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大阪高等裁判所 昭和49年(ネ)1273号 判決 1974年12月16日

控訴人・原告 奥山迪正

訴訟代理人 越智比古市

被控訴人・被告 国

訴訟代理人 井上郁夫 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は原告の負担とする。

事実

(原判決の主文)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

(請求の趣旨)

1  被告は原告に対し、一〇万円及びこれに対する昭和(以下略)四七年一一月一五日から完済まで年五分の金員を支払え。

2  仮執行の宣言。

(不服の範囲)

原判決全部。

(当事者の主張)

次の主張を付加するほか、原判決事実摘示のとおりである。(ただし、原判決四枚目裏六行目の「同年」を「四七年」に訂正する。)

一  原告

1  前訴の訴訟物は、本件賃貸借契約における賃料増額請求権であつて、決して賃料債権そのものではない。そして、この賃料増額請求権は形成権であり、その行使によりその効力を完成するから、行使に当つて終期を定めることはその性質上あり得ない。それにもかかわらず、裁判所がその終期を認定することは違法も甚しい。

2  賃料増額請求権の行使及びその効果はすべて過去の法律関係に属するが、その効果につき争いが生じ、その争いが口頭弁論終結当時現存している以上、確認の利益が存在するものというべきである。

二  双方

前訴についての上告審たる大阪高裁は、四九年六月ごろ、原告の上告を棄却する旨の判決を言渡した。

(証拠)<省略>

理由

一  事実関係と争点

1  成立に争いのない甲一、二号証と五号証の一・二によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  原告は、かねてから訴外中嶋章に対し、本件家屋を賃料月額一九七〇円で賃貸していたが、四一年二月一九日頃到達の書面で、同人に対し、同年四月一日以降の賃料を月額四〇〇〇円に増額する旨の意思表示をした。

(二)  しかし、同人はこの増額請求に応じないで従前の賃料額を適法に弁済供託したため、原告は同人を被告として増額賃料の確認並びに増額賃料額と弁済供託額との差額等の支払を求めて、訴(以下前訴という。)を提起するに至つた。

(三)  原告は同人に対し、前訴の控訴審の口頭弁論終結前である四七年二月三日到達の書面で、本件家屋の賃料を同月一日から月額五八〇〇円に増額する旨の意思表示をした。しかし、前訴においては、この第二次増額請求についてなんの主張立証もされなかつた。

2  前訴の一審(西宮簡裁)において、「本件家屋の賃料が四一年四月一日から一か月四〇〇〇円であることを確認する。前訴被告は原告に対し、九万七四四〇円及びこれに対する四五年四月一日から完済まで年一割の金員を支払え。訴訟費用は前訴被告の負担とする。」旨の判決が言渡されたこと、前訴の控訴審(神戸地裁)において、「原判決を次のとおり変更する。原告が前訴被告に対し、原告と前訴被告間の本件家屋の賃貸借契約に基づき、四一年四月一日から四七年八月一六日まで一か月二五九五円の割合による賃料債権を有することを確認する。原告のその余の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも前訴被告の負担とする。」旨の判決が言渡されたことは、当事者間に争いがない。

3  原告は、前訴の控訴審裁判所が、原告の申立がないのに判決主文に「四七年八月一六日」(前訴の控訴審の口頭弁論終結の日)と確認賃料の終期を付したことは、故意というより悪意で訴訟物外の判断をしたもので違法であり、これによつて原告の前記第二次増額請求権が侵害されるため、弁護士に依頼して上告を提起し、右弁護士にこれが着手金一〇万円を支払つたが、これは右裁判による損害であるから、国家賠償法によりこれが賠償を請求すると主張する。

二  いわゆる賃料増額請求訴訟(増額請求権行使の結果による賃料額の争いに関する訴訟)について

いわゆる賃料増額請求訴訟として一般に行われているものには、賃貸借関係の内容の一部である賃料額の確認を求めるもの(以下賃料額確認訴訟という。)、増額後の未払賃料債権の確認を求めるもの(以下賃料債権確認訴訟という。)及びこれが給付を求めるもの(以下賃料請求訴訟という。)の三つの態様があるから、審理判断に際しては当事者の主張を合理的に解釈して、原告の真に求めている請求内容を十分に理解する必要がある。

