大阪高等裁判所 昭和49年(う)712号 判決 1974年12月16日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
<前略>
第一弁護人辛島宏、同松本健男、同熊野勝之、同藤田一良、同浦功、同西川雅偉連名作成の控訴趣意第一点 神戸市屋外広告物条例三条二項、一三条二項は、憲法二一条に違反するとする点について。
よつて、検討するに、表現の自由は、それが外部への表現行為であるだけに、他の社会的利益と牴触することは避けがたい。社会の各人が幸福にして文化的生活を営むことを保護することも憲法の要請するところである。表現の自由が、ときにこのような社会的利益と牴触する以上、場合によつては規制を受けることも免れえない。その意味で、内心の自由とは異なり、絶対的自由ではありえないのであつて、憲法二一条は、絶対無制限の表現の自由を保障しているのではなく、その時、所、方法につき合理的制限の自から存することを容認しているものと考えられる。
ところで、神戸市屋外広告物条例(神戸市屋外広告物条例の一部を改正する条例が昭和四九年一一月二七日神戸市議会で可決されているが、当審における結審時現在、施行期日は未定であるので、右改正前の同条例を以下本条例という)は、屋外広告物法(以下本法という)に基づいて制定されたもので、本条例が神戸市における美観風致を維持し、および公衆に対する危害を防止するために、屋外広告物表示の場所および方法ならびに屋外広告物を掲出する物件の設置および維持について必要な規制をしているものであつて、被告人の信号機にビラを貼りつけた本件所為は、都市の美観風致を害するものとして規制の対象とされているものと認められる(本法二条、本条例一条)。そして、都市の美観風致を維持することは、国民の文化的向上を目途とする憲法の下では、公共の福祉を保持する所以である。
そこで、本条例の規制の仕方をみるに、(一)原則として許可制を採用し(四条)、(二)屋外広告物の表示、掲示することを禁止する地域、場所、物件を定めているところ(三条一項ないし二項)、はり紙、立掛看板その他これに類するものを表示し、またはこれを掲出するものについては、一般の屋外広告物と別異に取扱い、これらを設置することを禁止する物件をさらに広く規定している(三条三項)。(三)しかしながら、屋外広告物を表示し、または設置するには市長の許可を要するとしながら、広汎な除外広告物件を認めるとともに、これらについては本条例三条一項の屋外広告物の表示等の禁止地域、場所、および三項の被掲出禁止物件の適用を受けないこととしている(九条)。(四)これを本件で問題となつているはり紙についてみるに、絶対的に広告物を掲出することが禁止されている物件に対するもの(三条二項)は別として、表示または設置の期間が五日以内のもの(九条一項四号)、ならびに営利を目的としないはり紙類で、政党その他の政治団体が宣伝のために表示するものおよび社会教育団体または自治会等地域団体が行なう集会、行事、催物類のために表示するもので、表示期間が二〇日をこえず、長さ0.8メートルまたは面積0.25平方メートルをこえないもので、適用除外を受けるものであることを表示してあるもの(九条一項九号、二項、九条の二、本条例施行規則九条の二、第五号、一〇条)などについては、許可を要せずにはり出すことができることとされている。(五)そして、屋外広告物を掲出することが絶対的に禁止されている物件についても本条例三条二項でかなりの絞りがかけられていることが明らかである。
かように、本条例は、広告物によつて表現される意味内容そのものを直接制約しようとするものではなく、表示の場所、方法、広告の媒体の設置維持について規制を加えただけのものであつて、本条例が神戸市住民において美観が保持された状況の下で利用したいとする物件として、広告物の提出を絶対的に禁止する物件を定め、それに(一)街路樹、路傍樹、(二)銅像、神仏像、記念碑、噴水施設、(三)橋梁、トンネル、歩道柵、信号機、道路標識、(四)公衆電話、ポスト、公衆便所などに掲げた程度の規制は、公共の福祉のため表現の自由に対し許された必要かつ合理的な制限の範囲内に止まるものであると認められる。従つて、所論の本条例三条二項、一三条二項を憲法に違反する規定ということはできない。論旨は理由がない。
第二同控訴趣意第二点 本条例が憲法一九条の思想および良心の自由を保障した規定に違反するとする点について。
