大阪高等裁判所 昭和48年(行コ)5号 判決 1977年4月26日
控訴人 住吉税務署長
訴訟代理人 斉藤光世 三上耕一 ほか三名
被控訴人 実城利一
主文
原判決中、 控訴人敗訴部分を取消す。
被控訴人の請求を棄卸する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠の提出・援用・認否は、左記の附加・訂正をするほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。
(原判決の訂正)<省略>
(控訴人の主張)
(1) 豆腐製造販売業に関し、同業者の平均所得率を適用するための類似性としては、その収入金額と大豆仕入数量とが類似していれば充分であつて、同業者の立地条件の差異は、その所得率に影響を与えるものではないのである。即ち、豆腐製造販売業における製品は、大豆を主原料として製造するものであるところ、その内、豆腐は、大豆一升から一一丁ないし一二丁が製造されるのであり、また、厚揚や、薄揚も、一定量の大豆から製造し得る数量は定まつているのみならず、昭和三八年当時においては、豆腐の販売価格は、同業者間において協定されていて、同業者はすべて同一の協定価格で販売していたから、その当時におけろ豆腐製造販売業の事業規模は、大豆の仕入数量によつて、確認し得るのである。ところで、所得税法第二四三条により、課税庁は、本人の同意がない限り、納税義務者の申告内容を明らかにすることができない関係上、控訴人においては、その主張に係る同業者A・B・C・Dの住所・氏名を明らかにすることができないけれども、被控訴人としては、少なくとも、自己の事業内容を明らかにすることにより、右同業者の所得を以て、自己の所得を推計することが妥当でないことを充分に反証し得るものといわなければならない。従つて、本件における同業者の平均所得率による推計課税は、妥当であつて、許容されなければならない。
(2) 前記のとおり、豆腐製造販売業においては、大豆一升から製造し得る豆腐の数量が一定しており、かつ、昭和三八年当時においては、その販売価格も協定されていて、業態が一定していたから、本件における実調資料は、一二例によるものであつても、その平均値は、当該業種の平均値であることの確率が相当に高いのであり、一二例は、資料数として、少な過ぎるということはない。元来、本件実調資料は、大阪市、京都市、神戸市及びそれらの都市の近郊と和歌山市、奈良市、大津市などとに所在する四三税務署の管内の業者から収集したものであつて、それらの業者の営業地は、被控訴人の営業地と類似しているのみならず、右業者らの平均した営業規模は、大阪府豆腐商工組合住吉支部に所属する業者五八名中、上位七番目に位置する被控訴人の営業規模と大差ないものと思料される。従つて、本件実調資料による実調率を被控訴人に適用して推計課税をすることは、妥当であつて、許容されなければならない。
(3) なお、必要経費の立証責任は、納税義務者にあるというべきところ、被控訴人主張の必要経費の内、油仕入代金二九万六七五〇円は、不当に多額であり、それは金二三万三〇〇〇円が相当であるといわなければならない。即ち、揚物に使用した油の消費量は、揚物に使用した大豆の量に比例すると考えられるところ、被控訴人が厚揚及び薄揚の製造のために使用した大豆の量は、昭和三八年分が四二七〇升、昭和四〇年分が四三一四升であり、被控訴人が揚物に使用した油の消費量は、昭和四〇年分が九〇本であつたから、それらの数値によつて計算すると、被控訴人が揚物に使用した昭和三八年分の油の消費量は、九〇本となるところ、同年分の油の価格は、一本当り平均金二五八五円であつたから、被控訴人の昭知三八年分の右油の消費額は金二三万三〇〇〇円になるわけである。そうすると、被控訴人主張の必要経費の内、右油仕入代金を除くその余の必要経費につき、被控訴人主張のとおりの金額を是認するとしても、右油の仕入代金を金二九万六七五〇円ではなく、金二三万三〇〇〇円であるとして計算すると、被控訴人の昭和三八年分の必要経費額は、金一五一万七八二八円になるから、被控訴人の同年分の収入金額を被控訴人主張の金二二八万二八八七円とすれば、その所得金額は金六一万七五五九円となり、また、その収入金額を原判決認定の金二二七万二三五一円とすれば、その所得金額は、金六〇万七〇二三円となるのであり、いずれにしても、本件処分において認定した金五八万五五〇二円を上廻るから、結局、本件処分は適法であるといわなければならない。
(被控訴人の主張)
(1) 豆腐製造販売業といえども、そのぞれの店舗の立地条件、製品の品質及び数量、卸売と小売との割合などの営業内容の相違により、その所得には、かなりの差異を生ずるのであり、大豆の仕入数量のみによつては、正確かつ合理的な所得率が得られるわけのものではなく、また、控訴人主張の同業者四名と被控訴人との類似性も明らかではない。従つて、控訴人主張に係る同業者率及び実調率を被控訴人に適用することは、妥当でないといわなければならない。
