大阪高等裁判所 昭和49年(ネ)1162号 判決 1977年5月31日
控訴人
読売テレビ放送株式会社
右代表者
八反田角一郎
右訴訟代理人
塩見利夫
外二名
被控訴人
株式会社朝日新聞社
右代表者
広岡知男
右訴訟代理人
竹田準二郎
外一名
主文
原判決を次のとおり変更する。
被控訴人は控訴人に対し、東京都において発行する朝日新聞朝刊に本判決別紙第二の(一)記載のとおりの謝罪広告を、名古屋市ならびに大阪市において発行する各朝日新聞朝刊に同第二の(二)記載のとおりの謝罪広告を、いずれも二段抜きで、「謝罪広告」とある部分は二倍活字、「株式会社朝日新聞社」「読売テレビ放送株式会社殿」とある部分は1.5倍活字、その余は一倍活字として各一回掲載せよ。
控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の負担とし、その余は被控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
一控訴人がテレビ放送を業とする会社であり、被控訴人が朝日新聞の発行を業とする新聞社であること、被控訴人が控訴人主張の各朝日新聞紙上に控訴人主張のような見出しのもとに、その主張どおり本件記事を掲載、発行したことは当事者間に争いがない。
二そして、当裁判所も、本件記事により控訴人の名誉が毀損されたものと判断する。その理由は、次のとおり補正、付加するほかは、原判決理由第二の説示(原判決九枚目表九行目から一二枚目裏一行目まで)と同じであるから、その記載をここに引用する。
(一) (原判決理由の補正) <省略>
(二) (追加説示)
被控訴人は、見出しによつて注意を喚起された読者は、本文全文を通読するのが通常であり、見出しが断定的であるがゆえに原判決説示のような印象をもつ者は少ないはずである旨主張するけれども、仮に全文を通読したとしても、一般読者が見出しによる印象に引きずられ易いことは経験則上明らかであるし、また、特別関心のある事柄でないかぎり、見出しを一べつするのみで本文の通読を省略したり、本文は流し読む程度にとどめたりする新聞の読み方が読者の間で往々にして行われていることも公知の事実であるから、右被控訴人の主張は採用できない。なお、本件記事は、東京版、名古屋版、大阪版のそれぞれにつき、見出しの活字の大きさ、その文字の配列、表現方法、さらには本文記事の繁簡等にも相違もあるが、いずれも一般読者に原判決説示のような印象を与えるおそれがあることに変りはない。
三ところで、民事上の不法行為としての名誉毀損については、当該行為が公共の利害にかかわり、専ら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、その行為は違法性を欠き、もし右事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実に信ずるについて相当の理由があるときには、右行為には故意もしくは過失がなく、結局いずれの場合も不法行為は成立しないものと解するのが相当である(最一小判四一・六・二三民集二〇・五・一一一八参照)。
そして、前項に説示したところからすれば、本件記事は、見出しとの関連づけにおいて、全体として、控訴会社がスポンサーの圧力により、予定していた放送番組を中止したという意味内容の事実を摘示し、不特定多数の購読者に呈示したものとみなければならないから、違法性阻却事由としての真実証明の対象もその事実であり、相当の理由をもつて真実と信ずることによつて違法性阻却事由となり得べき事実についても右同様に解さなければならない。
しかるところ、被控訴人は、右の趣旨における各違法性阻却事由の存在をも主張しているものと解し得るので、以下、この点について検討する。
(一) <証拠>を総合すると、本件記事が朝日新聞に掲載されるまでの経緯に関し、原判決一四枚目表一一行目の「なつたこと。」の次に「なお、右ライオン油脂は原告会社の放送番組の有力なスポンサーであること。」と付加し、同裏三行目の「(なお、」から「参照)」までを削除し、同一六枚目表一行日の「面談し」から三行目の「得たので、」までを「面談し、同人に対し労働組合の調査結果を説明して意見を求めたうえ、」と改めるほかは、同判決理由第三項(二)1ないし11記載のとおりの各事実が認められるので、その記載(原判決一三枚目裏一一行目から一七枚目表一〇行目まで)をここに引用する。
そして、右認定の事実からすれば、琵琶湖汚染に関する報道番組放映予定日の前後ごろ、控訴会社とその有力スポンサーであるライオン油脂との間に右番組に関し何らかの接触がなされたことは否定できないけれども、そのことだけから、或いは、それに加えて、控訴会社作成にかかる「会社ニユース」、「よみうりテレビ社報」の次の記載、すなわち、右番組は昭和四六年二年九日に放映の予定であつたが、同月四、五日ごろ、(従つて、ライオン油脂の建物の写真撮影がなされたところ、)控訴会社の松波報道部長が延期の方針を打出したとの記載、が客観的事実に合致するものと仮定し、それを考慮に入れるとしても、未だなお、ライオン油脂の圧力によつて右番組の放映が中止されたとの事実を推認することはできず、他に、そのように認めるに足りる証拠もない。従つて、前記違法性阻却事由としての真実の証明はないものといわざるを得ない。
