大阪高等裁判所 昭和48年(ネ)1727号 判決 1975年8月29日
控訴人
福井隆男
右訴訟代理人
山口幾次郎
被控訴人
サカエ屋商事株式会社
右代表者
外池良光
右訴訟代理人
古高健司
主文
原判決を取消す。
被控訴人は控訴人に対し、金一〇〇万二、〇六八円とこれに対する昭和四五年一〇月一日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
この判決二項は控訴人において金三〇万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。
事実
一、当事者の求めた裁判
(控訴人の申立)
主文同旨の判決と仮執行の宣言。
(被控訴人の申立)
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
二、当事者双方の主張並びに証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから引用する。
(控訴人の主張)
(一)、被控訴会社の専務取締役である訴外渋田正樹が高田忠義と同道して、肉の選定、値段の交渉、及び被控訴会社所有の自動車で肉の運搬に当つているのであるから、同訴外人が高田のためにのみ行動したとは考えられる訳がなく、しかも本件食肉を海崎商店に納入する旨告げたのは高田ではなく、右訴外人である。そして、控訴人が同訴外人の要求により、納品書に「サカエ屋(海崎)」と特記したのは、海崎商店は被控訴会社の支店かまたは出張所と考えていたからにすぎない。これら、訴外渋田の外形的行為と同人の地位からみると、本件食肉は被控訴会社が同訴外人の行為により買受けたこと明らかである。
(二)、原判決は、訴外渋田の右外形的行為と同人の地位をほぼ認定し、殆んど完全に被控訴会社が買受けたといえる事実を肯定しながら、高田忠義が本件食肉を買受けたものと判断し、しかも訴外渋田が右高田に被控訴会社の名を使用して本件取引をなすことを許諾したとの控訴人の仮定的主張(商法二三条)を証拠不十分と排斥した。しかし、訴外渋田が買受人の通常なす行動のすべてをしている以上、真実の買主が高田であつたとするならば、訴外渋田が高田に被控訴会社の名で買受けることにしたと解釈せざるをえないところであり、被控訴会社はその責を負うべきである。
(三)、更に、訴外渋田が買受ける行動のすべてをしたので、控訴人は同人に売渡したのに拘らず、同人したがつて被控訴会社が買つたのでないというのであれば、控訴人としては同訴外人らに本件食肉を騙取されたことになる。そして、同訴外人は被控訴会社の専務取締役であり、仕入担当の職務に従事していたものであるから、被控訴会社は使用者として右訴外人の行為につき責に任ずべきである。
(被控訴人の主張)
(一)、控訴人と被控訴会社間に、控訴人主張のような売買が存在しなかつたことは、<証拠>により明白である。
(二)、商法二三条の名板貸が成立するためには、被控訴会社がその商号の使用を高田に許諾したこと、及び控訴人が本件取引の買主が被控訴会社であると誤認したことを要するところ、前者の事実は全くないし、後者については、控訴人は高田、被控訴会社、及び海崎と取引以前から面識があつたのであるから、買主が被控訴会社であると誤認する余地はなく、高田が買主であることを十分認識していたものである。
(三)、高田忠義が訴外渋田と共謀して本件食肉を騙取したというが、高田に騙取の意思があつたとは到底考えられないし、これを認めるに足りる証拠もない。本件取引は、客観的にみて控訴人と被控訴会社間の行為とは見受けられないし、また主観的にいつても訴外渋田に右取引をなす意思はなかつたのであるから、本件取引に関し被控訴会社は同訴外人の使用者として負うべき責はない。
(証拠関係)<略>
理由
一控訴人は(1)売買契約(2)商法二三条(3)民法七一五条に基づいて本訴請求をしているので、これらを一括判断する。
