大阪高等裁判所 昭和48年(く)60号 決定 1973年10月01日
主文
原決定を取り消す。
本件を奈良地方裁判所に差し戻す。
理由
本件即時抗告申立の理由は弁護人藤田太郎作成の即時抗告申立理由書および追加即時抗告理由書各記載のとおりであるが、その要旨は、
被告人は、頭書被告事件につき奈良地方裁判所において、分離前の相被告人川井春三、同荒井忍および同長谷川八太人に対する各恐喝等被告事件と併合して審理を受けていたところ、その後右審理に関与していた同裁判所刑事部の合議体の構成も数回変り、昭和四六年五月二一日の第一五回公判期日から裁判官高木実がその構成員に加わり、昭和四七年六月一九日の第一八回公判期日からは裁判所の構成は裁判長裁判官木本繁、裁判官高木実、同林醇となり、昭和四八年三月五日の第二五回公判期日において証拠調べが終わり、同年同月一二日の第二六回公判期日において検察官の論告が行わなれたが、同年同月二六日の第二七回公判期日に被告人のみが出頭しなかつたため、被告人に対する事件が分離されたうえ、相被告人に対する事件については弁護人の弁論がなされて結審され、相被告人に対しては同年五月二一日有罪判決の言渡がなされた。そして、分離された被告人に対する事件については次回公判期日を同年六月二五日と指定されたが、被告人の弁護人として昭和四七年九月二二日の第一九回公判期日から審理に関与していた右弁護人は、予て被告人の精神に異常があるものと考えていたので、その事実を立証して被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書中の供述の信ぴよう性を争うため、昭和四八年六月五日付書面により被告人の精神鑑定、証人辻山とよ(被告人の母)および同辻山信子(被告人の姉)の取調べ等を請求したところ、奈良地方裁判所刑事部は右証拠請求のうち右証人二名の取調べをする旨決定し、次回公判期日を職権により同年七月一三日に変更した後、さらに、職権により右公判期日を取り消し、さきに指定されていた同年八月三一日午後一時の公判期日において被告人に対する分離後第一回目の公判が開かれ、その際の裁判所の構成は裁判官田尾勇、裁判官高木実、同柳沢昇の構成であつた。ところで、右裁判官のうち裁判官高木実は、前記分離前の相被告人荒井忍および同川井春三に対する被告事件の審理に際し合議体の一員として関与し、右弁護人が信ぴよう性を争おうとする被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書の証拠能力を認めてこれを採用し、被告人と共通の公訴事実につき被告人との共謀事実を認定して前記有罪判決をしたものであつて、同裁判官については刑事訴訟法二一条一項前段、後段の事由が存するから、右弁護人は前記分離後第一回目の公判期日において、同裁判官に対し右事由に基づいて忌避の申立をした。然るところ、同裁判所刑事部(裁判官田尾勇、裁判官高木実、同柳沢昇)は、即日刑事訴訟法二四条一項前段の理由により本件忌避の申立を却下する旨の決定をしたが、本件忌避申立の理由および右弁護人のこれまでの訴訟活動等に照らせば、本件忌避の申立が訴訟を遅延させる目的のみでされたことが明らかな申立であるとは到底認らめれない筈であるから、本件忌避の申立を同法二四条一項前段に該当するものとして却下した原決定は明らかに違法である、というのである。
そこで、検討するのに、右即時抗告申立の要旨中、弁護人の証拠調べ請求および忌避申立の目的の点を除くその余の経緯事実は、本件即時抗告申立事件記録のほか被告人および分離前の相被告人に対する前記被告事件記録によりこれを認めることができるので、さらに、本件忌避の申立が訴訟遅延の目的のみでされたことが明らかであるかどうかについて検討を進めるに、なるほど、右弁護人は、被告人に対する前記被告事件について証拠調べが終わり、検察官の論告がなされた後、さらに、前記証拠調べの請求をしているのであつて、右の一事のみからすれば、弁護人の右証拠調べの請求自体訴訟を遅延させる目的でなされたのではないとの疑いが生じ、ひいては、本件忌避の申立についても同様の疑いが生じないではない。然しながら、弁護人の右証拠調べの請求中証人調べの請求は必要性が認められて採用され、本件忌避申立当日の公判期日に取調べが予定されていた点、被告人に対する前記被告事件記録にあらわれた右弁護人の本件忌避申立以前におけるその余の訴訟行為中にも訴訟遅延の目的でなしと思われる訴訟行為は全く見当たらない点および本件忌避申立の理由も、それが正当として認容すべきものかどうかは別論として全く理解できない理由ではない点等を合わせ考えると、右弁護人は、その主張の如く、真実被告人の精神に異常があるものと考え、その事実を立証して被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書の信ぴよう性を争うために、前記証拠調べの請求をすると共に、所論のような事情により、右各供述調書の信ぴよう性につき予断すると思われる裁判官高木実が被告人に対する事件の審理に関与した場合には、右各供述調書の信ぴよう性の有無につき不公平な判断がなされるおそれがあることを懸念して同裁判官に対し本件忌避の申立をしたものではないかとの心証が強く、従つて、本件忌避の申立が訴訟を遅延させる目的のみでされたことが明らかであるとは到底断じ難い。
してみると、原裁判所としては、通常手続により本件忌避申立理由の当否が判断されるのを待つべきであつたのであり、本件忌避の申立が訴訟を遅延させる目的のみでされたことが明らかであるとして簡易却下手続によりその申立を却下したのは失当といわざるを得ない。
よつて、本件即時抗告は理由があるので、刑事訴訟法四二六条二項により原決定を取り消し、本件を奈良地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。 (原田修 高橋太郎 角敬)