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大阪高等裁判所 昭和47年(ネ)522号 判決 1975年1月21日

原告(控訴人)

右代表者法務大臣

稲葉修

右指定代理人

細井淳久

外三名

被告(被控訴人)

市村栄一

外六名

右被告七名訴訟代理人

玉重無得

外二名

主文

原判決を取消す。

原告に対し、被告市村栄一は六〇〇万円、同弘中勝、同弘中正二は、五二五万円づつ、同黒川健亮は三〇〇万円、同黒川辰子、同小林愛子、同弘中花枝は二五〇万円づつ、及びこれら各金員に対する昭和四三年八月一六日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被告らの負担とする。

事実

(原判決主文)

原告の各請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

(請求の趣旨)

本判決主文二項同旨

(不服の範囲)

原判決全部

(当事者双方の主張)

次のとおり付加する外は原判決事実摘示のとおりである。

原告の主張

一、不当利得返還の制度は法律の形式的適用によつて生ずる利得が実質上不当と認められる場合に公平の理念に従つてその矛盾を調整する制度であり、その当事者間に中間者が介在しても必ずしも法律上の原因を有するものとはいえず、殊にその中間者が利得者のための藁人形である場合はその不当性は顕著である。

本件において亡弘中武一(以下武一という)が四古谷林業株式会社(以下滞納会社という)の全株式を立倒木代金相当額で売却するが如外形を作つたのは立倒木を売却したのでは売却益に法人税が課されるからこれを免れるためである。しかし滞納会社の法人税はいかようにしても免れ得べきものではない。武一らは株主であるまゝ立倒木を売却すれば滞納会社の残余財産の分配は法人税等を控除した残額しか受けられず、立倒木代金の全額を取得すれば第二次納税義務を負担することは明らかであつた。そこで武一は滞納会社との中間に藁人形の田中富治らをおき、株式売買代金なる名目で立倒木代の全額を取得しうる外形を作り、残余財産分配の損失と責任を専ら無資産となる滞納会社、ひいては国、藁人形の田中富治らに負担させようとしたのである。斯くのごとき作為が是認されれば、通常の場合は滞納会社に法人税額等が留保され、それを控除した残額のみが残余財産として分配される筈なのに、藁人形に全株式を売却した体裁を整えれば、旧株主は法人税額分まで取得しうることとなつて国民の租税負担の公平を図る上で不当といわねばならない。被告らに本件受益をそのまゝ保留させることは社会的に著しく不相当であるに比べ、これを返還させても本来の姿に戻るだけで不当な不利益を負担させることにはならない。結局本件取引の実体は武一が同人の支配していた山林と立倒木を田中富治の仲介により十条製紙株式会社(以下十条製紙という)に三九〇〇万円で売却し、その売却代金全額を受取り、滞納会社に渡すべき立倒木代金を不当に領得したものであり、株式売買の実体は存在しないものである。

二、仮に株式の売却契約、代金支払の合意が存在したとしてもそれは次の理由により無効である。無効であれば真の株主は武一らであるから被告らは違法な財産分配を受けた株主として滞納会社に本金員を返還すべき義務がある。

(1)  残余財産分配請求権の不存在

商法四三〇条一項一三一条等によれば会社の清算には法定の手続を履み、会社財産は会社の債務を弁済した後でなければこれを株主に分配することはできないのであるから、本件の株主も滞納会社が法人税を納付するかそれに必要な財産を留保しなければ残余財産の分配請求権は発生しない。武一はこのことをよく知つていたからこそ滞納会社から直接残余財産の分配を受ける法的形式を避けたものであり、仮に田中富治らに株式が譲渡されたとしても、立倒木売却代金の中の法人税相当額についてまで残余財産分配請求権をもつものではない。

(2)  株式売買契約の虚偽表示

本件に於ては、株式の買主とされている田中富治らは買受株式の総数も知らず、具体的金額についても関心がなく、反古の株券を内容を確認せずに持帰り、その後武一が田中富治に新株主の名簿を書かせて株式数を随意に書直して後日の証拠を整えるという一般の株式売買とは著しく異なることが行われている。株式の売買はその経済的価値に応じた代金額でなされるものであるから、本件株式の価値は法人税額等を控除した金額以下でなければならないのに立倒木の売却代金をそのまゝ株式の譲渡価格としている。もし本件の株式売買が外観通りのものであれば、田中富治は法人税を自ら負担せねばならぬことになるが、武一が田中富治に対して同人がこれを出捐する必要がない旨を述べているところからみると本件株式売買契約は虚偽表示で無効である。

