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大阪高等裁判所 昭和49年(ネ)1268号 判決 1976年11月09日

控訴人 熊崎正年

右訴訟代理人弁護士 小林保夫

同 高藤敏秋

同 大音師建三

被控訴人 和泉正雄

被控訴人 和泉チヱ子

右両名訴訟代理人弁護士 野村清美

同 安保晃孝

主文

原判決を取消す。

被控訴人らの請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴代理人は、控訴権の回復を求めたうえ、主文同旨の判決を求め、被控訴人ら代理人は、本案前の答弁として「本件控訴を却下する。」との判決、本案につき、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

≪以下事実省略≫

理由

一  職権をもって按ずるに原判決は昭和四九年五月三一日言渡され、その正本は同年六月三日郵便により控訴人肩書住所地に送達され、訴外藤原キミにおいてこれを受領したこと、控訴人は同年七月六日当裁判所に控訴の申立をしたことが記録に徴し明らかである。そこで控訴の適否について審究するに、≪証拠省略≫によると、右藤原は同年六月三日たまたま控訴人の子熊崎泰子の看病のため控訴人方にきており、郵便配達員に求められるまま郵便送達報告書に署名押印して送達書類を受領し、これを仏壇の果物盆の下に入れ、右泰子に控訴人が帰ったらこのことを話すよう言伝てを頼んだこと、右泰子はこれを失念して控訴人に伝えなかったこと、右藤原は民訴法一七一条一項にいわゆる「事務員、雇人、同居者」のいずれにも当らず、右泰子が事実上右書類を受領したとみても、同人は「同居者」ではあるが当時小学校三年生であって事理を弁識するに足りる知能を具えていなかったこと、控訴人は同年七月二日被控訴人ら代理人から内容証明郵便を受取ったのを契機として右書類を捜しあて、はじめて原判決正本が交付されている事実を知り、同月六日当裁判所に控訴申立の手続をとったものであることを認めることができ、右認定に反する証拠はない。そうすると原判決正本は右藤原が受取った時点ではいまだ送達の効力を生じなかったものというべく、控訴人が実際にこれが交付されている事実を知った同月二日にその送達の効力を生じたものとみるのが相当であり、控訴人は形式上は控訴期間を徒過したものであるが、実質上はその責に帰すべからざる事由によってこれを遵守できなかったものというべきである。しかして控訴人は原判決正本が交付されている事実を知った時から一週間以内に本件控訴申立をしたのであるから、結局のところ、民訴法一五九条により訴訟行為の追完がなされたものとみて差支えなく、本件控訴の申立は適法である。

二  そこで本案について判断するに、被控訴人らの先代和泉保次郎が被控訴人ら主張の日、主張の和解調書に基づき、右保次郎所有原判決添付別紙目録(一)記載の部屋を控訴人に賃貸したこと、被控訴人らがその主張の日右保次郎の死亡により相続し、右部屋につき所有権を取得するとともに賃貸人の地位を承継したこと、控訴人が昭和四八年一月下旬ころ右賃借中の部屋の南側の屋根上に同目録(二)記載の部屋の増築(以下「本件工事」という。)に着手して間もなくこれを完成させたことはいずれも当事者間に争いがない。

三  控訴人は本件工事については被控訴人らの承諾を得たものであり、仮にしからずとするも少くとも承諾を得たものと理解するについてもっともな状況があったと主張するから、この点についてみるに、≪証拠省略≫を総合すると、

1  控訴人は妻チヅ子、その間の長女泰子(昭和四〇年八月一〇日生)と三人家族で、被控訴人らから賃借中の前記部屋(六畳一間に三尺の縁側付き)で生活し手狭であったうえ、右泰子が昭和四七年四月小学校に入学してからは右縁側の東隅に机、椅子を置いて勉強させていたが、身を入れて勉強できない様子であったので不憫に思い、何とか右泰子のため独立の勉強部屋を用意してやりたいと考えていたこと

2  右チヅ子は控訴人の意をうけて昭和四七年一二月五日たまたま家賃の取立てにきた被控訴人和泉正雄を二階の部屋に案内して家賃の支払をしたうえ、同被控訴人に対し物干場のあたりを示して「そこに子供の勉強部屋を作ってやりたい。」と申入れたところ、同被控訴人はこれを承諾し、「何なら自分の方で大工を世話してやろう。」といったが、右チヅ子は「簡単にできるから迷惑をかける程のことはない。」と答えたこと

