大阪高等裁判所 昭和49年(ネ)453号 判決 1975年11月27日
当事者の表示
別紙一 当事者目録記載のとおり
(以下、昭和四九年(ネ)第四五三号事件控訴人、同年(ネ)第四七三号事件被控訴人、昭和五〇年(ネ)第七二四号、同年(ネ)第七六〇号各事件附帯控訴人、同年(ネ)第八六〇号事件被申立人を「原告」と表示し、
昭和四九年(ネ)第四五三号事件被控訴人、同年(ネ)第四七三号事件控訴人、昭和五〇年(ネ)第七二四号、同年(ネ)第七六〇号各事件附帯被控訴人、同年(ネ)第八六〇号事件申立人を「被告」と表示する。)
主文
一、原告らの控訴および各附帯控訴に基づき原判決中原告高田キミおよび第一審原告長嶺春代を除くその余の原告らに関する部分を次のとおり変更する。
(一) 被告は別紙二の第一ないし第四表記載の原告らのために、大阪国際空港を毎日午後九時から翌日午前七時までの間、緊急やむをえない場合を除き、航空機の離着陸に使用させてはならない。
(二) 被告は
(1) 別紙二第一表記載の原告らに対し各金一三二万八、〇〇〇円および内金四八万円に対する昭和四五年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員
(2) 別紙二第二表記載の原告らに対し各金一〇八万円および内金五〇万円に対する昭和四七年一月一日から支払ずまで年五分の割合による金員
(3) 別紙二第三表記載の原告らに対し各金九八万三、〇〇〇円および内金四一万三、〇〇〇円に対する昭和四七年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員
(4) 別紙二第四表記載の原告ら、ならびに、同第五表の内、28高田キミを除く、その余の原告らに対し、それぞれ右各表合計欄記載の金員ならびにその内各表遅延損害金元金欄記載の金員に対する第四表1ないし23および第五表1ないし27記載の原告らについては昭和四五年一月一日から、その余の原告らについては昭和四七年一月一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員
をそれぞれ支払え。
(三) 被告は、別紙二第一ないし第四表記載の原告らに対し、昭和五〇年六月一日から(一)の夜間離着陸禁止が実現されるまでは一か月につき各一万一、〇〇〇円、それ以後、右原告らと被告との間において、大阪国際空港に離着陸する航空機の減便等の運航規制についての合意が成立するまでの間は一か月につき各金六、六〇〇円を、それぞれ当該月の末日ごとに支払え。
(四) 原告らのその余の請求を棄却する。
二、(一) 被告の控訴に基づき、被告と原告高田キミとの間において原判決主文第一項を取り消す。
(二) 原告高田キミの請求中前項に関する部分を棄却する。
(三) 被告のその余の控訴をすべて棄却する。
三、仮執行により給付した金員の返還を求める被告の申立を棄却する。
四、訴訟費用は第一、二審を通じてその全部を被告の負担とする。
五、この判決の一の(一)ないし(三)および四は仮りに執行することができる。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、原告ら
1 原判決中次の各当事者に関する部分を次のとおり変更する。
(昭和四九年(ネ)第四五三号事件控訴の趣旨)
(一) 主文一(一)同旨。
(二) 被告は別紙二第一ないし第四表記載の原告らに対し
(1) 金六五万円および内金五〇万円に対する同第一表および第四表の1ないし23記載の原告らについては昭和四五年一月一日から、その余の原告らについては昭和四七年一月一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員
(2) 右第一表および第四表の1ないし23記載の原告らについては昭和四五年一月一日から、その余の原告らについては昭和四七年一月一日から、被告が大阪国際空港において、午後九時以降翌日午前七時までの間の一切の航空機の発着ならびにその余の時間帯において騒音が原告らの居住地域で六五ホンを超える一切の航空機の発着を禁止するまで、一人につき毎月一万一、五〇〇円の割合による金員をそれぞれ支払え。
(三) 被告は別紙七第一および第二表記載の原告らに対し各表請求額欄記載の金額ならびに内金五〇万円に対する同第一表1ないし4および第二表1ないし14記載の原告らについては昭和四五年一月一日から、その余の原告らについては昭和四七年一月一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(昭和五〇年(ネ)第七二四号事件附帯控訴の趣旨)
(四) 被告は別紙七第三表記載の原告らに対し同表請求額欄記載の金額ならびに同表遅延損害金の元金欄記載の金額に対する同表1ないし8記載の原告らについては昭和四五年一月一日から、同9ないし12記載の原告らについては昭和四七年一月一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(昭和五〇年(ネ)第七六〇号事件附帯控訴の趣旨)
(五) 被告は原告加古延子に対し金八三万九、五〇〇円および内金五〇万円に対する昭和四五年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告の控訴および民訴法一九八条二項に基づく申立をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも被告の負担とする。
4 右1、3につき仮執行の宣言。
二、被告
1(一) (本位的控訴の趣旨)
原判決を次のとおり変更する。
原告らの訴のうち「被告は、大阪国際空港を、毎夜午後九時から翌朝七時までの間、一切の航空機の発着に使用させてはならない」との請求部分につき、訴を却下する。
原告らのその余の請求を棄却する。
(二) 予備的控訴の趣旨
原判決中被告敗訴の部分を取り消す。
原告らの請求を棄却する。
2 原告らの控訴および各附帯控訴をいずれも棄却する。
3 別紙八記載の原告らは被告に対し同合計額欄記載の各金額およびこれに対する昭和四九年二月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は第一、二審とも原告らの負担とする。
5 仮りに被告が敗訴し仮執行宣言を付される場合には担保を条件とする仮執行免脱の宣言。<後略>
理由
第一本件空港の設置、規模、原告ら居住地域の概要、本件空港周辺地域における航空機騒音の実情については、次のとおり訂正、付加するほか、原判決理由中の第一および第二の一および二の判示(理由冒頭から一五九枚目表六行目まで。別紙五および六を含む)を引用する。
なお、本判決においても、成立に争いのない書証についてはその旨の説示を省略する。
一、誤記・脱漏の訂正
(一) 一四三枚目裏五行目の「に向けて」を「から」と、一四五枚目裏七行目の「北北東方」を「北北西方」と、一四六枚目裏四行目の「北方」を「西方」と各訂正。
(二) 一四四枚目裏九行目の最後に「乙第六六号証」を加入。
(三) 一五五枚目表六行目の上方の「七五WECPNL」の次に「以下」と加入。
(四) 別紙六の各表の一部を本判決別紙六の二の該当欄記載のとおり訂正。
二、原判決理由第二の一、航空機離着陸状況の判断の末尾(一四三枚目表七行目)に、次のとおり加入する。
「6、さらにその後の離着陸機数についてみるに、当審第一、二回検証時における被告の説明、乙第一六四号証によれば、昭和四九年九月(金曜日)および昭和五〇年五月(日曜日)における昼夜間別離着陸機数(定期便スケジュール)は別紙五の二時間帯別離着陸状況一覧表(その二)記載のとおりであること、さらにこれを離着陸の最も頻繁な時間帯について発着別にみると、昭和四九年九月には、離陸機は七時から八時までの二四機(うちジエット機一一機)で平均間隔は二分三〇秒に一回、着陸機は一九時から二〇時までの二〇機(一一機)で三分に一回であり、昭和五〇年五月には、離陸機は七時から八時までの一九機(一二機)で三分一〇秒に一回、着陸機は一〇時から一一時まで、一三時から一四時まで、一六時から一七時まで、一九時から二〇時までの各一五機(うちジェット機は一三時から一四時まで一〇機、他は九機)で四分に一回であることが認められる。
また、甲第二九七、二九八号証により月間の発着実績数の一日平均をみると、昭和四八年五月に四一二機、昭和四九年三月に四〇五機であつたが、同年四月から一二月まではすべて四〇〇機未満で、最も少ないときには三八六機であつたことが認められ、さらに、乙第一九九号証によれば、基本ダイヤにおける総発着回数の一日平均は昭和五〇年二月に三八九回(うちジェット機二三五回)、同年三月に三七七回(二三五回)、同年四月に三七三回(二三一回)であることが認められる。したがつて、前記認定の同年五月の定期便スケジュールをもあわせてみれば、本件空港に発着する航空機の数は昭和四九年から同五〇年にかけて漸減する傾向にあることが看取される。もつもとも、そのうちで大型ジェット機の数は、昭和五〇年五月においても、昭和四七年四月当時(原判決別紙五参照)に比較してほとんど変りがないことが認められる。
次に、<証拠>によれば、昭和五〇年五月当時、二一時から二二時までの間に発着する定期便は、いずれもジェット機で、離陸三便(内一便は国際線で週二回)、着陸七便(内二便は国際線でその一便は週二回)であり、最終は二一時五〇分着の東京からの便であることが認められる。
なお、深夜の郵便専用機は昭和四九年二月二八日以降全部廃止され、現在は二二時以降翌朝七時までの間航空機の発着は行なわれていないことが弁論の全趣旨により明らかである。」
三、原判決理由第二の二4原告ら居住地域における騒音量(一)高芝、むつみ、摂代地区のB滑走路供用開始前の大型ジェット機の騒音レベル(一五〇枚目裏七行目)が、「一〇〇ないし一〇五ホン」とあるのを「一〇〇ないし一一〇ホン」と訂正する。
四、(一) 原判決理由第二の二7騒音に関する環境基準、規制基準等との比較(一)の二段目の末尾(一五五枚目裏二行目)に続けて、次のとおり加入する。
「なお、<証拠>によれば、右のWECPNL七〇の数値は、機数二〇〇機(一九時から二二時までがそのうち二〇パーセント、二二時以降翌日七時までは〇)の場合はほぼNNI四〇に、二五機の場合はNNI三五に相当し、また、道路騒音等の一般騒音の中央値と比較すると、各種生活妨害の訴え率からみるとその六〇デシベル(A)に、一日の総騒音量でみるとその五五デシベル(A)にそれぞれほぼ相当すること、なお、中央公害対策審議会騒音振動部会特殊騒音専門委員会の右環境基準についての報告においては、日常生活の妨害、住民の苦情等がほとんどあらわれない値いとしてはNNI三五以下であることが望ましいが、航空機騒音についてはその影響が広範囲に及ぶこと、技術的に騒音を低減することが困難であることその他輸送の国際性、安全性等の事情を総合的に勘案して、航空機騒音の環境基準としてWECPNL七〇以下とすることが適当であり、他方商工業地域においては一般騒音についても中央値六五デシベル(A)を上限値としているところから、生活妨害の訴え率においてこれに相当するWECPNL七五を採用したとしていることが認められる。」
(二) 同じく第二の二7(二)の末尾(一五七枚目表六行目の次)に次のとおり加入する。
「新幹線鉄道にかかる環境基準(昭和五〇年七月二九日環境庁告示第四六号)の指針値は主として住居の用に供される地域について七〇ホン以下、商工業の用に供される地域等右以外の地域であつて通常の生活を保全する必要のある地域について七五ホン以下と定められた。<証拠>によれば、中央公害対策審議会騒音振動部会特殊騒音専門委員会の右環境基準案の報告においては、聴力損失その他の健康障害はもとより、睡眠障害、会話妨害等の日常生活障害をももたらさないことを機本方針とし、社会調査の結果から、騒音に対する住民のうるささの訴え率は列車通過回数よりも騒音レベルに左右されるとの見地により、何らかの影響を受けていると訴える住民が三〇パーセント以下になる新幹線鉄道騒音レベルをもつて右指針値の基礎としたものであることが認められる。」
(三) 同じく第二の二7(四)の次(一五八枚目表七行目)に次のとおり加入し、次行の(五)を(六)に改める。
「(五)<証拠>によれば、アメリカ合衆国環境保護庁は、騒音規制法に基づき、昭和四九年三月、環境騒音について、「安全性の十分な余裕を見込んで公共の健康と福祉を守るに必要だと確定された騒音レベル」を公表したが、これによれば、聴力損失を来たさないための騒音レベルをLeq(24)(等価騒音レベル。音響エネルギーの二四時間平均)七〇デシベル以下とし、屋外での活動妨害およびうるささを免れるべきレベルを、住宅地域の屋外、農場等そこで過ごす時間の長さが区々であるような屋外地域で、利用上静穏であることが基本的に必要とされる場所において、Ldn(夜間について一〇デシベルの加重をしたLeq)五五デシベル以下、屋内での活動妨害およびうるささを免れるべきレベルを住宅地域の屋内についてLdn四五デシベル以下と定めていること、そして、Leq(24)七〇デシベルはECPNL八三、WECPNLにして八五にほぼ相当する数値であることが認められる。」
(四) 同じく第二の二の末尾(一五九枚表六行目)の次に次のとおり加入する。
「(七)本件空港の規模およびこれと原告ら居住地との位置関係は前記認定のとおりであるところ、<証拠>によれば、本件空港は世界各国の主要空港に比して面積が著しく狭小であり、たとえば航空機騒音が問題とされているといわれるロンドン・ヒースロー空港に比べ発着回数は五割強であるのに敷地面積は三分の一以下にすぎず、アムステルダム・スキポール空港とは発着回数はほとんど変らないのに敷地面積は五分の一以下にすぎないこと、このように敷地が狭いため、航空機の離着陸自体のために敷地一杯まで使用されており、たとえばB滑走路東南端から敷地境界まではオーバーランを含めて約一一〇メートルにすぎず、進入灯が敷地外にまで設けられており、また、前記のとおりB誘導路から勝部地区の原告らの居宅中最も近い所までは八〇メートルにすぎないこと、しかも、本件空港はこれにきわめて近い範囲内に原告ら居住地域をはじめ住宅の密集した地域が多いうえ、離着陸する航空機が必然的に住宅地域の上を低空で飛行しなければならない状況にあつて、その点で離発着に海上を利用できる東京国際空港よりも遙かに悪い条件にあり、したがつて、本件空港に離着陸する航空機が周辺の多数の住民を強大な騒音に暴すことは避けがたい事態であることが認められる。そして、原告ら居住地域における騒音量は前記のとおりのものであり、乙第九三号証、第一三六号証によれば、運輸省の昭和四七年四月現在の騒音コンターによるWECPNL九〇以上の地域内の居住者は約一万二、五〇〇世帯三万八、〇〇〇人、同八五以上では三万三、二〇〇世帯一一万一、〇〇〇人、同七五以上では一七万九、〇〇〇世帯六〇万一、〇〇〇人とされており、また<証拠>によれば、昭和四八年五月に伊丹市の算出した騒音コンターによるWECPNL八五以上の地域内の住居者は約五万六、〇〇〇世帯一八万三、〇〇〇人、環境基準値である同七〇以上の地域では三七万七、九〇〇世帯一三〇万二、〇〇〇人にのぼるとされている。」
第二被害
一はじめに
当裁判所が原告主張の各種の被害の判断をするに際し、常に考え方の基本としたいのは次の(A)(B)(C)(D)の四点である。
(A) 当審において合計約一五時間にわたつて実施した第一、二回の検証はすべての被害の判断の出発点となるべき重要な証拠調であつたから、次に右検証所見の要点を項目別に摘記する。
(1) 騒音
いわゆる着陸コースの直下にあたる各地域の騒音については、それがB滑走路の東南方一、〇〇〇メートルないし二、〇〇〇メートル内外の地域(寿町、西町、山三、利倉東、利倉、各地区)、および、B滑走路と誘導路とに空港外壁を隔てて隣接し、A滑走路とも一、六〇〇メートル以内の近距離にある地域(勝部、走井地区)における各低空飛行によつて生ずるものであり、しかも原告らの住居を含む周辺住宅が殆んど全部木造住宅であつて、遮音の能力には格別乏しいものであるだけに、騒音の激しさは極めて強烈であり、原判決が「現在日常生活に関係あるものでジェット機以上の騒音を発するものはない」としたことに共感を覚えた。特に夜間検証を行なつた寿町、西町、山三各地区における騒音は、着陸のための前照灯をフルに点灯した巨大な飛行機の与える強烈な威圧感を伴なう点において、一層夜の静穏を害すること甚だしいものがあつた。更に、この印象を基にして考えてみると、これらの地域に居住して日夜この騒音の下に生活する場合に、日を追つて不快感が増大することはあつても、この音に慣れてそれほど感じなくなるということはありえないのでなかろうかとの感を強くした。また時間の関係から昼間に検証した各地域の夜間の騒音状況についても、飛行態勢と高度においてはそれぞれ若干の相違はあるにしても、右各地域と空港との距離には著しい相違のないことを考えると、その印象も右と大差ないものであろうとの推認が可能である。
一方いわゆる離陸コースの内、高芝、むつみ地区における騒音の状況についても、おおむね右と同程度の印象を受けたが、摂代地区については、不幸にして離着陸コースの突然の変更という意外の出来事により、折角の機会に摂代高台において離着陸が各地区に及ぼす影響を現実に検証できなかつたのは遺憾であつた。しかし右摂代地区は、離着陸機が高芝、むつみ地区を経て高台にある久代小学校に向つて左旋回の上昇態勢をとる際に、そのコースの直下にあつて、平地から上り勾配となる地形に存在する人家密集地域であるだけに、他の地域で受けた印象を考え合わせると、摂代地区における騒音の激しさも、昼夜とも並々のものではないと推認して差支えないと考えられる。
また、高速道路に近接する地区(例えば春日神社奥の子供遊び場)において、本件騒音を自動車等の都市騒音と比較した場合、前者に格段の激しさが感ぜられた。更に、本件騒音について、被告はこれを間欠性一過性のものと主張するが、何分B滑走路の開設とジェット機の大量就航以来でもすでに数年を経過しており、その間殆んど連日先きに掲げた回数にわたり、早朝より夜間にかけて繰り返されて来たものであるだけに、たとい一機当りの飛行時間は短いにしても、これを間欠性、一過性のものとして軽視してよいか否かについては、大きな疑問が感ぜられた。
(2) 排気ガス
当裁判所はB滑走路南端に近接する空港外壁金網際の千里川堤防において、二機の大型ジェット機が相次いで頭上をかすめるかのごとき超低空飛行によつて着陸するのを検証し、右着陸と同時に逆噴射のために発生する大量の排気ガスがその際の風向きの関係から右検証地点を真正面に襲う凄まじさに驚きを禁じ得なかつた。右滑走路および誘導路においては離着陸のとき以外にも、離陸のための待機中等に相当量のガスが排出される模様であるがこれらのガスが風向きによつては、空港東側の勝部、走井地区を襲う場合の多いことも地形と至近距離から考えて見やすいところである。
また、昼間の検証に際し、ジェット機が相当高度を飛行中にも、黒く長い排気ガスの尾を引くような状況が肉眼によつて随所に認められたこと、およびその排出量が自動車の場合と比較にならぬ程に大量であることから考えて、殊に着陸態勢の低空飛行の際のそのコース直下および周辺の地域に吹きつけるガスの量には軽視できないものがあるのではないか、との疑問を禁じ得なかつた。
(3) 屋根瓦のずれ
高芝、むつみ、摂代の各地区においては、屋根瓦のずれを防ぐための金具をつけた家屋あるいはこの金具をつけていないために瓦の著しくずれている家屋が随所に見受けられるが、これほど顕著な印象は日常市街地において殆んど受けた経験に乏しいので、これが航空機の振動によるものであるとの主張に対し、被告側で特に反論しないだけに否定する根拠を見出し得なかつた。
(4) いわゆる「危険への接近」の問題について
むつみ地区には、昭和三七年ごろから昭和四〇年にかけて建築された由の建売住宅約一六〇戸、山三地区には昭和三五年ごろ建築の分譲住宅約八〇戸、利倉東地区には昭和三五、六年ごろより建築された住宅相当数、寿町、西町地区にも昭和四〇年前後より建築の建売住宅、文化住宅が相当数それぞれ存在するが、もちろんこれらの入居者が本件空港の拡張を知り、これに反対の運動をするため、ことさらにこの土地に入居したとの主張立証はないのであり、また、右入居に当り今日の事態を予測しなかつたことを責めるのも酷ではないかとの感じを受けた。更に、本件係争地域は空港の問題がなければ、大都市近郊の住宅地として好適の場所と見受けられるとともに、一旦入居の後いわゆるマイホームの夢が破れても、他に代替の住居を入手することは容易でなく、移転の決意をするには物心両面において、相当の困難を伴なうことも明らかと言わなければならない。なお各地区を通じて補償金を受領して移転した戸数も相当に多く、その跡地の管理不十分のため残留住民が地区の荒廃に悩まされている実情も各地に見受けられた。
(5) 先きに認定したとおりの本件空港における航空機離着陸状況および同空港と、その周辺の住宅密集地域との極端な近接関係のほか、以上に判示した検証所見を考え合わせた場合本件空港は昭和三九年にジェット機が就航し、次で、昭和四五年にB滑走路の設置およびジェット機の大型化と大量就航という新しい事態を迎えたことにより、ひとしく空港といつても、その以前にA滑走路からプロペラ機のみ発着していた頃の空港とは全く様相を一変したものと見るべきでないかとの印象が強く、必然的に老病幼者を含む一般家庭が本件係争の各地区における居住に堪えられるか否かを、これに居住の経験のない立場で判断するについては、格別慎重な考察を必要とするとの感を深くした。それとともに、一般世人の多数は通常航空機の利用者として、これを便利で現代社会に必要不可欠のものとする見方が圧倒的であるが、本件の判断のためには、そればかりでなく、全く角度を変えて、周辺住民の立場からの考え方をも併せて比較検討する必要が強く感ぜられたのである。
(B) 次に、当裁判所は、原告ら主張の被害の判断にあたつては、<証拠>の合計二二六通の原告らの陳述書につき十分の検討を要するものと考える。けだし、原告らの主張する被害は、精神的・身体的影響や各種の生活妨害等多方面にわたるとともに、これらが相互に関連し合つて複雑な様相を呈するものであるというのであるが、このような被害の有無は、当事者の体験を正確に測定して判定すべきものであり、その実態の把握には本人自身の訴を率直に聞くことこそ最も適切であつて、これを度外視して客観的にのみ被害の有無を判断することはできないからである。
もちろん右に挙げた陳述書のような文書については、法廷における尋問と異なり、本人の真意が正確に表現されているか否かの判定は極めて困難である。しかし前示各陳述書を精査すると、その文章の運び方から見て、本人自身の執筆にかかるものではないと見受けられるけれども、その記載内求は各陳述者の家族構成と年齢職業経歴健康状態趣味、本件係争住宅に入居の事情等をプライバシーの範囲にもわたつて詳細且つ具体的に表示するとともに、例えば、(1)早朝より夜間にかけての騒音による諸般の生活妨害の実情と、夜間にも趣味を楽しむことはおろか、休養もとれない悩み(2)老幼病者学生生徒を抱えた家庭の苦悩(3)勝部地区のほか、着陸コースの内特にB滑走路に比較的近い地区における排気ガスの被害(4)飛行に伴なう振動が家屋および屋内の日常生活に及ぼす被害(5)難聴耳なりの問題(6)折角永住のつもりであつたに拘わらず、被害のため巳むなく他に転居を希望しつつも、実現できない悩み、その他につき各家庭の特殊事情を十分に表現して記載しているため、すべて個性に富み、第三者よりの作為のあとと見られる節もなく、前示検証所見から見ても実感の籠つていることが感ぜられる。そこで当裁判所は右各陳述書の記載には、若干の誇張はあるにしても、相当の信憑力があるものと考える。
