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大阪高等裁判所 昭和48年(う)318号 判決 1973年7月09日

被告人 河合政文

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮六月に処する。

原審の訴訟費用は被告人の負担とする。

本件公訴事実中、道路交通法七二条一項前段違反の点につき、被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人山本健三作成の控訴趣意書およびその補充書に記載されているとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意中、理由不備又は理由のくいちがいの主張についての論旨は、要するに、原判示第二の一の事実につき、(1)、原判決は、右事実を認定した理由中においては、被告人が被害者を救護するため原判示和田病院に赴いた事実を認定しながら、罪となるべき事実中においては、被告人が被害者の救護措置を講じなかつた旨の事実を認定しているから、原判決にはこの点につき理由の不備ないしくいちがいの違法が存するものというべく、(2)、仮に、原判決は、被告人が和田病院に赴いた後、被告人運転の自動車(以下事故車と称略する)のところに戻り、被害者がいないことを確かめてその場を立ち去つた所為を救護義務違反の実行々為として認定しているとしても、司法警察員作成の捜査復命書によれば、被告人が事故車のところに戻つた時点では被害者は既に消防署員に救護されていたものと認められるから、その時点では被告人の救護義務は消滅していた筈であり、そうすると、原判決は一体被告人のどの時点におけるどの行為を救護義務違反に該当する事実と認定したのか不明といわざるを得ないから、原判決にはこの点につき理由不備の違法が存するものといわざるを得ないのみならず、(3)、原判決は、本件証拠上被害者の負傷の程度についての被告人の認識の有無が明らかでないのに、この点についての判断を示さないまま被告人に対する救護義務違反の事実を認定しているから、原判決にはこの点についても理由不備の違法があるというのである。

そこで、先ず、右(1)の論旨につき検討するのに、原判決の原判示第二の罪を認めた理由および量刑理由を通読すれば、なるほど、原判決は、被告人が被害者を救護するために和田病院に赴いた事実を認定しているものと解されるが、他方、原判決は、被告人の被害者に対する救護義務が和田病院に赴いたことのみによつて尽くされたものとは認定しておらず、むしろ、原判決は、被告人が和田病院から事故車のところに戻つた後現場を立ち去つた点を被告人の救護義務違反行為として認定しているものと解されるから、原判決には所論のような理由の不備ないしくいちがいは存しないものといわなければならない。従つて、右(1)の論旨は理由がない。次に、右(2)の論旨につき検討するのに、原判決は、被告人が和田病院から事故車のところに戻つた後現場を立ち去つた点を救護義務違反行為として認定しているものと解されることは前叙のとおりであるから、原判決が被告人のどの時点におけるどの行為を救護義務違反行為として認定しているのか不明であるとはいえないのみならず、所論指摘の司法警察員作成の捜査復命書は原判決の挙示していない証拠であるから、右復命書によれば被告人が和田病院から事故車のところに戻つた時点においては被害者は消防署員により既に救護されていたものと認められ、従つて、その時点においては被告人の救護義務は消滅している旨の所論は、原判決の事実誤認を論難する主張としてならともかく、原判決に理由の不備ないしくいちがいが存する旨の主張としては失当である。従つて、右(2)の論旨も理由がない。最後に、右(3)の論旨につき検討するのに、原判決が被告人の救護義務違反の事実を認定している以上、原判決は、被害者の程度が救護を要する程度であつたことを被告人が認識していたことをも黙示的に認定しているものと解するのが相当であり、原判決がこの点を明示的に認定していないからといつて原判決に所論のような理由不備の違法が存するとはいえない。従つて右(3)の論旨も理由がない。

