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大阪高等裁判所 昭和50年(う)809号 判決 1975年12月18日

本籍

三重県阿山郡阿山町大字玉滝四、二三二番地

住居

大阪府茨木市下穂積四丁目四番八号

会社役員

森岡武雄

昭和三年六月三日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五〇年三月三一日大阪地方裁判所が言渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があつたので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 山内茂 出席

主文

原判決を破棄する

被告人を罰金一、五〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人大槻龍馬作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は原判決の量刑不当を主張するのであるが、所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、本件は室内装飾業を営む被告人が、昭和四四年分から三カ年分にわたり、公表経理上架空の外注工賃を計上し、これによつて得た資金を架空名義預金にするなどの行為により所得金額を秘匿したうえ、所轄税務署長に対し虚偽の所得税確定申告書を提出し、所得税合計五、二八五万四、九〇〇円を免れた事犯であり、犯行の罪質及びほ脱は三カ年分にもわたり継続的に行なつた計画的犯行であり、逋脱額も相当多額にのぼつていることに徴すると、犯情は軽視することはできない。しかしながら、被告人はたまたま起つたボーリング場開設ブームにより一時的に業積が向上したことから利益の一部を蓄積し、業積の安定を図ることを主目的として本件犯行に及んだもので、一時的な犯行であるものと考えられる面もあり、犯行の手口もさほど悪質なものではないこと 被告人は本件の逋脱額はもとより、課せられた多額の重加算税等をすべて完納していること、被告人はこれまで前科前歴がなく、永年にわたり室内装飾業に 々として励んできたもので、本件について深く反省していること等、本件記録にあらわれた諸般の事情に徴すると、原判決の刑はやや重すぎるものと考えられる。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書にしたがいさらに判決することとし、原判決認定の各事実に法令を適用するに、被告人の原判示各所為はいずれも所得税法二三八条一項、一二〇条一項に該当するので、所定刑中各罰金刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四八条二項により罰金額を合算した金額の範囲内において被告人を罰金一、五〇〇万円に処し、同法一八条により右罰金を完納することができないときは金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、主文のとおり判決する。

昭和五一年一月八日

(裁判官 小河巌 裁判官 清田賢 裁判長裁判官瓦谷末雄は転任のため署名押印することができない。裁判官 小河巌)

昭和五〇年(う)第八〇九号

控訴趣意書

所得税法違反 被告人 森岡武雄

右被告人に対する頭書被告事件につき、昭和五〇年三月三一日、大阪地方裁判所が言渡した判決に対し、控訴を申立てた理由は左記のとおりであります。

昭和五〇年八月二一日

弁護人弁護士 大槻龍馬

大阪高等裁判所

第四刑事部 御中

原判決の刑の量定は著しく重く不当である(刑訴法三八一条)

一、原判決は罪となるべき事実として

被告人は、大阪市浪速区芦原町一、一七四番地に事務所をおき、室内装飾業を営んでいるものであるが、自己の所得税を免れようと企て、

第一、昭和四四年分の所得金額が二二、九六七、八三七円で、これに対する所得税額が一一、〇〇五、九〇〇円であるのにかかわらず、公表経理上架空の外注工賃を計上し、これによつて得た資金を架空名義預金にするなどの行為により、右所得金額中二一、〇二四、五五九円を秘匿したうえ、昭和四五年三月一三日同市浪速区所在浪速税務署において、同税務署長に対し、同年分の所得金額が一、九五二、二七八円で、これに対する所得税額が二七四、七〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により所得税一〇、七三一、二〇〇円を免れ、

第二、昭和四五年分の所得金額が四〇、一二九、九八六円で、これに対する所得税額が二一、〇六七、四〇〇円であるのにかかわらず、前同様の行為により、右所得金額中三五、五八二、八三四円を秘匿したうえ、昭和四六年三月一五日前記浪速税務署において同税務署長に対し、同年分の所得金額が四、五四七、一五二円で、これに対する所得税額が九四七、七〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により所得税二〇、一一九、七〇〇円を免れ、

