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大阪高等裁判所 昭和49年(う)871号 判決 1975年5月30日

主文

原判決を破棄する。

本件公訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人新谷勇人作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は、要するに、原判決は被告人に対し過失による指定最高速度遵守義務違反の罪責を負わせたが、原判決には本件現場手前にあつた速度規制の道路標識が道路交通法施行令一条の二第一項の規定に違反する不適法なものであるのにこれを適法なものと判断した点および車両運転者に対する注意義務としておよそ法律上根拠のない「最高速度を定めた場所ではないことを確認して運転すべき義務」を設定したうえ被告人にそのけたいを認めた点において法令の適用の誤りないし事実誤認の違法があり、それが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

そこで、記録および当審における事実取調べの結果を検討して考察するに、関係各証拠によれば、本件現場は、ほぼ東西に通じる府道杉田ノ口禁野線道路(幅員約一〇メートル)であるが、本件現場の西方には右道路に北方から丁字型に交わる市道(幅員約八メートル)との交差点(以下本件交差点という)があり、被告人は普通乗用自動車を運転して市道から本件交差点に進入左折し府道を東行して本件現場に至つたこと、本件交差点の北東すみおよび北西すみはいずれも車両が右左折しやすいようにかなり円くわん曲したすみ切りになつていて、その北東すみ切りの東端(市道から進入左折する車両からいえば交差点の終端)から約四メートル東方の府道北側路端に車両の最高速度を四〇キロメートル毎時と指定する道路標識(以下本件道路標識という)が設置されていたこと、本件交差点においては信号機がなくて交通整理は行われておらず、また付近には本件道路標識のほかには何ら道路標識、道路標示がなく交通規制がなかつたこと、市道は本件交差点に対し左にわん曲しながら、かつ、一〇〇分の三ないし五程度の上り勾配をもつてこれに通じているため、市道から本件交差点に進入する車両の運転者にとつては、左右の府道に対する見通しはあまりよくないこと、特に市道から本件交差点を左折しようとする車両の運転者の本件道路標識に対する見通しについては、右のような道路の状況に加え、北東すみ切りの左側路外には樹木が生え繁り、また看板も立てられていてこれらに視界をさえぎられるため本件交差点で左折体勢に入る前にあらかじめこれを見通すことは困難であり、道路の左側に寄り北東すみ切りに沿つて進行した場合には、すでに左折しつつあるすみ切りの半ば付近に至つて左約四五度斜め前方約一〇数メートルに何らの障害物なくこれを見ることができ、そのまま進行を続けると、交差点での左折を終り、府道を直進する状態になつたときにはすでに左上方にあつて運転席からの視界の外にあるが、それまで約一〇メートル進行する間これを見ることができること、以上の諸事実を認めることができる。

右認定の事実関係を基に考えるに、本件現場において被告人に対し最高速度を規制すべき道路標識としては本件道路標識が存していたのであるが、本件道路標識は次に述べる理由により被告人のように市道から本件交差点に進入して左折し府道を東行しようとする車両の運転者に対する関係では適法有効なものであるとはいえない。すなわち、道路標識を設置して交通の規制をするときには、車両がその前方から見やすいように設置しなければ適法有効なものであるとはいえないところ(道路交通法四条一項、同法施行令一条の二第一項)、本件道路標識については、車両の運転者が市道から本件交差点に進入して左折するに際し、本件道路標識の方を注視しているかぎり、北東すみ切りの半ば付近に至れば左約四五度斜め前方約一〇数メートルの距離にこれを見ることができ、さらにその後約一〇メートル進行する間も左前方にこれを見ることができるのであるが、前記認定の道路状況のもとにおいては、運転者は進路前方の交通の安全確認だけでなく府道を直進東行してくる車両に対する安全確認をもしなければならず、そのためには左折体勢に入りながら右後方を注視しなければならないことにかんがみると、左折にあたつての徐行義務を尽していても、左折しているときには本件道路標識を容易に認識することができないというべきであり、そして左折を終つて直進の体勢になつたときにはすでに本件道路標識は左前方の上方にあつてこれを見ることができないのであるから、結局本件道路標識は左折進行の運転者に対する関係では見やすいように設置されているものということができないのである(本来、交差点における左折車両に対する道路標識は、左折が終了して直進状態になつたときにおいて見やすいように設置すべきものであろう)。してみると、被告人は本件道路標識により最高速度の規制を受けるに由なかつたものであり、これを見落して本件現場において四〇キロメートル毎時をこえる速度で自動車を運転しても、なんら過失による指定最高速度遵守義務違反の罪責を負うことはないというべきである(なお、検察官は当審において、大阪府内においては、その全域につき普通自動車等の最高速度を四〇キロメートル毎時とする原則的規制がなされ、かつ、この規制が道路標識によるなされていることは公知の事実であるから、本件道路標識の無効は本件現場の指定最高速度が四〇キロメートル毎時に規制されていることに消長を来たさないとして最高裁昭和四八年二月一二日第二小法廷決定・刑集二七巻一号八頁を引用するが、右判例は区域を指定してする速度規制の効力に関するものであるところ、本件は右判例と事案を異にし、道路の区間を指定して速度規制が行われている場合であるから、本件道路標識が無効であるかぎり、被告人に対してはその規制の効力が及ばないというほかないものである)。

したがつて、本件道路標識による最高速度四〇キロメートル毎時の指定が被告人に対する関係で有効であることを前提として指定最高速度遵守義務違反の罪の成立を認めた原判決には、事実誤認ないし法令の解釈適用の誤りの違法があり、それが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れないといわなければならない。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条、三八二条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書によりさらに判決することとする。

本件公訴事実は「被告人は昭和四八年五月一五日午後二時三九分ころ大阪府公安委員会が道路標識によつて最高速度を四〇キロメートル毎時と定めた枚方市長尾谷町一丁目四七番地の一付近道路において前方の道路標識の表示に注意し、公安委員会が最高速度を定めた場所でないことを確認して運転すべき義務を怠り、同所が右最高速度の定めのある場所であることに気づかないでその最高速度をこえる六七キロメートル毎時の速度で普通乗用自動車を運転したものである。」というものであるところ、前記説示のとおり被告人に対しては道路標識による最高速度の規制の効力が及ばず、過失による指定最高速度遵守義務違反の罪は成立しないのであるが、関係各証拠によれば、被告人は右公訴事実の日時、場所において六七キロメートル毎時の速度で普通乗用自動車を運転したことが認められるので、被告人の右所為は故意に法定最高速度遵守義務に違反したものとして道路交通法一一八条一項二号の罪にあたるというべきである。そして、被告人の右行為は同法一二五条一項別表により同法九章にいう反則行為に該当し、かつ、記録によれば、被告人は同法一二五条二項各号に掲げる例外事由がないと認められるから、同章にいう反則者に該当するものであるところ、記録によれば同法一三〇条各号の場合でないのに同条所定の反則金納付の通告手続が行われていないことが明らかであるから、本件公訴提起はその手続が規定に違反した無効なものといわなければならない。したがつて、刑事訴訟法四〇四条、三三八条四号により本件公訴を棄却することとする。

よつて、主文のとおり、判決する。

(戸田勝 萩原壽雄 野間洋之助)

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