(C) 被告は、原告らの援用するアンケート調査の信憑性を争つている。たしかに、アンケート調査により公正、客観的な結果を得るためには、事前情報等による回答のかたよりを排除すべく質問の設定等に配慮すべきものと解される。他方、被調査者が調査事項について事前に強い問題意識をもつている場合には、調査方法如何によつて結果に差異を生じないこともありうるものと考えられ、伊丹市における調査にあたりいわゆる間接法を用いた場合と直接法による場合とで調査結果に有意の差はなかつたとする前川純一教授らの研究(<証拠略>)も、その見地から理解しうるものである。
しかし、航空機騒音による被害の特質が前記のようなものであつて、その実態を知るためには被害者の主観的な訴を聞くことこそ重要なのであるから、そのための手段として、アンケート調査は効果的であり、不可欠ですらあると考えられ、これによつて初めて被害の具体的態様を把握し、少なくともおおよその傾向を明らかにすることができるというべきである。
本件において後に引用する各種アンケート調査の結果についてみても、騒音暴露の程度と各種の被害の訴の率との間には明瞭な相関関係がみられるのであつて、これをもつて実体からはなはだしく遊離した結果とみることはとうていできないのである。のみならず、<証拠>によれば、厚生省の委託を受けた同証人において、後記認定の関西都市騒音対策協議会が昭和四〇年一〇月に本件空港周辺住民について行なつた調査結果(<証拠>)、東京都公害研究所が昭和四五年七月に横田基地周辺について行なつた調査結果(<証拠>)、ウイルソン・リポートとして著名なロンドン・ヒースロー空港周辺における調査結果ならびに千歳空港周辺における調査結果を比較検討し、さらに工場騒音および道路騒音に関するアンケート調査の例とも対比したところ、これらの調査結果を通じて、NNIをもつて示した騒音量と各種の被害を訴える率との間にはきわめて高い相関関係があり、かつ、各調査の結果がたがいにかなりよく合致しているとみられ、十分に信頼性があるとの結論を得たこと、そして、前記航空機騒音にかかる環境基準も、これらアンケート調査の結果とこれに関する長田証人の右分析の結果に基づきさらに諸外国における航空機騒音の評価量等をも参考として定められたものであることが認められる。右の関西都市騒音対策協議会および東京都公害研究所の各調査の信用性を争う被告の主張は、自らの定めた環境基準の客観性を否定するに帰するものであつて、採用しえない。
してみれば、右各調査を含む本件の各種アンケート調査の結果は、少なくとも、原告らの訴の真実性を裏付けるについての一つの参考として採用するのに何らの支障もないものと解される。
(D) 次に判断するさまざまな被害は、もし事実とすれば、精神的被害を中心として、ある被害がさらに他の被害を惹起しあるいは増大させるなど相互に影響しあつて、複雑かつ深刻なものとなる特質を有すると解される。したがつて、これらの被害のうちでは精神的被害をとくに重視すべきであるとともに、これら各種の被害を個別に評価するだけでは足りず、これらが関連しあつて生ずるすべての悪循環を総体として理解する必要があり、かかる見地に立つとき、本件空港に発着する航空機が原告らに与える影響は甚大深刻なものとみなければならない場合もあり得るわけである。また、それら各種被害相互の影響力ということ自体が各個の被害を肯定する上において一つの大きな根拠となることも考慮に入れる必要があるというべきである。
次項以下における各種の被害の判断は、特にその旨附記しない場合にも、常に右(A)ないし(D)の考え方を前提とするものである。
二騒音、排気ガス、振動等の実情
1 原告ら居住地域における航空機騒音の状況はさきに認定したとおりである。
2 排気ガス、ばい煙、悪臭について
(一) 本件空港に発着する航空機が悪臭を伴う黒煙状の排気ガスを多量に排出し、空港周辺に放散させていることは、前記検証の所見からも明らかなところである。<証拠>によれば、航空機の排気ガスは、多量の石油系燃料のエンジンにおける爆発的燃焼によつて生じ、大きな容量をもつて高速、高温で噴出されるものであり、その中には、一酸化炭素、炭化水素、窒素酸化物、悪臭物質であるアルデヒド類、シアン等の汚染物質が含まれているところ、環境庁が昭和四八年中に測定・調査した結果に基づき、DC八型機(エンジン四基)を例にとつて、エンジン一機あたりの汚染物質排出量をみると(単価は毎秒あたりグラム。なお括弧内は総排出ガス中の当該物質濃度・単価PPM)、アイドル時(地上におけるエンジンのウォームアップおよび地上の移動、エンジン出力五パーセント前後)において、一酸化炭素17.4(二九七)、二酸化窒素0.21(窒素酸化物として2.2)炭化水素14.7(五九〇)、アルデヒド0.005(7.9)、シアン0.004(0.06)、着陸進入時(エンジン出力四〇パーセント前後)において、一酸化炭素9.18(六八)、二酸化窒素2.44(一一)、炭化水素14.7(二四)、アルデヒド0.043(0.3)、シアン0.006(0.03)、離陸時(離陸滑走および離陸後一定高度までの上昇を含むエンジン出力一〇〇パーセントの状態)において、一酸化炭素1.35(15.8)、二酸化窒素14.4(四三)、炭化水素14.7(2.1)アルデヒド0.62(2.8)、シアン0.006(0.02)であり、上昇時(離陸後エンジン出力八五パーセント程度で上昇を続ける状態)においては、シアンを除く各物質について着陸進入時と離陸時との中間の数値が得られており、物質別にみれば、不完全燃焼物質である一酸化炭素および炭化水素は、エンジン出力の低いアイドル時次いで着陸進入時に多く、窒素酸化物はエンジン出力が高く完全燃焼に近い状態である離陸時に最も多く排出されていること、仮りに離・着陸、上昇、アイドル時を通じて平均した秒間排出量を自動車のそれと比較してみると、DC八型機一機の排出する一酸化炭素は一、六〇〇CCの乗用車のそれの三四一台分、炭化水素は同じく一、六一一台分、窒素酸化物は五五〇台分に相当することが認められ、また、乙第一九七、一九八号証によれば、運輸省航空局が航空機運航時間の標準モード(タキシングアイドル・離陸前一五分・着陸後4.5分、離陸一分、上昇二分、着陸進入4.5分)と昭和四九年四月の本件空港発着便数とに基づき、本件空港における年間の大気汚染物質排出量を試算したところでは、一酸化炭素二、二四六トン、窒素酸化物六二〇トン、炭化水素一、四三八トン、これらを合計した全汚染物質排出量は四、三〇四トンにのぼることが認められる。
(二)(イ) <証拠>によれば、柳沢三郎慶応義塾大学教授が財団法人公害防止協会の委嘱を受けて昭和四七年六月に三日間、おおむね北西ないし南西の風向の時に、勝部地区内七地点および本件空港内三地点で測定した結果においては、二酸化窒素は、一時間値0.004ないし0.064PPM、各地点ごとの一時間値の平均値0.017ないし0.033PPM、総平均値0.025PPMであつて、空港内と勝部地区内とでは差はなく、日ごとの平均値(ただし二四時間測定ではない)が環境基準値である一時間値の一日平均値0.02PPM(ただし測定過程における係数値が異なるので、これを右測定と同一の係数に換算すると0.029PPMとなる)を超えたのは、四地点において一日ずつ、一地点において二日であり、なお、時間的推移としては、平均して一七時三〇分頃以後減少する傾向にあるが、測定地点によつては減少が見られず、あるいはかえつて夜間に増加した地点もあつたこと、一酸化窒素の濃度は二酸化窒素のそれのおおむね六割程度であつたこと、次に、一酸化炭素は、五地点の測定において、一時間値0.5ないし3.5PPM、各地点ごとの一時間値の平均値1.4ないし1.7PPM、総平均値1.6PPMであつて、環境基準値である一時間値の八時間平均値二〇PPMおよび一日平均値一〇PPMと比較して低濃度であり、かつ、一七時頃から減少する傾向がみられたこと、さらに悪臭物質は、その成分において航空機排気ガスの影響が認められた(検出された悪臭物質の成分比パターンは普通ガソリンのそれとは明らかに異なり、航空機燃料のそれにより近いものと解される)が、一〇分間測定によるかぎり、臭気を感ずるほどの濃度に至らなかつたこと、以上の事実が認められる。
(ロ) <証拠>によれば、大阪府公害室が昭和四五年一一、一二月と昭和四六年六、七月に勝部地区および本件空港B滑走路南東端付近において測定した窒素酸化物、一酸化炭素、炭化水素、浮遊ふんじん等の濃度は、同じ日に大阪市内および守口市内の特定の地点で測定されたそれに比し、同程度かそれ以下で、概して高い数値を示さなかつたことが認められる。
(ハ) <証拠>によれば、大阪府公害室が昭和四八年七、八月に勝部地区における航空機排気ガスの瞬間濃度の調査を行なつたところ、ジェット機が誘導路上を走行(アイドル運転)する際に噴出する排気ガスが、気象条件によつては帯状に勝部地区に流れ、一地点を三〇秒ないし一分間で通過し、その間一時的に汚染物質の急激な上昇が観測されることがあり、その影響は、西ないし南々西の風向で風速毎秒三ないし五メートルの時(夏季に多い気象条件)に最も著しく、そのほか高度による気温変化の状況にも関係すると推定されること、測定された一酸化炭素の濃度は、誘導路中心から約一二〇メートルの勝部地区内の地点において、バックグラウンド値(一般大気中の平均濃度)約一PPMに対し大型ジェット機(DC八およびB七〇七)通過時の瞬間濃度は最高9.3PPM、最低2.1PPM、平均4.2PPM、誘導路中心から約一五〇メートルの同地区内の地点においてバックグラウンド値約0.7PPMに対し同様の瞬間濃度は最高8.5PPM、最低1.8PPM、平均3.6PPMを示し、なお空港外周の防音壁の切れ目で誘導路中心からの最短距離約六〇メートルの地点においては、バックグラウンド値約0.4PPMからの増加分12.3PPMの瞬間濃度が測定されたこと、勝部地区内の右地点において観測された一酸化炭素の濃度を機種別にみると、大型ジェット機のそれが中型ジェット機(B七二七)のそれの約四倍で、その比はエンジン排気口での濃度の比にほぼ等しいとみられること、右二地点における全炭化水素の濃度はバックグラウンド値約1.9PPMに対し瞬間濃度は最大11.1PPM、最小3.2PPM、平均5.4PPMであり、また、アクロレインは最大五〇ppb、最小七ppb、平均二〇ppb、ホルムアルデヒドは最大四四〇ppb、最小六〇ppb、平均一八〇ppb程度の濃度で右地点に到達しているものと推定されること、しかし、窒素酸化物の瞬間濃度は問題になるほどに至らず、また、滑走路からの発進時の排気ガスは記録できる程度の濃度で到達することは観測されなかつたこと、なお、前記のような排気ガスが測定される気象条件のときには、滑走路を隔てて西側にあるごみ焼却場の煙も僅かな濃度ながら記録されたこと、以上の事実が認められる。
(三) 右(ハ)の事実によれば、勝部地区においては、とくにジェット機が誘導路上を通行する際、気象条件次第では、一酸化炭素等の濃度が一時的に急上昇することが明らかであり、他方、右測定時のバックグラウンド濃度が比較的低いことからみても、他に大きな汚染源となるべき工場等の存在は認められず、同地区の東方を南北に通ずる阪神高速道路上を走行する自動車の影響は、右気象条件のもとでは風下になるため、少ないものと推定され、また、前記ごみ焼却場の影響も僅かなものとみられる。このことと、<証拠>および当審の前記検証所見を総合すれば、気象条件によつては、本件空港内とくに誘導路上にある航空機からの多量の排気ガスが悪臭を伴つて勝部地区の原告ら居住地域に流れ込むことがあり、誘導路上を航空機が頻繁にかつ低速で移動しあるいは停滞するときは、その影響は大きく、しかもそのような気象条件が窓を開放する夏季に多いことは、影響をいつそう深刻にするものであること、また、走井地区についても事情はほぼ同一であることが認められる。
もつとも、高速で噴出される航空機排気ガスの特質から、これが一か所に濃厚に滞留することは少ないものと考えられ、右(二)(イ)(ロ)の各測定においては、勝部地区における大気中の汚染物質は、一時間値もしくは一定時間ごとの測定値によるかぎり著しく高い濃度は得られず、平均して、環境基準値あるいは大阪市内等の汚染度と同程度ないしはそれ以下にすぎなかつたとされているのであるが、風向、風速その他の気象条件にも左右されることであるから、右の数日の測定のみで汚染状態の全貌を把握しえたものとすることはできない。また、環境基準値を超えずあるいは大阪市内等の汚染度と同程度であるということはもとより汚染の否定を意味するものでないばかりでなく、係争地域が元来農村もしくはこれに近い住宅地であつたことを考えると、むしろ、右認定によつて、各種汚染物質の濃度は、かなり高く、単一の汚染源から排出されるものとしては軽視しがたい程度に達するものと認めなければならない。
(四) <証拠>によれば、環境庁の調査においては、本件空港周辺地区の一般の大気汚染に対し航空機排気ガスの寄与する程度は明らかでないとされている。そして、勝部・走井地区以外の原告ら居住地域に対する直接の影響が考えられるのは、主として上空を飛行する航空機の排気ガスであるが、これら各地域における排気ガスの測定記録はなく、また、上空を短時間に通過する航空機の排気ガスは相当程度拡散されることも当然考えられる。しかし、前記のとおり、原告らの陳述書においては、勝部地区以外の原告らの中にも、とくに着陸コース直下で本件空港に近い山三地区等の居住者をはじめとして、排気ガスの被害を訴える者が多数あり、これらの訴をすべて虚偽のものと見るべき根拠もなく、前記検証所見とあわせ考えれば、これら各地区においても、きわめて低空を通過する航空機の排気ガスは、気象条件如何により、比較的高い濃度のまま地上を襲うことも、またありうるものとみなければならない。
3 振動については、原判決理由第二、四(一六二枚目裏一行目から一六三枚目表末行まで)の判示を引用する。
三精神的被害
(一) 検証所見のとおり、航空機とくにジェット機の騒音は、日常生活上他に類をみないほどに強大であり、かつ高周波成分を含む金属性の音であるから、かかる騒音に暴されている原告ら全員が強い不快感、いらだちを覚えていることは当然であり、永年連日にわたり日夜頻繁に襲いかる騒音の下で生活しなければならない原告らの苦痛は想像に余りあるものといわなければならない。
このような不快感等の生理的説明として、<証拠>によれば、一〇〇ホンの騒音を人に暴露した実験の結果脳への血流の著しい増加が見られ、これが頭痛や不快感を生ずるとした宮崎学医師の研究があることが認められる。また、<証拠>によれば、町田恭三らがクレペリン検査を通じて児童・生徒に航空機騒音の及ぼす心理的影響を研究したところでは、騒音の暴露により情緒的混乱が起こることがあり、その影響は年令の低い者ほど大きいという結果が得られたことが認められ、<証拠>によれば、児玉省教授が横田基地周辺の昭島市の児童・生徒について行なつた調査においても、基地に近い地区の児童・生徒に感情的不安、攻撃的性格がみられたことが認められる。さらに、<証拠>によれば、昭和四〇年から昭和四六年にかけて原告ら居住地域およびその周辺で行なわれた各種アンケート調査の結果においても、不快感、いらだち等の情緒的影響を訴える者の割合は、本件空港および飛行径路に接近するに従つて増加し、原告ら居住地域ではほとんどすべての者が被害を訴えていることが認められる。
このような調査研究等をも考えあわせると、原告らが精神的苦痛を被つていることは明らかであり、その程度は甚大なものというべきである。なお、走井、勝部地区はもとよりその他の相当広範囲の地区にわたり、騒音のほか、前記のような悪臭を伴う排気ガスによる不快感の被害も大きいことが明らかである。
(二) さらに、原告らは航空機の墜落に対する不安感を訴えるところ、航空機の統計上の安全率がいかに高かろうとも、墜落その他の事故は時折報道されるとおり絶無ではなく、いつたん事故が生ずれば地上にも大規模な被害をもたらす危険があることは明白であり、しかも事故が離着陸の前後に多いことを考えれば、本件空港にきわめて近い地域に居住し、頻繁に離着陸する航空機の直下に日夜生活する原告らが墜落等の危険を恐れることを杞憂にすぎないものといえないことは明らかである。
さらに、後記認定のような、耳鳴り、頭痛等の身体的影響から生ずる不快感、不確実であつても生じうべき各種の健康被害についての不安感、睡眠妨害や各種の生活妨害によるいらだち等、騒音による情緒的被害は、騒音自体に対する不快感にとどまらず、多岐にわたり、深刻なものとなつていることが推測される。
(三) このように原告らの精神的苦痛が甚大であることからみて、原告らのうちでノイローゼないし神経衰弱気味になつたとする者の訴は首肯するに足りるし、ノイローゼその他の精神神経症状の治療を必要とする状態にまで至つたということも、騒音暴露の結果としてありうるところと考えられる。さらに、原告らの子供に落着きがないなどの性格的影響がみられるということも、否定しがたいところである。
(四) ところで、騒音の心理的影響は、多分にその者の主観的・心理的性向、騒音源に対する立場によつて左右されるものであることは、被告主張のとおりと解されるが、本件空港の特殊な立地条件から見て、その周辺の住民が同空港に離着陸する航空機に対して始めから拒否的な心情をもつて臨み、強い不満、不怪感を抱くことは、無理からぬことであつて、これに反し、原告らが本件航空機騒音をやむをえないものとして容認しあるいは無関心であることを期待するのは、とうていできないといわなければならない。換言すれば、原告らの被る精神的苦痛は、本件騒音の性質、大きさとその騒音に一方的に暴露される原告らの立場とから、客観的事実として推認しうることであつて、原告ら各個人のまつたく主観的な事象にすぎないものとしてこれに対する法律上の救済を否定すべきことがらではないものというべきである。
また、このような見地からすれば、原告らが多年継続される騒音暴露に馴れることによつて苦痛が緩和されて行くことも、期待しがたいところである。
そして、このような精神的苦痛こそは、他の身体的被害や生活上の被害にも波及して行くもので、本件における原告らの被害の中心となるべき重要な被害といわなければならない。
四身体的被害
1 難聴および耳鳴り
(一) <証拠>によれば、原告らのうち多数の者および家族の者らは、あるいは慢性的な耳鳴りに悩まされ、とくにジェット機の飛来時にはその程度が増すとし、あるいは、難聴気味であつて、その症状は昭和四二、三年頃もしくはそれ以後に生じかつ進行しているとしており、このような疾患を訴える者の過半は明治大正生れの比較的高令者であるものの、より年少の者も少なくなく、小中学生も含まれ、原告丸山良明(昭和三三年生れ)、同久保洋子(同三五年生れ)のように、右疾患のために通院したことのある者もあるが、その原因は航空機騒音以外に思いあたらないとしている。
(二) 同様の訴えは、本件空港周辺の住民に対するアンケート調査においても、次のように現われている。(イ)<証拠>によれば、後記大阪国際空港騒音対策協議会の委託に基づき関西都市騒音対策委員会(熊谷三郎ら)が昭和四〇年一〇月本件空港周辺八市二七か所において住民二、七〇〇人を対象に調査した結果では、騒音により耳鳴りを訴える者が川西市高木勇宅周辺(高芝、むつみ地区周辺)で調査対象人員中の一二パーセント、同市川西南中学校周辺(摂代地区周辺)で九パーセント、豊中市原田小学校周辺(勝部地区周辺)で七パーセントあり、耳の痛みを訴える者が高木勇宅周辺で二二パーセント、川西南中学校周辺で一一パーセント、原田小学校周辺で二パーセントあつた。(ロ)<証拠>によれば、川西市南部地区の一三自治会の構成する川西市南部地区飛行場対策協議会が昭和四一年一〇、一一月に高芝、むつみ、摂代地区を含む同市久代地区、加茂地区の住民二、八〇〇世帯(回答数二、七四二世帯)を対象に調査した結果では、各人一項目のみの被害を挙げる回答において、難聴、耳鳴りを挙げた者が三二名にのぼつた。(ハ)<証拠>によれば、大阪国際空港騒音対策協議会が昭和四二年一一月に本件空港周辺八市の住民一、二〇〇名(回答数九九三名)を対象に調査した結果では、耳鳴りを訴える者が勝部地区において14.3パーセント、加茂、久代、久代新田の各地区(三地区合計)において10.8パーセントあり、難聴を訴える者が勝部地区において3.6パーセント、加茂、久代、久代新田各地区において5.4パーセントあつた。(ニ)<証拠>によれば、川西市南部地区飛行場対策協議会が昭和四二年一二月の同市久代、久代新田、加茂の一五自治会の住民約三、九〇〇世帯(回答数三、二五〇世帯)を対象に調査した結果では、各人一項目のみの被害をあげる回答において、難聴を訴えた者が三六四名、10.9パーセントにのぼつた。(ホ)<証拠>によれば、兵庫県企画部が昭和四三年一一月川西市および伊丹市のうち九五ホン以上の騒音に暴露されている地区(昭和四一年三月三一日運輸省調査のコンターによる)に居住する全世帯二、二〇〇(回答数一、九七七世帯)を対象に調査した結果では、騒音の心身に与える影響として、難聴を第一順位にあげた者が男子3.3パーセント、女子8.9パーセント(実数合計七〇名)あり、耳鳴りを第一順位にあげた者が男子2.2パーセント、女子1.8パーセント(実数合計四三名)あつた。(ヘ)<証拠>によれば、内藤儁教授らが昭和四三年一二月に川西市東久代の住民四八〇世帯一、〇一一名を対象に調査した結果では、難聴を訴える者が二九四名(29.1パーセント)、耳鳴りを訴える者が三一六名(31.3パーセント)あつた。(ト)<証拠>によれば、大阪府衛生部が昭和四七年四月に勝部地区住民九六七名を対象に調査した結果では、耳鳴りを訴える者が、空港に最も近い地区において一五才から三九才までの者の50.5パーセント、四〇才以上の者の57.5パーセント、次に近い地区において一五才から三九才までの者の50.5パーセント、四〇才以上の者の41.8パーセント、空港から最も離れた地区において一五才から三九才までの者の51.0パーセント、四〇才以上の者の46.2パーセントにのぼつた。(チ)<証拠>によれば、伊丹市空港対策部が昭和四六年一一月同市住民を対象に調査し、各人一項目のみの被害をあげた回答を、居住地区の騒音数値別に集計した結果では、WECPNL九五以上の地区の居住者中、一時的難聴を訴える者が16.5パーセント(四四名)、耳鳴りを訴える者が9.7パーセント(二六名)にのぼつた。(リ)<証拠>によれば、川西市教育委員会が昭和四六年に同市内の八小学校の児童を対象に問診のみで聴力の診断を行なつたところ、久代小学校で一、一一〇名の全児童中二三名、加茂小学校で一、五六〇名中一八名の難聴児童があり、学校別にみればジェット機の離陸コースから離れるにつれて難聴児童の数が減少し、航空機騒音の影響のまつたく及ばない東谷小学校では一、一〇七名中七名で、久代小学校の三分の一以下であるとの結果を得た。
