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大阪高等裁判所 昭和48年(う)1159号 判決 1973年12月20日

控訴人・弁護人 中谷鉄也

被告人 竹内進

検察官 樫原義夫

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人中谷鉄也作成の控訴趣意書に記載のとおりであり(但し、同趣意書三枚目裏二行目の刑法第一七六条の第一項、第二項とあるは、第一七六条前段、後段の誤記と認められる。)、これに対する答弁は、検察官樫原義夫作成の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意一について

論旨は、要するに、原判決は判示第二において一六歳の女子に対するわいせつ行為の事実を認定し、これにつき和歌山県少年保護条例(以下、単に「本条例」という。)一五条三項、一〇条一項を適用して、被告人を罰金一万円に処したが、本条例一五条三項、一〇条一項は国の法律である刑法が規制している事項についてこれと同一の目的でその範囲を越え刑法よりも強い態様の規制を定めたものであり、憲法九四条、地方自治法一四条一項、二条二項に違反し無効であるから、右条例の条項を適用した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤がある、というのである。

よつて案ずるに、普通地方公共団体は、国の法律のみならず広く法令に違反しない限り、普通地方公共団体の事務に関し条例を制定することができることは、憲法九四条、地方自治法一四条一項により明らかであり、そして普通地方公共団体の事務にはその固有の事務のほか委任事務、行政事務があつて、国の事務に属しないものであることも地方自治法一四条一項、二条二項によりまた明らかなところである。ところで、本件において問題とされている和歌山県少年保護条例一〇条一項、一五条三項においてその対象としているのは、後記の如く少年に対するいん行またはわいせつ行為の禁止であつて、これは右事務のうち住民及び滞在者の安全、健康及び福祉を保持すること(地方自治法二条三項一号)、風俗を汚す行為の制限その他風俗のじゆん化に関する事項を処理すること(同項七号)、未成年者を救助し、援護し、または更生させること(同項九号)等の普通地方公共団体のいわゆる行政事務に属する事項であつて、専ら国の事務に属する事項を対象としていないものと解せられる。

