大阪高等裁判所 昭和48年(ネ)460号 判決 1976年10月04日
控訴人(附帯被控訴人。以下、「控訴人」という。)
大日本印刷株式会社
右代表者代表取締役
北島織衛
右訴訟代理人弁護士
和田良一
外六名
被控訴人(附帯控訴人。以下「被控訴人」という。)
竹本宗只
右訴訟代理人弁護士
吉原稔
外一四名
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 附帯控訴に基き、原判決主文第三、四項を次のとおり変更する。
(一) 控訴人は、被控訴人に対し、金五三六万〇九五二円及びうち金四八六万〇九五二円に対する昭和五一年五月一二日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 控訴人は、被控訴人に対し、昭和五〇年六月一日から本判決確定に至るまで毎月二八日かぎり一か月金七万一八〇〇円の割合による金員を支払え。
(三) 被控訴人のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを八分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の負担とする。
四 この判決は、右二の(一)、(二)にかぎり、仮に執行することができる。
五 控訴人において金三〇〇万円の担保を供するときは右二の(一)の仮執行を免れることができる。
事実
第一 双方の求めた裁判
一、控訴事件について
(一) 控訴人は、
「原判決中主文第三項を除くその余の部分を取り消す。
被控訴人の請求は、いずれもこれを棄却する。
訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」
との判決を求めた。
(二) 被控訴人は、
「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」
との判決を求めた。
二、附帯控訴事件について
(一) 被控訴人は、当審において請求を拡張して、
「原判決中被控訴人敗訴の部分を取り消す。
控訴人は、被控訴人に対し、金六三九万四四五二円及びうち金五八九万四四五二円に対する昭和五一年五月一二日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員並びに昭和五〇年五月二八日から毎月二八日かぎり一か月金七万一八〇〇円を支払え。」
との判決及び仮執行の宣言を求めた。
(二) 控訴人は、
「本件附帯控訴及び当審において拡張された被控訴人の請求は、いずれもこれを棄却する。
訴訟費用は被控訴人の負担とする。」
との判決及び仮執行免脱の宣言を求めた。
第二 双方の主張及び証拠関係
当事者双方の主張事実及び証拠の関係は、次のとおり変更附加するほか、原判決事実記載のとおりであるから、これを引用する。
一、被控訴人の主張関係<略>
二、控訴人の主張関係
(一) 原判決一二枚目表二行目冒頭から四行目「ものであるが」までつぎのとおり変更する。
「控訴人会社において被控訴人の採用内定を取消した経過は、つぎのとおりである。すなわち、面接試験の後、採用内定の決定権を有する広野専務から被控訴人が「グルーミー」な印象を与えることを理由に強い難色を示されたが、平松課長から、被控訴人の身上調査に体操部のマネージヤーをしていた旨の記載があるから必ずしもそのような性格とも断定できないのではないかとの意見が出たので、広野専務も、もし右の印象を打ち消すだけの事実があるなら判断を改めても良いとして、一応内定者に入れた。その後平松課長が調査したところによれば、被控訴人が体操部のマネージヤーとして実質的な活動をしていたことは認められず、逆に被控訴人の人柄について学友間で「表裏のある人」等芳しくない評価を受けている事実も報告されて来ており、さらには外部から匿名で被控訴人が会社にとつて好ましくない人物である旨を告げる電話もあるという状況で、結局、当初の広野専務の判断をくつがえすに足る事実を発見できず、かえつて被控訴人の信頼性に対する疑惑を深める結果となつたため、これが前記契約書(乙第二号証)記載の五項目の内定取消事由のいずれかに当るとして、採用内定を取り消すことになつたのである。そして、」