(三) <証拠>によれば、児玉省教授は、昭和四〇、四一年に横田基地周辺の昭島市において、基地滑走路の南端から一キロメートルの地点で離着陸コースの直下にある小学校(その校区内には基地から四〇〇メートルの地区を含む)と、基地から三キロメートルで比較的騒音の低い地点にある小学校との児童合計九七名につき聴力検査を行なつた結果、前者の児童の聴力損失が大であつて、両者の差は四、〇〇〇ヘルツにおいて中央値で7.8デシベルあり、また前者の児童にあつては、聴力損失の度合が四、〇〇〇ヘルツにとくに著しいという型(後述のようにこれが騒音性聴難の特徴である)が三分の一ないし二分の一の者に見られたとし、これに基づき、前者の地区には難聴を生じもしくは聴力障害化の傾向にある者が少なくないことが推定され、その原因は航空機騒音にある可能性が強いと結論しており、また、同基地周辺地区に居住する成人について調査した結果でも、基地に最も接近した地区および自動車騒音の激しい地区の住民は、静かな地区の住民に比して明らかに聴力損失の程度が高く、かつ四、〇〇〇ヘルツにおいてとくに損失の著しい型が、若年令層にも顕著であるとしている。
(四) 次に掲げる各種研究の結果によれば、具体的な数値はともかくとして、原告ら居住地域におけるごとく強大な航究機騒音に頻繁に暴露されるときは、聴覚の一時的閾値移動(一時的難聴。以下TTSという)を生じ、さらにそのくり返しは永久的閾値移動(永久的聴難。以下PTSという)を生ずる可能性があることは、肯定するに十分であり、そうだとすると、原告らの中にも、航空機騒音のため耳鳴りやTTSを生じている者があり、さらにすでにPTSを生じている者もありうるし、そうでない者も同様にその危険に暴されているものと認めるべきである。すなわち、
(1) <証拠>によれば、次の各事実が認められる。
(イ) 身体とくに耳に欠陥のない者でも、激しい騒音に暴された場合にはTTSに陥り、これがくり返されると聴覚器官(内耳の毛細胞)の回復不能な損傷を生じPTSに陥る。
(ロ) 工場騒音等の定常騒音による聴力損失(TTSおよびPTS)の発生については、古くから多くの調査研究がなされ、騒音のレベル、周波数および暴露期間と聴力損失の発生・程度との関係についての定量的な分析も相当程度試みられ、これに基づいて産業労働者の聴力保護のための騒音の許容基準が世界各国の公的機関によつて設定されあるいは学者によつて提唱されている。たとえば、わが国の産業衛生協会の勧告は、許容しうるPTSを日常会話の聴取にほとんど影響がない程度に限定することを目標に、一日八時間以内の暴露が常習的(週五日以上)に一〇年以上続いた場合でも、PTSを一キロヘルツ以下の周波数で一〇デシベル以下、二キロヘルツで一五デシベル以下、三キロヘルツ以上で二〇デシベル以下にとどめることが期待できるものとしての騒音の許容基準を暴露時間および右周波数別に定め(その近似値は八時間暴露において九〇ホン(A)にほぼ相当する)、また、国際標準化機構(ISO)の一九七一年における勧告は、五〇〇、一、〇〇〇、二、〇〇〇各ヘルツの周波数におけるPTSが平均二五デシベル以上の場合を聴力障害とし、一週四〇時間連続的に騒音に暴露された場合における聴力障害者の出現率と騒音暴露のない場合のそれとの差を、一〇年で三ないし一〇パーセント、二〇年で六ないし一六パーセント、三〇年で八ないし一八パーセント、四〇年で一〇ないし二一パーセントにとどめるための騒音のレベルとしてLeq八五ないし九〇デシベルを提案している。
(ハ) このように長期間騒音に暴露された場合に生ずべきPTSの数値を予測する方法としては、一定時間の騒音暴露により生ずるTTSの数値からPTSを予測するもの(いわゆるTTS仮説)、そのうちでもとくにあるレベルの騒音に八時間暴露されその休止二分後に測定されるTTS(TTS2)の値いは、同一レベルの騒音に常習的に一〇時間暴露された場合に生ずるPTSの値いにほぼ一致するとする仮説と、PTS発生の危険度は暴露される騒音のレベルと期間とから求められるエネルギーの総量によつて定めうるとする仮説(等価エネルギー仮説)とがあり、前者はクライター、ワードらの学者によつて、アメリカ合衆国国立科学アカデミー聴覚・生物音響学・生物力学研究委員会(CHABA)の騒音に関する許容基準の設定の基礎とされ、前記産業衛生協会の勧告もこれに基づくものであるのに対し、前記ISOの勧告や前記認定のアメリカ合衆国環境保護庁(EPA)の騒音レベルは後者に基づいて定められたものであつて、いずれを定説とすることもできないが、いずれにせよ、騒音によるPTSは常にその前にTTSの反響を伴うものであることは疑問がない。
(ニ) 騒音の断続的・間欠的暴露(非定常騒音)の場合には、暴露の中断・休止の期間中にある程度聴覚器官の正常な生理的機能が回復し聴覚保護の効果をもたらすため、定常騒音についての右のようなPTSの予測方法がそのまま妥当するかは検討を要することであり、この点に関する調査研究は必ずしも十分に尽くされているとはいえないが、非定常騒音によつても、その暴露のレベル、時間、頻度等に応じてTTSを生じ、かつ、その反覆がPTSを生じさせる可能性があることは同様であつて、このような非定常騒音によるPTSの予測方法として、定常騒音についてと同様拘束時間八時間後のTTS2をもつてPTSを推定する見解もあり、さらに、クライターは、右のような推定に拘束時間八時間暴露中で最もTTS2が強く現われたときの値いをエネルギー的に加算すべき旨の仮説を提唱しており、前記産業衛生協会の勧告は、比較的安全を見越して、騒音の実効休止期間を除いた暴露時間の合計を連続的暴露の場合と等価の暴露時間とみなして当該許容基準の数値を適用すべきものとしているし、前記EPAの騒音レベルは、間欠騒音の場合には、連続騒音の場合より五デシベル高い暴露レベルが許容されることを前提に、これを適用の対象に含むものとして定められたものであり、ISOの勧告も同様に間欠騒音をも対象とするものである。
(2) <証拠>によれば、耳鳴りは、その原因・態様が一様ではなく、その本態はいまだ十分に明らかにされてはいないが、一般に障害の初期に聴難に先行して発現することが多く、とくに、騒音による難聴においてその発現が高率であり、また、耳鳴りは多くの場合職業性聴力損失の当初の唯一の徴候とみられること、中村賢二の行なつた聴覚疲労に関する実験的研究の結果においては、騒音暴露により聴覚疲労(TTS)と同時に耳鳴りが生じ、その発現の頻度は必ずしも可聴閾値上昇度の大小と平行関係にはないが、騒音レベルがほぼ九〇デシベルに達するときは例外なく耳鳴りが発現するとし、このような耳鳴りの発現する事実と、騒音レベルがある程度に達するとTTSの回復時間が暴露時間を上廻るに至るという事実とから、音の刺戟による蝸牛毛細胞もしくは神経細胞の反応が生理的限界を超えて病的反応に至る境界は、暴露時間が数分ないし数時間の範囲内では三、〇〇〇ヘルツにおいて八〇ないし九〇デシベルであるとしていること、以上の事実が認められる。
(3) <証拠>によれば、航空機騒音によるTTSの発生について、同証人らが騒音影響調査研究会の構成員として行なつた研究およびその追加研究として京都大学工学部衛生工学教室で行なつた実験において、あらかじめ録音したジェット機の騒音を防音室内でピークレベル七五デシベル(A)から一一〇デシベル(A)までの各段階で再現し、二分ないし八分に一回の割合で反覆して男子学生数名ずつに暴露し、一定回数の暴露終了後一〇秒から約四〇秒間の四、〇〇〇ヘルツにおけるTTSを測定したところ、(イ)ピークレベル八六、八九、九二、九五、一〇〇各デシベル(A)の騒音を二分に一回の割合でそれぞれ一七〇回、一六七回、七八回、三〇回、一一回暴露したとき、一〇五デシベル(A)の騒音を同様の割合で二四回または四分に一回の割合で二八回それぞれ暴露したとき、一〇七デシベル(A)の騒音を二分に一回の割合で八回または四分に一回の割合で一二回それぞれ暴露したとき、一一〇デシベル(A)の騒音を二分に一回の割合で四回、四分に一回の割合で二回または八分に一回の割合で二回それぞれ暴露したときに、いずれもTTSが五デシベルに達し、(ロ)九五、一〇〇各デシベル(A)の騒音を二分に一回の割合でそれぞれ一九〇回、三四回暴露したとき、一〇五デシベル(A)の騒音を同様の割合で四八回または四分に一回の割合で四五回暴露したとき、一〇七デシベル(A)の騒音を二分に一回または四分に一回の割合でいずれも二四回暴露したとき、一一〇デシベル(A)の騒音を二分に一回の割合で八回、四分に一回の割合で一四回または八分に一回の割合で一〇回それぞれ暴露したときに、いずれもTTSが一〇デシベルに達し、(ハ)八〇および八三各デシベル(A)の騒音を二分に一回の割合でそれぞれ二五六回(八時間三二分)暴露したときは、五デシベルに満たない軽度のTTSを生じ、(ニ)七五デシベル(A)の騒音を同様回数暴露したときおよび騒音を暴露せずに同一時間実験室内に拘束したにすぎないときは、TTSは生じないとの結果が得られ、これに基づき、同証人は、(一)このような周期的な断続騒音によるTTSは、暴露時間の対数に比例し、暴露の周期が同一の場合にはピークレベルが高いほど大きくなること、(二)TTSを生ずる騒音のNNIおよびECPNLの値いを強いて推算した結果では、TTSに基づいて航空機騒音を評価する指標としてこれらの数値は必ずしも適切でないこと、(三)TTSを生ずる航空機騒音のレベルの限界は七五デシベル(A)から八〇デシベル(A)までの間にあることとの結論を得たとしている。
(4) <証拠>によれば、同証人は、右実験等一連の研究結果に基づき、非定常騒音によるTTSの予測方法として、騒音のレベルと暴露および休止の時間とによる単位階段関数法を提唱し、その方法により計算した予測値が実験によつて得た実測値と相当程度一致することを確認したうえ、本件空港における昭和四九年九月二〇日(当審第二回検証期日)のスケジール表による着陸機の機数(一九五機)および機種と、着陸側滑走路端から約一、〇〇〇メートルの地点で豊中市が測定した騒音のレベルおよび周波数分析とに基づき、右予測方法を用いて、本件空港に着陸する航空機の騒音暴露によつて生ずると予測されるTTSの値いを計算したところ、TTSは最大一三デシベルに達し、TTSが五デシベルを超える時間は合計四〇五分(六時間四五分)に及ぶことが明らかになつたとしている。
(五) 以上の点について被告が反論するところあるいは反証として援用する証拠は採用するに足りない。すなわち、
(1) 乙第四三、四四号証の各一、二、第八一号証の各記載中、空港周辺の住民に聴力障害が生じているとは認められないとする趣旨の部分は、本件空港のごとき特殊な立地条件の下にある空港の実熊にあてはまるか否かに大きな疑問があり、<証拠>(EPAクライテリア)、<証拠>(同インフオメーシヨン)についても、右と同様の疑問があるほか、さらに、その記載の趣旨は断続的な騒音暴露によるPTSの予測についてはいまだ研究が十分でないとするにすぎず、航空機騒音による聴力損失の可能性を必ずしも否定するものでないことが明らかである。また、乙第一三〇号証において大島正光教授の掲げる騒音レベルおよび持続時間と聴力損失との関係についての数値も、それがISOの聴力保護基準を前提とするものであることから、住民らに平均二五デシベルの聴力損失を生ずる可能性を否定しないことになる旨の原告らの反論に対比してみると、反証とするに足りるものとは認められない。
(2) 被告は、山本証人の前記研究、所説の妥当性を争う前提として、PTSの予測について前記(四)(1)(ハ)のTTS仮説と等価エネルギー仮説との優劣を論ずるが、前記EPAクライテリアにおいても、右二つの仮説は妥当な条件のもとではともに支持しうるものとされており、しかも、本件においては、山本証人の示す数値自体の当否を定めるのではなく、これを一つの裏付けとして、本件空港周辺のごとく強大な航空機騒音に暴露されるときはTTSを生じ、その多年にわたるくり返しはPTSをも生じさせる危険もありうることを認定するものであり、このような危険性は等価エネルギー仮説によつても否定されえないところと解されるので、右両仮説のいずれをとるかは、結論を左右しないと考えられる。
(3) ところで、<証拠>によれば、人は、個人差はあるが、年令を加えるにつれて聴力が衰退するものであり、その程度の著しいいわゆる老人性難聴の者も一般に多数存在すること、そのほか難聴の原因は多様であり、子供にも先天的あるいは後天的原因による難聴は稀ではないこと、騒音による難聴は最初周波数四、〇〇〇ヘルツ付近の音について顕著に現われるのに対し、加令性の聴力低下はより高周波の音域から次第に深まつて行く点で区別されるが、他に外見上の器質的変化はなく、一般には聴力の騒音による損失に年令による聴力衰退が加わるため、騒音性難聴と老人性難聴とを聴力測定の周波数の波型から個別に判定することは実際上困難であり、騒音性難聴は、騒音に暴露された者の聴力損失とその年令における平均的な聴力衰退の値いとの差として統計的に示されることとなる。
原告らの難聴を訴える者について、個別的な聴力測定や診断の結果は提出されていないところ、その過半を占める高令者の中には騒音性難聴と同様またはそれ以上に老人性難聴の傾向を有する者も少なくないと考えられるとともに、現在異常がなくとも将来その傾向を示す者もあろうし、また、より若年の者についても他に難聴の原因がまつたくありえないとはいえない。
しかし、そうであつても、航空機騒音が原告らの訴える難聴の少なくとも一因となつている可能性があることは否定しえないし、後記八の理由により各原告について難聴の有無、程度およびこれと航空機騒音との因果関係を個別に確定することは必ずしも必要でないと解される。
(4) 騒音によつて聴力に影響を受ける程度についても個人差があることは当然であるが、本件のように広い地域に暴露される航空機騒音による被害の有無の判断は、その地域に居住する平均人を基準とし、ただしその家族構成には音に対する抵抗力の乏しい弱者も当然含まれていることを考慮して、定めるべきである。また、このような地域住民は、航空機騒音の及ぶ環境を自ら求めたものではなく、航空機によつてほとんど利益を得ることもないものであるから、前記(四)(1)(ロ)の産業労働者に対する許容基準等が騒音による聴力損失を日常会話に支障を来たさない範囲にとどめることを目標にしているのに比し、いつそう騒音に対する保護をはからなければならないとする見地に立つて、被害の有無を判断しなければならないと解される。
(六) 以上の(一)ないし(五)の考察と冒頭一所掲の検証所見等(A)(B)(C)(D)の各事項とを綜合してみると、当裁判所は世界各国の空港一般の問題は別とし、本件空港周辺の各係争地区における右認定の騒音に関するかぎり、それが単独または少なくとも他の要因と相まつて、難聴耳鳴りの原因となつているものと解し、被告側の反証によつてもこの判断を覆えすに足りないものと認める。
2 騒音の健康に対するその他の影響
(一) 原告本人らの陳述および陳述書によれば、原告らの訴の概略は、次のとおりである。
(1) 原告らのうちの多数の者は、ジェット機の飛行開始の頃以降、頭痛、目まい、いらいらいら等に悩まされ、とくに大型機の飛来時に激しい頭痛に襲われることがある旨を訴え、精神安定剤、頭痛薬等を常用している者もある。
(2) 原告らのうちの多数の者は、食欲不振、胃痛その他の胃腸障害を訴え、航空機騒音の激化とともにそのような症状に陥つたとしており、そのうちで原告長井孝一、同中井誠一、同宮本昭典、同長越秋一、同中川一三、同田辺政蔵、同渡辺忠治および同田辺芳太郎らは、昭和四二年頃から同五〇年頃までの間に胃潰瘍または十二指腸潰瘍に罹患して、治療を受けたことがあるほか、神経性胃炎等で加療した者も少なくない。
(3) 原告らのうちには、昭和四〇年頃以後高血圧で治療をしている者も少なくなく、原告藤原としら十数名の者は心筋梗塞等の心臓発作を起こして療養しており、また、ジェット機が飛来する際に心悸昂進を覚える者も相当数ある。
(4) 原告岡部清子ら数名の原告ないしその家族は、昭和四〇年頃以後に流産をしたことがあり、その際の妊娠中には航空機騒音に強い不快感、いらだちを覚えていたとしており、また、原告らのうちの女性には生理不順を訴える者も多い。
(5) 原告らのうちには、家族の乳幼児が航空機騒音に驚きあるいはおびえる状況から、航空機騒音が発育を阻害することを憂えている者もある。
(6) 原告らのうちには、航空機騒音に暴されつつ年月を経過するにつれて、右のような障害が強まつているとする者も少なくなく、他面、本件空港周辺から他の静かな地域へ転居した原告らのうちの数名は、転居後は身体症状が軽快した旨の陳述書を提出している。
(二) このような被害の訴は、本件空港周辺の住民に対してなされた数次のアンケート調査の結果においても同様に現われているのであつて、<証拠>によれば、いずれも前掲の関西都市騒音対策委員会の昭和四〇年一〇月の調査、大阪国際空港騒音対策協議会の昭和四二年一一月の調査、川西市南部地区飛行場対策協議会の昭和四一年一〇月および同四二年一二月の各調査、兵庫県企画部の昭和四三年一一月の調査、内藤儁教授らの同年一二月の調査、伊丹市空港対策部の昭和四六年一一月の調査、大阪府衛生部の昭和四七年の調査等において、
(イ) 頭痛、目まい、疲労感等を訴える者は、本件空港および飛行径路に近づくにつれて高率で、しかも、航空機の離着陸数したがつて騒音量の増大につれて増加する傾向を示し、たとえば、頭痛を訴える者は高芝地区で昭和四〇年一〇月には一〇パーセント、昭和四二年一一月には25.9パーセントであり、勝部地区では昭和四二年一一月には約五七パーセント、昭和四七年四月には約六五パーセントであつたこと、
(ロ) 胃腸疾患、食欲不振を訴える者、高血圧その他の循環器系疾患、心悸昂進を訴える者も少なくなく、かつ、本件空港に近接する地域ほどそのような訴の率が高くなつていること
が認められる。なお、<証拠>によれば、東京都公害研究所が昭和四五年七月横田基地周辺で行なつた前記アンケート調査の結果においても、頭痛、疲労感、心悸昂進、胃の不調等の訴が多く、かつ、その訴の率と航空機騒音のNNI値の増大との間に強い相関関係があるとされていることが認められ、この調査結果が右関西都市騒音対策協議会の調査結果と合致しているとみられることは前記のとおりである。また、<証拠>によれば、坂本弘らが昭和三三年四、五月にジェット機飛行場に近接した部落の一三九世帯について調査した結果でも、頭痛八九パーセントをはじめ、肩こり、疲れ易い、心悸昂進等の訴が六〇パーセントを超えたことが認められる。
(三) ところで、<証拠>によれば、騒音の人体に対する影響は、聴力損失を除いては、主としてストレスとして作用することによる間接的なものと解されているのであつて、音の刺戟に対する精神的心理的反応が、一方において自律神経系のうちの交感神経系の反応により呼吸促進、脈拍増加、末梢血管収縮、血圧上昇、睡液・胃液分泌の減少、胃腸運動の抑制等の効果をもたらし、他方において脳下垂体からのホルモンの分泌ならびにこれによつて支配される副腎皮質ホルモン、甲状腺ホルモン、生殖腺ホルモン等の分泌の変動を生じ、これら交感神経系および内分泌系の変動はさらに相互に関連して多様な反応を生じさせるものであること、このような反応を生ずる原因となるもの(ストレス作因)は、騒音に限らず、寒暑その他の物理的刺激、精神的緊張、不安、恐怖、嫌悪等の精神的心理的状態等多岐にわたり、これらの作因が継続して作用した場合、ある程度生体がこれに馴れて適応しうるが、刺激が強くあるいは生体の抵抗力が弱いときは、適応しきれず、疾病を生ずるに至るのであつて、心臓血管の疾患や胃・十二指腸潰瘍はこのようなストレスによる疾病(適応症)の典型的なものであること、もつとも、ストレス作因を騒音に限つてみても、ストレス反応の態様は、騒音の大きさ、質、持続時間または反覆の程度などのほか、人の性、年令、健康状態、気質、体質、音に対する感受性や馴れの程度、騒音源に対する利害関係、社会的、自然的環境等多数の要因によつて左右され、これらの要因の複雑な相関関係が騒音の影響を多様にするのであり、このような要因のうちでも精神的心理的状熊が重要であることに加えて、現代社会においては、人間関係や仕事をも含めて多様なストレス作因が日常存在することを考えれば、騒音のストレス作因としての影響を定量的に把握することはきわめて困難であるが、航空機騒音のような強大な騒音に連日暴露されることはストレスによる疾病の少なくとも一因となりうることが認められる。
(四) 右のような影響を裏付ける研究の例として、次のものを挙げることができる。
(1) <証拠>によれば、呼吸器・循環器系への影響については、航空機騒音を用いた動物実験により呼吸数・心搏数の増加を認めたとする木村政長らの研究、一〇〇ホンの騒音を人に暴露した実験において脳への血流の著しい増加を見、これが頭痛や不快感を生ずるものとする宮崎学の前記研究、その他、各種騒音を用いた人体および動物実験により血流の変化、血圧の上昇等を認め、あるいは職業性難聴を生じている労働者に循環器疾患の率が明らかに高いことを認める等の調査研究が国内、国外において多数発表されており、また、消化器系への影響についても、人に一〇〇ないし一二〇ホンの航空機騒音を暴露した実験により、胃液分泌量の著しい減少、胃酸量の変化、胃の収縮運動の抑制がみられ、また動物実験により胃潰瘍の発生率の増加がみられたとするキムらの研究をはじめとして、内外に幾つかの研究がみられる。
(2) <証拠>によれば、内分泌系への影響については、九〇デシベル以上の騒音下で作業をしている女子紡績従業員について検査した結果、騒音暴露により、脳下垂体からのACTH(副腎皮質刺激ホルモン)の分泌の減少に起因すると推定される副腎皮質ホルモンの減少を来たし、また交感神経系の緊張と副腎髄質ホルモンであるアドレナリンの分泌の増加を認めたとする坂本弘の研究、鉄道騒音、航空機騒音等各種騒音を人に暴露し、騒音の種類・レベル、性、年令等による影響の程度をみた一連の実験により、騒音が五五デシベル(A)前後から副腎皮質ホルモンの分泌の増加を来たすが、八五デシベル(A)に達するとかえつて分泌が減少するという結果を得、その他アドレナリンの分泌等にも多様の影響をみたとする長田泰公ら国立公衆衛生院生理衛生部の研究、そのほか、副腎皮質ホルモン、性ホルモン、甲状腺ホルモン等への騒音の影響を明らかにした数多くの研究が内外に存する。
