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大阪高等裁判所 昭和49年(ネ)669号 判決 1979年9月27日

控訴人

チツソ株式会社

右代表者

野木貞雄

右控訴人訴訟代理人

村松俊夫

外三名

被控訴人

後藤孝典

外二〇名

被控訴人後藤外二〇名訴訟代理人

崎間昌一郎

長沢正範

被控訴人

安藤朝広

外五名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  被控訴人らの請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人後藤外二〇名

主文と同旨。

第二  当事者の主張

次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人

1  本訴は訴の利益がない。

(一) 一般に形成の訴においては、法定の要件を充たす限り訴の利益があるとされているが、その後に生じた事情の変化により取消の実益がなくなつたときは、訴の利益を欠くというべきである。

(二) 本件は決算書類承認についての株主総会の決議取消の訴であるところ、被控訴人後藤孝典が提出しようとしたという動議の内容は、原審主張のとおりその後の水俣病患者に対する補償金の支払によつてすべて実現しているから、改めてこれを総会にはかる実益はないばかりでなく、株式会社の法律制度そのものから考えても、本件取消によつて是正回復されるべきものはなにもない。

(1) A期の定期総会における計算書類承認決議が、その書類の内容でなく、決議の成立手続に瑕疵ありとして取消された場合、その後のB以下の総会で計算書類承認の決議がなされ、これが取消の訴の提起期間を経過して確定してしまつているときは、A期の決議取消がB以下後続の決議をすべて連鎖的に無効とすることは、会社経営の安定の法的要請の見地から採ることができず、取消の対象となつたA期の計算書類が法律上未確定になるだけで、A期は勿論、後続の計算書類がすぐに違法となることもなく、その内容に変動を及ぼさないものと解すべきである。(ただ、A期の計算書類上利益処分において役員賞与の支給や株主への利益配当等社外流出があれば、決議取消の結果これが否定されてその返還を求めうることになるから、この場合は取消が確定した期の計算書類において営業外損益としてその修正処理が必要となる。)

(2) 同様にB期で承認確定された計算書類の内容の変更もできない。すなわちA期の計算書類上未処分利益で任意準備金が積立てられた場合、これがB期の決算に組込まれ、その取崩し、あるいは目的を変更して別の積立金とするなどの決議があつたときは、その処分はもとより、A期からの繰越準備金等についても適法にまたは事実上承認確定されたものというべきであり、仮にA期の計算書類承認決議が取消され、その積立金が遡及的に未処分利益に変わることになつても、要するに社内留保積立の処分が不確定になるだけで、B期でその処理が確定している以上、改めて処分をやり直す必要はなく、またB期と異なる内容の決議もできないものである。のみならず株主の構成が変つている現在、再決議はもとより、遡つてこれをA期の株主に配当する余地もなく、さらに会社が欠損状態に陥つている場合は資本充実の要請からもこの利益金を他に処分することはできず、結局そのままB期に繰越さざるをえないのであるから、再決議は不可能または不必要というべきである。

(3) A総会で修正動議を無視された違法があるとして決議取消の訴を提起した株主が、その訴係属中にB総会を迎えたときは、B総会で同様の効果のある動議を提出しその主張の実現をはかることができるのであつて、これをしないで、あるいはその提案が否決されて、Bの計算書類が承認され確定したときは、もはやA総会の決議取消の訴の利益が消滅してもやむをえないというべきである。そして会社財政や株主権の変動等で同種提案が不可能となることがあつても、もともと社外流出を伴わぬ以上、資産は会社に残存して株主の利益を不当に害することがないのであるから、会社その他の関係者に多くの混乱犠牲を強いてまで決議取消の訴を容認し、後続決議を無効または浮動状態とするのは相当でない。事情の変化により訴の利益がなくなるのは、株主総会の決議取消権も他の一般権利も同様であつて、このことは任期の経過した役員選任、発行手続の終つた新株発行決議の取消等判例の指摘するところである。

