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大阪高等裁判所 昭和49年(う)109号 判決 1974年7月17日

被告人 高橋三千男

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年六月に処する。

原審における未決勾留日数中四〇〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人高谷昌弘作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意中事実誤認の主張について

論旨は、本件事故は、被告人が当時飲酒酩酊して正常な運転のできない虞れのある状態にあつたうえ、右足の前屈制限の後遺症によりアクセルを足全体で踏み込んだため、自動車が急発進し、身体がガクンとなりハンドルから手がはずれた結果、本件事故が発生したのであつて、被告人には自己の自動車が被害者に衝突するかも知れないという予見も、これを認識した事実もなく、被害者に対する暴行又は傷害の故意は未必的にも存在しないのに、事故直前の口論の立腹という薄弱な動機をもつて被告人に傷害の未必的故意を認定した原判決は証拠の取捨選択を誤り事実を誤認したものであるというのである。

しかしながら、原判決挙示の証拠によると、原判示経緯から被害者森勝と口論となつたが被告人の妻鈴香に制止せられ、被告人が謝まつたので一応その場は治まり自車運転席に戻つたものの、その際森からぼろかすにいわれ立腹の余り前方一〇メートル位の道路左端付近を森らが横に並び歩行南進しているのを認めるや、背後から森の右側すれすれの所をエンジンをふかしてすり抜け進出し同人をおどろかして気をはらすべく、自車を発進させ、直ぐハンドルを左に切つてアクセルを強く踏み、自車を道路左端の方に寄せ時速三〇キロメートル位で疾走した結果、道路(巾員五・五メートル)左端から中央寄り一・二メートルの地点を歩行していた森の腰背部に自車前部中央を衝突させ同人に原判示重傷を負わせ、そのため死亡させたことが認められる。

してみると、前方約十メートル位の至近距離を歩行中の被害者の右側すれすれの所を自動車で疾走して同人をおどろかそうとする行為は、同人に対する有形力の行使にほかならないのであつて、暴行の故意が存するものと認められる。また、その実行手段としてハンドルを左に切つて自動車を道路左端の方に寄せ疾走したのであるから、所論のように、被告人の自動車左端部を約九〇センチメートル道路左端に寄せたにすぎないものであつて、左に切り込んだという程の著しい進路変更ではないにしても、右進路変更により被告人の自動車(車幅一・五五メートル、一二二丁参照)が前記地点を歩行中の被害者に追突することは当時の両者の位置関係からみてその公算大であつて、追突事態を回避することは、至難の状況にあり、かかる無謀な運転は追突の結果を惹起し傷害その他異常な危険を随伴する行為であるから傷害の未必的故意が存すると認めるに十分であるといわなければならない。被告人車が発進し被害者に衝突するまで約十三メートルの距離があるのに、その間、被告人がハンドルを右に切るとか、ブレーキを踏むとかもしていないこと等に徴すると、急発進をしたためハンドルを取られたとか、ハンドルから手がはなれたことによつて暴走したものとは到底認め難い。そうすると、被告人に傷害の犯意ありとして傷害致死罪の成立を肯認した原判決の認定は相当といわなければならない。

その他記録を精査するも、原判決が所論のごとき証拠の取捨選択を誤り、事実を誤認したとは認められない。論旨は理由がない。

控訴趣意中量刑不当の主張について

論旨は、量刑不当を主張するが、所論にかんがみ、記録を精査し、当審における事実の取調の結果を参酌して案ずるに、酔余、些細なことに立腹し自動車を追突させて壮年の被害者の貴重な生命を失わせたこと、暴行罪等の粗暴犯で過去二回にわたり罰金刑に処せられたほか道路交通法違反の罪により前後四回も罰金刑に処せられた前科歴などに徴すると、被告人に対する刑責はきびしく追及すべきであるが、一方被告人は前非を悔い獄中にあつて被害者の遺族と裁判上の和解をして、強制保険(約五〇〇万円)のほか自己の唯一の資産というべきその居住している土地、建物を売却してえた代金四五〇万円を慰謝料として支払い、遺族側もその誠意にうたれ寛大処分方の嘆願書を提出したこと、被告人の妻子はその住居を失い、現在借家に住み被告人が拘禁中は生活保護をうけて暮していたこと、被告人は禁酒して更生を誓つていることなどにかんがみると、原判決の科刑はやや重すぎると考える。論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書に従いさらに判決する。

原判示事実に原判示法条を適用して主文のとおり判決する。

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