大阪高等裁判所 昭和48年(ラ)357号 決定 1974年2月28日
抗告人 須長正治(仮名)
相手方 須長ベアトリス(仮名)
主文
本件抗告を棄却する。
理由
一、本件抗告の趣旨および理由は、別紙記載のとおりである。
二、当裁判所の判断
(一) 当裁判所も相手方の請求を原審判が認容した限度において正当と認める。その理由は、原審判理由三、の説示と同一であるから、これを引用する。抗告人が抗告理由二、三項で主張する事実は本件記録を精査しても認めることができない。従つて、抗告人主張の不服二、三項は理由がない。
(二) 抗告人は、原審判は先になされた調停または審判を非訟事件の性質上取消変更しうるとしたが非訟法一九条三項に照らし疑問である旨主張する。
当裁判所も、婚姻費用の分担の審判または調停(家事審判法二一条但書により確定した審判と同一の効力を有する)は、婚姻関係の存続を前提とし、その時の夫婦の資産、収入その他一切の事情を考慮してその額を決定するもので継続的法律関係を設定するものであるから調停または審判確定後生じた事情の変更により調停または審判の内容を維持することが不当となつた場合には、非訟事件の性質から何時でも、さきの調停または審判を、後の審判によつて取消、変更することができるものと解する。非訟法一九条三項は裁判(審判)が本来不当な場合に即時抗告以外の手続により取消、変更することができない、とするものであり、審判後の事情の変更を理由として該審判を取消し、変更することまでをも禁じているものではない。従つて、抗告人の右不服は理由がない。
(三) 抗告人は、変更後の審判が効力を生ずるのは該審判が確定してからであり(家事審判法第一三条但書)、それまでは先きに成立した調停が同法第二一条により確定した審判と同一の効力を有して当事者を拘束しているのであるから、後の審判により、既往にさかのぼつてまで先きになされた調停を変更することは、後の審判をその確定前に先きになされた調停に優先させる結果となり、ひいて当事者間の過去および現在の法的安定を損うことになる。従つて、原審判確定前の変更分(この過去の婚姻費用を変更すること自体問題である。)は取消されるべきである旨主張する。
しかしながら、婚姻費用分担の調停成立後事情の変更があり、該調停の内容を維持することが不当となつたときは、何時でも、家庭裁判所の審判により先きの調停の内容を変更することができることは前段説示のとおりであるから、さきの調停の内容が事情の変更により不当となつたのち、当事者の一方からその変更(増額)の請求があつたときは、遅くとも、その時から以後の分担額を変更しうるものと解するのが相当である。なるほど、変更の審判確定までは、先きの調停がその当事者を拘束するけれども、先きの調停は調停成立当時の事情を前提としているのであるから、後の審判で、調停成立後の事情の変更により先きの調停の内容を維持することが不当となつたことを認定し、増額請求の時に遡つて、先きの調停を変更し、分担額の変更を命じたとしても、先きの調停の拘束力に反し、法的安定を害するものではないといわねばならない。そして、家庭裁判所が婚姻費用の分担額を決定するに当り、過去に遡つて、その額を形成決定することが許されない理由はなく、将来に対する婚姻費用の分担のみを命じ得るに過ぎないものと解すべき何等の根拠はない(最高裁昭和四〇年六月三〇日決定民集一九巻四号一、一一四頁参照)。従つて、抗告人主張の右不服は失当である。
(四) よつて、原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 柴山利彦 裁判官 大野千里 辰巳和男)