賃料額確認訴訟は、賃貸借契約当事者間において、目的物の範囲や賃借期間に争いがあるときその確認を求めるのと同一の意味で、契約の内容(要素)の一つである賃料額に争いありとしてこれが確認を求めるもので、法律関係確認訴訟に属し、賃料債権確認訴訟は、増額請求以後に発生した具体的な賃料債権の存在の確認を求めるもので、債権確認訴訟であり、賃料請求訴訟はこの賃料債権の支払を求めるものであつて、給付訴訟に属する。

したがつて、賃料額確認訴訟の訴訟物は、賃貸借関係の内容の一部である賃料の額であり、賃料債権確認訴訟のそれは賃料債権の存否であり、賃料請求訴訟のそれは賃料支払請求権の有無である。そして、賃料増額請求権の行使は、これらの訴訟の前提となるべき法律事実である。

次に右各訴訟の訴訟上における主要な相違点を列挙することにする。

(一)  賃借人が賃料増額の効果を争つて、適法に従前の賃料または増額請求権を下回わる賃料額の弁済供託をしている場合、裁判所は、賃料額確認訴訟においては、この弁済供託の事実を顧慮することなく、増額賃料の額を確認すべきであるが(したがつて、増額請求の結果による賃料額の確定という目的に最も適合する訴訟態様であるといえる。)、賃料債権確認及び賃料請求訴訟においては、増額賃料額から弁済供託額を控除した残額の限度で、賃料債権の確認ないし給付を命ずべきである。

(二)  賃貸人が賃料請求訴訟を併合して提起した場合、賃料額確認訴訟においては両請求がともに認容されうるが、賃料債権確認訴訟においては、賃料請求が認容されて、債権確認の請求は訴の利益が問題とされることになろう。

(三)  賃貸人が訴訟係属中に第二次の増額請求権を行使し、その旨を主張立証して請求を拡張した場合、賃料額確認訴訟においては、当初の増額請求の日から第二次増額請求の日の前日までの賃料額の確認を求める部分は、過去の法律関係の確認を求めることになるので、当該期間については、賃料債権確認ないし賃料請求訴訟に訴を変更する必要を生じるが、賃料債権確認訴訟においては(第二次増額請求以後の請求額を拡張することの必要は別として)、そのような問題が生じる余地はない。

以上のように前記各訴訟には訴訟上若干の差違が見られる。そして、弁済供託額の増額賃料額に不足する額およびこれに対する賃料支払期以後年一割の利息については、借地法一二条二項但書、借家法七条二項但書により、増額を正当とする裁判が確定するに至るまで弁済期が到来しないことになるから、右賃料請求の訴は将来の給付の訴であるが、他の二者はいずれも確認訴訟であるから、確認の対象はあくまでも現在の権利または法律関係に限られるものであり、その現在とは既判力の基準時である事実審の口頭弁論終結時を指すことは、いうまでもない。

三  前訴の訴訟態様について

1  前掲甲一号証と成立に争いのない甲三号証の三によると、前訴の控訴審判決書や上告理由書には、控訴審において、「原告は被告に対し、四一年四月一日以降一か月四〇〇〇円の割合による賃料債権を有することの確認を求めた」旨の記載があるので、原告は一見賃料債権確認の請求をしているように解されないではない。しかし、前掲甲二号証によれば、前訴の一審判決書には、原告は前訴の一審において、「本件家屋の賃料は四一年四月一日から一か月四〇〇〇円であることを確認する旨の判決を求めた」旨記載されており、この四〇〇〇円というのは前記認定のとおり原告主張の増額賃料額そのものであつて、前訴において当事者間に争いのなかつた(このことは甲一、二号証によつて明らかである。)前訴被告の弁済供託額一か月一九七〇円を控除していないものであること、前訴においては控訴審で訴の変更がなされた形跡が認められないことなどから考えると、原告は前訴において控訴審でも賃料額の確認を求めていたものと解される。したがつて、この訴訟物は増額賃料の額であつて、前訴控訴審判決主文二項に「一か月二五九五円の割合による賃料債権を有することを確認する。」とあるのは、「賃料の額は一か月二五九五円であることを確認する」趣旨であつて、前訴のこの部分の請求は賃料額確認訴訟であつて、賃料債権確認訴訟ではなかつたものと認められる。

