大阪高等裁判所 昭和50年(う)1255号 判決 1977年1月19日
主文
原判決を破棄する。
被告人らはいずれも無罪。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人森智弘作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。
論旨は要するに、「原判決は、被告人らが『神戸市長の許可を受けて経営している約二五、七八〇平方メートルの墓地の隣接地に、同市長の許可を受けないで約八、〇九七平方メートルの墓地を造成し、もって無許可で墓地の区域を変更した』と認定しているが、この『墓地を造成し』『墓地の区域を変更した』との断案は、墓地埋葬等に関する法律(以下この判決では墓地法と略称する)一〇条二項の解釈適用を誤るとともに事実を誤認したものであり、右法条を正しく解釈し、事実を正しく認定するときは、墓地を造成し墓地の区域を変更した場合に該当しないから、右法令解釈、適用の誤りおよび事実誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである。」というのである。
よって調査するに、原審で取調べずみの各証拠(このうち被告人の検察官に対する各供述調書につき、所論は供述の任意性がないと主張するが、記録を検討しても任意性を疑うべき事情は存在せず、この所論は失当である)を総合すれば、(1)被告観音教神戸平和霊苑は宗教法人法による宗教法人であり、被告人中込はその代表者であったが、被告法人は神戸市垂水区押部谷町木見字東平山所在の特定の区域を有する山林土地約二五、七八〇平方メートルにつき、昭和四二年五月二〇日神戸市長から墓地法一〇条一項にもとづく墓地経営の許可を受けていたこと、(2)被告人らは、同年七月ごろから右土地の造成工事にとりかかったが、工事途中の昭和四三年一月ごろから造成工事の施工範囲を拡張し、その南西に隣接する山林土地約八、〇九七平方メートルをも造成工事の範囲に加え、同年一一月ごろ同工事を完成したこと、(3)被告人らはこの工事を神戸平和霊苑第一期工事と呼び、これによって出来上る墓園を神戸平和霊苑と称していたが、その工事内容は、許可を受けた土地とそうでない土地との間になんらの区別を設けることなく、両者を合わせた全体の土地に数個の段を設け、数個の段を有する一個のひな段状の墓園用土地(全体は五段程度であって、そのうち下方南西部の一画の下から三段程度が許可外の土地にあたる)を造成作出したものであって、工事完成直前の昭和四三年一〇月ごろ神戸市吏員指導のもとに許可を受けた土地と許可外の土地との境界線上に四、五本の木杭を打ち、かつそのさいの勧告に従い翌四四年になってから右境界線付近の各段に高さ三〇センチメートルぐらいのつげの木を申訳程度に植えたが、これも各段を斜めに走る境界線に忠実ではなく、各段において段の線とは直角の方向に列植しているためその列は境界線を横切ることになるというずさんなものであり、他には、許可を受けた土地と許可外の土地とを外観上区別するものはなにひとつないこと、(4)そして被告人らは右工事完成前から、全体の造成地を通じて(すなわち右境界線などにはとん着なしに)通路用地以外の土地を図面上多数の霊地に細分区画したうえ、このうち許可を受けた土地内の霊地を売りに出し、順次第三者に対して墳墓(焼骨を埋蔵する施設)を設ける土地あるいは納骨堂を建てる土地等として使用権を設定して行っており、前記工事完成当時において許可を受けた土地内のかなりの部分につき墳墓を設ける土地としての使用権設定に及んでいたこと(許可外の土地の一部についてもこのような使用権設定とまぎらわしい行為があったが、この点については後に述べる)が認められる。
所論は、「被告人らは最初許可区域の範囲で造成工事にとりかかったが、それでは段の落差(高低差)が大きすぎ、土質その他からして将来崩壊する危険が大きいので、この危険を未然に防止する必要上やむを得ず斜面を南へゆるやかに広げることとし、許可外の区域にも造成工事を及ぼしただけのことであって、この拡張された許可外の区域の造成部分については、将来樹木等を植えて公園墓地らしくする考えであったのであり、ここを墳墓を設ける地に供する意図はまったくなかった。すなわち、被告人らは、許可外の区域に墓地用地を造成した事実はない。」と主張する。