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大阪高等裁判所 昭和48年(う)700号 判決 1974年7月17日

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金三万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審および当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、検察官早川勝夫作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、被告人の弁護人野村裕、同徳永豪男、同永岡昇司、同松井清志、同杉山彬、共同作成にかかる答弁書ならびに弁論要旨のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、原判決は、本件公訴事実どおり「被告人は、韓国に国籍を有する外国人であつて、昭和四三年二月初頃本邦に入国し、本阪市生野区巽四条町一一〇〇の三番地等に居住していたものであるが、右上陸の日から六〇日以内に所定の外国人登録の申請をしないでその期間をこえ、昭和四七年三月五日まで同所等本邦に居住在留したものである」との事実を認定しながら、外国人の新規登録申請義務を定めた外国人登録法(以下外登法と略称)三条一項は、憲法三八条一項に照らすと、不法入国者には適用されないと解すべきであるとして無罪の言渡をしたが、これは右外登法三条一項の解釈適用を誤まつたもので、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかかであるから、とうてい破棄を免れないというのである。

その理由の骨子とするところは、次のとおりである。

一、原判決は、不法入国者が新規登録の際、外登法ならびに同法施行規則の定めるところの旅券の提出ができず、また、申請書の記載事項を完全に記載できないことが、直ちに不法入国の告白であるとするが、右見解は、皮相な見解であつて誤りである。右態様の申請をなすものがすべて不法入国者であるとはいえず、また不法入国者であつても、いつ、どこに、いかなる方法をもつて、不法入国したかという不法入国罪の構成要件に該当する具体的事実の一部の開示すら要求されていない。旅券の提出を求め、旅券関係事項や上陸した出入国港などが申請事項とされているのは、新規登録申請において最も多い通常の場合を予想して規定しているに過ぎず、不法入国事実の開示の要求ではなく、旅券の提出は、申請の絶対的有効要件とはみなされないのである。このことは、旧外国人登録令時代すでに、最高裁判所昭和三一年一一月二六日大法廷判決が「外国人登録令施行規則二条、別記第一号様式によるも、同令四条一項に規定する登録の申請は、不法入国の犯罪の申告を要求しているものとは認められないから、これが申請義務を課したからといつて、自己の不法入国の罪を供述するのと同一の結果を来たすものということはできない」旨、また福岡高等裁判所昭和三一年八月九日判決が「外国人登録法第三条第一項の規定の要求するところは、あくまでもただ本邦に在留する外国人の居住関係および身分関係を明確ならしめるために必要とされる事項の開示であつて、毫も不法入国の犯罪事実自体の開示ではない」旨、それぞれ判示するところであつて、原判決は前記最高裁判所の判例に反する独自の見解を示したもので、その誤りは明らかである。

二、原判決は、不法入国者が提出することとなる理由書や陳述書の提出が刑罰をもつて強制されていない点を看過し、外登法三条一項の新規登録手続の一環としてこれをとらえ、それを根拠として不法入国者の新規登録申請は、不法入国の事実の申告そのものであるとしているのは、明らかな誤りである。

三、道路交通法七二条一項後段の事故報告義務については、その報告内容が業務上過失致死傷罪の構成要件該当事実の一部となり得ることは明白であるが、刑罰をもつてこれが報告を義務づけても憲法三八条一項に反しないとされている(最高裁判所昭和四五年七月二八日第三小法廷判決)のに比し、不法入国罪の構成要件に該当する事実の一部にすら、申告を義務づけられていない外登法三条一項の新規登録申請義務を、不法入国者に課したからといつて、憲法三八条一項に反しないことは明らかである。

これに対し、被告人の弁護人は答弁として、

一、検察官、新規登録申請の際、外登法ならびに同法施行規則の定めるところの旅券の提出ができず、また申請書の記載事項を完全に記載できないことが直ちに不法入国の告白であるとの見解は皮相の見解であると非難し、右態様の申請をするものがすべて不法入国者でないと主張するが、それは出入国管理令ならびに外登法の非常な無理解のもとに行われた的外れの非難である。

