大阪高等裁判所 昭和49年(ネ)1159号 判決 1977年3月30日
控訴人(附帯被控訴人) 谷口勇
被控訴人(附帯控訴人) 安威川ゴルフ株式会社
主文
本件控訴を棄却する。
控訴人は、被控訴人に対し、金一二一万円及びこれに対する昭和四七年一一月一二日より右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
控訴費用(差戻前の上告費用を含む)並びに附帯控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は、本件控訴につき、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和四四年五月一二日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、附帯控訴による当審における被控訴人の新たな請求に対し、請求棄却の判決を求めた。
被控訴人代理人は、本件控訴につき、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、附帯控訴による当審における新たな請求として、「控訴人は、被控訴人に対し、金一二一万円及びこれに対する昭和四七年一一月一二日より右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、次のとおり附加、訂正するほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。(ただし、原判決添付別紙約束手形目録のうち、振出日欄に「43・3・10」とあるのを、「43・12・10」と訂正する。)
第一、本件控訴について
一、控訴人の主張
(一) 原判決二枚目裏二行目から一二行目までを、次のとおり訂正する。
「(二) 仮に、笹谷新吾が、被控訴人の代表取締役の資格喪失並びに取締役退任の商業登記がなされた後に、原判決添付別紙約束手形目録表示(1) のとおりの約束手形一通(たゞし、その振出日欄の記載については前記訂正のとおりである。以下単に本件手形という。)を振出したとしても、佃国丸において、笹谷より本件手形の振出交付を受けた際右代表権の喪失について善意であつたし、かつ、次のとおり佃国丸には商法第一二条後段所定の「正当事由」が存したから、被控訴人は善意の第三者である控訴人には対抗することができない。
即ち、1 水村組こと佃国丸は、笹谷新吾から本件手形の振出交付を受けた当時及び昭和四三年一二月二八日過ぎ頃、右笹谷が、被控訴人会社の代表取締役を退任していたことは知らなかつたし、笹谷本人も右資格喪失を知らなかつたものである。佃が若し右資格喪失を知つていたとすれば、本件手形は受取つていない筈である。
2 佃が、笹谷の被控訴人会社取締役退任の登記がなされていることを知らなかつたのは、右登記簿を閲覧しなかつたためであるが、それは、(イ)昭和四三年一二月二八日受付の登記申請による登記が閲覧できるのは、翌年二月初旬頃になるから、本件手形の振出交付を受けるまでに登記を閲覧して退任のことを知ることは不可能であつた。(ロ)また、笹谷新吾は被控訴人の代表者として従来手形を交付し決済してくれたこともあり、商取引の継続的取引をしており、社会通念上慣習に副つて、登記を見ずに、同人を代表者であると信じて取引していたものである。(ハ)被控訴人会社の登記変更事項公告の方法は官報に掲載することになつており、被控訴人が第三者に対抗できる時期は、少くともこの公告が一般に配布された時をもつて法的に疵護されるべきであるところ、被控訴人は、その点を怠つており、被控訴人は善意の第三者である控訴人に対抗できない。(商法第一二条参照)
3 控訴人及び株式会社サカエ商店は、本件手形の裏書譲渡を受けた際、笹谷が被控訴人会社の代表権を喪失し、取締役を退任後、右手形を振出したものであることは知らなかつた。
4 控訴人及び株式会社サカエ商店において、笹谷が被控訴人会社取締役を退任してその代表権を喪失した旨の登記がなされていることを知つたのは、昭和四四年五月二八日に右登記簿謄本の交付を受けたときで、それまでその登記を知らなかつた理由は、同登記簿を閲覧しなかつたためで、笹谷の取締役退任の事実について第三者から聞いたこともない。」
(二) 原判決三枚目表一二行目の次に、次のとおり附加する。
「(四) 予備的主張
