大阪高等裁判所 昭和50年(ネ)1234号 判決 1976年9月29日
控訴人・附帯被控訴人(以下控訴人という。)
泉佐野市
右代表者市長
向江昇
同
泉佐野土地改良区
右代表者理事長
勝間英一郎
右両名訴訟代理人
坂井尚美
外一名
被控訴人・附帯控訴人(以下被控訴人という。)
豊永昭
同
豊永ノリ子
右両名訴訟代理人
高島照夫
外六名
主文
原判決を次のとおり変更する。
控訴人らは連帯して、被控訴人豊永昭に対し金二五二万六一四〇円、同豊永ノリ子に対し金二四一万七八〇一円及び右昭につきうち金二二九万六一四〇円、右ノリ子につきうち金二一九万七八〇一円に対する各昭和四七年一二月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
被控訴人らのその余の請求(当審拡張請求を含む。)を棄却する。
本件附帯控訴を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人らの、その余を被控訴人らの各負担とする。
この判決は、被控訴人ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一<証拠>及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めうる。
1 本件溜池は、大阪府営佐野台団地(本件団地、昭和四二年建設)の被控訴人らの居住棟(同四二年入居)の北側二〇〇メートル足らずの位置にあり、溜池東南部の土手と団地内の公園中北端部にある児童公園の北側とは隣接し、この公園の北端部に高さ約1.25メートルの鉄製フエンス(大阪府設置)がある。右公園の西側、即ち、溜池の西南部は田、北及び東側は田や畑、西側は里道を隔てて荒地、つづいて田、畑、山林となる。
右里道は被控訴人らの長女智美(同四二年一月三日生)が同四七年四月一〇日入園した長坂幼稚園及びこれと近接した長坂小学校の通園・通学路としてはいずれも認められていないが、当時、小学生のうちには近道として利用するものもあつた。
2 智美は同四七年四月二一日午後一時すぎごろ、遊びに来ていた港恵子(当時三歳)と二人で出かけ、一度独り戻つたが直ちに引返し、右里道を通つて溜池の南西端付近に至り、そこから溜池南側沿いに東へ約二五メートル進んだ地点の池の縁から智美、恵子ともに転落した。幸い恵子は、垂れ下つた雑草にすがつていたため、悲鳴を聞きて駆けつけた下元康恵らに救助されたが、智美は水中に没して溺死した。
二控訴人らの責任
1 <証拠>及び弁論の全趣旨によると、次の事実を認めうる。
本件溜池は、地方公共団体たる控訴人市の所有に属し、面積五、〇〇〇平方メートル余で堰・樋が設けられ、西及び南側の岸はコンクリート壁とされている。事故現場付近の岸は、土手下約五五センチメートル地点から幅約二〇センチメートルのコンクリート縁からなり、その水面側は、右縁から垂直に水中に入る、約1.7メートルのコンクリート壁となつている。同所の水深は通常約1.5メートルであり、公共団体たる控訴人改良区の組合員の灌漑用に供され、同改良区は控訴人市から管理を任されてその指示をも受けながら管理してきた。
右認定の事実によると、本件溜池は、控訴人らの管理にかかる、国家賠償法二条所定の公の営造物に該当する。
2 管理の瑕疵の有無
前掲各証拠及び弁論の全趣旨によると、次の事実を認めうる。
本件溜池は、江戸時代に造られた灌漑用溜池であり、昭和四二年本件団地建設まで、附近に人家はなく、溜池への転落事故もなかつたが、本件団地建設以後、幼児の転落事故が数件発生し、遂に同四四年四月、三歳児の、同年六月、五歳児の転落死亡事故が発生し、転落事故を防止する措置をとることを必要とする状態にいたつた。そこで同年六月ごろ控訴人改良区の組合員により溜池の西及び南側に木抗に鉄線を張つた防護柵が設置されたが、その後右柵は破損朽廃のまま放置され、本件事故当時、本件溜池には児童公園北端部のフエンスは別として、転落事故防止施設は何もなかつた。
