大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

大阪高等裁判所 昭和48年(う)984号 判決 1974年2月07日

被告人 坂本サキ子 外一名

主文

原判決を破棄する。

被告人両名を懲役一年六月に各処する。

被告人坂本サキ子に対し、原審における未決勾留日数中二〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人坂本サキ子については弁護人山崎薫作成の控訴趣意書(但し、控訴趣意第二点の論旨は、原判決が原判示第一、第二の罪を包括一罪としているが、共謀による犯行と単独犯とを包括して一罪とすることはできないから、原判決にはこの点に法令適用の誤りがある、との主張も含むものである旨釈明)被告人坂本清については弁護人嘉根博正作成の控訴趣意書各記載のとおりであるから、これらを引用する。

第一被告人坂本サキ子の控訴趣意中第一、第二点に対する判断

一  事実誤認の論旨について

所論主張の要旨は、被告人サキ子の原判示第二の所為は相被告人清との共同正犯であること証拠上明らかであるのに、原判決がこれを被告人サキ子の単独犯と認定したのは、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認である、というのである。

よつて按ずるに、他人と共謀して犯罪を実行したとの事実は、共犯における「罪となるべき事実」に外ならないから、他人と共謀して犯した犯行を単独犯と誤認することは、控訴理由としての事実誤認に該当するが、被告人が構成要件にあたる行為の全部を一人で行つた場合は、右誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえないと解するのが相当である。けだし、特定の犯罪を行うため、共同意思の下に一体となつて互に他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議を為した者は、直接実行々為を担当せず又はその一部を担当したにすぎないときでも、他人の行為をいわば自己の手段として犯罪を行つたという意味において、共同正犯として当該犯罪行為に対する全部の責任を負うべきものであり、このような場合は単独犯とその行為形態を異にし、構成要件的評価も異なるといい得るが、他人との間に右の如き謀議を廻らした事実があつても、被告人が当該犯罪の構成要件にあたる行為の全部を一人で行つたときは、構成要件的評価の面において単独犯と異なるところがないからである。しかるところ、原判決挙示の証拠によれば、被告人サキ子は相被告人清の歓心を得るため、相被告人清と共同意思の下に一体となり、被告人サキ子においてその地位を利用し、全国金属産業労働組合同盟のため業務上保管中の現金を擅に着服してこれを相被告人清の競艇の資金に供することを謀議し、被告人サキ子はこの謀議に基いて原判示第二の犯行に及んだことが認められるから、被告人サキ子の原判示第二の所為は相被告人清との共同正犯であるということができるが、被告人サキ子は右犯罪の構成要件にあたる行為の全部を一人で行つた事実もまた明らかである。従つて原判決が原判示第二の所為を被告人サキ子の単独犯と認定したのは誤認であるが、被告人サキ子が右犯罪の構成要件にあたる行為の全部を一人で行つている以上、右誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえない。よつてこの点の誤認を理由に原判決の破棄を求める論旨は理由がない。

二  法令適用の誤りの論旨について

所論主張の要旨は、原判決は原判示第一、第二の罪を包括一罪としているが、共謀による犯行と単独の犯行とを包括して一罪とすることはできないから、原判決にはこの点に法令の適用を誤つた違法がある、というのである。