(二) 原判決一二枚目表八行目から一〇行目までをつぎのとおり変更する。
「五 同五項の(一)の事実は認める。同(二)及び(三)の事実は争う。」
(三) 原判決一二枚目表一一行目の後に、つぎの項を加入する。
「(抗弁)
かりに本件採用内定により、控訴人会社と被控訴人との間に、将来の一定時期に互いに何ら特別の意思表示を要することなく試傭労働契約を成立させるとの採用内定契約あるいは被控訴人主張のような労働契約が成立していたとしても、控訴人会社が昭和四四年二月一二日被控訴人に対して意思表示は右の契約を解約する旨の意思表示を含むことは当然であるから、いずれにしても控訴人会社と被控訴人との間の右の契約関係は、右意思表示到達の時点を以て消滅したものである。採用内定段階においては、試採用におけるよりもさらに広範な解約権が留保されていると解すべきであり、また、受注産業である印刷業を営業目的とする控訴人会社において、その採用する大学卒業者に営業マンとしての適格性を求めることは当然であるところ、営業マンとしての適格性の有無の判断は本来営利会社である控訴人会社の人事に関する裁量権に委すべきものであつて、前記のとおり採用内定取消の理由となつた「グルーミー」な印象は、営業マンとして最も忌むべき性格を表わし、とりもなおさず営業に対する適格性の欠如を示すものであることは明白であるから、これを理由とする採用内定取消は、きわめて合理的である。」
三、証拠関係<略>
理由
一当裁判所は、本訴請求につき、被控訴人が控訴人会社の従業員たる地位を有することの確認を求め後記の額の金員支払いを求める限度で正当とし、その余の請求を失当とするものであり、その理由とする認定・判断は、つぎの(一)ないし(二)のとおり加削・変更するほか、原判決の理由欄に記載されたところ同一(ただし、原判決一五枚目表二行目に「送付されて来た」とあるのを「送付されて来た」と訂正する。)であるから、右加削等を加えたうえ、右記載をここに引用する。
(一) <略>
(二) 原判決一四枚目表末行の「推せんを求める各企業にもこのことを通知」を削り①、同裏四行目の「である」の次に「が、控訴人会社においても、昭和四四年度の募集に際し、少なくとも、滋賀大学において右の先決優先の指導が行われていたことは知つていた」と加える②。
(三) 原判決一四枚目表一二行目の「応募していた」の次から一三行目の「辞退し」までを「が試験日が控訴人会社と重複したため受験できなかつた訴外ダイキン工業株式会社に対しても、大学を通じて応募を辞退する旨通知し」と③、同一五枚目裏四行目の「取消して」を「しないで」と④、それぞれ変更する。
(四) <略>
(五) 原判決一六枚目裏七行目の「採用内定を」の次に「何ら留保の附されていない」と加え⑤、同八行目の「取扱う」を「考えた」と変更する⑥。
(六) 原判決一七枚目表六行目の「認められること。」を「認められることからも推認できる。」と変更する⑦。
(七) 原判決一七枚目表一二行目から同裏七行目までを削り⑧、同八行目の「しかしながら」を「(一) つぎに」と変更し⑨、同一八枚目表一二行目の「更に」の前に「(二) 」を加える⑩。
(八) 原判決一九枚目表七行目から、同二〇枚目表二行目までをつぎのとおり変更する⑪。
「六 以上に摘示・認定した事実に、終身雇用制度の下におけるわが国の労働契約とくに大学新卒業者と大企業とのそれらにみられる公知の強い附合(附従)契約性を合わせ考えれば、前記経過の下に前記形態で採用内定が行われた本件においては、控訴人会社からの募集(申込の誘引)に対し、被控訴人が応募したのが労働契約の申込みであり、これに対する控訴人会社よりの採用内定の通知は右申込みに対する承諾であつて、これにより(もつとも、右承諾は、通知書に同封して来た誓約書を指定期日までに控訴人会社に送ることを停止条件としていたとみるのが相当であるが、被控訴人は右契約書を指定どおり送付したので、これにより)控訴人と被控訴人との間に、前記誓約書における五項目の採用内定取消理由に基く解約権を控訴人会社が就労開始時まで留保し、就労の始期を被控訴人の昭和四四年大学卒業直後とする労働契約が成立したと解するのが相当である。」