(2) 被控訴人は、本件において、必要経費につき充分に主張・立証している。元来、豆腐製造販売業者は、その製造の過程において、大豆を煮沸するが、その際、多量の泡が出るのであり、その泡を消すために油を使用するところ、右泡消用の油に、揚物用の油を使用したり、泡消専用の油を使用したりするのである。そして、被控訴人においては、右泡消用の油に、昭和三八年当時は揚物用の油を使用し、昭和四〇年当時は泡消専用の油を使用したものであるところ、揚物用の油の価格自体も、昭和三八年当時は一本金約二七〇〇円であつたが、昭和四〇年当時には一本約金二四五〇円に下落していたのである。従つて、被控訴人の揚物用油の使用量は、昭和四〇年分よりも、昭和三八年分の方が多く、かつ、その仕入代金も多額であつたのであり、被控訴人の昭和三八年分の油の仕入代金は、金二九万六七五〇円とするのが相当である。
(証拠関係)<省略>
理由
(一) 被控訴人が大阪市内において豆腐製造販売業を営んでいる
者であること、被控訴人が昭和三九年三月一二日に控訴人に対し、昭和三八年分所得税に関し、総所得金額を金四三万二五〇〇円とする確定申告をしたところ、控訴人が昭和三九年一〇月二四日附で右総所得金額を金五八万五五〇二円とする旨の更正並びに過少申告加算税金九〇〇円の賦課決定の各処分をなし、その頃、被控訴人に通知したこと、被控訴人が右処分を不服として、昭和三九年一一月一六日に控訴人に対し異議の申立をしたところ、控訴人において昭和四〇年二月一三日に該申立を棄却する旨の決定をなし、その頃、被控訴人に通知したこと、及び被控訴人において更に昭和四〇年三月九日に大阪国税局長に対し審査請求したところ、同局長において同年九月三〇日に該請求を棄却する旨の裁決をなし、その頃、被控訴人に通知したことは、いずれも当事者間に争いがない。
(二) そして、本件処分がいわゆる「他事考慮」に基づく処分であるとは認め難いこと、本件の場合は、いわゆる推計課税をなし得るものであること、被控訴人の昭和三八年中の豆腐売上高が金一〇二万二四五〇円、厚揚売上高が金三〇万一八四〇円、薄揚売上高が金七〇万七五〇円、コンニヤク売上高が金一六万九五〇〇円、カマス売上高が金五九七〇円、オカラ売上高が金七万一八四一円であり、その総収入金額が金二二七万二三五一円であると推計し得ること、及び控訴人主張の同業者A・B・C・Dの四名の平均所得率により、被控訴人の所得金額を推計する方法が妥当でなく、許容し得ないことについての当裁判所の認定判断は、左記の附加・訂正・削除をするほか、原判決理由二の1、二の2の(1)ないし(4)(原判決一四枚目裏八行目から同二一枚目裏一一行目まで)説示のとおりであるから、ここにこれを引用する。
(1) 原判決<途中省略>同一五枚目表一行目の「住吉区」の次に「(住吉区と住之江区とに分区前のもの)」を加える。
(2) 原判決一五枚目裏一二行目に「〇、五」とあるのを「〇・五」と訂正し、同一八枚目表六行目の「コンニヤク売上金」の次に「一六万九五〇〇円」を加え、<省略>。
(3) 原判決二一枚目表七行目の「このような」から同一二行目の「のみならず、」までの部分を削除する。
(三) ところで、<証拠省略>を総すると、
(1) 大阪国税局長は、昭和四三年七月一日附速達を以て管内のA級税務署長に対し、その管内の豆腐製造販売業者中、その製品の五割以上を小売する者の内、(A)当該年分において実地調査を行つた青色申告者または収支実額調査を行つた白色申告者(一般的な率により推計した者を除く)、(B)当該業種目を主として営む事業継続者(ただし、他の業種目と兼業している者であつても、収入金額、差益金額、及び標準外経費控除割所得金額の区分が明らかな者を含む)、(C)調査表作成時において不服申立及び訴訟係続中の者でないことの三条件を具備する者につき、昭和三八年分の収入金額・差益金額・標準外経費控除前所得金額・従事人員・大豆仕入数量を調査して、これが調査表を作成すべき旨を命じたこと
(2) 大阪国税局管内には八三の税務署があつて、それぞれA・B・Cの三級に格付されているところ、A級税務署というのは、大阪市内・京都市内・神戸市内及びそれらの近郊に所在する規模の大きな税務署であつて、四三署が該当するが、これがA級税務署管内の納税人員は、大阪国税局管内の納税人員の八〇パーセント許りに達すること
(3) ところで、前記通達をうけた各A級税務署長は、同年八月中に大阪国税局長に対し調査の結果を回答したが、それによると、東、西、浪速、天王寺、北、西淀川、生野、旭、城東、阿倍野、東住吉、住吉、淀川、豊能、堺、岸和田、布施、八尾、枚方、上京、中京、下京、右京、東山、左京、伏見、兵庫、長田、西宮、芦屋、尼崎、姫路東、奈良、和歌山の各税務署管内には、前記調査対象になり得べき者が存在しなかつたけれども、港、南、大阪福島、東成、西成、東淀川、茨木、泉大津、神戸の各税務署管内には、これが該当者が存在したため、それぞれ各税務署長において、各調査項目につき調査して、調査表を作成し、回答したこと