思想および良心とは、外部にあらわれぬ内心の作用または状態をいい、憲法一九条は、いまだ表現の域に至らない内心の作用または状態の自由を保障したものであり、表現の域に達した場合には直接には憲法二一条の問題である。本条例は、屋外広告物の表示の場所、方法、広告の媒体の設置維持について規制を加えただけのものであつて、一定の美観を選択するよう強制するとか、広告物によつて表現される意味内容そのものを直接制約しようとするものではなく、かつまた表現されたところから遡つてその意味内容や思想、良心に規制を加えようとするものではないのであるから、本条例は、憲法一九条とは直接の関係はなく、論旨は理由がない。
第三同控訴趣意第三点 本条例三条二項三号に規定する「信号機」についての法令の解釈適用に誤りがあるとの点について。
弁護人らは、本条例三条二項三号の「信号機」とは、信号灯器部分をいい、信号灯器の支柱部分は含まないものと解すべきであるのに、これを含むとしたうえ、右支柱部分にビラを貼つた被告人の所為をもつて同条違反として処罰したのは違法であり、もし支柱部分をも含むものであるとするならば、支柱部分は本条例三条三項一号にかかげる電柱以上に、美観風致の点において保護されなければならぬ理由はなく、またこの部分にビラを貼つたとしても公衆に危害を与えることはないのであるから、この部分にビラを貼る行為を禁ずることは、表現行為の一態様たるビラ貼り行為をゆえなく制限するものであつて違憲であると主張する。
そこで検討するに、信号機は、交通の安全と円滑を図ることを目的として設置されているものであつて、信号表示自体を見えにくくしたり、あるいはその表示する意味内容をわかりにくくするような物件をもうけるなど、信号機本来の効用を妨げるようなはり紙行為は、道路交通法七六条二項、一一八条一項四号、一二三条により禁止され、その違反に対しては六月以下の懲役または五万円以下の罰金に処せられることになつているし、さらに、信号機本来の効用を失わせてしまうようなはり紙行為は、刑法の器物損壊罪の特別罪としての道路交通法一一五条の信号機損壊罪に該当し、五年以下の懲役または一〇万円以下の罰金に処せられることになつているのである。そして、信号灯器部分にはり紙を貼ることは、通常直ちに信号機本来の効用を失わせ、道路における交通の危険を生じさせることになるわけで、本条例を待つまでもなく、道路交通法上固く禁じられているところであつて、本条例が信号機の信号灯器部分とその支柱部分を区分して信号灯器部分に対するはり紙のみを規制対象としたものとは解せられないのである。
そしてまた、本法および本条例の目的ならびに本法四条二項および本条例三条二項に掲記する他の物件と対比して検討するに、道路を通行する歩行者または車両は、信号機の設置されている場所においては、信号機の表示する信号を見、かつ、青色信号になるまで待ち、青色信号を確認したうえで、これに従つて通行しなければならないだけに、交通信号を表示する信号灯器部分はもちろんのこと、これと一体をなしている支柱部分も、一般の電柱や街路灯柱より、より直接的に、ある程度の時間、人の視覚対象のなかに必然的に入らざるを得ないところ、それゆえにこそ、かかる場所は人車の通行量も、信号待ちのための暫次の停滞の機会も多く、右支柱部分への広告物の掲出により信号待ちの人車に対し広報宣伝効果を期待し得る反面、都市の美観風致上影響するところ少くないものがあるわけである。そして、かかる交通信号機の設置されている場所は、交通上危険性の高い場所であり(道路交通法四条三項)、信号の不遵守は意識的なものにしろ無意識的なものにしろ、交通を混乱に陥れるだけでなく、危険の現実化を惹起するものだけに、信号に対する注意力集中に妨げとなる物を排除し、煩雑物のない単純、明瞭、清潔なものとしておくことに合理的必要性がある。(道路標識については、標識の支柱の色彩を灰色または白色に統一しており((道路標識、区画線及び道路標識に関する命令別表第二備考))、信号機専用支柱もこれに準じて色彩をほぼ統一している((原審証人小倉八十次の供述))のも右趣旨のあらわれであると推認される。)従つて、地域住民がかような公物としての信号機につき、交通信号を表示する信号灯器部分だけでなく、これと一体をなしている支柱を含む一連の装置をして、はり紙等の広告物の一切ない状態においてこれを利用したいとするのもゆえなしとしないのであつて、かかる意味において、単に電線、街灯を支えている電柱や街路灯柱よりも清浄化の必要性は高く、かつ、より厳格な規制を設けることについても合理的理由があり、原判決の本条例三条二項三号にいう「信号機」について信号灯器支柱部分を含ましめた解釈になんら誤りはない。