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大阪高等裁判所 昭和49年(ネ)1927号 判決 1976年2月18日

控訴人 株式会社大栄製作所

右訴訟代理人弁護士 佐々木敬勝

同 塚口正男

同 西村元昭

被控訴人 奥田武雄

右訴訟代理人弁護士 鶴田啓三

主文

被控訴人の当審での請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

被控訴代理人は、当審における訴の交換的変更に基づく新請求として「控訴人は被控訴人に対し、控訴会社の株式六四〇株につき被控訴人名義の株券を作成交付せよ。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

(被控訴人の主張)

一、被控訴人はもと控訴会社の八四〇株(一株五〇〇円)の株主であったところ、その後、うち二〇〇株は株券未発行の段階で他に譲渡したので、現在は六四〇株の株主である。

しかるに、控訴会社は未だに右六四〇株の株券を発行しないから、被控訴人は控訴人に対し右株券の発行、すなわち、株券の作成、交付を求めるため本訴に及んだ。

二、右株券が発行されたかのようにいう控訴人の主張は争う。したがって、発行後、控訴会社においてこれを預かり保管する趣旨の保管契約が被控訴人、控訴会社に存したとする主張も否認する。

商法二二六条にいう株券の発行とは、会社が同法二二五条所定の形式を具備した文書を作成して株主に交付することをいい、株主に交付したときはじめて該文書が株券たる効力を有するにいたると解すべきである(最高裁昭和四〇年一一月一六日判決民集一九巻八号一九七〇頁)。ところが被控訴人は、いまだ控訴会社から株券の交付を受けていないので、たとえ、控訴人が主張するような六四〇株の株式の競売がなされたとしても、それは株券に非さる文書を競売に付したに過ぎないから無効であって、被控訴人は株主の資格を失っておらず、なお六四〇株の株券の発行すなわち作成交付請求権を有するものである。

(控訴人の主張)

一、被控訴人がかって控訴会社の六四〇株の株主であったことは認めるが、右六四〇株の株券はすでに発行ずみであるから、さらにその発行を求める被控訴人の本訴請求には応じられない。

すなわち右株券は控訴会社設立直後には発行されなかったが、その後約一年経過した昭和四四年七月ごろ増資の話が持ち上ったさい、事務処理上株券発行の必要が生じたので、そのころ当初の株式につき控訴会社代表者が市販の株券用紙を購入し、必要事項を記載して株券を発行し、その後同年九月、昭和四五年九月、同四六年一〇月の各増資の都度右同様の方法で直ちに増資株券を発行しているので、被控訴人主張の六四〇株を含む全株式につき株券はすでに発行ずみである。

もっとも、控訴会社は、被控訴人を含め株主である取締役(四名)には、いずれも右のとおり作成した株券を現実に手渡さず、控訴会社でそのまま全株券を保管していたけれども、それは、控訴会社設立当初から、各取締役が会社から少しずつ金を借り受けることが予想されたので、その借受金の返済を確保する趣旨もあって、控訴会社設立後、被控訴人を含む取締役四名の全株主協議の結果、今後発行する株券はすべてこれを控訴会社において保管することに決められたからである。したがって、控訴会社は被控訴人を含む株主全員との関係で発行済の株券を当該株主から預っている関係にあるから、六四〇株の株券は、すでに控訴会社がこれを作成し、被控訴人に交付したのと同じである。

控訴人としては、株券の発行には交付は必要ではなく、これを作成すれば発行となると考えるが(そうでなければ、株主への交付前の段階に何らかの事情によって流通におかれた株券の善意取得者を保護することが困難である。)、かりにそうでなく、株主に対する交付が株券発行の要件であるとしても、前記のように、所定の要式を具備した株券が作成され、株主の要求により会社がこれを保管しているような場合には、たとえ、現実の交付がなくても、株券の交付があったと解すべきである。

二、なお、かくして有効に発行された被控訴人主張の六四〇株の株券は、その後、控訴会社の被控訴人に対する判決(被控訴人は、控訴会社に対し借受金八一一、一五三円とこれに対する昭和四八年二月二七日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払えとの判決)に基く強制執行として競売に付され、昭和四九年八月九日安部里見がこれを競落したので、被控訴人は、現在では控訴会社の株主ではない。

(証拠関係)<省略>。

理由

一、被控訴人が、少くとも、もと控訴会社の株式六四〇株(一株五〇〇円)の株主であったことは当事者間に争いがない。

二、被控訴人は控訴会社に対し右株式六四〇株にかかる株券の発行を求めるのに対し、控訴会社は右株券はすでに発行ずみである旨争うので検討するに、まず商法二二六条にいう株式会社における株券の発行とは、会社が同法二二五条所定の形式を具備した文書を作成し、これを株主に交付することをいうものであると解する(被控訴人主張の最高裁判決参照)ので、右の見地によって、はたして控訴会社が、被控訴人に対し前記六四〇株の株券を発行したか否かについて考える。

成立に争いない乙第三号証に原、当審における控訴会社代表者本人尋問の結果および弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。