(3)  株式売買契約の公序良俗違反

武一は滞納会社が立倒木を売却すれば法人税を課され、売却代金全額を残余財産として分配し得ないことを知つて、又知つていたからこそ本件のごとき株式の売買という外形を作り出したものであり、これは同人の領得すべきでない法人税相当額をも領得しようという違法不当な目的のため、この形式を使用したもので、法的保護に値しない公序良俗に違反する無効な行為である。

(4)  株式売買契約の錯誤

本件売買契約に於て武一は田中富治をさしおき自ら十条製紙と契約代金授受の方法を決定したこと等よりして同人は本件の立倒木代金の金額を株式代金の名目で受領することを目的に本件契約をなしたが、この立倒木代金はその全額を株主に分配しうるものでないから、武一がこれを知らなかつたとすれば本件売買契約には武一が意図していたところと重大な食違いがある。

一方田中富治も武一の指図に従い書類を調整したが、武一の企図したとおり株主に立倒木代金の全額を分配されない時は田中自身がその不足分を支払わねばならぬと知つていたら本件売買契約に加担しなかつたことは明らかであるから、本件株式売買契約は武一と田中冨治の双方又は一方に、意思表示の要素の錯誤があつて無効である。武一は田中富治の右の要素の錯誤を知つていたしその錯誤を利用していた。

(5)  金員授受の合意の無効

本件立倒木代金が十条製紙から武一に授受されたことにつき右両名、田中富治、田上岩市間に合意があり、田上岩市の承諾があつたとしても、同人の承諾は前記の残余財産分配請求権が存在し、かつ株式売買契約の有効を前提とするものであるところ、その然らざることは前記のとおりであるから株式売買契約は無効である。又田上岩市の承諾は武一らの受益の不当性を阻却する法律上の原因とはなすことはできない。

仮に田上岩市がこれを承諾したとしても、この承諾は会社の債務である法人税の納付義務を履行せずに会社財産を新株主に分配し、新株主が株式譲受代金を支払うための便宜を図つたもので、これは清算人としての忠実義務に違反し商法四三〇条一項、一三一条に違反するからこの違反行為である承諾と当事者間の合意は無効である。清算人が違法に会社財産を株主に分配した時は会社は株主にその取戻を請求でき、これは不当利得返還請求権であるから、会社は株主に対してのみならず、会社から直接にこれを受領した第三者に対しても返還を請求できる。

被告らの主張

一、原告の主張は認めない。本件取引は武一らが田中富治らに全株式を譲渡し、清算人の田上岩市が十条製紙に本件山林を売却し、田中富治ら新株主がこれを承認して行われた真実の取引であつて仮装行為、通謀行為ではない。錯誤もない。武一は株式で売ることを前提としてのみ交渉を進めていたのである。

武一が昭和(以下略)三五年二月一九日株式代金を十条製紙から直接受取つたのは十条製紙が田中富治らに代つて株式代金を支払つたものと考えるがこれは残余財産の分配を含む、武一、滞納会社、田中富治、十条製紙間の一挙清算とみることも可能である。この差異は武一を除く、田上を清算人とする滞納会社、田中を代表者とする新株主と十条製後紙の三者の清算もその時点で行われたか否かであるがそれは武一の関知するところでない。一挙清算と考えても滞納会社には本件山林以外に資産はなく、山林売却の結果生じた法人税以外に債務がなく、当事者が失念していた税の問題を除けばこれは合理的な方法といいうる。租税債務を支払わずして株主に残余財産を分配しても分配行為が無効になるのではなく、清算人に対する過料、会社から株主への返還請求、清算人、株主の第二次納税義務負担の問題が生ずるに過ぎない。もし十条製紙に株式代金の代位弁済の意思なく、一挙清算の趣旨もなかつたとすると十条製紙は弁済受領権限のない武一に山林代金を支払つたこととなり弁済は無効であつて滞納会社は依然十条製紙に対し山林売却代金債権を有し損失は存しない。本件取引の関係者は誰も脱税を画策したことはなく、田中富治、田上岩市も実質利得なければ税負担なしとの軽い気持であつたもので、税のことは問題としなかつたのが真相である。

