大阪高等裁判所 昭和48年(ネ)934号 判決 1975年5月30日
理由
一、控訴人長島、同高柳、同近藤の被控訴人に対する各手形金請求について
(一)、控訴人長島、同高柳、同近藤各主張の各請求原因事実および被控訴人主張の原因関係消滅の人的抗弁事実についての当裁判所の判断は、原判決一〇枚目裏一行目から同一三枚目裏六行目までと同一(ただし、原判決一一枚目表五行目「……こと、渡部利男から……」から同表七行目「……がない。」までを「……ことは当事者間に争いがなく、前記甲第一、第三、第四号証、原審証人渡部利男(併合前)の証言および原審における控訴人長島、同高柳、同近藤各本人尋問の結果によると、渡部利男は、三浦商事から裏書を受けた本件各手形について、それぞれ裏書をし、そのうち原判決添付約束手形目録(1)の手形についてはその被裏書人たる藤間比徳の、同目録(2)の手形についてはその被裏書人たる大内基弘の、同目録(3)の手形についてはその被裏書人たる細馬茂の裏書を受けたうえ、同目録(1)の手形は控訴人長島を、同目録(2)の手形は控訴人高柳を、同目録(3)の手形は控訴人近藤をそれぞれその被裏書人として、右控訴人三名に対し、本件各手形をそれぞれ取立委任の目的で交付したことが認められる。」と改め同表末尾から五行目に「証人三浦春生の証言(一回)」、同三行目に「証人三浦春生の証言(二回)」、同表末尾から同裏一行目にかけて「証人三浦春生の証言(一、二回)」とあるをいずれも、「証人三浦春生の証言」と改め、同一三枚目裏三行目に「隠れた取立委任裏書を受けた」とあるを「それぞれ取立委任の目的で本件各手形の交付を受けた」と改める)であるから、これを引用する。
(二)、被控訴人は、渡部利男が、三浦商事から裏書を受けた本件各手形を、さらに控訴人長島、同高柳、同近藤にそれぞれ隠れた取立委任裏書をしたものであるが、三浦商事の渡部利男に対する本件各手形の裏書が詐害行為として取り消されるならば、その法律上の効果は否定されるから、渡部利男から隠れた取立委任裏書を受けた右控訴人三名は、本件各手形の適法な手形所持人ではなくなるわけであつて、被控訴人に対し、本件各手形の手形金を請求し得ない旨主張する。しかし、詐害行為取消の訴えを認容する判決の効力は相対的であると解されるから、裁判所が債権者の請求に基づいて債務者の法律行為を取り消したときは、その法律行為は、訴訟の相手方に対しては無効に帰するけれども、その訴訟に関与しない債務者、受益者または転得者に対しては、依然としてその効力を維持するものと解せられるところ(最高裁判所昭和三九年七月一〇日判決参照)、手形行為の効力は、原則として、当事者の具体的意思如何にかかわらず、行為の外形にしたがつて解釈されるべきであつて、手形法一八条の公然の取立委任裏書がなされた場合は格別、通常の裏書がなされた場合には、それが隠れた取立委任裏書の場合にあつても、手形上の権利は、裏書人から被裏書人に移転し、取立委任の合意は単なる当事者間の人的抗弁事由となるにとどまるべきものと解されるから(最高裁判所昭和三一年二月七日判決参照)、手形上の権利が、債務者から受益者、受益者から転得者に順次通常の裏書によつて移転した場合において、裁判所が債権者の請求に基づいて債務者の受益者に対する手形の裏書を詐害行為として取り消しても、その裏書は、訴訟の相手方となつた受益者に対しては無効に帰するけれども、その訴訟に関与しなかつた転得者に対しては、たとえ転得者が受益者から隠れた取立委任裏書を受けた場合であつても、依然としてその効力を維持するものというべきである。したがつて、隠れた取立委任裏書を受けた被裏書人が、手形上の権利の行使について固有の利益を有しない場合には、その者の善意悪意を問わず、裏書人に対する抗弁はすべて被裏書人に対抗し得るものと解すべきではあるけれども(大審院昭和九年二月一三日判決参照)、前記のとおり、詐害行為取消の訴えを認容する判決の効力は相対的と解されるから、債務者の受益者に対する手形の裏書が詐害行為として取り消されても、その訴訟に受益者から隠れた取立委任裏書を受けた転得者が関与しない以上は、債務者の受益者に対する手形の裏書が詐害行為として取り消されたことを抗弁事由として、受益者から隠れた取立委任裏書を受けた転得者に対し、対抗し得ないものというべきである。