる。

しかるところ、右訴外会社が昭和三八年八月に倒産したこと、被控訴人が同会社の代表取締役であつたことは、当事者間に争いがなく、控訴人及び被控訴人の原審における各本人尋問の結果によれば、控訴人は、昭和四三年五月、被控訴人方を訪れ、前記証拠金の返還につき善処方を求めたことが認められる。しかし、その際被控訴人において右訴外会社の控訴人に対する証拠金返還債務を重畳的に引き受けることを約束したという控訴人の主張事実は、これを認めるに足る証拠がなく、かえつて右各本人尋問の結果によれば、右約束の事実がなかつたことが明認される。それ故、右重畳的債務引受の事実の存在を前提とし、前記委託証拠金とこれに対する遅延損害金の支払を求めている控訴人の主位的請求は失当というべきである。

そこで、控訴人の予備的請求である商法第二六六条ノ三に基づく損害賠償請求について判断する。被控訴人は、控訴人の同条に基づく主張は禁反言の原則及び民事訴訟法第一三九条に照らし、許されない旨主張する。そしてその理由とするところをみるに、控訴人は訴状において、被控訴人は控訴人に対し同条に基づく損害賠償責任を負つている旨の主張を掲げながら、最初の口頭弁論期日において右主張部分は陳述しない、本件においては同条による責任を追求するものではない旨述べながら、その後の口頭弁論期日に至つてこれを翻し、右陳述をし、同条による責任を追求しようとするものであるが、これは禁反言の原則及び民事訴訟法第一三九条に照らし、許さるべきでないというのである。しかしながら、いわゆる禁反言の原則が、一旦陳述を控えたにとどまる主張を後日に陳述することまで禁止したものとは解されないし、本件における控訴人の商法第二六六条ノ三に基づく主張は、単なる攻撃防禦の方法ではなく、それ自体予備的請求を構成するものと認むべきであるから、被控訴人の右主張はこれを採用することができない。

商法第二六六条ノ三第一項前段の規定は、第三者を保護するため、取締役が悪意又は重大な過失により会社に対する義務に違反し、よつて第三者に損害を被らせた場合、取締役の任務懈怠行為と第三者の損害との間に相当因果関係がある限り、会社がこれによつて損害を被つた結果ひいて第三者に損害を生じた場合であると、直接第三者が損害を被つた場合であるとを問わず、当該取締役が直接第三者に対し損害賠償の責に任ずべきことを規定したもので、第三者保護のため法が取締役に加重責任を負担させたものと解すべきである。また代表取締役は、もともと、対外的に会社を代表し、対内的に業務全般の執行を担当する職務権限を有する機関であるから、善良なる管理者の注意をもつて会社のために忠実にその職務を執行し、ひろく会社業務の全般にわたつて意を用いるべき義務を負うものである。従つて、会社の代表取締役が他の取締役に会社業務の一切を任せきりにし、その業務に何ら意を用いないで、ついにはそれらの者の悪意または重大な過失による任務懈怠ないしは不正行為を看過するに至るような場合には、自らもまた悪意または重大な過失により任務を怠つたものと解すべきである(悪意重過失の任務懈怠説、直接間接両損害包含説、特別法定責任説)(最高大法廷昭和四四、一一、二六判決)。

そして、会社の代表取締役が経営の一切を他の取締役に一任し、みずから会社の経営に関与しなかつた場合において、会社の取引先が取引に関して損害を蒙つたときに、右代表取締役の任務懈怠と右第三者の損害との間に相当因果関係があるというためには、その損害が他の取締役の悪意又は重大な過失による任務懈怠によつて生じたものでなければならない(最高第一小法廷昭和四五、七、一六判決)。