しかし、被告人らが造成工事の途中から許可外の区域にまで工事を拡げた直接の動機は一応所論のとおりである(従前の工事のやり方では危険であるとの請負業者の提言を受け入れて設計変更をした)が、前認定のごとき諸事情および後記墓券発行の事実のほか、工事完成が近づいた段階で被告人らは神戸市吏員から許可を受けた土地と許可外の土地との境界線を現地で明示するように注意を受けたが、そのさい被告人中込は使用人に「どうせ墓地として許可を受ける土地であるから境界など設ける必要はない」とうそぶくなどして素直に応じようとはしなかったと認められること、同被告人自身も検察官に対し「そのうちに墓地区域変更の許可申請をするつもりであり、不許可部分も墓地として取扱っていた」などと自供していることなどに徴し、被告人らが、許可を受けた土地と許可外の土地とをあわせて一個の墓園にし、許可外の土地をも墳墓を設けるための墓地用地にする意図で行動したことは証拠上明らかである。
そして、以上のような事実につき、原審における検察官主張の本位的訴因は「被告法人の代表者である被告人中込は、被告法人の業務に関し、同法人が昭和四二年五月二〇日神戸市長の許可を受けて経営している同市垂水区押部谷町木見字東平山所在の約二五、七〇八平方メートルの墓地の南西側隣接地に、同市長の許可を受けないで、昭和四三年一月ごろから同年一一月ごろまでの間に約八、〇九七平方メートルの墓地を造成して、これを経営し、もって無許可で墓地を経営したものである。」(墓地法一〇条一項違反)というのであり、予備的訴因は「被告法人の代表者である被告人中込は、被告法人の業務に関し、同法人が昭和四二年五月二〇日神戸市長の許可を受けて経営している同市垂水区押部谷町木見字東平山所在の約二五、七八〇平方メートルの墓地の南西側隣接地に、同市長の許可を受けないで、昭和四三年一月ごろから同年一一月ごろまでの間に約八、〇九七平方メートルの墓地を造成し、もって無許可で墓地の区域を変更したものである。」(同法一〇条二項違反)というのであったが、原判決はこの両者のうちの予備的訴因を採用して被告人らを有罪とした。
しかしながら、前述したような事実が認められるだけでは許可外の土地について墓地を経営し、あるいは墓地の区域を許可外の土地に拡張して変更したことにはならないといわなければならない。
この点については、まず墓地法一〇条一項、二項の解釈が問題となるので検討することにする。同法一〇条一項は「墓地を経営しようとする者は、省令で定めるところにより、都道府県知事の許可を受けなければならない」とし、同条二項は「前項の規定により設けた墓地の区域を変更し、または墓地を廃止しようとする者も、同様とする」とし、同法二〇条一号において、「一〇条の規定に違反した者」には所定の刑罰を科することが定められている。ところで同法は、その第二条で、「墳墓とは、死体を埋葬し、または焼骨を埋蔵する施設をいう。」と定義し、「墓地とは、墳墓を設けるために、墓地として都道府県知事の許可を受けた区域をいう。」と定義している(この許可について定めたのが一〇条である)が、一〇条二項にいう廃止または縮少変更(一部廃止)前の「墓地」については右定義がそのまま当てはまるものの、一〇条一項の無許可経営にかかる「墓地」および一〇条二項の無許可拡張変更後の拡張された区域にかかる「墓地」については、右定義をそのままあてはめることのできないことが論理上明らかである。これは立法技術として妥当を欠き、結局同一の法律中で「墓地」という同じ言葉に相異る意味を与えることになるが、墓地法全体の規定を統一的、有機的に解釈したうえ、都道府県知事の許可を受けないでいかなる行為をすることが一〇条に違反し刑罰の対象となるかとの観点から、一項にいう「墓地の経営」および二項にいう「墓地の区域の変更」の意義を決定しなければならない。しかるとき、一〇条一項にいう「墓地」とは、ある者が自らその区域内で墳墓の設置に着手することにより、あるいは他人に墳墓を設けさせる目的でその区域内の土地の分譲もしくは使用権の設定に着手することにより、墳墓を設けることに利用されることが確定された土地の区域を意味するのであり、「墓地の経営」とは、右のごとき意味での墓地を設けること、および、右のごとき意味での墓地を墓地として管理、運営することを指し、二項にいう「墓地の区域の変更」とは、区域を縮少(一部廃止)して変更することは別として、許可ずみの墓地の区域と一体となるような関係のもとに許可区域外の土地をも右のごとき意味での墓地にすることを指すと解するのが相当である。