大阪高等裁判所 昭和48年(行コ)21号 判決 1975年4月16日
東京都台東区台東四丁目一〇番一号
控訴人
ローレルバンクマシン株式会社
(旧商号)
天進貨幣計算機株式会社
右代表者代表取締役
池辺厳
右訴訟代理人弁護士
石原秀男
右訴訟復代理人弁護士
古本英二
大阪市南区出島町二五番地の一
被控訴人
大阪南税務署長
北中善雄
右指定代理人検事
河原和郎
同法務事務官
中山昭造
同大蔵事務官
曾我康雄
同
久保田正男
同
仲村義哉
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、控訴人
原判決を取り消す。
被控訴人が控訴人の昭和四四年九月一日から昭和四五年八月三一日までの事業年度分法人税について、所得金額を金一億〇、〇一〇万二、七五五円と更正し、過少申告加算税金一〇〇万五、五〇〇円を賦課した処分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二、被控訴人
主文同旨の判決。
第二、当事者双方の主張および証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決実業摘示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決四枚目裏一〇行目の算式中「四六年期」とある部分は「四〇年期」の誤記)。
一、控訴人の主張
(一) 退職給与未払金の損金算入について。
(1) 雇傭関係が対価的契約関係である今日においては、退職金は恩恵的給与ではなく、労働に対する報酬の一種(後払)であり、ことに、労働協約、就業規則等で支給条件が明確に定められている場合には、労働者は、これを予定して労働に従事するのであつて、労働力の提供に対する反対給付の一部をそのような形で受け取ることを約束しているのである(したがつて、退職金は、労働基準法一一条にいう賃金に該当し、同法二四条一項の適用を受ける)。そして、従業員は必ず退職するものであり、退職金規定がある以上、会社の従業員に対する退職金支払債務は年々確定的に発生し、その額も、毎事業年度終了時に、従業員の数、月給額、勤続数によつて合理的に計算され、確定しているものである。控訴人も、退職金規定において、退職金が賃金の一部であることを明言し、毎決算期末に従業員より買入れた労働力に対する未払金債務として確定させている。
(2) 退職金の性質が右のようなものであつて、その支払債務が確定しているものであるから、控訴人が損金として計上している退職給与未払金は、法人税法(以下、単に「法」という)二二条三項の一、二号所定の原価または一般管理費に該当するものである。同法上、退職の事実の未発生の間右未払金は当期の損金に算入すべき費用にあたらないと解釈すべき規定はなく、ただ、同条四項により益金、損金の額は、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従つて計算されなければならないとされている。そして、終身雇傭の形態をとるわが国において、期末に従業員が自己の都合により退職する場合に支払うべき金額を退職金負債最低額として損金処理をしてこれを蓄積することは、従業員を定年まで永年にわたつて継続的に雇傭する会社としてむしろ当然の義務ともいえるものであり、右にいう一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従うものというべきである。
(3) 法五五条所定の退職給与引当金は、いわゆる負債性引当金といわれるもので、現実に対外的に発生した未払金と異なり、その支出の原因が各事業年度に存在するとしても、いまだ対外的な発生がないとされるものである。右引当金は、本来法二二条一項にいう損金とはならないが、同条三項にいう別段の定めがあるものとして損金とされるもので、毎事業年度において、その事業年度末に在職する使用人の全員がその日に自己の都合によつて退職したと仮定した場合に支給されるべき退職給与金の額のうちその事業年度中に増加した部分を限度として、引当金への繰入額を損金の額に算入することが認められる。そして、その累積限度額は、その事業年度の末日における退職給与金の要支給額の二分の一相当額に限られる。控訴人の退職給与未払金は、前記のとおり、未払金債務として確定していて、法二二条三項所定の費用に該当すると解すべきものであつて、右退職給与引当金とは根本的に異なるものである。右引当金の累積限度額が右のように限定されているのであるから、万一会社の倒産の場合にも退職金規定どおりに退職金を支給しうるよう右引当金のほかに退職給与未払金を計上することは、健全な会社経営を志向するうえにおいて当然のことであり、同一事項を二重に計上することにはならないのである。
(二) 下取り損金の損金算入について。