二、仮に原告が四一年二月八日滞納会社に法人税賦課決定をなしその通知が清算人田上岩市に到達していたとしても右処分は国税通則法七〇条四項一号に違反し無効である。本件立倒木は滞納会社の唯一の残余財産ともいうべきところ、同会社は三五年二月一九日全株主に売却代金を残余財産の最後の分配として分配したものであるから法人税法一〇二条一項によりその申告期限は同月一八日であり、それから五年を経過した四〇年二月一八日の経過とともに除斥期間を経過し法人税賦課決定はなし得ない筋合である。

三、仮に被告らの取得した金員が不当利得であるとしても、原告の主張によればそれは滞納会社が十条製紙に立倒木を売却した代金であつて被告らが受取る根拠がないというにあり右両者間の売買たる商行為にもとづく代金を被告らに存置することの不当を理由とするものであるから、その利得は商行為による代金の性質をもち、商法による五年の消滅時効にかゝるところ、被告らに代つて武一が代金を受領した三五年二月一九日から五年を経過した四〇年二月一九日の満了とともに本件不当利得返還請求権は時効により消滅した(四二年三月三一日最高裁判例、法律学全集西原商行為法一四五頁参照)

四、本件株式売却代金につき原告は当初被告らに立倒木代金による山林所得として課税し、被告らの異議申立により四〇年四月三〇日被告らが立倒木を売却したとは認められないとしてその課税処分、過少申告加算税賦課処分を取消した。次に原告は四一年五月二五日被告らが滞納会社から残余財産の分配を受けたと主張し国税徴収法三四条一項にもとづく第二次納税義務告知処分をなし、これに対する被告らの異議申立と審査請求を棄却したので、被告らは四三年四月一五日大阪地裁に処分取消請求訴訟を提起して係属中、同年七月三〇日、原告は右処分を自発的に取消したので被告らが訴訟の目的を失い、同訴訟を取下げた。ところが原告は第二次納税告知処分を取消した日に、滞納会社が被告らに不当利得返還請求権があるとして債権差押通知をなし、四四年九月三〇日、大阪地裁四四年(ヨ)三〇二七号不動産仮差押決定にもとづき被告らの相続財産たる宅地に仮差押をして同月一一日本訴を提起した。以上のごとく原告は同一事象に三度法律構成を変え本訴請求をなしている。民事裁判には既判力、刑事裁判には一事不再理の法理が要求され、その請求や訴追が禁止されている。課税処分は裁判とは異るとはいえ、強制的調査や徴収が許されている課税処分について異議申立、審査請求を経て既処分を取消した場合は単なる更正処分の場合の外、重ねて課税処分は許されてはならない。然らずんば公権力行使の専横を許し、法律関係が安定せず、異議申立、審査請求が無益、無意味となりかねない。原告の態度は三六年の所得税法改正付則二条の法意を無視し、賦課処分の除斥期間や徴収権の消滅時効が五年と法定されている趣旨を消却するものであるから徴税権の濫用として排斥されねばならない。

被告らの主張に対する原告の反論

一、民訴法六二三条による債権差押取立訴訟に於て、第三債務者は債務者に対して有する異議抗弁を以て対抗することはできるが債務者の有する請求異議事由を以て争うことはできないものであるから、被告らは滞納会社と国との間の法人税の存否について争うことはできない。(四五年六月一一日最高裁判例、民集二四巻六号五〇九頁参照)

本件の法人税額等決定処分は旧法人税法(二二年法律二八号)二二条ノ二、一項にもとづき滞納会社がその清算中に事業年度が終了した場合としてなされたものでその申告書提出期限は三六年二月二八日であつたからそれから五年以内になされた法人税額決定処分等は有効である。

