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大阪高等裁判所 昭和50年(う)946号 判決 1975年12月09日

本籍

韓国慶尚北道金陵郡牙浦面国土洞四三五番地

住所

大阪市阿倍野区北畠二丁目八番一四号

パチンコ遊技場等経営

金子きみ子こと

金玉寿

昭和二年九月七日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五〇年六月二五日大阪地方裁判所が言渡した判決に対し、原審弁護人田辺光夫から控訴の申立があつたので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 鈴木芳一 出席

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人田辺光夫作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は、原判決の量刑不当を主張し、被告人に対し罰金刑のみによる処断が相当であるというのである。

よつて、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調の結果をも合せて検討するのに、本件各犯行の動機目的に格別酌むべき事情があつたとは認められず、青色申告の承認を受けておりながら脱税を企図したものであり逋脱の手段・態様は毎月三〇〇万円位を目安とする売上除外、手形割引料収入の不申告、架空給料の計上、パチンコ遊技場が被告人の単独経営であるのに被告人他二名の共同経営である旨仮装して分割申告するなどかなり計画的かつ巧妙であり、被告人自らも売上伝表を確認し終わるや直ちに破棄するなど積極的であつたこと、本件逋脱税額が四、九一六万円に達する高額であること、その他諸般の事情を考えあわせると、所論の諸点を十分斟酌しても原判決の刑が不当に重いとは考えられず、論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用は、同法一八一条一項本文を適用して被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今中五逸 裁判官 児島武雄 裁判官 木村幸男)

控訴趣意書提出書

所得税法違反 金きみ子こと

金玉寿

右頭書被告事件につき別紙の通り控訴趣意書を提出する。

昭和五〇年九月一一日

右弁護人

弁護士 田辺光夫

大阪高等裁判所第七刑事部

御中

控訴趣意書

原判決は被告人の昭和四六年及び同四七年分の所得の申告について大要次の如く認定した、

即ち、

第一、昭和四六年分の所得については、売上げの一部を除外するほか、金教鳳ほか一名との共同経営である旨仮装して事業所得を三分するなどの行為により所得税二六、五六二、〇〇〇円を免れた

第二、昭和四七年分の所得については前同様の行為により所得税二二、六〇二、五〇〇円を免れた

と認定、被告人を懲役一〇月及び罰金一、二〇〇万円(但し懲役刑につき二年間執行猶予)に処する旨の判決を言渡したが、右判決は刑の量定重きに過ぎるをもつて諸般の情状を勘案のうえ原判決を破棄し、寛大なる判決を賜わるべきものと思料する。

理由

一、判示の「売上げの一部を除外するほか、右遊技場は被告人の単独経営であるのに金教鳳ほか一名と共同経営であるなどの行為」について、

被告人は昭和四四年四月旅行先の香港で突然客死した亡夫の後を継いで経営の衝に当つたものであり、右判示の事実は亡夫の存命中から採られた形態を税法の無知からその儘漫然踏襲したもので、被告人自らの恣意により所得税の軽減をはかる為め脱税行為を発案したものではない。

此の点につき検察官の所見は累進税率の適用を免れようとする不正の方法であることは誰にも理解できることであり、単なる弁解に過ぎないと一蹴しているが、パチンコ店営業に直接関与していなかつた被告人が亡夫の急死によつて相続税の問題及び遺産分割等の問題の処理に忙殺され、税法の研究も行届かない儘、経営を引継ぎ亡夫の方針を是なりと信じ、いわば盲目的にその方針を踏襲したものであることは充分理解できることである。

尤も被告人の供述調書によれば、一人の所得として申告するよりも三人の所得として申告した方が安くなると思つてやつた云々と述べているが如き供述記載が見受けられるが、これは国税局係官の理詰めの追及により窮余己むなく取調官に迎合して不本意な供述をしたものとみるのが妥当であり、被告人が国税局係官に「そういわれゝばそうである」と、また検察官と問答を重ね強く真実を訴えながらも理詰の追求により、遂には「常識的にはそうである」と述べざるを得なかつたことに徴し、この間の消息が窺い知られるのであつて、全く被告人は税法の無知から亡夫の方針を最善のものと信じ、踏襲したもので犯情大いに掬すべきものと信ずる。