(4) しかるところ、控訴会社においては、本件決議取消の対象となつている第四二期定時総会の計算書類承認決議には利益金の社外流出がなく、諸勘定科目も第四三期以後の定時総会によつてすべて処理されてその計算書類が承認確定し、また莫大な欠損をかかえるに至つて現時点で過去の利益金を他に廻すゆとりもなく、取消を必要とする違法不当な状態が残存していないから、本件決議取消の訴の実益はない。

(5) 被控訴人後藤外二〇名のいう株主の監査監督なるものは、承認決議に至るプロセスであつて、このプロセスを守るためだけの実益を無視した決議取消は許されないと解すべきである。それは総会本来の目的ではないし、特に本件では計算書類の内容それ自体の不正確が主張されているわけではなく、総会でその点の質問がなされたこともないのであつて、株主に抽象的に質問の機会を回復し会社の企業活動の討議をしようというのは、もはや法律問題でなく訴の利益を認める特別事情にはならない。

(6) また役員の責任の点も、商法二八四条から明らかなように決議後二年間は解除されず、不正の行為があつたときはこの制限も排除されるのであるから、その責任追及に法的障害はない。なお右二年は除斥期間であつて、決議はその起算点にすぎず、さらに本件ではこれまで役員の責任追及についてなんらの措置もとられず、またその責任の内容について具体的な主張立証もないのであつて、もとより当該役員に不正行為などないから、この点から訴の利益を認めることもできない。

(7) 本件総会において利益金の処分として株式の配当を要求する発言は、被控訴人らからもその他の株主からも全くなく、株主の配当請求権が実質的に害されたこともなく、しかも被控訴人ら自身は配当の実施に反対する立場にあつたのであるから、抽象的な配当請求権の侵害を理由に本件決議取消の主張をすることは許されない。

2  決議取消事由の不存在

(一) 株主の入場制限について

(1) 本件第四二期定時総会においては、原審で述べたとおり会場である大阪厚生年金会館中ホールに委任状による出席者五〇名(四六、一四二、二四九株)を含めて一、二八一名(五〇、六二五、三三一株)の株主が出席し、約三〇〇名の株主が入場できなかつた。

(2) 一般に会社の取締役は、一旦株主総会の招集手続をした後はやむを得ない場合に招集手続と同一の方法、通常は二週間以上の期間をおいた通知による以外、自由にその撤回変更をすることができず、右通知ができない程切迫した段階になつてその総会の開催をとりやめ、あるいは期日、会場の変更等の問題が生じたときは、会場の使用が絶対的に不可能となつたとか、会場があまりにも狭隘で参集した株主のきわめて一部の者しか入場できないような、総会そのものが物理的に開会し得ないと考えられる特別な場合を除き、その是非は当該株主総会の決すべき事柄である。

(3) したがつて当日所定会場に株主の大多数が入場できた場合には、会場の収容能力を超過して入場しきれない一部の株主があつたとしても、もはや招集権者単独でその開会をとりやめることはできず、総会の議事を進めるか、延期、続行、会場の変更をするかなどはその総会自体で決めるほかない。すなわちその総会を開催したこと自体は、一部株主の入場制限の方法に特に恣意的な不公正なものがない限り、招集手続の瑕疵にはならない。

(4) 一部入場できない株主があるまま総会が開催され、それらの株主が入場するとしないとでは決議の結果に変動があると予想される具体的な事由がある場合には、総会の議長は議事を進行させるか、延期、続行等の措置をとるかにつき議場にはかることが望ましいし、また株主からこれらの点につき発言、動議等があるとき、議長はもちろんこれを取上げて議場にはからねばならない。

(5) 右のような問題がなく、すなわち会場の選定にも、入場制限の方法にも可能な限りの措置を尽して会社に責められるべき点がなく、さらに参集した株主の中の多数が入場して、一部の株主が入場しないことを知りながら延期、続行等の発議や決議をすることなく議事が進められた場合には、右入場制限の点はなんら決議取消の原因たる瑕疵にはならないというべきである。