要するに、墓地法一〇条に違反し無許可で墓地を経営しまたは無許可で区域を拡張して墓地の区域を変更した罪は、許可区域でない土地を右のごとき意味での墓地にした事実があるときにはじめて成立するのであって、墓地として許可を受けた区域外の土地にたとえ主観的、外観的に墳墓を設けるための墓地用地と言い得るものを造成作出した場合であっても、げんに同土地に墳墓を設置することなく、第三者に対する墳墓用地としての分譲、使用権の設定をすることもなく、同土地をいぜんとして自己が支配し、同土地に墳墓が設けられるに至ることを避けている間は、同土地につき墓地を経営し、あるいは墓地の区域を同土地にまで拡張して墓地の区域を変更したことにはならないのであり、将来自ら墳墓の設置に着手し、または墳墓用地として第三者に対する分譲、使用権の設定に着手するまでのいずれかの段階で所定の許可を得さえすれば、一〇条違反として問擬される余地はないと解するのを相当とする。当審で調査したところによれば、本件のごとくあらたに墓地用地を造成作出して墓地の経営をしようとする場合につき、たとえば大阪府、兵庫県などは造成着手前に許可申請手続をとらせて許可を与えるのを通則的取扱いとするいわば事前許可制をとっており、全国的にみてもこれと同様の取扱いをしている都道府県等が多いが、一部の都道府県等においてはこれとは逆に墓地用地の造成が完了してからはじめて許可を与えるのを通則とするいわば事後許可制をとっていることが認められるばかりでなく、前者の事前許可制と後者の事後許可制とには墓地法が所期する目的をよりよく達せしめる点においてそれぞれ一長一短があり、そのいずれをとるか、いかなる段階で許可を与えるかは、行政庁である都道府県知事等の適切な裁量に委ねられていることがらであって、前者の事前許可制をとることと、許可前にいかなる行為をすることが本法一〇条に違反し刑罰の対象となるかの観点から同条を前述したように解釈することとの間にも、なんら矛盾は存しない。
本法一〇条の叙上のような解釈を前提とするかぎり、前認定のごとき事情があるだけでは、墓地用地として造成作出した本件許可外の土地を墓地にしたとすることはできず、これにつき無許可で墓地を経営し、あるいは許可を受けた墓地の区域をこの許可外の土地にまで拡張して墓地の区域を変更した場合にはあたらないのである。
被告人らが本件許可外の土地を墓地にした事実があるか否かをさらに進んで審査するに、原審で取調べられた証拠によれば、被告人らは、(1)造成工事途中の昭和四三年四月五日ごろ許可区域外の霊地計三〇〇平方メートル(図面上五〇区画)につき星名建設株式会社を権利者とする墓券(神戸平和霊苑承認証書)五〇枚を発行して、これを同会社に預ける趣旨で交付し、(2)造成工事完了時ごろの同年一一月一日、許可区域外の霊地計四八平方メートル(図面上八区画)につき成島多喜士との間で墓地使用契約金を一〇〇万円とする墓地契約書を取交わし、その墓券八枚を発行して同人に交付し、(3)そのころである同年一一月一三日、関口雪子との間で許可区域内と許可区域外にわたる霊地七二平方メートル(図面上一二区画)につき墓地使用契約金を一五〇万円とする墓地契約書を取交わし、その墓券一二枚を発行して同人に交付し、以上(1)(2)(3)のいずれについても、被告法人備付けの永久保存台帳に当該区画の霊地の使用権者がその各相手方である旨を登載したことが認められるのであり、これらの行為は、表面上、許可区域外の土地につき墳墓を設けさせる目的で各相手方に当該土地の使用権を設定したことにとれるのであるが、原審証拠および当審での事実調べの結果によれば、星名建設はもと造成工事の請負業者(昭和四二年一一月ごろ解約)であって、その工事代金債権が未払であることに関し墓券を発行して預けたものであり、成島と関口の場合もいずれもあらためて対価を授受して墓地の使用権を売買したのではなく、前者は一〇〇万円、後者は一五〇万円の既存の各貸金債権に関し墓券を発行して交付したものであり、以上いずれの場合も一般の墓地使用権の売出しの場合と相違して、当該土地に墳墓を設けさせることを直接の目的として行為したのではなく、各債権はあくまでこれを存続させ、これを返済することを主眼にし、返済したときは墓券を返還する約旨のもとにしたことであってせいぜい一時的な担保的意味の域を出ず(原審証人飯高政治の証言中関口につきこれと反する趣旨の供述をしている部分は措信できない)、しかもかかる担保を供するが故に工事代金未払の承認を受け得たり、貸金の供与を受け得たような関係にもなく、当時被告人らは他に経済的な力が十分にあって