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大阪高等裁判所 昭和50年(う)322号 判決 1978年9月28日

被告人 三宅秀雄 帰山裕

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人三宅秀雄の負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人三宅秀雄の弁護人石橋利之、同杉田亮造連名作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書、並びに被告人帰山裕の弁護人横田静造作成の控訴趣意書に各記載のとおりであり、右各控訴趣意に対する答弁は大阪高等検察庁検事生駒啓作成の答弁書に記載のとおりであるから、いずれもこれらを引用する。

被告人三宅の弁護人石橋利之、同杉田亮造の控訴趣意について。

論旨は、被告人三宅秀雄のために、原判決の事実誤認を主張し要するに被告人には直接的注意義務違反も監督上の注意義務違反もないから無罪であるというのである。よつて本件記録及び原審において取り調べた証拠を精査し、これに当審における事実取調の結果をも併わせて検討し、次のとおり判断する。

本件は株式会社大丸神戸店屋上に設置されていた遊戯機上昇式回転展望塔(スカイライダー)の客室(当時の乗客一七名)が回転しながら上昇しつつあつた際、その途中で、客室を吊り上げている索の主索の部分が突然切断し、かつ、このような万一の場合に備えて取付けられてあつた非常安全停止装置が不完全であつたため客室の落下を防止できず、客室が約四・五メートル下の床上に落下し、その衝撃により乗客一七名に傷害を負わせたという事案であり、被告人三宅は右スカイライダーを製造した三宅工業株式会社の代表取締役社長である。

そこで以下所論につき順次検討する。

一、所論(一)(控訴趣意中の(一)及び控訴趣意補充書中の「控訴趣意書の(一)について」に各記載の所論をいう。以下(二)ないし(六)についても同じ)について。

所論(一)は被告人三宅は社長として経営業務全般を総括運営していたけれども、技術系出身者でなく、設計製造に関しては技術担当者に一任していたから、原判決が本件についての結果回避義務を被告人三宅に課したのは誤りであるというのである。

そこで証拠を調査して検討すると、被告人の経営する三宅工業株式会社(以下三宅工業という)は、本件当時原判示のように各種機械部品の熔接加工及び販売、各種鉄骨、鉄塔、製缶の製作加工及び販売、土木建築総合請負業、並びに、これらに附帯する一切の業務を事業目的とする会社で、本件当時は、被告人において従業員約三〇名ないし三五名(工場系約二五名ないし三〇名、事務系五名前後)を雇用して、受注、設計、製作、販売をしていた小規模の個人会社である。同社はもともと被告人三宅の父の代から個人経営で熔接、製缶を主たる業務としていた街工場を昭和三一年九月に会社組織とし、同三九年に事業目的を右のように拡張し、その後、簡単なベルトコンベア、ステンレス研磨機、一、二トン程度の天井走行クレーン、簡易リフト(〇・五トン程度のもの)や、遊戯自動車を固定した遊戯回転円板、小型遊戯飛行塔(四台吊り)などを製造するようになつたが本件のようにかなりの規模のものを設計製作したことはない。そしてその間被告人は小工場の経営者として営業全般を統括し、かつ、直接に又は従業員を指揮監督して前記各種機械、工作物等の設計製作の業務に従事していたものであることは、原判決が認定するとおりであつて、これをさらに敷衍すると被告人は技術専門家ではないけれども、従来からの経験を生かし、徐々にその製作物の範囲を拡大し、本件スカイライダーの受注当時(昭和四一年ころ)には、同社社員田村大樹に設計等の技術面を、同清水秀雄に原価計算や原材料の仕入等の工務関係を、それぞれ担当させ、現業員の責任者として職長をおき、同人らを自己の補助者として(手足の如く)使用しており、機械工作物の設計製作の注文があつた際には、自分達の能力と設備でその設計製作ができるかどうかを検討し、最終的には被告人三宅の判断と責任において、受注するか否かの決定、受注を決定したものについての設計、価格の取決めを行い、これを同社現業員に製作させていたものであることが明らかである。そして本件スカイライダーについても、日本総合娯楽株式会社(以下総合娯楽という)から、その製作(設計を含む)を注文(総合娯楽の下請として)された際、被告人三宅は田村、清水らとその設計、製造の可能性を検討し、いつたんは、自社で引受けることは、前記の小型飛行塔以外に本件のような工作物、とくに二〇名以上の客を乗せるやや大がかりな遊戯工作物は全く製作したことがないので、その設計能力その他の点からみて無理があると考えたものの、結局は大した自信のないまゝあえてその設計製作を引き受け、その作業に当つても基本的には従前と同様の体制をとり、田村に全体構造図を検討作成させ、同人の技術的知識の不足を補うため、そのドーナツ型回転展望客室部分の設計を得意先の知人大阪減速機製作所設計課長平山史郎(変速機の設計専門で、エレベーターやクレーンの設計経験はない)、構造計算書を知人の木本享宏(ビルの鉄骨などの構造設計に強いと被告人三宅が考えた一級建築士)に依頼しているが、さらに神戸市建設局建築課の担当係官から勧告された非常安全停止装置は右田村にこれを設計させるなどして、結局、平山、木本らの協力を得たものの、全体としては被告人三宅が右田村、清水らを補助者として使用して本件スカイライダー設計の総合的最終的決定をし、これを同社従業員に製作させたものであることが認められるのである。