しかし、職権をもつて調査するのに、被告人の本件事故後の行動などについては、これを立証し得る客観的証拠がないうえに、被告人の記憶も十分でないので、この点の認定は結局不十分な記憶に基づく被告人の供述に頼らざるを得ないところ、被告人の検察官に対する供述調書、司法警察員作成の捜査復命書および司法警察員作成の昭和四七年一月一八日付実況見分調書を総合すると、被告人は、事故車が原判示鉄柱に衝突して停車した際漸く目をさまして事故車から降り、暫らく道路に寝ころんでいた後、救助を求めるため近くの和田病院に赴き戸を叩いたが誰も出て来なかつたこと、被告人は、その後何処かで寝ていた後事故車のところに戻つてみると、被害者は岸和田消防署員によつて岸和田市加守町の津田診療所に搬送された後で、事故車の中に被害者の姿が見当たらず、又、事故車は岸和田消防署からの連絡により本件事故を知つて現場に急行した司法警察員奥野英史らによつて道路端に片付けられた後であつたこと、そこで、被告人は、被害者が和田病院に行つたものと思い、もう一度和田病院に赴いてベルを押したりシヤツターを半分位開けたりしているうちに、こわくなるし、寒いし、面倒くさくなつたのでそのまま現場を立ち去つたことがそれぞれ推認される。そして、右事実関係によれば、被告人が本件事故現場を立ち去つた時点においては被告人は既に救護措置の対象を失つていたことになるから、その時点においては被告人の被害者に対する救護義務は消滅していたものといわざるを得ないのみならず、それ以前の段階においても、被告人は被害者に対する救護意思を有し、そのために和田病院に赴いたりしているのであつて、被告人は一応被害者に対する救護義務を尽くしていたものと認められる。尤も、被告人は、事故車から降りた際暫らく道路に寝ころび、最初和田病院に赴いた後も何処かで寝ていたようであるが、被告人が当時強度の酩酊と疲労のため眠気を催し、事故直前にも約二〇〇メートルの間居眠り運転をしていたこと、被告人は本件事故により負傷こそしていないが、衝突により身体にかなり強度の衝撃を受けた筈であることなどに徴すると、被告人は、降車後も肉体的苦痛又は眠気のため意思に反して思わず寝ころんだり寝込んだりしたことも考えられないではないから、被告人の被害者に対する救護措置が右のような事情によつて遅れたことをもつて被告人の救護義務違反を根拠づけることは許されない。そうすると、結局、被告人の被害者に対する救護義務の違反は認められないことに帰するし、又、被告人が事故現場を離れた当時は事故車も道路の端に片付けられていて道路における危険防止に必要な措置義務も消滅していたのであるから、被告人に対しては道路交通法七二条一項前段の罪の成立を認めることはできないものといわなければならない。然るに、原判決は、右罪の成立を認め原判示第二の一の事実を認定しているのであるから、原判決にはこの点につき判決に影響をおよぼすことが明らかな事実の誤認が存するものといわなければならない。従つて、原判決は、弁護人の量刑不当を主張する控訴趣意について判断するまでもなく、右罪と併合罪の関係にあるものとして一個の刑をもつて処断されたその余の罪に関する部分を含めその全部については破棄を免れない。

よつて、弁護人の量刑不当を主張する論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所においてさらに判決するのに、原判示第一の事実中、酒酔い運転の点は道路交通法一一七条の二の一号、六五条一項に、業務上過失傷害の点は刑法二一一条前段、昭和四七年法律六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号(刑法六条、一〇条による)にそれぞれ該当するところ、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから刑法五四条一項前段、一〇条により重い業務上過失傷害罪の刑で処断することとし、所定刑中禁錮刑を選択し、原判示第二の二の事実は道路交通法一一九条一項一〇号、七二条一項後段に該当するので所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるので、同法四七条本文、一〇条により重い右業務上過失傷害罪の刑に同法四七条但書の制限に従つて法定の加重をし、その刑期範囲内で処断すべきところ、情状について検討するのに、被告人は極めて多量の飲酒をし、強度の酒酔いのため正常な運転ができないことが明らかであるにも拘らず本件事故車を運転した結果、約二〇〇メートルもの間居眠り運転をして本件事故を惹起したものであり、飲酒の動機については全く酌量の余地はなく、事故車を運転した動機についても、被害者に頼まれて運転したとも認められないから、この点についても酌量の余地はないこと、原判決も説示する如く、被告人の本件酒酔い運転は極めて危険、無謀な行為であり、被告人は被害者個人のみならず公共に対しても責任を負わねばならないこと、被告人の被害者に対する救護義務違反の点は一応否定されたとはいえ、被告人が現場を離れるに際しても離れた後も被害者の安否を確かめていない点は道義的に非難されなければならないのみならず、被告人は警察官に対する事故の報告をも怠つていること、被告人は本件事故後暫らくの間は事故車を運転していたことをかくし、警察官の取調べに対しても当初は事故車運転の事実を否認していたこと、被害者の負傷の程度も重いうえに、示談も成立していないことなど被告人に不利な情状が存する一方、被害者も被告人と一緒に飲酒したうえ事故車に同乗していた点において落度があること、被告人は被害者を全く見捨てて現場を立ち去つたのでなく、被害者を救護するため和田病院に赴いたりしていること、被告人には前科、前歴がないこと、被告人は、本件事故につき深く反省し、被害弁償をするために真面目に働いていることなど被告人に有利な情状も認められるので、これらの諸事情をかれこれ勘案のうえ、被告人を禁錮六月に処し、原審の訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人に負担させることとし、本件公訴事実中、主文掲記の点については前記理由により犯罪の証明がないから、同法三三六条後段により無罪の言渡をすることとし、主文のとおり判決する。

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