(6) 本件においては、原審主張のとおり総会の会場の選定において合理的判断に欠けるところがなく、また参集した株主の数が異常に多かつたためやむを得ず先着順で入場制限をしたが、定員の制限がある会場においてこれを超過する参加者が来場したとき、申込順または先着順に受付けて定員に達し次第締切るというのは、一般に認められる最も公平な方法である。そして、入場できない株主があることは皆に知られていたが、総会の延期、続行等の発議はなく、またこれら株主の多くがいわゆる一株運動派の株主で、水俣からわざわざ上阪出席した患者もおり、その主な目的も「患者の怒りやうらみを会社幹部の前で爆発させ、企業責任を認めさせて謝罪させる」ことなどにあつたのであるから延期続行を望む筈もなく、したがつて議長の方からその措置をはからなかつたとしても適切を欠いたとすることはできない。

(7) なお、被控訴人後藤外二〇名は総会の決議によつても株主の議決権を奪うことはできない旨主張するが、そのことと総会場に入場しきれない株主が参集した場合において、しかも総会が延期、続行などの決議をしないときどのように扱うべきかとは次元を異にする問題である。客観的に入場可能者数に限度がある場合、これを超える株主が総会に出席して意見を述べ議決権を行使したい意思をもつているときは、その全員が入場できないことを非難すべきでなく、志を同じくする入場可能な数の代表者を選んで委任状によりその権限を行うなどの方法を考えるべきである。

(二) 被控訴人後藤の動議無視について

(1) 原審主張のとおり、本件総会の前である昭和四五年一〇月三一日、一株運動の母体である「東京水俣病を告発する会」から「水俣病の責任を追及する株主一同」として、控訴会社に対し、「(イ)水俣病の責任がチツソにあることを何故認めないのか、(ロ)水俣工場を閉鎖するつもりか、(ハ)水俣・芦北地区住民の一斉検診をやるべきではないか」という公開質問状が寄せられ、総会において控訴会社の回答を要求する旨の申入がなされた。そこで控訴会社は本件総会の運営方針として、本来の議案たる計算書類承認の議事と一株株主らが問題にしている水俣病問題に関する質疑応答や患者らの発言を聞くこととを区別し、総会においては本来の議案に限つて審議し、その終了後に説明会を開いて一株株主の質問に十分の時間を費して答える方針をとることとし、その旨を当日総会冒頭において言明した。なお従前総会において議案の承認を求めるに要する時間は、約一〇分ないし一五分であり、その大部分を招集通知添付の「営業概況」の朗読に費し、貸借対照表計算書類の数字は朗読を省略していたが、本件総会ではこれに関心のない一株株主らが議事の進行に従わず混乱することが予想されたので、これら朗読は一切省略し手許の資料を見て貰つたうえで採決を求めることとした。

(2) 右方針のもとに開催された本件総会の議事所要時間は、議長の開会の発言開始から議事終了宣言の終るまで四分五〇秒であり、そのうち議案の採決結果の宣言は、右進行時間中四分四二秒あたりの「賛成多数と認めます」、または四分四八秒あたりの「ご承認を得たことといたします」の発言でなされた。一方被控訴人後藤が動議を提出したのは、当時のビデオテープによれば早くても五分一秒後の「緊急動議」の発言の時点であつて、議長が議案の採決をはかりその賛成多数を宣言した時よりも後である。

(3) そしてこの以前において、被控訴人後藤に「緊急動議」等の発言があつたとしても場内の喚声に打消されて聞き取れず、また紙片を振り、投げつけ、あるいは後向きのまま舞台に上る等の行動があつたとしても、議長はこれら後藤の動きを認めておらず、控訴会社の職員もそのような動議提出方法を予測せず、他にも手を振つたり立ち上つたりする一株株主が多数あつて、これと右被控訴人の行動を区別することもできなかつたから、同被控訴人の動きを暴力により議事妨害をしようとするものと判断しこれを阻止しようとしたのも当然といわねばならない。