訴外笹谷名義の代表者印、手形帳等は、被控訴人の所有物に属しているところ、被控訴人は、その押収手続をした旨主張するけれども、その手続以前に振出された本件手形については、被控訴人には笹谷の行為につき商法第二六一条第三項、第七八条、民法第四四条、または、同法第七一五条に基く責任があり、その損害賠償をする義務がある。」
二、被控訴人の主張
(一) 原判決四枚目表末行の次に、次のとおり附加する。
「本件手形は、振出日が白地であつたところ、「昭和四四年二月一〇日」と補充された状態で交付されたものであり、その後、本訴提起までの間にそれが変造されて、振出日が昭和四三年一二月一〇日になつたものである。」
(二) 原判決四枚目裏一行目から一一行目までを、次のとおり訂正する。
「(二) 請求原因事実(二)の主張に対する反論
被控訴人は、昭和四三年一二月二八日笹谷の代表取締役資格喪失並びに取締役退任の登記をしているから、商法第一二条によりこのことを善意の第三者に対抗することができる。そして、同条にいわゆる「正当事由」とは、「登記公告を知ろうとしても知りえない客観的障害、例えば、交通杜絶、官報新聞紙の不到達の如きをいい、長期の旅行、病気など当事者についての主観的事情は包含しないもの、」と解されており、この立場が至当であつて、商業登記は即日記入を原則としているから、佃は、おそくとも昭和四四年御用初めには右登記を確認しえたものと思われる。被控訴人が確認しえた限りでは、佃国丸は、おそくとも昭和五一年一月一〇日には、すでに記入された商業登記を閲覧しえたものである。従つて、控訴人主張の「正当事由」は存しない。
なお、被控訴人には、仮処分決定をえて笹谷の本件手形振出行為等を防止せんとした事実、取引先に代表者交替の通知をしていた事実、水村組は被控訴人と取引のあつたものでない事実、また、佃は代表者交代を優に知り得た事実等の存する本件にあつては、「正当事由」を広く解する立場に立つても、本件の場合水村組こと佃国丸に「正当事由」のなかつたことは明らかである。
第二、附帯控訴による当審における被控訴人の新たな請求について、
一、被控訴人の主張
(一) 請求原因
1 大阪高等裁判所第三民事部は、昭和四七年一〇月三一日本件訴訟の差戻前の控訴審判決として、「原判決を取り消す。大阪地方裁判所昭和四四年(手ワ)第一、二五三号約束手形金請求事件の手形判決のうち被控訴人に関する部分を認可する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決言渡をした。
大阪地方裁判所昭和四四年(手ワ)第一、二五三号事件の判決主文は、「被告らは、原告に対し、金一〇〇万円とこれに対する昭和四四年五月一二日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。この判決は仮に執行することができる。」であつた。
2 被控訴人は右控訴審判決に対し上告手続をとるとともに、上告に伴う強制執行停止申立手続をなしたが、同高等裁判所は右申立を容れなかつた。
そこで、右仮執行に基く強制執行に対し已むを得ず被控訴人は、控訴人に対し、昭和四七年一一月一一日に金一二一万円を支払つた。
3 最高裁判所は昭和四九年三月二二日に「原判決を破棄し、本件を大阪高等裁判所に差戻す。」旨の判決をした。
以上のとおりであるから、被控訴人は民事訴訟法第一九八条第二項に基き、交付した金員である金一二一万円及び右金員を支払つた日の翌日である昭和四七年一一月一二日から民法所定の年五分の割合による損害金の支払を求める。
(二) 控訴人の主張に対し、次のとおり述べた。
1 控訴人の「仮執行の宣言に基く強制執行により一二一万円の給付を受けたものではなく、被控訴人は、控訴人に対し、任意弁済を受けたものである。」旨の主張事実は否認する。
被控訴人は、昭和四七年一一月四日上告を申立るとともに、右上告に伴う強制執行停止の申立を為し、強制執行停止決定を得んと努力したが、大阪高等裁判所の容れるところとならず、同裁判所は強制執行停止決定をなさなかつた。
控訴人は、右時点において仮執行宣言に基き執行文の附与を受け、何時にても強制執行を為しうる状況にあつた。
そこで、被控訴人訴訟代理人は、控訴人に対し、「若し、上告棄却の判決があれば、金員に利息を附して支払うから、強制執行をしないで欲しい、」と申入れたが、控訴人に拒絶された。
被控訴人は、ゴルフ場の営業を営んでいるので、若し、ゴルフ場に執行官が来て強制執行をなすような状態になると、被控訴人の信用は著しく低下するので、右のような事態を防止するため已むなく控訴人に前記一二一万円(判決主文どおり)を支払つたものである。