(3) <証拠>によれば、同証人らは、前記騒音影響調査研究会の昭和四四ないし四六年度の航空機騒音による胎児への影響に関する研究および伊丹市空港対策部の昭和四七、四八年度の同様の研究において、航空機騒音の激甚な伊丹市に妊娠前から居住しまたは妊娠前期五か月内に転入した母親から生れた乳児は、妊娠後期に同市に転入した母親から生れまたは出生後に転入した乳児に比べて、航空機騒音に対して驚いて目覚めたり泣いたりするなどの反応を示すことが少ないことが、アンケート調査の結果から明らかになり、またその後睡眠中の幼児数十例に騒音を暴露して観察したところからもこの結果が裏付けられたが、これは妊娠初期に胎児が母体を通じて環境騒音に順応するように影響されたためと推測されるとし、また、伊丹市において昭和四〇年以後出生した乳児の出生時体重は他の周辺都市の出生者よりも低く、出生時の低体重、低身長児の全体に占める割合も他の地域より高く、ことに航空機騒音のECPNL九〇以上の地域にそれが著しいとし、さらに昭和四〇年から同四二年の間の出生児の母親のうち当該妊娠中に妊娠中毒症にかかつた者の割合は騒音量の増加とともに増し、ECPNL九〇以上の地域では一四パーセントと静かな地域の約二倍に達し、このことが未熟児出生の増加を来たすものと推定されるとしているし、小林嘉一郎らは、昭和四三年九月に川西市、伊丹市において保健所等の乳児カルテから出生時および出生四か月後の乳児の体重を調査したところ、航空機騒音の激甚な川西市久代、久代新田、加茂、下加茂の各地区における胎児および乳児の発育状態は伊丹市における平均的なそれに比して明らかに劣ると認められたとし、また、内外の多くの研究においても、動物実験により、騒音暴露が妊娠率の低下、出産児数の減少、未熟児・死産児数の増加等を来たすことが明らかにされているが、このような騒音の妊娠、出産に対する影響は、子宮・胎盤等への血液の循環の変動、性ホルモンの分泌の変動、副腎皮質ホルモンの分泌の変化等による各種ホルモンのバランスの失調等を通じて出現するものと解される。
(4) なお、<証拠>によれば、同証人は、伊丹市内の幼稚園児二、九二一名について行なつたアンケート調査の結果から、同市内の園児の体格が周辺四都市のそれに比べて劣るという結論を述べているが、右調査内容を検討してみると明瞭な差があるとまで認めることはできず、また、<証拠>によれば、高橋悳らは、横田基地周辺の幼児、児童の発育が劣るものとしているが、<証拠>によれば、前掲児玉氏の調査においてはそのような状況は認められないとされている。このように調査結果は必らずしも一致しないが、原告本人らの陳述および陳述書を考えあわせると、空港周辺の航空機騒音、排気ガス等の暴露下にある地域が抵抗力のない幼児、児童の成長に好ましくない環境であることは明らかであり、成長に何らかの悪影響がある可能性も否定することはできない。
(五) 以上に検討したところによれば、原告らの訴える前記(一)の健康障害については、航空機騒音が何らかの影響を及ぼしているものと認めることができる。もとより、これら障害のうち胃・十二指腸潰瘍、心筋梗塞、流産等の重い疾病の発生の割合が、騒音の少ない他地区の住民のそれに比して原告らに高率であるかどうかを確認する資料はないし、これらの疾病あるいはその他の胃腸障害、心臓疾患は高血圧、頭痛、生理不順等の障害は、さまざまな原因によつて生じ、日常多くみられるものであり、騒音がこれらの障害を惹起する作用は前記のように間接的なもので、現代の社会生活において、騒音以外にも、人間関係や仕事をも含めて多様なストレス作因が日常存在することを考えれば、原告らの各種健康障害について、そのすべての責めを航空機騒音に帰することはできないし、航空機騒音に起因する限度を特定することも困難であるが、だからといつて、航空機騒音がその一因となつていることを否定することはできず、また、そう認めることをもつて足りるものとすべきである。すなわち、騒音の身体的影響は、精神的心理的状態によつて大きく左右されるものであり、前述のように原告らが多年にわたり連日強大な航空機騒音に暴され、前記のような甚だしい精神的苦痛や後記の生活妨害を受けていることからすれば、このような精神的苦痛が生理機能の変調を来たすことは当然考えられることであり、この変調がさらに精神的苦痛を増すという相互作用によつて障害が深刻化して行くことも考えられることである。このような状況のもとにおいて身体障害の発生をまつたく認めないことは、現実的でなく、また今後さらに障害が拡大しあるいは重大化して行く危険をも無視することはできないものというべきである。したがつて、本件空港を利用する航空機の騒音は、それ自体が、もしくは他の原因とあいまつて、原告らの訴える右身体障害の一部の発生の原因となり、または他の原因によつて生じた障害を悪化させているものと推定すべく、現にそのような障害が生じていない原告らも、等くしその発生の危険に暴されている状況にあるものと認めるのが相当である。
(六) 被告の援用する反証によつても右認定を覆えすに足りない。すなわち、乙第七九号証の一、二、第一三一号証の一、二も、その全体の趣旨は、どれだけの騒音がどの程度の身体的影響をもたらすかについていまだ解明し尽くされていないとするもので、右のような各種の影響の可能性を否定するものではなく、むしろこれをおおむね肯定する趣旨に解される。また、乙第四三、四四号証の各一、二の記載中、航空機騒音が健康に影響を及ぼしていることは明らかでないとする趣旨の部分、乙第五〇号証の一、二の記載中、騒音にくり返し暴露された場合、適応により身体への悪影響が防止されるとの趣旨の部分は、前掲の各証拠に対比して採用しがたい。
3 病気療養に対する障害
原告ら居住地域の住民に病気療養中の者があることは当然考えられるところ、航空機騒音下に終日病臥している者の精神的苦痛が健康人の被る苦痛よりさらに甚だしいであろうことは容易に推認され、抵抗力の弱い病人には身体的影響の危険性もいつそう強いものと考えられ、したがつて、航空機騒音が、病気療養中の者の心身の安静を妨げ、病気の回復を困難にしさらには悪化させるおそれがあるものというべきである。してみれば、航空機騒音に苦しみつつ死亡したという南兵次郎、池田亀太郎をはじめ、多数の原告またはその家族らが航空機騒音により病気療養を妨げられたとする原告本人らの陳述および陳述書の記載もすべて肯認することができる。
4 排気ガスの健康に対する影響
(一) 鼻出血について
(1) 原告本人らの陳述および陳述書によれば、昭和四六年頃以降、原告らの家族を含む勝部地区の子供には、打撲等の外的要因がないのに突然鼻血を出す者が多く、頻繁に出血を見る者や出血が多量で激しい頭痛を伴う者もあり、さらに同地区の成人の中にも同様の症状を示す者があるというのであり、また、同地区以外の原告ら居住地域とくに豊中側においても、同様に鼻出血の訴が多数なされている。
(2) <証拠>によれば、豊中市が、昭和四七年一〇月、航空機騒音と排気ガスの影響が甚だしいと推定される原田小学校、主として騒音の影響が強いとみられる豊島小学校、航空機公害の影響の少ないとみられる桜井谷小学校の各校区の児童約三、〇〇〇人を対象としてアンケート調査をしたところ、全児童中鼻血を出した者の割合は、原田校区四二パーセント、豊島校区三七パーセント、桜井谷校区三三パーセントであり、原田校区中勝部地区の児童では六三パーセントにのぼり、また同地区の鼻血を出す児童には頭痛を訴える者の割合および年間出血回数の多い者の割合も他地区に比べて大きい傾向にあつたことが認められる。そして、<証拠>によれば、その当時大阪大学病院耳鼻咽喉科の医師が同地区の鼻出血患者を診察した結果、乾燥性前鼻炎との診断を下しており、なお、その際慢性咽頭炎、慢性扁桃炎、扁桃肥大症、頸部リンパ節腫脹などの症状が認められた者も高率にのぼつたとしているが、右乾燥性前鼻炎の原因は明らかにしていない。
(3) このように鼻出血の原因は医学上明らかにされてはいないが、まず、勝部地区においては、鼻出血者が異常に高率にみられること、前記のように少なくとも誘導路通過時の航空機の排気ガスが大量に同地区に流れ込むことが明らかであり、その中には目、粘膜、呼吸器系統に対する刺激物質であるアクロレイン、ホルムアルデヒドなどをも濃厚に含み、これらの物質その他の排気ガス中の有毒物質が鼻出血の原因となつている可能性も十分考えられること、そして、そのほかにこのように異常な鼻出血をもたらす原因は何ら見当らないことを総合すれば、原告らの訴える鼻出血は、本件空港における航空機排気ガスがその少なくとも一つの原因となつているものと推定すべきである。また、他の地区においても、とくに着陸コース直下の地域においては排気ガスの影響を否定しえないことは前記のとおりであるから、同様に航空機排気ガスが鼻出血の原因となつていることもありうるものとしなければならない。なお、航空機騒音の身体的影響として血流の変化や血圧の上昇を生ずることも前記のとおりであるから、その面から、鼻出血の一因として航空機騒音を想定することも、可能と考えられる。
(二) 気管支炎等の呼吸器系疾患および目の痛み等について
原告本人らの陳述および陳述書によれば、勝部地区居住の原告のほとんどすべておよびその家族らならびに豊中側のその他の地区の原告らの相当数が、気管支炎、鼻炎、副鼻腔炎、咽頭炎、喘息等の呼吸器系疾患や目の痛みなどの症状を訴えており、甲第一六四号証によれば、大阪府衛生部が昭和四七年四月および七月に勝部地区住民について行なつたアンケート調査および検診の結果によつても、同様の訴が多数あり、また咽頭炎等の診断を下された者も少なくなかつたことが認められ、また、大阪大学医師の鼻出血の検診の際に慢性咽頭炎(その数は受診者六七名中四四名)等の疾患が見出されたことも前記のとおりである。乙第一五九号証の記載も右のような被害の存在を否定するに足りない。
そして、これらの地区に航空機排気ガスの影響が及んでいる可能性があり、右排気ガスに前記のような目、粘膜、呼吸器系に対する刺激物質その他の有害物質が濃厚に含まれていて、他に格別の汚染源が見あたらないことからすれば、航空機の排気ガスが原告らの右疾患の少なくとも一つの原因となつていることは、否定しがたいところといわなければならない。
五睡眠妨害
(一) 騒音が睡眠の妨害となることは経験則上明らかであるが、<証拠>によれば、音響の刺激は、眠りに入るのを遅らせ、覚醒を早め、睡眠の深度を浅くするという影響を与えるもので、その影響は、個人差はあるが、主として音響のレベルの大きさと眠りの深度の段階によつて定まるものであり、睡眠に影響を及ぼす騒音のレベルを示す研究等の若干の例として、次のようなものが挙げられる。
(イ) 労働科学研究所、大島正光教授らは、断続的な騒音暴露によつて行なつた実験の結果、就眠の妨害および覚醒の促進などの影響を生ずる限界の音響の大きさは四〇ないし四五フォーンであると結論している。
(ロ) 騒音影響調査研究会が睡眠中にジェット機騒音を断続的に暴露し脳波により睡眠の深度の変化を見た結果では、たとえば、暴露騒音のピークレベル六五デシベル(A)の場合には、最も浅い睡眠状態である睡眠第一段階にあつた者の九〇パーセントが覚醒し、最も睡眠深度の深い第四段階でも五〇パーセントが睡眠深度が浅くなり、うち一例は覚醒し、また、騒音のピークレベル八五デシベル(A)の場合には、第一段階では一〇〇パーセントが覚醒し、第四段階でも62.5パーセントが睡眠深度が浅くなり、うち三例(18.7パーセント)が覚醒したなど、騒音により睡眠深度が変化し、かつ、全睡眠時間中で比較的浅い睡眠状熊の段階が占める割合が多くなるなどの影響は騒音レベルの増大につれて著しくなることが明らかになつたとし、騒音暴露により睡眠段階に何らかの変化を生じた割合は、騒音レベル六五デシベル(A)において51.5パーセント、同七五デシベル(A)において61.7パーセント、同八五デシベル(A)において78.2パーセントと結論づけている。なお、この結論によると、通常の睡眠においても深い睡眠である第三、四段階が全睡眠時間中に占める割合は比較的短いことを考えれば、睡眠中に八五デシベル(A)の航空機騒音に暴露される場合には、ほとんどすべての者が影響を受けることとなる。
(ハ) 長田証人ら国立公衆衛生院生理衛生学部において、睡眠中の男子学生に四〇ないし八〇デシベル(A)の白色騒音、工場、道路、列車および航空機の各騒音等を連続的および断続的に種々暴露して、脳波、血球数等により睡眠深度の変化を調べた一連の実験によれば、四〇デシベル(A)の騒音ですでに睡眠が妨害され、若干の例外はあるが、大体は騒音レベルの増大につれて睡眠への影響も増し、また、断続的な暴露であつても、連続的暴露と同程度の睡眠妨害を生ずるという結果が得られている。
(ニ) 小苗三代治らの住民アンケート調査の結果によれば、屋外における騒音レベルが住宅地域において五五ホン、商業地域において五五ないし五九ホンのときに五〇パーセントの者が睡眠妨害を訴え、また、入院患者に対するアンケート調査においては、四〇ないし四四デシベル(A)で五〇パーセントの者が睡眠妨害を訴えている。
(ホ) アメリカ合衆国環境保護庁が騒音規制法に基づき公示した騒音に関する公衆衛生と福祉の判断基準(EPAクライテリア)は、騒音の睡眠に及ぼす影響は騒音レベルが三五デシベル(A)前後を越えるところから漸次顕著に現われることが研究によりわかつているとしている。
(二) <証拠>によれば、前記の騒音に係る環境基準も、右の(一)(ハ)の研究等に基づき、主として住居の用に供する地域においては、睡眠の確保のためには夜間屋内において三〇ホン前後にとどめることが相当であるとの見地から、右地域屋外の夜間の騒音レベルを四〇ホンと定めたものであることが認められる。
(三) 右のような事実によれば、原告ら居住地域に暴露される航空機騒音が睡眠に大きな影響を及ぼすことは明らかであり、原告本人らの陳述および陳述書によれば、航空機の離発着が午後一〇時三〇分ないし一一時にまで及んでいた当時、就寝を妨げられることがあつたことはもとより、その後も昭和四九年二月までは七五ホン以上の騒音を発する夜間の郵便機に深夜眠りを破られることもあつたこと、また、離発着が午前七時から午後一〇時までとされている現在においても、早朝、夜間の飛行は、生活時間帯の如何によつては睡眠時間に及んで睡眠に影響していること、このような地域社会には、昼寝を必要とする幼児、老人、病人や昼間に睡眠をとらなければならない夜間勤務者も相当数居住していることは当然であるところ、昼間の頻繁な航空機騒音はこれらの者の睡眠をも妨害していることが認められる。
そして、このような睡眠への影響は、単に日常生活の支障となるだけでなく、勤労による疲労の回復を妨げ、病気療養の妨げとなり、あるいは、睡眠不足による疲労や精神的不快感などがストレス作因となつて他の疾病を誘発する一契機となるなど、健康に対する重大な影響につながる可能性があることが重視されなければならない。
六日常生活の妨害
1 会話の妨害について
原告ら居住地域において航空機騒音により会話が中断・妨害されることは、原審および当審における検証の結果(第一、二回)からも容易に認められるところである。
<証拠>によれば、国立公衆衛生院の小林陽太郎らは、実験の結果、信号音(日本語無意味百音節)と騒音との比(S/N)が三〇デシベルのとき信号音聴取の明瞭度は九四パーセント、二〇デシベルで八五パーセント、一〇デシベルで六八パーセント、〇デシベルで四五パーセント、マイナス一〇デシベルで一五パーセントとなることを明らかにし、東京都内の小学校一二校で行なつた現地測定によつてもほぼ同様の結論を得たとしている。また、<証拠>によれば、厚生省生活環境審議会騒音環境基準専門委員会が騒音環境基準設定資料として各種研究結果等を収集整理した結果では、騒音レベルが四五ホンのときの日本語無意味百音節の聴取明瞭度は約八〇パーセント、通常会話の可能距離は約四メートルであり、六〇ホンでは明瞭度六〇パーセント強、七〇ホンでは明瞭度五〇パーセント以下、会話可能距離0.5メートル以下となるとしている。
このような研究に照らしても、原告らすべてが、頻繁な航空機飛来の都度、屋外屋内を問わず会話を妨害され、日常生活に支障を来たしているとする原告らの主張は肯定することができる。
2 電話の通話妨害について
右のように航空機騒音により会話が妨害されるのであるから、電話による通話についても同様の支障を生ずることは明らかであり、しかも電話については、通話時間が延長し料金が増加すること、通話の相手方に騒音の実情が必ずしも明らかでないため、会話にそごを来たすことがいつそう多いことなど、対面による会話以上に支障を生じていることが原告本人らの陳述および陳述書から認められる。
もつとも、昭和四六年頃から財団法人航空公害防止協会の助成により原告ら居住地区の一部に騒音用電話機の取付けが行なわれていることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、右騒音用電話機は、従来の電話機に比べて受話音声を大きくし、送話への騒音の漏入を少なくするなどの改良を施したものであつて、騒音量八九ホン以下において通話が良好であることを期待したものと認められるが、前記のような会話聴取の明瞭度と本件航空機騒音レベルとの比較(たとえば、騒音下で明瞭に聴取しうる受話音声のレベルは少なくとも屋内における騒音レベルを一〇デシベル以上越えるものでなければならないと解されること)、さらに原告本人らの陳述および陳述書に対比すれば、右騒音用電話機が所期の効果をあげているものかどうかはきわめて疑わしいところであり、通話妨害を除去するに足りるものとは認められないというほかはない。
3 テレビ、ラジオの視聴障害について
航空機騒音によりテレビ、ラジオの音声がかき消されることは、前記のところから明らかであるばかりでなく、航空機飛来の都度テレビの映像、色調等が乱されることも、原告本人らの陳述および陳述書から認められ、甲第八六号証、第九七、九八号証によつて認められる前記各種アンケート調査においても、テレビ・ラジオの視聴障害を訴える者が常に多数に上つているところであるし、後記認定のように、テレビ受信料に対する助成が比較的早くから、本件空港周辺のきわめて広汎な地域にわたつて行なわれていることも、このような視聴障害が明白であることによるものと推認される。そして、現代の社会において、テレビ・ラジオが最も手近な娯楽の手段であるばかりでなく、情報入手の重要な手段でもあることを考えれば、これらの視聴障害もまた軽視しえない被害といわなければならない。もつとも、<証拠>によれば、原告らのうちの一部の家庭にテレビ音量調節器の取付助成が行なわれている事実が認められるが、これを取付けても、テレビの音声がまつたく明瞭になるものとは認められず、映像の乱れには関係がないことも明らかである。
4 思考中断・読書妨害について
頻繁に上空を通過する航空機の強大な騒音が人の思考や読書の妨げとなることは、容易に推認されることであつて、後記認定のような作業や学習に対する影響と同様に考えられ、<証拠>によつて認められる前記各種アンケート結果にも明らかなところである。したがつて、原告らにとり、本件航空機騒音は、新聞雑誌を読み手紙を書く等の日常の行為の妨げともなり、あるいは精神的労働に携わる者の仕事の障害となるなど多くの影響を及ぼしており、その被害も深刻なものと推認される。
5 家庭生活、人間関係に及ぼす影響について
右にみたような諸般の影響からすれば、本件航空機騒音とくに夜間も午後一〇時までくり返し暴露される騒音が原告らの家庭内における憩いと団らんの妨げとなつているという原告らの訴えも、肯認することができ、被告主張のように夜間の飛行間隔が長いことを考慮しても、その影響は軽視しえないものというべきである。
また、原告らの一部が訴える家族との別居については、航空機騒音が唯一の原因であるとはにわかに認めがたいが、何らかの影響を及ぼしている可能性も否定しがたい。そのほか、親戚・友人との交際の支障について原告らの訴えるところも、ありうることと理解される。
6 作業妨害について
<証拠>によれば、心理スト等を用いた各種実験の結果から、作業中騒音に暴露することが作業量の低下や誤りの増大等の影響を生じることが明らかにされており、その影響は、騒音のレベルはもとより、連続音と間欠音との区別、その頻度、音のレベルの変動巾、音に対する馴れの有無、作業の種類等種々の要素によつて左右されるが、一般に、注意力の集中や複雑な思考・判断を要する作業になるほど、作業妨害が著しいことが認められる。
してみれば、前記のように頻繁に飛来する航空機の騒音により、注意力が散漫になつて作業能率が低下するなど、職業上の支障をも来たしているとする原告らの訴えも肯認することができる。
7 交通事故の危険について
原告ら居住地域に暴露される航空機騒音は前記のように強大なものであつて、自動車の警笛やエンジン音あるいは列車の接近音等をもかき消すに足りるものと推定されるから、頭上を通過する航空機の騒音のため自動車の接近に気付かずこれに衝突したという原告黒山卯之助の供述、その他同様にして交通事故に会いまたは会いそうになつたとする多くの原告本人らの陳述および陳述書の記載も首肯することができ、また、現在においても同様の事故発生の危険性があり、高芝地区においては国鉄踏切における事故の懸念すらありうることが認められる。
8 家屋の損傷について
航空機の飛来時に音圧により原告ら居住家屋が振動することがあることは前記のとおりであるところ、前記検証所見のとおり、高芝・むつみ・摂代等原告ら居住地域においては、屋根瓦がずれまたはそのすべり止めの工事を施してある家屋が相当数見受けられたのであり、また、壁のモルタル等の亀裂の生じている家屋の存在することも認められ、また原告本人の陳述および陳述書によつても、種々の振動被害の訴が数多く見られる。もつとも、これらの家屋の多くは比較的古い木造建築であるから、建築後長年経過したことによる自然の損耗は当然考えられることであるし、比較的新しい家屋についても材質や工事施行方法の不完全さによることもありうることであるから、これら家屋の損傷のすべてを航空機騒音の責に帰することはとうていできないが、多年にわたる連日の航空機騒音による振動が原告ら居住家屋の損耗を早める一因となつていることは、十分ありうるところといわなければならない。
9 農作物等の被害について
前記のように本件空港に発着する航空機が排出する大量の排気ガスが空港周辺の植物に影響を及ぼすことは当然考えられる。もつとも、原告ら主張の昭和四二年四、五月頃と同四三年八月頃の二回の農作物の被害は、その時期がB滑走路供用開始前であることと、その後に同種の被害が報じられていないことからみて、航空機排気ガスによつて生じたものか否かは明らかではない。しかし、原告本人らの陳述および陳述書によれば、植木等の被害の訴も少なくなく、原告ら居住地域とくに走井、勝部地区は、植物の生育にも不適当な環境となつている疑いがあるというべきである。
10 洗濯物の汚れ等
勝部地区をはじめとする原告ら居住地域においては、戸外に干した洗濯物がすすけて黒くなり、あるいは窓ガラス、カーテン、網戸さらには屋内の家具等が汚損されることが多い事実が、原告本人らの陳述および陳述書や甲第一六四号証によるアンケート結果から認められるが、これも相当程度航空機排気ガス中のタール、煤塵等によるものと推定される。
11 居住地区の荒廃について
前記検証所見と<証拠>によれば、山三地区をはじめ原告ら居住地域においては、航空機騒音に耐えかね、後述の移転補償を得て、他地域へ転出して行く住民が次第に増加しているが、これら転出者の住居跡は簡単な柵を設けた程度で、空地のまま放置され、これが残存する住宅の間に点在していて、もともと住宅街としてまとまつていた地区の中に、雑草の繁るにまかせた空地が無秩序に散在することにより、地区全体が荒廃した状況を呈しはじめ、防犯上の不安やあるいは従来遮ぎられていた西日に直射されるといつた予期しなかつた事態に対処する必要をも生じ、残存住民の生活環境がいつそう悪化していることが認められる。このような状況は、本件航空機騒音による被害として二次的なものではあるが、無視しがたい影響というべきである。
七教育に対する影響
1 学校教育について