2  増額賃料額の確認訴訟は法律関係の確認訴訟である以上事実審の口頭弁論終結後の将来の法律関係の確認を求めることは許されないのであるから(特に賃料額の場合、将来の分については増減額の請求権行使や合意等による変動が常に予想される。)通常特段の事情がない限り、原告たるべき者はこのような不適法な請求はしないものとみなして、増額された日から継続する口頭弁論終結時における賃料額の確認を求めているものと解すべきである。

したがつて、一般に賃料額確認訴訟においては、事実審の口頭弁論終結時までの賃料額が訴訟物になつているものと解するのが相当であり、仮に口頭弁論終結時までに当該賃貸借契約が終了したときは、その訴訟の原告は賃料債権の確認ないし給付に訴を変更すべく(変更しない場合は、被告が抗弁を提出することになろう。)、また口頭弁論終結時までに次期増額請求権を行使したときも、原告において前記(二項の(三))のように訴を変更すれば足りるのである。このように解しても、当事者になんの不利益を課することにならないし、訴額の算定等の実務上の運用もこれに適合しているのである。

3  したがつて、前訴においては、「四一年四月一日から前訴の控訴審の口頭弁論終結時である四七年八月一六日までの間の増額賃料額が一か月四〇〇〇円であるか否か」が訴訟物であるというべきである。

四  違法な職務行為の主張について

1  原告は、前訴の控訴審裁判所が判決主文に増額賃料の終期を四七年八月一六日と明示したことをもつて、訴訟物の範囲外の事項について判決をしたと主張するが、これは前項の説示で明らかなように、原告の訴訟物自体について示された判断であつて、それ以外の何物でもない。仮に主文において右の終期を明示しなかつたとしても(多くの判決例のように明示する必要はなかつたのであるが)、その判決によつて確認される賃料額は、当然に口頭弁論終結時のものとなるのである。したがつて原告の右主張は失当である。

2  次に原告は、前訴の控訴審裁判所が判決に終期を明示したことによつて、原告の第二次賃料増額請求権が侵害されたと主張するが、この主張もまた理由がない。なぜならば、前訴の控訴審判決が確定することによつて、原告がその判決主文に低触する権利主張をすることができなくなるのは、判決の既判力によるためであつて、終期が明示されたためではない。すなわち、仮に原告の主張するように、前訴の係属中に第二次増額請求権を正当に行使したとしても、前訴の控訴審の口頭弁論終結までに、前訴について第二次増額請求の日の前日までを終期とする賃料債権の確認ないしこれが給付の請求に訴を変更するか、あるいは第二次増額請求の事実を主張立証し、第二次増額請求以後の増額賃料額の確認請求を拡張しておかない限り、判決に抵触する限りにおいて、第二次増額請求の法的効果を主張することができなくなるのである。したがつて、前訴の控訴審裁判所の前記終期の明示と、原告主張の第二次増額請求権の侵害との間には、なんら因果関係がない。

3  さらに原告は、前訴の控訴審裁判所が原告のその後の賃料増額請求権の発生の事実を知りながら、これを故意に侵害したと主張するが、この主張を認めるに足りる証拠はなにもない。

五  結論

以上のとおり前訴の控訴審裁判所について、原告の主張する違法な職務行為を認めることはできないから、原告の本訴請求はその余の判断をするまでもなく失当として棄却すべきである。

そうすると、原判決は正当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前田覚郎 裁判官 菊地博 裁判官 中川敏男)

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