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大阪高等裁判所 昭和48年(ネ)52号 判決 1974年7月16日

控訴人

植田アサエこと

奥田アサエ

外三名

右控訴人ら訴訟代理人

篠田桂司

被控訴人

佐竹安続

右訴訟代理人

立入庄司

主文

原判決中控訴人らの敗訴部分を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠の関係は、次に付加するほかは原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

被控訴人の主張

一、被控訴人は、昭和二四年九月六日被控訴人が訴外植田久澄との間で被控訴人が原判決添付目録記載農地(以下本件農地という。)を久澄から買受けるべき旨の契約(以下本件売買契約という。)を結んだ当時、別紙目録記載農地合計五反四畝八歩を所有し、ガラス製造業を営むかたわら被控訴人夫婦と子供五・六人が耕作し、田植、稲刈り等の農繁期には他人を雇つて耕作の補助をさせていたもので昭和四八年七月五日当時には約一町歩の農地を耕作していた。したがつて、被控訴人は本件売買契約当時はもとより現在においても農地の取得資格を有する。

二、本件売買契約前 訴外西端仙五郎が控訴人主張のとおり本件農地を小作していたことは認めるが、久澄との間の小作契約は本件売買契約締結の際合意解約されたものである。

三、控訴人の消滅時効の主張は争う。本件農地の所有権は知事の許可の有無に係りなく本件売買契約によつて久澄から被控訴人に移転したものである。すなわち、不動産所有権の移転は当事者の意思表示のみによつてその効力を生ずるのであつて、本件売買契約は物権契約である。仮に本件売買契約が知事の許可を停止条件とするものであるとしても、右条件は所有権移転の効力の発生に係るものであつて、売買契約の性質を変えるものではない。

四、控訴人主張の久澄と控訴人らとの間の相続関係は認める。

控訴人らの主張

一、被控訴人は本件農地を取得する資格がない。すなわち、被控訴人が久澄と本件売買契約を結んだとしても、当時西端が久澄との間の小作契約に基づき本件農地を小作していたものであつて、本件農地の所有権を取得できるのは西端のみである(農地法三条二項一号)。被控訴人主張の小作契約解約の事実は否認する。

二、仮に被控訴人に本件農地の取得資格があつたとしても、被控訴人の、控訴人らが知事に対し許可申請手続をなすべきことを請求する権利及び知事の許可を条件とする所有権移転登記請求権は債権的請求権であるから、本件売買契約締結日である昭和二四年九月六日を起算日として一〇年後の昭和三四年九月六日の経過をもつて時効消滅した。

三、被控訴人が本件農地を所有の意思をもつて占有を始めたことは否認する。仮に被控訴人が所有の意思をもつて占有していたとしても、本件農地の所有権の移転は知事の許可を必要とすることを知つて占有を始め、あるいは過失によつてこれを知らずに占有を始めたものであつて、その占有の始め悪意、又は過失がある。

四、なお、控訴人奥田アサエは久澄の妻、同植田スミは長女、同植田浅夫は長男、同奥田栄は次男である。

証拠<略>

理由

一<証拠>によると次の事実が認められる。すなわち、本件農地は久澄の所有であり、西端が久澄との間の小作契約により小作していたところ、久澄は本件農地を被控訴人に売渡すため西端との右小作契約を合意解約し、昭和二四年九月六日被控訴人との間において、久澄は本件農地を売買代金一〇万円で被控訴人に売渡すべく、久澄は農地法三条所定の大阪府知事に対する許可申請手続に協力する旨の売買契約を結び、久澄は不動産売渡証書(甲第二号証)を作成するとともに、所有権移転登記手続に必要な久澄名義の白紙委任状(甲第三号証)を作成して被控訴人に交付し、被控訴人は同日売買代金一〇万円を久澄に支払い、その領収書(甲第一号証)を久澄から交付を受けた。そして、被控訴人は同日頃久澄から本件農地の引渡を受け爾来これを耕作していることが認められ、<排斥証拠略>。