所論は徳島地方裁判所昭和四八年一一月二八日判決を援用して社長たる被告人三宅の過失責任を否定しようとするけれども、本件三宅工業は前示のとおり、いわゆる街工場的な小規模の個人会社であつて、業務内容をみても、その営業、設計、製作のすべてが経営者たる被告人三宅自ら又はその直接の指揮監督の下になされているものであり、所論の過失責任論は大企業にあつて各部門の業務の分担とそれについての責任の所在が明確にされ、社長は経営上の統括はしても個々の設計、製造の面についてこれをチエツクする機会のない場合には考えられることではあつても、本件被告人三宅については適用しうる理論ではない。

叙上のとおりであるから、結局被告人三宅に対し本件事故につき結果回避義務を認めた原判決に誤りはない。所論(一)は採用できない。

二、所論(二)について

所論(二)は原判決が滑車を使用して客室部分を吊り上げる主索(原判決の別紙図面(二)の部分)を二本にすべきであると認定したのは誤りであるというのである。

よつて証拠を検討するに、本件客室を吊り上げる索は鋼製で上下二つの部分からなり、上部の客室に直結する吊上げ用ワイヤーロープは四本で、その最下部はいずれも一枚のロープ止め金具(鋳鉄製の定盤)に固定され、それに主索(通常メインワイヤーロープと呼ばれる)用の綱車(本来は吊上げ用のフツク付きのもので滑車又はシーブとも呼ばれる)一個が天地逆向きにフツクによつて吊り下げられ、これにその下部の電気ホイストの巻胴に巻き取られるメインワイヤーロープが掛けられているが、右メインワイヤーロープは他の下部固定点からいつたん上部にある右綱車に掛けられて下部の巻胴に巻き取られるいわゆる二本掛となつている。本件で切断したのは右の上部客室吊上げ用ワイヤーロープ(四本)ではなく、その下部のメインワイヤーロープ(一本)の右綱車と巻胴との間の部分であり、原判決の別紙図面(二)の主索と記されているロープである。所論は右のメインワイヤーロープは一本であるけれども、客室吊上げ用ワイヤーロープは二本である(実際は四本)から法規に違反していないというけれども、法の趣旨は滑車を使用して客室を吊上げるワイヤーロープの全体にわたつて、二本のロープによつて吊上げるべきものと定めているのであつて、途中からこれをまとめて一本にすること、即ち本件のように右メインロープ一本を巻取る構造にすることを許しているものとは考えられないから所論は採用できない。又所論は一本のメインワイヤーロープでも本件では前記のように綱車を通すことによつて二本掛けにしてあるから、力の関係ではロープが一本でも二本の場合と変りはないともいうけれども、法の趣旨は安全の面から二本のロープで客室を吊ることを命じているのであつて、二本掛けにしてあるという理由で一本のロープで客室を吊ることを許すものではない。神戸建築主事小川一益が本件スカイライダーの確認申請書を審査するに当つて、この点を見落したのは不注意であるけれども、審査のミスを理由に、被告人三宅が本来二本にすべきワイヤーロープを本件一本のメインワイヤーロープとしたことが正当化されるわけのものではない。所論(二)も採用できない。

三、所論(三)について

所論(三)は原判決が客席部分を吊り上げる主索(前示メインワイヤーロープ)の安全率を少なくとも一〇倍に近いものとし、又綱車及び巻胴の直径を右主索の直径の少なくとも四〇倍近いものとすべきであつたとしたのは誤りであるというのである。

そこで証拠を精査して検討するに、原判決が本件スカイライダーが建築基準法八八条一項、同法施行令一三八条二項三号の遊戯施設に該ると解したことは正当であるとともに、これを前提としながらも主索(前記メインワイヤーロープ)の安全率を一〇倍に近いものとし、綱車及び巻胴の直径を主索の直径の少なくとも四〇倍近いものとすべき業務上の注意義務があるとしたことは、その結論において誤りはないと考えられる。本件スカイライダーが同法施行令一三八条二項一号の観光目的の乗用エレベーターに直接は該当しないにしても、それが客室をガイドレールに沿つて水平に回転しながら昇降する搬器に乗せ、これを動力を用いてワイヤーロープによつて吊上げ高所に運搬する構造になつていて、乗客の定員が二四名というかなり大きな昇降客室であることに照らすと、前記のメインロープの安全率、綱車及び巻胴の直径を決定するについては、右観光目的の乗用エレベーターに関する原判示の基準を念頭におくべきことを要求し、同法施行令一四三条によつて準用される同令一二九条の四、五、九、一三等の規定を参考にして本件スカイライダー設計についての安全性を考えるべきであるとすることは十分合理的であると思われる。

