大阪高等裁判所 昭和48年(ラ)299号 決定 1974年9月17日
抗告人 田村博(仮名)
相手方 島田正則(仮名)
主文
原審判を取消す。
本件を神戸家庭裁判所尼崎支部に差戻す。
理由
一、本件抗告の趣旨及び理由は、別紙(一)、(二)記載のとおりである。
二、当裁判所の判断
(一) 抗告理由一について。
抗告人は、先ず、原審判が別紙第一目録一1の宅地の評価は更地価額によるのが相当であると判断しているのは不当であり、少くとも更地価額からその二割を減じて評価すべき旨主張する。しかしながら、遺産分割の結果、宅地を地上家屋の所有者たる相続人或いは相続人と生計を一にする相続人の配偶者に所有させる場合には、当該宅地については自己使用を前提として評価するのが相当であるから、原審判の如く地上家屋の所有者が抗告人の配偶者である場合には、自己使用を前提とする評価として、更地価額によるのは相当である。したがつて、この点についての抗告人の主張は理由がない。
さらに、右抗告人は、宅地価額についての原審鑑定人の鑑定結果は不当に高過ぎるから、これをそのまま採用した原審判は不当である旨主張する。よつて、審按するに、抗告人が当審で提出した陳述書(抗告人作成)、「昭和四八年地価公示」(社団法人日本不動産鑑定協会大阪支部編)、固定資産評価額証明書によれば、右宅地は、街路条件、環境条件が同鑑定人が評価したそれをかなり下廻ることがうかがわれ、比準地として選ばれた地価公示地(尼崎市東難波町三丁目一六四番地)の昭和四八年度固定資産価格と右宅地のそれは、一〇〇対七七・七七の比率になつていることが認められ、比準地と右宅地の価額の比率を一〇〇対九八とした同鑑定結果をそのまま採用して右宅地は評価した原審判には、右評価を誤つた疑が濃厚である。したがつて、適正な評価をなすべく、さらに審理を尽す必要があるものというべきである。
(二) 抗告理由二について。
抗告人は、別紙第一目録一2の建物は昭和三二年一二月に被相続人が約四〇万円を、抗告人が約二〇万円を各支出して全面的に建てかえたものであるから、右建物は両名の共有とすべきであつて、右建物全部を遺産とした原審判は誤である旨主張する。しかしながら、前記陳述書には、抗告人が建てかえに際して約二〇万円の支出をした旨の記載が存するけれども、これを以て直ちに抗告人が右建物につき共有権を取得したものということはできず、他に共有であることを認めるに足る証拠はない。したがつて、抗告人の右主張は理由がない。
ところで、職権を以て調査するに、右建物は登記簿上は木造瓦葺平家建で床面積五九・七六平方メートルであるが、前記陳述書、原審における抗告人及び相手方島田正則の各陳述、鑑定人遠藤宏作成の鑑定書中の写真によれば、現況は二階建であることが認められ、登記簿上の表示とは相違しているにも拘らず、右鑑定書には、鑑定の対象たる右建物の表示としては登記簿どおりの表示をするのみで現況との相違についての記載がなく、鑑定理由中にも現況との相違点が考慮されている趣旨の記載はなく、間接法による一平方メートル当りの原価に面積を乗じて建物の評価額を算定しているが、右建物の面積は目測しているに過ぎないのではないか、との疑すら存する(鑑定評価額決定の理由の要旨4(一)(3)の末尾参照)。したがつて、右鑑定の結果をほぼそのまま採用した原審判には、右評価は誤つた疑があり、適正な評価をなすべく、さらに審理を尽す必要がある。
(三) 抗告理由三について。
抗告人は、別紙第一目録二の土地は環境条件等が悪く、右土地の借地権の評価についての原審鑑定人の鑑定結果は不当に高過ぎるから、これをそのまま採用した原審判は不当である旨主張する。よつて審按するに、前記陳述書、「昭和四八年地価公示」、固定資産価額証明書によれば、右土地は街路条件、環境条件が原審鑑定人の鑑定結果中で同鑑定人が評価したそれをかなり下廻ることが認められ、又、比準地である前記地価公示地の昭和四八年度固定資産価格と右土地のそれは一〇〇対七四・三四の比率になつていることが認められ、比準地と右宅地の価額の比率一〇〇対八八とした同鑑定結果をそのまま採用して右宅地の評価しこれは基準としてその借地権は評価した原審判には、右評価を誤つた疑が濃厚である。したがつて、適正な評価をなすべく、さらに審理を尽す必要があるものというべきである。
(四) 抗告理由四について。
1、抗告人は、相手方島田正則が昭和三九年頃、被相続人から建築資金一六〇万円の特別受益を受けた旨主張する。
抗告人提出の陳述書、○○建設株式会社の登記簿謄本、工事請負契約書によれば、被相続人は昭和三九年六月頃、○○建設株式会社の代表取締役をしていたところ、相手方島田正則から別紙第二目録四の平家を二階建に改築して欲しい旨頼まれて同会社にその改築工事を請負わせ、同年八月に完成させたが、請負代金二〇〇万円のうち四〇万円を受領しただけで、残金一六〇万円については会社に代払いしたことがうかがわれる。右事実が認められるとすれば、相手方島田正則は被相続人から生計の資本として一六〇万円の特別受益を受けたことになるので、この点につき、さらに審理を尽す必要がある。
2、さらに、抗告人は、原審判では別紙第二目録三の土地を相手方島田が自費で購入したとして特別受益としては借地権のみを評価しているがこれは誤りであり、右土地は、昭和三七年三月頃被相続人が相手方島田に買与えたものであるから、右土地に関する特別受益としては所有権を受贈したものとして評価すべきである旨主張するので検討する。
前記陳述書中には、相手方島田の当時における生活環境および生活態度から考えて自力で右土地を購入することは不可能であり、むしろ被相続人が同相手方に旧制中学を卒業させ、たばこ店を経営させ、土地付の家を持たせるという持論を持つていたことから被相続人が右土地を買与えたものであるとの抗告人の推測が述べられているけれども、これだけでは抗告人の前記事実を認めるに足りず、他にこれを裏付けるに足りる的確な資料は存しないから、抗告人の右主張は理由がない。
3、抗告人は、相手方島田が被相続人からたばこ販売権、商品(たばこ)の購入や生活費の援助として合計金一、五〇〇、〇〇〇円の特別受益を受けた旨主張し、前記陳述書中にはこれに副う趣旨の供述が存するけれども、これだけでは右金額の受贈を認めるに足りないので、抗告人の右主張は理由がない。
(五) 抗告理由五について。
また、抗告人は、被相続人の入院治療費、葬祭費等として合計金一、一〇〇、〇〇〇円を支出し、香典として金四一一、〇〇〇円を受領したから、その差額約六九万円は相続財産をもつて支弁されるべきである旨主張するので検討する。
民法第九〇六条は、遺産分割の審判に際し一切の事情を考慮すべき旨規定しているが、右規定は、相続人相互間の債権債務も審判の機会に清算すべきことを命じているものではなく、またこれを許容しているものでもない。
さらに、民法第八八五条は、「相続財産に関する費用はその財産の中からこれを支弁する。」と規定していて、遺産の管理費については特に相続財産からその支出をなすべきものとしているが、抗告人主張の出損は、右にいう遺産の管理費には該当しないことが明らかである。
よつて、抗告人のこの点に関する主張は理由がない。
(六) 結論
したがつて、本件即時抗告は理由があるので、その余の抗告理由の判断を省略し、家事審判規則第一九条第一項により主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 柴山利彦 裁判官 弓削孟 篠田省二)