第三、昭和四六年分の所得金額が四六、八五七、六一七円で、これに対する所得税額が二四、九〇五、五〇〇円であるのにかかわらず、前同様の行為により、右所得金額中三七、二七〇、九五〇円を秘匿したうえ、昭和四七年三月一五日前記浪速税務署において同税務署長に対し、同年分の所得金額が九、五八六、六六七円で、これに対する所得税額が二、九〇一、五〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により所得税二二、〇〇四、〇〇〇円を免れ、

たものである。

との事実を認定した上、所得税法二三八条一項、一二〇条一項を適用して、被告人を懲役八月(二年間執行猶予)及び罰金一、二〇〇万円に処したが、右量刑における懲役刑の併科は、刑罰分野における税法の位置・刑事政策的見地及びその他諸般の情状等に鑑みると、極めて妥当性を欠き、不当に重いものである。

以下その理由を述べる。

二、理由

1 刑罰分野における税法の位置

税法違反が刑事事件として取上げられる場合、一般刑事事件と異つた手続がとられるのが原則となつていることは周知のことである。

即ち間接税の違反事件においては、直告発・不履行告発の別はあるとしても、すべて収税官吏の告発を訴訟条件としており、捜査官憲の恣意によつて刑事訴追をなすことはできないし、直接税の違反事件においては、告発を訴訟条件としては、いないものの、捜査官憲が直接認知立件するようなことは極めて稀有であつて、殆どの場合間接税の場合と同様、収税官吏の調査と告発の手続がとられているのである。ところが間接税の違反事件においては、限られた課税対象物件の取扱いにかかる事犯であるから、大規模の違反行為が必ず調査対象として浮かび上がつてくるのに反し、直接税の違反行為においては、あらゆる事業がその対象となつているために、収税官吏の目はこれらのすべてには及び難く、大規模な違反行為が潜在して調査の綱からもれるような事例は数え切れないくらい多い。

しかも間接税は、消費者が負担するものを納税義務者が預り消費者に代つてこれを国庫に納入するという性質のものであるが、直接税は、納税義務者が自己の所有に帰した資産の中から、その所得に応じて納入するという性質のものであつて、両者の間には納税義務者の不履行に対する非難度に大きな差異が存するのである。

かような観点によるものと思うが、我国においては、終戦までは、直接税の違反事件に対しては、すべて罰金刑をもつて処断していたのである。(例えば昭和一五年三月二九日法律第二四号所得税法第八八条は「詐偽其ノ他不正ノ行為ニ依リ所得税ヲ逋脱シタル者ハ其ノ逋脱シタル税金ノ三倍ニ相当スル罰金又ハ科料ニ処ス」と定めていた。

ところが戦後、税法の改正により、租税犯が自然犯視されるようになり、自由刑が創設されるようになつて来た。

しかしながら、租税犯特に直税事犯は、純然たる行政犯であつて自然犯ではなく、また間税事犯のごとく自然犯的色彩すら存しないのである。

もし我国の現状において、直税事犯を自然犯と同様に評価し、自然犯なみの処罰をなさんとするのであれば、それは国民感情に合致したものではない。

原審の弁論において、当弁護人が、査察事件といわゆる特調事件との差による不公平、不況時における保障(弁論要旨第二の一の1及び3)の項において述べたとおり、基本的に税法事件を刑事事件として取り上げる方法そのものに不公平が存するのであつて、収税官吏の調査事件処理と、司法警察職員の捜査事件処理(いわゆる二課事件においては、検挙に政治性がからむ場合があるが、このような場合は例外である)とは比較にならないほど強く政治的・行政的配慮がなされていることを忘れてはならない。

現に査察事件として取り上げられている事件の殆どすべてが、いわゆる中小企業家に限られ、大企業或は著名人の脱税事件は、時に新聞に報ぜられるようなことがあつても、更正決定による本税、加算税の追加徴収が行われただけですまされてしまい、刑事被告人として刑責を追及されるようなことの絶無であるという現実の姿をみると、前記のような不公平の存在は十分に理解できるところである。

従来、祖税経済事犯の処理、量刑については、捜査官、裁判官によつて著しい差が見受けられる。これは、経済社会の実態に関する認識の大小によるものと考えられるのである。

以上のように、税法違反事件の刑罰分野における位置を深く考察した場合、少くとも我国の現状においては、すべての直税違反事件に対して、あえて懲役刑と罰金刑とを併科して臨まなければならない理由はなく、通常の事犯に対してこれらを併科することは、むしろ不均衡の上に更に不均衡を重ねる結果を招来するものといわなければならない。

