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大阪高等裁判所 昭和49年(う)332号 判決 1974年7月18日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

原審における未決勾留日数中四〇日を右刑に算入する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人瀬戸藤太郎作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

弁護人の控訴趣意中、法令違反の主張について

論旨は、まず、原審は被告人作成の任意提出書二通を証拠として採用し、原判決に証拠として挙示しているが、右任意提出書二通は、任意に作成されたものではなく、西成警察署の警察官によつて強制的に提出させられたものであるから証拠能力を欠き、原審がこれを証拠として採用したのは違法である、と主張する。

よつて案ずるに、原判決には、証拠の標目として被告人作成の任意提出書二通と記載されているだけであつて、それが原審において証拠調のなされた被告人作成の昭和四五年五月二八日付、同月二九日及び同年六月一日任意提出書各一通のうちのどの二通を指すのか、その記載自体からは明らかでないけれども、右三通の任意提出書のうち、同年五月二八日付のものは預金通帳の提出に関するものであり、他の二通はいずれも原判示第二の事実の被害物件の提出に関するものであることから考えると、原判決の挙示する被告人作成の任意提出書二通は、同月二九日付及び同年六月一日付のものを意味するものと解するのが相当であり、したがつて所論の指摘する被告人作成の任意提出書二通もまたこの二通を指すものと解する。そして、原審証人泉信義、同小野好美の各証言によれば、右二通の任意提出書は、その各作成日にそれぞれ記載されている物件が被告人から同警察署司法警察員に任意に提出されたのに伴い、被告人によつて任意に作成された書面であることを認めることができ、その証拠能力に欠けるところはないから、これを証拠として挙示した原判決に所論のごとき違法はない。

次に、論旨は、原審は被告人の司法警察員に対する昭和四五年六月五日付及び同年七月一〇日付各供述調書並びに検察官に対する同年八月五日付供述調書(控訴趣意書に司法警察員に対する同年八月五日供述調書と記載されているのは、警察官に対する同日付供述調書の誤記と認める)を証拠として採用し、原判決にこれらの証拠を挙示しているが、被告人に対する右各供述調書は、右警察署の警察官らが、暴行、脅迫及び利益誘導を用いて被告人を取調べた結果作成されたものであり、被告人の検察官がに対する右供述調書は、検察官が被告人の司法警察員に対する右各供述調書に基礎をおいて被告人を取調べた結果作成されたものであつて、いずれも任意性がなく、あるいは少なくとも任意性に疑いがあつて証拠能力を欠くものであるから、原審がこれらの証拠能力のない証拠を採用したのは違法である、というのである。

なるほど、被告人は、原審公判廷において、西成警察署における警察官の取調の際、「警察官四人からやあやあ言つてこつかれた」、「机に頭をぶつけられたり、ロープで打たれたりした、」「毎日正座させられた、」、「早く言わないと帰さないと言われた、」「他の社員の(盗んだ)分は判つたが被告人の分が判らないと言われた、」等供述し、原判示各窃盗についての警察官による取調が強制、利益誘導あるいは誤導にわたるものであつた旨供述し、また原審証人浜崎正信、同片田毬子(原審第七〇回公判期日のもの)の各証言中には同警察署に勾留中の被告人の額に傷があつたのを見た旨の供述があるけれども、当審において取調べた検察事務官作成の昭和四九年五月二四日付報告書によれば、被告人が同警察署に勾留されていた当時の同警察署の留置人診療簿に被告人の病気負傷についての記載がないと認められること、被告人が原判示各窃盗について原審公判廷で供述するところには、原判決の指摘するとおり明らかに虚偽であると認められることが多いことなどにかんがみ、原審証人泉正義、同小野好美、同山際昭三、同山本登富の各証言と綜合して考えると、被告人の原審公判廷における前記供述及び原審証人浜崎正信、同片田毬子の前記各証言は、いずれもこれを信用することができず、被告人の司法警察員に対する前記各供述調書には任意性を欠く疑いはないものと認めるのほかなく、したがつて、検察官によつて強制や不当な誘導による取調がなされた結果作成されたものでないことが明らかな被告人の検察官に対する前記供述調書の任意性にも疑いはないものといわなければならない。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意中、事実誤認の主張について

論旨は、要するに、原審は、被告人が原判示各窃盗罪を犯したものであるという前提と予断のうえに立つて審理を進めた結果、証拠の評価を誤り、大阪南東芝商品販売株式会社では原判示各窃盗被害があつたか否か不明であるのにそのような被害があつたものと認定し、また原判示第一及び第二の各物件は、被告人が青木某から買受けたもの、原判示第三の物件は、被告人が青木某らの依頼により横岩電気商会こと横岩利充に売渡したものであつて、いずれも被告人が窃取したものでないのに、被告人の捜査官に対する虚偽の自白に基づいて被告人が右各物件を窃取したものと誤つて認定した、というのである。

よつて案ずるに、まず、記録を精査しても、原審裁判所が被告人によつて原判示各窃盗罪が行なわれたものであるという前提と予断のうえに立つて審理を進めたと疑わしめるような事実はない。