本件のように、近くに団地が建設されて以来、幼児の溜池への転落事故がしばしば起き、転落の危険が生じていたにもかかわらず、溜池の管理者において、防護柵を設置するなどの転落事故を防止する措置をとらなかつたときは、溜池の管理に瑕疵があつたものと解すべきである。
従つて、控訴人らは国家賠償法二条に基づき本件事故による損害賠償義務がある。
控訴人らの当審(二)の主張は採用できない。
三損害
1 智美の逸失利益
五七九万一二〇六円
死亡時の年齢 五歳
就労可能年数 一八歳から六三歳まで
収入 月収四万六二〇〇円 年間賞与
一二万五七〇〇円(賃金センサス昭和四七年第一巻第一表の女子労働者の学歴計)
生活費 二分の一 控除
(46,200円×12+125,700円)×0.5×
17.03045651(ホフマン式26.85162788−9.82117137)≒5791,206円(円未満切捨)
被控訴人らの当審主張(三)は採用できない。控訴人の(1)女子は二五歳までを稼働可能期間とみるべきである (2)稼働年令までの養育費を控除すべきであるとの主張(五〇年九月九日付準備書面)も採用できない((1)最高裁判所昭和四九年七月一九日第二小法廷判決、民集二八巻五号八七二頁(2)最高裁判所昭和三九年六月二四日第三小法廷判決、民集一八巻五号八七四頁参照)。
2 相続 被控訴人らは智美の父母として法定相続分(各二分の一)により智美を相続した。
3 被控訴人らの慰藉料 各一五〇万円
4 被控訴人昭支出の治療費 二、八〇〇円(成立に争いのない甲第一三号証、被控訴人ノリ子の原審供述)
5 被控訴人昭支出の葬儀費用 一九万三八七八円
四過失相殺
国家賠償法に基づく請求についても、損害の公平な分担の理想に照らし過失相殺を肯定するのが相当である。被控訴人らの主張は採用できない。
次に、原判決一二枚目裏五行目から一四枚目表六行目の「られる。」までを引用する(ただし、一三枚目表二行目冒頭に「被控訴人ノリ子は、」を加える。)
被控訴人昭の原審供述によれば、同人は、事故当時、勤務先の大阪市環境事務局に出勤中であり、平常、智美に対し、「遠くへ行くな、危い所へ行くな」と注意していたが、本件溜池について特に注意したことはなかつた事実を認めうる。被控訴人昭は、共同親権者として、被控訴人ノリ子に、不在中の監護義務を委しているのであるから、被控訴人ノリ子の注意義務懈怠の責任を等しく負担すべきである。
上記認定の事実関係の下においては各五割の割合で過失相殺をするのが相当である。
右により、控訴人らが負担すべき損害は被控訴人昭に対し二二九万六一四〇円、同ノリ子に対し二一九万七八〇一円となる。
五弁護士費用
被控訴人らが本件訴訟委任をしたことは、当裁判所に顕著であるから、その費用につき、本件事故と相当因果関係のあるものとして控訴人らに負担させうべき額は、被控訴人昭に対し二三万円、同ノリ子に対し二二万円をもつて相当と認める。
六従つて、被控訴人らの本訴請求は、控訴人らに対し連帯して、被控訴人昭については二五二万六一四〇円及びうち二二九万六一四〇円に対する本件訴状送達の日の翌日たること記録上明白な昭和四七年一二月一九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、同ノリ子については二四一万七八〇一円及びうち二一九万七八〇一円に対する右同様の遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
七よつて、被控訴人らの本訴請求は右限度で認容し、その余はこれを棄却すべきであるから、これと判断を異にする原判決を変更し、附帯控訴(当審拡張請求を含む。)はこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法九六条・八九条・九二条・九三条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(小西勝 入江教夫 和田功)