3  裁量棄却について

(一) 仮に株主の入場制限が招集手続上の瑕疵にあたるとしても、それは現実の問題としてほとんど会社の責を問いえない軽微なものである。特に入場できなかつた株主約三〇〇名の大部分は、一株株主のグループに属するものであると考えられるところ、これらの株主は一つのグループとして統一ある目的を持つて行動し、同日参集したのも総会議案そのものの審議のためというよりも、水俣病に関する三項目の質問をなし、その他控訴会社に対し不満をぶつつけ、謝罪を要求し、総会を粉砕することにあつた。しかもその大部分、特に中心をなす患者や指導者らの入場により目的のほとんどを達成しているのであつて、入場できなかつた株主がそのことによつて失つた利益はなにもない。また採決前に被控訴人後藤に動議提出の言動があり、控訴会社関係者にこれに気付かなかつた過失があつたとしても、当時の会場内の異常な喧騒状態からして、その程度は軽微なものというべきである。

(二) 瑕疵の存在は決議に影響がない。

(1) 訴の利益の項で述べたとおり、決議を取消してみても利益はなく、再議すべき議題もない。

(2) 被控訴人後藤が修正動機の目的としたところは、水俣病患者に対する補償によりすべて実現している。

(3) 本件総会において、水俣病問題に関する株主の発言及び会社側の説明の場としては、総会の後説明会を設け実質的に株主の要望を満す場を用意していた。

(4) 入場できなかつた株主数・株式数は、決議の結果に影響を及ぼす数でない すなわち当日は原案に賛成と表示のある委任状五〇通(株式数四六、一四二、二四九株)について、株主である社員五島信夫が議決権の代理行使を行うことになつていたのであつて、これ以外の株主中持株の多い方から三〇〇名をとつてもその合計は二四、四三五、三八一株であり、五〇〇名としても二八、二二七、二七九株となる。さらにこれらと前記委任状以外の当日入場した株主の全部が原案に反対したと仮定しても、その総計は二八、九一八、四六三株ないし三二、七一〇、三六一株であつて、委任状の合計株数に達しない。

(三) 以上の諸点に鑑みれば、本件の場合、瑕疵があつたとしてもそれは軽微で決議に影響を及ぼさず、しかも既に補完されており、決議を取消してみても現在の株主の権利になんの影響もないものであるから、裁量棄却されるべきである。

二  被控訴人後藤外二〇名

1  訴の利益の存在

(一) 現行商法が計算書類の確定を株主総会の権限としたのは、会社の活動、すなわち取締役の業務執行まで最終的には株主の支配下にあることを認め、株主にその監査監督権能を付与したものにほかならない。計算書類はこれら会社活動の結果表ともいうべきものであり、株主は総会の場でその内容を検討して配当等利益処分に止まらず、当該期の会社の営業活動、取締役の業務執行等についても質問調査し、問題がなければその趣旨も含めて計算書類を適正なものと承認するのであつて、これがない限り株主はつねにこの権限を行使することができ、時間の経過等によつて株式会社の本質からきたこの重要な権限が奪われることはない。そして本件総会は多数の株主の入場を阻止して質問動議も一切受付けないままわずか四分余の短時間で終了したもので、上記株主の監督権限の行使があつたとは到底いえず、株主の権利保護また株主総会の運営の適正化のためにも、再度総会に付議してその討議をする必要がある。計算書類は総会の適正な監査を経て始めて確定するものであり、その手続に瑕疵があれば再度適正な承認が与えられるべきことは当然であつて、この必要とやり直しの結果の事務処理、すなわち後続計算書類の取扱いは本来別個の問題である。

(二) 計算書類は前年度に確定された内容を基礎に作成されるものであり、前の決算の取消変更は社外流出の有無にかかわらず当然後続の計算書類の内容に変動を及ぼすものである。そして本件総会で承認決議された計算書類には未処分利益金として三三〇、七三五、〇八六円が計上され、これが後期繰越利益金として処理されているところ、その取消の結果、右利益金について新たに任意準備金の積立や株主配当等の処分決定があれば、それだけ繰越金が減少して直ちに後続の、ひいては現在の控訴会社の計算書類に変動をもたらし、その利益剰余金の額に影響して、結局は過去の法律関係に止まらず、現在配当請求権を有する株主の権利関係に影響を及ぼすことになるのであつて、その意味でも現在なお本件決議取消を求めるべき法的な利益があり、また株主が自己の配当請求権に影響のあることについて、会社提案に対する修正権を含め発言決議する権利を有することは勿論である。