<証拠>によれば、騒音による授業の妨害は、五五ホン程度で生ずるとされており、<証拠>によれば、小林陽太郎らは、前記のような聴取明瞭度に関する実験および現地測定の結果に基づき、一般学校教育においては、教室の会話明瞭度を八〇ないし八五パーセントに保つためには、教師の音声のレベルを七〇デシベルとした場合騒音の中央値を五〇ないし五五デシベルにする必要があるとしていることが認められる。そして、原告らまたはその子女が通学していると推定される小、中学校がおおむね航空機騒音の激甚な地域内にあり、<証拠>によつて認められる北村音壱らの昭和四二年八月の調査によつても、川西市の久代小学校、川西南中学校、加茂小学校、豊中市の原田、豊島各小学校における授業阻害率はきわめて高かつたことが明らかである。
また、<証拠>によれば、防音工事施行前の久代小学校ならびに防音工事はあつたが当初換気および冷房設備がなく授業中窓を開放することが多かつた加茂小学校においては、航空機騒音のため一時限の間に数回、一回について二〇秒以上、授業の中断を余儀なくされていたこと、授業の中断は、中断時間の損失のみにとどまらず、授業のリズムを狂わせ、児童・生徒の関心・興味をそらし、注意力の集中を失わせるなどして、授業内容にも影響し、授業の効果を減殺するものであることが認められる。これを児童・生徒の側からすれば、航空機飛来の都度気が散つて学習能率が低下することは前記思考、読書の中断や作業妨害についてと同様であり、<証拠>による研究結果は、このような学習能率に対する影響をも証明するものである。
ところで、原告ら居住地域の小、中学校には後記のとおり航空機騒音防止法五条に基づく補助により防音工事が行なわれ、この工事により三〇デシベル以上の減音効果をあげているのであり、これによつてある程度授業妨害が軽減されていることが推定されるが、前記のような小林らの明瞭度に関する研究等に照らせば、航空機騒音のレベルが強大なときには依然授業妨害を生じることもありうるものと推認され、音楽の授業等通常の課業以上の静けさを要求されるものもあることを考えるべきであり、また、右証人藤原の証言によれば、屋外で行なう体育の授業や各種の特別活動については障害は何ら軽減されていないことが明らかである。
2 家庭における教育、学習への影響について
このようにみてくれば、航空機騒音が原告ら居住地域の家庭における児童・生徒の学習の妨げとなつていることも否定しがたいところであり、原告本人らの陳述書および当審における原告本人丸山良明の尋問の結果によつても、高校・大学の受験を控えた生徒にはとくに影響が深刻であると思われる。
後記認定の航空機騒音防止法六条に基づく助成にかかる各地区の共同利用施設もこの点の被害の緩和に役立つにはほど遠いものとしか認められない。
八総括
(一) 被告は、原告らの被害について個別的立証がないと主張する。しかし、精神的被害はすべての原告らに等しいものとみられ、睡眠妨害やその他の生活妨害も、各人の生活条件に応じて発現の具体的な態様は異なるにせよ、各人に共通のものといえる。また、身体障害については、診断書等の提出よつて現在の疾患や症状をより明らかにする余地はあるが、それがないからといつて、原告らのこの点についての訴をすべて虚偽とすることはできないとともに、より精密な診断を試みても、現に生じている障害と航空機騒音ないし排気ガス等との因果関係を個別的具体的に確定することは困難とみなければならない。しかし、このような被害発生の可能性は、航空機騒音ないし排気ガスの及ぶ地域の住民の全員に同一であり、いまだ症状の顕在化していない者にも、影響が及んでいる可能性があるのであるから、すでに被害の現実化した者とそうでない者とを区別する理由はなく、地域住民を集団的に観察して、その一部の者に航空機騒音等による疾患が生じていることが推定され、その他の者にも同様の危険性が生じていることが明らかであれば、住民全員について被害が発生しまたは少なくとも侵害の現実の危険があるものとして、その保護または救済が図られなければならないと解される。この意味において、原告らが、このような影響をもたらすべき騒音等に暴露されていること自体をもつて被害であると主張し、個別的な被害の立証をしないことは、むしろ本件被害の特質に照らし不当とするには当らない。
また、このように被害を地域住民全体についてみるとき、多数の住民の中には、老、幼、病者等とくに心身の安静を必要としあるいは騒音等に対する抵抗力が弱いとみられる者が相当数存在し、また、夜間勤務者等特殊な生活条件に置かれている者も存在することは、当然予想されるところであり、このような者に対しても騒音等の影響が及んではならないとする見地から、被害の有無を考えるべきである。
(二) 被告は、一般の都市騒音等との比較において、本件の被害を争つている。たしかに、一般に現在の都市生活が各種の騒音その他の悪条件に満たされていることは明らかであり、ある者はそれにもかかわらず他の利点を求めて都市に居住し、また多くの者は不快感を抱きながらもこれに忍従しているものと考えられる。しかし、そうであるからといつて、本件航空機騒音等がなければ比較的静穏な生活を享受できるであろう原告ら居住地域の住民において、航空機騒音等の暴露が都市生活上免れえない現象の一つであるとしてこれを受忍するのが当然であるということはできないのであり、ことに右騒音は日常生活上他に類を見ないほどに強大なものであつてみればなおさらである。しかも、被告の援用する乙第一六六号証記載の東京都の環状七号線沿線はかねて騒音による住民の被害が問題視されている地域として著名な所であり、乙第一六七号証記載の名古屋市内の鉄道沿線のように本件以外にも騒音公害の発生が問題となる地域が少なくないということは、何ら原告らの被害を軽視する事情とはなりえないものというほかはなく、また後記のような被告の責任を減免する理由ともなりえないのである。
第三違法性
一右のとおり原告らの受ける被害が甚大であると認定されるので、進んで原告ら主張の民法七〇九条、国家賠償法二条一項または原判決の適用した同法一条一項のいずれかに該当する事由があるか否につき考察するために、先ず、これまでの空港拡張の経過とこれに関する被告の対策、公共性などについて、さらに検討する。
二空港拡張の経過について
1 まず、本件空港拡張の経過とこれに対する地元住民・自治体の動向とをみるに、<証拠>によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件空港拡張の経過
(1) 昭和二六年一〇月、米軍管理下において、民間航空の運航が開始された。
(2) その後大阪商工会議所をはじめとする関西財界から阪神国際空港設置の要望がなされていたが、昭和三二年四月米極東軍司令官が伊丹基地(本件空港)の早期接収解除全面返還を声明したので、同年九月運輸省航空局は大阪空港整備計画を決定し、その予算化が阻まれると、昭和三三年二月大阪府、大阪市、大阪商工会議所、兵庫県、神戸市、神戸商工会議所の六者団体は、本件空港拡張用地買収費六億円を国に代わつて立替拠出することを決定して、国に対し本件空港の拡張と国際空港指定を強く求め、その結果、同年八月、運輸省は公式に一万フィートの滑走路新設を骨子とする拡張整備計画案を地元自治体に通知するに至つた。
(3) その間の昭和三三年三月一八日、正式に伊丹基地は日本政府に全面返還され、大阪空港として、国の維持するところとなつた。同年九月右六者団体の構成員により社団法人伊丹空港協会が結成され、国のための空港拡張用地の買収業務や拡張についての宣伝活動、地元自治体に対する政治工作を行なうこととなつた。
(4) 昭和三四年七月三日、国は、空港整備法に基づき本件空港を第一種空港に指定し、名称を大阪国際空港とした。
(5) 昭和三五年四月、国際線の乗入れが始まり、その後毎年発着機数が増加するとともに、機種も四発大型プロペラ機が多用されるようになつた。
(6) その後暫く地元自治体の反対等により伊丹空港協会の拡張業務は進捗を見なかつたが、後記のとおり、豊中市および伊丹市の拡張賛成が得られるに及んで、昭和三七年一一月頃から同協会によつて本格的に用地買収が開始された。
(7) 昭和三九年六月一日、現在のA滑走路にジェット機の乗入れが開始された。当初の機種は、大型四発ジェット機のコンベア八八〇、中型三発ジェット機のボーイング七二七―一〇〇であり、その後次第に機種を増し、また全発着機のうちでジェット機の占める割合が急激に増加したことは、前記認定のとおりである。
(8) 昭和三九年末頃には、国は一部未買収地を残したまま拡張工事に着手し、未買収地についても、土地収用手続に着手した後、昭和四一年一二月に成立した後記の覚書に基づいて任意の引渡を受けて、工事を完成させた。
(9) 昭和四五年二月五日B滑走路の供用が開始された。その後昭和四七年頃までは一段と発着回数も増え、ジェット化も進行したことも、さきに認定したとおりである。
(二) 地元住民・自治体の動向
(1) 米軍接収当時にあつた基地拡張計画に対して伊丹飛行場拡張反対期成同盟を結成していた伊丹、豊中、池田の地元三市は、基地返還発表後における運輸省の前記大阪空港整備計画に対しても、当初、拡張絶対反対の態度をもつて、運輸省に対するその旨の陳情等を行なつていたが、その後前記空港協会の働きかけ等によつて、次第に各別に条件付賛成の方向へ転換し、その条件を提示することとなつた。すなわち、伊丹市は昭和三三年一一月「大阪国際空港拡張に伴う公害補償要請に関する請願書」(甲第四一号証)を、豊中市は昭和三四年三月「大阪空港拡張整備計画に関する補償要望書」(甲第九二号証)をそれぞれ運輸省に提出したが、これら請願書および要望書においては、用地買収に対する完全な補償、買収に伴う道路、用水路等に対する措置を求めたほか、航空機運行の増加とくにジェット機就航によつてもたらされる騒音、振動等による被害の増大を指摘し、学校、病院等における防音装置の設置、一般民家等に被害が生じた場合の補償、その他市民生活の弊害除去の措置等を要求していた。
(2) 他方、東京国際空港には昭和三四年一〇月から民間ジェット機(当初、ボーイング七〇七)が就航したが、それ以前から軍用機の騒音に悩まされていた同空港周辺の住民は、羽田飛行場爆音対策協議会を結成して運輸省に対し、陸岸部上空の飛行禁止、夜間の飛行禁止等を含む騒音対策を要求するに至り、運輸省は、昭和三五年一二月、空港長を委員長とする東京国際空港騒音対策委員会を設置して対策を検討し、航空会社に対し飛行径路の指導を行なうほか、昭和三七年一二月には、閣議了解に基づき、午後一一時から翌日午前六時までのジェット機の発着を禁止することとした。
(3) 伊丹空港協会の音響調査委員会は、東京国際空港周辺での騒音測定資料等に基づき、昭和三五年七月「大阪国際空港拡張整備に伴う騒音対策について」と題する騒音調査報告書(甲第九三号証)を作成した。これは、ジェット機就航後に明らかとなつた騒音の実態からみれば、民間商業用ジェット機の騒音を過少評価していたと評されてもやむをえないものであるが、それでも、空港滑走路先端から三キロメートル以内にある学校については防音工事の必要があることを指摘していた。
(4) 豊中市等の再三の陳情にかかわらず、運輸省および文部省は、法的根拠がないことを理由に、学校防音工事を国が行なうことを承諾しなかつたが、伊丹空港協会において、豊中、伊丹両市に対し小学校防音工事費の一部をとりあえず負担し、その他の要望事項についても補償の用意がある旨を申し入れるに至つたので、両市は、これを条件として用地買収および拡張工事に着手することを認めることとなつた。すなわち、昭和三六年一二月豊中市と伊丹空港協会との間において、「大阪国際空港拡張に伴う協定書」を作成して、同協会は、豊中市の原田小学校ほか二校の改築・防音工事費を二億五、〇〇〇万円を限度として負担すること、それ以外の学校についても、引き続き行なう調査の結果に基づき補償を要すると認めた場合または空港拡張後に特損法に定める基準を上廻つて公害を生じた場合は同協会の責任において措置すること、一般民家および工場その他の施設についても同様とすることなどを合意し、また、昭和三七年四月、伊丹市と伊丹空港協会との間において「大阪国際空港拡張整備にともなう協定書」を作成して、同協会は伊丹市の神津小学校の改築・防音工事費として二億五、〇〇〇万円を負担すること、空港拡張に伴う公害を補償するため同協会は伊丹市とともに騒音防止に関する法令等の制定に努力し、その実現を図ることなどを合意した(もつとも、同協会は、次に述べる用地買収に協力した後は活動を事実上休止し、右各協定書による将来の公害対策等は履行していない)。
(5) そこで、伊丹空港協会は用地買収に着手し、拡張予定地の大半について任意買収を終えたが、勝部地区の一部住民がその所有地四万坪弱について任意買収に応じなかつたので、国は、昭和四〇年一月大阪府収用委員会に右土地の収用裁決申請をし、昭和四一年三月収用裁決を得、これに対し、住民五二名は、裁決取消請求の訴を提起し、全日本農民組合勝部支部として収用反対運動を展開し、国が同年一〇月収用の代執行を申請するや、現地に団結小屋を建て、実力による阻止の気勢を示した。しかし、豊中市長の斡旋により折衝が行なわれた結果、同年一二月二一日、住民代表、全日本農民組合大阪府連合会会長、運輸省航空局長、大阪府知事、豊中市長の間で覚書(甲第一二二号証)を作成して、紛争を解決することとなつた。右覚書は、公害対策に最も重点を置いたものであつて、全日本農民組合は、本件空港による公害について運輸省の態度がきわめて冷淡であり、何らの対策がとられていないとして、公害対策の確立を主張し、国際空港の移転、現在よりうるさいジェット機を発着させないこと、夜間飛行の禁止、防音装置をした勉強部屋および公民館を作ること、屋根瓦・壁の修理、テレビ・ラジオの聴視料の減免等を要求し、運輸省は、これをうけて、本件空港を含む民間空港の公害対策につき、従来積極的な施策をとりえなかつたことを遺憾とし、今後は立法措置を含めて積極的に取り組む所存であるとの意思を表明し、住民側の要求の一部の項目について具体化を約し、さらに今後とも公害対策について話合いに積極的に応ずる準備があるとし、勝部地区の関係農民はこのような関係機関の方針を確認して、土地の明渡と訴訟の取下に同意するという内容のものであつた。
(6) その間の昭和三九年六月ジェット機が就航し騒音が激化したことは前記のとおりであるが、昭和三九年一〇月一六日、伊丹、尼崎、川西、宝塚、西宮、豊中、池田、箕面の八市は、大阪国際空港騒音対策協議会(いわゆる八市協)を設立した。同協議会は、総合的に各市間の連絡をとりつつ、騒音の調査および資料の収集、騒音防止対策の立案とその促進、騒音防止およびその対策に関する法制化の促進、等をその事業として行なうことを定め、具体的には関西都市騒音対策委員会に委託して昭和四〇年四月に騒音量の測定をし、また同年一〇月に住民に対するアンケートによる航空機騒音の影響調査をしたのを初め、騒音防止法の早期制定、夜間飛行の禁止、大型機の就航規制などを求めて、運輸省その他国の関係機関に陳情、要請をくり返し、昭和四二年八月一日公共用飛行場周辺における航空機騒音による障害の防止等に関する法律(以下、「航空機騒音防止法」という)が公布、施行された後は、同法が住民の期待にそわないものとしてその充実、強化を強く要請し、同法による補償・助成対策の予算の大幅増額、その他、夜間飛行の禁止、ジェット機の運航回数の規制、環境基準の早期設定等を要求し、さらにB滑走路使用に備えて増便・臨時便・新機種乗入れの規制をも要望して、活発な運動を展開した。そして、B滑走路の使用開始により騒音の影響する地域が拡大したことから、昭和四六年五月三一日新たに芦屋・大阪・吹田の三市が右協議会に加盟した(いわゆる十一市協)。
(7) 川西市の住民の間においては、昭和三九年八月二五日、同市南部地区一三自治会五、〇〇〇世帯による川西市南部地区騒音対策協議会(間もなく川西市南部地区飛行場対策協議会と改称)が結成され、活動目標を飛行場の移転、公共施設の防音設備の完全実施、住民への損害賠償、テレビ受信料不払の四点に置き、運輸大臣、空港当局等に対する陳情等をくり返し、被害の実情についての住民アンケート調査をも行なつた。また、高芝、摂代等各地区の自治会も、住民大会や、老人会、婦人会の活動を通して、右協議会の活動目標のほか、夜間飛行の禁止、離着陸回数と機種の制限、移転補償区域の拡大、固定資産税の減免等の要求を掲げて、昭和四〇年頃から運輸省、空港長、兵庫県、川西市等に対する陳情、デモ、街頭での宣伝活動等を頻繁に行なつた。しかし、これらの運動を通じて、国による積極的な施策を期待しえないと判断した住民らは、昭和四三年初め頃から、訴訟を提起するほかはないと考えるようになり、高芝、摂代各自治会の訴訟提起の決議、他の自治会の訴訟支援の決議等を経て、昭和四四年一二月、原告二八名による本件第一次訴訟が提起され、さらに昭和四六年六月原告一二六名による本件第二次訴訟が提起された。
(8) 勝部地区住民の拡張用地買収に対する反対は、騒音被害の増大の懸念を一つの理由とするものであつたが、前記覚書調印後は、豊中市の住民は、右覚書を前提にして、公害対策の履行を求めて、運輸省、大阪航空局等に対し頻繁に交渉、抗議をくり返した。そして、昭和四四年一〇月、本件原告らの各居住地域の自治会を含む豊中市内二一自治会五、〇〇〇世帯が参加して豊中地区航空機騒音公害対策連合会を結成し、新設滑走路供用開始による騒音被害に対する措置の明示、夜間飛行禁止、一般住宅の防音工事、老人、病人、妊産婦等の保護・入院等の要求を掲げ、署名運動とアンケート調査をしたうえ、運輸大臣、環境庁長官、大阪航空局長、空港長、大阪府知事等に対する陳情を行ない、昭和四六年八月には訴訟団を結成したうえ、同年一一月原告一二二名による本件第三次訴訟を提起した。
(9) 伊丹市は、昭和四六年四月一日に公布した伊丹市環境保全条例において航空機騒音による公害防止のための義務を市長と航空運送事業者とに課し、同年一一月から一二月にかけて市内で航空機騒音実態調査を行なつたうえ、昭和四七年三月二五日右条例に基づく航空機騒音にかかる環境基準の原案を作成し、同年四月には、騒音規制の違反に対し、運輸省の測定塔とは別に、市独自の監視体制を設けた。
2 右のような本件空港拡張の経過において、被告が地元住民・自治体の要請に対して従来とつてきた騒音対策の概要は、次のとおり付加・訂正するほか、原判決理由第五、三項の1ないし3(原判決二一三枚目裏五行目から二二三枚裏三行目まで)のとおりであるから、これを引用する。
(一) 右三項1(一)の末尾(二一六枚目表八行目の次)に、各騒音規制措置の不十分であることの説明の一例として次のとおり加入する。
「なお、被告の主張によれば、運輸省は、本件空港における航空機の総発着回数を、昭和四七年四月から一日四五〇回以内、うちジェット機二六〇回以内に、さらに昭和四九年五月からは一日四一〇回以内、うちジェット機二四〇回以内に抑制しているというのであるが、<証拠>ならびに前記認定の離着陸機数を総合してみれば、右の一回目の発着回数の抑制は、環境庁長官の勧告に基づく前記三次規制の内容としてなされたものではなく、当時までの発着回数の実績の最高限度を維持し、それ以上の増便を事実上抑制したことを意味するにすぎず、また、二回目の回数抑制も、当時の発着実績をほぼ維持する程度のものにすぎないことが認められ、これをもつて騒音軽減に有効な措置とみることはできない。もつとも、三次規制における深夜時間帯の航行禁止の例外とされていた郵便輸送機が昭和四九年二月二八日以後廃止されたことは、前記のとおりである。」
(二) 三項1(二)騒音監視体制の末行(二一六枚目裏五行目)の「行つていること」の次に、「しかし、右騒音測定塔のうち久代小学校のもの以外のものの測定値については騒音規制値の定めがないため、規制の確実な実施には必ずしも十分ではなく、とくに着陸機については事実上違反の有無を確認しえないこと」と加入する。
(三) 三項2の終りから二行目(二一八枚目表六行目)の将来における防音効果の推測につき「一〇ないし二〇ホン程度」とあるのを「僅少なもの」と訂正する。
(四) 三項3(一)の末尾三行目(二一九枚目裏七行目から九行目まで)の、既設の防音工事によつて、教育施設等における航空機騒音が大幅に軽減されたとの判断に代えて、次のとおり加入する。
「しかし、これによつて学校においては航空機騒音による授業の阻害がまつたく除去されたとはいえないことは、前記第二、七1のとおりであり、病院等においても騒音の影響が完全に防止されたものとは認められない。」
(五) 三項3(三)の二段目(二二二枚目表八行目の次)の、移転補償制度が十分とはいい難いとの判断の次に、次のとおり加入する。
「ちなみに、<証拠>によれば、右移転補償については、昭和四五年度からその予算が計上されたが、同年中にその実現をみたものはなく、昭和四六年度にはじめて八件の移転が実現し、同年度から昭和四九年度までの移転補償実績は合計二二二件(世帯数)であるこことが認められる。」
(六) 三項3の空港周辺対策の判断の末尾(二二三枚目裏三行目の次)に次の項を加入する。
「(五) 民家防音工事の助成について
航空機騒音防止法には当初一般民家の防音工事については規定がなく、弁論の全趣旨によれば、昭和四八年までに被告の費用によつて防音工事がなされた例は、原告田中鯉三郎方等数戸における実験工事のみであり、同法改正後、後記大阪国際空港周辺整備機構を通じての助成による防音工事が開始されたのは昭和四九年一一月頃からであると認められる。」
3(一) 以上に認定した本件空港の拡張の経過、地元住民・自治体の動向と被告のとつてきた対策とを対比してみると、次のように指摘することができる。
(1) 本件空港拡張計画が立てられたことは、最初大阪府等六者団体の強い要望に基づくものであつたとはいえ、他面、その当時から地元自治体等より騒音被害の懸念が指摘されており、東京国際空港にジェット機が就航したときの経験からも、本件空港にジェット機を乗入れるときは騒音が相当の影響を周辺住民に及ぼすべきことは予測できたはずであるにかかわらず、被告は、その影響について十分な調査、検討を経ることなく、また、被害を防止、軽減する対策もなしに、本件空港にジェット機を発着させるに至つたものというほかはない。もつとも、その間伊丹空港協会が豊中・伊丹両市に、学校の防音工事費二億五、〇〇〇万円ずつを支出したが、以後は、同協会も、右両市に対して約した公害状況の調査、対策等を履行していないことは、前記のとおりである。
(2) 次にジェット機就航後B滑走路供用開始までの間においては、おそらくは八市協等本件空港周辺の自治体および住民らの運動に促されて、ようやく航空機騒音防止法の制定を見、これに基づく対策のうち教育施設等の防音工事助成と共同利用施設の整備助成とが比較的早くから実施されているのであるが、これらの助成は、防音効果自体は別としても、住民らの航空機騒音により日常被る多様な影響の一面を救済するにすぎないものであり、また、テレビ受信料の助成も、被害の一部に対する補償として評価することはできても、被害自体を軽減するものではない。なお、その間航空機の運航については一次規制を実施したとしているが、右規制がジェット機による深夜便の新設を予め防止するだけのものにすぎなかつたことも、前記のとおりである。
