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大阪高等裁判所 昭和48年(く)50号 決定 1973年8月23日

少年 N・Y(昭三四・二・二二生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、附添人○本○平作成の抗告理由書記載のとおりであつて、要するに原決定は少年の要保護性、家庭の保護能力につき重大な事実の誤認をして在宅保護が適当な少年に対し教護院送致をした処分は著るしく不当であるから破棄すべきであるというのである。

よつて案ずるに、本件記録および少年調査記録を検討するに、本件は少年が家にいるのが嫌になり時々無断で友人の家に泊めてもらい、家出して友人と鳥取、津山へ無賃乗車旅行をした虞犯事件、その後授業中学校を抜け出て学友と共謀のうえ、中古自転車一台を窃取し、公衆電話料金収納庫から料金を窃取しようとして目的を遂げなかつた窃盗、同未遂の非行事件であつて、事案は一見軽微で被害品は還付され実害はないけれども、少年審判の主眼は行為そのものでなく、その行為からみた少年の人格、環境に内在する犯罪的危険性を除去するにあるところ、少年は学習意欲がないため学校内では問題児との交友にふけり、授業の妨害をする等学校側では手を焼いている状況にあり、家庭環境としては、幼時母に生別し、父は再婚したが少年を引取らず、祖父母(明治四四年生、明治四一年生)が養子として養育して来たのであるが、近年祖父母や同居する叔父(昭和一八年生)夫婦の監護に服さず家出を繰返えしているが、少年の性格は薄志弱行、是非善悪の弁識力乏しく、自律性がなく、情緒不安定であつて、今後再び非行に走る危険性は顕著に存すると認められる。しかして家庭の保護能力につき検討するに、前年恐喝非行事実のあつた際、児童相談所から児童福祉司指導の措置を採られたに拘わらず、本人の反省、家庭における監護が徹底されず本件を惹起したこと、養父母ともに老齢であつて監護に万全を期し難く、叔父夫婦も多忙な織物の仕事に追われ監護に専念できず、実父が少年を引取つて監護養育に当る熱意があるとは認めがたく、少年の育成に経験豊富な○田○一氏の側面的指導がえられるにしても、右の家庭環境の下においては少年の矯正、訓育の実を挙げることは至難というほかない。されば、少年を一定期間家庭から引離し、中学卒業の道も開かれ、かつ中学校からの連けいも採りうる教護院に強制収容して、その指導監督下に少年の性格、行動等を社会生活に適応するよう矯正、訓育し、他方その間に家庭において従前の監護方法に再考を加え、少年退所後の受入態勢を整備さすことが最も適当と考える。所論は、保護者の意思に反して教護院へ送致することは避けるべきである(児童福祉法二七条三項参照)と主張するけれども、家庭裁判所は保護者の意思の如何にかかわらずなお適当と認める限り少年を教護院に送致することができるものと解するから、右主張は採らない。論旨はいずれも理由がない。

そうすると、原決定は相当であつて本件抗告は理由がないから、少年法三三条一項により主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 杉田亮造 矢島好信 児島武雄)

参考二 抗告申立書(昭四八・七・三〇付 附添人申立て)

申立の理由

一、抗告人は、少年N・Yの保護者であり親権者でもある父親N・K、母親N・R子の明示の意思により抗告する旨依頼された原裁判所における附添人である。

二、少年は、昭和四八年七月二四日左の理由により教護院に送致する旨の決定を、原裁判所において受けた。

即ち、少年は昨年児童相談所の矯導を受けた事件を引き起しながら、今回の窃盗等保護事件を引き起した点から、その性格に非行に走る傾向を認められるが、監護、養育に担る保護者に保護能力が欠けるので在宅保護には適さず、教護院送致を相当とする。

三、然しながら、右決定は第一に重大な事実誤認、第二に処分の著しい不当性、第三に決定後の事情の変更があるので取消されるべきである。即ち、

(一) 少年に可及的速やかに矯正すべき非行に走る傾向と、家庭に於る保護能力の欠如についての認定であるが、前者については、結局外形的事実により-心理試験等を含む-判断する訳であるが、少年の犯した家出、窃盗等の事実は、外形的には極めて小さな事件であつて、それ自体により、何ものをも推認できないと言つてよい。その他少年の日常の生活態度については、警察の送致調書中に怠学等の態度を有する記載がある。しかし、これも良き社会人が学校での成績が芳しい必要のないのと同様、それ自体によつては何ものをも推認できず、むしろ、逆に学校の努力が期待される丈である。