(九) 原判決二〇枚目表三、四行目の「その基礎にある将来の試傭労働契約の内容」を「就労開始後に関する契約内容の詳細」と変更する⑫。
(一〇) 原判決二〇枚目表一〇行目の後に、次の一項を加える⑬。
「ところで、前記三において認定した事実によれば、控訴人会社においては、採用内定をしても後の調査により不適格と判断された場合には自由に内定の取消ができると理解していたことがうかがわれないではないが、かりにそのような理解のもとに本件採用内定の通知をしたとしても、それは、控訴人会社の内心の意思ないしは希望にすぎず、前認定の状況・経過のもとで前認定の態様でなされた採用内定により当事者間に前示のとおり労働契約の合意が成立したことを認定する妨げとなるものではない。けだし右のような労働契約は、あくまでも当事者の意思の客観的合理的な解釈として認められたものであるからである。従つて、たとえば、会社において控訴人主張のような労働契約の予約であつて会社側としては違反しても損害賠償責任を負うことがあるにすぎない旨を明示した採用内定の通知をした等の場合には、当事者間に労働契約の予約が成立するにすぎないこともありうる。もつともこのような場合には、応募者の側でもその不安定な地位を嫌つて他の会社に走り、当該会社では優良な従業員の確保ができない、という危険を負担することとなろう。」
(一一) 原判決二〇枚目表一一行目以降を次のとおり変更する⑭。
「七 そうすると、控訴人会社が昭和四四年二月一二日被控訴人に対してした前記採用内定取消の通知は、右解約権に基く解約申し入れとみなければならない。そして、右解約権は、前記乙第二号証の第二項①ないし⑤の事由がある場合にのみ行使できることは前認定の事実から明らかであるところ、右⑤としては「その他の事由によつて入社後の勤務に不適当と認められたとき」とあり、その解釈次第では如何なるときでも自由に解約ができるとされる虞があるようにも思われるが、前認定の解約権留保付労働契約たる本件採用内定がなされた経過・状況から推認される右契約の性質・目的からみれば、右⑤により解約できるのは、①ないし④より類推される後発的事実を理由とする等の合理的な場合に限られるといわなければならない。
八 ところで、控訴人の主張する採用内定取消(解約)の理由は前記事実欄第二の二の(一)記載のとおりであり、<証拠略>中には右主張事実に沿う部分があるが、かりに右証言部分が採用できるものとしても、右事実のうち採用内定以後に判明したとされるものはいずれも具体性に欠け解約の事由として合理性を有するとはいえず、結局、解約の事由は、「グルーミーな印象なので当初から不適格と思われたが、それを打ち消す材料が出るかも知れないので採用内定としておいたところ、そのような材料が出なかつた。」というに帰し、このようなことが前記解約権付労働契約の性質からみて、前記⑤その他の解約の事由にあたるといいえないことはいうまでもなく、他にも右解約の事由にあたる事実を認めるに足る証拠はない。したがつて、控訴人のした前記解約は無効といわざるをえない。
九 そうすると、被控訴人は、前記解約権付労働契約により控訴人会社に対する労働契約上の地位を取得したものであるが、控訴人会社の昭和四四年度新入社員の入社式が行われた同年三月三一日には、前記解約権は消滅し、被控訴人は、同年四月一日以降は控訴人会社の従業員(ただし、当初は試傭者)として、就労し、賃金を得る権利を取得したものといわなければならない。そして、被控訴人が右期日以降控訴人に対し労務に服する旨申し出ているのに控訴人は従業員ではないとして現在に至るまでその就業を拒否していることは、<証拠略>弁論の全趣旨により明らかである。さらに、前記五の(二)に認定した事実に照すと、控訴人は、試傭期間中における被控訴人の労務の提供をも拒絶し、したがつて試傭に基く従業員としての適格性の判定の権利を行使しなかつたことになるから、控訴人は試傭期間を過ぎた昭和四四年六月下旬ごろ本採用者としての地位を得たものというべきである。