主索(メインワイヤーロープ)の安全率を一〇倍に近いものとすべきであつたことについては、証拠を検討すると、原判決が原審相被告人小川一益の無罪理由中において示している原判決書一〇枚目表八行目一六字目から一一枚目裏四行目までの説示を、そのまゝ被告人三宅の場合についても援用することができると認められ、すでに確認申請の段階で神戸市技術吏員小栗史雄は木本享宏に対し主索の安全率を一〇倍にするよう指導し、現に右木本は当初作成した構造計算書につき、右指導に従つてこれを新しく書き直して提出しており、この新しい構造計算書には原判示のように設計方針として「ロープ設計においては(破壊強度)の十分の一とする」として主索の安全率を一〇倍とする趣旨が明示されているのである。ただ、現実には明電舎の五トン電気ホイストを使用したため、メイン、ワイヤーロープは強度一七・九トンの直径一八ミリのロープが一本になつてしまつて一〇倍の安全率が確保されず、さらには、右構造計算書では客室部分(ケージ及び昇降機)の固定荷重(重量)は一・五トンとされているのに、確認申請書添付の平山史郎設計名義の客室部分の図面では、これに基く重量計算をすると約四・五トンとなることとなり(右図面により実際に製作された本件客室部分の重量は四・一五トンであつた――原審第一三回公判調書中、証人矢野利雄の供述部分、記録二四〇九丁の司法警察員作成の捜査復命書)、右四・五トンの客室ではメインワイヤーロープの安全率は原判示のように約四・八倍ないし五・九倍にすぎなくなつてしまつているのである。この点について新しい構造計算書の客室部分の固定荷重の記載(一・五トン)と前記客室部分の設計図(前記のように重量計算すると約四・五トンとなる)との間の矛盾、設計方針中にロープの強度が明示されているのに、使用する明電舎の五トン電気ホイストのワイヤーロープは強度一七・九トンの一八ミリ径のもの一本となつていることとの矛盾については、確認申請の審査に当つた担当官の不注意もさることながら、自ら設計製造について責任を負うべき被告人三宅の不注意は重大である。即ち、後記のように新らしい構造計算書の固定荷重は一・五トンにしてくれと右木本に指示したのは外ならぬ被告人三宅であるのに、又平山の設計した客室部分については、同人から正確に重量計算をしたうえで製作してくれといわれているのに、原料仕入関係からの重量計算をしたのにすぎず、かつ、甚だしくずさんで見落しの多い清水の二トン余りあるいは二トン半というでたらめな報告をうのみにし、しかも、前記の一・五トンと木本に指示したことを無視し、かつ、ロープの強度、安全率、綱車及び巻胴の直径については全く考慮することなく単純に五トンホイストを使用すれば足りると軽信したことは本件にとつて決定的に重大な落度であるといわなければならない。被告人三宅はこの点について木本や平山はそれぞれ専門家であるので信用していたとし、また平山の設計した客室は約二トンくらいで仕上ると信じていたというのであるが、構造計算書の不備について木本とともに神戸市の当局担当官に種々の指摘をうけて、木本に指示して新しく書き改めた計算書を提出させたのであるからそれによつてあらためて全体的設計の検討をすべきであるのに、被告人三宅は新しい構造計算書を全く見ていないというに至つては本件スカイライダーの安全性に対する配慮を甚だしく欠いていたと言わざるを得ないのである。けだし最終的に確認申請書に添付された構造計算書の写を取り寄せて検討すればメインロープの安全率が一〇倍とされ、客室部分の固定荷重が一・五トンとされていることが明らかであり、一方本件スカイライダー類の設計に全く経験のない平山の客室設計図を正確に重量計算すれば客室部分の重量が四トン以上に達することが明らかになるから、ただ単純に他の類似物を真似て五トンホイストを使用するという何らの根拠もない設計方針を根本から検討しなおす必要のあることも明白となる筋合なのである。被告人三宅、田村、清水らにおいて、前示諸点について無知の点、十分理解できない点があれば、木本、平山にさらに説明を求め、あるいは他の専門家に検討を依頼すべき業務上の注意義務があつたことは言をまたないところである。この点に関しては当審の公判廷においても被告人三宅は、自らあるいは補助者である田村、清水の技術面における知識の不足を十分に自覚しないため、設計上の各種安全性を軽視し、たゞ平山には客室を二トンにしてくれといつて設計を頼んだから同人を信用していたとか、木本が新たに提出した構造計算書を見なくても本件スカイライダーは製作できるから、同計算書は見ていない(見ようともしていない)などと供述しているけれども、設計の全体的検討のために新しい構造計算書の再検討は不可欠であり、これを行つておれば当然気付くべき主索の安全率をなおざりにした自分達の手落ちを、その設計や計算の一部を各別に依頼し、かつ、十分な指示や打合せをせずその間の相互連絡のない平山、木本両名らの責任に転嫁し、あるいは確認申請の審査に合格していることを理由に、主索の直径と綱車、巻胴の直径の比率に全く思いを致さず、漠然と明電舎製五トンホイストを採用した設計上のミスについての責任を逃れることはできないのである。結局所論(三)も採用できない。

四、所論(四)について

所論(四)は、原判決が主索の切断時の破壊降伏に対し各部の安全率を十分にとつた非常安全停止装置の設計を怠つたと認定したのは誤りであるとし、もし主索が切断しなければ非常安全停止装置の設計製作の如何は直接に本件事故発生に結び付くものではないところ、本件主索の切断については被告人三宅に過失はないというのである。

よつて検討するに、本件非常安全停止装置は万一ロープ切断等によつて客室が落下する危険が生じた場合に、その落下を防止するための停止装置であるから、たとえ本件でロープが切断しても、本件非常安全停止装置の設計製作が完全なものであり、有効に作動しておれば、当然客室は落下を免れ、本件事故の発生を防止し得たものである。このように本件非常安全停止装置はロープ切断等の場合の落下防止のためにわざわざ取付けたものであるから、所論は本末顛倒の議論であつて到底とるに足りない。なお本件結果発生に直接結びつく注意義務違反は、非常安全停止装置が客室の落下を防止し得なかつた点にあり、この点の注意義務違反は他の客室、メインロープ等の設計上の注意義務違反とともに重要視されなければならない。