(三) 計算書類の連続性から前後の計算書類の勘定項目の数字に一部重なりがあつても、当該期にその検討がなされていない以上、後続書類の承認から先行書類のこの部分の承認があつたとすることはできない。また後続期の計算書類の承認確定は絶対的でなく、後日株主総会で訂正変更できるものであり、そうでなければ計算書類の承認決議取消の訴は殆ど実効がなく、招集手続の違法や決議の不公正が容易に正当化されることになつて、商法二四七条二八三条の趣旨が没却されることになる。なお仮に右確定が動かせず、さらに法的安定性の見地から先行の計算書類の承認決議の取消変更が後続の確定した計算書類の内容に影響を与えないと解するとしても、そのことから逆に論理必然的に後続の計算書類の確定を理由に先行の計算書類の取消変更が許されないことにはならない。中間の確定した計算書類はそのままとし、先行の計算書類の取消変更はこれが承認された期、すなわちまだ確定していない現在の計算書類に直接影響するものとして処理することも可能であつて、この方法は社外流出を伴う計算書類の取消について控訴人の考えているところと同じであり、社外流出の如何で考え方をかえる理由はない。

(四) 計算書類について総会の承認があり確定すると、その後二年の経過により当該営業年度における役員の責任が解除されることになる。したがつて、承認決議が取消された場合にはこれがなかつたことになり(除斥期間説にたつてもその起算点が消滅することになる)、前記責任解除の効果を生じない。

(五) 本件は被控訴人後藤の修正動議否決の決議取消を求めるものでないから、その内容との関連で訴の利益の有無を論じることはできず、過ぎ去つた任期の役員選任や無効原因に直接結びつかない新株発行の決議取消を求める場合とも異なる。被控訴人らは単なる経済的な問題でなく、会社が株主の立場をはなれ社会的に非難されるような行動をしているのを抑制しようとするものであつて、本件決議取消には社会的要請ともいうべき特別の事情がある。

(六) そして決議取消の訴を提起できる株主は訴提起の時からその判決まで議決権ある株主たる資格を維持しているものであり、決議の当時株主であつたか否か、決議に賛成したか、その決議により当該株主の利益が害されたか否かは関係がない。すなわち商法は、会社意思の正当な形成について瑕疵がある場合、株主にその病理的現象阻止のための手段としての取消権を株主の独自の利益(違法是正の利益)として肯定しているのであつて、単に自己の主張を通すための手段としての取消の利益に限定しているわけではない。したがつてその取消権の消滅も株主の違法是正利益の消滅、すなわち決議内容に係らせられるものではなく、当該違法性の消滅、その瑕疵の治癒にのみ求められるべきものである。

2  決議取消事由の存在

(一) 株主の入場制限

(1) 控訴会社は総会当日入場できない株主のでることを予想し、自己の費用で特定の株主一三〇名を組織して場内株主班とし、これらを優先的に総会場内へ入場させたのであつて、このような株主平等の原則に反する不公正な入場方法は、その制限を受けた株主の議決権を侵すものとして違法である。

(2) 本件総会では約三〇〇名の株主が会場から閉めだされ、その議決権が奪われた。これは当日参集した株主の二割余り、実際に入場できた株主数の四分の一にあたり、控訴会社がそのまま総会を強行採決したことはその決議の方法において法令違反があつたといわねばならない。

(3) なおこの決議取消の事由は会社側の過失責任を前提とするものではないから、会社側が会場の確保設営等に最大の努力を払つたとしても、結果的に二割もの株主の議決権が制限された以上被控訴人らの決議取消権を否定することはできない。