二、検察官は、右態様の申請について「マ不マ法入国罪の構成要件に該当する具体的事実の一部の開示すら要求されていないと主張するが、旅券も提出できず、かつ「旅券番号」「旅券発行年月日」「上陸した出入国港」「上陸許可年月日」「在留資格」「在留期間」の各欄が斜線の引かれた申請書の記載提出が何故に不法入国罪の構成要件に該当する具体的事実の一部の開示すら要求されていないといい得るのか。事実は不法入国罪自体の供述であり、検察官の主張は全く不当であるといわなければならない。

三、つぎに、検察官は理由書や陳述書の提出は強制されていないと主張するが、これは新規登録の実態を無視した暴論で、理由書や陳述書を提出せずして新規登録が受理されないのが実際であつて、検察官の主張は新規登録の実態を無視した暴論である。

四、不法入国者に外登法三条一項の新規登録申請義務ありとすれば、この者は登録申請をしないことによつて不申請の刑罰を科せられるか、申請することにより不法入国罪の刑罰を科せられ、そのうえに、退去強制を受けるという進退両難の立場に立たされ、義務ありとしても、やはり申請しない途を選択するであろう。その結果は凡そ、憲法第三八条第一項の許容するところではなく、そこまで黙秘権を侵害してまで保護すべき国家的また公共的利益も考えられない。この点も、原判決が正しく指摘するところで、検察官の控訴は理由がなく、棄却が相当であると主張する。

そこで、一件記録を精査し、当審における事実取調べの結果に徴し、原判決の当否を検討することにする。

まず、弁護人は、不法入国者が外登法三条一項に従つてなす新規登録申請そのものは不法入国事実の告白とならざるを得ず、その結果、登録申請をすることによつて不法入国者は出入国管理令によつて不法入国の罪で処罰され、また、行政上強制退去の処分を受ける二重の不利益にさらされる、これは憲法三八条一項の自己負罪拒否(黙秘権)の基本的人権に反するので、外登法三条一項は不法入国者に適用されないと主張するのであるが、当裁判所は、外登法三条一項が憲法三八条一項に違反しないとする従来の最高裁判所の判決を支持するものであり、その理由とするところはおよそ次のとおりである。

(一)  憲法三八条一項は、何人も自己が刑事上の責任を問われるおそれのある事項について、供述を強要されないことを保障したものと解すべきである。(最高裁大法廷判決、昭和三二年二月二〇日、最高裁第一小法廷判決、昭和三五年八月四日、最高裁大法廷判決昭和四七年一一月二二日)、

(二)  外登法一八条の規定する同法三条の申請義務違反に対する罰則は、同法三条所定の申請を外国人に対して強制する作用を伴なうものであるが、同法三条所定の登録申請は、もつぱら外国人の居住関係、身分関係を把握するために必要な資料を収集することを目的とする手続であつて、その性質上、刑事責任の追及を目的とする手続ではない。