仮にそれは瑕疵があつたとしてもその瑕疵は決定処分等の取消事由に過ぎず、不服申立期間の徒過により有効に確定している。

二、不当利得返還請求権の消滅時効期間は一〇年であるから被告らの主張は理由がない。

(証拠)<略>

理由

一原告の請求原因二項7の主張が時機におくれた攻撃、防禦方法であるとの被告らの主張に対する判断は原判決理由四の1のとおりである。

二滞納会社が三五事業年度中に、本件立倒木を売却し、三五三三万三五〇〇円の収益があつたこと、滞納会社は二九年三月一九日山林開発を目的に資本金一〇〇万円で設立された会社で三二年二月一日解散し被告栄一、同健亮が清算人となり三五年二月一二日右被告らが清算人を辞任し、同日田上岩布が清算人となつたこと、三五年二月一九日、滞納会社が十条製紙に立倒木を三五三三万二五〇〇円で、武一と被告栄一が共有していた底地を三六六万七五〇〇円で各売却したこと、十条製紙が右買受代金支払のため三井銀行小倉支店を支払場所とする三九〇〇万円の小切手を振出し、同小切手が右同日同支店の支払保証小切手二九〇〇万円と一〇〇〇万円に取組まれ、同月二二日二九〇〇万円が同銀行広島支店の武一名義の預金口座に、一〇〇〇万円が架空の石田三郎名義の預金口座に入金されたこと、右の二九〇〇万円からは同年三月二二日被告栄一に六五〇万円、同勝に三五〇万円、同正二に三〇〇万円、同健亮に三五〇万円が、同年二月二三日から同年三月一日迄の間に武一に一二五〇万円が各送金され、石田三郎名義の預金口座に入金された前記一〇〇〇万円は同年二月二六日武一が引出したこと、武一が受領した合計の二二五〇万円の中には底地代金三六六万七五〇〇円が含まれているのでこれを差引くと立倒木代金分は一八八三万二五〇〇円であること、武一は三六年一一月六日に、その妻の弘中ツネは四〇年二月二五日に各死亡し、嫡出子たる被告栄一、勝、正二、辰子、愛子、花枝の六名が相続したこと、四三年八月一日か二日頃、原告が滞納会社の被告らに対する不当利得返還請求権を差押える旨の債権差押通知(履行期を同年八月一五日と指定したもの)が被告らに到達したこと、被告らがこの債権を支払つていないことは当事者間に争がない。

三<証拠>によれば次のとおり認めることができる。

(1)  弁護士であつた武一は八年頃から山口県佐波郡徳地村大字野谷六八五番地に公簿面積二五町歩(実測はその数倍)の山林を被告栄一と共有していたが二九年三月二四日(滞納会社の設立直後)その地上の立倒木のみを滞納会社に譲渡したが、右立倒木が同社の唯一の財産であつた。

(2)  滞納会社は二九年三月一九日発行済株式四〇〇〇株で設立された株式会社で武一と被告栄一が各一〇〇〇株、被告健亮(武一の娘婿)と訴外小林長次(同上)、被告正二、同勝、訴外市村純子(栄一の妻)が各四〇〇株の引受人となつた。滞納会社の目的は木材の伐採搬出と造林事業等であつたが、さしたる活動もみられないまゝ前記のとおり三二年二月一日解散決議をなした。尚登記簿上滞納会社は本店所在地を三二年六月五日山口市大字早間田一三番地から東京都渋谷区代々木本町七四三番地に移し、更に三五年一二月五日これを大阪市福島区海老江下一丁目二〇番地に移転した。

(3)  武一は滞納会社の解散決議がなされた頃から本件山林を売却する意向を示し、神戸市の光泉実業と名乗る台湾人や山陽パルプ株式会社と売買の話が進んだが実現を見ないうちに、これが十条製紙小倉工場の山林部長黒沢忠夫の耳に入つた。黒沢は当時小倉市の市長であつた浜田弁護士の紹介状をもつて三四年五月二七日山口市に武一を訪れ、これを確めたところ売却の意向はあるが、登記は一年後でないとできないという返事であつた。