右事実によれば、被控訴人は、他の昭和四四年度採用の大学新卒業者たる従業員と同じ賃金を受ける権利を有するものであるところ、右従業員が受ける給与・一時金等の賃金が被控訴人主張(前記事実欄第二の一の(一)の「 」内の(一))のとおりであることは控訴人の争わないところであるから、被控訴人は、控訴人より、昭和五〇年五月分までの給与及び一時金として合計金六三三万九九五二円の、同年六月一日以降の給与として毎月二八日かぎり金一〇万五三〇〇円の各支払いを受ける権利を有するものというべきところ、本判決確定後の賃金については任意の履行を期待できるので、被控訴人の賃金支払いの請求は、右給与・一時金の合計金六三三万九九五二円及びこれに対する被控訴人主張の遅延損害金並びに昭和五〇年六月一日より本判決確定に至るまでの右一か月金一〇万五三〇〇円の割合の給与の支払いを求める限度においてのみ理由があるというべきである。
一〇 次に、被控訴人主張の慰藉料について考えるに、以上認定のとおり、控訴人会社が、正当な理由もないのに、被控訴人に対する採用内定が取り消されたとして、被控訴人に従業員たる地位を認めないため、被控訴人が、大学を卒業しながら他に就職することもできず、本件訴訟を提起・維持しなければならなかつたことについて、相当な精神的苦痛を重ねて来ていることは推察に難くなく、その苦痛は、本訴において被控訴人の主張が認容され、就職時以降の賃金相当額の支払いを受けたとしても完全に治癒されるものではないと考えられるところ、本件にあらわれた諸般の事情を考慮すれば、右苦痛を治癒すべき慰藉料の額は金一〇〇万円とするのを相当とする。したがつて、被控訴人の慰藉料請求は右金員及びこれに対する主張の遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、その余は失当である。
一一 また、本件訴訟の性質・訴願その他本件に関する一切の事情及び弁論の全趣旨を合わせ考えれば、被控訴人が本件訴訟の遂行を弁護士である被控訴代理人らに委任したことはやむをえないところであり、その弁護士に対する報酬等は金五〇万円を下らず、右金員は、控訴人が不当に本件採用内定取消をしたことに基因し、さらに、控訴人が被控訴人の請求に対し故意又は過失により不当に抗争したこと(被控訴人の主張はこの趣旨を含むと解される。)と相当因果関係のある損害と認められるから、被控訴人の弁護士費用の請求は、その理由がある。
二以上のとおりで、原判決は、被控訴人が控訴人の従業員たる地位を有することの確認と控訴人に被控訴人に対する昭和四四年四月一日以降原判決確定に至るまで毎月二八日かぎり一か月金三万三五〇〇円の割合による額の金員の支払を認容したかぎりにおいて相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、原判決が右認容の範囲をこえる請求を棄却した点においては、そのうち右額をこえ前判示の請求について理由のある限度までの金員支払いに関するかぎり失当であるから、附帯控訴に基き、原判決主文第三、四項(右棄却部分及び訴訟費用の裁判)を変更し、前判示の金員支払い請求の理由のある限度の額から原判決認容の額を差し引いた額(昭和五〇年五月分までの給与・一時金、弁護士費用及び慰藉料の合計金七八三万九九五二円から、昭和四四年四月分以降昭和五〇年五月分まで計七四か月毎月三万三五〇〇円の割合による給与合計二四七万九〇〇〇円を差し引いた金五三六万〇九五二円及びこれより弁護士費用五〇万円を控除した残額に対する弁済期の後である昭和五一年五月一二日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに昭和五〇年六月一日以降本判決確定に至るまで毎月二八日かぎり支払われるべき一か月あたり金一〇万五三〇〇円から原判決認容の金三万三五〇〇円を差し引いた金七万一八〇〇円の割合による金員)の支払いを命じ、被控訴人のその余の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条本文を、仮執行及びその免脱の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用し、主文二の(二)に関する仮執行免脱の宣言は不相当と認めてこれを附さないこととして、主文のとおり判決する。
別表(一)
期間
月額
月数
計
年月
44.4~44.12
円
33,500