(4) 右の回答によれば、その調査人員は合計一二名であり、その昭和三八年分の収入金額・標準外経費控除前所得金額・所得率・従事人員・大豆仕入数量・大豆一斗当り収入金額は、原判決添付一覧表記載のとおり(ただし、順号8の大豆一斗当り収入金額欄に「三、五一四」とあるのを「三、五一六」と訂正する)であること
(5) 豆腐製造販売業者は、昭和三八年一二月三一日現在において、大阪府全域では一五六〇名、被控訴人の営業所がある大阪市住吉区(住吉区と住之江区とに分区前のもの)内では六二名が存在していたところ、豆腐製造販売業においては、同業者全般を通じ、その製品の製造方法は同一であり同一量の原料から製造し得る製品の数量も概ね同一であり、また、その製品の販売代金も概ね同額であること
(6) 被控訴人は、右A級税務署である住吉税務署管内において豆腐製造販売業を営み、その製品の五割以上を小売している者であるところ、その営業の規模は、被控訴人が加入している大阪府豆腐油揚商工組合住吉支部の支部員五五名許りの内、上位七番目か八番目に位置する程度のものであること
をそれぞれ認めることができる。この認定を覆すに足る資料はない。
(四) ところで、控訴人においては、右同業者の実額調査による資料に基づく平均所得率、または仕入大豆一斗当り収入金額の平均値(以下、これらを実調率という)により、被控訴人の所得金額を推計することは許容さるべきである旨を主張する。そこで、その点について考えてみるに、前記認定の事実関係からすれば、豆腐製造販売業の営業型態は、概ね同一であり、その収入金額及び所得金額は、ともに原材料である大豆の使用数量に比例するものと考えられるから、その客観的・合理的な平均所得率、仕入大豆一斗当り収入金額の平均値は、各業者の立地条件・営業規模の差異にも抱らず、通常一般の豆腐製造販売業者の所得率、仕入大豆一斗当り収入金額と大差がないと思料し得るものである。ところで、本件実調率は、その内、所得率において、最低二四・七九パーセントから最高五二・七三パーセントまで一二業者毎に差異があるけれども、その平均は三三・九六パーセントであり、また、仕入大豆一斗当り収入金額は、最低の金二一三三円から最高の金四一二二円まで一〇業者毎に差異があるけれども、その平均は金三二三三円であるところ、これが同業者調査は、大阪国税局長において、昭和三八年分に関し、なるべく被控訴人の実態に近似する管内業者の内、その営業の実態を全面的に把握した者を客観的・合理的に選択した上、正確に調査したものであるから、大阪府下において豆腐製造販売業者が一五六〇名許り存在していても、前記認定の規模・業態の被控訴人の営業につき適用するものとしては、右一〇ないし一二の業者数は、別に少な過ぎるものではなく、むしろ、それら各業者の業態からして、被控訴人の営業内容を一層的確に推測せしめるものとして、よりよく精選されたものであり、充分な数であるといい得るから、それら各業者個々の御売と小売との比率の如何を問うことなく(その比率の差異は、各業者とも、その製品の五割以上を小売していることに照らし、余り大でないことが容易に推察できる)、右各業者の平均所得率、仕入大豆一斗当り収入金額の平均値を被控訴人の営業に適用し、その所得金額を推計することは、推計課税の方法が認められている現行法制下においては、特に不合理視しなければならないところはなく、許容さるべきものといわなければならない。
そうすると、被控訴人の昭和三八年分の収入金額は、金二二七万二三五一円と推計し得ること、前記のとおりであるから、それに本件実調率中の平均所得率三三・九六パーセントを適用すると、金七七万一六九〇円となり、該金員から当事者間に争のない専従者控除額金一四万七五〇〇円を控除すると、被控訴人の昭和三八年分の所得金額は、金六二万四一九〇円となる(なお、念のため、被控訴人の昭和三八年中の大豆使用数量九三四斗に、本件実調率中の仕入大豆一斗当り収入金額の平均値である金三二三三円を適用すると、被控訴人の同年分の収入金額は、金三〇一万九六二二円となり、それに右平均所得率三三・九六パーセントを適用すると、金一〇二万五四六三円となり、該金員から前記専従者控除額金一四万七五〇〇円を控除すると、被控訴人の昭和三八年分の所得金額は、金八七万七九六三円になる)。
(五) 以上によると、被控訴人の昭和三八年分所得金額は、金六二万四一九〇円ということになり、控訴人が本件処分において認定した金五八万五五〇二円を超えるから、本件処分は適法ということになる。そうすると、被控訴人の昭和三八年分所得金額が金五八万五五〇二円に満たないことを前提とする被控訴人の本訴請求は、失当であるから、これと趣旨を異にし、被控訴人の請求の一部を認容した原判決は、不当であるといわなければならず、本件控訴は理由がある。よつて、民事訴訟法第三八六条により、原判決中、控訴人敗訴部分を取消した上、被控訴人の請求を棄卸することとし、訴訟費用の負担につき、同法第九六条・第八九条を適用した上、主文のとおり判決する。
(裁判官 本井巽 坂上弘 諸富吉嗣)