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大阪高等裁判所 昭和47年(ネ)1793号 判決 1975年12月19日

控訴人 神港信用金庫

理由

一、被控訴人ら主張の日に控訴人鈴蘭台支店において被控訴人ら主張の無記名定期預金(本件預金)がなされたことは預金者の点を除いて当事者間に争いがない。

二、《証拠》を総合すると次の事実が認められる。すなわち

(一)  被控訴人中村トメは神奈川県に在住し、その妹被控訴人大塚マツは東京都に在住していずれも相当の資産を有するものであるが、被控訴人大塚は昭和四二年始め頃知人から金融ブローカで事業主の依頼に応じいわゆる導入預金を目的とした預金の仲介をしている訴外吉田常夫を紹介され、同人から「自分は全国的に手広く木材業を営むもので、同被控訴人の手持金を金融機関に預金してくれれば、金融機関と資金面で関係のある自分の信用がよくなり商売がやりよくなるので預金額に対し裏金利を支払うから預金してほしい。」旨勧誘された。右預金が導入預金を目的としたものであることの事情を知らない被控訴人大塚は被控訴人中村に取次いだうえ吉田の右依頼に応じその指示のままに被控訴人らは次のとおり預金をし、被控訴人大塚は吉田から謝礼金名義で裏金利の交付を受けた。なお仲介料名義の金員は裏金利とは別個のものと考えられるので裏金利と認めない。

イ、昭和四二年三月二三日埼玉信用金庫上尾支店に大塚トメ名義で一、〇〇〇万円六か月定期預金、その裏金利六〇万円。

ロ、同年八月一九日兵庫県相互銀行神戸西支店に大塚マツ名義で二、〇〇〇万円三か月定期預金、その裏金利六〇万円。

ハ、右ロ預金を同月三〇日解約し、その資金を一時預けるため同日富士銀行神戸支店に預金した後、同年九月四日右預金の払戻しを受け、同日相互信用金庫森小路支店に大塚マツ名義で二、〇〇〇万円三か月定期預金。

ニ、右ハ預金を同年九月二九日解約し、その資金を同日鈴蘭台支店に二、〇〇〇万円三か月無記名定期預金(本件第一回預金)、満期日昭和四二年一二月二九日までの裏金利七〇万円、その後の裏金利二一〇万円。

ホ、同年一〇月四日相互信用金庫岸の里支店に二、〇〇〇万円三か月無記名定期預金、その裏金利九〇万円。

ヘ、右ホ預金を同年一〇月二五日解約し、その資金を同日鈴蘭台支店に二、〇〇〇万円無記名定期預金(本件第二回預金)満期日昭和四三年四月二五日までの裏金利一一一万円、その後の裏金利九〇万円。

ト、昭和四二年一二月二一日鈴蘭台支店に二、〇〇〇万円六か月無記名定期預金(本件第三回預金)、満期日昭和四三年六月二一日までの裏金利一八〇万円、その後の裏金利三〇万円。

チ、昭和四三年二月一日福徳相互銀行姫路支店に三、〇〇〇万円三か月無記名定期預金。

リ、同年三月中旬と四月上旬に松山信用金庫本店に一〇〇〇万円三か月無記名定期預金、五〇〇万円通知預金、二、〇〇〇万円普通預金。

ヌ、同年四月二七日在田農業協同組合に三、〇〇〇万円三か月無記名定期預金、その裏金利少なくとも一三五万円。

(二)、本件預金に先立ち吉田は仲間の訴外川崎徹から鈴蘭台支店と取引していた訴外森本建設株式会社の金融につき協力方を依頼され、導入預金とする目的をもつて被控訴人らに本件預金をさせたものであるが、鈴蘭台支店長堂脇憲二に紹介された際には、自分は横浜の金持ちの吉田家の養子で、このたび森本建設株式会社の資金の面倒を見ることになつたと自己紹介し、本件預金についてはいずれも前もつて鈴蘭台支店に連絡した。