なお、そもそも屋外広告物を制限するにあたり、規制の対象、程度、範囲は、各地方公共団体が、その地方における住民自からの住む街の美観を保持し、少なくとも現状よりは汚すまいという生活感情を基盤とし、美観を保持したいとする対象物、程度に差異があることを考慮に入れるとともに、その地方における屋外広告物の実態とに対応して判断すべき立法政策の問題であり、その規制が著しく不合理でない限り、その判断を尊重するのが建前であり、本条例が一般の電柱や街路灯柱と異なり、信号機への屋外広告物の表示、掲出を絶対的に禁止する立法措置をとつたことについては、右に検討したように、合理性がないとはいえない以上、表現行為をゆえなく制限したものとはいえず、違憲の主張もまた理由がない。
第四同控訴趣意第四点 軽犯罪法一条三三号前段の「工作物」「みだりに」等について法令の解釈に誤りがあるとの点について。
弁護人らの控訴趣意は要するに、電柱、信号機支柱は、軽犯罪法一条三三号前段にいう「工作物」に該当しないと解すべきであつて、これらを含むと解するのであれば、表現の一形態としてのビラ貼り行為は、実質的に不可能になつてしまうから、表現の自由を否定するものとして、憲法二一条に違反する。そしてまた、本件ビラ貼り行為は、社会通念上是認しうるものである。しかるに、原判決は、電柱、信号機支柱が軽犯罪法一条三三号前段の工作物に含まれ、本件ビラ貼り行為をみだりにはり札したものとして同条違反を認めた点において、法令の解釈を誤り、もしくは「みだりに」についての判断の遺漏があると主張する。
そこで検討するに、軽犯罪法一条三三号前段にいう「工作物」とは、土地に定着する一切の建設物をいい、ここに電柱、信号機をも含むと解されるから、この点に関する原判決の法令解釈に誤りはない。基本的人権は、他人の権利自由を侵害するところに存在しないことは事物必然の道理であり、言論表現は、自由でも、どこにでも勝手気ままにビラを貼る自由があるわけではない。たとえ思想表現の手段であつても、適法に保護されている他人の財産権、管理権を不当に害するような表現手段は許されないものであるところ、同条は、主として他人の家屋その他の工作物に関する財産権、管理権を保護するために、みだりにこれらの物にはり札をする行為を規制の対象としたものであり、右規制をもつて憲法二一条に違反するものということはできない。そして、「みだりに」という文言は、結局違法性を示すもので、社会通念上正当な理由の存在を認め得ない場合を指すものであるところ、本件においては工作物の所有者、管理者の許諾もなく、また弁護人らの挙示する事由のみではいまだ社会通念上是認し得る正当な理由ありとはいえないし、原判決の罪となるべき事実ならびに被告人および弁護人の主張に対する判断三で判示しているところよりして、「みだりに」についての判断を遺漏していないことも明らかであつて、論旨はいずれも理由がない。
なお、弁護人らがいう大阪地方裁判所管内等における軽犯罪法一条三三号前段違反事件の訴追状況をもつて、電柱、信号柱についての所有権、管理権を否定したり、刑事罰によつてビラ貼り行為から保護すべき実質的根拠や社会的必要性がないとすることはできないし、関西電力株式会社等がビラ貼りとの関係で、軽犯罪法一条三三号前段にいわゆる「他人」にあたらないとか、電柱等の所有権、管理権をもつてビラ貼りを拒否することはできないとか、あるいはビラ貼りを受忍すべき義務があるとかの主張は、すべて独自の見解であつて、到底採用することができない。また、昭和四八年法八一号による屋外広告物法の一部を改正する法律によつて屋外広告物法一五条が新設されたこと、その際あわせて標準条例の改正があつたからといつて、そこから直ちに軽犯罪法一条三三号前段についての適用範囲や解釈を改めるべきことにはならないし(標準条例案四条の削除が、電柱等についてのはり紙等の規制を都道府県の自主的判断にまかせたにすぎないことは、弁護人提出の建設委員会議録による審議経過により明らかである。)、後記第五のとおり、本条例と軽犯罪法一条三三号前段とは、立法の趣旨、目的、保護法益を異にするのであつて、ある法規において規制の対象外に置いたということは、すべての法律関係で規制からはずすことを意味するものではないし、条例の効力は国の法令に劣ることよりしても、本条例が電柱に対する所定のビラ貼りを規制外に置いたことをもつて、軽犯罪法一条三三号前段の適用からはずされるべきであるということもいえない。