所論はさらにメインロープの切断が被告人三宅の過失によるものでないと力説するので、一応ここでまとめて判断しておく。

本件メインワイヤーロープの切断の原因(牛村興産側の保守管理についての手落は一応別として)は原判示のとおり、メインワイヤーロープを二本以上にしなかつたこと、メインワイヤーロープの安全率を一〇倍に近いものにしなかつたこと、綱車及び巻胴の直径をメインロープの直径の四〇倍近いものにしなかつたことにあり、その具体的内容についてはすでに所論(一)ないし(三)において説示し、(五)において後述するように被告人三宅が設計の際、平山に適切な指示をせず、平山、木本に依頼した客室設計図、構造計算書の総合的検討を怠り、深い配慮をしないで単純に明電舎の五トンホイストを採用したことにより、客室部分の重量は四・一五トン(構造計算書では一・五トン)となり、メインワイヤーロープは強度一七・九トン、直径一八ミリのもの一本にすぎず、このため主索の安全率は約五・九倍ないし約四・八倍にすぎなくなり、また綱車及び巻胴及び直径が主索の直径の二〇倍にすぎないものとなつたことが根本的な原因であることが明らかであり、これについて被告人三宅に直接的又は監督上の過失責任のあることもすでに説示しあるいは後述するとおりである。

そしてさらに証拠を精査すると、本件スカイライダーの設計に当つては右綱車の用い方に問題がある。即ち右明電舎製五トンホイストはクレーン用のもので、下部にある物体をフツクにかけ吊り上げるためのもので、ロープにかけられた滑車(シーブ)の下部にフツクが取りつけられ、この滑車の軸の部分には油さしで注油することを要するが、右滑車のカバー及びフツク取付具の構造上フツクが下にある状態で注油するように注油口が設けられているものである(原審で弁護人が提出した明電F形ホイスト取扱説明書、とくに一九頁)のに、本件ではこれを上部から下つてくる四本の客室吊上げ用ワイヤーロープ四本(もつとも客室はこのロープを塔上部にある滑車を通して吊つてあるため右ロープは上に向つて引つ張られている)を前示のようにひとまとめにして、これにフツクをかけ一本のメインロープで下部の巻胴に巻取るように設計したため、フツク付滑車の天地が逆(逆吊り)になり(原審第一五回公判調書中証人浜面利昭の供述部分)、フツクが上になつて四本のロープの止め金具を下から引つぱりその下に滑車がくることになつて、前示カバーの形状及び注油口の位置の関係で油さしで注油ができない、あるいは著るしく困難な状態にあり(原審第一五回公判調書中証人浜面利昭の供述部分、神戸大学教授中川隆夫作成の鑑定書)このため滑車軸への注油不足にならざるを得ず、これが原因で本件事故発生時までに滑車が回転しなくなつてしまつているのである(記録一〇一丁裏)。滑車が回転しないではこれに掛けたワイヤーロープにかかる摩擦は著るしく大きくなり、ワイヤーロープの寿命を著るしく短縮させてしまうことは明らかである。従つて本件スカイライダーの引渡後これを保守管理していた牛村興産側の保守管理の不十分もさることながら、この部分の保守管理(滑車軸への注油)を著るしく困難なものにした右フツク付滑車の用い方の設計上のミスは看過できないところである。

所論はまた、本件スカイライダーについては、保証期間(一年)が過ぎていることを強調するが、本件のような場合の保証期間というのは、保証期間内に、通常に使用しているのにかかわらず発生した故障についてはメーカーが無償で修理するということであつて、保証期間を過ぎてから発生した設計上のミスを免責する趣旨のものではない。設計上のミスは製品がその自然寿命内で本来の用に供されている限り責任を負わなければならない(欠陥車などの場合における欠陥製品の部品取替え、一部改造などはその一例である)。

さらに所論は本件スカイライダー引渡後の保守管理者の責任を云々するけれども、この点についても証拠を検討すると、本件スカイライダーを三宅工業に発注し、これを納品した日本総合娯楽株式会社と、これを買受けて大丸神戸店屋上でこれを運転していた牛村興産株式会社との間の売買契約書(当庁昭和五〇年押一二〇号の符号二)によると、その第九条において「甲<総合娯楽を指す>は本機械の補修点検は月一回定期的にしなければならない。(但し、その費用は保証期間中は別とし以后実費を乙<牛村興産を指す>は現金にて甲に支払うものとする。)」と定められており、これを受け本件スカイライダーを設計製造した三宅工業と、発注者総合娯楽との間の売買契約書(同号の符号三)によると、その第8条において「甲<三宅工業を指す>は本機械の補修点検を月1回定期的に乙<総合娯楽を指す>の指定した日時にする(但しその費用は保証期間中は別として以後実費を乙は甲に現金にて支払うものとする。)」と定められている。そうすると、三宅工業側は一年間の保証期間後も実費で月一回定期的に本件スカイライダーを補修点検する義務を負担しているのである。しかるに証拠によると、昭和四二年一一月以降本件事故が発生した同四三年三月二四日まで全く右補修点検義務を尽していないのである。牛村興産が日常の点検を十分にせず、また三宅工業に対し右月一回の定期的補修点検を申出なかつた懈怠責任は後記被告人帰山に関する論旨について述べるけれども、それはそれとして、三宅工業が右月一回の定期的補修点検を実施していたならば同四三年一月以降はメインワイヤーロープの素線の断線を発見でき、同ロープの取替えをすることによつて本件メインワイヤーロープの切断事故は避け得たのである。従つて牛村興産側の保守管理が十分でなかつたことも本件事故の原因の一つである(被告人帰山の控訴趣意に対する当裁判所の判断を参照)けれども、それを理由に三宅工業側すなわち被告人三宅の過失責任を否定することはできないのである。