(二) 弁論の全趣旨によれば、被控訴会社の担当記者は、控訴会社の労働組合および民放放連からの取材に際し、おおむね、右(一)項の認定(本判決による補正部分を含め、引用にかかる原判決理由第三項の(二)記載の事実)どおりの経緯ならびにこれに対する右労働組合、民放労連の判断等を聞知したものと推認されるが、同労働組合、民放労連の、控訴会社がスポンサーの圧力により放送番組を中止したとの判断は、昭和四六年二月九日放映予定の琵琶湖汚染に関する番組がその日に放映されなかつた事実と、そのころまでに控訴会社とライオン油脂との間に右番組に関して何らかの接触があつた事実の存在とを主な根拠とする推測に基づくものであることは、上記認定の事実関係からすれば自ら明らかであるところ、被控訴会社において、民放労連等の前記判断につき、独自の裏付取材ないしは調査をしたものと認めるべき証拠はない。そうすると、本件記事の取材から新聞掲載までの過程に関与した被控訴会社の被用者において、控訴会社の労働組合および民放労連の右判断が真実に合致するものと信じたとしても、そのように信ずるについて相当の理由があつたものとは認めがたい。なお、民放労連に被控訴人主張の如き社会関係上の権威・信用・影響力等の存在を肯定するとしても、漫然これに依拠して取材担当記者を含む当該報道機関が自ら尽すべき客観的真実把握の労を省くことは容認されないところであると解せられる。従つて、この点に関する違法性阻却事由もこれに肯認することができない。
(三) もつとも、被控訴会社が本件記事報道の主題として意図したところの事実、すなわち、控訴会社がスポンサーの圧力により琵琶湖汚染に関する番組の放送を中止したとして民放労連が抗議行動を決定したという事実自体は新聞報道に値する事柄であり、原則としてその報道が許されるものであることはもちろんであつて、この点についての当裁判所の見解は原判決理由第三項(一)の説示(原判決一二枚目裏三行目から一三枚目表七行目まで)と同じであるから、これを引用する。しかしながら、そのことから直ちに民放労連の抗議行動の対象となつた事実(スポンサーの圧力による番組中止)が真実存在したかのような印象を与えるおそれのある本件記事の違法性を否定できないこともまた当然といわなければならず、その違法性阻却事由については本第三項冒頭記載のとおり解するほかはなく、これを緩和した別異の基準を設定すべき根拠は見いだしがたい。
四そして、本件記事が、見出しとの関連づけにおいて、すなわち、不相当な見出しがつけられたために、全体として控訴会社の名誉を毀損するものとなつたというべきことは上来説示したとおりであるところ、右記事については、被控訴会社の被用者において、同会社の事業の執行として、これに見出しをつけ、新聞に掲載したものであることは弁論の全趣旨により明らかである。また、上述の説示からすれば、右被用者の行為はその過失によるものというべきであるから、被控訴会社は民法七一五条による不法行為責任を負わなければならないところ、本件記事によつて毀損された控訴会社の名誉を回復させるためには、同法七二三条により、金銭賠償に代え、被控訴会社に謝罪広告を命ずるのが相当である。
そこで、その方法について考えるに、本件記事は、東京版、名古屋版、大阪版のそれぞれにつき見出しの活字の大きさ、その表現方法等に相違があることは前認定のとおりであり、また、記事全体としても名古屋版、大阪版は東京版に較べて大きく取扱われていることは<証拠>に照して明らかであるけれども、ひとたびこれに目を通した者に与える価値関係的印象の強弱の度合や内容においてはさほどの相違はないものと考えられるから、その文案、活字の大きさ、スペース等は右各版を通じて共通のものとし、本件記事の具体的態様、とりわけ、記事本文の内容がおおむね客観的事実に合致し、被控訴会社の意図もその事実を報道するところにあつたことを斟酌し、さらには、新聞の読者は一般的には固定しているものと考えられること、従つて、新聞記事による名誉毀損の回復方法としては当該新聞に謝罪広告をするのが最も有効な方法であり、通常それをもつて足りるものと考えられることをも考慮のうえ、被控訴会社に対し、主文記載のとおり謝罪広告を命ずるのが相当であり、これを超えて、控訴人主張のような手段、態様による謝罪広告を命ずべき必要性は認めがたい。
五以上の理由により、控訴人の本訴請求は、被控訴人に対し前項記載の方法による謝罪広告を求める限度において相当として認容すべきであるが、それを超える部分は失当として棄却を免れない。
よつて、右請求を全部棄却した原判決は一部不当であるから民訴法三八六条によつてこれを上記説示の趣旨に変更し、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。
(日野達蔵 荻田健治郎 尾方滋)
(別紙第一)
謝罪広告
当社は、昭和四六年四月八日東京都において発行する朝日新聞紙上に「公害番組に圧力、民法労連抗議へ、読売テレビ」、同月七日名古屋市において発行する朝日新聞紙上「琵琶湖汚染、読売TVの番組、直前に放送中止」、同日大阪市において発行する朝日新聞紙上に「琵琶湖汚染の報道番組“中止”読売テレビ、洗剤メーカー圧力」との見出しで貴社が洗剤メーカーの圧力によつて公害番組を中止した旨の記事を掲載頒布いたしました。右は事実に反したもので茲にこれを取り消します。
貴社が、右番組を中止したのは報道独自の立場から更に取材の徹底を期されたためであつて、もとより右スポンサーの圧力によるものでなく、当社の右誤つた新聞記事によつて、貴社が永年に亘つて培かつてこられた中立公正な報道機関としての信用を著しく損傷し、また、名誉を毀損いたしたことは洵に申訳なく茲に謹んで謝罪の意を表します。
昭和 年 月 日
株式会社朝日新聞社
右代表取締役 広岡知男
読売テレビ放送株式会社
代表取締役 八反田角一郎殿
(別紙第二)
(一)、東京版
謝罪広告
当社は、昭和四六年四月八日付本紙朝刊に、当社の真意とは異り、貴社が洗剤メーカーの圧力によつて琵琶湖汚染に関する報道番組の放送を中止したかのような印象を与える記事を掲載し、貴社に御迷惑をおかけいたしました。
よつて、ここに陳謝の意を表します。
昭和 年 月 日
株式会社 朝日新聞社
読売テレビ放送株式会社殿
(二)、名古屋版・大阪版
「昭和四六年四月八日付本紙朝刊」とある部分を「昭和四六年四月七日付本紙夕刊」とするほかは、右(一)と同一。