(1) 控訴人の販売する機械は、硬貨包装機、硬貨同時選別集計機、硬貨計算機、紙幣計算機、現金支払機等の特殊な機械であるため、その販売先は固定している。これら機械の購入者は、ほとんどが、その法定耐用年数五年を経過した後に、古機械を下取りに出して新機械を購入することになつており、業界における販売競争が激しいため、販売業者は、従前の販売先に対して新品を販売する際は、必ず古品の減価償却の残存価格を下取り価額としなければならないのが常態である。このようなことから、控訴人は、これら機械の販売にあたり、相手方との間で、五年後に同一機種の新機械に入れ換える時に必ず減価償却をした残存価格で古機械の下取りをする旨を約し、右価格で下取りをした古機械を直ちに訴外ローレル商事株式会社にスクラップとして一機五〇〇円で売り渡すシステムを確立させている。そのため、新機械を売却するごとに、下取り価格から右の五〇〇円を差し引いた金額の損金が生ずることになるので、右損金の額を各機械ごとに長年にわたつて統計上算出し、この金額を新機械の価格に加算したものを売価としている。したがつて、売価から新機械の価格を差し引いた一見販売利益と見られる金額の中には真の利益でない右の下取り損金が含まれており、控訴人は、新機械販売時には右の一見販売利益を販売利益として計上するが、期末においてこのうち下取り損金を取り出して、前受金の名称をもつて処理しているのである。
(2) 控訴人の下取りは、右のようなシステムに基づくものであるから、一般の下取りの場合と異なり新品の値引きにあたらず、本件下取り損金は、新品の販売と同時に具体的に発生が確定するものであつて、将来発生するかもしれない損失を見越したものではない。このような下取り損金は、法二二条三項一号の「その他これらに準ずる原価の額」または同二号の「その他の費用の額」に該当し、同条四項にいう一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従つて計算されたものであつて、当然に損金に算入しうるものである。
二、被控訴人の主張
(一) 退職給与未払金の損金算入について。
(1) 退職給与未払金を損金に算入する理由について控訴人の主張するところは、会計理論における退職給与引当金の設定理由と何ら異ならない。
(イ) 退職給与金には従業員の過去の全勤務期間に対する賃金の後払いという性格があり、とくに労働協約、就業規則等にこれが定められることにより、企業を拘束する。また、右のように全勤務期間に対する貢献に即して支給される性質のものであるところから、退職給与金の金額は抽象的に毎事業年度部分的に発生したものが累積して最終的に確定するものと考えられ、とくに退職給与規定等が設けられていれば、その従業員が勤務した事業年度末において同人に支給すべき額は一応計算することができ、その額が後に累積した形で支払われることになる。
このような意味では、各事業年度の損益の計算のうえにおいて、在職する従業員について右のようにして計算される将来の退職給与金の内容をなすべきその事業年度の貢献に対する退職給与相当額は、その事業年度の収益に負担させるべき費用の一部とも考えられる。このような観点から、企業会計においては、退職給与金の年々の計算額もしくは発生額を引当金として処理し、その金額を原価または費用に計上することが要求される。
(ロ) しかし、退職給与引当金がその性格上負債性引当金といわれるものであつても、将来の退職という事実を基礎に当期に対応する費用を引当計算するという点において、すでに提供された役務の対価でその支払の終わらない未払費用とは明らかに異なるものである。
(ハ) このような退職給与引当金につき、当期の費用を算定する基準としては通常三方法が掲げられているが、法五五条は、そのうち「期末要支給額計上方式」すなわち、期末現在において全従業員が退職するとした場合の退職金要支給額と前期末におけるその額との差額をもつて毎期の費用とする方式をとり、これに利子の観念をとり入れた「現価方式」を加味したものをもつて繰入限度額を定めている。これは、退職給与という将来支給することになる金額を現在支給するように評価して積み立てるのは適当でなく、税制上も将来支給する退職給与の債務を現在価値で評価したうえで積み立てられる引当金が、現実に退職金として支払われるまでの間企業内で運用され利益をあげうるということを前提として考え、毎事業年度の引当額を定めたものである。
(ニ) 控訴人主張の退職給与未払金は、現に在職する従業員について毎事業年度の末日において、全従業員が自己の都合により退職したと仮定した場合の退職給与要支給額を見積り、損金に算入したものであるから、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準によれば、右に述べた退職給与引当金と実質上何らの相違がないことが明らかである。
(2) それにもかかわらず、控訴人において退職給与未払金が法人税法上の原価もしくは費用にあたると主張するのは、退職金支払債務が毎事業年度末日の時点で確定するものと誤つて解することによるものである。退職給与金は、退職という事実によりはじめて支給時期および支給金額が具体的に確定するものであるから、単に事業年度末日に在職する従業員について、退職金規定によつて自己都合による退職の場合の退職給与要支給額を計算しても(期末要支給額計上方式に実質上同じ)、現実の退職の時期および退職金の総額が不確定であるかぎり、見積りにすぎず、引当金としての合理性は別として、法上損金に算入されるべき確定した債務とはいえない。法の規定に基づく退職給与引当金も、退職給与が将来支給されるものであることを前提として、前記のような方式をもつて算定されるのであり、これを別途に計上しながら、さらに実質上これと同一のものを退職給与未払金なる名称で計上しても、法上損金と認められないことは明白である。