(3) B滑走路供用開始後においては、右各助成措置の継続のほか、遅ればせながら、移転補償も実施されはじめたが、前記のように制度上も限界があり、これまでの実績も十分なものではなかつたと認められる。また、運行面において、右供用開始当時から実施された二次規制もきわめて緩やかなものであり、それから二年余を経て実施された三次規制も、環境庁長官の勧告の一部を実施したにすぎないものであつて、離陸、上昇方式についての措置による若干の効果を加味しても被害防止対策として不徹底なものであつたとみるほかはない。対策の遅れということは、たとえば、空港の勝部地区に接する部分に防音壁および防音堤が建設されたのが、B滑走路供用開始後一年以上を経てからであるという事実からも指摘されうるところである。
(二) このようにみてくれば、被告は、本件空港の拡張、ジエット機の就航、発着機数の増加、大型化等が空港周辺の住民に及ぼすべき影響を慎重に調査し予測することなく、影響を全般的に防止・軽減すべき相当の対策をあらかじめ講ずることもしないまま、拡張等をしてきたものであり、その後を追つてなされた対策も昭和四八年頃まではきわめて不十分なものであつたとみられるのであつて、原告らより、対策を後廻しにしてまず航空機の利用増加を急いだものと責められてもやむをえないところと考えられる。航空機騒音防止法の判定および改正や、周辺対策のための予算の計上等に運輸省の担当官が従来も相当の尽力をしてきたことは認めるとしても、予算化の困難等は国の内部的問題であつて、住民に対する被告の責任を軽減する理由となるものではない。これを要するに、本件空港拡張の経過という面からみても、本訴請求の当否について被告に不利な判断がなされることはやむをえないところといわなければならない。
三今後の対策について
1 被告が現に実施しあるいはこれから実施しようとしていると主張する対策のうち、とくに重要なものは、音源対策としての新大型機(被告のいう低騒音大型航空機、以下、エアバスという)の導入とこれを前提とする運行回数の抑制、周辺対策としての民家防音工事と移転補償などであると解されるので、それらが損害回避の手段として有効、適切なものであるかどうかを検討する。
2 音源対策について
(一) エアバスの導入について
(1) 被告のいう低騒音大型航空機とは、国際民間航空機構(ICAO)の定めた騒音証明制度による国際基準に合格したものであつて、ボーイング七四七SR型機、ロッキードL一〇一一型機、ダクラスDC一〇型機などがあり、前二者はすでにわが国の国内線にも使用されていること、これらエアバスは一機あたりの輸送量が在来型機に比して著しく大きく、被告はこれを本件空港に発着する路線にも就航させることを希望しているが、地元自治体、住民の了解を得られないために実現しえないでいることは弁論の全趣旨に明らかである。
(2) エアバスの騒音軽減効果について、被告は、アメリカ合衆国連邦航空庁の公式資料により、ボーイング七四七、ロッキードL一〇一一とも、ダグラスDC八に比し一〇ホン以上の差があると主張するが、被告のいうように実際の飛行における騒音値はその時々の飛行状況によつて相当に変動幅のあるものであり、乙第一九三号証によつて認められる福岡空港周辺における測定値、<証拠>によつて認められる本件空港における試験飛行等の際の測定値等を対照すれば、エアバスが本件空港に発着する場合の原告ら居住地域における騒音低減の効果としては、被告の右主張どおりの効果を確実に収めることは必ずしも期待しがたく、ボーイング七四七、ロッキードL一〇一一とも、ダグラスDC八に比し数ホン程度の低減にとどまる可能性があると考えられる。そうだとすると、現行の大型ジェット機をエアバスに代えたとしても、原告ら居住地域においては依然九〇ホン前後ないしそれ以上の騒音に暴露されるのを免れないこととなる。
(3) 超大型機であるエアバスの燃料消費量および排気量が著しく大きいことは、容易に推測されるところ、<証拠>によれば、ボーイング七四七の一機あたりの排出汚染物質の量は、ダクラスDC八に比し、一酸化炭素はやや少なく、炭化水素はかなり少ないが、窒素酸化物は四倍以上であり、アルデヒド類も多いことが認められる。
(4) エアバスがその設計上の高度の安全性を誇り、また、統計上も従来の事故発生率が低かつたとしても、事故発生の危険性が絶無ではありえず、いつたん事故が起きた場合に地上に及ぼす被害も在来型機に比していつそう大きいであろうことは容易に推測され、この点の原告らの懸念を杞憂とするわけにはいかない。また、このような大型機が頭上を低空で飛行する場合に受ける威圧感も無視しがたいものと推測される。
(5) そうしてみれば、エアバスの導入によりある程度の騒音低減の効果を期待できるとしても、なお、原告ら指摘のような難点を否定し去ることはできないのであり、被告のすべての主張立証をもつてしても、エアバスが有効な対策であることについて、今直ちに原告らに対する十分の説得力を有しないことも、やむをえないところである。
(二) 運行回数の抑制について
(1) 現在までに被告が本件空港における発着回数を一日四一〇回以下(うちジェット機二四〇回以下)とする制限わくを設け、さらに基本ダイヤにおける一日平均の総発着回数を昭和五〇年二月の三八九回(うちジェット機二三五回)から同年三月にはプロペラ機一二回を、同年四月にはさらにジェット機四回を順次削減していることは、前記二、2(一)および第一の二認定のとおりである。そして、被告は、エアバスを導入した暁には、一日の総発着回数の制限わくを三七〇回(うちジェット機二〇〇回)とし、とくに午後九時以降については現行の国内線七回を五回に減ずるというのである。
(2) 右の回数制限の計画は、当面、もつぱらジェット機の運行回数を減じ、かつ、残りのジェット機の一部をエアバスに代えるというものであることは明らかであるが、将来にわたつての右の制限わく内における機種別の比率、たとえば現行の大型ジェット機がどの程度存続するのかなどは必ずしも明らかでなく、被告側の試算した資料にもエアバスを大量に使用しYS一一機を半減させているもの(乙第八二号証)があることや、YS一一機の生産が打ち切られていることなどから、いずれは現行のYS一一機がエアバスに代えられ、したがつてエアバスの導入が騒音の低減に必ずしもつながらないとする原告らの指摘にも、もつともな点があると思われる。
(3) 被告がエアバスの導入をもつて回数制限の前提とするのは、現在の輸送力を維持しうる範囲で減便を行なう趣旨であることが明らかであるが、前記認定の被害拡大の経過に徴すれば、エアバスの導入とは切り離して、輸送力の低減をも辞さない減便計画を示すのでなければ、地元自治体・住民の信頼を得られないということも、やむをえないところと考えられる。しかし、仮りに、地元の了解を得て被告の計画を実現しえたとしても、被害の軽減に顕著な効果を有するかどうかは、疑問の残るところである。
(三) なおそのほか、被告は、在来のボーイング七二七および同七三七のエンジンの低騒音化改修を逐次実施中であるというが、これによつて原告ら居住地域における騒音が被告主張のとおり減少することの確証はない。また、運行方法の改良としてあげる措置のうち、一部実施中であるという急上昇方式が原告ら居住地城にどの程度の効果を及ぼすかは明らかでなく、二段階着陸方式やジェット機についてのカットバック方式などは、いまだ実施の時期も明らかでないので、これを考慮に入れることはできない。
したがつて、以上のような音源対策をすべて総合しても、総騒音量においてWECPNL七ないし一〇の低減が可能であるとする被告の計算がそのとおりに実現されうる否かについては、確実な見通しを得るに至らないものというべきである。
3 周辺対策について
(一) 航空機騒音防止法の一部改正法(昭和四九年法律第八号)が昭和四九年三月二八日施行され、これに基づき本件空港についての周辺整備計画等の実施主体として大阪国際空港周辺整備機構(以下、整備機構という)が、政府、大阪府および兵庫県の出資による資本金一〇億円をもつて同年四月一九日設立されたこと、同機構は固有事業として空港周辺整備計画に基づく周辺の緩衝緑地化や再開発事業、代替地・代替共同住宅等の確保の事業を行なうほか、空港設置者の委託を受けて同法九条による移転補償事務を代行し、またその他の事業として同法八条の二による民家防音工事助成の実施事務をも行なうものであることが明らかである。そして、<証拠>によれば、同機構の昭和四九年度の事業実績は、総事業費額で一一一億円であり、昭和五〇年度の総事業予算額は二三七億円余であり、これに対する国の財政援助は、昭和五〇年までの固有事業費総額(予算額)二二八億円余に対し、政府補助金一四億八、三〇〇万円、無利子貸付金四五億四、五〇〇万円、特別転貸債(財政投融資)七一億六、〇〇〇万円となつていることが認められる。なお、そのほか、運輸省の直轄事業として、前記教育施設等の防音工事の助成、共同利用施設の整備助成が昭和五〇年度も引き続き行なわれていることは、乙第二〇六号証、第二〇八号証によつて明らかである。
(二) 民家防音工事助成について
(1) 右のとおり、民家防音工事の助成は、整備機構を通じて行なわれるものであり、<証拠>によれば、右助成は、運輸大臣が航空機騒音防止法に基づいて指定した第一種区域(ほぼWECPNL八五以上の地域であつて、原告ら居住地域のすべてを含む)内の住宅において、老人、病人などとくに静穏を必要とする者がいる世帯を優先し、家族数に応じて一室ないし二室について実施し、あわせて空気調節(冷暖房)工事をも行なうというのである。そして、乙第一一二号証、第二一二号証によれば、昭和四九年度においては、申込受理件数一、二四五世帯のうち原告らの一部を含む四五七世帯について工事が完了しており、昭和五〇年度においては予算五三億円をもつて約三、二〇〇世帯につき助成を行なう計画であることが認められる。
(2) しかし、前記第一、四(四)のとおりWECPNL八五の範囲における居住者は少なくとも三万三、二〇〇世帯に上るのであるから、右の防音工事が計画どおり進抄したと仮定しても、移転する者を除く全世帯について工事が完了するまでには少なくとも数年を要することが明らかである。しかも、木造家屋の一部のみに防音工事をした場合に常に所期の減音効果をあげることができるかどうかは疑問であるが、仮りに被告主張のように防音工事をした部屋を密閉した場合に二〇ホン以上の減音効果があるとしても、数名の家族が常時一室ないし二室に起居することが不可能なことは明らかであり、老人や病人については、夏期など密閉した部屋に生活するときは冷房による悪影響も考えなければならないということも、肯ずけるところであつて、当審における原告本人平川利一郎の尋問の結果および検証(第一回)の結果によつても、この程度の防音工事は、家庭における生活全般の被害を緩和するには十分でないものと認められる。したがつて、本件防音工事も原告らの被害の防止の抜本的な対策たりうるものではなく、差し当りの応急的措置の域を出ないものというほかはない。
(三) 移転補償について
(1) 前記のとおり、移転補償は、昭和四六年から徐々に行なわれ、昭和四九年度までに二二二件の実現をみており、整備機構の設立後はその委託事業として行なわれているものである。そして、<証拠>によれば、航空機騒音防止法の前記改正に伴い、移転補償の対象区域も拡大されて、運輸大臣が同法に基づき指定した第二種区域(おおむねWECPNL九〇以上の地域)とされ、B滑走路末端から川西市側へ二、〇〇〇メートル、豊中市側へ四、〇〇〇メートルにまで及ぶものとされていることが認められ、乙第二一七号証によれば、昭和五〇年においては、予算六一億円をもつて二一四件(買入土地6.4ヘクタール)の移転補償を行なう計画であることが認められる。
(2) 移転補償が、これを希望する者にとつて、被害回避の根本的な方策であることは明らかである。しかしこれに対する原告らの不満は、元来この土地に永住の希望であつたに拘わらず己むなく移転することに加えて、補償価格にあるところ、右価格は、一般の公共用地の取得の場合と同様、公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱に従い、近傍類似の土地の価格に基づいて算定するものであるというのであるが、右価格が他の地域に同等の土地を通常の取引によつて取得するのに足りる金額であることは認められず、当審における原告本人布村美芳および同田辺忠雄の各尋問の結果によれば、補償価格をもつて交通その他の利便が従前と劣らない土地を購入することは困難であるばかりか、場合によつては建ぺい率の関係で従前と等しい建物を建築するためにはより大きな面積の土地を取得しなければならないという事情もあつて、すでに移転した者は、多額の出費を自ら負担していることが認められる。
(3) これに関連して、被告は、良好な移転先を確保するため、整備機構が代替地の取得、造成を行なつており、昭和四九年度末において、用地面積七万〇、八二五平方メートルの代替地および代替地造成用地を確保しており、そのうち四万三、六九七平方メートル、二〇八区画を造成ずみであることを主張するが、代替地を低廉な価格で分譲しうるか否かは措くとしても、乙第二一八号証によれば、現在までに取得した代替地用地はおおむね本件空港周辺よりも交通その他の生活上の利便の劣る所にあるものと推測され、これをもつてどの程度移転者の満足を得られるものか明らかでなく、また、将来にわたつて必要とされる量の土地を取得できるかどうかの見通しも明らかにされていないのである。
(4) また、これら移転補償はこれまで主として土地を自ら所有している者に対してなされており、対象地域内の居住者でも、借地人や借家人については移転補償はほとんど進展をみていないし、その移転先確保のための共同住宅建設事業もいまだ着手されていないことが弁論の全趣旨から明らかである。
(5) 前記のとおり、WECPNL九〇以上の地域内の住民の数は約一万二、五〇〇世帯にのぼるのであるから、その全部を移転させることはきわめて困難であると考えられるし、また、前記の経過で住民に対する影響を拡大してきた本件空港について住民に対し、種々の生活上の不便を忍び住み馴れた土地への愛着を絶ち切つてまで他へ移転するように強いることはできない筋合である。しかも、一部の希望者のみを移転させた結果は、前記のように、残存者の居住境環をいつそう悪化させるという二次的な影響をもたらしているのである。そもそも住民の側にとつてみれば、関西新空港問題とも関連して、本件空港を将来にわたつてどの程度の規模で存続するのかが明らかにされ、それを前提として空港周辺の土地利用計画が示されるのでなければ、補償を得て移転すべきか、それとも防音工事等をして騒音に耐えつつ現在地に居住を続けるかの選択に迷うことも考えられる。
(6) このように考えれば、移転補償も、現在の段階においては、損害回避の抜本的な対策として有効なものと評価するには足りないものといわなければならない。
四公共性について
1 現代において、航空が、最も迅速な交通、運輸の機関として、社会的、経済的に重要な役割を果しており、国際間の輸送についてはもとより、わが国の国内においても少なくとも長距離輸送や離島間の輸送等に不可欠の手段であることは、疑いのないところであって、近年次第に一般化し増大してきたことの明らかな航空に対する需要は、将来にわたっても増加することこそあれ、減少することはないものと推定される。当事者双方は、航空の公共性について数多くの証拠を提出し、さらには今後の航空需要に影響すべき国の経済政策の当否までをも論じているが、これを一々検討するまでもなく、右のような航空の抽象的な公共性は容易に肯認されるとともに、それ以上に詳細な判断に立入る必要はないものと解される。現在の航空運送親企業による営利事業としてなされていること、現実の需要の相当部分に観光目的によるものないしは原告らのいうつくられた需要がありうることなどは、航空自体の公共性を否定する理由とするに足りないものというべきである。
2 次に本件空港の位置する京阪地区が首都圏に次ぐ人口稠密地帯であるとともに、西日本における経済、文化の中心をなし、したがつて首都圏とともに全国の交通の中枢となるべき地位にあることは明らかであるから、ここに相当規模の空港を設置、維持し、これを拠点とする航空路線網を設定することに、多大の必要性が存することは容易に首肯することができる。
そして、従来の本件空港の利用状況については、発着機数について先に認定したところのほか、原判決理由第五、二、2の記載(二〇九枚目裏末行の「甲第二三九号証」以下二一一枚目表九行目の「明らかである。」まで)を引用する。なお、乙第一〇五号証によれば、本件空港の昭和四八年中の年間乗降客数は、国際線一三二万二、〇〇〇人余、国内線一、〇六八万五、〇〇〇人であり、また本件空港に年間発着した国際貨物量は昭和四四年約四、四〇〇トン、同四六年約一万六、三〇〇トン、同四八年約二万六、二〇〇トンと急増してきたことが認められる。
そうしてみると、本件空港における航空機の発着に制限を加えることが、社会的、経済的に相当の支障をもたらすとする被告の主張も、一応は肯づけないものではない。
3 しかし、このような航空および本件空港の公共性を考えるにあたつては、そのもたらす社会的、経済的利益のみでなく、その反面に生ずる損失面をも考慮することを要するものと解すべきである。この見地に立つとき、本件空港に発着する航空機の騒音等による影響は前記第一の四、(四)認定のように広範囲にわたり、原告らを含む多数の住民に重大な被害を及ぼしているものと認められるのであり、しかも、以上に認定したとおり、被害に対する適切な措置もとられないままで経過してきたものとみられるのであるから、このような状況のもとにおいて、なお被害の発生を継続しつつ公共性を主張することには限度があるものとみなければならず、被害軽減のためには空港の利用制限によりある程度の不便が生ずることもやむをえないものとしなければならない。
五本件空港の設置・管理の瑕疵について
1 本件空港が国の営造物にあることは明らかである。ところで、さきに認定したとおり、本件空港は、多数の住民の居住する地域にきわめて接近して存在し、空港自体も狭隘であつて、多数の大型機、ジェット機等を離着陸させることとによつて周辺住民に騒音等による甚大な影響を与えることは避けがたい状況にあるものと認められ、このような劣悪な立地条件にある本件空港について、ジェット機等の大量就航を前提にして拡張を計画し、国際空港に指定したこと自体にすでに無理があつたものというほかないのである。しかも、被告は、騒音等による被害発生の懸念を指摘されながら、これを防止するための適時の対策を講ずることなく、本件空港にジェット機を就航させ、発着機数を増加し、B滑走路を新設するなどして、影響を増大させて来たのであり、その後も対策が後れ勝ちのまま本件空港の供用を継続して原告らに被害を与え、今なおその抜本的な解消の見通しは得られないのである。
してみれば、本件空港は、その設置・管理に瑕疵があり、原告らの被害は右瑕疵によつて生じているものと認めるべきである。
2 国家賠償法二条一項にいう営造物の設置または管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいうことは被告主張のとおりであるが、ここにいう安全性とは、当該営造物の利用行為自体の安全性に限らず、利用者以外の第三者に対する安全性をも含むものと解すべきであつて、要するに営造物の通常備えるべき性質または設備を欠くため、人に損害を与える危険のあるような場合は安全性を欠くものというべきである。被告の援用する最高裁第一小法廷昭和四五年八月二〇日判決(民集二四巻九号一、二六八頁)は、道路上の運行そのものの安全に関し道路管理の瑕疵を認めた事案であるが、安全性をそのような場合にのみ限定する趣旨のものとは解されない。これを空港についていえば、その安全とは管制装置、保安施設等が整備され、当該空港に発着する航空機に墜落その他の事故の危険がないことのみを意味するものではなく、航空機の発着が空港周辺の住民にもたらす騒音その他の影響をも考慮しなければならないのであり、要するに当該営造物の利用によつて濫りに第三者に損害を与えてはならないとする見地から瑕疵の有無を定めなければならないものというべきである。
住民らに対する騒音等の影響の程度は、航空機運航の態様や周辺対策等にもかかわることではあるが、右のとおり本件空港は、立地条件自体がとくに劣悪あつて、これに大量のジェット機等を発着させるときは周辺の住民に甚大な影響を与えることは避けがたいところとみられるのであつて、このように本件空港設置の目的に従つた通常の利用が直ちは損害を発生させることになる以上、大量発着を予定する国際空港ないしは国内幹線空港として備えるべき性質を欠いているものというべく、これをもつて本件空港の設置自体の瑕疵ということができるし、このような状況において十分な対策を講じないまま大量発着を継続してきたことは、本件空港管理の瑕疵とも評価しうるのである。被告が、本件空港の周辺対策にその主張のような多額の費用を投じながら、なお被害軽減に十分な効果を挙げていないということも、右のような空港自体の瑕疵を裏書きするものということができる。したがつて、原告らの被害は本件空港の設置管理の瑕疵によつて生じているものとして、国家賠償法二条一項に該当するものと認めるのが相当である。
第四差止請求について
一差止請求の適法性について
(一) 原告らは、被告に対し、本件空港を毎日午後九時から翌日午前七時までの間一切の航空機の発着に使用させてはならない旨の請求をする。これに対し、被告は右請求を不適法として争うのであるが、その主張の骨子は、本件空港の設置者、管理者は、被告国ではなくて、運輸大臣であり、このような営造物の管理行為は公権力の行使、行政権の発動としてなされるものであつて、本件空港をいかなる態様で何人に使用させるかは運輸大臣がその権限の範囲内で自由な裁量によりこれを決すべきものであるところ、原告らの権利を侵害しているものは航空機ないし航空会社であつて、国もしくは運輸大臣ではなく、航空会社は本来何らの時間的制約なく空港を使用することができることになつており、本件差止請求が認容されると、運輸大臣は航空会社等に対し空港を一定時間内は使用させないための措置をとるという作為すなわち空港管理権の発動をしなければならないことになり、本件差止請求は単純な不作為請求とはいえないが、国には行為能力がないから、国に対し空港管理権と同一内容の行為を請求することはできず、また、民事訴訟をもつて、このように行政権の発動があつたのと同一内容の命令を司法裁判所をして発せしめることは、行政上の給付訴訟を許さないとする原則に反し、三権分立の建前にも反するものである、という趣旨に解される。
(二) しかし、被告の右主張はとることができない。すなわち、
(1) 本件空港の設置・管理の法的主体は国であり、運輸大臣は、行政組織上、国の機関としてその設置、管理にあたるものであることは、明らかである。そして、公共用飛行場の設置は元来私経済上の事業としてもなされうることがらであり、国が公益的目的から自ら飛行場を設置した場合にその利用関係にある程度公法的規律が加えられ、飛行場利用者に対する関係において管理者たる運輸大臣の管理行為に行政権の行使たる側面が見られるとしても、飛行場の設置、管理が利用者以外の第三者との関係を含めて全面的に公権力の行使となるものと解する必要はない。本件差止請求は、国が事業主体である本件空港の設置、管理上の瑕疵ないしその供用によつて生じている事実状態が、その周辺の住民である原告らの私法上の権利を侵害しているとして、その侵害状態の排除を求めるものであつて、このような場合における国と原告らとの関係をもつぱら私法上の関係として把握し、原告らの請求を私法上の請求権の行使と解することに、何らの妨げはないというべきである。