ところで前記認定事実によれば、渡部利男は、三浦商事から裏書を受けた本件各手形について、それぞれ裏書をし、そのうち原判決添付約束手形目録(1)の手形についてはその被裏書人たる藤間比徳の、同目録(2)の手形についてはその被裏書人たる大内基弘の、同目録(3)の手形についてはその被裏書人たる細馬茂の裏書を受けたうえ、同目録(1)の手形は控訴人長島を、同目録(2)の手形は控訴人高柳を、同目録(3)の手形は控訴人近藤をそれぞれその被裏書人として、右控訴人三名に対し、本件各手形をそれぞれ取立委任の目的で交付したことを認めることができるから(もつとも、渡部利男が三浦商事から裏書を受けた本件各手形を右控訴人三名に対し、それぞれ隠れた取立委任裏書をしたことは当事者間に争いのないものとされているけれども、一方、控訴人長島が三浦商事から渡部利男、渡部利男から藤間比徳、藤間比徳から控訴人長島に順次裏書されている原判決添付約束手形目録(1)の手形を、控訴人高柳が三浦商事から渡部利男、渡部利男から大内基弘、大内基弘から控訴人高柳に順次裏書されている同目録(2)の手形を、控訴人近藤が三浦商事から渡部利男、渡部利男から細馬茂、細馬茂から控訴人近藤に順次裏書されている同目録(3)の手形をそれぞれ所持していることも当事者間に争いがなく、この点は本件各手形《成立に争いのない甲第一、第三、第四号証》の裏書欄とも一致するから、当事者の真意は、渡部利男が三浦商事から裏書を受けた本件各手形を、控訴人三名に対し、その取立を委任した点にあるとみるべきであつて、渡部利男が本件各手形についてそれぞれ控訴人三名を被裏書人として直接裏書したとするものではないと解する。)、渡部利男は控訴人三名に対し、それぞれ本件各手形の手形金の取立委任を目的として、本件各手形を交付したことにより、本件各手形の手形上の権利は、渡部利男から、原判決添付約束手形目録(1)の手形は藤間比徳、同目録(2)の手形は大内基弘、同目録(3)の手形は細馬茂を経て、それぞれ控訴人三名に移転したものというべきところ、後記二において認定するとおり、被控訴人は受益者たる渡部利男を訴訟の相手方として、債務者たる三浦商事の渡部利男に対する本件各手形の裏書を詐害行為としてその取消しを求め、これが認容されるべきものであることが明らかであるけれども、転得者たる控訴人三名はその訴訟の相手方として関与していないのであるから、三浦商事の渡部利男に対する本件各手形の裏書は、被控訴人と控訴人三名との間においては、依然としてその効力を維持するものというべく、被控訴人は控訴人三名に対し、三浦商事の渡部利男に対する本件各手形の裏書が詐害行為として取消されたことを抗弁事由として、対抗し得ないものというべきである。被控訴人の前記主張は採用できない。
(三)、そうすると、被控訴人に対し、控訴人長島が原判決添付約束手形目録(1)の約束手形金一〇〇万円とこれに対する支払期日である昭和四六年三月三日から、控訴人高柳が同目録(2)の約束手形金一〇〇万円とこれに対する支払期日である昭和四六年三月三日から、控訴人近藤が同目録(3)の約束手形金九〇万円とこれに対する支払期日である昭和四六年三月三日から各支払ずみまで手形法所定年六分の割合による法定利息の支払を求める各請求はいずれも正当として認容すべきであるから、大阪地方裁判所が昭和四六年(手ワ)第三八九号約束手形金請求事件について同年五月六日言渡した手形判決および神戸地方裁判所尼崎支部が昭和四六年(手ワ)第三一号約束手形金請求事件について同年五月二六日言渡した手形判決はいずれもこれを認可すべきである。
二、被控訴人の控訴人渡部利男に対する詐害行為取消請求について
当裁判所は、被控訴人の控訴人渡部に対する詐害行為取消請求は、正当として認容すべきものと判断するが、その理由は、左記に補足し、付加するほか、原判決一三枚目裏七行目から同二一枚目表一行目までと同一(ただし、原判決一六枚目裏九行目の「詐害行為」の次に「取消権」を加え、同二〇枚目裏八行目「……認定することができ」の次に「さらに前記甲第五号証の一ないし三によると、控訴人渡部が三浦商事に対し会社名義で貸付けた金一五六万七、三〇〇円の貸金債権について、三浦商事が控訴人渡部に対して、その支払確保のために振出した約束手形の最終の支払期日は昭和四五年一一月三〇日であること、前記甲第七号証によると、控訴人渡部が三浦商事に対し三浦一三個人名義で貸付けた金一、五〇〇万円の貸金債権の返済期日は同年一一月二〇日であることがそれぞれ認められ」を加え、同二一枚目表一行目「……証拠はない」の次に「かえつて、前記認定事実によると、三浦商事は控訴人渡部との間において、他の一般債権者を害するため通謀して本件各手形を裏書譲渡したものと認められる」を加える)であるから、これを引用する。当審証人三浦孝二の証言中、右認定判断に副わない部分は採用しない。