(二) 被控訴人後藤の修正動議無視

(1) 被控訴人後藤は、議長の採決結果の宣言前に舞台左ソデ下において、紙片を振り舞台へ上がろうとする行動を開始していた。議長が舞台下の株主の動向に注視していれば当然これに気がついた筈であり、然らずしても議長を補助して本件総会運営の一端をになつていた事務局席の柿本武男は右被控訴人の行動を認識していたのであつて、このことは議長の認識と同一視されるべきである。そして前記被控訴人の行動が発言の機会を求めるものであることは一見明らかであるのに、控訴会社はことさらこれを無視または妨害したのであつて、最初から一株株主らの発言を封じるため場内整理班や場内株主班を設け、株主席にマイク設備や発言の取次役をおくこともせず、株主が議長席に近づいて発言するのも制圧するような策に出ていたものである。

(2) 控訴会社は本件総会で、一株株主らが事前に提出した公開質問状に記載されたことは計算書類承認の議題に関連性がないとしてこれを切離し、総会の後説明会でその質問を受けるという方針をたて実行した。しかし公害や欠陥商品に対する処置は経営者の当然の責務であり、これに関する質問もまた株主の当然の権利というべきところ、当時控訴会社は水俣病患者の一部に補償金を支払い他と訴訟中であつて、その措置の当否、ひいて取締役の責任解除の効果をもたらす計算書類承認の議案と右の質問とは十分な関連があり、控訴会社の前記やり方は極めて不当といわねばならない。そして議長が総会冒頭に以上のような運営方針を説明したとしても、別に総会の意思としてこれが明確に同意されたわけでもなく、たとえ総会の決議によつても株主の質問権そのものを制限することはできない。

(三) 右(一)及び(二)は、いずれも定款によつても奪いえない株主の基本的な権利である議決権を侵害するもので、その瑕疵の重大なことはいうまでもなく、したがつて本件決議は取消されねばならない。

3  裁量棄却について

(一) 本件決議には既述のような重大な瑕疵があり、裁量棄却が認められる「瑕疵が軽微」な場合にあたらない。

(二) 当日入場できなかつた株主のなかには自己の持株とともに他の株主の委任状の行使をゆだねられていた者があるかもしれず、その合計数がつねに前記委任状出席株式数を越えないとはいえない。

第三  証拠<省略>

理由

一被控訴人らの株主資格は、原判決二八枚目表二行目から同裏一行目までの記載と同じであるから、これを引用する。

二訴の利益について

1  本訴は、昭和四五年一一月二八日開催された控訴会社の第四二回定時株主総会における「昭和四五年四月一日より同年九月三〇日に至る第四二期営業報告書、貸借対照表、損益計算書、利益金処分案を原案どおり承認する。」旨の決議について、その成立手続に瑕疵があることを理由に取消を求めるものであり、その決算及び利益処分の大要は、資産合計金六六、〇四八、六二五、五一四円、負債合計金五五、九二八、五八三、六一一円、資本金七、八一三、九六八、七五〇円、法定準備金九八八、三八八、〇六七円、任意準備金(退職給与積立金)九八七、〇〇〇、〇〇〇円、剰余金三三〇、七三五、〇八六円(前記繰越利益金二六六、三七七、七一九円、当期利益金六四、四一七、三六七円)で、右剰余金は後期繰越金とするというものであつた(<証拠略>)。

2  会社の貸借対照表、営業報告書、損益計算書、準備金及び利益又は利息の配当に関する議案は、定時株主総会に提出してその承認を求めることを要すると定められ(商法二八三条一項)、その承認決議は貸借対照表等決算書類の確定に関するものと、準備金の積立及び利益の配当に関する利益金処分に関するものからなるところ、決議取消によつてその効果は遡り、当初から決議がなかつたと同様の状態になるものと解される。すなわち計算書類については株主総会によるその正当性の確認の効果がなくなつて未確定の状態に戻り、利益処分の効力も消滅する。