(4)  黒沢は三四年一一月頃から同社に出入りしている田中富治を仲介人として武一との売買交渉を続けさせたところ、当初は売買代金の点で交渉がまとまらなかつたが、三五年一月になると武一は立倒木のみでもよいが、底地と合せてなら三九〇〇万円で売る、売買と同時に登記と明認方法を施してもよいとの意向を示した。かくて黒沢は山林取得の見通しが立つたので三五年一月二八日付書簡で本社にあてその実情を報告し、かつ最終交渉のため顧問弁護士の派遣方を要請した。黒沢が顧問弁護士の派遣を求めたのは田中富治から、武一の希望で、売買は株式譲渡の形式をとる云々の話が出ていたためであつた。

(5)  十条製紙の本社は本件山林を三九〇〇万円(外に田中富治に対する手数料五〇万円)で買受けることを決め、同年二月十八日顧問弁護士の服部須恵茂を派遣してきた。翌一九日、十条製紙の黒沢忠夫、同社山口出張所長の明川工次、服部弁護士は仲介人の田中富治、田上岩市を連れて山口市の武一方を訪れ、三九〇〇万円で本件山林の立倒木と底地を売買する旨の契約が成立した。この契約は十条製紙が武一より底地と立倒木を買うというものであつたが、席上武一より底地の持主は武一と被告栄一であつて、立倒木の持主は滞納会社となつているから底地は三六六万七五〇〇円とし、立倒木は三五三三万二五〇〇円として各所有者から売渡すものであることが明らかにされた。十条製紙もこれに異議はなく、契約書もこの二通が作成され、その場で売主本人であつてかつ被告栄一と滞納会社の代理人である武一に前記のとおり二九〇〇万円と一〇〇〇万円の小切手で三九〇〇万円が支払われ、底地の所有権移転登記に必要な書類が授受された。受領証は武一と被告栄一名義の底地代三六六万七五〇〇円の分(甲一二号証)と滞納会社代表者田上岩市名義の立倒木代三五三三万二五〇〇円の分(甲一一号証)の二通が同日付で発行交付されたが、田中富治や田上岩市がこの代金を受領した事実はなく、田中富治は本件山林調査費並に謝礼として十条製紙より五〇万円を受領したのみである。(甲一三号証)。十条製紙はこれにより底地の移転登記を受け、立倒木には自ら立木登記をした。十条製紙側も服部弁護士も三九〇〇万円で物件が確実に入手できればよく、右代金の処置につき武一のすることを追究しなかつた。

(6)  右取引に先立ち田中富治は武一より本件取引では滞納会社の株式を譲渡する形式をとるから滞納会社の清算人即ち代表者となる者と株式譲受人となる人の氏名を通知するようにいわれ、三五年一月一七日付の書簡(乙一六号証の一、二)で代表取締役田上岩市、監査役和田鹿子二、株主田中富治、田上久祥、平井道夫、今井昭男の氏名をあけた。田中富治はこの書簡に「この点について十条製紙と相談の結果」と書いてあるが、「この件につきましては勝手もわかりませぬので何かと御世話になりますが云々」とあるのが真相で十条製紙が株式譲受を承諾した事実はない。又田上岩市が右契約に同席し滞納会社の清算人として立倒木代金の受領証に署名押印したのは田中富治の依頼に応じたまでのことで同人が右の代金を受取つたためではなかつた。

(7)  田中富治は前記(5)の契約成立後武一より滞納会社の株券を他の書類とともに受取つて帰つたが中身を点検していない。同人はこの株券が価値あるものとは思つていないし、これを他の、株主とされた者に交付した形跡もない。同人は又同年二月二二日付で武一宛に前記(6)で掲げた者の外新に松田積男を加え、これらの氏名の上に株式数を書いて送つた(乙二号証の一、二)がこの書簡には武一が施したと思われる株式数の訂正がなされている。しかし田中富治は自分を含めたこれら七名の者がこれで滞納会社の株主になつたとは思つていないし、又十条製紙との間でパルプ用材以外のものは田中富治の所有とできる旨契約した事実もないし同人がかゝる利益を得た事実もない。