外登法三条一項の新規登録申請に際しては、申請書、旅券および写真を提出しなければならず、同登録申請の記載事項は、同法施行規則二条(別紙第一号様式)に定められているとおり申請者の「氏名」「性別」「生年月日」「国籍」「出生地」「居住地」「職業」「世帯主」等のほかに「旅券番号」「旅券発行年月日」「上陸した出入国港」「上陸許可年月日」「在留資格」「在留期間」等に及んでおり、ここに「上陸した出入国港」「上陸許可年月日」「在留資格」「在留期間」は、いずれも出入国管理令に定めるそれをいい同令の「出入国港」とは、外国人が出入国すべき港又は飛行場で法務省令が定めるものをいうとされ(同令二条八号)、外国人が本邦に上陸する際には旅券を所持していなければならず、入国審査官による審査を受けて上陸の条件に適合していると認定されれば旅券に上陸許可の証印が押捺され、同時に在留資格や在留期間の決定を受け、その旨を旅券に明示されることになつている。かように、外登法三条の新規登録申請は、旅券の提出を前提とし、そこに記載されている内容を申請書に記載するというような記載項目が多いけれども、これは外国人は旅券をもつているのが万国共通の一般の姿であり、かつ、当該外国人の特定、居住、身分関係の把握のためには旅券の提出を求めて行なうのが、もつとも簡便かつ確実であるからに外ならず、通常一般の場合を念頭に入れて規定をもうけることは、立法の方法としてはむしろ当然のことであつて、まれに存する旅券紛失者や不法入国者について格別の規定をもうけなかつたからといつて、これらの者に対し、外登法三条一項の登録申請義務がないとするわけにはいかない。外登法二条二項の規定に照らしてもこれを除外する趣旨とは考えられない。そして、同条の申請義務の範囲は、本邦に在留する外国人の登録を実施することによつて、外国人の居住関係、身分関係を明確ならしめ、もつて在留外国人の公正な管理に資する目的(同法一条)のために必要な事実に限られており、申請義務は外国人の居住、身分関係の把握に向けられており、犯罪行為に向けられているのではない。法の予定する外国人の本邦における居住は無色のものであつて、犯罪的性質を持つものではなく、外登法三条一項の登録申請は不法入国の犯罪の申告を要求しているものとは認められない。

なるほど、右のような法の規定の仕方からして、不法入国した外国人が、外登法三条の新規登録申請をする場合には、旅券が提出できず申請書に旅券関係事項および「上陸した出入国港」「上陸許可年月日」「在留資格」「在留期間」を記入することができないため、これらの項目を空欄(ないしは斜線抹消。以下同じ)にしたままの申請書を出さざるを得ない。しかし、外国人登録申請に際して旅券を提出しなかつたこと、これらの事項につき空欄のままの申請書を提出したことをもつて不法入国罪の告白であり、自認であるということはできない。けだし、自動車運転者は一般に免許を有し、免許証の携帯が義務づけられ、警察官から提示を求められたときは、これを提示しなければならない(道路交通法九五条、一二一条一項九号、一〇号、二項)が、免許証の不提示が無免許であることの告白、自認であるということはできないし、捜査官の取調べに対し黙秘権を行使した黙秘調書が自認、自供調書でないと同じである。そしてまた、行政官庁に質問、検査権を与え、被質問者等にこれに応ずべき義務を課し、場合によつては、これに応じない者に刑罰をもつて臨むという構造の規定は、租税、経済、労働、社会保障、警察等行政法規のあらゆる分野にその例がみられるのであるが(例えば、所得税法二三四条一項、二四二条八号。)質問に対する不答をもつて直ちに質問事項を自認したものとすることができないことも明らかである。

原判決は、旅券が提出できず申請書に旅券関係事項および「上陸した出入国港」「上陸許可年月日」「在留資格」「在留期間」を記入できないこと自体が不法入国の告白であり、実質的にみれば、右申請は、同時に不法入国事実の申告そのものであることが明らかであると判示し、右のような事項について空欄のままの申請書をもつて不法入国の自認書とするけれども、右に述べたところから明らかなように、右説示は明らかに誤まつているといわなければならない。そもそも黙秘権は自己に不利益な事実につき供述が強要されないだけでなく、供述せず沈黙を守つていたとしても、そのことから供述したと同様な判断や推測を導くことも許されないとしなければ意味はないのであるから、原判決の理論は自己矛盾に陥つているといわなければならない。空欄部分は明らかに空白そのものであり、沈黙は沈黙そのものであつて、それ自体としては無色無有意であり、ただ周辺の諸般の事情からそのような態度に出たことをもつて、ある事項を推測させる一要素となることがあるにすぎないのであつて、前記のような記載事項を空欄にしたままの新規登録申請が同時に不法入国の申告そのものであるとするのは独断的見解であつて、到底これを容認することはできない。

