大阪高等裁判所 昭和49年(う)1521号 判決 1975年5月02日
主文
原判決を破棄する。
本件を大阪地方裁判所に差し戻す。
理由
<前略>
控訴趣意第一点、理由不備の論旨について。
所論は、原判示第一の本件交通事故の業務上過失致死傷の事実について、原判決は、右事故の発生につき、被告人の自動車運転者としての、どのような注意義務違反の過失を、その原因と認定しているのか不特定かつ不明確であり、従つて右事故による致死傷の結果についても、その因果関係が明らかでないから、結局原判決には理由不備の違法がある、というのである。
よつて、検討してみるのに、原判決が認定判示している原判示第一の本件業務上過失致死傷の事実は、「被告人は、昭和四八年年八月二七日藤井寺市内のスナック「茶々」において友人の三木雅則とともに午後八時三〇分頃から午後一〇時頃まで飲酒したのち、さらに大阪市内で飲酒する目的で普通乗用自動車を運転し、午後一〇時三〇分頃大阪市住吉区長居東三丁目一九番地のスナック「ドンファン」に赴き、同店付近路上に右自動車を駐車させ、飲酒後再びこれを運転して八尾市内の自宅に帰る予定のもとに同店で飲酒しようとしたものであるが、かかる場合自動車運転に従事している者として、飲酒後再び自動車を運運しようとする意図をもちながらあえて飲酒をしようとするときには、飲酒の結果自動車の正常な運転ができない状態となつて自動車を運転することになり、そのために不測の事故を惹起することのないよう飲酒量をつつしむべき業務上の注意義務があるのにかかわらず、これを怠り、飲酒後自車を運転して帰宅しようとの意図をもちながら右ナスック「ドンファン」において、午後一〇時三〇分頃から飲酒するうちに酒量を過し、かなりの酔いが回り、その影響により正常な運転ができない状態に陥つているのに、翌二八日午前〇時過頃前記駐車していた自車に乗車して運転を開始した過失により、午前〇時四二分頃大阪市阿倍野区西田辺一丁目一七番一三号先の交通整理の行われている交差点に南から北に向け時速七〇粁乃至八〇粁で差しかかつた際、おりから同交差点南側横断歩道上を信号に従い右(東)から左(西)に向けて横断歩行していた野田俊彦および横山敬太の両名に気づかないで進入し、右両名に、自車前部を衝突させてはね飛ばしたうえ、なおも自車を左斜め前方に暴走させて、同交差点北西角の歩道安全柵および街灯柱に衝突せしめ、その結果、右野田を頭部外傷による頭蓋内出血のため、右横山を頭蓋底骨折のためそれぞれ死亡させたほか、自車に同乗中の福村久美子に外傷性頭部症候群等の傷害を、同福村真砂代に右腰背部挫傷等の傷害をそれぞれ負わせた」といのである。
ところで、被告人を業務上過失致死傷罪に問擬するためには、被告人に業務上の注意義務の存在および右注意義務を懈怠した事実があることを要し、かつこれを判文上明確にすべきものであるところ、原判決は、右注意義務の存在およびその懈怠につき、前示の如く、「自動車運転に従事している者として、飲酒後再び自動車を運転しようとする意図をもちながら、あえて飲酒しようとするときには、飲酒の結果自動車の正常な運転ができない状態となつて自動車を運転することになり、そのために不測の事故を惹起することのないよう飲酒量をつつしむべき業務上の注意義務があるにもかかわらず、これを怠り」と判示し、さらに「飲酒するうちに酒量を過し、かなりの酔いが回り、その影響により正常な運転ができない状態に陥つているのに、駐車していた自車に乗車して運転を開始した過失により」と判示しているのであつて、前者は、自動車を運転するにあたつては正常な運転ができないおそれのある酩酊状態にまで陥らない程度に飲酒の量を抑制すべき注意義務の存在およびその懈怠を、後者は、正常な運転ができないおそれのある酩酊状態にあるときは自動車の運転に差し控えるべき注意義務の存在およびその懈怠を、それぞれ意味しているものと解されるのであるが、右はそれぞれ別個の過失であると思料されるので、右の判示は結局において、被告人に問うべき注意義務の存在およびその懈怠につき不特定かつ不明確というべできある。従つて原判決には、右業務上過失致死傷罪となるべき事実の判示としては不備があり、その理由を付さない違法があるものといわざるをえない。論旨は理由がある。
よつて、その余の理由不備(原判示第二の道路交通法違反の事実に関するもの)、事実誤認、量刑不当の各論旨について判断するまでもなく、右の点において原判決は破棄を免れないので、刑事訴訟法三九七条一項、三七八条四号により原判決を破棄したうえ、(なお、原判決は原判示第一の右業務上過失致死傷罪と同第二の道路交通法違反罪を併合罪として一個の刑を科しているので、その全部について破棄する)、同法四〇〇条本文により本件を原裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。
(戸田勝 梨岡輝彦 野間洋之助)