従つて、「被告が、仮執行宣言附判決に対して上訴を提起し、その判決によつて履行を命じられた債権の存否を争いながら、同判決で命じられた債務につきその弁済としてした給付は、それが全くの任意弁済であると認めうる特段の事情のないかぎり、民事訴訟法第一九八条第二項にいう「仮執行ノ宣言ニ基キ被告カ給付シタルモノ」にあたると。」解するのが相当である(最高裁昭和四七年六月一五日判決参照)から、控訴人の主張は失当である。
二、控訴人の答弁並びに抗弁
(一) 被控訴人主張の日に金一二一万円を被控訴人から交付を受けたことはあるが、それは任意弁済として受取つたものである。
即ち、差戻前の控訴審判決言渡後、被控訴人代理人木ノ宮弁護士から原審手形判決に基いて弁済したいと申入れがあり、控訴人は昭和四七年一一月一一日に同弁護士事務所において、同代理人から本件手形金一二一万円の任意弁済を受けた。
なお、その際右代理人から同種の訴訟が他にもあるので、判決内容は口外しないでくれと要請されたので控訴人はこれを了解した。
(二) また、控訴人が、差戻前の控訴審判決に基き執行文の附与を受けたのは、任意弁済が得られない場合を考え、予備的に用意したもので、被控訴人は控訴人が執行文の附与を受けたことは知らない筈である。
第三、証拠関係<省略>
理由
第一、本件控訴について
一、まず、本件手形が適法に振出されたか否かについて判断する。
甲第一号証(本件手形、その偽造にかゝるものであることは後記認定のとおりである。)、原審証人岡野昌夫の証言によりいずれもその原本の存在が認められる乙第二号証の一ないし一四(ただし、乙第二号証の一二ないし一四については原本の存在の点を除く)、乙第三号証(以上乙号各証は、後記乙第四、第一四号証の記載に弁論の全趣旨を綜合していずれも本件手形同様偽造手形と認められる。)、同証言により真正に成立したものと認められる乙第一号証の二、第四号証、成立に争いのない乙第五、第八、第一四号証、官署作成部分につき成立に争いがなく、その余の部分については前記乙第一四号証の記載に弁論の全趣旨を綜合して真正に成立したものと認められる乙第一五号証の一及び原審証人奥村勉、同岡野昌夫、同島津禮次、当審証人笹谷新吾(後記信用しない部分を除く)、同水村新作(第一、二回、ただし後記信用しない部分を除く)の各証言に弁論の全趣旨を綜合すると、
(1) 笹谷新吾は、被控訴人会社の代表取締役であつたところ、昭和四一年一一月一八日取締役の退任により代表取締役の資格を失つたが、昭和四三年九月一六日に新取締役が就任するまでは従前どおり代表取締役としての権限を有しており、その代表取締役の資格喪失の登記を経由したのは同年一二月二八日であつたこと、
(2) 笹谷は、被控訴人会社の代表取締役としての権限喪失後の昭和四三年一二月一九日に、自分が代表取締役印を所持していたのを幸いとして、株式会社泉州銀行難波支店から被控訴人会社名義をもつて手形用紙五〇枚の交付を受け、その手形用紙と自分が所持していた代表取締役印を使用して、被控訴人会社名義をもつて、水村組こと佃国丸に宛て振出日を白地とし、本件手形を含む総額約二、〇〇〇万円の約束手形数通を振出したこと。
(3) 泉州銀行難波支店では、昭和四四年一月一四日付大阪地方裁判所昭和四四年(ヨ)第一〇、〇〇一号仮処分決定のコピーを受取つてから以降の満期日である手形については、保全処分を理由に支払いをしていないが、被控訴人会社の手形控簿を作り、手形要件や裏書人の名前を記入していた。そして、取立のあつた手形は、その時点で二通電子コピーし、一部を銀行が保管し、一部を被控訴人に渡していた。本件手形は、昭和四四年五月一二日前頃株式会社泉州銀行難波支店に交換に廻つてきた時点では、その振出日は、昭和四四年二月一〇日と記載されていたものが、その後、本件訴訟提起までの間になんぴとかによつて昭和四三年一二月一〇日と変造されたこと。
(4) (本件手形の真の振出日について、)本件手形は、ゴルフ場の建設工事代金の支払のため振出された約束手形のうちの一枚であつて、他の手形も振出日は白地のものが殆んどであつたが、支払期日はすべて記載して振出されており、笹谷が本件手形の用紙を含む「E〇六三〇一」から「E〇六三五〇」の手形用紙を株式会社泉州銀行難波支店から交付を受けたのは昭和四三年一二月一九日であり、笹谷は、工事代金は一ケ月毎に出来高払いの契約で、そのように支払つていたのであり、振出日から満期までの間隔は三~四ケ月から六ケ月にしていたのであるから、本件手形の手形番号と前後している手形番号の手形の支払期日を調べると、本件手形の手形番号は「E〇六三四一」であるところ、「E〇六三