2 刑事政策的見地からみた租税犯の科刑

前述のごとく、直税逋脱の行為が、刑事事件としてとりあげられるのは、我国の現状においては殆ど全部が中小企業家と言つてもよいくらいである。

そうしてこれらの人々はいわゆる丁稚小僧の時代から事業家を夢みてあらゆる苦難に耐え抜き、漸くその目的を達した人達である。

彼らは自分の経歴の汚れることをおそれ、孜々として努力を重ね、その事業に限りなき愛着をもつとともにこれまで築いて来た豊富な経験によつて、経済界思想界の動向を見極め、従業員の身上をよく理解し、そのよき指導者として対処する能力をも持ち合わせている。

いわば我国社会においては、中小企業の経営者によつて、安定した思想と経済が保持されているといつても過言ではなくこれが国家の発展の基盤となり、国家の治安の安定勢力ともなつているのである。

当弁護人は、約六〇名の査察事件の弁護を担当して来たがふりかえつてみてその感を一層深くするものである。

前科前歴の全くないことを誇りとする彼らは、偶々直税の逋脱行為が発覚して調査を受け、その結果十分な反省改悟のもとに、すべての税(重加算税も含む)を完納して、将来の正しい納税を誓い、何とか自己の経歴の汚れることのないよう、折角続けてきた人生の清書を汚すことのないよう真剣な気持に追いやられるのである。

そのような者に対して懲役刑を科するということは、結局その余生から生きる喜びを奪つてしまうことになり、そのことはまさに苛酷な刑といわなければならず、刑事政策の上からみても明らかにマイナスの結果を齎らすものというべきである。

3 その他の情状

(一) 本件犯行の動機と態様

本件逋脱行為の態様は、原判示のごとく、公表経理上、架空の外注工賃を計上し、これによつて得た資金を、架空名義預金や、不動産の圧縮分としていたものであつて、その不正行為は取引の相手方と通謀して、架空の伝票や請求書を作るというような悪質なものではなく、自己の事業体の中だけで行われたものである。

被告人がかようなことをするようになつたのは、偶々昭和四四年から昭和四六年にかけて訪れたボーリングブームの際、将来の不況時に備えて資産を貯えておこうと考えたことに端を発しており、被告人は不正行為によつて得たものを浪費せず、蓄積していたために、本件調査結果による更正処分に対しても、すべての税額を完納することができたのである。

その後、ボーリングブームが、火の消えたように衰退した今日のような現状を、当時において予測できた人は恐らくいなかつたであろうし、今日各地で見られるボーリング場の倒産の現実の姿を見せつけられると、事業の経営というものは、俸給生活者が机上で考察するほど安易なものでないことをひしひしと感じさせるのであつて、被告人が事業開始二十数年後に、初めて訪れたボーリングブームに際して、所得を蓄積しようとした心情については同情の余地が十分に存する。

なお被告人は本件査察調査を受けるまでは、経理処理に関する知識に乏しく、売上計上の時期に一貫性を欠くなどその処理方法が幼稚であつたことが認められ、このことは反面において、被告人の本件逋脱の手口が単純であつたことを物語つていることにもなるのである。

(二) 本件犯則の規模と他事件との比較

つぎに本件犯則の規模について考察すると、原判示第一ないし第三の逋脱税額の合計は五二、八五四、九〇〇円で、この種事件においては中位以下の規模のものである。

当弁護人が担当した直税事件において、検察官から体刑及び罰金刑の併科の求刑がなされ、罰金刑のみで処断された事例を掲げてみる。

(法人税関係)

裁判所 判決年月日 被告法人 行為者 脱税額(円) 法人に対する罰金(円) 行為者に対する罰金(円)

