大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

大阪高等裁判所 昭和48年(う)613号 判決 1973年12月19日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、大阪地方検察庁検察官検事早川勝夫作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人中本照規、同田宮敏元、同辺見陽一連名作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、要するに、原判決は、被告人は本件各公訴事実を否認しているが、対向犯の川東仙太郎(以下単に川東という)の検察官に対する各供述調書によれば、同人は本件各公訴事実に対応する各金員受供与の事実を自白しており、これには本件各公訴事実を認めるに足る証明力もあるとしながら、本件の場合、川東も被告人の対向犯として起訴され、本件被告事件と併合されたが、同人の病気不出頭により分離され、その後同人は死亡したが、同人が生存しておれば必要的共同正犯として同一訴訟で審理を受けたであろうと思われるところ、同人の犯罪を認めるべき証拠としては同人の自白が存するだけであるから、同人に対しては刑事訴訟法三一九条二項により無罪としなければならなかったと認められるが、対向犯相互間でなされた歴史的客観的事実は、同一訴訟手続で審理され、または審理されうべかりしときは、矛盾なき評価を受けることすなわち合一に確定されなければならないから、川東を有罪と認めることができない以上疑わしきは被告人の利益の鉄則により被告人に不利益に有罪を確定することはできず、本件被告事件は結局犯罪の証明なきに帰するとして無罪を言渡した。しかし、原判決の採る合一確定論は、現行法上これを認めるに足る根拠がなく、法解釈論から逸脱した誤った独自の見解である。すなわち、歴史的客観的な生活の流れの一こまにつき一面から有罪、他面から無罪となるのは、一見矛盾ではあるが、これは自白に補強証拠の存在を要求する刑事訴訟法の証拠法則のもとでは避けることのできない結果であり、一方につき本人の自白のみで有罪とすることができないとの証拠法則と、他方につき本人の自白以外の証明力十分な証拠があれば有罪とすることができるとする実体的真実発見主義との完全なる調和は困難であるから、刑事訴訟法は両者の矛盾はやむを得ないものとして是認しているのである。したがって、本件において被告人が本件各公訴事実を否認していても、川東の検察官に対する各供述調書により証明十分である以上、川東に対する刑責とは別個に、被告人の刑責を論ずることはなんら刑事訴訟法および判例に背馳するものではない。また、右合一確定論は、その適用範囲が同一訴訟手続という偶然性に左右され、合理性がない。すなわち、原判決は、必要的共同正犯の事件といえども、別個の裁判所で訴訟手続が進められ、区々たる判決がなされることはなんら差支えのないことであるとしながら、ただし同一訴訟手続で審理される場合のほか、審理されうべかりしときにも合一確定の必要があるとしているのであるが、同一訴訟手続で審理されるか否かは、起訴の方法、当事者の意思などにより決定されるものであって、人為的な訴訟手続の結果にすぎず、いわば偶然性によるものであり、このような訴訟手続の差異によって合一確定の適用を左右するのは全く非合理的であるといわざるを得ない。よって、原判決が合一確定論によって本件各公訴事実につき犯罪の証明がないとして無罪を言渡したことは法令の解釈適用を誤ったものというべきであり、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。というのである。