三〇」、「E〇六三三一」、「E〇六三三二」の各手形の支払期日はいずれも昭和四四年六月二三日と記載されて、その振出日はいずれも同年一月一〇日と補充されていること、そしてその三通の手形の金額は各五〇万円で合計金一五〇万円となつていること、また、「E〇六三四六」、「E〇六三四七」、「E〇六三四八」の各手形の支払期日は、いずれも昭和四四年七月一五日と記載されて、その振出日はいずれも同年二月一日と補充されていること、そして、右三通の合計金額は金七〇万円となつていること、笹谷は手形番号の順に手形を振出していること、本件手形の振出日は昭和四四年二月一〇日と補充されていたこと、本件手形は、佃国丸、株式会社サカエ商店、西村英一の各白地裏書を経て株式会社福徳相互銀行にわたつたのが、昭和四四年三月二五日であること、以上の各事実を綜合すると本件手形は、その手形番号、金額、支払期日との関係、一ケ月の出来高の合計金額、振出日の補充された日の合理的記載、他の関連手形の支払期日の記載と振出日の補充されている日の記載、本件手形が株式会社福徳相互銀行に渡つた日等の点に鑑み、振出日からその支払期日までの間隔を三ケ月余としたもので、本件手形の真の振出日は、早くても昭和四四年二月一日頃以降で同月上旬頃と推測されること。
以上の各事実が認められ、原審証人吉村京一、当審証人笹谷新吾、当審証人水村新作(第一、二回)、原審及び当審における控訴人本人の各供述のうち、右認定に反する部分は前顕証拠と比照してにわかに信用できないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
そうすると、本件手形は、笹谷が被控訴人の代表取締役としての権限を喪失し、その旨の登記を経由した後に被控訴人の代表取締役名義を冒用して振出したものであるから、本件手形の振出は無権代理行為に準ずるものと解するのが相当である。
従つて、本件手形が適法に振出されたとする控訴人の主張は理由がない。
二、次に、控訴人は、事実欄第一の一の(一)記載のとおり、佃において笹谷より本件手形の振出交付を受けた際、佃は前記笹谷の被控訴会社の代表権喪失につき善意であり、かつ、商法第一二条所定の「正当事由」があつたし、勿論、控訴人も笹谷の右代表権の喪失については知らずに本件手形を受取つたのであるから、被控訴人は、控訴人の本件手形金の請求に応じる義務がある旨主張するので、この点について判断する。
まず、当審証人水村新作(第一、二回)の証言、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果に弁論の全趣旨を綜合すると、佃において笹谷から本件手形の振出交付を受けた際、佃は笹谷が被控訴人の代表権を有するものと思つていたこと、控訴人も本件手形は被控訴人の代表権を有する笹谷によつて振出されたものと思つて本件手形の裏書交付を受けたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
そこで、進んで商法第一二条所定の「正当事由」の存否について判断する。
商法第一二条所定の正当事由とは、「客観的障碍、たとえば交通杜絶等その他社会通念上是認できる障碍により商業登記簿の調査をなすことができず、または登記簿の滅失汚損等により調査してもその登記事項を知ることができないとか、未だ事実上登記簿を閲覧しうる状態にないような事由のほかは、正常に毎日のように手形取引を繰り返していたような場合で、しかも突然代表者の交代の変更登記がなされたというような特段の事由(相手方に改めて登記の調査を要求することが無理な場合等)が存した場合のみをいい、たとえ一般に継続的取引関係が存する場合でも、ドイツ商法の規定するような条文(ドイツ商法第一五条第二項は、「登記事項ノ登記及公告アリタルトキハ、第三者ハソノ効力ヲ認ムルコトヲ要ス。但シ、公告後一五日以内ニ為サルル法律的行為ニ付テハ第三者ガ登記事項ヲ知ラズ且ツ知ルコトヲ得ザリシコトヲ立証シタルトキハ此ノ限ニ在ラズ。」-一九七四年八月二六日現在のドイツ商法典-最高裁判所図書館所蔵による)の存しない我が国においては、これに当らない。」と解するのが相当である。
