大阪高等裁判所 昭和48年(ネ)1023号 判決 1977年9月30日
第一〇二八号事件控訴人 鈴木和子こと李和子
第一〇二三号事件控訴人 石橋藤三郎 外一名
被控訴人 寺西武
主文
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
控訴人李および控訴人石橋、同蓮田代理人は、いずれも「原判決を取り消す。被控訴人の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張および証拠関係は、
控訴人李において、
本件借地権譲渡につき被控訴人の承諾ありとする主張が容れられないときは、予備的に被控訴人に対し本件家屋全部(控訴人石橋、同蓮田居住のまま)の買取りを請求し、右買取代金の支払があるまで留置権を行使して本件家屋の引渡を拒絶する。買取り請求の金額については、当審における鑑定の結果を援用する。
と述べ、証拠として乙第二号証を提出し、当審における鑑定人都築保三の鑑定の結果を援用し、
控訴人石橋、同蓮田において、
同控訴人らは、控訴人李の被控訴人に対する本件建物の買取請求権行使の主張を援用する。すなわち、同控訴人らは本件建物の前所有者上河内義則が本件建物を所有していたときから適法に本件建物を賃借・居住してきたのであるから、控訴人李の本件建物買取請求権行使の結果として、被控訴人は控訴人石橋、同蓮田の本件建物に対する賃借権の付着したままの状態で建物所有権を取得したことになる。よつて、被控訴人の控訴人石橋、同蓮田に対する本件建物退去の請求は理由がない。
と述べ、
被控訴人において、控訴人らの買取請求権行使に関する主張はこれを争うと述べ、乙第二号証の成立を認めたほか、原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。
理由
当裁判所もまた原審と同様、控訴人李の抗弁12(賃借権の譲渡につき明示または黙示の承諾を得たとの抗弁)、3(不当に承諾を拒否しながら、承諾のないことを理由に本訴請求に及んだのは権利の濫用であるとの抗弁)を排し、被控訴人に対し、控訴人李は原判決別紙目録第二の各建物(以下本件建物という。)を収去して同目録記載の第一の土地(以下本件土地という。)を明渡し、かつ、賃料相当損害金を支払う義務があり、控訴人石橋、同蓮田は本件建物のうちそれぞれ(一)(二)の建物から退去する義務があるものと判断するものであつて、その理由は原判決の理由説示(原判決五枚目裏一行目から九枚目表七行目まで)と同一であるから、ここにこれを引用する。
そこで進んで本件建物買取請求権行使に基づく留置権の抗弁について判断する。記録によれば、控訴人李は昭和五二年一月二五日被控訴人に対し借地法一〇条に基づく建物等の買取請求権を行使していることが明らかであるところ、一般に、借地権は買取請求権行使のときまで存続していることの必要はないが、行使者が建物等を取得したときまでは存続していたことを要し、例外的に、契約違背を理由とする解除による借地権消滅の場合は、たとえ、行使者の建物等取得ののちに解除がなされた場合でも、買取請求権の効力は否定されると解するのが相当である。本件についてこれをみるに、訴外上河内義則はかねて被控訴人から本件土地を賃借し、その地上に本件(一)(二)の建物を所有していたところ、控訴人李およびその夫である鈴木守こと姜昌先は、上河内が右建物を売りに出していることを知り、喫茶店を経営する目的でこれを買い受けるべく、昭和四五年二月末ごろ上河内に対し手付金五〇万円を支払い、次いで、同年三月初めごろ上河内との間で、右建物を借地権付きで代金一、五〇〇万円で買受ける旨の売買契約をなし、さらに内金一〇〇万円を支払つた。そして、そのころ控訴人李夫婦は上河内とともに被控訴人方を訪れ、右借地権を譲受けるにつき承諾を求めた。ところが被控訴人は、過去の苦い経験から控訴人李夫婦からの右申出に対し、朝鮮人には土地を貸すことはできない旨を述べて、その承諾を拒否したが、控訴人李夫婦はすでに上河内に一五〇万円を支払つていることでもあり、どうしても本件(一)(二)の建物を確保したかつたところから、知合いの信用金庫職員である西田賢治なる日本人に依頼して同人を借地権譲受人に仕立てあげ、同年四月一日ごろ、上河内は西田を同道して再度被控訴人方を訪れ、銀行員である西田に借地権を譲渡したい旨を告げてその承諾を求めたところ、被控訴人は銀行員なら信用できるということで、西田に対し、承諾を与えた。そしてその場で被控訴人と西田は、西田を本件土地の賃借人とする土地賃貸借契約証書を作成してこれに調印し、西田が持帰つた右契約証書に、その後、控訴人李の夫である姜昌先が賃借人の保証人として日本人名で鈴木守と署名して、これを被控訴人に差入れた。かようにして、控訴人李夫婦は上河内に対し買受残代金全額を支払い、同年四月二日上河内から本件土地および本件(一)(二)の建物の引渡を受け、その建物の一部で喫茶店「ロンドン」の経営を開始した。その後、控訴人李は西田賢治名義で本件土地の賃料を被控訴人方の集金人に支払つていたところ、同年八月一日本件建物の一部が火災で焼失したことから、被控訴人が調査した結果、被控訴人は本件(一)(二)の建物が西田の所有ではなく、控訴人李の所有であることを始めて知り、直ちに同年八月二六日付書面で西田に対しては本件土地賃貸借契約解除の意思表示を、また、控訴人李に対しては地上建物を収去して本件土地の明渡を求める意思表示をした。以上の事実関係は、さきに引用した原判決の理由説示に明らかなところであつて、成立に争いのない甲第四号証の一、二によれば、被控訴人が訴外西田に対してなした契約解除の意思表示は、その文言において、法律上趣旨一貫しない点がないではないが、弁論の全趣旨に照らすと、その本旨は、信義則違反、信頼関係の破壊を理由に契約解除の挙に出たものと解せられる。してみれば、控訴人李は当初自己が真実の建物買受人であることを秘し、いわば危険を覚悟で西田を借地権譲受人に仕立てあげ、被控訴人を欺いて実力行使に出たものであり、失火を契機として右のようなからくりが被控訴人に暴露するに及んで、更めて自己が真実の建物買受人であることを主張し、賃借権の譲渡に対し承諾を与えないことを理由に建物買取請求をなしたものにほかならず、しかも、当時すでに賃借人名義人たる西田に対しては被控訴人から信義則違反等を理由に土地賃貸借契約解除の意思表示がなされていたのである。このような事実関係のもとにおいては、前叙説示の買取請求権制度の趣旨に照らし、控訴人李のなした建物買取請求はその効なきものと解するのが相当である。してみれば、建物買取請求権行使に基づく留置権の抗弁もまた採用しがたい。
以上の次第で、被控訴人の本訴請求はすべて正当として認容すべきもので、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、控訴費用は敗訴当事者たる控訴人らに負担させることとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 宮崎福二 田坂友男 高山晨)