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大阪高等裁判所 昭和49年(ネ)2021号 判決 1975年5月12日

原告・控訴人 国民信用組合訴訟承継人株式会社近畿相互銀行

理由

一、控訴人と訴外会社との間で、昭和三七年三月三日控訴人主張の内容の継続的金融取引契約が締結され、被控訴人が同日控訴人との間で、訴外会社の右契約による控訴人に対する債務につき連帯保証契約を締結したことは、保証極度額一〇〇万円の限度では、当事者間に争いがない。

甲第一号証は、被控訴人の署名及び印影の成立については当事者間に争いがないから、真正に成立したものと推定される。原審並びに当審における被控訴人本人尋問の結果中には、被控訴人が甲第一号証に署名押印した時は、第一条の金額欄は空白であつて、被控訴人としては、保証の極度額を一〇〇万円とする趣旨で署名押印したものであるという部分がある。しかし、右本人尋問の他の部分を総合すると、甲第一号証に被控訴人が署名するに際し、保証を頼みに来た訴外会社の代表取締役米川正夫との間で、借入れ額は一〇〇万円程度を目安とするという趣旨の会話が交わされたに過ぎず、保証の極度額を一〇〇万円に限定するとの明確な合意がなされたものではないことが認められる。そうだとすると、債務極度額の欄を空白にしたまま連帯保証人としての署名押印をした以上、後に右空白部分に二〇〇万円と記入されたからといつて、これを被控訴人の意思に基づかないものとすることはできない。よつて、前記本人尋問部分は、甲第一号証が真正に成立したとの推定を覆えすには足りない。

右甲第一号証によると、控訴人と被控訴人との間の連帯保証契約は、債務極度額、したがつて、保証極度額を二〇〇万円として締結されたものであることが認められる。《証拠》中右認定に反する部分は、前記と同様の理由で措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二、《証拠》によると、控訴人の請求原因(二)及び(三)の事実が認められる。この認定を左右するに足りる証拠はない。

そうすると、控訴人は訴外会社に対し、右手形金合計一、八九六、七〇〇円相当の手形買戻代金債権と各手形金額に対する当該手形の満期の翌日から完済までの日歩七銭の割合による遅延損害金債権を有していたわけである。

三、他方において、訴外会社が昭和四〇年九月三〇日現在において定期積立金、定期貯金等合計一、三一三、三〇〇円を有していたこと、および右預、貯金債権は訴外会社の責に帰すべき事由によつて預貯金契約が解約されたものとして、控訴人が終始これを無利息の扱いにしたことは控訴人の自認するところであるから、訴外会社の控訴人に対する右債権の額は昭和三九年九月九日現在(後出のように両債権が相殺適状にあつた日)においても右と同じ金額であつたことが認められる。

そして、《証拠》を総合すると、本件契約においては、訴外会社が手形買戻代金債務の履行を怠つた場合には、控訴人は右債権と訴外会社の控訴人に対する預、貯金その他の債権とを弁済期の如何にかかわらず通知催告を要しないで任意に相殺することができる旨の約定がされていたので、控訴人は、昭和三九年九月九日現在における控訴人の訴外会社に対する前記債権と訴外会社の控訴人に対する前記債権とを差引き勘定をすると、その差額は八八四、一九八円となり、これが控訴人の訴外会社に対する残債権の額であるとして、同日付の書面をもつて訴外会社に対して、同会社との間の預、貯金契約を解約したことの通知と前記差額金の支払請求をしたことを認めることができる。そうすると、右両債権は同日相殺適状にあり、相殺の結果、控訴人は訴外会社に対して同日現在において前記の額の債権を有していたことになるから、前記のように訴外会社の控訴人に対する債務を連帯保証した被控訴人もまた、当時、控訴人に対して同額の債務を負つていたわけである。

四、被控訴人は、昭和三九年九月下旬被控訴人と控訴人間に、被控訴人が控訴人に対して本件契約に基づく被控訴人の保証債務のうち元本債権六六六、六二五円の半額に当る三三三、三一三円を完済したときは、控訴人は被控訴人に対して残余の保証債務を免除する旨の契約が成立したと主張するので、この点について判断する。