以上のとおりであるから、所論(四)は採用できない。

五、所論(五)について

所論(五)は原判決は被告人三宅が平山史郎に客席部分の設計を依頼するにあたり、これに総重量について全体的視野に立つた適切な指示をしなかつたと認定しているのは誤りであるといいその前提として被告人三宅は本件工作物については建築基準法にいうところの設計者には該当しないというのである。

よつて検討するに、本件スカイライダーについての建築基準法六条一項による確認申請書(同号の符号一)によると申請者株式会社大丸神戸店取締役店長増喜勝実、築造主株式会社大丸神戸店、設計者一級建築士登録番号三〇〇五六号大阪市都島区都島本通五―二三木本享宏、工事施工者日本総合娯楽機械株式会社となつているが、右総合娯楽は三宅工業に本件スカイライダーの設計製作を依頼したものであり、これを受注した被告人三宅は前示のように自己の責任と判断においてこれを設計製作したが、各種法規上の手続関係は不馴れのため総合娯楽に依頼し、また構造計算書の作成を知人の木本享宏に依頼し、被告人三宅の工場には建築士の有資格者がいなかつたので、確認申請書には有資格者である木本を便宜設計者として提出されただけであつて、建築基準法上の手続面の問題としてはともかく、本件スカイライダーの落下事故の責任を問われるべき設計者は被告人三宅であつて、確認申請手続における名義を理由に木本に本件の過失責任を負わせて自己の刑事責任を免れることはできない。

そして、客室部分の設計をしたのは前示のように被告人の得意先の大阪減速機械製作所の設計課長平山史郎であり、同人は変速機の設計が専門であり、本件スカイライダーはもちろん、類似工作物の設計については全く経験がなかつたが被告人三宅からの強い要望でこれを引き受けたのであるけれども、被告人三宅が同人に客室設計を依頼するに当つて、他の部分の構造、客室吊上の主索、巻胴、綱車に関する計算については、もちろん、くわしく説明しておらず、客室についても、当初相談程度の段階で約二トンの重量のものといつて話をしたことはあるけれども、正式に依頼する段階で客室の重量、強度、用材等についての制約、その全体の構造との関連についてくわしい打合せ、指示をせず、ただ二五人乗り用のもので約二トン程度という程度で依頼しただけで、しかも同人の設計図に基きそのまゝ製造するものであることを明確に指示していないため、平山としては専門外の工作物の設計でもあり、強度、安全性について十分すぎる程度に設計し、かつ、それがどのくらいの重量になるかについては多忙のために計算することなく、設計図を被告人三宅に渡したのであるが、その際同人はこのことを同被告人に告げ重量計算をしてくれといつているのである。そして同人としては本件スカイライダー全体の最終設計責任者が、右設計図を基本に、重量が超過しているときは強度に問題がなければ用材の量を減らして修正減量し、強度上必要な程度の減量が困難であれば動力等のパワーアツプなど適当な補強策を講ずるものとして被告人三宅に渡しているのである。その他諸般の事情をも考慮すると、平山が作成した設計図に基いてそのまゝ製作するための客室設計を依頼するのであれば、その旨を明確に伝えたうえ原判決もいうとおり、その総重量について全体的な視野に立つて具体的細則的な制限を加えた指示をすべきであり、例えば小さくとも構造計算上はケージが一トン、昇降機が〇・五トンの制限があるけれども、二四名乗りのケージでその重量制限に従つて安全な客室ができるか検討のうえ設計されたい。ロープの強度、安全率はしかじかであるなど、それ自体についてのくわしい指示と、全体の構造との関連を十分説明すべきであつたといわなければならない。(もし、これを怠たり本件のように漠然とした説明だけしかしていなければ、右客室設計図を受取つた後、被告人三宅において専門家に依頼して正確な重量計算をさせたうえ、木本及び平山を呼び、田村、清水らをも加えて、それぞれの立場から、全体構造図、構造計算書、客室設計図、その余の部分の設計図の各相互間に矛盾がないかどうか、さらには、ロープ、動力その他についても問題はないかを検討させ、全体的な見地からの修正の必要の有無について再検討する程度の措置は当然講ずべきであつた((そうしておれば本件のような不完全な設計は当然修正されている))と考えられるのである。この意味で本件は本来の客室設計上の依頼の際の落度があつても、その後の次善の策として右の手段を講じておれば避けられた事案である。)

所論(五)は採用できない。

六、所論(六)について

所論(六)は、原判決は被告人三宅が田村大樹に非常安全停止装置の設計を命ずるに当り、その構造各部の安全率について何らの適切な指示をせず、同人に主索の切断時の破壊降伏を考慮しないで右装置の設計をさせたため、剛性の不十分な溝型鋼にくさびローラーを受け止めるべき斜板を取りつけることとなつたと認定しているが、被告人三宅は機械の設計製作等についての技術専門家でないため、平素から田村にすべてを一任していたのであるが、被告人三宅が同人に右装置の設計を命ずるに当り原判示のような指示をすることは到底できないことであるから、被告人にこれを期待することはできないというのである。