を認めることができ、右認定に反する≪証拠省略≫はたやすく措信できない。右認定の事実によると、控訴人が子供の勉強部屋を作るについて被控訴人正雄がこれを承諾したことは明らかであるが、いずれの場所にどのような規模、内容の工事をするかについては明確な意思の合致はなく、控訴人としては物干場のコンクリート台を利用しその上に簡易なプレハブ方式程度の部屋を設置することを考えていたのに対し、同被控訴人としては右縁側のところを改造して勉強部屋を作る程度のこと(ただ大工を世話するとまでいっているところからみて縁側端の棚を取りはらう程度のものではなかった。)を考えていたのであって、本件工事については、結局のところ、その承諾はなかったといわざるを得ない。しかしながら控訴人としては全く同被控訴人に無断で本件工事に着手したものではなく、意思の合致がなかったとはいえ、勉強部屋を作るについて承諾があったのであるから、この点は背信性の有無を判断するについてとくに重要視すべきものといわなければならない。

四  そこで進んで本件工事が本件賃貸借契約の継続を困難ならしめる程度に著しく信頼関係を破壊するものか否かにつき判断する。≪証拠省略≫によると、次のような事実が認められる。すなわち、

1  本件工事は、その増築部分の面積が従前の物干場のそれと同程度の四・四二平方メートル(一・三坪、約二・六畳)にすぎず、その材料も柱四本、トタン屋根、新建材の壁と内装を用いた簡易、軽量の仮建築で、材料代金三万円、手間賃金八、〇〇〇円、工事日数二日間であり、その基礎は従前の物干場のコンクリートの土台を利用したものであって、賃借建物本体に対して従前の原状を変更しまたはこれに損壊、毀損その他価値を減ずるような影響を与えるものでなく、一階の屋根の上の従前から物干場のあった位置に屋根、壁、窓などをつけた箱型の勉強部屋を乗せた程度のものであり、これを撤去し原状回復することはきわめて容易であること

2  現在右泰子は右増築部分に勉強机とオルガンを置いて勉強部屋として使用し、同時に控訴人はここに物干棹を設けて物干場として使用している程度であること

3  控訴人が賃借中の本件部屋はもとよりその全体の建物はすでに老朽化しており、これまで控訴人は雨漏りその他日常必要な修理をその都度控訴人の負担において行なってきていること

ところで、前認定のとおり控訴人は被控訴人正雄との間で意思の合致はないとはいえ、子供の勉強部屋を設置するについては同被控訴人の承諾を得ており、また本件工事の目的が右泰子のため独立の勉強部屋を用意してやりたいとの愛情から出たものであって、ことさらに利益追求など不純な動機から出たものでないことをあわせて考慮すると、控訴人の本件工事が賃貸人である被控訴人らに対する背信行為に当るものとみるのは相当でない。

もっとも控訴人が被控訴人正雄から本件工事の中止を求められ、さらに工事終了後五日以内に増築部分の撤去、原状回復を求められたことは当事者間に争いがないが、前認定の本件工事に至る経過、工事の目的、規模、内容、とくに右増築部分が容易に撤去できる程度の仮建築であって建物本体への影響は少なくその効用を増加こそすれ害するものではないことに照らすと、控訴人として話合により円満解決しうると考えたのはもっともな事由があり、また、親の心情として撤去するに忍びなかったのも無理からぬところであって、控訴人が同被控訴人の各要求に応じなかったからといって背信性の濃いものとみるのは相当でない。

さらに被控訴人らは本件工事により階下の賃借人善座良明方の玄関が沈下し建具の開閉が困難になった旨主張するが、これに副う当審証人若林俊秀の証言およびこれにより成立を認めうる甲第六号証は後記認定の事実に照らしたやすく措信できない。すなわち、同証言によると、右若林が被控訴人らの依頼により本件建物の階下の右善座方の出入口の戸の開閉状況を調査したのは昭和五一年五月中旬ころであり、右若林は本件建物の二階には上っておらず、本件増築部分の規模、重量、建物本体への影響などを仔細に検討した形跡がなく、右出入口の戸の開閉が困難になったのは本件工事が原因であると推測しているにすぎないこと、本件建物がすでに老朽化しており、その西側の高速道路の建設による地盤沈下、自動車の通行による振動などにより右出入口以外の右建物全体にもゆがみが生じており、とくにその西側の部分にその傾向が著しいことが認められ、また、被控訴人正雄本人は右出入口の開閉が困難であったことを知っていたと思われるのに、当審においてこの点に言及せず、何らの供述もしていないことを考慮すると、右の原因が本件工事によるものとは、しかく断定することができないからである。

五  以上の次第で、控訴人の本件工事が本件賃貸借における信頼関係を破壊するものとは認めがたく、被控訴人らの契約解除の意思表示はその原因を欠き効力を生ずるに由なきものというべく、本訴請求は理由がないからこれを棄却すべきである。よって右と異なる原判決は失当で、本件控訴は理由があるから、原判決を取消して被控訴人の請求を棄却することとし、民訴法三八六条、九六条、九三条、八九条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮崎福二 裁判官 田坂友男 中田耕三)

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