以上のとおりであるところ、原審における証人保田清太郎、同控訴人及び被控訴人各本人尋問の結果によれば、被控訴人は昭和三五年訴外三洋物産株式会社の設立以来の代表取締役で、月額三万円の報酬を受けていたが、現実に会社業務の主宰運営に当つていたのは、訴外保田清太郎ほか一名の平取締役であつて、被控訴人自身は、もともと農業に従事しており、会社に常勤せず、会社業務は右平取締役らに委せきりにし、これに意を用いることがなかつたこと、その間において、右平取締役らは会社財産および業績に比し不相当に多くの営業所を各地に設けて経営規模をむやみと拡大して人件費その他の諸経費を膨張させるなど放漫経営をし、商品市場においては見込の悪い取引をし、危険度の高い無謀な投機的取引を繰返すなどし、いわゆる反対売買による多額の欠損を出し、更に従業員に対する選任監督を怠つたため、なかには顧客からの多額の預託金を横領する者も出るなどし、会社は著しい債務超過となり、倒産のやむなきに至つたこと、また控訴人から本件証拠金の預託を受けたのは既に会社の経理状態が相当悪化し、倒産の危険が出てから、舞鶴営業所の従業員の扱としてなされ、控訴人は会社の右状態を全く知らされないまゝ預託したものであるが、被控訴人から業務執行の一切を委せられていた前記平取締役らが、会社の右のような状態からして証拠金の預託を受けても返還は不可能になることを予見していた筈であるのに右従業員に対する適切な指揮命令を怠つたために、控訴人から本件証拠金の預託を受けさせるに至つたものであること、結局その結果控訴人に本件証拠金の返還をすることができなくなり、損害を被らせたこと、以上が認められ、他にこの認定に反する証拠はない。したがつて、叙上の認定事実によると、被控訴人は訴外会社に対する関係において、代表取締役として自らも悪意または重大な過失により任務を怠つたものであるといわなければならず、また控訴人の損害は訴外保田ほか一名の現実に業務を担当していた平取締役の悪意又は重大な過失による任務懈怠によつて直接及び間接に生じたものであるといえるので、結局被控訴人の右任務懈怠と控訴人の損害との間には相当因果関係があり、被控訴人は控訴人に対し、商法第二六六条ノ三に基づき委託証拠金一〇四万円に相当する損害を賠償する債務を負担するに至つたといわなければならない。

ところで、被控訴人は、民法第七二四条による消滅時効を援用しているので、この点について判断する。

商法第二六六条ノ三の取締役の責任の性質は、前叙のとおり、特別な法定責任であると解すべきであるから、取締役がその職務を行なうにつき故意または過失により直接第三者に損害を加えた場合に、一般不法行為の規定によつて、その損害を賠償する義務を負うことを妨げるものではなく、右責任は一般不法行為責任と競合することは可能である(競合説)(前掲最高大法廷判決)。このように商法二六六条ノ三に基く取締役の責任自体は一般不法行為責任でないことはもちろん、特殊の不法行為責任でもない。従つて右規定は不法行為責任の特則を定めたものではない。してみれば、商法第二六六条ノ三の取締役の責任についての消滅時効については何ら特別の定めがないから、これについて民法第一六七条第一項を適用し、一〇年の時効期間の経過によつて消滅するものと解するを相当とし、これについて民法第七二四条を適用すべき余地はないものといわなければならない。そして右のように解すると控訴人の予備的請求にかかる本件損害賠償請求権について未だ一〇年の消滅時効が完成していないこと記録上明らかであつて、被控訴人の民法第七二四条の短期消滅時効の適用あることを前題とする時効の抗弁は理由がない。

被控訴人は、昭和三八年一二月一六日債権者集会において被控訴人に対しては責任を追求しない旨決議し、控訴人は同集会に出席して、これに賛成していたとか、控訴人は整理委員長訴外古林に対し、右決議につき一切を委託し、代理権を授与したとか、金二一万一、八〇〇円の債権の届出をしたとか主張しているけれども、当審における証人中瀬祐三及び原審における証人古林増太郎の各証言の一部は信用できず、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。かえつて右証人中瀬の証言から成立の認められる甲第六号証、原審における控訴人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、控訴人は右債権者集会には出席せず、訴外古林に対しても何らの委任もせず、代理権も付与しなかつなこと、債権の届出もしなかつたことが認められる。したがつて被控訴人の右主張も採用できない。

被控訴人は、控訴人の訴外三洋物産株式会社に対する委託証拠金債権の内金四、二三六円は昭和三九年三月七日弁済された旨主張し、控訴人は右支払を受けたことは認めているが、右は証拠金の元本債権の弁済に充当されたものではなく、損害金に法定充当された旨争つているところ、成立に争いのない甲第一号証の一ないし五、同乙第三号証、原審における控訴人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は右支払を受けた当時訴外三洋物産株式会社に対し金一〇四万円の委託証拠金及びこれに対する前記返還請求の日の翌日以後の年六分の割合による遅延損害金債権を有していたこと、右支払に当り当事者間において弁済充当につき何らの指定もなされなかつたことが認められ、これによると右支払は証拠金元本の弁済に充当されたものではなく、右遅延損害金の弁済に充当されたと認めるのが相当である。

そうだとすると、被控訴人は控訴人に対し損害賠償として金一〇四万円及びこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明白な昭和四四年六月九日以降年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるといわなければならない。

以上、控訴人の主位的請求は失当であり、これを棄却した原判決は正当であるから、同請求に関する本件控訴を棄却し、予備的請求は理由があるのでこれを認容すべきところ、これを棄却した原判決は失当であるから取消し、被控訴人に右支払を命ずることとし、民事訴訟法第八九条、第九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 増田幸次郎 裁判官 西内辰樹 裁判官 三井喜彦)

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