本件につきこれをみるに、前記一で認定した事実に成立に争いのない乙第五、第一六、第一八号証、当審証人吉川宣雄の証言を綜合すると、被控訴人が、笹谷新吾の代表取締役の資格喪失並びに取締役の退任の商業登記を申請し、登記したのは昭和四三年一二月二八日であり、右登記事項については、おそくとも同四四年一月七日か八日には閲覧可能な状態になつていたこと、(昭和四三年一二月二八日並びに同四四年一月四日がいずれも土曜日であることは公知の事実である。)が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そして、本件手形の振出日が、最初昭和四四年二月一〇日と補充記載されていたが、真実の振出日は早くとも同月一日以降で同月上旬頃であつたことは前記一において認定したとおりである。
以上の認定事実によると、佃が笹谷から本件手形の振出交付を受けたのは昭和四四年二月上旬頃であるところ、笹谷の代表権喪失の登記事項を閲覧しうる状態になつたのはおそくとも昭和四四年一月七、八日であるから、控訴人の登記簿を閲覧できなかつた旨の主張は理由がないし、また、佃は笹谷が被控訴人の代表権を有する時から継続的取引をなしていた旨主張するけれども、前記一において認定したとおり、本件手形は工事代金支払のための手形で、一ケ月毎の支払方法により振出交付を受けていたもので、継続的取引といつても前記判示の特別事由には到底当らないので、控訴人の右主張も理由がない。
なお、控訴人は、事実欄第一の一の(一)のうちの2の(八)記載のとおり商法第一二条所定の「公告」の点につき主張するけれども、昭和一七年法律第六三号「戦時民事特別法」、昭和二四年法律第一三七号「法務局及び地方法務局設置に伴う関係法律の整理等に関する法律」附則一〇項により、公告は不要とされ、登記のみで足りるとされているので、商法第一二条所定の「登記公告」とあるのは、「登記」についてのみその効力が問題となるのであるから、控訴人の右主張も失当である。
以上のほか、右「正当事由」の存在につき主張立証がなく、反面、前記一及び以上認定したとおりの各事実の認められる本件にあつては、控訴人主張の商法第一二条の「正当事由」が存した旨の主張はこれを採用するに由ない。
(なお、商法第一二条所定の「正当事由」の解釈に当つては、商法第四二条、第二六二条が登記以外の表見的事実を特別に保護している場合には、右法条を類推して「正当事由」があるとする考え方が存するが、かかる立場に立つとしても、前記一並びに以上認定したとおりの各事実の認められる本件にあつては、被控訴人において故意又は過失によつて表見的事実を作り出したものとは認められず、商法第一二条所定の「正当事由」があるとは認められない。)
三、次に、控訴人は、原判決事実欄第一の一の(三)記載のとおり、過失による不法行為に基く損害金の請求をするので判断する。
当裁判所も控訴人の右主張は失当として排斥すべきものと判断するが、その理由は、原判決九枚目表七行目から同一〇枚目裏二行目までに記載するとおりであるから、これを引用する。
四、さらに、控訴人は、事実欄第一の一の(二)記載のとおり商法第二六一条第三項、第七八条、民法第四四条または同法第七一五条に基き被控訴人には損害賠償をなす義務がある旨主張するので判断する。
前記一及び二において認定した各事実によると、笹谷は昭和四一年一一月一八日取締役の退任により代表取締役の資格を喪失し、同四三年九月一六日に新取締役が就任するまでの間代表取締役としての権限を有していたが、被控訴人は、昭和四三年一二月二八日に笹谷の右代表権喪失並びに取締役退任の各登記を経由しているところ、笹谷が本件手形を振出したのは早くても昭和四四年二月上旬であつて、笹谷は、本件手形の振出行為当時、被控訴人会社の何らの職務権限も有していなかつたわけであるから、右笹谷の本件手形の振出行為は商法第二六一条第三項、第七八条、民法第四四条または同法第七一五条所定の職務行為となすに由なく、その他に主張立証のない本件においては、控訴人の前記主張もこれを採用するに由ない。
五、以上のとおりであるから、控訴人の本訴請求はすべて理由がなく、失当として排斥すべきものである。
第二、附帯控訴による被控訴人の新たな請求について
被控訴人は、事実欄第二の一記載のとおり民事訴訟法第一九八条第二項に基く請求をなし、控訴人は同第二の二記載のとおり、控訴人は、被控訴人から任意に弁済を受けたものである旨反論するので判断する。
昭和四七年一一月一一日に被控訴人代理人が、控訴人に対し、本件手形金の支払として金一二一万円を交付したことについては当事者間に争いがない。
ところで、「被告が、仮執行宣言付判決に対して上告を提起したのち、同判決によつて履行を命じられた債務につきその弁済としてした給付は、それが全くの任意弁済であると認められる特別の事情のないかぎり、民事訴訟法第一九八条第二項にいう『仮執行ノ宣言ニ基キ被告カ給付シタルモノ』にあたる。」と解するのが相当である。(昭和四四年(オ)第九九三号、同四七年六月一五日最高裁第一小法廷判決集第二六巻第五号第一〇〇〇頁参照。)