問題は、一個一個の現象としては、大して意味を持ち得ないものでも、総合認定に於いて極めて有意であり得る事である。

そこで、本少年について考えてみるに、確かに勉学を嫌い、学校を休み、学校を休む仲間と遊び回ると言つた行状は、非行への芽と見る事ができ、今回の事件はその現れであると考えられよう。しかしその質に着目してみたい。通常の不良少年と目される諸君と比して、子供つぽい事に気付かれるであろう。即ち、学校を休んで遊びに行く所も○○公園等と言つたところであり、又、家から持ち出す金員で何をするかと言えば「お好み焼屋」への出入りである。その他たとえば徒党を組んで繁華街に出かけ、他のグループと対立、抗争し、その勢力圈で、暴行、恐喝等の刑事事犯を働くと言つた質は一切ない。勿論それが故に、教護院送致で済むと言うのであろうが、本少年に非行への芽を見る事はできても、その質からして、在宅保護で充分であると考えられる。蓋し次に述べるように、本決定の根拠となつている家庭に保護能力が欠如している認定は誤つているからである。

即ち、家庭の保護能力で唯一問題となるのは、養父(実祖父)が自ら教護院等への収容を希望した事であるが、これも窃盗等の事犯が発責した直後の警察での供述であり、多分に時の感情に流された感があり、事実、後に、同人は審判廷において、その旨述べ、今後の監護・教育に万全を尽すと誓つているのである。

その他、本少年の家庭は、養父母(実祖父母)と叔父、叔母、従弟等によつて構成されている。そして、その家庭環境は、本人自身家庭はおもしろくなかつた旨述べているように、万全のものでは勿論ない。しかし、一体完全な家庭、円満な家庭と言うものがあろうか。家庭が、その結合度において、一定の復現力を持つ有機体である以上、その復現力の範囲内の家庭不和は、構成員の自主的努力によつて解決されるのである。そして、本少年の家庭の環境は、現在の一時点だけをミクロ的に切り取つて判断さるべきではなく、その家庭史を踏まえた上で理解されなければならない。

そのような立場に立つ時、本少年自身中学二年生(現在中学三年生)までは、生きる事が楽しくつて楽しくつてしようがなかつたし、ボクサーになりチャンピオンになる夢を持つていたが、ある時、実の母親の事が契機となつて、何の為に生きているか分からなくなり、徐々に学校を休むようになつたと述べている意味は重大である。つまり、本少年の家庭には、少なくとも昨年まで何ら、普通の少年にとつて、欠陥のある家庭ではなかつたのである。そして、本少年の非行への傾斜は、むしろ、本少年の、外部からは知る事のできない、種々の悩みに端を発していると考えられる。

であるとすれば、本少年の非行への傾向が家庭の保護能力によつて回復しがたいとの判断は、まつたくの的はずれであると言える。

(二) 原決定は、(一)で述べたような事実認定に基き、-それ自身極めて明白な誤りであるが-更に、僅か二回程の非行をもつて教護院送致を決めた。しかし、教護院送致の有する意味は、一般の家庭にとつて、その構成員同志が生木を割かれるように別居を強いられ、極めて及ぼす影響が大なるものである。であるから、その判断は慎重の上にも慎重を重ねるべきで、就中、保護者及び少年双方が反対する意思を表明している場合には避けるべきであり、この事は児童福祉法二七条IIIよりも明らかである

従つて、原決定は以上に述べた観点より相当性の範囲を著しく逸脱したものである。

(三) 要約すれば、少年の非行への傾斜は、その質において軽度であり、その家庭は一時的な家族構成員の結合度に緩みを生ているものの、その本来有する復現力の範囲内のものであり、他人の介入すべき状態にはなく、なにより少年自身、保護者自身の一緒に生活を送る事への熱烈な希求を考える時、僅か二回程の非行歴を以つて教護院送致を断じた原決定は著しく不当である。

(四) 仮に以上の(一)、(二)、(三)、の主張が退けられるとしても、原決定が出された後、保護者N・Kの努力により、同保護者の旧友でかつて○○市教育委員会委員長まで歴任した事のある、京都市北区○○○町××○日○一氏が、本少年の保護に責任をもつ旨、具体的には毎日の指導、一週間に一度自宅に宿泊させての指導を含めて、全責任を有する旨確約されており、同氏がこれまで同種の少年を教多く教導されてきた実績から、同氏の本少年に対する監護、教育能力は極めて信頼性が高いと考えられるので、もはや、教護院への送致は不必要であると思われる。

四、これまで述べてきたように本少年を教護院に送致することは不当、不必要である。

従つて、右少年を不処分に付する旨の決定を求める。 以上

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