そこで、案ずるに、被告人本人にとって、共同審理を受けていると否とにかかわらず共犯者(本件のようないわゆる必要的共犯者を含む)の自白は、本人の自白と同一視し、またはこれに準ずるものではないから、これを唯一の証拠として被告人本人の犯罪事実を認定し有罪とすることは許されると解すべきところ(最高裁判所昭和三三年五月二八日大法廷判決、集一二巻八号一七一八頁および同裁判所昭和四五年四月七日第三小法廷判決、集二四巻四号一二六頁参照)、原判決もこの点については同様の見解に立っている。ところが、原判決は、基本的には右見解に立ちながら、必要的共犯としてなされた歴史的客観的事実は、同一訴訟手続で審理され、または審理されうべかりしときは、矛盾なき評価を受けることすなわち合一に確定される必要があり、一方を有罪とし、他方を無罪とする矛盾した事実認定は許されず、一方につき本人の自白のほかに補強証拠がなく有罪とすることができない場合には、他方についても共犯者の自白のみで有罪とすることはできないとする。しかしながら、当裁判所は、原判決の採る右のような合一確定の理論には賛成することができない。思うに、共犯、特に本件のような必要的共犯の場合に、実体的真実は一つであるという観点から、犯罪事実は合一に確定されることが望ましく、一方が有罪になり他方が無罪になるという矛盾はできるかぎり避けられることが妥当であることはいうまでもない。しかし、犯罪事実が合一に確定されるためには、共同審理がなされ、かつ、同一の証拠による事実認定がなされることが必要不可欠の前提となる。ところが、現行刑事訴訟法は、共犯事件であっても共同審理を必要的とすることあるいは共同審理の場合には同一証拠により事実認定がなされるべきことを要請していないし、また他に事実の合一確定を必要的とする規定も設けていないから、共同審理されなかった場合はもちろん、共同審理された場合でも事実認定に供すべき証拠が異なり一方につき犯罪の証明があり、他方につき犯罪の証明がないという結果を生ずることもやむを得ないこととしていると解さざるを得ない。そして、また、法は共犯事件につき犯罪の成否が合一に確定されなければならないとしているわけでもないから、犯罪の証明があった一方を有罪とし、犯罪の証明がなかった他方を無罪とすべきことは当然であり、この場合に犯罪の証明があった方を無罪としなければならない理由はない。この理は、必要的共犯につき共同審理がなされ、一方の自白が唯一の証拠である場合についてもなんら異なるところはないと解すべきである。この場合、一見共同被告人両名につき事実を認定すべき証拠は同一であるようにみえるが、前記のように共同審理を受けていると否とにかかわらず共犯者の自白と本人の自白とが区別され、その証明力に差異があると解する以上、対向する被告人ごとに考えれば一方にとっては本人の自白であるのに他方にとっては第三者の供述であって、証拠を異にしているとみなければならないのである。したがって、自白した一方については犯罪の証明がないとしなければならないが、他方については犯罪の証明はあるとしなければならず、この場合、犯罪の証明がある方を無罪としなければならない理由はない。これは、確かに不合理な結果ではあるが、共犯者の自白と本人の自白との区別に基づくものであり、右区別を認める以上はやむを得ないものである。原判決は、共犯者の自白と本人の自白の区別を認めながら、そのために生ずる不合理な結果を共同審理がなされる必要的共犯の事件で、かつ、共犯者の自白が唯一の証拠である場合にかぎって犯罪の成否を合一に確定すること、すなわち共犯者両名を共に無罪にすることにより解決しようとするが、前述のように共犯者の自白も本人にとっては第三者の供述であることおよびそれが共同審理を受けていると否とで異ならないことから考えれば、右の場合だけを例外的に認めなければならない根拠はないというべきである。

以上のとおり、原判決が合一確定論によって被告人について本件各公訴事実につきこれを認定すべき共犯者の自白の存在を認めながら犯罪の証明がないとして無罪を言渡したことは法令の解釈を誤ったものというべきであり、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるら、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よって、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書によりさらに次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四四年一二月二七日施行の衆議院議員総選挙に際し、大阪府第二区から立候補した押谷富三の選挙運動者であるが、同候補に当選を得させる目的をもって、

一、同年同月一八日ごろ、大阪市城東区茨田大宮町五六二番地川東仙太郎方において、同候補の選挙運動者である同人に対し、同候補のため投票ならびに投票取りまとめなどの選挙運動をしたことおよび将来も右同様の選挙運動をすることの報酬などとして現金二〇万円を供与し、

二、同月二五日ごろ、同市北区壺屋町二丁目二三番地の押谷富三選挙事務所において、前記川東仙太郎に対し、前同様の趣旨のもとに現金一〇万円を供与し

たものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(法令の適用)

被告人の判示第一および第二の各所為はそれぞれ包括して公職選挙法二二一条一項一号、三号に各該当するが、いずれも所定刑中懲役刑を選択し、以上は併合罪であるから、刑法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役六月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右の刑の執行を猶予することとし、原審における訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人に負担させることとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 戸田勝 裁判官 萩原壽雄 野間洋之助)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例