二、日証の手形割引料の収入について

一般に株券配当金又は定期預金の利子は源泉徴収されたうえ、差額が送金されているのが実状であり、被告告人は本件手形の割引料についても同様の取扱いが為されるものと信じていたものである。

被告人は日証の手形割引料につき申告しなかつたことにつき、申告しなかつたのは故意にかくし立てしたのではない、日証の方で税金を払つてくれているものと思い申告しなくてもよいと思つた云々、私の割引料の中から税金を払うのではなく、日証ではその手形をもつと高い利率で割引いており、その中で私の割引料に対すする税金を払つてくれているものと思つた云々、計算書に他の所得と合算して申告する様に書いてあることは国税局から指適されてはじめて知つたことである。それ以前は日証の外務員前川三治氏から昭和四八年一二月八日頃、税金は他の所得と合算し、あなたの方で支払つて貰うことになつていると聞き、それでは今後取引は中止すると告げ、それ以来日証とは取引を中止した云々、計算書になにか書いてあることは気がついていたが内容までは読んでないので判らなかつた云々、計算書には銘柄、金額、期日、日数、利率、割引料など書いてあるが、それだけ見ていた云々と述べておる。

日証は他から高い利率で割引した手形を売り、利益をあげるのであるから日証が割引料に対する税金を払つてくれると思つたという被告人の弁解は事柄の性質から見て理解できないことではない。

尤も前川三治氏は検察官の取調に際り計算書には割引料は所得税法上の雑所得に当り、確定申告の際他の所得と合算し、申告する様記載されていると述べているが、計算書欄外に記載された注意書が目に触れぬことはあり得ないというのは建前論に過ぎない、日常の社会生活において行政官庁等の公文書欄外の注意書、但書の類いを注意深く吟味しないで、提出時担当官から指適され、会得した経験を持つ者は少くはなく、被告人の弁解はこの観点からも責めを免れんがための読弁とは思われず、経験則によつてもその真実性が理解できるのである。

なお前川氏は被告人から手形割引料に対する税金は日証で払つてくれていると思つていたと云われたことがある旨述べているが、その日時について被告人は昭和四八年一二月末頃と主張しており、一方前川氏は同四九年二月頃と供述し、食い違いがあるのでこの点控訴審において同氏より直接確認を求める予定である。

検察官の所見は計算書の余白に「割引料収入は雑所得として確定申告をしなければならない」旨付記され、一般常識としても収入があつた場合にこれに税金が課されることは当然であり、弁解は根拠がなく単なる弁解に過ぎない、ほ脱の犯意十分と責めているが、紙に印刷されたものはすべて目に触れ、読まれ、会得されるものとするのはいささか経験則を無視し、硬直した判断と評せざるを得ない。

三、犯情について

(1) 被告人は昭和四六・同四七年分と本件起訴対象年度以外の昭和四五年分の三カ年間分の修正申告書を提出し、重加算税と合わせて約三千万円を完納し、一応行政罰的な経済上の制裁を受けておるので、刑事罰についてはこの点御斟酌あつて然るべきものと信ずる、

(2) 被告人にはなんらの前科非行歴はなく、本件の検挙により納税の重要性を自覚し、元大阪国税局直税部次長の要職にあつた黒石税理士を顧問に迎え、税金に関する一切の資料を提出して指示を受け、硝子張りの経理を行い、脱税しないことを固く誓約しているので今後同様の過誤を犯す虞れはないものと確信する。

(3) 本件は悪質な税法違反とは云えない、第一審において同種の脱税違反について提出した四件の判決は、いずれも罰金刑の寛大な処分を受けている、特に高砂殿の雨積澄子氏の場合は病身の夫に代わり経理一切を担当し、その犯行も本件と酷似しているが諸般の情状を斟酌され、罰金刑の寛大なる判決を受けている。

(4) 原審は量刑について斟酌されるところがあり「諸般の情状に鑑み‥‥二年間懲役刑の執行を猶予することゝする」と判示し、懲役刑につき執行猶予の恩典を与えられたのであるが、被告人は亡夫の後を継ぎ各種の事業を経営する傍、子供四人の処世上の指導監督をし、並みなみならぬ苦労をしているので諸般の事情を御斟酌のうえ、罰金刑をもつて処断され度く若し罰金刑が不相当と御認定の場合、寛大なる御処分を賜わり度く控訴に及んだ次第である。

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