(二) 下取り損金の損金算入について
(1) 機械の新品を販売するにあたり古品の下取りをした場合において、当該古品の適正価格を超える価格で下取りをすれば、右適正価格と下取り価格との差額について下取り損が生じる。この下取り損は新品を販売する目的で、かつ新品の販売と一体としてなされる行為であれば、その経済的実質は新品の値引きと解される。控訴人主張の下取り損は、将来に発生が予想される右下取り損失を推算して前受金という名目で引き当てたものであり、会計理論上いわゆる値引引当金に該当するものと認められる。
(2) 法二二条三項一号は、当該事業年度の収益に対応する原価の額を、同二号は収益と個別対応することの困難ないわゆる期間費用を、それぞれ損金に計上すべき旨規定している。
ところで、控訴人主張のような下取りのシステム化があつたとしても、新品を販売することによつて下取り損の基因となる売上げの事実は発生するが、下取りをしたという事実は発生していないのであるから、下取り損という事実は販売した時点では確定していない。したがつて、控訴人主張の下取り損がたとえ過去一八年にわたる企業実績の中で定着した確定的要素のきわめて強い性格の計数であるとしても、発生が予想されることを推算した「見越し費用」であることにかわりはなく、これをいかなる方法で推算しようとも、同項一、二号例示の原価もしくは費用にあたらないことはもちろん、「その他これに準ずる原価」にも「その他の費用」にもあたらないものである(下取り損が販売時点で確定していない以上、「その他の費用」にあたらないことは、二号かつこ書の文理上からも明らかである)。
理由
当裁判所も、被控訴人のした本件処分は正当であり、その取消を求める控訴人の本訴請求は理由がないと判断するものであつて、その理由は次のとおり付加するほか、原判決理由中の説示と同一であるから、これを引用する。
(一) 退職給与未払金の損金算入について
控訴人主張の退職給与未払金とは、事業年度末に従業員が自己の都合により退職すると仮定した場合に支払うべき金額を当該事業年度末に発生している退職金負債最低額として計上するというものであるから、その実質は法五五条所定の退職給与引当金と異ならないものというほかはない。そして、退職給与引当金は、退職金支払債務の対外的な発生確定をみる以前において、その将来の支出に引き当てるべき金額を計上するものであつて、法二二条三項にいう「別段の定めがあるもの」として五五条によりとくに損金算入を認められるものであることが明らかである。もつとも、退職金には賃金の後払たる性格があり、その支給の原因は従業員の勤務する間毎事業年度ごとに発生しているものということができ、退職給与規定が定められている場合には、支給されるべき退職金の総額を一応算定し、あるいは当該事業年度中の労働の提供の対価として同年度中の収益をもつて賄われるべき部分を想定することも可能であつて、法定の退職給与引当金の計上もこれを前提とするものである。しかし、その段階においては、各従業員の退職の時期・事由等が明らかでない以上、実際に支給すべき退職金の額は具体的に定まらず、右のような引当金の計上も抽象的な推算の域を出ないものであつて、退職の事実の発生前においては、退職金支払債務は現実化していないものというほかはない。控訴人が、このように債務の発生・確定前に、将来その支払に当てられるべき金額を、法定の引当金とは異なる名称のもとに計上してみても、法二二条三項所定の費用に該当するものと解しえないことは、多言を要しないところである。
なお、控訴人は、法五五条に基づく退職給与引当金には累積限度額の定めがあるところから、これとは別途に退職給与未払金を計上することが企業会計上妥当である旨を主張するか、右累積限度額が控訴人主張のように定められているのは、将来確定すべき債務に対する引当てはその現在価額による評価額をもつて足りるとすることに基づくものと解され、その定めが合理性を欠くものとは考えられないのであり、右法定の限度額以上に積立てをすることが、仮りに退職金支払を確実にするという見地からは必ずしも不当な措置ではないとしても、そのことから直ちに、法の規定に基づかないで課税上有利な取扱いを要求しうることにはならないのである。
(二) 下取り損金の損金算入について
仮りに、控訴人の営業においてその主張のように下取りがシステム化していて、新品の販売時に、下取りが確実に予定されるとしても、その時点においては下取りが将来生ずべき事実であることに変わりはなく、したがつて、下取りによつて損失が生ずるとしても、将来生ずるであろう損失にすぎないのであつて、販売に伴う原価ないしは確定した費用と認めることはできない。のみならず、控訴人の主張によつても、新品の販売に伴い、下取り機械を処分しうる価格よりも高価に下取りをすることが明らかであるから、その経済的実質は新品の値引きと解するほかはない。
よつて、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、行政事件訴訟法七条、民訴法三八四条、九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大野千里 裁判官 野出宏 裁判官 中田耕三)