9
円
301,500
45.1~45.12
40,700
12
488,400
46.1~47.2
49,800
14
697,200
47.3~47.6
58,300
4
233,200
47.7~48.3
59,300
9
533,700
48.4~49.3
70,200
12
842,400
49.4~50.3
92,200
12
1,106,400
50.4~50.5
105,300
2
210,600
合計
4,413,400
別表(二)
支給日
金額
年月日
44.6
円
15,000
44.11.30
110,554.50
45.6.20
109,095.00
45.12.6
130,666.00
46.6.26
131,479.94
46.11.30
182,705.88
47.6.20
151,405.16
47.11.30
188,445.69
48.6.20
180,400
48.11.30
217,060
49.6.30
232,010
49.11.30
277,730
合計
1,926,552.17
(喜多勝 林義雄 楠賢二)
<参考・原判決理由抄>
一、被告が肩書地に本社を有し、総合印刷を業とする株式会社であることは当事者間に争いなく、原告が昭和四〇年四月一八日滋賀大学経済学部に入学し、同四四年三月一八日に同大学同学部を卒業したことは、原告本人尋問の結果から認められる。
昭和四三年六月頃、被告が滋賀大学に対し翌四四年三月卒業予定者で被告会社へ入社を希望する者の推せんを依頼し、かつ、募集要領、被告会社の概要、入社後の労働条件等を紹介する文書を送付して右卒業予定者に対して求人の募集をしたこと、原告が大学の推せんをえて被告の右求人募集に応じ、昭和四三年七月二日(筆記試験、適性検査)と同月五日(面接試験)に被告会社の採用試験を受けたこと、同月一三日に被告から原告に対し被告会社に採用することを内定した旨の書面による通知がなされたこと、右通知書に同封して送付された誓約書用紙(乙第二号証)に原告は、所要事項を記載して、被告が指定した同月一八日までに被告に送付したこと、その後、被告は、原告に対し昭和四四年二月一二日付書面によつて、右採用内定を取消す旨の通知をしたことは、当事者間に争いない。
二、<証拠略>並びに前記争いない事実を綜合すると、前記、被告より滋賀大学に対し、求人募集があつた当時において、原告は、既に大学から配付されていた資料、その他被告から送付されて来た募集要領、これに基づいて大学が作成して張出した求人票等によつて被告会社の内容の概要、その一般的な労働条件、(その内容は請求原因第二項(一)に記載のとおり)ことに昭和四三年度に入社した大学卒の従業員の初任給が一か月平均二九、五〇〇円であるから四四年度に入社する原告らの給与も右を若干上廻るであろうこと等を認識して被告の求人に応募する決意をし、大学に推せんを頼んだ。
滋賀大学は、他の多くの大学が採用しているように、就職について大学が推せんをするときは、二つの企業に制限し、かつ、そのうちいずれか一方に採用が内定したときは、直ちに未内安の他方の企業に対する推せんを取消し、学生にも先に内定した企業に就職する(二社制限、先決優先主義)ように指導を徹底し、①推せんを求める各企業にもこのことを通知し、内定が重複することによつて生じる企業と大学または学生との間の粉争を回避するように努力し、このことは昭和四三年以前から実施され、原告を被告に推せんしたのも右の原則の下になされたものである②。
原告は、昭和四三年七月二日に筆記試験と適性検査をうけ、かつ同日に身上調書(その記載内容は請求原因第二項(三)記載のとおり)を提出した。原告は右試験に合格し、被告の指示により同月五日に面接試験と身体検査を受けた。
その結果、七月一三日に文書でもつて採用内定の通知を受けたので、原告としては、これで特別の事情のない限り被告会社に採用されるものと信じ、大学にもその旨報告し、かつ当時大学より推せんを受け求人募集に応募していた③訴外ダイキン工業株式会社への応募を辞退し、大学も右訴外会社に対する推せんを取消す手続をとつた。
原告は、右採用内定の通知書に同封して送付されて来た誓約書(その内容は請求原因第二項(四)に記載のとおり)に所要事項を記入し、被告が指定した七月一八日までに被告に送付した。