しかしながら、原判決は「主索の切断時の破壊降伏に対し各部の安全率を十分にとつた非常安全停止装置を設け」て「客室落下による危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り」と判示しており、右非常安全停止装置の取付けは、本件スカイライダーの構造、客室の定員、客室の上昇高度等からみて、乗客の安全のため当然要請されるところであつて、本件確認申請に際して当局担当者がその取付けを勧告したのは当然である。とすれば右装置は主索の切断時に客室の落下を防止するに足るものを設計製作しなければならないのである。

そして、所論は田村に設計を命じたのが当然であることのようにいうけれども本件ではまず所期の効果を発揮できるだけの性能のある装置を作ることが課題であつて、三宅工業のスタツフの能力と技術からすれば、客観的には、被告人三宅や田村の手に負えるものではなく、本来は右装置の専門的知識を有する技術者に設計を依頼すべきものであつたのである。しかるに被告人三宅は田村が右装置について全く経験がないのにあえて同人にその設計を命じているのである。田村に命ずる以上は同人をして十分有効な装置を設計させるよう指揮監督すべきは当然であり、適切な指示を与えるはもちろん、同人からその設計の要点、同人が十分に設計できるかどうかを確認しつつ、安全な設計をさせるべき義務を有し、同人の技術ないし勉強不足のため安全有効な装置を設計し得なかつたときは被告人三宅は同人に対する監督上の過失責任を負わなければならないのである。ここで再度、三宅工業の規模と経営、作業の実態からして、本件スカイライダーの設計製作の最高責任者は被告人三宅であり、田村はその補助者にすぎないことを想起すべきである。所論(六)は到底採用できない。

七、所論(七)について

所論(七)は神戸大学教授中川隆夫の鑑定書中「本事故は高度な設計技術の持ち主の設計であれば発生しなかつた事故と考えられる。しかし根本的解決策では決してないが、点検整備作業が規則(クレーン等安全規則)通りに行われておれば、メインロープの切断事故は事前に防げたものと考えられる」との部分(記録一四〇一丁)を引用するが、右鑑定書全体を熟読すれば、本件は設計について極めて高度の設計技術を必要とする程のものでないことが明らかであり、月例点検と設計ミスとの関連については、同鑑定書中「規則第172条に規定された月例の点検を行なつておれば重量計算の誤りによつて、ワイヤーロープの使用寿命は、短いと云つても切断事故だけは避けられたものと考えられる。しかし事故の責任は設計重量の計算不足の方が重大と考えられる」(同一三八九丁)と簡明に結論づけられているところであり、当裁判所の見解もこれと同一である。

結局は本件事故は三宅工業側の設計ミスと設備使用側の点検、整備作業の不備との競合によつて発生したもので、被告人三宅の過失責任は否定できない。

叙上所論について検討したが、結局は、本件スカイライダーの設計はこれに関する技術的、法規的知識を有する専門家にとつては、特別の研究試作テストを要する程困難なものではなく、純粋に技術的に安全な設計と関連規定による制限の遵守を心掛ければ、一般平均的な技術で十分原判決が要求する結果回避措置をとり得たものである。ところが被告人が経営する三宅工業のスタツフ、即ち被告人、田村、清水らは小工場(いわゆる街工場程度)の設計技術と製造経験しかなく、被告人三宅らにとつては本件スカイライダーはいわば初めて取り組む大事業でありその能力を超えるものであつた。従つて本件スカイライダーの設計についても純技術的な面についても、建築基準法その他の関連法規についても殆んど無知であつたから、かりに製造能力については自信があつたとしてもその設計については、全体的な基本構想は自社で樹てスケツチ的な図面あるいは全体構造図は自らが田村を指導して書かせても、これに基く本格的設計はその知識と経験を有する専門の技術者に委ね、かつ、製作中にもその設計者によるチエツクを求めるべきであつた。それをしないで被告人三宅が田村に設計させ、田村の手に負えない点については平山や木本に部分的な依頼をし、かつ、その際の指示が不十分であつたことと、主索の強度、安全率について専門家に検討の依頼をしていないため、各種の面で矛盾、法規不遵守が生じ、これらについて総合検討をなすべき立場にあつた被告人三宅が、自らは勿論、専門家にこれを依頼していないことが根本的な設計上のミスである。小工場では自らの設計陣で出来る物と出来ない物とがある。自分達で出来ないことの一部についてのみ外注など最低限の補助的手段を用い、他にも専門知識を要する技術的、法規的制約面について自分達の勝手な判断で、これで良かろうと軽信し、慎重を欠いた態度(例えば五トンホイストの無定見な採用、能力不足の田村による非常安全停止装置の設計など)が、そもそも誤りなのである。設計を専門家に一任せず自分の判断で(一部外注して)本件スカイライダーを設計した本件についてこれを法的な業務上の注意義務違反として構成すれば原判決認定のとおりとなるのであつて、被告人三宅は技術専門家ではない、同人としては部下で技術家である田村を信用していたというのは言いわけにならない。田村は技術家とはいえ、ごく初級程度の設計技術しか有せず、本件スカイライダー設計について、一部は外注してもこれを総合修正できる能力のないことが明らかであるから、田村よりも「高度な設計技術」を有する本件スカイライダー類専門の設計者(その者にとつてはごく普通の工作物であり、特別高度の技術を要するものとは考えられない)に依頼すべきであつたのである。これをしないであえて被告人三宅の責任で田村に設計させ同人にできないところを外注するのであれば、原判示の業務上の注意義務を尽すべきであつたのである。くり返して言うが、それが酷であるというのであれば、設計のすべて(全体的統一的な設計)を専門の設計技術家に依頼すべきであるのである。小工場が経費を惜んで自分達で能力以上のことを企図し、乗客の安全についての慎重な態度を欠いたことが、本件被告人三宅の過失の根源であることを十分銘記すべきである。