原判示第一の事実については、なるほど原審証人津田義一(第三回公判期日におけるもの)、同西川勇は、警察から知らされた被告人の自供に基づいて被害の日、品名及び数量を記載した被害届を提出した旨供述し、被害会社として独自に被害の確認がなされていないことが明らかであるけれども、原判決の挙示する原審第三回公判調書中証人津田義一の供述部分及び原審第四回公判調書中証人鍋島徳二郎の供述部分によれば、被害会社の原判示倉庫には白黒テレビを含む多量の東芝製電気製品が保管されていたこと、木津運送株式会社の従業員である被告人は、被害会社専属の運転手として同会社の電気製品の配送に従事し、常時右倉庫に出入りしていたこと、かねて被告人から被害会社の電気製品の配送を受けていた電気器具商鍋島徳二郎は、昭和四四年四月二〇日ごろ、被告人からその個人的取引として東芝製二〇インチ白黒テレビ新品二台を代金合計八万円で買受け、その後店頭でこれを客に販売したことを認めることができ、これらの事実と被告人の司法警察員に対する昭和四五年七月一〇日付、検察官に対する同年八月五日付各供述調書記載の被告人の自白とを綜合すれば、原判示第一の事実を認定するに十分であり、青木某らから原判示第一の物件を買受けたという被告人の原審公判廷における供述はこれを信用することができない。

原判示第二の事実についても、被害会社において独自に被害の確認がなされていないことは、原判示第一の事実と同様であるけれども、原判決の挙示する原審第三回公判調書中証人津田義一の供述部分、原審第四回公判調書中証人岩沢芳男の供述部分及び被告人作成の任意提出書二通(昭和四五年五月二九日付及び同年六月一日付のもの)によれば、被告人が所持していて昭和四五年五月二九日及び同年六月一日に司法警察員に提出領置された原判示第二の物件のうち、冷蔵庫GR一二〇SAは昭和四四年一月、カラーテレビ一九C三は同三月ないし四月に被害会社に仕入れられたものであり、その余の物件も右会社に在庫していたことが明らかであつて、右各証拠と被告人の司法警察員に対する同年七月一〇日付、検察官に対する同年八月五日付各供述調書記載の被告人の自白とを綜合すれば、原判示第二の事実を認定するに十分であり、青木某らから原判示第二の物件を買受けたという被告人の原審公判廷における供述はこれを信用することができない。

次に、原判示第三の事実について、所論にかんがみ職権をもつて判断すると、原判決は、被告人の司法警察員に対する昭和四五年六月五日付供述調書を証拠として挙示しているけれども、記録によれば、右供述調書は、被告人が判示第三の窃盗罪について同年五月二九日公訴を提起された後、司法警察員が右窃盗罪について被告人を取調べた結果作成されたものであつて、その取調当時被告人は、その窃盗罪により西成警察署に勾留されていたことが明らかであり、刑事訴訟法一九八条一項によれば、逮捕勾留されている被疑者は、逮捕勾留の基礎となつている被疑事実については捜査官による取調に対し出頭義務及び取調受忍義務を負うものと解されること、起訴後においては被告人は当事者たる地位を有すること、本件においては、司法警察員による右起訴後の取調には弁護人の立会がなかつたのは勿論、当時被告人にはいまだ弁護人が選任されていなかつたことが窺われることなどにかんがみると、右起訴後の取調は違法であり、その結果作成された右供述調書は、原審において被告人によつて証拠とすることの同意がなされていない以上、その証拠能力に疑いがあるものといわなければならない。しかしながら、青木某らの依頼により原判示第三の物件を横岩利充に売渡したという被告人の原審公判廷における供述は、原判決の説示するとおり、これを信用することができず、右供述調書を除外しても、その余の原判決挙示の各証拠によれば、原判示第三の窃盗被害は被告人の供述と関係なく被害会社係員によつて確認され届出られたこと、及び右窃盗被害が被告人の行為によるものであることを認めるに十分である。したがつて原判示各事実については、いずれも所論のごとき事実誤認はない。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意中、量刑不当の主張について

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調の結果を参酌して検討すると、被告人には前科がなく、また本件被害物件のうち原判示第一の白黒テレビ二台、原判示第二の大工道具一組及び判示第三のカラーテレビ二台を除くその余の物件は、すべて被害会社に返還されているが、本件各犯行は被害額が多額に上り、原判決の時点では、原判示第一及び第二の物件中の未返還のものについて弁償がなされておらず、また被告人が判示第三のカラーテレビ一四台を横岩利充に売却して受取つた代金一〇〇万円についてもその半額五〇万円が返還されていたにすぎないことその他諸般の事情に照らすと、原判決の時点においては被告人を懲役の実刑に処した原判決の量刑が重すぎるとは考えられない。しかしながら、原判決後、被告人は、原判示第一及び第二の被害物件中未返還の白黒テレビ二台及び大工道具一組の被害弁償として一〇万円を被害会社に支払い、また原判示第三のカラーテレビの前記売却代金の残額五〇万円を全部横岩利充に返還し、結局本件犯行によつて現実に利得したものをすべて返還し、被害もほとんど回復されていると認められ、これらの事情を併せ考えると、被告人に対しては刑の執行を猶予して更生の機会を与えるのが相当であつて、原判決の量刑は、現時点においては重きにすぎ、これを破棄せねば明らかに正義に反すると認められる。したがつて、論旨は、結局理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条二項により、原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従つて次のとおり判決する。

原判決の確定した事実に法律を適用すると、被告人の原判示各所為は、いずれも刑法二三五条に該当するが、以上は、同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い原判示第三の罪に法定の加重をした刑期範囲内において被告人を懲役一年に処し、同法二一条により原審における未決勾留日数中四〇日を右刑に算入し、同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、原審における訴訟費用の負担につき刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(原田修 石松竹雄 長谷川俊作)

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