(2) 騒音、排気ガス、振動等を発するものが航空機ないし航空会社等であるとしても、それが原告らの権利の侵害となるのは、もつぱら本件空港に航空機が離着陸する結果なのであり、被告がその管理主体として、本件空港の供用による公害の発生を防止すべき義務を負うことはいうをまたないところであるから、右侵害を除去するためには、被告において、原告ら主張の時間帯の間本件空港を航空機の離着陸に使用させることを止めるべく、かつ、それをもつて足りるのである。そして、その実現のために空港管理者たる運輸大臣のとるべき具体的措置が、空港管理規則の制定変更によるか、個別的処分によるか、あるいは現に行なつているという行政指導の方法によるかは問うところではなく、もとより、判決において具体的な履行方法を特定することも必要でない。したがつて、本件差止請求は、運輸大臣の特定の行政処分を求めるものではなく、被告に対し不作為を求める私法上の請求であることは明らかであり、なお、被告の行為能力の有無とも関係のないことというべきである。
(3) 空港をいかなる態様で何人に使用させるかは、第一次的には空港管理権者の合目的的判断に基づく自由裁量をもつて定められるべきことであるとしても、本件は、運輸大臣の管理下における本件空港の供用が第三者である原告らの権利を侵害することを問題にするものであつて、空港利用者に対する運輸大臣の自由裁量権とは関係がなく、裁判所に侵害の救済を求めうることは当然といわなければならない。この場合において、裁判所が空港の使用に規制を加えるのは、侵害および差止請求権の存否に関する法律的判断に基づき、あるいはせいぜい救済のため必要かつ適切か否かの私法的見地による利益衡量に基づいて行なうのであつて、行政目的に即した裁量的判断を行政庁に代わつて行なうわけではないから、司法裁判所が行政権の行使に濫り介入するという非難はあたらず、三権分立の建前に反する事態が生ずる余地はないのである。
(4) 被告の主張によれば、本件の原告らのように国の営造物の利用者以外の第三者は、その設置・管理ないし供用行為により損害を被る場合にも、運輸大臣による空港管理規則の制定変更その他の処分ないしはその不作為に対して抗告訴訟を提起する適格は認められないものと解されるが、このような場合に、行政権の行使が前提となつていることを理由に民事訴訟の提起をも認めないとするならば、裁判上の救済を受ける途は閉ざされることになる。しかし、行政の独自性を強調し、このかうな損害の防止もしくは救済も行政権の自律的判断にまつほかはないものとして、裁判所による救済を否定することは、憲法の趣旨にも悖る不当な結論といわなければならない。
(三) なお、被告は、午後一〇時から翌日午前七時までの間の差止めについてはすでに行政上の措置をもつて対処されているから、原告らの訴は利益を欠く旨をも主張するが、右の措置は、法的拘束力のないいわゆる行政指導によるものであり、被告においても随時変更しうるものであるうえ、被告が右時間帯の発着の必要性をも主張して、原告らの請求の当否を争つている弁論の全趣旨に照らせば、原告らが右時間帯の発着の禁止を命ずる判決を求める利益があることは明らかであつて、被告の右主張も失当である。
二前記のとおり、本件においては、国家賠償法二条一項に該当する侵害行為が認定されるのであるから、当然侵害の対象となる権利の本質およびこれに基づく差止請求の許否を考察しなければならない。
1 原告らは、本件の被害をもつて、人格権ないし環境権の侵害であると主張し、これらの権利に基づき、被告に対し、本件空港における航空機の一定時間内における発着の禁止を請求する。
ところで、原告らは、原告ら各人についてすでに被害が発生していることを主張しており、他方、原告らの主張によつても、環境権の意義は、被害が各個人に現実化する以前において環境汚染を排除し、もつて人格権の外延を守ることにあるというのであるから、判断の順序としては、まず人格権に基づく主張の当否を判断すべきものと解される。
2 およそ、個人の生命・身体の安全、精神的自由は、人間の存在に最も基本的なことがらであつて、法律上絶対的に保護されるべきものであることは疑いがなく、また、人間として生存する以上、平隠、自由で人間たる尊厳にふさわしい生活を営むことも、最大限度尊重されるべきものであつて、憲法一三条はその趣旨に立脚するものであり、同二五条も反面からこれを裏付けているものと解することができる。このような、個人の生命、身体、精神および生活に関する利益は、各人の人格に本質的なものであつて、その総体を人格権ということができ、このような人格権は何人もみだりにこれを侵害することは許されず、その侵害に対してはこれを排除する権能が認められなければならない。すなわち、人は、疾病をもたらす等の身体侵害行為に対してはもとより、著しい精神的苦痛を被らせあるいは著しい生活上の妨害を来す行為に対しても、その侵害行為の排除を求めることができ、また、その被害が現実化していなくともその危険が切迫している場合には、あらかじめ侵害行為の禁止を求めることができるものと解すべきであつて、このような人格権に基づく妨害排除および妨害予防請求権が私法上の差止請求の根拠となりうるものということができる。
被告は、このような差止請求の根拠としての人格権には実定法上の根拠を欠くと主張するが、右のとおり人格権の内容をなす利益は人間として生存する以上当然に認められるべき本質的なものであつて、これを権利として構成するのに何らの妨げはなく、実定法の規定をまたなくとも当然に承認されるべき基本的権利であるというべきである。また、従来人格権の語をもつて名誉、肖像、プライバシーあるいは著作権等の保護が論ぜられることが多かつたとしても、それは、人格的利益のそのような面について、他人の行為の自由との牴触およびその調整がとくに問題とされることが多かつたことを意味するにすぎず、より根源的な人格的利用益をも総合して、人格権を構成することには、何ら支障とならないものと解される。もつとも、人格権の外延をただちに抽象的、一義的に確定することが困難であるとしても、少なくとも前記のような基本的な法益をその内容とするものとして人格権の概念を把握することができ、他方このような法益に対する侵害は物権的請求権をもつてしては救済を完了しえない場合があることも否定しがたく、差止請求の根拠として人格権を承認する実益も認められるのであつて、学説による体系化、類型化をまたなくてはこれを裁判上採用しえないとする被告の主張は、とりえないところである。
3 これを本件についてみるに、前記のとおり、本件空港の供用によつて生ずる航空機の騒音等は、原告ら全員に著しい精神的苦痛と生活妨害をもたらし、さらに身体被害をも一部の者にはすでに与え、他の者をも同様の危険に暴しているものと認められるのであるから、原告らの人格権は侵害されているものというべきである。そして、その被害の重大性を考えるならば、その救済のためには、過去の損害の賠償を命ずるだけでは不十分であつて、差止めの問題を十分検討しなければならない。
三差止め許容の範囲
1 本件空港の供用に対する差止請求が全面的もしくは昼間より夕刻にかけての相当長時間にわたるものであれば、当然いわゆる利益衡量の上での重大な問題が避けられないところである。
しかし、先に判断したとおり、本件航空機騒音による被害が深刻かつ重大で広範囲にわたるものであり、被告においても、相当に解決のための対策をとつて来たしても、なおかつ結果的には被害の大巾な緩和を見るに至らず、公害防止の義務を尽くしたものといえないのである。一方、原告本人らの陳述によれば、本件につき、原告らとしては、午後八時以後の差止めを求める動きもあつたが、最終的には午後九時以後の最小限の請求に止めたというのであつて、当審第二回検証の当日原告芝原ハル方における夜間検証の終了に際し原告代理人より、「午前七時より午後九時までの飛行は歯を喰いしばつても我慢するから、午後九時以後の差止めを認容されたい。」との陳述があつたが、当裁判所はこの短い言葉の内に、本訴提起以来弁論終結に至るまでの原告らのすべての訴訟活動を通じての、午後九時以降一時間の差止めを求める切実な願いがこめられているとの感を深くするのである。このように考えると、B滑走路の開設とジェット機大巾就航以来でも五年半以上を経過し、その間ほとんど連日の午前七時より夜間にかけての飛行が今後にもわたつて相当長年月の間継続されることが必至であり、とくに午後九時から一〇時までが、一般に家庭における団らんや休息、読書、思索等の時間であり、人によつてはすでに就寝の時間でもあつて、誰しもその静穏を求めるのは当然のことであるだけに、当裁判所は、原審が認容した夜間飛行はもちろん、午後九時以降一時間の飛行の差止を求める申立を不当として却ける理由を見出すことはとうていできないのである。
2 原告らの差止を求める時間帯のうち午後一〇時以降翌日午前七時までの発着は、現在でも被告自らこれを規制して、まつたくなされていないのであるが、この規制によつて重大な損害が生じていることは認められない。これに反し、被告は午後九時以降の一時間における一切の発着禁止はまつたく不可能であると主張し、そお理由として、昼夜を通じ本件空港に発着する航空機に対する需要がきわめて大きく、とくに右一時間の便に対しては日帰り業務等のための旅客需要が大きいこと、国内航空貨物とくに郵便の輸送の必要性、到着国際線については出発地、寄港地の時間調整や接続便などの関係から時間くり上げが不可能であること、諸外国にも午後九時からの規制は例がなく、本件空港における午後一〇時以降の発着規制に対してすでに国際航空運送協会から抗議を受けていること、などを挙げている。
もちろん、右一時間の差止めを認めた場合、外国関係を含め、各方面に及ぶ重大な影響は十分推察しうるところである。しかし、どのように公共性が大きいからとて、本件空港の特殊性と、それに起因して周辺住民が一方的に受ける重大かつ広範囲にわたる被害を無視することはとうていできないのであつて、右時間帯の差止めを認容するほかなく、これによつて生ずる事態の収拾については、本来設置すべきでなかつた場所にB滑走路を設置し、被害の発生にかかわらず、ジェット機の就航をここまでひろげる結果を招いた被告に最大限の努力を期待せざるをえないのである。
3 なお、夜間の航空機の発着を禁止したとしても、人命の危難を避けるため緊急の必要がある場合など、緊急避難の要件を充す場合に、例外的に発着が許されることは当然であり、主文にもその旨を明示するのであるから、被告のこの点の懸念はあたらない。また、現用の機種と異なり、周辺住民に影響を及ぼす恐れのない低騒音の小型プロペラ機等が少数離着陸するような事態はなお許容されていると解する余地があるけれども、そのことは禁止違反の違法性の限界の問題として個別的に考えるほかなく、本判決において右時間帯の発着を一律に禁止することの妨げとなるものではないというべきである。
四1 原告近藤嶋恵はB滑走路供用開始後の昭和四五年六日に現住居に移転して来たものであるが、当審における同原告本人の供述によれば、同原告は、本件航空機騒音が問題とされている事情をよく知らず、仲介業者のすすめるまま、夫の勤務先に近い現住所を選び、事前に一度一五分間位下見をしただけで入居し、その後に騒音の激甚なことを知つたというのであり、現在の住宅事情のもとで適当な転居先を選択しうる余地が少なく、また、入居当時の現地の状況から考えても、入居をすすめる家屋所有者又は仲介人等が公害の状況をありのまま告げることも期待しがたいことであつてみれば、入居者が事前に十分の調査をしなかつたこともやむをえないところであるし、前記検証所見に照らしても、本件航空機騒音の実情は、地理に疎い者が僅か一五分程度の下見をすることによつては明らかに知ることはできず、居住してみてはじめて体得されるということも、十分理解できることである。他方、本件空港は、少なくとも米軍から返還され第一種空港に指定された当初から、すでに多数の住民の居住する地域に近接して存在し、その後さらに拡張されたものであり、本来が住宅地城である本件空港周辺地域には新たに入居して来る者も当然ありうるのであるから、被告は、周辺住民に対しては、その各個人の入居の先後を問わず、本件空港が先に存在したことによる優位を主張することはできず、住民の側がとくに公害問題を利用しようとするごとき意図をもつて接近したと認められる場合でないかぎり、いわゆる危険への接近の理論は適用がないものと解すべきである。したがつて、他の原告らについてと同様、原告近藤嶋恵についても、差止請求は認容されるべきである。
2 なお、原告高田キミについては、同訴訟代理人において同原告が死亡したことを自認しているので、実質はその相続人のために本訴を維持しているものと解されるが、相続人が現に本件被害地域内に居住しているか否かが明らかでなく、したがつて相続人について差止請求権の存在を肯定するに足りないので、同原告の差止請求中被告の控訴により当審の審判の対象たる部分(原告側の不服申立はない)は失当とするほかはない。
五以上のとおり、当裁判所は、原告らの人格権に基づく差止請求を認容するのであり、後記の損害賠償についても人格権侵害を根拠とすれば足りるものと解するので、原告らの主張の環境権理論の当否については判断しない。
第五損害賠償請求について
一原告らは、前記認定のとおり、本件航空機騒音等により、甚大な精神的苦痛をはじめ種々の生活上の被害や身体被害を含む多様な被害を被つているところ、これらの被害を一括して非財権上の損害として、その賠償を求めるのであり、要するにこれらの被害のすべてを斟酌総合して算定される慰藉料の支払を求めるものと解される。そして、これらの被害が国の営造物である本件空港の設置または管理の瑕疵によつて生じたものと解されることは前記のとおりであるから、国家賠償法二条一項により、被告は原告らに対し右損害を賠償すべきものである。なお、原告らの請求は、過去の損害に対する賠償と将来のそれに分かれているので、当審口頭弁論終結時を基として両者を区分して判断することとする。
二過去の損害賠償について
1 損害額の算定にあたつて考慮すべき事情は、原告らの被つている被害の重大性と、侵害の経過(従来の対策が不十分であつたことを含む)とである。ところで、被害の具体的な現われ方は、原告ら各人の生活状況等に応じて一様ではないが、各居住地域ごとにその住民らは騒音、排気ガス等に暴露されており、精神的苦痛、身体被害の危険性、生活妨害の主要な部分等は住民すべてに共通なものと解されるので、被害者側の個別的事情としては、居住地域および当該地城における居住期間を考慮すれば足り、その他の主観的事情は斟酌することを要しないものとするみが相当である。
2(一) 原告らの主張によつても、原告らのうちには、本件空港にジェット機が就航した昭和三九年六月より後に本件空港周辺地域に居住を始めた者が相当存在するが、原告本人らの陳述および陳述書を精査してみても、これらの原告がその後に騒音等の激化すべきことを予期し、もくはすでに激化しつつある状況を知りながら入居したものとは認められず、また、本件航空機騒音等の実情に照らし、入居当時にその実情を当然に認識すべかりしものとすることも相当でない。さらに、原告近藤嶋恵は、B滑走路供用開始後に現住居に入居したものではあるが、前記差止請求について判断したところと同様の理由により、損害賠償請求をも妨げられないものと解すべきであり、原告常洋子についても、<証拠>によれば、原告近藤嶋恵と同様の事情にあるものと認められる。したがつて、これらの原告についても、損害賠償請求権の存否またはその額を居住開始の時期によつて区別するのは相当でなく、ただ、後記のような算定方法により、本件空港周辺地域に現実に居住していた期間に対応する損害額を算定すれば足りるものというべきである。なお、原判決の物示のように航空機騒音防止法制定の前後によつて損害額を区別すべき理由は認められない。
(二) 本件の被害は、家庭における生活妨害がそのうちの相当部分を占めてはいるが、それのみではなく、個別的な人格権の侵害として把握されるものであるから、原判決のように損害額を世帯単位で定める理由は認められず、したがつて、また、原告ら各人について同一世帯中他に原告となつている者の有無や家庭における役割等は考慮する必要はなく、一律に損害額を定めるべきである。
3(一) 原告らの請求における損害額の算出は、
(イ) 川西側住民である第一次および第二次各訴訟の原告らについては、昭和四〇年一月一日から昭和四四年一二月三一日までの損害の内金五〇万円およびこれに対する年五分の割合の金員と、昭和四五年一月一日以降毎月一万円の割合の金員
(ロ) 豊中側住民である第三次訴訟の原告らについては、昭和四〇年一月一日から昭和四六年一二月二一日での損害の内金五〇万円およびこれに対する年五分の割合の金員と、昭和四七年一月一日以降毎月一万円の割合の金員
というのである。
(二) そこで、地域別の被害程度を前記認定の騒音測定値や離着陸回数等に基づいて検討すると、川西側の高芝、むつみ、摂代各地区においては、昭和四〇年当時すでに騒音量は甚大であり、その後機数の増加と大型化とにつれてさらに騒音量は増大し、B滑走路供用開始に至つて被害はいつそう深刻化し、現在まで同様の状態が継続しているものとみられる。また、豊中側のうち勝部、走井各地区においては、昭和四〇年当時から右と同様に騒音量は甚大であり、B滑走路供用開始後においては大型ジェット機が頭上を通過することがなくなつたため騒音レベルの最高値はやや低下したものの、機数のいつそうの増加もあり、さらに誘導路上にある航空機の長時間にわたる騒音や排気ガスの影響も加わつたため、被害はいつそう深刻化しているものとみられる。他方、豊中側のその他の地区についてみると、B滑走路供用開始前においは、騒音レベルの最高値が利倉地区では八五ホン、利倉東(山三を含む)、西町寿町各地区では一〇〇ホンであり、NNIはいずれも四五以上であつて、これら各地区における騒音の影響も無視しうるものではないが、他の前記各地区に比較すれば若干軽微なものであつたといえる。しかし、これらの各地区においても、B滑走路供用開始後は被害が重大深刻なものとなつていることは明らかである。したがつて、B滑走路供用開始後現在までについては、原告ら居住地区の全部を通じて被害はほぼ同程度とみるべく、損害額の算定にあたつて地域別に差等を設ける理由はないものというべきである。
(三) 右の判断に基づき、原告らの請求しうる損害の額は、昭和四〇年一月から昭和四五年一月まで、高芝・むつみ・摂代・勝部・走井各地区について一人あたり一か月八、〇〇〇円、利倉・利倉東・西町寿町各地区について一か月三、〇〇〇円の各割合、B滑走路供用開始の日の属する月である昭和四五年二月から本件口頭弁論終結の日の属する月である昭和五〇年五月まで全地区について一か月一万円の割合をもつて算定するのが相当であり(ただし、勝部・走井地区について、昭和四〇年一月から昭和四六年一二月までの分の合計額の五〇万円をもつて限度とする)、なお、高芝・むつみ・摂代各地区については昭和四四年一二月までの分の合計額に対し昭和四五年一月一日から、その他の各地区については昭和四六年一二月までの分の合計額に対し昭和四七年一月一日から、それぞれ民法所定年五分の割合の遅延損害金を付加すべきである。
また、右期間の途中でこれら各地区に転入しまたはここから転出した者については、転入した月の翌月からまたは転出した月の前月まで右の割合をもつて損害額を算定し、かつ、右と同様の遅延損害金を付加すべきである。
4(一) 原告本人らの陳述および陳述書、<証拠>によれば、別紙二第一ないし第三表記載の原告らは昭和四〇年一月より以前から現在まで引き続き本件被害地域に居住していること、別紙二第四表および第五表記載の原告らは、各表転入年月または転出年月欄記載の日に本件被害地域に転入しまた転出(死亡を含む)したものであることが認められる。<証拠>に照らし、実際の転入時と異なるものと認められる。
(二) 別紙二第五表記載のうち一審原告伊藤ハル、同原口ハルエ、同山内弘の各死亡および相続に関する事実は当事者間に争いがないから、各人の死亡時までの損害につき、その相続人らが相続分に従い賠償を求めることができる。
また、原告ら訴訟代理人は、原告池田亀太郎、同河原熊太郎、同古庄豊、同谷沢広作および同高田キミについては、本件控訴提起後に死亡したとし、その生前の損害の賠償(ただし、原告高田キミについては被告の控訴にかかる部分のみ)を求めるものであり、実質は相続人らのため請求する趣旨に解されるが、相続人らの氏名が明らかでないので被相続人の名をもつて判決をすべきものである。
(三) そうすると、全期間居住していた原告らの請求しうる金額は、高芝・むつみ・摂代各地区居住の別紙二第一表記載の原告らについて一一二万八、〇〇〇円および内金四八万円に対する昭和四五年一月一日から支払ずみまで年五分の割合の金員、勝部地区居住の別紙二第二表記載の原告らについて九一万円および内金五〇万円に対する昭和四七年一月一日から支払ずみまで年五分の割合の金員、利倉・利倉東・西町寿町各地区居住の別紙二第三表記載の原告らについては八二万三、〇〇〇円および内金四一万三、〇〇〇円に対する昭和四七年一月一日から支払ずみまで年五分の割合の金員となる。
また、途中転入者および転出者についての認容金額は、別紙二第四表および第五表の各損害額欄記載の金額ならびに遅延損害金元金欄記載の金額に対する第四表1ないし23第五表1ないし27各記載の原告らについては昭和四五年一月一日から、その余の右各表記載の原告らについては昭和四七年一月一日から、各支払ずみまで年五分の割合の金員である(ただし、原告高田キミについては同原告の不服申立がないので、原判決認容金額にとどまることとなる)。
三将来の損害賠償について
1 本件の将来請求は、将来における不法行為の成立および損害の発生を前提とするものではあるが、過去から現在まで長期間にわたり権利侵害の状態が継続している本件のような場合には、近い将来に侵害または損害の発生が止む蓋然性のあることが被告によつて立証されないかぎり、将来にわたつて同様の侵害状態および損害の発生が継続するものと推定すべきであり、したがつて請求権発生の基礎たる事実関係を現時において確定しうるものとして、請求を認容することができるものと解される。なお、将来発生すべき損害の程度等に一部不確実な事情があるとしても、確実に予測しうる範囲で損害賠償を命ずることは妨げられないものと解されるばかりでなく、これまで長期間侵害が継続されてきた本件においては、不確実な部分があることによる不利益を原告らに帰することは公平の見地からも相当でなく、損害の発生またはその額を左右すべき新たな事情が生じた時に、被告においてその事実を立証して執行を妨げることとすれば足りるものというべきである。
被告が本件空港における航空機発着の時間帯、回数、機種等の大巾な規制をただちに行なう見込のないことは明らかであつて、前記のとおり被告の主張する音源対策は著しい騒音軽減の効果をもたらすものとは認められず、民家防音工事も若干の効果はあるとはいえ、被害の抜本的な対策とみるには足りないものであるから、なお当分の間原告らに対する侵害は継続するものと認めるほかはない。もつとも、原告らが移転補償を得て他へ移転した場合には、当該原告について以後被害の発生が止むことはいうまでもないが、本訴請求は原告らが本件被害地域に居住する間の損害の賠償を求めるものであり、転居後もなお本判決に基づき強制執行をしようとすることは考えられず、万々一かかる事態が起こつたとすれば、その時点においてこれを阻止すれば足りるものと解される。