以上のとおりであるから、三宅工業の社長である被告人三宅個人に本件事故についての過失責任を問うのは酷であるというに帰する所論はあらゆる面から検討してこれを採ることができないのであつて、さらに縷述の所論にかんがみ記録を調査しても、原判決の被告人三宅に関する事実認定に判決に影響を及ぼすべき誤りはない。論旨は理由がない。

被告人帰山の弁護人横田静造の控訴趣意について

論旨は事実誤認を主張し、原判決は、本件スカイライダーの客室を吊り上げる主索が乗客の命綱であることに鑑み、直接又は部下従業員を指導監督して、常にその異常発生の有無を点検して主索切断による危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があると認定したが、被告人帰山にかかる直接もしくは間接的注意は存しなかつたというのである。

よつて本件記録及び原審において取り調べた証拠を精査して検討し、次のとおり判断する。

まず、本件スカイライダーが大丸神戸店屋上に設置されるに至つた経緯とその経営方式についてみるに、証拠によると、大丸神戸店では昭和四〇年の店屋の増改築をした際、屋上遊戯機械について従前のものを撤去し、客誘引・営業成績向上のために新規の遊戯機械の設置を企画し、従前から同店屋上の遊戯機械を運営していた牛村興産株式会社(以下牛村興産という)に対しプランの提出を求めて検討した結果、同四一年八月ころ本件スカイライダーの設置を同社に依頼した。同社はこれを日本総合娯楽株式会社(以下総合娯楽という)に発注し、同社は右スカイライダーを三宅工業株式会社(以下三宅工業という)に設計製作させてこれを大丸神戸店屋上に設置させ、同年一〇月一八日神戸市建設局建築課係員の検査を受け、翌一九日から使用を開始したが、右スカイライダーについては、大丸神戸店が牛村興産に業務を委託してその運営を行うこととなつた。この点については大丸神戸店と牛村興産との間に同年一〇月一六日、大丸神戸店は屋上のスカイライダーの業務を牛村興産に委託する、牛村興産は大丸神戸店の指示に従い同店の名において営業を行なう、牛村興産は本業務に必要な架設物機械器具材料電気配線その他一切の設備はすべて自己の負担において設置しかつ整備しなければならない、牛村興産は機械設備の安全保持に注意し、これがため事故の生ずるが如きことのないよう十分注意すること等を内容とする業務委託の契約が締結されている。そして屋上には他の遊戯機械経営、小鳥・犬・観賞魚等の販売、園芸関係、軽食堂、清涼飲料販売などの一一業者が入つている(いずれも経営委託形式)が、その販売等については営業第五部第一八課長が責任者となり、各業者から派遣の従業員にも大丸神戸店の就業規則を遵守させ同課長の指示に従わせていた。そして遊戯機械については、毎朝各業者の責任において、具体的には業者派遣の現場責任者が、その点検整備をし、その機械の保守管理、点検補修は各業者がその責任においてこれを行うものとされていて、営業第五部第一八課長は業者との契約に基く販売売上等の管理がその職務とされていた。本件スカイライダーについても右と変りはなく、前記大丸神戸店と牛村興産との前記契約にも牛村興産に保守管理義務のあることが明示されているから、本件事故発生を防止すべき業務上の注意義務は牛村興産側にあつたといわなければならない。従つて本件事故発生当時における大丸神戸店第五営業部第一八課長中川秀男に本件現場従業員に対する本件スカイライダーの保守管理についての監督上の責任があるとの所論は採るを得ない。

次に、本件スカイライダーの操作ないし保守管理の具体的状況についてみると、本件スカイライダーの操作は牛村興産の男子従業員一名が現場責任者となつてこれを行い、機械設置後事故発生までに、宗像信男、石橋実、長浜年応、内田進らが順次交替してこれに当り、他に女子従業員四名(日曜日などにはさらにアルバイト一、二名)とともに運転、乗客積降しなどの業務を行つてきたが、毎朝の始業点検初め右スカイライダーの日常の保守管理は直接には右現場責任者である宗像、石橋、長浜、内田が順次引継いでこれに当つてきた。

ところで被告人帰山は従兄弟の関係にある牛村辰雄の片腕として種々の事業をともにして来たもので、まず大丸神戸店の営繕請負工事をしていた牛村工務店を会社組織とし、その後社名変更をし同じ事業をしている三協建設工業株式会社、ついで主として大丸神戸店の清掃事業を請負つている株式会社大清社、さらに当初は砂利の採取事業を主としていたが、昭和四〇年ころから大丸神戸店における遊戯機械の経営をも行うようになつた牛村興産株式会社などを、右牛村と被告人帰山の両名が主たる会社役員となつて経営して来たものであるところ、本件スカイライダーの大丸神戸店への設置当時から本件事故発生当時にかけては、右三協建設工業株式会社においては被告人帰山が代表取締役(昭和四二年春まで)、大清社と牛村興産においてはいずれも牛村が代表取締役社長、被告人帰山は専務取締役であつたが、この両社の経営については両名が業務を分担し、牛村は大清社の下関、博多、長崎における事業及び牛村興産の遊戯場を除くその余の事業を、被告人帰山は大清社の高知、新居浜、神戸における事業及び牛村興産の遊戯場の経営をそれぞれ担当してきたもので、被告人帰山は右のように三協建設(昭和四二年春まで)、大清社、牛村興業の各会社につき大丸神戸店における業務の担当が主であるため、同店に常駐し、本件スカイライダーについても被告人が牛村興産の責任者として、前記現場責任者らを指揮監督してその経営に当つてきたものである。