(8)  田上岩市は元は大阪で、後には新宮で山林ブローカーをしていて田中富治の亡父田中文七と知合であつたため、田中富治は本件取引に当り田上岩市を二回現地に同道し、売買契約成立後十条製紙より受取つた仲介手数料五〇万円の中より九万円を田上岩市に与えた。但し田上岩市は老令で実質的な仲介の仕事はしなかつたし、前記のとおり立倒木の売買契約書と代金受領証に署名押印した以外には、滞納会社の清算人として何らの事務処理もしていない。田中富治が田上岩市を同道したのはむしろ武一の要請で田上岩市を滞納会社の形式上の清算人、代表者とするためであつた。田上岩市は清算人がどういう権利義務をもち、税金の後始末をせねばならぬものであること等について一切の関心がなく、田中富治が一切責任をもつというので、自分の署名押印が役に立つならと思つて指図されるまゝに前記書類に署名押印したに過ぎない。田上岩市は又三五年二月一二日に、同日辞任した被告健亮に代り滞納会社の清算人に就任した旨の登記がなされているが、同人がこれについて具体的な承諾をしていないし、両名の間で清算事務の引継が行われた事実もない。

(9)  前記(6)の田上久祥は田上岩市の子であり、和田鹿子二、平井道夫、今井昭男は当時田中富治方の店員であつた。同人らや田中富治、松田積男が実際上滞納会社の株主となることを承諾したり、そのための出捐したことはなく、全く名義上の株主とされているに過ぎない。

(10)  田中富治は武一と十条製紙間に本件取引を成立させたいため、武一の指示に従い、いわれるまゝに名義上田上岩市を代表者とし、自らとその他の者を株主とすることを承諾したが、これは武一より滞納会社には何の貸借もなく、税金その他の迷惑がかゝることはないという趣旨のことをいわれ、それを信じたために過ぎない。

(11)  滞納会社の各株主名義を以て作成された三五年二月二六日ないし同月二八日付の有価証券取引書(乙一号証の一ないし七)があり、それには滞納会社の各株主が買主代表及び田上岩市に対し同月一九日に持株全部を一株八八三三円(その合計は前記本件立倒木代金と同額に近い三五三三万二〇〇〇円)で売却したとし、合計六万二八五〇円の収入印紙が有価証券取引税として右書面に貼用されている。

(12)  三九年春、被告らに各所轄税務署より本件取引に関し、三五年分の所得税について更正処分があつたため、これに異議申立をしたところ四〇年四月三〇日広島国税局長は被告らの異議を認めて更正処分を取消した。更に四一年五月二五日、大阪国税局長が滞納会社の四〇年度法人税一二九四万六三五〇円、加算税一二九万四六〇〇円、利子税一五三万七九八〇円につき被告らを第二次義務者として課税してきたため、被告らが異議申立をしたところ、同局長は四二年一二月一五日この異議申立を棄却したので四三年四月一五日、大阪地裁へ大阪国税局長を相手に課税処分取消の訴を提起したところ、同局長は原処分を取消したので被告らが右訴訟を取下げたところ、原告は四四年九月一一日本訴を提起した。

(13)  大阪福島税務署長は四一年二月八日発の書面で滞納会社の清算人田上岩市あて、三五年事業年度の法人税一二九四万六三五〇円と無申告加算税一二九万四六〇〇円を同年三月八日までに納付せよと賦課決定通知書を発しその頃田上岩市に到達した。滞納会社の四三年七月三〇日現在の滞納税額は以上の外に旧利子税一五三万七九八〇円、延滞税八二二万五八〇〇円が加わり別紙計算書のとおり合計二四〇〇万四七三〇円となつている。この金額は四三年七月三〇日現在のことであるからその後延滞税が更に増えている勘定となる。

以上のごとく認められ、この認定に反する原審における被告正二本人の供述の一部は措信しない。

四およそ不当利得の制度は、ある者の財産的利得が法律上の原因ないし正当な理由を欠く場合に、法律が公平の観念に基づいて利得者にその利得の返還義務を負担させるものである。

そして、株式会社の代表者、当該会社の株式の譲渡人、同譲受人が合意の上で、会社財産を他に売却し、その代金を右株式譲渡人が譲受人から支払わるべき株式譲渡代金として取得した場合、株式譲渡人の右代金の取得は、これを正当化する特段の事情がない限り、会社に対する関係では、法律上の原因がなく、不当利得となるものと解するのが相当である。