神戸地裁 39・12・21 (株)明光開発 松岡一雄 三、七七六、〇二〇 一〇〇万 一五万

〃 40・1 28 伊藤製粉製麺(株) 伊藤男 三三、三三八、三六〇 八〇〇万 四〇〇万

大阪地裁 41・3・29 (株)小城忠治商店 小城忠治 一三、三八〇、二七〇 四〇〇万 一〇〇万

〃 44・3・27 (株)豊南製作所 瀬川義美 一一、五四一、九六〇 二〇〇万 一〇〇万

大阪高裁 44・6・26 利源企業(株) 劉道明 三、一二五、二五〇 八〇万 六〇万

〃 44・11・4 太陽鉄工(株) 北浦富太郎 一一、八〇三、四七〇 二七〇万 一五〇万

奈良地裁 44・12・17 奈良生コンクリート(株) 浅川清 一四、五八一、七〇〇 四三〇万

〃 44・12・17 (株) 浅川組 〃 八、六六一、五〇〇 二二〇万} 二〇〇万

大阪地裁 46・3・29 大東土地(株) 大東茂秋 一一、二七〇、二三〇 二三〇万 五〇万

〃 46・6・25 協同ベニヤ(株) 菅原一郎 一二九、五八八、八〇〇 二、五〇〇万 三六〇万

〃 47・9・7 大阪給食(株) 小泉益夫 三〇、五八七、〇〇〇 六五〇万 二五〇万

大阪高裁 48・4・9 (株)津守自動車教習所 中谷春雄 一二、四七四、二〇〇 三〇〇万 五〇万

(所得税関係)

裁判所 判決年月日 被告人 脱税額(円) 罰金(円) 備考

大阪地裁 41・3・19 池畑秋太郎 一二一、九二五、〇六六 二、八〇〇万

〃 43・4・4 貴島秀彦 一六〇、一五八、〇七三 二、九〇〇万

〃 46・7・14 古田安夫 三七、〇五五、七〇〇 一、二〇〇万

〃 〃 平嶋ニノヱ 五九、三二二、九〇〇 二、〇〇〇万

〃 47・2・22 和田百馬 三二、六六五、六三〇 一、五〇〇万

〃 〃 和田良馬 一五、一二二、九二〇 八〇〇万

京都地裁 47・6・22 蘇天与 七三、〇〇七、九〇〇 二、三〇〇万

〃 49・6・25 加藤博俊 三三、七六九、七〇〇 一、二〇〇万 被告人控訴申立(量刑不当 事実誤認)

〃 50・2・25 中島六兵衛 一一、八七四、五四八 八〇〇万

右の例で、法人税関係の脱税額が、所得税関係の脱税額よりも比較的少額となつているのは、税率が所得税よりも低いためであり、本件違反行為がもし法人として行われた場合には、その脱税額は約三、八〇〇万円である。

右の例のうち本件とほぼ同程度の規模の事件としては、平 ニノヱに対する所得税法違反事件を挙げることができる。そうしてそれよりも規模の大きい池畑秋太郎、貴島秀彦、蘇天与に対する各所得税違反事件でさえ、いずれも罰金刑で処断されているのである。

従つて、被告人に対し、原判決を破棄して懲役刑を取り除き、平嶋ニノヱに対する罰金と同程度の罰金のみを科せられても、他事件と刑の均衡を失するわけではなく、原判決宣告後、懲役刑について悩み続けている被告人は感謝し、かつ納得してこれに服するのである。

検察官から体刑及び罰金刑の併科の求刑がなされ、判決において罰金のみで処断された前掲事例の人々は、被告人と同様、いずれも公判延において、自己の逋脱行為を十分に反省して、税を完納し、将来の正確な所得申告を誓い、かつ残る生涯の生甲斐を与えて頂くために、罰金刑のみで処断されることを強く望んでいた人々ばかりであつて、幸いにしてその希望を容れて頂いたのである。

従つて当弁護人としても責任を感じ、爾後税務申告状況を知るため、毎年発刊される「高額所得者全覧」を購読しているが、その多くがこれに登載されているところから、これらの人々が裁判所の理解ある量刑に感激し、その後熱心に事業を続け、誠実に納税の義務を果していることを嬉しく思つている次第である。

(三) 被告人の本件犯行後の状況

被告人は、本件の調査、更正決定、起訴、第一審判決という連続の不遇に遭遇し、脱税の結果が如何に酷しいものであるかを身を以つて体験し、過去の不正を反省すると共に厳格な経理態勢を確立し、寸分の不正をもおかさないように切り替えたのである。