(三)、前述のように外登法三条は、不法入国の罪の申告を求めるものではないが、前記規定の定め方からみて、不法入国者は旅券を提出できず、前記のような事項につき空欄にしたままの申請書を提出せざるを得ないことから、市町村長等申請事務扱職員にその理由などを質問され(外登法一五条の二は、申請内容について事実に反することを疑うに足る相当な理由がある場合の質問調査権を認めているが、これに応じない場合の罰則はない)、不法入国ではないかと疑われて、捜査機関に告発(刑事訴訟法二三九条、出入国管理令六三条三項)または入国管理官等に通報(出入国管理令六二条二項、五項)される可能性があることは否定できない。かように不法入国者の外登法三条の新規登録申請が不法入国罪の捜査の端緒となり、ひいては不法入国の事実の発覚とか国外退去強制手続につながる可能性があることが考えられないわけではないが、そうだからといつて、外登法三条の新規登録申請が、実質上、不法入国罪の刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものと認めるべきことにはならない。けだし、前記のとおり、この場合の申請義務の範囲は、外登法一条の目的のために必要な外国人の居住関係および身分関係に関する事項に限られており、不法入国罪等の刑事責任の嫌疑を基準に右の範囲が定められているのではないからである。そして、前述のように旅券を提出することができず、空欄のままの申請書が提出されたからといつて、それをもつて、不法入国罪の自白書の提出とみることはできず、捜査機関はあらためて自ら不法入国罪の成否を解明すべき証拠を収集しなければならず、必要があれば、右申請人を被疑者として取調べることがあろうが、同人はその際の刑事手続において黙秘権を行使し得る事情にあるわけである。

(四)  国家は、内国人たると外国人たるとを問わず、本邦内におけるすべての各個人が、幸福にして文化的な生活を享有しうるよう各種の行政上の責務と権能を有しており、この行政目的を実現するための前提として人的対象たる本邦内にあるすべての人の居住関係、身分関係を把握している必要があるわけであつて、かかる公益上の必要を実現するためには、外国人の居住、身分関係把握のための実効性のある登録申請制度が欠くべからざるものであることは、何人も否定しがたいところである。

今日、何人といえども、旅券その他在留資格を与えられた者のほか、みだりに外国に入国できないのは世界各国共通の制度であり、不法入国者に対する処罰や強制送還の規定を設けて、対策に腐心していることも同様であるが、四面海にかこまれ、世界中で有数の長い海岸線を有する我国の場合不法入国を完全に阻止し得ないことは、実情に照らして明らかであり、在留外国人に合法入国者と不法入国者が混在するに至ることが避けられないのである。

そして、不法入国者が本邦内で通常の社会生活を営む以上、日本国民や合法入国者との間に、社会生活上種々の関係をもたざるを得ないことからいつて、日本国民や合法入国者の社会生活自体に影饗を与えずにはおかない。すなわち、これらの者との間の結婚等新たな身分関係の形成、経済取引関係、伝染病等医療保健衛生関係、犯罪等種々の分野に亘つて、日本国民や合法入国者との間に、不法入国者の居住、身分関係が把握されていないことから生ずる種々の摩擦、不都合を生ずることとなる。そしてまた不法入国者自身が犯罪の被害者になつたり、伝染病に罹患したりする場合や、子女をもうけたり、その教育等を考えると、その居住、身分関係が不明確なまま放置することは、不法入国者自身にとつても不都合を生ずることがあることも明らかである。要するに不法入国者に対して外登法による申請義務を課するのは、法の目的からいつて合理的必要性があり、正当といわざるを得ないし、さうでなければ、合法的入国者が申請義務を負担するのに比し、著しく不公平といわなければならない。

以上、外登法三条に規定する新規登録申請が、もつぱら外国人の居住関係、身分関係を把握するために必要な資料を収集することを目的とする手続であつて、その性質上、刑事責任の追及を目的とする手続ではなく、また、そのための資料の取得、収集に直接結びつく作用を一般的に有するものでもないこと、およびこのような外国人登録制度には公益上の必要性と合理性の存することは前示のとおりである。そして、憲法三八条一項の法意が、何人も自己の刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障したものであると解されるが、右規定による保障は純然たる刑事手続においてばかりではなく、それ以外の手続においても実質上、刑事責任追及のための資料の取得、収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続には、ひとしく及ぶものと解するのを相当とする。(最高裁大法廷判決昭和四七年一一月二二日)しかし、外登法三条の新規登録申請が上述のようなものである以上、右規定そのものが、憲法三八条一項にいう「自己に不利益な供述」を強要するものとすることはできない。