(一)、引用にかかる原判決認定事実によれば、被控訴人は昭和四五年四月二〇日三浦商事に対しヨーロー観光ビルのエレベーター設備工事を発注し、両者間に右請負工事契約を代金六三〇万円として締結したが、同年一一月六日、三浦商事は累積負債金七、〇七六万七、〇八二円の債務超過により倒産し、そのため右エレベーター設備工事が履行不能となり、被控訴人が右請負契約を解除した結果、被控訴人は三浦商事に対し、金二九〇万円の損害賠償債権を取得するに至つたことが認められるから、被控訴人の三浦商事に対する債権は、本件詐害行為当時(三浦商事が控訴人渡部に対し昭和四五年一一月四日本件各手形を裏書した当時)においては、前記エレベーター設備工事の請負契約に基づく工事の完成を求める債権であつたが、本件詐害行為において、三浦商事の履行不能により金二九〇万円の損害賠償債権に変じたものであることが認められる。ところで詐害行為取消権は、債権者が、財産権を目的としてなした債務者の法律行為を取り消して自己の債権の実現に供しようとするものであるから、債権者の債権もまた財産権を目的とするものでなければならず、また、詐害行為当時に既に発生したものでなければならない。しかし、詐害行為取消権の被保全債権は、必ずしも金銭の給付を目的とするものに限られるべきものではなく、特定物引渡請求権も、窮極において損害賠償債権に変じ得るものである以上、債務者の一般財産によつて担保されなければならないものであつて、被保全債権たり得るものと解すべきであるから(最高裁判所昭和三六年七月一九日判決参照)、請負契約における仕事の完成を求める債権も、それが債務者の労務のみによつて目的を達成し得る場合であれば格別、本件エレベーター設備工事の請負契約のように債務者の履行について多額の費用を要するような場合には、債権者は共同担保の減少によつて損害を受けることになるから、被控訴人の三浦商事に対する前記請負契約に基づく工事の完成を求める債権は、詐害行為取消権の被保全債権たり得るものと解するのが相当である。また、詐害行為当時発生していない債権であつても、詐害行為当時その基礎となる法律関係が存在し、債権発生の蓋然性があり、債務者もそのことを熟知して詐害行為をなした場合には、債権者に詐害行為取消権を是認し得るものと解するのが相当であるところ、被控訴人の三浦商事に対する前記損害賠償債権は、本件詐害行為当時発生していないけれども、詐害行為当時その基礎となる法律関係(請負契約)は存在し、三浦商事の倒産によつて損害賠償債権に変ずる蓋然性が極めて高く、引用の原判決認定事実によれば、三浦商事はそのことを熟知して本件詐害行為をなしたものと推認するに十分であるから、被控訴人の三浦商事に対する前記損害賠償債権も詐害行為取消権の被保全債権たり得るものと解し得る。したがつて、被控訴人は、被控訴人の三浦商事に対する前記エレベーター設備工事の請負契約に基づく工事の完成を求める債権についても、また、それが変じた損害賠償債権についても、いずれもこれを詐害行為取消権の被保全債権として、詐害行為取消権を行使し得るものというべきである。
(二)、控訴人らは、仮に三浦商事が控訴人渡部に対し、その負担する貸金債務の支払確保のために本件各手形を裏書したものであるとしても、手形債務と貸金債務とは、前者が後者の手段たる関係にしかなく、右両債務は一方の債務が弁済によつて消滅すれば、他方の債務も目的を達して消滅するものであるから、債務総額自体は増加せず、一般債権者の共同担保を害する財産減少行為とはならず、したがつて、詐害行為とはならない旨主張する。しかし、手形は流通証券であつて、手形債務発生当時の権利者がいつまでも権利者でいるわけではないのであり、しかも手形債務は、原因関係上の債務とは異なり、挙証責任の転換、人的抗弁の切断等を伴うものであるから、原因関係上の債務が弁済によつて消滅しても、手形債務が当然には消滅するものではない。控訴人らは、手形の裏書には人的抗弁の切断があるからといつて、あらゆる手形裏書行為が詐害行為に当ると考えるのは飛躍にすぎるとも主張するが、たまたま手形債務者が現在の手形権利者に対し、原因関係上の債務の消滅を人的抗弁として主張し得る場合があるとしても、手形の裏書には右に述べたような法律上の可能性がある以上、詐害行為性を否定し得ないというべきである。控訴人らは、また、三浦商事は控訴人渡部に対し、その負担する貸金債務の弁済に代えて、本件各手形を裏書したものである旨主張するが、引用にかかる原判決認定事実(ただし、当裁判所が付加した部分を含む)によれば、三浦商事は控訴人渡部との間において、他の一般債権者を害するため通謀して本件各手形を裏書したものと認められるから、三浦商事が控訴人渡部に対し、その負担する貸金債務の支払確保のために本件各手形を裏書したものであるとしても、また、その負担する貸金債務の弁済に代えて本件各手形を裏書したものであるとしても、その詐害行為性を否定し得ないというべきである。
三、むすび
よつて、控訴人長島、同高柳、同近藤の被控訴人に対する各手形金請求および被控訴人の控訴人渡部に対する詐害行為取消請求は、いずれも正当として認容すべきであつて、原判決が、控訴人長島、同高柳、同近藤の被控訴人に対する右各請求を棄却したのは失当であり、被控訴人の控訴人渡部に対する右請求を認容したのは正当であるというべく、控訴人長島、同高柳、同近藤の本件控訴は理由があるから民訴法三八六条の規定により原判決中同控訴人三名敗訴部分を取り消すこととし、控訴人渡部の本件控訴は理由がないから同法三八四条の規定によりこれを棄却する