本件では、前記認定のとおり、武一(滞納会社の株式一〇〇〇株の譲渡人で他の三〇〇株の株式譲渡人らの代理人)、田中富治(右株式譲受人の一人で、他の譲受人らの代理人)、滞納会社の代表者田上岩市が話合の上で、同社の唯一の財産である本件立倒木を十条製紙に三五三三万二五〇〇円で売却し、十条製紙から滞納会社に支払われた右代金全額を右株式譲渡人である武一らが株式譲受人である田中富治らの支払うべき株式譲渡代金の弁済として分配して取得したというものである。そして、本件立倒木の売買代金は滞納会社に支払われたものであるのに、田中富治らの債務の弁済に当てられれたのは、被告らの主張によると、滞納会社は清算中であつたので、田中富治らに譲受株主として残余財産を分配し、同人らから株式の譲渡人である武一らに株式の譲渡代金を支払う手数を省略したものであるというのであるが、当時は未だ残余財産の分配ができる程度に清算手続が進行していなかつたことはあきらかであり、滞納会社は田中富治らに何らの債務も負担していなかつたのであるから、同社は同人らに代つてこのような支払をする義務がなかつたのである。従つて、武一らの右分配金の取得は、これを正当化する特段の事由がないから滞納会社に対する関係では法律上の原因ないし正当な理由を欠くもので、不当利得としてこれを同社に返還すべきである。

なお、以上の事実と弁論の全趣旨を合せ考えると、本件取引の実体は武一が実権を握り一切を処理していた滞納会社を代理して十条製紙に本件立倒木(武一が栄一と共有していた底地と共に)を売却したものであるが、これでは法人税の賦課を免れないので、滞納会社の株主が株式を売却した形をとれば法人税を免れることができると考え、田中富治をして法律知識に乏しい田上岩市に依頼させ、形式上だけ資力のない同人、田中富治及び田中富治が指名してきたそれ以外の五名を滞納会社の株式譲受人に、田上岩市を清算人に仕立て名を株式譲渡代金に藉りて立倒木の代金を受領してこれを滞納会社の株主間に分配したものと認められる。

このことは、株式の譲渡は売買であるから買主はそれにより実質的に株主となる意識をもち、それにより利益を受けるなり或は会社の株主としての権限を行使する等そこに利益、意味があつてこそ譲渡が行われるのであり、それ故にこそその価格はそれら一切が勘案されて生ずるものなのに、本件ではそういう利益も意味もなく、株価の検討も行われず、立倒木代金即株式譲渡代金とされていること、本件立倒木が唯一の財産でそれを売却せば後には何にも残らず、かつ既に解散決議がなされて本来の会社活動ができなくなつている会社の株式を第三者が買うことは滅多にあり得ないのに、田上岩市らがそれに応じた形となつているのは全く形式を整えるに過ぎなかつたこと、譲受人とされた人々が全く出捐をしていないこと、株券を渡された田中富治はこれを反古同然視し他の株主とされた者に渡しもせず、同人らもこれを要求もせず、誰も実質上の株主という意識をもつていないこと、田上岩市は清算人とされたが何の清算事務も行つていないこと等が十分これを裏付けている。

また、武一が田中富治に株券を渡している事実を以て通謀虚偽表示でないとみるとしても、自らもこの株式譲受人となり他の譲受人を代理した田中富治は武一より、この譲受により譲受人には税法上等に何らの負担がかゝることはないといわれ、それを信じて形式上の譲受人となつたのであるが、実際は多額の税金を負担せねばならぬとしたら到底この譲受人となることを承諾したとは認められないから、同人にはこの譲受人となる縁由に錯誤がありそれは武一との法律行為の内容の一部をなしていたものであるから民法九五条により無効である。

いずれにしても武一から田中富治らになされた株式の譲渡行為は通謀虚偽表示ないし要素の錯誤として無効であり、株主は依然従前の株主であつて清算手続を経ないで滞納会社の財産である本件立倒木の代金を株主に分配したことは法律上の原因なくして滞納会社の損失に於て被告らが利得しているものである。