ところで本件スカイライダーは前示のとおり牛村興産が総合娯楽に発注し、三宅工業がこれを下請して設計製作し、大丸神戸店に設置したもので、前段で被告人三宅について説示したように、牛村興産と総合娯楽との間、総合娯楽と三宅工業との間の各売買契約書には、三宅工業は総合娯楽に対し、総合娯楽は牛村興産に対し、それぞれ毎月一回の定期的補修点検(一ヶ年の保証期間中は無料、それ以後は実費支払い)を約しており、とくに被告人帰山は牛村興産の担当取締役であるほか、右総合娯楽との間の売買契約書においては、三協建設の代表取締役として牛村興産の連帯保証人としての記名押印をしている。そして証拠によると、本件スカイライダーの設置後一年間(保証期間)は三宅工業に毎月一回の定期的補修点検(無償)をさせていたのに、保証期間の切れた昭和四二年一一月以降は、三宅工業が右約定に違反して毎月一回の定期的補修点検に来なくなつたが、被告人帰山は本件スカイライダーの直接の経営担当者として、三宅工業(直接もしくは総合娯楽を通じて)にその定期的補修点検をなすべきことを請求しこれを実施させるべき立場にありながら、その実施をさせないまま放置してきたのである。この点にまず被告人帰山の直接の業務上の注意義務違反があるといわなければならない。

一方、本件スカイライダーの運転開始後は、現場責任者は始業点検に当つては客室部分を昇降させてみて異常のないことを確かめ(時に被告人帰山が立会うこともあつた)、週一回ないし一〇日に一回程度下部機械室に入つてギヤボツクスへの注油及びその付近の簡単な点検をしていたのに止まり、客室吊上げ用ワイヤーロープ及びメインワイヤーロープの検査については、右各ロープの大部分が比較的狭い塔柱(その外径が七九センチメートルの鉄製円柱)の内部にある(とくにメインワイヤーロープは全部が塔柱内)ため、塔柱内側のステツプによつて上部に登り、必要に応じて客室を昇降させて、懐中電灯で照らしつつ作業しなければならない構造になつていることもあつて、右各ロープのめんみつな点検はもちろん簡単な外観検査も全く行つていなかつた。しかし、ギヤーボツクスへの注油が不十分であつても各歯車の作動が円滑でなくなり極端な場合でも運転しなくなるというだけで人命に直接の影響はないのに反し、各吊上げ用ロープとくにたゞ一本で吊つてあるメインワイヤーロープが万が一にも切断するようなことがあれば、直接乗客の生命にかかわる客室落下の危険があるのであるから、本件スカイライダーの点検をするため、機械室に入るときはギヤボツクスへの注油もさることながら、何よりもまずメインワイヤーロープの異常の有無に気を配ること(前示のように多少の手間はかかるけれども、特別の技術を要せず、何人にも可能である)は直接運転及び点検作業をする者に当然要求される義務であるとともに、これらの者の指揮監督者の常に指示実施させるべき事項であつて、本件のロープは五年や一〇年は大丈夫だと思つていたから点検しなかつたなどというのは、乗客の安全を無視した軽率極りない態度であつて許されるべきことではないのである。

しかも、証拠によると、少なくとも昭和四三年一月ころにはメインワイヤーロープの素線の断線が一〇パーセントを超え、肉眼による外観検査によつても右の異常な断線状態が識別できたことが認められるから、被告人帰山がその後本件事故までの二ヶ月間に、たゞの一度でも自ら三宅工業をして約定による補修点検をさせるか、せめて現場責任者に(場合によつては自らも手伝つて)、単なる注油だけでなくメインワイヤーロープの外観検査をさせておれば、当然右のメインワイヤーロープの異常な断線状態に気付いて、右ロープの取替えをすることにより、本件の右ロープ切断による客室落下事故の発生を防止し得たのである。

以上のとおりであるから、被告人帰山は本件ロープ切断につき直接又は監督上の業務上の注意義務違反があつたものといわなければならないのである。

なお、所論は原判決が「常に」その(主索の)異常発生の有無を点検すべきであると判示しているのは極めて抽象的であり、どの程度の点検が必要かを具体的に明示すべきであるというのであるが、なるほどこの点の原判示は抽象的に過ぎ、具体的には前示のような業者による毎月一回程度の本格的補修点検及び現場責任者による日常(週一回程度)の簡単な外観検査をなすべきことを要するものというべきであるが、前述のように昭和四三年一月から本件事故発生までの二ヶ月間もの間、全く何らの補修点検も外観検査もせずに放置していた本件においては、原判決が所論の「常に」と判示した点に具体性を欠く点があるとしても、この判示の誤りはいまだ判決に影響を及ぼすほどのものであるとはいえない。

その他縷述の所論にかんがみさらに記録を検討してみても被告人帰山にその判示のような直接又は監督上の過失責任を認めたことに誤りはないと考えられる。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用は同法一八一条一項本文によりその全部を被告人三宅に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 西村哲夫 野間禮二 笹本忠男)

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