大阪高等裁判所 昭和50年(う)574号 判決 1975年11月05日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は弁護人沖源三郎作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。
(控訴趣意第一点について)
論旨は、要するに、「原判決は本件犯行検挙当時の被告人の所為をもつて自首にあたらないと判断しているが、これは自首に関する刑法四二条一項の解釈適用を誤つたものであり、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである」というのである。
原審で取調べられた証拠および被告人の当審公判廷における供述を総合すれば、
警察官富田堅二外三名が昭和四九年一二月一五日午後九時五〇分ごろ国鉄大阪駅構内中央コンコースを警ら中、中央切符売場から出て来た被告人を含むやくざ風の三人連れの男が同巡査らの姿を見て急に話を止め、視線をそらして足早にその場から立去ろうとするので、同巡査らにおいてこれを呼び止め、職務質問のためそこから五〇メートルほど離れた大阪府曾根崎警察署大阪駅警備派出所への同行を求めると、三人ともおとなしくついて来た。そして同所で三名は警察官の質問に対し、住所、氏名等を答えたうえ、二人が新潟へ行くところで切符を買い、これを被告人が見送りに来ている旨述べたが、態度にそわそわしたところのある被告人に警察官が所持品提示を求めたところ、被告人はまずポケットの中の物を全部出し、さらに「もうないか」と問われて、「すみません。拳銃を持つています」と述べ、着ているコートと背広上衣の前に広げ、これを脱いで、左胸部にホルスターで身につけている拳銃(弾倉内に実包六発が入つていた)を警察官に見せた。警察官は、このように被告人から拳銃を持つていると告げられるまで、被告人が拳銃を所持携行している事実は知らず、「拳銃を持つているのか」とか「それは何か。拳銃ではないか」などとは一切問うていない。また、被告人は警察官から呼び止められるまでは拳銃等を所持していることにつき自首する意思を持つていなかつたが、呼び止められたときすでに「しまつた。悪いことしているからあかん」と観念し、その後の警察官に対する態度は素直でおとなしかつた。以上のことが認められる。
ところで、自首があつたとなし得るのは、犯人による犯罪事実の申告が自ら進んで自発的になされたと言える場合でなければならない。本件は、警察官の職務質問にさいして犯罪事実の申告がなされた場合であるためその点が問題になるのであるが、職務質問にさいしての申告であることを理由にして一概に自発性を否定するのは相当でなく、当時の客観、主観の諸情況を総合的に判断して申告が自発的になされたと評価し得るか否かで決めるべきものと考えられる。本件では、特定の犯罪事実に被告人が関与しているのではないかと目星をつけて警察官が質問し、その結果被告人が右事実を認めた場合ではなく、警察官は被告人が拳銃を所持携行していることは知らず、かつ拳銃は被告人の着衣の中に隠れていて外部からは見えず、警察官において被告人の所持品につき具体的に異常を認める段階にも至らず、したがつてまた被告人が拳銃を携帯していると疑うに足りる相当な理由があつたわけでもないうえ、被告人は警察官の質問に対し種々弁解などしたのちに初めて拳銃を見せるに至つたのではなく、むしろこれに素直に応じているのであつて、これらの諸点は右自発性を肯認することに左袒する事情とみることができる。しかしながら、被告人はもとから拳銃等所持の事実につき自首をすべくその機会をうかがい、警察官から呼び止められ質問されることによつてその機会をつかんだというのではなく、ことに、被告人は拳銃を携帯することにより職務質問をする警察官の目前で罪を犯し続けているのであつて、しかもその犯行は、なんら事情の説明をつけ加えるまでもなく、当該所持品を見られるだけで一目瞭然のもとに発覚する性質のものであり、かつ被告人が当該所持品を携帯する点は、さらに職務質問が続けられることにより警察官が質問に伴う附随的な行為として仮に着衣の上から被告人の身体に手を触れるようなことがあつたとしてもそれだけで怪しまれるに至る可能性が高く、また被告人の心理としても、もし被告人が拳銃等所持の犯行を続けていることを悔みその中止を願つているのであればなにもこれを警察官に提出しなくても適切に投棄することによつて十分に目的を達することができる性質のものであることに照らしてみても、被告人の場合は警察官から職務質問を受ける立場に立たされた結果やむを得ず拳銃を持つていることを告げてこれを見せるに至つたと理解することができるのであつて、これらの諸点に徴すると、警察官が所持品の提示を求めることは警察官職務執行法第二条の質問の一方法であつて、これに応じるか否かはあくまでも被質問者の任意であり、けつして強制は許されないこと、および、本件では被告人が任意に所持品の提示等に応じない以上拳銃を身につけていることは警察官に判明しなかつたのではないかと言えることを十分に考慮しても、むしろ全体の事情として被告人の拳銃等所持の犯罪事実の申告は自発的になされたものと評価することができず、この点において自首には該当しないと判断するのが相当である。
してみれば、原判決が本件犯行につき被告人の自首を否定したことは正当であつて、そこには判決に影響を及ぼす法令解釈、適用の誤りはない。論旨は理由がない。
(控訴趣意第二点について)
論旨は量刑不当を主張し、被告人に対してはより短期の懲役刑または罰金刑を言渡すのが相当であるというのである。
しかしながら、本件犯行の動機、罪質、態様、被告人の前科関係、ことに、被告人は前に恐喝未遂、傷害、覚せい剤取締法違反の罪により懲役一年六月の刑に処せられ、その仮釈放後約一月にして本件犯行に及んでおり、しかも、具体的な使用目的はなかつたとはいえ、弾倉に実包(拳銃に適合する)六発を入れた拳銃(いずれも被告人の所有)をホルスターで身につけて携行していたこと等諸般の事情に徴すると、記録を精査し、本件拳銃および実包は右仮釈放後あらためて入手したものではないこと、被告人は最近組関係に出入せずむしろこれを離脱していると見得る状況にあり、かつ正業に従事していること、警察官の職務質問にさいし素直に本件拳銃等を提示して検挙されるに至つたこと、その他所論の点を斟酌しても、原判決が被告人に科した刑(懲役一〇月等)はやむを得ないものであり、その量刑が不当に重いとすることはできない。論旨は理由がない。
よつて刑訴法三九六条により控訴棄却の判決をする。
(戸田勝 梨岡輝彦 岡本健)