(三)  本件第一回預金は、被控訴人大塚が前記富士銀行神戸支店より払戻しを受けた現金二、〇〇〇万円をボストンバックに入れて所持し、その娘玲子と吉田に案内されて鈴蘭台支店に赴いた。吉田は同支店長堂脇に義理の姉を連れて来たと称し、被控訴人大塚とともに同被控訴人の所持する現金二、〇〇〇万円と印鑑とによつて預金手続を了し、同被控訴人は預金証書の交付を受けた。本件第二回預金は被控訴人らが前記ホ相互信用金庫岸の里支店の預金を解約し払戻しを受けた現金二、〇〇〇万円をボストンバック等に入れて吉田とともに鈴蘭台支店に赴き同支店長代理伊東一夫と会い、本件第三回預金は被控訴人らが現金二、〇〇〇万円を腹巻に入れて吉田とともに同支店に赴き堂脇と会い、いずれも第一回預金同様に預金手続を了した。そして第一回預金に使用した届出印の印鑑は被控訴人らのほかはその姉妹のものであり、第二回、第三回預金の届出印は実在人あるいは架空人名であつたが、本件預金の資金は、被控訴人中村が自己の定期預金や被控訴人ら姉妹の定期預金を担保として金融機関から借受けた金員、被控訴人中村の娘より借受けた金員、被控訴人大塚が出捐した金員等であつて、これら資金の運用はその出捐者、出捐額にかかわらず被控訴人両名が主体となり、その責任において預金したものである。

(四)、ところが、森本建設株式会社が資金難に陥つていたため、吉田は堂脇に対し第一回預金を担保として融資することを求めたが、無記名定期預金を担保とすることを拒否された。そこで吉田は第一回預金を解約し、記名式定期預金としたうえこれを融資金の担保とすることを申出て、「預金証書は養父が金庫に仕舞い時々出して楽しんでいるので今持出すことが出来ない、後日必ず持参する。右預金の預金者は自分であり迷惑は絶体かけない。」等申向けた。吉田の右言を軽々に信じた堂脇は、森本建設株式会社に貸付けた貸金の返済問題や昭和四二年七月末頃同会社から額面一〇万円の百貨店商品券を贈与されたこともあつて、その手続が控訴人の預金事務処理規程等に違反することを知りながら、預金証書の提出もないのに後日預金証書を持参するということで、同年一〇月五日本件第一回預金二、〇〇〇万円を吉田から証書喪失届を提出させたうえ中途解約し、同額の記名式定期預金に預替えをしてその定期預金を森本建設株式会社及び川崎に対する貸付金の担保に供する手続をしたうえ、同日及び同月七日の二回にわたり貸付金振替名下に合計一、八七六万三、五六〇円を同支店における同会社及び川崎名義の当座預金又は普通預金口座に振替入金の手続をした。次いで同年一〇年三一日第二回預金二、〇〇〇万円について吉田の前記同様の申入れに対し、堂脇は第二回預金証書の提出がないのに同額の定期預金証書を二重発行し、その定期預金を吉田に対する手形貸付金の担保に供する手続をしたうえ、同日から同年一一月二一日頃までの間六回にわたり貸付金振替名下に合計一、九七五万九、六七〇円を同支店における吉田名義の普通預金口座に振替入金の手続をし、同年一二月三〇日第二回預金を中途解約すると同時に右貸付金と相殺をした取扱いにした。更に昭和四三年一月四日第三回預金二、〇〇〇万円について吉田の前同様の申入れに対し、堂脇は同預金証書の提出がないのに同額の定期預金証書を二重発行し、それを中途解約の取扱いをしたうえ、解約による預金元利金払戻名下に現金一、〇〇一万四、二八二円を川崎に交付し、一、〇〇〇万円を同支店における森本建設株式会社の当座預金口座に振替入金の手続をした。右三回の手続に際し、堂脇は吉田の「印鑑が多くありどの印鑑か分らないので照合するため印鑑紙を貸してほしい。」旨の虚偽の申入れに対し各預金の届出印の印鑑紙を貸与する便宜を計らい、同印鑑紙を利用して吉田が偽造した印鑑によつて右各手続がなされた。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三、控訴人は本件預金の預金者が被控訴人らであることを争い、預金者は吉田であると主張するので判断するに、無記名定期預金契約において、当該預金の出捐者が自ら預入行為をした場合はもとより、他の者に金銭を交付し無記名定期預金をすることを依頼し、この者が預入行為をした場合であつても、預入行為者が右金銭を横領し自己の預金とする意図で無記名預金をしたなどの特段の事情の認められないかぎり、出捐者をもつて無記名預金の預金者と解すべきである(最高裁判所昭和三二年一二月一九日判決民集一一巻一三号二二七八頁、同昭和四八年三月二七日判決民集二七巻二号三七六頁参照)。ところで本件において前記認定事実によると、本件預金の出捐者が被控訴人らであることは明らかであるところ、吉田は本件預金前に鈴蘭台支店長たる堂脇に紹介されて面識があり、本件預金に際してはあらかじめ預金する旨を連絡し、被控訴人らを義理の姉と称する等本件預金の預金者が自己であるかのような態度をとり、第二回預金は第一回預金の解約後に、第三回預金は第二回預金の証書二重発行後になされたものであり、右解約、証書の二重発行は吉田の自分が預金者である旨の言分を前提としてとられた処置であるが、本件預金に際しては被控訴人らも鈴蘭台支店に赴き預入行為に関与しているものであり、しかも吉田は本件預金を担保として森本建設株式会社に融資を受けることを企図したところこれを拒否されたため、前記解約、証書の二重発行等の手続をとる結果となつたもので、本件預金に際し当初から吉田がこれを横領し自己の預金とする意図で預金をしたなど前記特段の事情があるとは到底いえず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。してみると本件預金の預金者は被控訴人らというべきであり、その預金債権の割合は前記認定事実によると各二分の一と認めるのが相当である。右の点についての被控訴人らの不可分債権であるかのような主張は採用し難い。控訴人は預金者の点について民法九三条本文の適用を主張するけれども、預金者の確定については前叙のとおり解すべきものであるから、堂脇、伊東ひいては控訴人が内心預金者を吉田と考えたか否かは、本件預金の預金者の確定を左右するものではなく、右主張は採用するに由ない。

