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大阪高等裁判所 昭和48年(行コ)11号 判決 1974年11月07日

控訴人 京都府知事 蜷川虎三

右訴訟代理人弁護士 小林昭

右指定代理人 片山健三

<ほか四名>

被控訴人 和田三郎

右訴訟代理人弁護士 三木善続

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次に付加する外は、原判決に摘示するところと同一であるから、これを引用する。

控訴人において、

一  本件交通事故に対する地方公務員法第二九条による懲戒処分としては、免職以外に裁量の余地はなかった。

控訴人は京都府職員に対し、かねてよりしばしば、いやしくも公務員たるものが、飲酒運転し人身事故を起すが如きことは許されず、さような場合には、即刻懲戒免職処分をする旨の通達をなし、飲酒運転による人身事故についての懲戒基準を免職処分と定めてきた。懲戒の基準を定めるには条例の制定による必要はなく、知事通達で定めることも勿論可能である。通達は一般に一種の職務命令と解されるから、これを受ける下部職員を拘束するは勿論これを発した行政機関も亦当然これに拘束されると解される。従って控訴人は自らの発した知事通達に拘束され、飲酒運転して人身事故を惹起した府職員たる被控訴人に対する懲戒処分として免職を選択したことは当然であって、右基準に該当する限り免職以外の処分を選択することはできず、その意味で控訴人には裁量の余地はなかった。

二  被控訴人の後出主張事実は否認し、法律上の見解は争う。

三  証拠≪省略≫

被控訴人において、

一  控訴人の右第一項に主張の如き通達による懲戒基準を定めたとの事実は否認し、この基準に拘束され処分に裁量の余地はないとの法律上の見解を争う。

控訴人主張の如き具体的な懲戒基準を通達とした事実はなく、控訴人が新聞記者と会見した際の談話に、或は部課長公所長会議における控訴人の訓示中に、飲酒運転した者、又はこれにより人身事故を発生せしめた者は免職させる旨の発言のあったことは認められるが、これらは職員に対する心構えを訓示したものと解されるのである。

仮にさような懲戒基準を定めたものであるとしても、そのような基準を定めること自体が裁量権の限度を逸脱したものというべきである。即ち知事に懲戒処分の裁量権が与えられている所以は、知事に対し当該行為の客観的、主観的事情を広く総合的に判断させ、その事案の性質に適した処分をなさしめるべきことを期待したからに外ならない。然るに、主張の如き懲戒基準を定め知事自らもこれに拘束されるというのでは、処分権者に対し具体的事情に応じた妥当な処分をなさしめようとする法の意図を処分権者が自ら踏みにじるものと言わざるを得ない。成程他府県において交通事故に関し処分基準を定めた例を見ないではない。しかしそれはあくまでも基準であって、当該事案の外形的事実がその基準に合致していても、他の事情を勘案してその処分の軽重を定めるという限りにおいては違法ではないと解される。基準とは処分権者の処分の目安であって、それに拘束されるのではない。従って控訴人が仮に懲戒基準を定めたとしても、その基準内容自体が他府県の基準に比しまことに苛酷としか思えないが、処分権者自身もこれに拘束され、それ以外の処分をなし得ないとまで主張するに及んでは、かような基準を定めたことそのことに、明らかに裁量権の行使を誤った違法があるといわざるを得ない。

二  右のとおりであるから、控訴人主張の懲戒基準の存否にかかわらず、事故結果の大小、事故後の事情その他諸般の事情を総合して具体的に妥当な種類程度の処分が選択されなければならないのである。ところが本件免職処分は事故後十一日目に行われ、その時点での判断資料は、飲酒運転により交通事故を起し、被害者に対し一か月の傷害を与えたということに限られており、その他の事情はすべて度外視されているのである。控訴人は被控訴人をしばらく休職処分にでもしておいて今少し本件の推移を見守り諸般の事情を考慮することができなかったであろうか。まさに控訴人は過去二〇数年の間京都府知事として君臨し、充分事案を吟味することなく記者会見において発表した基準をそのまま本件に適用し、裁量限度を逸脱した苛酷に過ぎる懲戒処分をなすに至ったといわざるを得ない。

三  証拠≪省略≫

理由

当裁判所が認定する事実(当事者間に争いのない事実を含め)及び判断も原審と同一であって、控訴人の本件懲戒免職処分には、懲戒権行使の限界を逸脱した違法があり、取消を免れないものと思料するので、次に付加する外は、原判決の説示理由を引用する。

地方公務員法第二九条は懲戒処分として戒告、減給、停職、免職の四種を挙げ、懲戒の手続及び効果は条例によって定むべきものとしているが、処分基準については、具体的事案に即してそれにふさわしい処分がなされるためには、処分権者による広範な諸事情の総合的考慮に待つことが適当であるとして、法的に画一的な基準を設定することを避けている。従って具体的事案に当り諸般の事情を考慮したうえどの処分を選択するのが相当であるかについては処分権者に裁量が認められているものと解すべきであるが、前記四種の処分には軽重の差異があるのであるから、処分の選択は当該行為にふさわしいものが定められるべきであって、その選択が恣意にわたることはもとより、当該行為と対比して著るしく均衡を失する等社会通念に照らして合理性を欠くものであってはならない。殊に免職は他の処分とは異なり職員たる地位自体を失わしめるものであるから、処分の選択に当っては、他の処分の選択に比し特に慎重を要するものというべきである。

ところで、控訴人は通達を以て、飲酒運転により人身事故を生ぜしめた職員は懲戒免職に付するとの処分基準を設定したから、その基準に従った本件処分は正当であるという。しかし法が処分基準を法的に画一的に定めず、処分権者の裁量に委ねた所以は、前記のとおり具体的事案に応じて処分権者のなす総合的判断を尊重すべきものとしたからに外ならないのであるから、処分権者が行政上の必要から、懲戒処分の基準を設定していたとしても、それに従うことが処分を正当化するものではなく、あくまでも具体的事案に即してなされた処分が法の定める裁量に従った正当なものであることを要することはいうまでもない。従って処分基準に従ったから正当であるとか、処分基準に拘束され裁量の余地がない等の控訴人の主張は本末を誤ったもので採るに足らない。又懲戒権者が処分を選択するに当っては当該行為の外客観的、主観的な諸般の事情が考慮されねばならず、その一つとして行為者本人以外の一般職員に及ぼす警告的効果も含まれる。しかしながら、これを重視するの余り控訴人主張の処分基準により、その他の諸事情を何ら考慮に容れることなく本件処分を為すに至ったものであるとすれば勿論、諸事情を考慮したとしても、右の警告的効果を偏重したものであれば前記認定(原判決記載)諸事情の総合的考慮において、処分の選択につき裁量を誤った違法があるものといわねばならない。

以上のとおり控訴人の本件免職処分は違法であり被控訴人の本訴請求は正当であるから、これを認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。

よって本件控訴を棄却することとし、民訴法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 林義雄 楠賢二 裁判長裁判官加藤孝之は退官のため署名押印することができない。裁判官 林義雄)

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