そこで、これを本件についてみるに、前記争いのない事実に、当審証人木ノ宮圭造の証言、本件記録のうちの手続部分及び本件記録添付の当庁昭和四七年(ウ)第九三一号上告に伴う強制執行停止申立事件記録並びに弁論の全趣旨を綜合すると、
1 大阪高等裁判所第三民事部は、昭和四七年一〇月三一日本件訴訟の差戻前の控訴審判決として、「原判決を取り消す。大阪地方裁判所昭和四四年(手ワ)第一、二五三号約束手形金請求事件の手形判決のうち被控訴人に関する部分を認可する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決言渡をした。
大阪地方裁判所昭和四四年(手ワ)第一、二五三号事件の判決主文は、「被告らは、原告に対し、金一〇〇万円とこれに対する昭和四四年五月一二日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。この判決は仮に執行することができる。」であつた。
2 上告差戻前の控訴審における被控訴人代理人木ノ宮圭造弁護士は、右控訴審判決に対し、昭和四七年一一月四日に上告の申立をするとともに、上告に伴う強制執行停止の申立をなし、右申立は大阪高等裁判所昭和四七年(ウ)第九三一号として繋属した。そこで、右木ノ宮代理人は担当裁判官に面接し、種々事情説明をしたが、木ノ宮代理人の心証では、「裁判所は、本件申立は民事訴訟法第五一一条第一項の『執行ニ因リ償フコト能ハザル損害ヲ生ジ』ないと判断しており、本件申立による執行停止決定は到底得られないもの」と感じた。反面、右時点において、控訴人は、すでに控訴審判決により認可された手形判決の仮執行宣言に基き執行文の附与を受けていた。そのことは、木ノ宮代理人は充分予測していた。
3 そこで、木ノ宮代理人は、控訴人に対し、「若し、上告棄却の判決があれば、金員に利息を附して支払うから、強制執行しないで欲しい、」旨申入れたが、控訴人はこれを拒否した。
4 被控訴人は、ゴルフ場の営業を営んでいるので、若し、ゴルフ場に執行官が来て強制執行をなすような状態になると被控訴人の信用は著しく低下するので、木ノ宮代理人は、昭和四七年一一月一一日に控訴人を自分の事務所に呼んで、「上告審で被控訴人が勝てば、お金は返す。」旨の控訴人の言を確認のうえ、同人に対し、当日までの本件手形の元利合計金一二一万円を支払い、昭和四七年一二月五日前記執行停止の申立を取下げた。
5 最高裁判所は、昭和四九年三月二二日に「原判決を破棄し、本件を大阪高等裁判所に差戻す。」旨の判決をした。
以上の各事実が認められ、当審における控訴人本人尋問の結果のうち右認定に反する供述部分は前顕証拠と比照してにわかに信用できないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
そして、控訴人の本訴請求が失当であることは、前記第一において認定したとおりである。
以上の認定事実によると、被控訴人は、差戻前の原判決を取り消し、仮執行宣言付手形判決を認可した控訴審判決に対して上告を提起したのちに、右上告に伴う執行停止の申立をなし、執行停止決定を得られる見込みもないところから、上告審で被控訴人が勝訴した場合には返還してもらいたい旨控訴人に申し向けて、同判決によつて履行を命じられた債務につきその弁済として金一二一万円を昭和四七年一一月一一日に支払つたものであつて、他に任意弁済であると特段に認められるような事情も認められない本件にあつては、控訴人の本訴請求が失当であることは前判示のとおりであるから、被控訴人の請求する民事訴訟法第一九八条第二項による本件申立は、請求の趣旨記載のとおりすべて正当としてこれを認容すべきものである。
第三、結論
以上のとおりであるから、控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきもので、これと同旨の原判決は相当であつて、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却し、被控訴人の附帯控訴による当審における新たな請求である民事訴訟法第一九八条第二項による本件請求は正当としてすべてこれを認容することとし、民事訴訟法第一九八条第二項、第九六条、第九五条、第八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判官 白井美則 弓削孟 篠田省二)