大阪高等裁判所 昭和48年(行コ)43号 判決 1974年9月13日
控訴人(附帯被控訴人・被告) 大阪市長
被控訴人(附帯控訴人・原告) 住田清三
主文
本件控訴及び附帯控訴をいずれも棄却する。
当審における訴訟費用は各自の負担とする。
事実
控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人という)は「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人(附帯控訴人、以下単に被控訴人という)の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、附帯控訴に対し「本件附帯控訴を棄却する。附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。被控訴人は、控訴に対し「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、附帯控訴として「原判決中被控訴人敗訴部分を取消す。控訴人は被控訴人に対し金四〇一万〇、三二八円及びこれに対する昭和四三年四月二一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。
当事者双方の主張、証拠関係は、次に付加するほか原判決事実摘示に記載と同一であるから、ここにこれを引用する。
(被控訴人の主張)
本件損失補償は土地収用法七四条に基づくものである。事業の施行と土地の収用又は使用とは不可分の関係にあるから、事業の施行の結果生じた残地の損失は、収用又は使用を原因とする損失というべきである。
本件事業施行により本件残地に生じた効用減価の率は、原審鑑定人小野三郎の鑑定結果によれば四〇パーセントに及ぶから、これに基づいて残地損失補償金を計算すると一、四八五万〇、五二三円となる。
(151.4000(円)×245.22(m2)×0.4=14.850.523(円)
本訴においては、その一部八、四六五、四八五円を請求するものであるのに、原審の認容額四、四五五、一五七円は低ぎに過ぎるから、さらにその差額の支払を求める。
(控訴人の主張)
1 土地収用の結果である損失は、土地所有権の剥奪又は制限そのものから生ずる損失以外には存在しない。土地収用における直接にして現在の損失(収用損失)と間接にして未来の損失(起業損失)とは区別されるべきであり、起業損失に対しては収用損失のように必ずしも常に補償されるとは限らない。収用損失の補償は、適法行為(土地収用)によつて加えられた財産上の特別の犠牲に対し全体的な公平負担の見地からこれを調整するためになされる財産的補償であるのに対し、事業施行によつて生じる起業損失に対する補償は損害賠償の性格を有するものであるから、土地収用法七五条、九三条のような特別の規定なくしては起業者においてこれを補償することを要しない。被控訴人主張の損失は右起業損失に当るものであり、同法七四条の残地補償に当らないものであり、その損失補償につき民事法上の不法行為に基づく損害賠償の請求をなすならば別であるが、土地収用法の規定を根拠とする請求は失当である。
若し、被控訴人主張の損失補償を容れるならば、事業の施行による損失は、残地に限るものでなくその近傍隣接地にも生ずる場合が多いのに、被収用者に対してのみその損失が補償され、その他の者には補償がなされないという不均衡、不公平な結果が生じること考慮をすべきである。
2 土地収用法七一条、七四条その他の規定に基づく権利取得裁決にかかる損失補償金等は、右裁決において定められた権利取得の時期までに払渡又は供託されなければ当該裁決は失効する(同法一〇〇条一項)ことになつている(事前補償制度)のであるから、同法七四条の規定に基づく損失補償金等の額は当該裁決の時期において確定していることを要する。仮に、同法七四条の残地補償に起業損失が含まれるとすれば、起業損失が事業の施行の結果生ずるものであるから、収用裁決申請時に起業者によりその事業計画の概要が明らかにされるとしても、それが事業の計画である限り事業施行後の現実の損失を具体的に確定することができず、権利取得裁決そのものが不能とならざるをえない。この点からみても、起業損失は同法七四条の残地補償の対象とすべきではない。
右のことは、同法九三条の規定による起業損失に対する補償につき損失を受けた者の請求をまつて行うものとし(事後補償制度)、右請求は事業に係る工事の完了の日から一年以内にしなければならないとしていることと対比して明らかであり、又、同法が起業損失を意味する場合には「事業の用に供することに因り」の表現を用いているが(九三条一項)、七四条には右の文言が無いのであり、同条の残地補償に起業損失が含まれないというのが法の趣旨であること文理上からも明らかである。