《証拠》を総合すると、次の事実が認められる。

控訴人は、昭和三九年九月九日付書面をもつて、放出支店長名義で、訴外会社および控訴人に対し、本件契約に基づく残債務金八八四、一九八円を五日以内に支払うように請求した。当時、訴外会社は倒産し、代表者の米川は行方をくらませ、訴外会社には右債務の支払いに当てるべき資産は残つていなかつた。右催告書を受取つた被控訴人はこれを一度に支払う能力がなかつたので、同月下旬頃友人福井正雄とともに控訴人の放出支店に赴き、同処において同支店長代理吉田義次と右債務の処理につき折衝した。その交渉の過程において、吉田は被控訴人に対して、「保証人としての誠意を見せてほしい。せめて元金六六六、六二五円の半額を責任を持つてもらいたい。あとは米川に請求するから。」という趣旨のことを述べた。被控訴人は吉田の右発言を、被控訴人が右元金の半額三三三、三一三円を支払えば、控訴人は被控訴人に対してその余の債務を免除する趣旨の申出であると解して、元金の半額を支払うことを決意し、その支払方法について吉田と協議し、毎月一万円宛の割賦払いとすることにつき吉田の承諾を得て、昭和三九年一〇月一二日から昭和四二年七月までの間に、三四回にわたり、毎月一万円宛、最終回は三、三一三円、合計三三三、三一三円を支払つた(但し右支払いの事実は当事者間に争いがない)。そして、右割賦払いの約定をした交渉の過程においても、また、その後の割賦払い履行期間中においても、控訴人から被控訴人に対して、右割賦払いの約定は控訴人が被控訴人に対してその余の債務を免除する趣旨ではない旨を告知したことがなく、また、右割賦払いに異議を述べたこともなかつた。以上の事実を認めることができる。原、当審における証人吉田義次の証言中右認定に反する供述部分は措信しない。

以上認定の事実関係によると、支店長代理吉田の被控訴人に対する前記申出は、その後の両者間の割賦払いの約定の成立と相俟つて、被控訴人において三三三、三一三円を約定の期間内に割賦弁済すれば、控訴人は被控訴人に対して本件保証債務の残債務を免除する旨を表示したものと解するのが相当であつて、仮に吉田が残債務を免除する趣旨で右申出をしたのではなかつたとしても、吉田の右意思は外的に表示されるに至つていないから、前記申出の外的に表示された趣旨は、これによつて左右されない。

もつとも、《証拠》によると、控訴人の放出支店長代理は単なる内部的な職制上の名称で、営業に関する決済権限や対外的代理権限を伴わないものであつたことが認められるけれども、前述の事実関係から明らかなように、被控訴人は吉田から前記の申出を受け、同人が控訴人の放出支店長代理として控訴人を代理して前述のような債務免除をする権限があるものと誤信して右申出を受諾し、その後の約定に従つて割賦弁済を完全に履行したものであることが認められる。しかるに、前述のとおり、吉田は控訴人の被控訴人に対する本件債権について放出支店長代理として被控訴人と折衝し、被控訴人からその割賦支払いを受ける旨を合意し、控訴人は異議なくその支払を受け取つていたのであるから、吉田に控訴人を代理して本件債権に関し被控訴人と支払方法についての取りきめをする基本代理権のあつたことが明らかである。そして、信用組合の支店長代理という名称は、言葉の意味からすれば支店長の代理人であることを表示するものであり、このような名称を有する者とその所属する支店店舗内において、右組合に対する債務につき折衝をし前述のような合意をする相手方は、特に支店長代理にその代理権がないことを知るべき特別の事情のない限り、支店長代理に右代理権があると信ずるのは無理からぬことであつて、そう信ずるについて民法一一〇条にいう正当の事由があるというべきである。そうすると、被控訴人において吉田が控訴人を代理して本件債権につき前記の約定をする権限のないことを知るべき特別の事情のあることの証明のない本件の場合、民法一一〇条により、控訴人と被控訴人間の本件保証債務に関する前記割賦弁済債務免除の契約は有効であつて、被控訴人が控訴人に対し約定の期間内に約定の金額の割賦弁済を遅滞なく完了したことにより、被控訴人の控訴人に対する本件保証債務の残債務全額につき免除の効果を生じたものと言うことができる。

五、そうすると、右免除の効果が生じなかつたことを前提として、被控訴人が控訴人に対し現在もなお本件保証債務の残債務を負つているとして、被控訴人に対しその支払いを求める控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなくすべて失当であること明らかであつて、これと同趣旨の原判決は相当で、本件控訴は理由がない。

(裁判長裁判官 長瀬清澄 裁判官 岡部重信 小北陽三)

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