被告らは本件取引に当り脱税のためという話が出た証拠はないというが、武一が口に出さずとも税を免れるため以外にかゝる形式をとる必要があつたとは認められず本件取引の行われた三五年二月一九日当時株式譲渡による所得が非課税であつたことが武一をしてこの形式をとらしめたことと思われるので被告らの右主張は採用できない。

五被告らはたとえこれが不当利得になるとしてもその返還請求権は武一が立倒木代金を受領した三五年二月一九日から五年を経過した時を以て時効で消滅したという。しかし武一が受取つた代金が商行為によるものであつたとしても武一が滞納会社を代理して受領した立倒木代金を滞納会社に渡さず、武一自ら及び被告らの中の一部の者に分配したことが不当利得を構成する本件には商事性がないからこの返還請求権は民事上の債権でその消滅時効期間は一〇年が相当であり、本債権の差押と本訴提起がその一〇年内に行われていることは明らかであるから被告らのこの主張は採用できない。

六被告らは四一年二月八日大阪福島税務署長が滞納会社に対する法人税賦課決定をなしその通知が清算人田上岩市に到達したとしても本件は三五年二月一九日になされた残余財産の分配であるからその申告期限である同年二月一八日から五年経過した時を以て無効で消滅したという。しかし、三五年二月一九日当時施行されていた法人税法(昭和二二年法律第二八号)二二条の二、一項によれば清算中の法人の各事業年度の所得申告は当該事業年度終了の日から二箇月以内に申告しなければならないとあり、その方式、趣旨により成立の認められる甲三〇号証の一によれば滞納会社の事業年度は一月一日に始まり一二月三一日に終ることが認められるので、三五年二月一九日に行われた本件取引についての申告は三五年一二月三一日から二ケ月以内になせば足りるので、それから五年以内に行われた前記法人税賦課決定は適法である。又原告援用の最高裁判例が指摘しているように原告に対しては第三債務者である被告らは滞納会社の異議事由を以て原告と争うことはできないのみならず、本件は法律に則つた清算結了と残余財産の分配は未だ行われていないのであるから適法な残余財産の分配が行われたことを前提とする被告らのこの主張は採用できない。

七次に被告らは、原告は前記三の(12)で認定したごとく過去二回にわたり所得税、法人税の決定をなし被告らが異議申立をしたり課税処分の取消訴訟を起すと自ら原決定、原処分を取消し、本訴のような請求をなすことは公権力行使の専権を許し、法律関係の不安定を来し徴税権の濫用だという。

たしかにこの点に関する被告らの主張には傾聴すべきものがあるが本件のごとく武一の作為でその真相の解明、法律適用の難しい事件に於てはかゝることもやむを得なかつたものと考えられ、これを以て徴税権の濫用とみることはできないので被告らのこの点の主張も採用できない。法律により定められた税金の支払を求めるのは当然である。

八前記立倒木代金の分配状況は前記二の争のない事実のとおりであり、武一が受取つた一八八三万二五〇〇円は武一及びその妻弘中ツネが死亡し被告健亮を除く他の被告六名が法定の均分相続したことも当事者間に争がないので一人当りの相続分は三一三万八七五〇円となり、これに被告らが分配を受けた分を加えると、被告らが受けた金員は被告栄一が九六三万八七五〇円(この中に底地代の半額が入つているとしたら七八〇万五〇〇〇円)同正二が六一三万八七五〇円、同勝が六六三万八七五〇円、同辰子、愛子、花枝は各三一三万八七五〇円、同健亮は三五〇万円となり、被告らは右金員を不当利得として滞納会社に返還すべきものといわねばならない。原告が四三年七月三〇日、この返還請求権を差押えで同年八月一五日限りこれが支払いを求めたことは前記のとおりであつて原告の本訴請求は理由がある。

九以上のごとく原告の本訴請求は理由があるのでこれと異る原判決を取消し被告栄一に六〇〇万円、同勝、同正二に各五二五万円づつ、同辰子、同愛子、同花枝に各二五〇万円づつ、同健亮に三〇〇万円及びこれらに対する原告が被告にこの支払を求めた期限である四三年八月一五日の翌日より完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を命じ、訴訟費用の負担につき民訴法八九条九六条を適用して主文のとおり判決する。

(前田寛郎 菊地博 中川敏男)

<別紙計算書省略>

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