四、そこで控訴人の抗弁について判断する。

(一)  本件預金は導入預金であつて公序良俗に反し無効であるとの主張について

本件預金が預金等に係る不当契約の取締に関する法律二条一項に違反するいわゆる導入預金契約であつても、右預金契約自体は民法九〇条に該当する無効のものということはできない(最高裁判所昭和四九年三月一日判決民集二八巻二号一三五頁参照)し、その他控訴人が主張するその余の事実関係(本件預金外の被控訴人らの預金関係、裏金利の取得については前記認定のとおり)を勘案してみても、いまだ本件預金契約が公序良俗に反する無効のものと解することはできない。してみると本件預金が導入預金であるか否かについて判断するまでもなく、控訴人の右主張は採用し難い。したがつて控訴人の民法七〇八条適用の主張も判断する余地はないというべきである。

(二)  本件預金契約が信義則に違反し無効であるとの主張について

控訴人は、被控訴人らの本件預金契約の際の態度をもつて信義則に違反する旨主張するけれども、無記名定期預金は元来その預金者の氏名を契約の一方の当事者である金融機関に明らかにしない特殊な制度であつて、無記名定期預金契約がなされた段階においては、金融機関は預金者が何人であるかについて格別利害関係を有するものではないから、仮に被控訴人らが本件預金契約をするについて、その預金者が吉田であるかのごとくみうる態度をとつたことがあつたからといつて直ちにこれをもつて無記名定期預金契約上の信義則に違反するものとはなし難い。控訴人の右主張も採用するに値しない。

(三)  定期預金債権の準占有者に対する弁済について

本件預金がいずれも吉田によつて中途解約され、第一回預金については同額の記名式定期預金に預替え、第二回預金は解約と同時に吉田に対する貸金債権と相殺され、第三回預金はその払戻金を川崎に現金一、〇〇一万四、二八二円を交付し、一、〇〇〇万円を森本建設株式会社の当座預金口座に振替入金したことは前記認定のとおりである。しかして無記名定期預金においては預金者の氏名を明らかにせず、預金者は出捐者であることを原則とするものであること前叙のとおりであるから、金融機関が預金の払戻しをするにあたり預金者を確認するには特段の事由がないかぎり預金証書と届出印の印鑑の提出が不可欠であるといわなければならない。しかるに本件においては、前記認定のとおり本件預金契約に際し吉田において自己が預金者であるかのごとき態度をとつたことがあつたとしても、鈴蘭台支店長たる堂脇は、吉田から本件預金の預金証書の提出がないのにかかわらず、吉田の虚言に惑わされて安易に吉田を預金者と信じ、吉田の言によつても預金証書を喪失したのでないのに喪失届を提出させ(第一回預金)、又預金手続上すべきでない定期預金証書の二重発行(第二、三回預金)をし、更には本件預金の届出印の印鑑紙を吉田に貸与して偽造印鑑を製作することを可能ならしめるなどしたものであつて、このような事実関係の下においては吉田が本件預金債権の準占有者といえないばかりでなく、控訴人が金融機関として尽すべき相当な注意を用いたとは到底いえないというべきである。控訴人の右主張は採用できない。