3  計算書類は当該期における営業の総決算であり、会社の財産及び損益の状態を明らかにして次期経営の基盤ともなるものであつて、株主の利害にかかわるところが大きく、現行商法が利益処分とともにその確定権を株主総会に与えている以上、その承認が取消されたときは、株式会社における適正な運営確保の観点からも当然再決議が必要となるものといわねばならない。右承認がその成立手続上の瑕疵のために取消されたからといつてすぐに当該計算書類の内容の正確性が否定されたことにならないとしても、逆にその正確性が承認されたことにもならず、このような未確定の計算書類を基礎にして作成された後続期の計算書類は、その承認決議そのものが適正になされたとしても、依然不確定の要素を含むものであり、もとよりその承認によつて先行書類の同一項目の内容が認められたことにもならない。そしてその現在存する違法状態の解消は会社ひいて株主のために必要であり、またその基本的な利益に合致するものというべきである。

4  動的性格を有する会社経営の安定のために、決議に影響を及ぼさない些細な瑕疵によつて決議を取消し無用の混乱を招くような事態はできるだけ避けることが望ましいとしても、その決議の取消と事後処理は本来別個の問題であり、株主の構成が変つているからといつて再決議を不可能とすることはできず、さらに本件瑕疵は後記認定のとおり決して軽微なものでない。もつとも本件総会では資産の社外流出処分はなく、その退職給与積立金も次期営業期間に全額退職金支払にあてられ、繰越利益金はさらに後続期に繰越されたものの、第四四期以後欠損に転じ、次第にこれが増大して最近の第五四期決算では控訴会社の欠損金は三六、四一四、九〇〇、五八八円に達している(<証拠略>。控訴人と被控訴人後藤外二〇名との間では成立に争いなく、その余の被控訴人らとの間では弁論全趣旨から成立を認める。)。また本件では計算書類の内容そのものが違法ないし不正確であつたことの具体的な主張立証もない。しかし株主総会決議取消権は株主の共益権に属し、当該株主の具体的な権利保護に止まらないものであつて、たまたま会社が欠損状態にあり従前と異なる内容の再決議が事実上困難になつたからといつて、これが絶対変えられないというわけでもなく、本件総会で被控訴人後藤が提出しようとした動議の内容とも別の問題である。そして本件では後続期に繰越されたとはいうものの利益金の処分がなかつたわけではないのであつて、このことは順次後続期の計算書類の内容に影響を及ぼしており、これが補完されない限り直ちに本件訴の利益を否定することはできず、既に在任期間の終了した取締役選任決議取消の訴等その目的の消滅した場合とは趣きを異にするものといわねばならない。

三決議取消事由について。

1  本件承認決議には特に被控訴人後藤の修正動議無視の点に重大な瑕疵があるものというべく、その詳細は原判決三四枚目表一行目から三七枚目裏一〇行目の説示と同じであるから、これを引用する。<証拠>によつても右認定を動かすことはできず、当時の喧騒状態から控訴会社職員が右被控訴人の行動を動議提出でなく単なる議事妨害行為と誤認した旨の主張も採用できない。

2  株主の入場制限の点の瑕疵については、原判決二九枚目表九行目から三三枚目裏一二行目までと同じであるから、これを引用する(但し原判決三三枚目裏七行目の「総会の」を「前記入場できない株主のあることを明らかにして総会にはかり、その株主の発言の取次についての対策をするか、さもなければ」と訂正する。)。しかし控訴会社がことさら狭隘な会場を選定して会社関係以外の株主の出席を妨害したような事情の認め難いことは右引用部分掲記のとおりであつて、当審での被控訴人後藤孝典本人尋問の結果によつてもこれを覆えすに足らず、またこれら場外株主が被控訴人後藤のように本件議案に関する具体的な動議を用意していたことの資料もなく、さらに当時の会場内外の騒然たる状況等からして、この点の瑕疵は1に比べそれほど重大視すべきものではないと考える。

四裁量棄却について。

本件瑕疵の程度、特に三1記載のそれからして裁量棄却を相当とする場合にはあたらない。

五よつて本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(黒川正昭 志水義文 林泰民)

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