しかしながら、共同正犯と単独犯とを包括して一罪とすることはできないとし、これを理由に包括一罪として処断した原判決の破棄を求める所論の主張は、両罪は併合罪であるというに帰着し結局被告人の不利益となるから、このような主張は被告人のための控訴理由としては許されないものであるが、所論に鑑み、職権をもつて調査するに、原判決の認定したところによれば、原判示第一の罪は、被告人サキ子は相被告人清と共謀のうえ、昭和四五年八月二五日頃から昭和四六年八月三日頃までの間、前後六四回に亘り、被告人サキ子において全国金属産業労働組合同盟のため業務上保管中の現金合計一九、一九五、〇〇〇円を、擅に、競艇の資金に費消するためこれを相被告人清に交付して着服横領した、というのであり、原判示第二の罪は、被告人サキ子は、昭和四六年八月三日頃、全国金属産業労働組合同盟のため業務上保管中の現金一、五〇〇、〇〇〇円を、擅に、自己の用途に費消するため着服横領した、というのであつて、原判決は被告人サキ子の右第一の犯行と第二の犯行との間に犯意の継続があつたと認め、両者を包括して業務上横領の一罪に問擬したものである。ところで包括一罪の要件としての犯意の継続とは、各個の行為が当初においてすべて予定されていることを意味するのではなく、まず一個の行為を遂行したのちにおいて、当初の犯意の一部が継続中、新たに同種の犯行を決意し、その実行々為に及んだ場合を包含するものであり、また横領罪の犯意は、自己の支配内にある他人の財物を処分する認識があれば足りるのであるから、その処分の態様、使途に相違があつても、両者間になお犯意の継続を認めることは可能であると解すべきであるから、被告人サキ子が相被告人清と共謀して原判示第一の犯行を遂行したのち、単独で原判示第二の犯行に及んだとしても、この一事をもつて犯意の継続がないと断定すべきものではなく、また原判示第一の犯行は、被告人サキ子が業務上保管中の金員を擅に競艇の資金に費消するため相被告人清に交付して着服横領したものであり、同第二の犯行は被告人サキ子が業務上保管中の金員を擅に自己の用途に費消する目的で着服横領したものであつて、処分の態様、使途に相違はあるが、この程度の相違は犯意の継続を認定する妨げとなるとは考えられず、他に両者の間に犯意の継続が中断されたと認むべき特段の事情も記録上発見することができないから、原判示第一の罪と同第二の罪とを包括して業務上横領の一罪に問擬した原判決には包括一罪の観念の解釈を誤つた違法はない。

三  訴訟手続の法令違反の論旨について

所論主張の要旨は、被告人サキ子の原判示第二の所為は相被告人清との共同正犯であるから、原裁判所としては訴因、罰条を変更してこれを相被告人清との共同正犯と認定処断すべきであつたのに、訴因、罰条の変更を命ずることなく、起訴状記載の訴因、罰条をそのまま容認して被告人サキ子の単独犯と認定処断したのは、訴訟手続の法令違反である、というのである。

よつて按ずるに、記録によれば、被告人サキ子に対する昭和四六年一一月二六日付起訴状記載の公訴事実の要旨は、被告人サキ子が昭和四六年八月三日頃全国金属産業労働組合同盟のため業務上保管中の現金一、五〇〇、〇〇〇円を擅に着服横領したというのであり、原判決は原判示第二において右公訴事実をそのまま容認し、これを被告人サキ子の単独犯と認定したことは明らかである。一方、証拠によれば、所論のとおり、被告人サキ子の原判示第二の所為は相被告人清との共同正犯であると認められること前述のとおりである。しかしながら本件は単独犯として起訴されたものを単独犯と認定した場合であつて、これを共同正犯と認定したものではない。のみならず、たとえ単独犯として起訴されたものが、証拠上共同正犯と認められる場合でも、それによつて被告人に不当な不意打を加え、その防禦権の行使に実質的な不利益を与えるおそれがない限り、訴因、罰条の変更手続を要せず、これを共同正犯と認定することも可能であることは昭和二八年一一月一〇日最高裁判所第三小法廷判決に徴して明らかであり、この判例を不当とする所論の主張は採用できない。しかるところ本件においては原判示第二の所為を被告人サキ子の単独犯ではなく相被告人清との共同正犯であると認定しても、それによつて被告人サキ子に不当な不意打を加え、その防禦権の行使に実質的な不利益を与えるおそれがないことは記録上明白である。従つて単独犯として起訴されているが共同正犯と認定すべきであるとして原判決の事実認定の当否を争うのは格別、単独犯として起訴されたものを共同正犯と認定するには訴因、罰条の変更手続を必要とするとの前提の下に、単独犯として起訴されたものでも証拠上共同正犯と認められる場合は訴因、罰条の変更手続を履践して共同正犯と認定すべきであり、かかる手続を履践しなかつた原裁判所の措置は訴訟手続の法令に違反するとの所論の主張は失当であるといわなければならない。従つてこの点の論旨も理由がない。