1.控訴会社は、昭和四三年七月ごろ現在の控訴会社代表者、被控訴人ら合計四名の者が取締役兼株主となって、電池附属用具の製造下請を目的として設立した小規模会社であり、右四名の者がそれぞれ営業、資材、製造の各業務を分担し(被控訴人は製造部門を担当し、控訴会社代表者は代表取締役として経営の全般を掌理した。)、ともに毎日出社して各自の仕事に当っていたもので、名は株式会社であったが、実際は四名の共同事業的色彩が濃厚であった。したがって、右四名の取締役兼株主はいずれも株式を他に譲渡するというような事態を予想せず、株券を直ちに発行しなければならないような具体的必要性はなかったので、控訴会社としては設立当初その発行を怠っていた。

2.ところが、昭和四四年七月ごろになって増資の議が出るにおよび、控訴会社代表者は、かねてから弁護士の示唆もあったので、このさい正規の株券を発行しておく必要を感じ、そのころ自ら市販の株券用紙を求め、これに所定の事項を記入してまず設立当初の株式について株券を作成し、次いで同年九月、昭和四五年九月および同四六年一〇月の増資のさいにもいずれもそのころ各増資株式についてその都度右と同じ方法で株券を作成し、右全部の株券を会社事務所内の金庫に入れて保管した。

3.控訴会社代表者が、このように株券を株主各人の手に現実に交付しなかったのは、もともと前記四名の取締役兼株主は、会社発足の当初から個人として控訴会社から仮払金名義による金借をすることが互いに認められていたため(成立に争いない乙第一、第五号証によれば、現に被控訴人は、昭和四三年八月一二日から同四七年一二月二〇日までの間に合計八一一、一五三円の借入れをしていることが認められる。)、被控訴人を含む取締役全員が、当初の株券発行にさきだち、今後株券はすべて右借受金の返済を確保するため各自が引き取らないで、これを控訴会社に預けておくことの諒解ができていたからであった。したがって、控訴会社においては

イ、設立当初の株券を作成したさい、会社として特に各株主に株券引取り方を求めることなく、当時毎週月曜日に開催していた定例取締役会の席上、その旨を取締役たる各株主に知らせただけで、前記諒解の趣旨にそって株券を控訴会社で預り保管し、

ロ、その後の各増資にさいしても、各株主は取締役会の構成員として増資の事実や具体的な各株主の引受株数はもちろん、各増資株についても当初株と同様会社において株券の作成と保管がなされることを了知している関係上、控訴会社としては、その後間もなく各増資株券を作成したが、その都度その旨を各株主に知らせないまま、各増資株券を前同様に保管した。

しかし控訴会社のこのような措置については本件紛争があるまで被控訴人を含む平取締役たる株主の誰からも、増資株につき控訴会社において株券を作成したかどうかの問合せはなく、各株主から株券を現実に交付すべき旨の要求もなく経過した。

以上の事実が認められ、右認定事実に反する原、当審における被控訴人本人尋問の結果は前掲証拠に照らし措信せず、他に右認定事実を覆すに足る証拠はない。

叙上認定の事実関係によれば、被控訴人主張の本件六四〇株を含む控訴会社の全株式についての株券は、すでに控訴会社において法定の様式により作成されたものであることが明らかであるし、なお、その株券が現実に各株主に手交されたわけでなかったことは被控訴人主張のとおりではあるが、さきに取締役たる株主と控訴会社との間で将来発行される株券についてあらかじめ前記のような預託の諒解ができていたことからすると、被控訴人を含む全株主は、(イ)当初株の株券については、控訴会社から株券が作成されたことを定例取締役会で具体的に知らされたさいに自己の株券を控訴会社に預け、爾後は控訴会社においてこれを各株主のため保管する趣旨の黙示の合意が両者間に有効に成立し、(ロ)その後の増資株については、いずれも、被控訴人らの構成する取締役会で当該増資を決議した時点において、各増資株券につき前記と同じような株券寄託の黙示の合意が成立し、そのころ現実に控訴会社において新株券が作成されたさいに右合意に基く寄託の効力が生ずるにいたったものと解するのが相当である。

すると被控訴人は、他の株主と同様に、前記六四〇株の株券につき控訴会社との間に寄託関係が成立し、その効力が生じた時点で、その都度自己の株券につき占有改定により控訴会社からその占有の移転を受け、ここに株券発行の要件としての株主への交付があったものであり、爾後被控訴人が間接に自主占有を継続してきたものということができる。したがって被控訴人の有した株式の株券は、すでに被控訴人あてに適式に発行されていたのであるから、被控訴人が控訴会社に寄託した右株券の引渡を求めるのならばとにかく、株券未発行を前提とする被控訴人の当審における請求は失当というほかない。

三、よって、被控訴人の当審における請求を棄却し(なお、株券がすでに発行されていることを前提とする被控訴人の原審における株券引渡請求は、当審における訴の交換的変更によって取下げられたから、右旧請求に関する原判決は失効した。)、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 朝田孝 判事 戸根住夫 畑郁夫)

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