3 土地収用法九〇条は、残地につき生ずる起業利益と収用損失との相殺を禁じているが、起業利益と起業損失との相殺を禁じていない。若し、被控訴人主張のような起業損失があるとするならば、その算定については起業利益(本件事業施行により生じた道路拡幅による交通条件好転等の利益)も当然に勘案されるべきである。そうでなければ、事業の施行の結果、残地の価格が従前に比し高騰したような場合、被収用者に対して地価騰貴による利益を保有させながら、なおかつ、損失を補償して二重の利得を得させるという不当な結果を招来することとなる。
仮に、被控訴人主張のような損失を補償するとしても、その額の算定については本件事業の施行により生じた利益を斟酌し、事業施行前の残地価格と事業施行後のそれとを比較して算定すべきである。原審鑑定人木口勝彦は収用時(事業前六メートル道路に沿接)における更地価格を一平方メートル当り一三万五、〇〇〇円、事業完成後(三〇メートル道路に沿接、土留擁壁付)における更地価格を同一三万円、残地の価格減を同五、〇〇〇円と評価し、同貝原寿一はそれぞれ一三万円、一四万五、〇〇〇円、残地の価格減なしと評価しているところからしても、本件残地については起業損失は生じていないか、生じていたとしても一平方メートル当り五、〇〇〇円を超えない範囲内のものというべきである。
理由
一 控訴人を起業者とする大阪都市計画街路事業加島天下茶屋線建設工事(本件事業)についての事業決定から大阪府収用委員会による被控訴人所有土地のうちの一部の収用裁決に至るまでの経過、収用裁決の内容、本件事業施行前及び施行後の右被控訴人所有土地(右収用にかかる土地及びその残地)及びその附近の状況についての当裁判所の認定は、原判決理由一項(原判決一〇枚目表八行目から一一枚目裏八行目まで)に記載と同一であり、又、本件事業の施行の結果、被控訴人所有の残地について商品展示場等の建物敷地としての効用価値喪失による補償に関する被控訴人の主張に対しては、当裁判所も原判決理由二項1(原判決一一枚目裏九行目から一三枚目表一一行目まで)に記載と同一の理由により、その理由ないものと認める。原判決理由中の右の各記載をここに引用する。
二 被控訴人主張の本件事業施行による本件残地(原判決添付目録記載、同図面(一)のヘ、リ、チ、ハ、ト、ロ、ヘの各点を順次結ぶ直線で囲まれた土地)の一般的利用価値、収益性の低下に対し、当裁判所も原審が認容したと同額の補償をなすべきものと認める。その理由は次に付加するほか、原判決理由二項2のうち原判決一四枚目表二行目から一六枚目表九行目までに記載と同一であるから、ここにこれを引用する。
1 同一の土地所有者に属する一団の土地の一部を収用し、又は使用することにより残地が生じた場合における残地補償について、土地収用法(ただし本件においては昭和四二年法律七五号土地収用法の一部を改正する法律施行法三条により同年法律七四号による改正前の土地収用法。以下単に法という)は、残地補償に関し、(イ)残地の価格の減少(七四条前段)、(ロ)残地に通路、みぞ、かき、さくその他の工作物の新築、改築、増築若しくは修繕又は盛土若しくは切土をする必要が生じたときのその費用(七五条)、(ハ)その他残地に関して生ずる損失(七四条後段)について補償する旨規定する。本件において被控訴人の請求する損失補償が右の(イ)の損失ないし残地の一般的利用価値の減少に因る損失であり、かつ、本件事業の施行により生じた損失の補償であることは、その主張から明らかである。
控訴人は、残地価格の減少による損失とは土地所有権の剥奪、制限そのものより生じた損失(所謂収用損失)に限るべきであると主張するが、土地収用は一定の事業の用に供するためになされるものであり、土地の収用とそれの一定の事業への供用とは不可分のものであつて、被収用地を使用して行われる事業の種類、性質、規模等の如何によつては、その残地につき単なる形状の変化、面積の縮少等収用そのものに基づく価格の減少以外に、更に残地の価格ないし利用価値の減少を招来する場合が存することは明らかであり、このような場合における残地価格ないし利用価値の減少による損失(所謂起業損失)は土地収用と密接不可分の関係にあり、これを収用に起因する損失というを妨げず、かつ、このような損失についても補償するのでなければ、土地収用における補償の完全性を期することはできないというべきであるから、控訴人の右主張は採用できず、残地につき生じた所謂起業損失についてもこれを補償すべきものと解するのが相当である。