控訴人らは、被控訴人は商業を営むものであるから本件農地を取得する資格がない旨主張するので判断するに、<証拠>によると、被控訴人は本件売買契約当時ガラス製造業を営むかたわら、約五反四畝の田を所有又は小作して農業を営み、農繁期に労務者を雇い耕作させたほかは、妻子と共に耕作し、現在約一町歩の農地を所有していることが認められ、原審証人西端仙五郎、同上原辰治の各証言、原審における控訴人奥田栄本人尋問の結果中右認定に反する部分は前記各証拠に照らし採用しない。又控訴人らは、本件売買契約当時本件農地を西端が小作していたから被控訴人に本件農地を買受ける資格がない旨主張し、本件売買契約前に西端が本件農地を小作していたことは当事者間に争いがないが、右小作契約が合意解約されたことは前記認定のとおりである。したがつて、被控訴人が本件農地を買受ける資格を有するというべきである。控訴人らの右各主張はいずれも採用しない。

してみると、久澄は被控訴人に対し、本件農地について大阪府知事に対し農地法三条(本件売買契約成立当時は農地調整法五条)所定の所有権移転の許可申請手続をすべき義務を負担したというべきである。そして久澄が昭和四〇年七月一〇日に死亡し、控訴人奥田アサエが久澄の妻、控訴人植田スミが長女、同植田浅夫が長男、同奥田栄が次男であることは当事者間に争いがないから、控訴人らは久澄の右知事に対する許可申請義務を承継したというべきである。控訴人らは、知事に対する許可申請手続は裁判上請求できない旨主張するけれども、知事の許可、すなわち意思表示を求める訴として裁判上請求できるものと解すべきである(民訴法七三六条参照)。控訴人らの右主張は採用しない。

二次に、控訴人らは、被控訴人の控訴人らが知事に対し許可申請手続をなすべきことを請求する権利は時効消滅した旨主張するので、まず、右許可申請協力請求権が消滅時効の対象となる権利であるか否かについて検討する。農地の売買契約についての知事の許可は、売買契約の効力発生要件であり(農地法三条)、したがつて、知事の許可がない限り農地所有権移転の効力は発生しないが、右許可申請協力義務は売買契約の成立と同時に発生するものと解すべきである(最判昭和三五年一〇月一一日民集一四巻一二号二四六五頁)。したがつて、それと同時に買主は売主に対し(売主も買主に対し)右許可申請協力請求権を取得するにいたるものというべきであつて、右許可申請協力請求権は債権的請求権と解すべきである。このように右許可申請協力義務及び同請求権は農地の売買契約の目的達成に不可欠のものであり、売主が知事に対する許可申請協力義務の履行を怠つた場合には、売買契約解除の原因となりうるものであつて(最判昭和四二年四月六日民集二一巻三号五三三頁参照)、右許可申請協力請求権をもつて登記請求権に従属・随伴する権利とみることはできない。したがつて、知事の許可申請協力請求権はそれ自体消滅時効にかかるものというべく、その時効期間は債権としての一〇年というべきである(最判昭和四三年一二月二四日民事裁判集九三号九〇七頁参照)。そして本件売買契約成立の日が昭和二四年九月六日であることは前記認定のとおりであるから、それから一〇年を経過した昭和三四年九月六日かぎり、被控訴人の控訴人らに対する知事の許可申請協力請求権は消滅時効にかかり消滅したというべきである。

ところで、被控訴人の本件売買契約による所有権移転登記請求は、知事の許可があつた場合に生ずる登記請求権に基づく将来の給付の訴であるところ、右認定のとおり控訴人らの知事に対する許可申請義務が時効消滅したから、被控訴人が将来右登記請求権を取得しないことはもはや確定的であつて、その所有権移転登記請求もまた失当というべきである。

三進んで、被控訴人の取得時効の主張について判断する。民法一六二条所定の占有における所有の意思の有無は、占有取得の原因たる事実によつて客観的に定められるべきものであるところ、前記認定のとおり被控訴人は本件売買契約に基づき本件農地の引渡を受け、その占有を始めたものであつて、農地の売買契約にあつては知事の許可がない限り買主は農地の所有権を取得しえないのであり、かつ前記認定事実によると、被控訴人は本件売買契約当時農地の売買について知事の許可が必要であることを知つていたものということができるから、本件農地の所有権を取得していないことを知つていたといわねばならない。してみると、被控訴人の本件土地の占有は、所有の意思に基づかないものというほかはなく、時効取得するに由ないものというべきである。被控訴人の右主張は採用しない。

四すると、被控訴人の本訴請求はいずれも理由がないから、原判決中これと結論を異にする控訴人ら敗訴の部分を取消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(山内敏彦 阪井昱朗 宮地英雄)

<目録省略>

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