二<証拠>を綜合すると、次の事実を認めることができ、<証拠判断省略>。
(一) 控訴人は西宮食肉センター内に営業場所をもつ食肉卸売業者であり、被控訴会社は昭和四四年一一月八日株式会社サカエ商事部として設立し、同四五年四月四日商号をサカエ屋商事株式会社と変更したもので、食肉加工及び同加工品の販売等を業としている。
(二) 控訴人は被控訴会社代表者の先代の個人営業の頃に一度取引があつたが、本件取引の数ケ月前である昭和四五年春、西宮食肉センター内のブローカー高田忠義から被控訴会社の代表者外池良光および訴外渋田正樹を紹介され、名刺(甲第二号証の一、二)を交換したが、右渋田の名刺は会社支給のもので、被控訴会社専務取締役との記載があり、その際同人から値段が合えば購入するとの話があつた。渋田は登記簿上取締役であるが、代表権限はなく、小さい会社のことであるから、営業関係の事務を必要に応じ担当していたものである。
(三) 昭和四五年九月五日右渋田が被控訴会社の商号を記載した自動車に乗つて高田とともに控訴人の営業場所を訪れて食肉を注文したので、控訴人は被控訴会社が購入するものと信じてこれに応ずることとし、三八万二、三一二円分の食肉を代金は月末払の約定で売渡し、同訴外人は右食肉を右自動車で運び去つた。その際、控訴人は同訴外人の求めにしたがい納品書の宛名を「サカエ屋(海崎)殿」と記載したが、これは被控訴会社の都合によるものと考えたためである。
同月九日、前同様に、控訴人は注文にきた訴外渋田に対し、六一万九、七五六円分の食肉を売渡した。
同月二〇日過、控訴人は被控訴会社に赴き右代金を請求したが、代表者外池は右食肉を買取つたことはない旨否定し、調査したところ、訴外渋田が被控訴会社とは無関係に購入し、これを以前被控訴会社に勤めた後独立して「サカエ屋」の商号で食肉販売業を営む訴外海崎孝に売却したことが明らかとなつた。
なお右渋田正樹は原審証人尋問期日の直前なる昭和四六年一二月下旬に一家心中自殺した。
三以上認定事実に基づき、控訴人の法律上の各主張につき判断するに、右事実によると、右渋田には被控訴会社の代表権限がなかつたこと明らかであるから、買主は同会社であるとの主張は理由がなく、また渋田が高田に対し同会社の商号の使用を許諾した事実は認められないので商法二三条の主張も失当である。更に、訴外渋田が高田と共謀して売買名目で本件食肉を騙取したとの事実も右認定の下においては認めるに足りないので、爾余の点につき判断するまでもなく、民法七一五条の主張も理由のないこと明らかである。
しかしながら、控訴人の右各主張を通じて考えられることは、訴外渋田正樹が被控訴人からその代表権限を有する専務取締役の名称の使用を認められた取締役であり、控訴人はこの点につき善意の第三者として同人と取引をした旨、商法二六二条の要件に該当する事実がすべて右主張事実中に包含されているのであつて、唯右法条を挙げていないのにすぎない。しかも右事実が立証されていることは前記のとおりであるうえ、右法条と、控訴人の挙げる商法二三条とは表見代表取締役の名称あるいは会社の商号の使用に関連して、ともに善意の第三者を保護し、商取引の安全を計る点において共通の法理を規定するものである。一方民事訴訟法において、狭義の弁論主義とは請求の当否を判断するに必要な事実上の主張と立証についての問題であつて、法の解釈や適用については裁判所は当事者の意見陳述に拘束されないことについては、講学上争いを見ないところである。したがつて、当裁判所は、本件につき商法二六二条を適用し、被控訴人は控訴人に対し本件食肉代金計一〇〇万二、〇六八円と商事法定利率による遅延損害金を支払うべき義務があると解する。
四以上により、原判決を取消した上、控訴人の請求をすべて認容することとし、民訴法九六条、八九条、一九六条にしたがい主文のとおり判決する。
(沢井種雄 野田宏 中田耕三)