このようにして、原告としては、翌四四年三月に大学を卒業したときは、当然に被告会社に就職できるものと信じ、その後昭和四三年一一月頃に被告から送られて来た被告会社の近況報告その他のパンフレツトも読み、かつ、被告から指示のあるとおりに原告の近況報告書(その内容は、卒業が近づき卒業論文の作成に励んでいること、社会人としての生活に入るべく日頃の生活を律していること、学生運動に対する感想文等)を作成して送付した。
ところが、昭和四四年二月一二日頃に、突如として被告から原告に対し採用内定を取消す旨の通知があり、しかもその理由も示されていなかつた。
原告としては、前記のとおり被告から採用内定を受け、被告会社に就職できるものと信じ、他企業への応募も④取消しており、かつは、取消通知のあつた時期が遅れている関係から、他の相当な企業への就職は事実上不可能となり、更には取消の理由も示されていなかつたので、大いに驚き、大学の係教授等を通じて被告と交渉したが、何らの成果もえられず、他に就職することもなく、三月一八日に卒業するに至つた。
事実を認めることができる。
三、<証拠略>によると、原告と同時期に被告会社に応募した大学卒業予定者に対する採用試験については、被告会社の大阪事業部においては取締役広野正澄が主宰していたが、同事業部の関係では採用内定者のうちから辞退者の出ることを予想して二〇名位を採用内定する計画で、七月五日の面接試験には約五〇名のものを受験させたが、内定者を決定する段階で約三名の不足があり、このため広野の部下(総務課長)の進言もあつて当初不採用の予定であつた原告を採用内定することにしたこと、被告会社ないし広野としては、採用内定はあくまで内定であつて、更に調査を補充した上で最終的に正式に採用する者を決定することとし、原告に対する調査をしている段階で原告が被告会社の従業員として不適格であると判断し、前記のように採用内定を取消したものである、ことが認められる。
四、右のように、企業が大学の新卒業者を雇用するについて、早期に採用試験を実施して採用を内定するような方式は、わが国において広く行なわれているところであり、これは、終身雇用制度の下における企業間の優良な従業員獲得競争の結果であり、一方においては、企業は、一応確保した者に対してなお調査を補充して従業員採用についての危険を無くしようと意図しているものであることは、<証拠略>によつても認められ、また公知の事実でもある。したがつて、本件においても、被告が前認定のように、採用内定を⑤採用の決定(労働契約の成立)と区別して⑥取扱うことも首肯できる。
しかし、一方、大学の新卒業者にとつては、自己の希望する大企業に就職することが必ずしも容易でないことは、各企業が採用試験を行ない、本件においても被告が前記のような採用試験を実施していることからも容易に窺うことができ、かつ、右のように各企業が早期に採用者を内定する方法をとるときは、その段階で採用の内定を受けないと、大企業に就職する機会さえ失うおそれがあり(このことは、証人岡本愛次の証言によると、滋賀大学経済学部においても、原告と同じ昭和四四月三日卒業予定者のうち、大学の推せんを受けた者については、同四三年六月から同年七月初旬にかけてほとんどの者の就職が内定し、それ以後の就職決定は無かつたような事情が⑦認められること、現に本件においても、前記のように原告は内定取消以後においては就職しえなかつた。)このようなことから、学生を推せんする大学は前記のような二社制限、先決優先の方法をとり、採用内定者としては、内定を受けることによつて、就職が決定したものと考えるのも無理のないところである。
⑧このように、採用者側と被採用者側との間に、採用内定の性質、効果等に対する認識について差異があり、本件において、原告としては内定によつて就職の決定――労働契約の成立――と思つていたとしても、被告としてはそのように考えていなかつたのであり、かつ、その当時においては、原告はなお大学の学生であつたこと、また、甲第一号証の採用内定通知書において、被告は「採用を内定致しました」と「内定」なる文字を用いて決定と区別した表現をしていること等からして、右採用内定の通知によつてただちに労働契約が成立したものと解することは困難である。