2 法に事業の施行によつて生ずる損失の補償を禁止する規定はなく、かえつて、前記の法七五条には法九三条の規定による補償(これが所謂起業損失に対する補償であることは明らかである)と同種の補償をなすべきことを定めている。法七五条に列挙された損失は、元来法七四条の損失に包含されるべき性質のものであり、法七五条の規定の存在からして、残地につき生じる所謂起業損失の補償を同条に列挙されたものに限り、それ以外のものには及ぼさないのが法の趣旨であると解することもできない。
又、法七一条、七二条において、収用する土地に対する補償は、収用裁決時における近傍類地の取引価格を考慮して相当な価格をもつて補償しなければならない旨規定していることからして、収用される土地に対する補償が実質的には事業の認定、施行に対する期待による地価の増減を加味したものとなり得ることは充分考えられる(前記改正による現行法七一条、七二条においては、補償金額は近傍類地の取引価格等を考慮して算定した事業認定の告示の時における相当な価格に権利取得裁決時までの物価の変動に応ずる修正率を乗じて得た額とされていることを参照)ところであり、残地補償についてのみこれと別異とすべき根拠もない。
控訴人は、残地補償についても事前補償制度が採られていることから、権利取得裁決当時においては未だ起業損失なるものは確定し得ないというが、右裁決当時において確定しえない起業損失についてはこれを補償するに由ないが、このことをもつて、裁決当時既に確定しうる損失の補償までも拒否する理由とはなし難い。
3 所謂起業損失は、残地のみならずその近傍の土地についても同様に生じる場合もあり、このような場合に、近傍の土地の損失に対する補償がなされず、残地についてのみ補償をすることは一見不均衡といえるけれども、被収用者は、その他の者と異り収用により生じた総ての損失の補償を受けるべき地位にあるものであるから、残地につき損失が存する以上はその補償を受ける権利があるものというべく、右のような不均衡が生じるとしても、これは法律上やむを得ないところであり、これを理由として被収用者に対する所謂起業損失の補償を否定することは相当でない。
又、控訴人は、法九〇条が所謂起業利益と損失の補償との相殺を禁止していることから、補償すべき損失の中に所謂起業損失も含むとすると被収用者は起業による利益を保持しながら更に損失の補償を得て二重の利得を得ることになるというが、逆に、右の相殺を認めるときには、被収用者がその他の者と共に当然受けることのできる起業による利益を損失と相殺されることによつて、被収用者であるが故に起業による利益の対価を支払わされる結果となり、被収用者とその他の者との間に事実上の不均衡が生じることとなる場合もあり、右規定は、このような不均衡の生ずることを防止しようとする趣旨のものと解すべきであり、仮に、控訴人主張のような被収用者に有利になる場合があるとしても、右規定の存在をもつて残地補償について所謂起業損失の補償を否定する根拠とすることも相当でない。
4 控訴人は、被控訴人主張の本件残地の価格ないし利用価値減少は、道路工事による損失であり、その補償の要否、範囲は道路事業の一環として決せられるべきである旨主張するが、残地補償について所謂起業損失も包含されることは上来説示のとおりであり、前記引用にかかる原判決認定の土留擁壁の設置は本件事業である道路建設工事の一部分であり、土留擁壁設置による本件残地の減価は、結局、本件事業の施行による損失というべきである。残地補償は、被収用者に対する補償であり、法九三条その他道路法七〇条等による被収用者以外の者に対する補償と異り、残地につき生ずる損失に対し完全な補償をなすべき性質のものであるから、その損失が道路の構造に基因するものであるとしても、これを本件事業の施行による損失として補償の対象とすべきものと解するのが相当である。
又、控訴人は、本件残地の損失補償の算定について本件事業の施行により残地に生じた利益を斟酌すべきであると主張するが、前記の法九〇条において残地補償につき所謂起業利益との相殺を禁じている趣旨からして、右主張は採用に由ないものである。
5 被控訴人は、本件事業の施行により本件残地に生じた効用減価の率につき原審鑑定人小野三郎の鑑定結果を援用して四〇パーセントであると主張するが、右鑑定結果は、原審における鑑定人木口勝彦、同貝原寿一の各鑑定結果及び検証の結果と対比してそのまま採用し得ないところであり、被控訴人の右主張は採用し難い。
三 してみると、原判決は相当であり、本件控訴及び附帯控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 井上三郎 石井玄 畑郁夫)