即ち、親戚筋より福井和雄を専従の経理担当者として迎え、税務手続上不明な点が生じた時は、その都度直接所轄税務署へ行つて係官から行政指導を受けるという基本的原則を樹立し、昭和四八年一二月一三日、株式会社モリオカ装工を設立し、以後法人として完全なガラス張りの経理を行ない、現在に至つている。

また、本件の違反については、逸早く修正申告を提出し、本税は勿論、各種加算税、延滞金等を完納している

原審で取調済の起訴対象年度分国税並びに地方税納付一覧表によれば、本件における三事業年度の所得額の合計は、一〇九、九六九、四四〇円で、被告人は右所得額のうち国税・地方税を併せて合計一〇二、二五八、一二〇円を納付しているので、被告人の手元には生活費に見合う程度の七、七一一、三二〇円(一年平均二、五七〇、四四〇円)しか残らないことになり、刑事処分を受けるまでもなく、既に相当きびしい懲罰を受けた結果となつている。

(四) 被告人の生格

被告人は、原審で神原証人が述べたように、素直にして淡白な性格の持主であり、家庭的で、従業員をよく可愛がり、業界における信用度は極めて高い。

そのため、内外木材工業株式会社では、本件が発生しても被告人を名義人から外すことなく引続いて下請をさせている。

被告人のように内外木材工業株式会社只一社だけの下請をしているような業者が、本件のような不祥事件を起したため、以後下請を止められるということはよくあることではあるが、そうなると、直ちに倒産せざるを得ないのである。

曾つて当弁護人が取扱つた査察事件の中で、川崎製鉄株式会社専属の下請をしていた株式会社水野組についてそのような例を経験しているが、本件では幸いにして、被告人が永年にわたつて築き上げて来た信用と、作業技術上における信頼とが、被告人と内外木材工業株式会社とを強力に結びつけているため、引続き下請を続けさせて頂いているのである。

被告人には前科はなく、二度と本件のような犯行を繰返すこともない。

只当弁護人がおそれることは、被告人が本件の処罰によつて働く意欲をなくすることである。

査察事件の経験者の中には、今までのように命をすり減らしてまで金を儲けなくてもよいのではないか、経営者は従業員に高給を支払い、銀行に高金利を支払い、多額の税金を納めることに日夜何の楽しみもなく追われ追われている、そして不健康と短命へと導かれる、今日の社会福祉国家では老令になれば怠け者でも均しく保護されるのであるからそんなにあくせく働かなくてもよいのでないかというような声を立てる者がある。

一国の経済の支柱でもあり、思想の安定層でもある中小企業家が、右のように事業に対する望みや働くことの喜びを放擲してしまうことは、国家にとつては重大な問題である。

査察調査を受けるような企業家は、人並すぐれた能力のほかに、幾倍もの努力を重ねた人達ばかりである。

金儲けをする能力と努力を欠く人は如何に脱税をしようとしてもできない。

金儲けをする能力と努力を具備する人は、機械でいえば優秀なプラントに相当するわけである。然しこ高くても、のプラントはいくら生産能力があり価値が高くても、税法はそれに見合う減価償却等は一切認めないばかりか、儲ければ儲けるほど累進税率によつて税負担を多くするのである。

命をすり減らしてまで金を儲け、多額の納税をする必要はないという思想が起きるのも無理からぬところである。

既に重い行政罰も受け、さらに事業家として恥ずべき刑事罰を受けるわけであるから、せめて刑事罰においては企業家自身が自分達の立場について十分な理解を頂いたと感激するような取扱いが必要と考える。

そうすることによつて、もう一度奮起一番、大いに働いて大いに儲け、多額の納税をしようとする意気込みができて来るのである。

一審判決で懲役刑を併科されたことで、一家を挙げて悲嘆の局地に陥つている被告人に対し、裁判所の温情により、右に述べたような奮起の機会を与えてやつて頂きたい。

以上詳述した理由により、原判決を破棄し、罰金刑のみで選択処断されたく本件控訴に及んだ次第である。

以上

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