第二被告人坂本サキ子の控訴趣意中第三点及び被告人坂本清の控訴趣意に対する判断

論旨は、いずれも量刑不当を主張し、被告人サキ子に対しては刑の執行を猶予されたい、というのである。

よつて、それぞれの所論に鑑み、記録及び当審における事実取調の結果を精査して按ずるに、本件は、被告人サキ子においてその地位を悪用し、営々たる勤労者の信頼を裏切り、その出捐金等を長期に亘つて横領し、被告人清は、分別盛りの年齢に達していながら、被告人サキ子を愛欲のとりことし、被告人サキ子から交付を受けた横領金を競艇の資金として湯水の如く浪費したものであつて、被告人サキ子の横領総額は、被告人清との共謀によるものとして起訴された分と被告人サキ子の単独犯行に係るものとして起訴された分とを合計すれば二〇、六九五、〇〇〇円に達し、被告人清のそれは一九、一九五、〇〇〇円であるが、被告人サキ子の単独犯行によるものとして起訴された横領金一、五〇〇、〇〇〇円もその実質は被告人サキ子と被告人清の共謀による犯行であると認められること前段説示のとおりであり、以上本件犯行の動機、手段、態様、結果、及び共謀の内容、各被告人の役割、横領金の使途等に徴すると、被告人両名の刑責は重いといわざるを得ず、被告人両名に対する原判決の量刑もあながち首肯し得ないわけではないが、更に仔細に検討するに、被告人両名は本件横領金額のうち九、五〇〇、〇〇〇円を被告人清が競艇で得た利得金で本件発覚前すでに返済しているほか、原判決前に七〇〇、〇〇〇円を現金で弁償し、三三〇、〇〇〇円を被害弁償のため供託し、原判決後において二四〇、〇〇〇円を被害弁償のため供託し、三〇、〇〇〇円を現金で被害者に送付(但し、返戻された場合は供託するものと認められる)しており、以上を合計すると被告人両名は一〇、八〇〇、〇〇〇円の損害をすでに補填したものと認められる。所論中には、被告人両名は原判決前すでに横領金額の半分以上を弁償しているのに、原判決が被害の弁償が極めて不十分であると判示したのは事実の誤認であると主張する部分もあるが、原判決の右判示部分は損害の補填についての上述の如き事実に対する評価乃至判断を示したに止まるものと解せられるから、事実誤認の主張は失当である。しかしながら、本件においては、通常の事例にみられる如く横領金額の一部を穴埋めに廻したのと異なり、被告人清が競艇で得た利得金で九、五〇〇、〇〇〇円の損害を補填しているのであるから、被告人清が横領金額の全部を競艇の資金に費消した点は責められるべきであるが、それによつて得た利得金を損害の補填に充て被告人両名の用途に費消しなかつた点は被告人両名の有利な情状として評価すべきものと考えられる。以上に加えて被告人サキ子に対する上司の業務管理が十分でなかつたこと、被告人サキ子には前科、前歴のないこと、横領金を自から費消していないこと、また被告人清に前科はあるが一〇数年以前のものであること、並びに被告人両名は共に卒直に犯行を認めて反省しており、被害者に約定書等を差入れて被害弁償を確約していること、被告人両名は昭和四七年三月結婚し現在法律上の夫婦関係にあることなどの点を斟酌すると、その刑の執行を猶予するほどの情状は認められないが、被告人両名に対する原判決の量刑はいささか重きに失するものと考えられる。被告人両名のこの点の論旨はいずれも理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に則り更に被告人両名に対し次のとおり判決する。

被告人両名の罪となるべき事実は、原判示第二の事実中「被告人松久は」の次に「坂本清と共謀のうえ」を加えるほか、原判決認定の事実と同一であり、右の事実を認めた証拠は、原判決挙示の各証拠と同一であるから、これらを引用したうえ法律を適用するに、被告人サキ子の右所為は包括して刑法二五三条、六〇条の一罪に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告人サキ子を懲役一年六月に処し、被告人清の右所為は包括して同法二五三条、六〇条、六五条一項の一罪に該当するが、被告人清には業務上占有者の身分がないので同法六五条二項により同法二五二条一項の刑を科することにし、その所定刑期の範囲内で被告人清を懲役一年六月に処し、被告人サキ子に対しては同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中二〇日を右刑に算入する。

よつて、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例