大判例

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大阪高等裁判所 昭和47年(行コ)28号 判決 1974年11月21日

西宮市松ヶ丘一五番地

控訴人

安藤貞子

同所同番地

控訴人

安藤敏弘

同所同番地

控訴人

安藤八重子

大阪市東区京橋二丁目一五番地

控訴人

安藤正勝

西宮市久出ヶ谷町一〇二番地

控訴人

大越登美子

右控訴人ら五名訴訟代理人弁護士

小倉武雄

青野正勝

山崎吉恭

久保田徹

安田健介

西宮市江上町二六番地

被控訴人

西宮税務署長

惣川豊

右指定代理人

細井淳久

鬼束美彦

中谷透

三上耕一

右当事者間の所得税更正処分等取消請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

訴訟人ら代理人は、「原判決を取消す。被控訴人が昭和四一年一二月二四日付でした控訴人らの被相続人安藤正夫に対する昭和三九年度分の所得税を金一、六四三万〇、三六〇円とする更正処分のうち所得税金一、一四四万八、五〇〇円を超える部分及び過少申告加算税金三一万三、四〇〇円の賦課決定処分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠の関係は次に付加するほかは、原判決記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴人らの主張

一、納税者が租税特別措置法(以下措置法という。)三八条の六(昭和四〇年法三二号による改正前のもの、以下同じ)の適用を受けるにつき、確定申告書に譲渡資産、買換資産の記載をしなかつた場合、買換財産をすでに取得しているときには、その記載をしなかつたことにつきやむを得ない事由の有無にかかわらず、更正処分を受けるまで修正申告ができるものと解すべきである。やむを得ない事由のない限り修正申告ができないとすれば、坐して更正処分を待たなければならない酷な結果となる。従つて、本件においては控訴人が被控訴人に提出した嘆願書を修正申告書に代わるものと取扱うべきである。

二、公務員は国民全体の「奉仕者」でなければならない(憲法一五条二項、国家公務員法九六条)。なかんずく税務職員は、国民が何ら対価を与えられることなく一方的に納税義務を負担し、右納税義務を自己申告して履行しなければならないが、税法規定の理解が困難であることに鑑み、納税者が誤りなく納税申告をなし、あるいは所定の必要書類を提出することができるよう適切な指導助言等の「奉仕」をすることが不可欠の職務内容となつている。従つて、税務職員が納税者に何ら適切な指導助言の奉仕をしないまま、行政庁が不意打に納税者に行政処分を行うことは違法であるというべきであり、かつ行政庁は納税者が税法規定を遵守できないことを非難できず、納税者は税務職員の不完全な行為のため不利益を受けてはならないものである。被控訴人の安藤正夫に対する控訴人らの主張の更正処分(以下本件更正処分という。)は税務職員の右奉仕を欠いた不意打の違法処分である。すなわち、(イ)正夫は昭和三九年秋以来昭和三八年度分の譲渡所得、買換資産につき税務職員に調査方を依頼していたのに昭和四一年まで放置していたもので、税務職員が直ちに右依頼に応じていれば、正夫は昭和三九年度分確定申告書に記載もれがあることを発見したはずである。(ロ)税務職員は正夫の昭和三八年度分の譲渡価額を借地権相当分を控除した一億四千万円であることを認めながら、買換資産の特定について何らの助言も与えず放置したもので、買換資産の特定を嘆願書提出の際に不完全にしかなし得なかつた。(ハ)税務職員は正夫が昭和三八年度分の譲渡所得について昭和三九年秋以来調査を依頼している態度からみて、正夫が脱税を意図するはずがなく、正しい納税をしようとしていたことを容易に知り得たのに、本件更正処分をするまで一度も正夫に修正申告をするよう指導・助言・勧告等をしたことがない。(ニ)正夫は昭和四一年一一月一〇日被控訴人に嘆願書を提出したが、被控訴人は措置法三八条の六の適用を受けるための所定の書類としての形式、内容に欠けるところは指導・助言をし補正させるべきであるのにこれをせず、嘆願書を無視した。以上のとおりであるから、本件更正処分は違法として取消すべきであり、嘆願書は措置法三八条の六の適用を受けるための所定の書類として取扱うべきである。

三、仮りに右嘆願書が措置法三八条の六第四項所定の書類としての内容に欠けるとしても、正夫の本件更正処分に対する異議申立、大阪国税局長に対する審査請求、本件訴訟を通じて、その瑕疵は治癒されたものである。

被控訴人の主張

一、措置法三八条の六第四項後段、三八条の三第三項ただし書所定の「やむを得ない事情」の認定は、税務署長の広範かつ柔軟な裁量に委ねられているものと解すべきである。税務行政における大量処理の迅速と確実という要請の中において、措置法三八条の六第一項の適用による例外的な利益を受けようとする者の意思表示は、特に直截かつ明確であることが必要であり、同条四項前段は確定申告書等の記載の有無によつて、同条一項の適用・不適用を一律に決定しようとするものである。しかし、確定申告書等に記載がないことにつき社会概念上宥恕すべき場合がありうるので、同条四項後段、三八条の三第三項ただし書は税務署長がその個別的具体的事情を考慮しうることをその権限としたものである。そして、確定申告書等に記載がない場合にも、なお三八条の六第一項を適用することは、その適用を受ける者により一層の例外的な利益を付与するものであるから、結局税務行政処理の迅速と確実の要請を害しない限度において、右条項の適用を認めれば足り、そのためには税務署長の広範かつ柔軟な裁量権が必要である。従つて、「やむを得ない事情」の認定は税務署長がその裁量権の範囲を著しく逸脱して権限を濫用したと認められるものでない限り違法とはならない。