また、ビラが貼られてもなんら実害はないとか、本件ビラ貼りについて暗黙に推定的承諾があつたとの主張についても、所有、管理する工作物にみだりにはり紙を貼ること自体が実害であり、原審証人小倉八十次、同井上輝男の各供述、関西電力株式会社と関電産業株式会社間の契約書写によれば、電柱、信号機支柱に対するビラ貼りが暗黙に承諾されていたというような事情になかつたことが明らかである。弁護人らはまた、原判決は本件電柱に対するビラ貼りの被害者は、関西電力株式会社と認定しているが、同社は、広告物設置の具体的権限はすべて広告会社に委ねており、被害者といえないとも主張するようであるが、関西電力株式会社特定管理監督者職責権限規程、同別表C61、営業所別供給業務所管区域に関する要則、専決権限規程各謄本によれば、本件電柱が関西電力株式会社兵庫営業所長管理にかかるものであることが認められ、関西電力株式会社と関電産業株式会社間の契約書写、関西電力株式会社の照会事項の回答写によつても、関西電力株式会社がその営業区域に所有する電柱を、広告灯、突出広告、巻付広告の取付のために、関電産業株式会社に使用させるものとし、関電産業株式会社は掲出した右広告物の維持管理権を有するけれども(契約書一条、一五条)、電柱自体の管理権は依然として関西電力株式会社の管轄営業所長にあることが認められるのであつて(前記別表C611、21814参照)、原判決の認定に誤りはない。
第五弁護人松本健男の控訴趣意 軽犯罪法一条三三号前段の被害法益についての解釈適用に誤りがあるとの主張について。
弁護人は、本法七条、本条例一二条三項において、市長は、この条例または規則の規定に違反した広告物がはり紙であるときは、その違反にかかるはり紙を自ら除去し、または除去させることができると規定し、はり紙が掲出された物件の所有者、管理者の個別的意思と無関係に、無条件でこれを除去する権限が、当該自治体の長に委ねられていることからして、その限度で個別の管理権はいわば排除されているとみることができる。本条例九条は、広告物の表示掲出に対する禁止制限の規制についてかなり広範囲な例外を適用除外として規定しており、この限度で、はり紙に対する包括的な管理権を有する市長の権限が条例そのものによつて制限されることを意味し、このことは個別の工作物の所有者の所有権、管理権もその限度で制限されているとみるべきである。本件のように、電柱などにあつては、美観風致維持以外に格別の迷惑などを考慮する必要のない場合においては、美観風致の維持と表現の自由との比較衡量の観点から表現活動を優先させている適用除外の趣旨からいつて、条例による規制の適用除外は、同時に軽犯罪法一条三三号前段による規制除外でもなければ全体的な法の趣旨は一貫しない。すなわち、かかる場合には美観風致の維持という法目的からこれらの工作物を管理する行政主体としての市長の承諾が管理者の承諾と解されるところ、本条例九条一項四号に該当するはり紙は本条例上許容されているところであるから、軽犯罪法一条三三号前段にいわゆる「みだりに」はり札したことに該らないと主張する。
そこで検討するに、本条例の保護法益は、都市の美観風致の維持および公衆に対する危害の防止であつて公共的法益であるのに対し、軽犯罪法一条三三号前段の保護法益は、主として他の家屋その他の工作物に関する財産権、管理権であつて、主として個人的な法益であり、美観の侵害の有無にかかわらず、他人の工作物に対するみだりになしたはり札行為自体を財産権、管理権の侵害として処罰しようとするものであつて、原判決には軽犯罪法一条三三号前段の被害法益についての解釈適用になんら誤りはない。
弁護人は、市長は、はり紙に対し包括的管理権を有し、工作物の所有者、管理者は、工作物中はり紙された部分の管理権を排除され、この部分の管理権は市長に属すると主張する。なるほど、自己の所有、管理する物に、自から広告物を掲出し、あるいは他人に掲出することを許諾する場合にあつても、右の美観風致の維持等の公共的法益保護のため、本条例の規制を受けるという意味で、その限度で財産権、管理権が制限されるけれども、このことは工作物中はり紙された部分の管理権が工作物の所有者、管理者から市長に移ることを意味するものではないし、かつまた、第三者が許諾なくして、あるいは社会通念上正当な理由もないのに他人の所有、管理する物に対しはり紙等の広告物を掲出した場合、その他人は自己の財産権、管理権の侵害として、自己の財産権、管理権に基づき、右第三者に対し広告物の除去を求め得ないわけではなく、第三者に対する関係ではなんら工作物に対する財産権、管理権は排除されていないのである。