以上の理由により、原判決が、外登法に規定する新規登録申請義務は、憲法三八条一項の規定に照らして、不法入国者に適用されないとして、無罪の言渡をしたのは、法の解釈、適用を誤つたもので、失当といわなければならず、右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。検察官の控訴は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により、原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により、さらに判決することとする。

(罪となるべき事実)

被告人は韓国に国籍を有する外国人であつて、昭和四三年二月初頃本邦に入国し、大阪市生野区巽四条町一一〇〇の三番地等に居住していたものであるが、右上陸の日から六〇日以内に所定の外国人登録の申請をしないでその期間をこえ昭和四七年三月五日まで同所等本邦に居住在留したものである。

(証拠の標目)<略>

(弁護人のその他の主張に対する判断)

一外登法一八条は、憲法一三条、一四条、三一条に各違反すると主張する点については、

憲法は、第三章「国民の権利及び義務」として一〇条以下四〇条の各規定をおいているのであつて、日本国の構成員、所属員としての日本国民を直接の対象としており、外国人には直接の適用はない。ただ、国際政治道義のうえで、外国人にもなるべく自国民と平等の権利、自由を享有せしめるのが憲法の精神に合致するであろうし、そうするのが望ましいことはいうまでもない。そして、本邦内にある外国人について、いかなる権利をどの程度推し及ばせるべきかは、憲法各条の権利の性質によつて判断されねばならぬし、外国人に対して内国人と差異を設け、取り扱いを異にしたり、ある種の制限を法律をもつて定めることは憲法の禁ずるところではなく、外登法一八条が、日本国民についての住民基本台帳法及び戸籍法の届出義務に対する制裁と異なり、一年以下の懲役もしくは禁錮又は三万円以下の罰金(懲役又は禁錮及び罰金を併科することができる)を規定しているからといつて、憲法一三条、一四条、三一条に違反するものではない。

二被告人の外国人登録申請に期待可能性がないと主張する点については、前記のような外登法三条の登録申請の性質、内容、ならびに右申請により不法入国罪発覚の手掛りを与えるおそれがある場合があるとはいえ、外形的に不法入国の事実があつても、その本邦に入った動機、いきさつ、目的、態様、入国後の時間的経過等諸般の状況によつて犯罪の成否、訴追の有無等がきまるわけであつて、適法に旅券を入手して本邦に入国したものではない場合にあつてもすべて不法入国罪として訴追され、有罪とされるわけではないこと、当審において取調べた証人竹平光明の証言、出入国管理統計年表によれば、特別在留許可制度もかなり弾力的に運用されていて、不法入国者の入国目的、家族関係、日本との密接度等諸般の事情を綜合して許否が決せられている実情にあることを参酌すると、本件外登法三条一項の申請が被告人に対し全く期待不可能なものであつたとまでは認められない。なるほど被告人の心情として、右申請をすれば、自己の不法入国が発覚し、ひいては強制送還されるのではないかというおそれから右申請に出ることが困難な心理状態にあつて、自ら申請行為に出ることが困難であつたとしても、それは量刑事情の一として斟酌されるべき事情にすぎないのであつて、所論は理由がない。

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人の判示所為は、外国人登録法三条一項、一八条一項一号に該当するところ、所定刑中罰金刑を選択し、その罰金額の範囲内で、被告人を罰金三万円に処し、刑法一八条により、右罰金を完納することができないときは金一〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置することとし、刑事訴訟法一八一条一項本文により、原審および当審における訴訟費用はこれを被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(本間末吉 西田篤行 朝岡智幸)

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