二、修正申告は、納税申告書に記載した税額に不足額があるとき等税額を増加修正するためになすものである(国税通則法一九条)から、正夫のように税額を軽減しようとする場合には全く無意味のものである。控訴人らは正夫提出の嘆願書が修正申告書に代わりうると主張するが、措置法三八条の六第四項前段所定の「確定申告書等」は同法二条一項七号で定義され、修正申告書はそれに含まれず、嘆願書はその何れにも該当しない。

証拠

控訴人ら代理人は、当審証人尾本尚三の証言を援用した。

理由

一、当裁判所は控訴人らの本訴請求を理由がないと判断するものであるが、その理由は次に付加するほかは、原判決理由記載のとおり(ただし、原判決一二枚目表四行目の「一四〇〇万円」の次に「」」を加え、同末行の「作成されたこと。」」の「。」」を削る。)であるから、これを引用する。

(一)  原判決一三枚目表三行目の「証人」の前に「原審及び当審」を加え、同五行目の「窺われる。」を「窺われ、」と改め、その次に「同証人は、右の事態にあつたため正夫は本件不動産譲渡の事実を失念していたものである旨証言するが」を加え、同一三枚目裏六行目の「認められるので、」を「認められ、」と改め、その後に「正夫が譲渡価額三、〇〇〇万円、譲渡所得八五三万二、四四五円にも及ぶ本件不動産譲渡の事実を失念したことは、正夫に前記の事情があつたにしてもにわかに首肯し難く、」を加える。

(二)  控訴人らは措置法三八条の六の適用につき確定申告書に譲渡資産、買換資産等の記載をしなかつた場合にも修正申告ができ、かつ正夫が被控訴人に提出した嘆願書を修正申告に代わるものとして取扱うべきである旨主張するので判断するに、修正申告は納付すべき税額を増加させる等国税債務の増加等をきたす結果となる場合に認められるものであつて(国税通則法一九条)、控訴人らが主張する措置法三八条の六の適用を受けるための修正申告は、納付すべき税額を減少させるものであるから修正申告を認める余地はない。控訴人らの右主張を採用しない。

(三)  更に、控訴人らは、税務職員は納税者に対し指導・助言等の奉仕をする義務があり、被控訴人の本件更正処分は右奉仕を欠いた違法な処分である旨主張する。公務員が国民全体の奉仕者でなければならないことは憲法一五条二項、国家公務法九六条に明定するところであるが、憲法一五条二項は公務員が国民全体の奉仕者として公共の利益に奉仕すべき地位にあること、国家公務法九六条は公務員がその職務の遂行に際しては国民全体の奉仕者として公共の利益を旨とすべきことの一般的な服務態度を定めたものであつて、国民に対する無限の奉仕を求めるものと解すべきではない。これを本件についてみるに、正夫の昭和三九年度の確定申告について、譲渡資産、買換資産の内訳は税務職員の調査をまつまでもなく、納税者本人たる正夫がもつともよく知悉しているものというべく、また買換資産の特定も納税者たる正夫が任意に決すべきものであるから、確定申告の記載は正夫に責任があり、その記載もれ、あるいは買換資産の特定ができなかつたことを税務職員の責に帰せしめることは不当というほかはない。更に、修正申告は税務職員からの勧告がなくても、納税者が進んですべきものであつて、正夫が昭和三九年度の確定申告に譲渡所得の記載がなされていなかつたことを本件更正処分前に知つていたことは控訴人らの自認するところであるから、修正申告をしたかつたことを税務職員の責に帰することはできないというべきである。嘆願書の形式・内容の不備については、仮に嘆願書が措置法三八条の六の適用を受けるための形式・内容を備えていたとしても、正夫は確定申告書に譲渡資産、買換資産の記載をしなかつたのであるから、その記載をしなかつたことについてやむを得ない事情があると認められない限り、同条の適用を受けられず、正夫について右やむを得ない事情があると認められないことは前記付加・訂正して引用に係る原判決認定(原判決一二枚目裏末行から一三枚目表七行目まで)のとおりであるから、税務職員が嘆願書の形式・内容について指導・助言をしなかつたことと本件更正処分の適否とは何ら関係がないというべきである。要するに、控訴人らの右主張は、正夫が自己の責任において措置法三八条の六所定の手続を履践しなかつたことの結果を税務職員の責に帰せしめようとするに外ならず、税務職員に本件更正処分を違法ならしめる行為があつたことを認める資料はない。控訴人らの右主張を採用しない。

(四)  なお、控訴人らは、嘆願書の瑕疵は本件更正処分に対する異議申立、審査請求、本件訴訟を通じ治癒された旨主張するけれども、これらの手続によつて瑕疵が治癒されると解する根拠はない。

二、よつて、右と同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 阪井昱朗 裁判官 宮地英雄 裁判長裁判官山内敏彦は転任のため署名捺印することができない。裁判官 阪井昱朗)

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