そして、本条例一二条三項のはり紙の除去権は、本条例の美観風致維持等の行政目的の実現確保のため、行政目的違反のはり紙が掲出されている状態が存在する場合に、行政権自らが直接違法なはり紙に対し実力を行使し、その違反状態を除去する作用を果し得る権能として規定されているのである。いいかえれば、右違法なはり紙に対する除去権は、行政権の自力強制手段としての行政強制権能であつて、市長がはり紙に対する管理権や、はり紙された工作物に対する管理権を有するがゆえに、はり紙に対する除去権が発生するのではない。市長に違法なはり紙に対する除去権があることから管理権へ結びつけた弁護人の主張には論理の飛躍があるうえ、行政上の強制執行としての直接強制、即時強制ということを看過ないしは無視したところの独自の主張であつて採用することができない。前述のとおり、本条例と軽犯罪法一条三三号前段とは立法の趣旨、目的、保護法益を異にするから、両者は必ずしも適用範囲を同じくするものではなく、本条例が電柱に対するビラ貼りを規制外に置いたことをもつて、軽犯罪法一条三三号前段の適用外となるものではないのである。論旨は理由がない。
第六弁護人辛島宏の控訴趣意第一点
軽犯罪法一条三三号前段が憲法一四条に違反するとする点について。
弁護人は、電柱に対するビラ貼りの禁止とその処罰は、持たざる市民から表現の自由を奪い、差別的扱いを容認するものであると主張する。しかしながら、軽犯罪法一条三三号前段は、適用対象たる人につき差別をもうけるものではなく、みだりに他人の工作物に、はり札したものを処罰するのであつて、同条が憲法一四条に違反するものでないことは明らかである。論旨は理由がない。
第七同控訴趣意第二点 違法性がないとの主張についての理由不備、法令の解釈適用の誤り、可罰的違法性を欠如するとする点について。
弁護人は、原判決が弁護人らの違法性がないとの主張について判断をせず、本条例、軽犯罪法違反の訴因を有罪としたのは、理由不備、法令の解釈適用の誤りがある。被告人のビラ貼り行為は、目的、手段その他の事情を総合すれば正当な市民活動の一つであつて処罰すべき行為ではないと主張する。しかし、本件ビラ貼り行為が正当行為であつて違法性がないとの主張については、原判決が被告人および弁護人の主張に対する判断四項などにおいて説示するところであり、原判決に理由不備があるとは認められないし、法令の解釈、適用について誤りがないことは前述のとおりである。ビラ貼り行為の動機、目的が正当であれば、すべてのビラ貼りが正当となるものでないことはいうまでもないし、弁護人が掲記する事情をもつて、可罰的違法性を欠くとは認められないし、その他一件記録を検討しても本件につき可罰的違法性を欠如するものとは認められない。
第八同控訴趣意第三点 公訴権濫用の主張について
弁護人は、本件公訴の提起は、被告人の人権侵害と被告人の政治活動の弾圧、干渉以外の何ものでもなく、公訴権濫用による違法なもので、原裁判所は不法に公訴を受理した点に違法があると主張する。しかしながら、本件はたまたま警察官がビラ貼り行為を現認し、貼付の枚数、場所、糊によつて貼つた方法、所持していたビラの枚数、被告人が住所氏名を黙秘したことなどから検挙、訴追されたものであつて、その他記録を検討しても公訴権が濫用されたとの疑いはなく、この点に関する原判決判示に誤りはなく、論旨は理由がない。
第九被告人の控訴趣意は、(一)表現行為を公共の福祉論で圧殺することは不当である。(二)同一行為を軽犯罪法と本条例の二つで裁くことは不当である。(三)ビラの貼られた状態における電柱の管理者は神戸市であつて軽犯罪法違反罪は成立しないと主張するに尽き、他は適法な控訴理由にあたらない。しかし、(一)については前記第一、第四で、(二)(三)については、第五、で詳論したところであり、また一つの行為が立法の趣旨、目的、保護法益を異にする二つの法律に違反し、想像的競合関係に立つことはなんら異とするに足らないところであるから、論旨はいずれも理由がない。
よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(本間末吉 西田篤行 朝岡智幸)