そこで、右条例の規定が法令、なかんずく所論の刑法一七六条ないし一七八条に違反するものであるか否かについて検討するに、普通公共団体が制定することができる条例は、前述のように「法令に違反しない」ものであることを要するから、もし条例の条項が国の法令の条項と積極的に矛盾抵触する場合は、固よりその条例は法令に違反するものとして無効のものであることはいうまでもないけれども、条例と法令との規定の対象が同一もしくは類似(類似しているが、法令の規制の対象としていない場合を含む)。するものであつても、その規定の設けられた趣旨ないし目的が異なる場合には、当該条例は法令の条項と矛盾抵触するものとはいえず、これに違反しないものと解するのが相当である。これを本件条例についてみるに、その一〇条一項には「何人も少年に対しいん行又はわいせつ行為をしてはならない」旨規定し、その一五条三項において右禁止に違反した者に対して三万円以下の罰金に処すべき旨を規定しているのであるが、右にいう「いん行」又は「わいせつ行為」は刑法一七六条前段及び一七八条に規定する暴行、脅迫、心神喪失または抗拒不能等を伴わないものであつて、健全な常識を有する一般社会人からみて結婚を前提としない単に欲望を満たすことのためにのみ行なう性行為(いん行)、または、いたずらに性欲を刺激興奮せしめたり、その露骨な表現によつて健全な常識を有する一般社会人に対し性的な羞恥嫌悪の情を起こさせる行為(わいせつ行為)をいうものと解せられるところ、右条例の規定は、一三歳以上の少年に関する限り、刑法一七六条前段、一七七条前段、一七八条の規定が対象とする暴行、脅迫、心神喪失、抗拒不能等を伴う強制わいせつ行為または強姦行為と類似する行為を対象とするが、暴行、脅迫等を伴わないため刑法上犯罪とされない行為を禁止し、その違反者に刑罰を科するものであり、また、小学校就学の始期以上一三歳未満の少年に関する限り、刑法一七六条後段、一七七条後段の規定が対象とするわいせつ行為または姦淫行為と同一の行為を対象とし、その処罰については刑法上それが親告罪とされているのに非親告罪とするものであることは明らかである。しかし、刑法一七六条ないし一七八条の強姦罪または強制わいせつ罪の規定は、風俗犯としての面をもつとともに一八歳未満の少年に対するこれら行為を処罰することによつて間接的には右少年の保護が計られることも否定しがたいところであるけれども、むしろ、直接的には主として個人の一種の人格的自由としての性的自由を保護法益とするのに対し、本条例が少年に対するいん行またはわいせつ行為を禁止するのは、その一条の規定からも明らかな如く、少年は心身が未成熟であるため反倫理的な行動経験による衝撃や影響を受けることが多く、またこれらからたやすく回復しがたいなどの点で成人に比してきわめて特徴的であるので、そのような少年の情操を害するおそれのある行為から少年を保護し、少年の健全な保護育成を図ることを目的とするものであるから、両者はその趣旨ないし目的を異にするものというべく、したがつて、本条例一〇条一項、一五条三項が刑法に反するといいえないのはもとより、右刑法の各条項が本条例の右条項所定の事項につき地方自治法一四条五項にいう法令に特別の定があるものにも該当しないというべきである。所論は刑法一七六条後段においては一三歳未満の男女に対するわいせつ行為はこれを親告罪としているのに、本条例の少年に対するわいせつ行為についてはこれを非親告罪としているのは、かえつて条例に刑法よりも強い態様の規制を認めたものであり、告訴なきが故に強制わいせつ罪を適用せずに、条例を適用してこれにかえるという不合理な結果を招くというのである。なるほど、強制わいせつ罪を親告罪とした立法趣旨は、告訴なくして事件を訴追することによつて、被害者の名誉を傷つけるおそれがあるので、訴追するかどうかを被害者あるいはその法定代理人の意思にかからしめたものであると解されるから、個人の性的自由を保護法益とする限り、刑法が強制わいせつ罪につき告訴を要件としたことは首肯されるのであるが、前記の如く、本条例は、刑法の強制わいせつ罪の規定とその趣旨目的を異にし、少年の保護育成を図ることを目的とするものであるから、その処罰につき告訴を要件としないものとすることにも十分首肯し得る理由があり、そうすることによつて、刑法の強制わいせつ罪に対する処罰との間に所論のような不権衡が生じても、またやむを得ないところというべく、右所論は採用しがたい(なお、かりに少年保護条例において少年に対するいん行またはわいせつ行為の処罰につき告訴を要する旨の規定が設けられても、それは、普通地方公共団体の議会が住民の意思に基づいて規定を設けたものとして尊重されるべきであり、これがために少年保護条例の趣旨ないし目的に変更が加えられ、専ら個人の性的自由を保護法益とすることとなつたものと解すべきではない。)。

してみると、本条例一〇条一項、一五条三項は憲法九四条、地方自治法一四条一項、二条二項に違反しないものといわなければならない。原判決がその判示第二の事実につき本条例の右条項を適用処断したのは正当であつて、原判決には所論のような法令適用の誤はない。論旨は理由がない。(なお、原判決は、「無理に接吻したり乳にさわる等して」と判示するが、記録を検討しても、判示わいせつ行為は刑法にいう暴行、脅迫または相手方の心神喪失ないし抗拒不能を伴なう趣旨のものではないと認められる。)

控訴趣意二について

論旨は、被告人に対する原判決の量刑不当を主張するのであるが、所論にかんがみ記録を精査し、本件各犯行の動機、態様、ことに、窃盗の回数は二五回に及び、その被害額は必ずしも少なくはなく、窃取金員の大半は競輪、パチンコ等に費消していること、及び被告人の非行歴、同種窃盗の累犯前科があること、その他諸般の事情を考慮すると、犯情は軽視しがたく、所論の点を参酌しても、原判決の刑は重過ぎるとは考えられないから、論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 瓦谷末雄 裁判官 尾鼻輝次 裁判官 小河巌)

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