したがつて、原告らの損害賠償請求権は今後も引き続き発生するものと認めるべきであり、なお、被告が損害賠償義務を全面的に争つている弁論の全趣旨に照らし、原告らにおいてあらかじめその請求をする必要があることも明らかである。
2 そこで損害額について検討するに、本判決で命ずる午後九時以降夜間の発着禁止が現実に履行されるまでは、本件口頭弁論終結時と同一の侵害状態が継続するものと推定すべく、その間原告らの被る損害の額はこれまでと同様一か月一万円と認めるべきであるが、右発着禁止が履行された時は、原告ら被害軽減のため適切かつ最小限度必要な措置として強く望んでいたことが実現するのであり、なお、民家防音工事等の対策も若干進捗するものと期待されることを考えると、その後においては、原告らの被害は現状よりは相当に軽減するものと認めるべく、本訴で請求しうる損害額は一人一か月六、〇〇〇円を相当とする。そして、その弁済期間は毎月末日ごとにその月の分を支払うこととすべきである。
3 ところで、このような将来請求は、損害の発生が継続する期間について認められることはいうまでもないが、原告らが本件請求の終期として掲げるように、「原告ら居住地域において六五ホンを超える一切の航空機の発着を禁止するまで」とすることは、現在本件空港に発着しているような機種の航空機の飛行を事実上一切不可能とすることに外ならないものと考えられる。しかし、現実の問題として、即時または近い将来に本件空港を廃止しあるいはごく小規模のいわゆるローカル空港とすることは期待できることではなく、本判決で差止を命じた時間帯を除く午前七時から午後九時までの時間帯には、原告らとしても、今後なお相当年月にわたり相当機数のジェット機の発着が継続するのを事実上容認することもやむをえないものと考えねばならない。そうすると、原告ら周辺住民の立場においても、一時間の差止めの実現した段階においては本件空港の公共性を考慮してある程度の譲歩をする余地はあり、また、損害賠償のみが終局の目的でないことも明らかなのであるから、将来の損害額とされた六割の慰藉料に代えての減便(機種、騒音レベル、時間帯等の規制を含む)を速やかに実現するために、被告側と冷静な話合いをすることが期待される。他方、被告としても、午後九時以降の航空機の発着の差止めと、六割にもせよ将来の損害金の請求を認容されるというきびしい現実をふまえるならば、今後、午前七時から午後九時までの時間帯においても、これまで予定していた範囲を超えてある程度減便等の運航規制を行なうことは、やむをえないところといわなければならない。しかも、従来の経過に鑑みても、この種の問題は、住民側の適切な協力を得ないでは円滑な進捗を期待できないことを考え、住民の同意を得て減便を行なうようその交渉を早急に妥結すべく最大限の努力を尽くすことが望まれる。
本日までのところこの問題についても、双方の主張は何らの調整を加えることもないままで正面衝突の状態が続いて来たのであるが、本判決を契機として、今こそ双方が歩み寄りをはかるべき無二の好機である。もとよりこの交渉の妥結の努力は当事者双方にのみ期待すべきものではなく、本判決の効果は事実上、原告ら以外のすべての周辺住民にも及ぶのであるから、その多数の意思を代表するものとみなされる豊中市川西市等地元自治体やその連合体である十一市協の協力が不可欠であることはもちろん、現在調停手続が進行中と伝えられる公害調整委員会の努力にも期待されるところが多いのである。
要するに、本件のごとく国際関係を含めて極めて多数の空港利用者および周辺住民の利害に大きな影響の及ぶ紛争について、一つの裁判によつて、将来にわたるすべての問題について恒久的な解決をはかることは無理であつて、むしろ関係者間において、差当り暫定的な運航規制の協定を成立せしめた上、更にその後の科学の発達と事態の進展を見極めた上での適切な改善策を順次重ねることによつて、相互の信頼をとりもどすことが肝要である。
当裁判所が将来の損害金支払の終期を騒音の高さ、或いは機種、機数等によつて限定しない理由は、一面、裁判所の限られた技術的知識によつて、これを決定することが至難であるためのみではなく、仮りにこの困難を克服して一応の数字的基準を明らかにすることができたとしても、このために却つて折角の双方間の交渉の好機に、解決の条件を硬直化することを恐れるがためである。
かくして当裁判所は、当事者双方および前掲関係諸機関が、紛争の重大性に鑑み、なおいつそう真摯かつ積極的な努力を重ねることによつて、真に実情に適した解決が速やかに成立し、将来にわたる損害賠償の支払という不幸な事態が一日も早く解消されるようにとの願望を切実に感ずるのである。幸いにして当事者間に減便交渉の妥結を見た場合は、本件損害賠償請求権に変動を生ずることは明らかであるから、現在において請求権の確実な発生を予測しうるのは右交渉妥結のときまでであつて、本件将来請求はその限度において認容すべきものとするのである。
四弁護士費用について
原告らが本件訴訟の追行を第一、二審を通じて弁護士木村保男をはじめ弁護士たる本件訴訟代理人らに委任していることは記録上明らかであり、<証拠>によれば、原告らは、右代理人らとの間で、損害賠償請求については過去および将来の損害を通じて請求額の一五パーセント、差止請求については原告一人につき七万五、〇〇〇円の各弁護士費用(手数料と謝金の区別はない)の支払を約していることが認められる。
そして、本件訴訟提起が原告らの権利擁護のため必要な措置であり、本件訴訟が複雑困難な事案でその追行に専門的な知識と技術を要し、弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をなしえない事件であることは明らかであるから、原告らが右代理人らに本件訴訟の追行を委任したことはやむをえないことであつて、右委任に伴う相当額の費用の出捐は、本件不法行為により通常生ずべき損害であり、被告に対しその賠償を求めうるものと解すべきである。
そこで、本件の請求内容、事案の困難さ、訴訟の経過その他諸般の事情を総合考察すると、被告の賠償すべき弁護士費用の額は、第一、二審を通じて、差止請求については、同請求を認容された原告らに対し一人あたり五万円、過去の損害賠償請求については、認容額の一三パーセント強にあたる別紙二の第一表の原告らにつき一人一五万円ずつ同第二表記載の原告らにつき一人一二万円ずつ、同第三表記載の原告らにつき一人一一万円ずつ、その余の原告らについては同第四表および第五表の各弁護士費用欄記載の金額とし、また、将来の損害賠償請求については、認容額の一〇パーセントの一人一か月一、〇〇〇円または六〇〇円を毎月給付すべき金額に付加して支払うべきものとするのが相当である。
第六結論
以上の次第で、被告は、別紙二の第一ないし第四表記載の原告らのため主文第一項(一)記載の時間帯において本件空港に航空機を離着陸させてはならず、また、過去の損害賠償として、別紙二の第一ないし第三表記載の原告らに対しそれぞれ前記第五、二4(三)記載の金額と同四記載の金額との合計額および内金に対する遅延損害金、別紙二第四表および第五表記載の原告らに対し各表合計欄記載の金額および内金に対する遅延損害金を支払うべき義務があり、さらに、同第一ないし第四表記載の原告らに対し将来の損害賠償として主文第一項(三)記載のような金額を支払わなければならない。
したがつて、原告らの本訴請求は以上の限度で理由があるが、原告らの損害賠償請求中その余の部分ならびに原告高田キミの差止請求は失当であるから、原告ら(原告高田キミを除く)の控訴および附帯控訴に基づき原判決を右の趣旨に変更し、被告の控訴のうち予備的控訴の趣旨に基づき原判決中原告高田キミの差止請求を認容した部分を取り消して右請求を棄却し、被告のその余の控訴は本位的および予備的控訴の趣旨とも理由がないのでこれを棄却すべく(ただし、原判決が、本判決別紙二第五表3ないし5、7、8、10ないし26、29、31、34ないし39、41ないし48、51ないし53各記載の原告らのため夜間発着禁止を命じた部分は、当審における請求の減縮により、失効した)、また、したがつて、被告の民訴法一九八条二項に基づく申立も、その余の判断に入るまでもなく、棄却を免れない。
よつて、訴訟費用の負担につき民訴法九六条八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用し、仮執行免脱宣言はこれを付するのが相当でないものと認めてその申立を却下することとし、主文のとおり判決する。
(沢井種雄 大野千里 野田宏)
別紙一
当事者目録
(原告ら)第一、第二、第三、
第四五三号事件控訴人、第四七三号被控訴人、第八六〇号事件被申立人
植田精吾
外二七一名
第四
右原告ら訴訟代理人弁護士
木村保男
外一二一名
(被告)
第四五三号事件被控訴人
第四七三事件控訴人
第七二四号、第七六〇号各事件附帯被控訴人
第八六〇号事件申立人
国
右代表者法務大臣
稲葉修
右指定代理人
仙田富士夫
別紙二第一表(高芝・むつみ・摂代各地区)
植田精吾 杉浦きく 武川陽之助 大東芳次郎 嘉松幸一
久保二郎 大橋とめ 生駒龍輔 長井孝一 岡山ヒラエ
岡山敏子 岡山恭司 岡山雅信 多田佐恵子 細見栄次
森島勇 井下喜夫 十七己之助 田井中一枝 中井誠一
平川利一郎 吉森忠雄 植田マスエ 本田敏一 釜谷富太郎
山崎イチエ 中村まつ 前二三一 南松枝子 森頼光
木田金之助 安芸宏美 吉本一彦 浅海清美 山根千枝子
宮国俊之 佐谷勇 田中里央 野村ナツエ 安行久子
白石義雄 阪上昭子 頼部福夫 中西極 関沢龍吉
西村勲 香川チカエ 坂本俊江 福田スガ 明石多代
小林コスエ 福永ユミ 森松馬吉 三戸チエ子 前長藤吉
渡辺トシ子 村上武夫 鈴木ンメノ 山内春男 奥村市松
小田作治 古隈五郎 山本陽子 黒山卯之助 末広澄美子
山田とみ 木原よしの 山口多八 田中鯉三郎 鷲尾いち
前田好雄 阿世賀主夫 溝手清太 室谷常亮 西林滋
泉澪 奥村かず子 奥村春枝 上岡富喜男 茨木民子
畑光雄 松村岩夫 神座直二 頼富千代子 岡部只
井上正太郎 西林栄 河村長太郎 今西初男 長江梅子
武田曻 畑森加頭子 坂東道子 平井光子 長船幸子
岸本辰雄 谷川敏和 中上静子 久永ヨシエ 半田操
坪谷徹男 大森栄 田野十一 坂田寿々え 河合きよ
浜本富士夫 世登千代美 白石英樹 久保洋子 茨木裕子
谷川徹
第二表(勝部・走井各地区)
樋上勝 樋上末三 石橋種和 古沢宗七 田辺政蔵
今井忠治 渡辺アキ 渡辺忠治 土田信子 喜村謙一
辻村正治 樋上兵一 中井昭治 寺野清次郎 田辺芙美子
遊上利一 渡辺美治郎 田辺キヨ 山内松子 田辺昌江
森田春栄 山田久吉 森田一三 田辺千代子
(注) 田辺千代子は昭和四七年七月に服部西町四丁目に転居
第三表(利倉・利倉東・西町寿町各地区)
影山和子 高橋要 早川春二 福地和子 小幡文
高松雄 谷口藤喜男 吉富潔 勇伊宏 鳥越とみ子
中村己代子 森多スエノ 黒川悦子 清田エイ 中島桂子
近藤初夫 高木忠蔵 玉置千代子 山田裕三 杉本きん
橋川喜美子 前田美枝子 関本久次郎 宮本昭典 中川義一
長越秋一 若杉与市 亀田健一 中川清 佐々木真作
第四表
(途中転入者)
(備考) 一、金額の単位はいずれも「万円」。
二、居住区分欄「甲」は高芝・むつみ・摂代、
「乙」は勝部・走井、「丙」は利倉・利倉東・西町寿町各地区を表わす。
三、損害額中△印は請求額を限度としたもの。
四、弁護士費用欄は本表記載の損害額に対する分のみ。
五、合計額は本表記載の損害金および弁護士費用のほか、
差止請求の弁護士費用五万円を加算したもの。
番号
氏名
居住地区分
転入年月
損害算定期間
損害額
遅延損害金
元金
弁護士費用
合計
1
杉浦敏子
甲
42 1
42 2~50 5
九二・八
二八
一二・五
一一〇・三
2
米田俊雄
甲
40 12
41 1~50 5
一〇三・二
三八・四
一三・五
一二一・七
3
細川勝己
甲
40 11転出
40 1~40 10
一〇八
四三・二
一四・五
一二七・五
41 4再入
41 5~50 5
4
大野宏彦
甲
43 8
43 9~50 5
七七・六
一二・八
一〇・五
九三・一
5
草刈節子
甲
40 2
40 3~50 5
一二・二
四六・四
一四・五
一三〇・七
6
杉山節子
甲
40 4
40 5~50 5
一〇九・六
四四・八
一四・五
一二九・一
7
小川頼子
甲
43 6
43 7~50 5
七九・二
一四・四
一〇・五
九四・七
8
老田好次郎
甲
40 6
40 7~50 5
一〇八
四三・二
一四・五
一二七・五
9
谷敏子
甲
40 8
40 9~50 5
一〇六・四
四一・六
一四
一二五・四
10
宮下正富
甲
42 9
42 10~50 5
八六・四
二一・六
一一・五
一〇二・九
11
山田健紀
甲
41 11
41 12~50 5
九四・四
二九・六
一二・五
一一一・九
12
久保田好子
甲
41 2
41 3~50 5
一〇一・六
三六・八
十三・五
一二〇・一
13
岡部清子
甲
40 12転出
40 1~40 11
一〇四・八
四〇
一四
一二三・八
41 9再入
40 10~50 5
14
作本義春
甲
40 12
41 1~50 5
一〇三・二
三八・四
十三・五
一二一・七
15
中務誠一
甲
40 12
41 1~50 5
一〇三・二
三八・四
十三・五
一二一・七
16
藤田清
甲
40 12
41 1~50 5
一〇三・二
三八・四
十三・五
一二一・七
17
丸山文子
甲
41 9
40 10~50 5
九六
三一・二
一二・五
一一三・五
18
堀口たづる
甲
40 10
40 11~50 5
一〇四・八
四〇
一四
一二三・八
19
森内こまち
甲
43 8
43 9~50 5
七七・六
一二・八
一〇・五
九三・一
20
新田半造
甲
41春
41 6~50 5
九九・二
三四・四
一三
一一七・二
21
三崎宗一
甲
40 5
40 6~50 5
一〇八・八
四四
一四・五
一二八・三
22
前田トヨ
甲
41 12
42 1~50 5
九三・六
二八・八
一二・五
一一一・一
23
丸山良明
甲
41 9
41 10~50 5
九六
三一・二
一二・五
一一三・五
24
田村佳子
丙
40 5
40 6~50 5
八〇・八
三九・八
一一
九六・八
25
高橋健造
丙
43 4
43 5~50 5
七〇・三
二九・三
九・五
八四・八
26
番匠宏
丙
41 9
41 10~50 5
七六
三五
一〇
九一
27
片岡邦昭
丙
42 4
42 5~50 5
七三・九
三二・九
一〇
八八・九
28
北村正治
丙
41 10
41 11~50 5
七五・七
三四・七
一〇
九〇・七
29
菊池武基
丙
43 4
43 5~50 5
七〇・三
二九・三
九・五
八四・八
30
藤原豊子
丙
42 11
42 12~50 5
七一・八
三〇・八
九・五
八六・三
31
近藤嶋恵
丙
45 6
45 7~50 5
五九
一八
八
七二
32
吉田恵美子
丙
42 10
42 11~50 5
七二・一
三一・一
九・五
八六・六
33
仲田小次郎
丙
43 3
43 4~50 5
七〇・六
二九・六
九・五
八五・一
34
中内許子
丙
42 6
42 7~50 5
七三・六
三二・六
一〇
八八・六
35
岡忠義
丙
41 9
41 10~50 5
七六
三五
一〇
九一
36
森田サトエ
丙
42 10
42 11~50 5
七二・一
三一・一
九・五
八六・六
37
佐藤義広
丙
42 10
42 11~50 5
七二・一
三一・一
九・五
八六・六
38
長谷川富江
丙
40 4
40 5~50 5
八一・一
四〇・一
一一
九七・一
39
谷口良雄
丙
40 12
41 1~50 5
七八・七
三七・七
一〇・五
九四・二
40
原明義
丙
41 7
41 8~50 5
七六・六
三五・六
一〇
九一・六
41
樋口タメエ
丙
42 12
43 1~50 5
七一・五
三〇・五
九・五
八六
42
中岡三千代
丙
42 9
42 10~50 5
七二・四
三一・四
九・五
八六・九
43
小田幸子
丙
43 2
43 3~50 5
七〇・九
九・九
九・五
八五・四
44
藤波世津子
丙
43 5
43 6~50 5
七〇
二九
九・五
八四・五
45
野川邦子
丙
42 9
42 10~50 5
七二・四
三一・四
九・五
八六・九
46
芝原ハル
丙
43 7
43 8~50 5
六九・四
二八・四
九・五
八三・九
47
宮本とよ
丙
43 4
43 5~50 5
七〇・三
二九・三
九・五
八四・八
48
松野茂則
丙
43 7
43 8~50 5
六九・四
二八・四
九・五
八三・九
49
繁山実
丙
40 8
40 9~50 5
七九・九
三八・九
一〇・五
九五・四
50
大森和文
乙
42 3
42 4~50 5
△ 九一
五〇
五〇
一〇八
51
尾村まさえ
乙
40 6
40 7~50 5
△ 九一
五〇
一二
一〇八
52
井上清子
乙
42 3
42 4~50 5
△ 九一
五〇
一二
一〇八
53
高木恵子
乙
42 7
42 8~50 5
八八
四七
一一・五
一〇四・五
54
金森千鶴子
乙
43 5
43 6~50 5
八〇
三九
一〇・五
九五・五
第五表
(転出者)
(備考) 一、金額の単位はいずれも「万円」
二、居住分欄は第四表に同じ。
三、転入年月欄空白は昭和三九年以前からの居住者。
四、損害額欄△印は昭和四六年一二月までの分につき請求額を限度としたもの。
番号
氏名
居住地
区分
転入
年月
転出
年月
損害算定
期間
損害額
遅延損害金
元金
弁護士費用
合計
1
植田祥子
甲
45 3
40 1~45 2
四九・八
四八
六・五
五六・三
2
加古延子
甲
46 12
40 1~46 11
七〇・八
四八
一〇・五
一・三
3
池田亀太郎
甲
50 亡3
40 1~50 2
一〇九・八
四八
一四・五
一二四・三
4
伊藤隆雄
甲
49 10
40 1~49 9
一〇四・八
四八
一四
一一八・八
5
河原熊太郎
甲
40 7
49 亡4
40 8~49 3
九三・二
四二・四
一二・五
一〇五・七
6
米田久野
甲
45 6
40 1~45 5
五二・八
四八
七
五九・八
7
野沢正雄
甲
50 3
40 1~50 2
一〇九・八
四八
一四・五
一二四・三
8
伊井光義
甲
48 11
40 1~48 10
九三・八
四八
一二・五
一〇六・三
9
阪本茂
甲
40 7
46 12
40 8~46 11
六五・二
四二・四
八・五
七三・七
10
草刈信子
甲
40 7
48 8
40 5~48 7
八七・六
四四・八
一一・五
九九・一
11
田中照美
甲
42 2
49 4
42 3~49 3
七八
二七・二
一〇・五
八八・五
(原口ハルエ)
甲
48 亡9
40 1~48 8
(九一・八)
(四八)
(一二)
12
原口正
一八・三六
九・六
二・四
二〇・七六
13
原口昇
一八・三六
九・六
二・四
二〇・七六
14
小西千恵子
一八・三六
九・六
二・四
二〇・七六
15
原口照男
一八・三六
九・六
二・四
二〇・七六
16
原口利也
一八・三六
九・六
二・四
二〇・七六
17
尾張みつ子
甲
50 3
40 1~50 2
一〇九・八
四八
一四・五
一二四・三
18
土坂由松
甲
49 8
40 1~49 7
一〇二・八
四八
十三・五
一一六・三
19
東内義雄
甲
49 8
40 1~49 7
一〇二・八
四八
十三・五
一一六・三
20
六浦貞子
甲
50 2
40 1~50 1
一〇八・八
四八
一四・五
一二三・三
21
古庄豊
甲
49 亡9
40 1~49 8
一〇三・八
四八
十三・五
一一七・三
22
鹿喰秋江
甲
50 3
40 1~50 2
一〇九・八
四八
一四・五
一二四・三
23
谷沢広作
甲
50 亡2
40 1~50 1
一〇八・八
四八
一四・五
一二三・三
(伊藤ハル)
甲
49 亡1
40 1~48 12
(九五・八)
(四八)
(一二・五)
24
平城春枝
三一九三三三
一六
四・一六六六
三六・一
25
松村君枝
三一九三三三
一六
四・一六六六
三六・一
26
伊藤栄造
三一九三三三
一六
四・一六六六
三六・一
27
大橋秀行
甲
45 6
40 1~45 5
五二・八
四八
七
五九・八
28
高田キミ
丙
40 2
49 亡10
40 3~49 9
七四
四〇・七
一〇
二四
29
常洋子
丙
45 7
49 9
45 8~49 8
四九
一七
六・五
五五・五
30
藤原とし
丙
43 12
47 10
44 1~47 9
三五・九
二六・九
五
四〇・九
31
有村貞則
丙
43 2
48 12
43 3~48 11
五二・九
二九・九
七
五九・九
32
安場みどり
丙
42 9
47 8
42 10~47 7
三八・四
三一・四
五
四三・四
33
籠谷初子
丙
48 4
40 1~48 3
五六・三
四一・三
七・五
六三・八
34
大西たか子
丙
48 11
40 1~48 10
六三・三
四一・三
八・五
七一・八
35
椿本竹夫
丙
49 1
40 1~48 12
六五・三
四一・三
八・五
七三・八
36
古田容子
丙
49 3
40 1~49 2
六七・三
四一・三
九
七六・三
37
宮本暁枝
丙
49 7
40 1~49 6
七一・三
四一・三
九・五
八〇・八
38
角妙子
丙
50 3
40 1~50 2
七九・三
四一・三
一〇・五
八九・八
39
布村美芳
丙
50 2
40 1~50 1
七八・三
四一・三
一〇・五
八八・八
40
山本英三
丙
47 9
40 1~47 8
四九・三
四一・三
六・五
五五・八
41
中川一三
丙
50 3
40 1~50 2
七九・三
四一・三
一〇・五
八九・八
42
田辺忠雄
乙
48 10
40 1~48 9
△ 七一
五〇
九・五
八〇・五
43
中島きくえ
乙
49 1
40 1~49 3
△ 七七
五〇
一〇・五
八七・五
(山内弘)
乙
48 亡5
40 1~48 4
(△六六)
(五〇)
(九)
44
山内昭子
二二
一六・六六六
三
二五
45
山内明美
一四六六六六
一一・一一一一
二
一六・六六六六
46
山内政弘
一四六六六六
一一・一一一一
二
一六・六六六六
47
山内正
一四六六六六
一一・一一一一
二
一六・六六六六
48
田辺芳太郎
乙
48 12
40 1~48 11
△ 七三
五〇
九・五
八二・五
49
吉田末子
乙
47 4
40 1~47 3
△ 五三
五〇
七
六〇
50
戸上綾子
乙
47 5
40 1~47 4
△ 五四
五〇
七・五
六一・五
51
下村重好
乙
41 5
44 9
41 6~44 8
△ 八五
五〇
一一・五
九六・五
45 1
49 12
45 2~49 11
52
遠山美智夫
乙
42 5
48 8
42 6~48 7
六七・六
四八・六
九
七六・六
53
佐藤義人
乙
41 3
48 11
41 4~48 10
△ 七二
五〇
九・五
八一・五
別紙五の二時間帯別離着陸状況一覧表(その二)<略>
別紙六の二原判決別紙6の訂正(訂正個所および訂正結果のみ記載)<略>
別紙七、八<略>