(四)  相殺について

1  控訴人は、被控訴人らの債務不履行、不法行為による損害賠償請求債権を自働債権として主張するけれども、前記認定事実によると本件預金契約は有効に成立したものであり、かつ控訴人の被つた損害は、本件預金を中途解約するについてなした堂脇の著しく不当な取扱いによるものというべきであるから、右自働債権が発生する余地はなく、控訴人の右主張は失当というほかはない。

2  次に控訴人は、吉田の被控訴人大塚に対する裏金利一、一九一万円の返還請求権の転付債権を自働債権として主張し、同被控訴人が本件預金及びその他金融機関に対する預金(以上前記認定イロニホヘトヌの各預金)について吉田から裏金利一、〇三六万円の交付を受けたことは前記認定のとおりである。しかしながら、導入預金が私法上有効であることは前叙のとおりであり、又導入預金を禁止する預金等に係る不当契約の取締に関する法律の目的の主眼は金融機関が特定の第三者に対してする不当融資等の禁止にあり、導入預金の因つて来るところは預金量拡大を図る金融機関の態度にあること(前記最高裁判所昭和四九年三月一日判決参照)を考えると、裏金利の取得が導入預金を助長するおそれがあるとしても未だ公序良俗に反するものとまで解することはできない。又被控訴人らが前記金融機関に対する各預金をするについて吉田との間に金銭を目的とする消費貸借契約が成立したものではないから、利息制限法を適用する余地はないというべきである。控訴人の右主張も採用できない。

五、ところで《証拠》によると、被控訴人らは昭和四三年八年一二日控訴人本店において控訴人の代表理事三崎悦治に対し本件預金の払戻し請求をしたが払戻しを拒絶されたことが認められる。控訴人は右払戻し拒絶について故意過失がない旨主張するけれども、前記認定事実によると結局右払戻しの拒絶は、吉田のなした本件預金の中途解約について控訴人のなした不当な取扱いに起因するものというべきであつて、本件全証拠によるも払戻しの拒絶が控訴人の責に帰すべからざる事由に基づくものであることを認めるに足りない。又控訴人は利息金について利子所得税を控除すべきである旨主張するが、国税通則法一五条、所得税法一八一条によると、利子所得の支払者の納税義務は右所得の支払の時に成立し、利子支払の際にその所得税を徴収すればよく、利子の支払義務自体に影響を及ぼすべきものではないから、右控訴人の主張は採用しない。そして本件預金の満期後の利息が日歩六厘であることは当事者間に争いがない。してみると控訴人は被控訴人らに対し各三、〇〇〇万円及び内金一、〇〇〇万円に対する約定利率年四分一厘の割合による三か月の利息、第一回預金の満期日の翌日である昭和四二年一二月三〇日から昭和四三年八月一二日まで日歩六厘の割合による利息、同月一三日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金、内金一、〇〇〇万円に対する約定利率年五分一厘の割合による六か月の利息、第二回預金の満期日の翌日である同年四月二六日から同年八月一二日まで日歩六厘の割合による利息、同月一三日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金、内金一、〇〇〇万円に対する約定利率年五分一厘の割合による利息、第三回預金の満期日の翌日である同年六月二二日から同年八月一二日まで日歩六厘の割合による利息、同月一三日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務を免れない。

しかして、被控訴人らのその余の請求、控訴人の反訴請求が失当であることは前記認定、説示により明らかであるから棄却すべきである。

六、結局右と同旨の原判決は正当であるから、本件控訴を棄却

(裁判長裁判官 中島孝信 裁判官 阪井昱朗 宮地英雄)

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