五、⑨しかしながら、<証拠略>によると、これらの書面は、被告から原告に対し昭和四三年一一月二〇日付で送付されたものであるが、その「近況報告について」と題する書面(甲第七号証)には「来春から貴君には当社の営業部門……管理部門において十分に持てる力を発揮していただくわけですが、あらかじめ大日本印刷株式会社についての理解を深めていただきたいと思い、『大日本印刷株式会社の近況』と『産業フロンテイア物語』を同封いたしますので熟読しておいて下さい。……入社までの予定については別紙に付記しておきましたが、健康には十分注意して卒業まで悔いのない充実した学生生活を送つて下さい。云々」との記載があり、右の「大日本印刷株式会社の近況」(甲第八号証)には、被告会社の近況とともに入社までの予定、入社日等について詳細に記載されているのであり、これらの書面によれば、被告としては、原告を単なる採用予定者、すなわち、来春に労働契約を締結するであろう者としてではなく、原告が大学を卒業したときは、当然に被告の従業員となるものとの意識のもとにこれを取扱つていたものということができる。
⑩更に、<証拠略>によると、
被告会社の昭和四四年度新入社員(大学卒)については、同年三月初旬に入社式の通知がなされ、同時に健康診断書の提出が求められた。右入社式は同年三月三一日に大学新卒の採用者全員が東京に集められ、入社式典が行なわれ、式典は一時間余りで、社長の挨拶、先輩の祝辞、新入社員の答辞、役員の紹介、社歌の合唱等がなされた。式典に集まつた新入社員は、その日式典終了後に学校の卒業証明書と最終学年成績証明書、家族調書並びに試傭者としての誓約書(乙第三号証)を提出した。式典後、新入社員は東京で約二週間の導入教育を受けた後、被告会社の各事業部へ配置され、若干期間の研修の後にそれぞれの労働に従事した。そして、被告会社の定める二か月の試傭期間を過ぎた後の同年六月下旬に、更に本採用者として誓約書(乙第四号証)を保証人と連署して提出し、社員としての辞令書の交付を受けた。被告会社においては、大学新卒の新入社員に対しては、昭和四四年度の前後を通じて、大体右と同様な方法で本採用の社員として身分を取得させていた。
事実を認定できる。
⑪右の事実からすると、採用内定者が被告会社に入社(試傭者として)する経過において、採用内定の通知とこれに対する誓約書の提出以後には、双方から何らかの特別な意思表示がなされたわけではない。仮に、入社式後になされた試傭者としての誓約書(乙第三号証)を徴する行為とこれを提出する行為を捕えて契約(試備労働契約)の成立とみるならば、その事前に行なわれた入社式典の意味を如何に解すればよいのか。
以上のようなことは、被告においても、採用内定者は、内定が取消されない以上は、大学卒業後において当然に被告会社に入社(試傭者として)するものと意識し、現実にそのように取扱つていたものということができる。
このようなことから、採用内定が将来労働契約を成立させる予約ともいうべきもので、労働契約成立のためには、更に別個の意思表示を必要とする、との被告の主張も採用しえない。
六、以上の説示の各事実を合わせ考えてみると、本件においては、被告から原告に対する採用内定の通知をなし、原告から被告に対し誓約書を提出した段階において、将来の一定の時期(入社日・原告の大学卒業後で昭和四四年三月末日頃が予定されている)に、互に何ら特別の意思表示を要することもなく、原被告間に試傭労働契約を成立させるとの合意、いわば採用内定契約ともいうべき一種の無名契約(以下便宜上、採用内定契約という。)が成立したものと解するのが相当である。
もつとも、採用内定の段階においては、⑫その基礎にある将来の試傭労働契約の内容、労働条件等については、不確定の要素の多いことは否定しえないけれども、そもそも労働契約そのものがいわゆる附合契約たる性質を有するものであり、労働者は使用者の定めた契約内容、労働条件に従つて労務を提供することを約する性格のものであるから、採用内定の段階で、以上のことが若干不明確であるからといつて、右のような契約の成立を否定する論拠とはなし難い⑬。
⑭七、ないし一一<全部変更>