、いずれも間もなく各債務を返済するなどして墓券の返還を受けることを意図し、げんにいずれも翌年ごろには債務を返済するなどして墓券の返還を受けており、また、星名建設および成島は墓券で表象されるべき権利の内容につきほとんど関心を持っておらず、いずれも「ただ被告人中込が持って来たから預っておいただけのことである」と述べるにとどまり、自らその権利を行使して当該土地に墳墓を設けるなどの考えはなく、一方、星名建設の場合においては右権利を他に譲渡することは禁止されており、成島および関口の場合においては、墓地契約書上に特約として権利を他に譲渡し得る旨の記載がなされていたが、少なくとも成島は現実の問題としてそのようなことをすることを考えておらず、関口についても、叙上の権利への関心、権利行使の点、権利の第三者への譲渡等につき成島の場合以上にこだわりを持っていたと認めるべき証拠はなく、仮に権利の第三者への譲渡が現実の問題となるような事態になったときには、「許可区域内の霊地と交換する予定であった」と被告人中込は述べており、たしかに許可区域内の霊地には当分の間いくらでも売れ残りがあるからそのようにすることは可能であり、げんに原審証人飯高政治の証言によれば、「星名建設、成島、関口以外に友利なる者に許可区域外の霊地の墓券を同じような趣旨で発行したことがあり、この友利分については第三者への権利の譲渡が問題になったが、そのときは霊地を許可区域内のものに振替えて解決した」というのである。これを要するに、被告人らはこのように許可区域外の図面上の霊地につき表面上相手方に墓地使用権を認める趣旨の契約書を取交わしたり墓券を発行交付したりした事実はあるけれども、いずれも当事者間では当該土地に墳墓を設けたり、これを他の第三者に譲渡したりする前に円満解決することが期待されており、その行為は、現実の問題として当該土地につき墳墓を設けさせるに至る性質のものではなかったと言えるのであり、このような事実がある故に被告人らが本件許可外の土地を墓地にしたとみるには至らない他に、証拠によれば、昭和四三年一一月ごろ被告人らは当時売れ残った霊地使用権の販売権を被告法人に対する債権回収便宜のため造成工事の請負業者(星名建設に引続いて造成工事を担当しこれを完成させた)であった大和建築工業株式会社および被告人中込の母中込とめ子の両名に委付し、のちに平和商興株式会社を設立してこれに右販売を委託していることが認められるが、被告人の供述によれば「これらの者に販売権を与えたのは許可区域内の霊地の使用権のみである」ということであり、この供述は、ことがらの性質上、少なくとも当面の問題としては十分措信するに足り、げんにこれらの者において許可区域外の霊地の使用権を売りに出した事実を認めるべき証拠はない。他に証拠を検討しても、被告人らが本件許可外の土地に自ら墳墓を設け、あるいはその使用権を売りに出すなど他人に墳墓を設けることを許容するような行為をした事実は認められず、むしろ被告人らとしては、すでに捜査段階における被告人中込の検察官に対する供述調書中でも述べられているように、墓地区域変更の許可を受けるまでの間は、本件許可外の土地につきそのような事態の生じないようよく注意し、自制して行動していたものと認められるのである。
以上で検討したところによれば、被告人らは、本件許可外の区域を許可を受けた区域と一体をなす墓地用地に造成したと言い得るにとどまり、げんにこれを墓地にした事実はないのであるから、右許可外の区域につき墓地を経営したとか、許可を受けて設けた墓地の区域を右許可外の区域にまで拡張して墓地の区域を変更したとはいえず、したがって、本件公訴事実については犯罪の証明がなく、被告人らはいずれも無罪である。しかるに原判決は、墓地法一〇条違反の罪の構成要件の解釈を誤り、ひいては事実を誤認して墓地区域無許可変更の訴因にもとづき被告人らを有罪としたものであり、この法令解釈適用の誤りおよび事実誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである。
よって、刑訴法三八〇条、三八二条、三九七条一項により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書にしたがって被告事件につきさらに判決することとし、本件公訴事実(その要旨は前掲訴因のとおり)については犯罪の証明がないから同法三三六条により被告人らに対し無罪を言渡す。
(裁判長裁判官 戸田勝 裁判官 梨岡輝彦 岡本健)